異常航路   作:犬上高一

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第13航路 その銃口は同胞へ向く

 はぁ・・・。

 

 誰にも聞かれないようにシーガレットは、心の中で溜息を吐く。端末で確認した所、現在艦内では、武力蜂起したレジスタンス達によって格納庫やブリッジ、機関室など重要区画の殆どが制圧されている。

 

 その時ブリッジにいた私は、以前ディエゴが侵入してきたのと同じ様にダクトに隠れてやり過ごす事にしたのだ。狭いダクト内を右へ左へ上へ下へ、兎に角安全な場所を探して動き回っていた。

 

 どうしてこうなった・・・。

 

 我々も必要とあらば実力で相手を排除する事は考えていた。だがベルトラム大佐は話し合いによる解決を優先すべきだとし、私達もそれに賛同した。それが守られているなら、少なくとも我々の方から始めた訳ではない筈だ。

 

 一番考えられるのは海賊かアーミーズに裏切り者がいた可能性だろう。私達の秘密を誰かがレジスタンスに漏らしたなら、連中は怒って逆にこちらを排除しようとしそうだ。真っ先に疑ったのはディエゴだったが、彼の部下も応戦していたのでおそらく違う。まぁ数百人もいれば誰か1人くらい裏切る奴が出てもおかしくは無いだろう。

 

 他にもレジスタンスも同じ事を考えていて、口より先に手を出したのかもしれない。過激でかつ短絡的な思考の持ち主であるし、考え方も異なる。これまでの経緯から心情的にも快く思っていないのが相手となれば実力で排除したがるかもしれない。

 

 ここまで色々考えてみたが、情報も証拠も無い以上全ては憶測に過ぎず、事態の解決に役立ちそうに無い。その結論にたどり着いた所で、持っていた端末に通信が入ってきた。

 

『第2小隊、こちら第1小隊。第32倉庫は空だ。そっちは見つかったか?』

『第1小隊、こちら第2小隊。今第3シャトルステーションを制圧した。シャトルを利用した形跡は無さそうだ。敵に使用されない様にロックするが問題無いか?』

『移動には第1ステーションを使用するので問題無い。ロック後引き続き捜索を続行してくれ。』

『了解。』

 

 レジスタンスの通信が聞こえてくる。この端末は私が逃げている最中に拾ったもので、側に戦闘の跡と数人のレジスタンスの死体があった。誰かと交戦し殺されたのだろう。

 

 この端末のお陰である程度状況が分かるようになった。それによると、格納庫に居た者を中心にかなりの数のアーミーズや海賊が捕まった様だ。抵抗し死んだ者もいる。ポプランやコーネフといったパイロット達の他に、エドワードと私の身体を模したドッペルドロイドのアルタイトが居る。

 

 アルタイトが連中をどうにか誤魔化したお陰で、私の存在は察知されていない。

 

「さて、どうするか・・・。」

 

 ここはやはり、大佐やディエゴと合流する方が先だろう。いくら私は気付かれていないとはいえ、1人ではどうする事も出来ない。

 

 船内通信は盗聴されるかも知れないと考え使用しなかった。今まで大佐達から連絡が入ってこないのは、向こうも盗聴を恐れているのかも知れない。

 

 ・・・今になって盗聴という手段を取った可能性を思いついた。何処かに盗聴器を仕掛けられてそこから漏れたのなら納得できる。

 

 が、今はそんな事よりも大佐達に合流する事を優先するべきだ。そう思い私はダクト内を進み始めた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 彼は惑星リベリアの少し裕福な家庭に生まれた。彼の両親は愛国心に溢れていて、当然彼もその影響を受けた。国に尽くす事が尊い事だと常々言い聞かされてきた彼は、軍人という形で国に尽くす事を選らんだ。

 

 彼の人生は満たされていた。決して楽とは言えない任務をこなしながら、それでも彼は自分の愛する国と家族を守る充足感を感じていた。だが、そんな彼の生活は唐突に終わりを迎える事となる。

 

 ヤッハバッハの襲来である。

 

 彼を始めたとした多くの軍人達は、侵略者から愛する国を守るべく防衛戦の準備をしていた。だが、味方であったはずのヘムレオン艦隊の裏切りによってリベリア主力艦隊は壊滅し、リベリアは満足な抵抗すら出来ずに征服された。

 

 何とか侵略者から故郷を取り戻そうと、レジスタンス活動をする最中で家族の死を知った。彼と同じかそれ以上の愛国者だった彼の家族も同じくレジスタンス活動をしていたが、摘発され、処刑されたのだ。

 

 だから彼はーーーギルバードはどんな事をしてでもリベリアを取り戻すと決意したのだ。例え共に戦った戦友に銃口を向けてもーーー。

 

 それが、自分に課せられた使命だと信じて。

 

「どうだ?」

「はっ!各小隊とも捜索していますが以前発見には至っておりません。」

 

 裏切り者の捜索に向かった4個小隊は未だ敵を発見していないらしい。全長4kmの巨大艦だけに艦内を探索するには時間がかかる。

 

「連絡の取れない小隊はどうした?」

「先程連絡を絶った第4小隊を、応援に行った第23小隊が発見。戦闘の痕があり全員死亡とのことです。未だ第18、47、34小隊は状況不明です。」

「そうか、分かった。」

 

 最初に、それぞれ6人1小隊を組み艦内各所に配置。奇襲でほぼ全ての箇所を制圧する予定だったが、いくつかの小隊と連絡が取れなくなっている。先程発見された第4小隊は、戦闘の末全滅したとの報告が入ってきた。他の小隊も反撃に遭い全滅したものと考えられる。

 

「リーダー。捜索にもう少し小隊を追加した方がいいのでは無いでしょうか?この巨大な艦内をあの数で捜索するのはとても・・・。」

「いや、増員はしない。」

「ど、どうしてですか?」

「理由はいくつかある。まず、この格納庫にはあの高性能AIと大量の捕虜がいる。この格納庫を奪われる訳には行かないのだ。それにおそらく連中は一箇所に集まろうとするだろう。少数を大量に散開したところで各個撃破されるのがオチだ。敵の位置や状況が分からない内は、この格納庫の防御を固めるのが先決だ。」

 

 これらの理由を挙げてギルバードは敵を探る事にした。報告したレジスタンスも、リーダーがそういうならそれが良いと考えを改める。

 

 シーガレットやベルトラム大佐が指摘した通り、レジスタンス達はギルバードの指示であれば特に疑いもせずに従う。これにはギルバードのカリスマ性も加担しているが、レジスタンスの構成員の大半が民間人であるのも原因の一つだ。

 

 ギルバードのように軍人経験のある者は少なく、軍事的知見や経験の無い彼らが経験者の意見に従うのは当然の事だった。

 

「それで、外の船の方はどうなった?」

「先程制圧完了の報告が入ってきました。艦長以下内部にいた十数名を確保しました。」

「随分少ないな。」

「どうやら既にゼー・グルフへの移設準備を進めていたようです。残っていたのは艦長以下最低限の保守要員だけでした。」

 

 海賊達の船は格納庫内にあるが、アーミーズの巡洋艦や駆逐艦などその他の船は外部にあった。ゼー・グルフのブリッジを占領したレジスタンスは、火器管制システムを掌握し外部の船に向けて投降を促した。港内で回避も出来ずにあの火力を向けられては降伏する以外手は無く、アーミーズの巡洋艦と駆逐艦、それとアーミーズに同調していたフリーボヤージュの船1隻にいた20名あまりが降伏した。

 

「彼らはどうしましょう?」

「他の連中と一緒に放り込んでおけ。」

「はっ!」

 

 指示を出したギルバードは、コンソールを操作する。臨時の司令室となった貨物船のブリッジにホログラムが投影される。そこには現在起こっている状況が記載されていた。

 

 現在レジスタンスは総員450名の内20名程を失ったが依然として400名以上の人員を有している。そこへ更にレジスタンスに同調するフリーボヤージュ達20名程が加わった為、人数的には損害は皆無と言って良い。対してアーミーズや海賊は突然の奇襲という事もあり完全に不意を突かれた。巡洋艦や駆逐艦にいた者及びアーミーズに協力的だったフリーボヤージュも合わせ、死者及び捕虜の数は220名を上回り(大半は捕虜である。)戦力は激減した。

 しかし優先目標とされていたベルトラム・ディエゴの2人の確保には失敗。残存している100名前後と合わせてその居場所は確認されていない。

 

 現在艦内のコントロールは、AIのアルタイトを切り離した為、ブリッジを占拠したレジスタンスが握っている。だが、艦内監視システムなどの一部機能がロックされていた為に艦内システムによる捜索が出来ず、4個小隊を派遣し艦内を捜索している。

 

 ギルバードは、捜索に4個小隊しか回していない。ブリッジや機関室にもそれぞれ2個小隊しか配置していない。これは先程ギルバードが部下に説明していた通り各個撃破や戦力を分散した所で格納庫を強襲されるのを恐れての事だ。

 

 確保した捕虜を人質としてアーミーズに降伏を呼びかける手もあったが、軍人や海賊に生半可な脅しは通用しない。

 

 今は耐える時だと自分に言い聞かせ、報告を待つ事にした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

  一方で、ダクト内を進んでいたシーガレットは目的地近くへと進んでいた。

 

「そろそろか・・・。」

 

 ダクト口に近づいて、隙間から中の様子を伺う。ダクト口は天井にあり上から部屋を見下ろすが、中には誰も居ない。

 金網を外して、中へと降りる。

 

「動くな!!」

「!?」

 

 誰も居ないと踏んで降りた瞬間四方から武装した男達に囲まれる。

 

「ゆっくりと両手を上げろ。」

 

 この状況ではどうする事も出来ない。大人しく両手を上げる。

 

「ん?シーガレットじゃないか!」

「大佐!?」

 

 声のする方を見ればそこには大佐とランディ、それにディエゴ達も居た。

 

「銃を下ろせ。彼女は味方だ。」

 

 大佐の指示に従い私を取り囲んでいたアーミーズが銃を降ろす。

 

「どうして分かったんだ?」

 

 ダクト内を音を立てないように慎重に進んでいたはずだ。

 

「それはこれのおかげだな。」

 

 そう言ってディエゴが取り出したのは何やらゴチャゴチャとジャンク品を組み合わせた様な端末だ。

 

「動体検知器って奴さ。これなら隠し部屋に隠れている奴らも簡単に見つけ出せる。海賊行為にはうってつけの品って訳よ。」

「成る程、それで私の存在を知って待ち伏せしたのか。」

 

 それならダクト内に隠れていても探し出せる訳だ。

 

「それにしてもよくここが分かったな。」

「大佐達が真っ先に逃げ込むとしたらここだと思ったからね。」

 

 この部屋は、かつては倉庫として使われていた区画だが、現在はアーミーズの武器庫となっていた。武器庫と言っても関係者以外には知られない隠し武器庫である。お陰でレジスタンス達の奇襲を受けず中の武器は無事だった。

 

「それで状況は?」

「最悪では無い。とだけ言える状況だ。」

 

 そう言って現状を整理する。現在戦力としてはアーミーズと海賊を合わせた105名。隠し武器庫のお陰で武器弾薬は確保出来たが戦力差は約4対1。ブリッジ、機関室、格納庫などの主要箇所を制圧され制御ユニットであるアルタイトと船を切り離されたので、事実上艦内のコントロールは奪われたという事だ。

 

「一応監視機能などついては元々ロックがかけてあるから、監視システムで見つかる事は無いはずだ。」

「最悪から一歩遠ざかったって訳だ。」

「一歩だけだがな。」

 

 実際、敵は4倍近い数がいるし200人近い人質を取られ、艦内の主要な箇所は制圧されてしまった。更に捜索部隊が派遣され私達の事を探し回っている。通信内容から外の巡洋艦や駆逐艦も制圧されたらしい。

 

「さて、これからどうしたものか。」

「降伏して許されるとは思えないがね俺は。」

「お前等は特にな。」

 

 海賊はかなりレジスタンスから嫌われているだけに、降伏しても私刑にされてしまいそうだ。ギルバードがそれを認めるかどうかは分からないがあまりいい結果にはならないだろう。

 

「所でどうして連中が急に攻撃してきたか心当たりはあるか?」

「いや。」

「まったく。」

「だろうな。」

 

 大佐もディエゴも知らないと答える。

 

「おたくの部下が俺達の計画バラしたんじゃねぇのか?」

「録音していたお前の方が怪しいだろう。」

「はっ!そんな事をしてたら今頃俺はここにゃ居ねえよ。」

 

 やはり二人も例の秘密会議の内容が漏れたのが原因だと考えているようだ。少なくとも他に思い当たる節が無い。正直私も大佐と同意見で、ディエゴが怪しいと思っていた。だが、実際彼はこうしてレジスタンスから逃げている。情報を売ったのなら少なくとも逃げる立場にはないだろう。

 

 そして大佐の部下が漏らしたという予想に関しては反論出来ない。現状では漏らしたという証明もその逆の証明もする事は出来ず、一番可能性が高い状況だ。

 

 ただしそれは、海賊達にも同じ事が言える。むしろ裏切りなんて日常茶飯事な海賊の方が可能性としては高いだろう。

 

「大佐、今は原因を突き止めるよりこれからどうするべきかに集中するべきかと。」

「・・・そうだな。」

 

 ランディの進言によって原因の究明は一時中断された。

 

「で、これからどうする?」

「戦うしかねぇだろ?」

 

 間髪入れずにディエゴが答える。

 

「向こうはこっちを殺すつもりで奇襲を仕掛けたんだ。既に死人がいる以上ここで仲良くしましょうなんて言っても無駄だぜ。」

 

 どちらの側にも既に何人かの死者を出している。ここまで事態が悪化して今更手を取り合おうと言っても、ここでの出来事が尾を引いて早急に次の内部抗争が勃発するだけだ。

 

「やるしかない、か。」

「戦うにしても相手は4倍だ。何か策が無いと囲まれて全滅だな。」

 

 大佐の言葉に思わず頷く。いくらこちらの構成員が戦闘のプロである軍人や海賊とはいえ、相手の数は4倍。しかもそこそこ場数をこなした武装集団だ。真正面からぶつかれば以下に戦闘のプロといえどタダではすまない。

 

「艦橋を制圧して、格納庫の隔壁を強制解放する。それで連中を外に放り出すのはどうだ?」

 

 前回この戦艦をヤッハバッハから奪った時と同じように、隔壁を解放して中の人間を放り出す戦法を提案する。

 

「いや、ギルバードもその戦法は知っているだろうし、それだと捕虜も外に放り出される。やるべきでは無い。」

 

 大佐の反対意見は的を射ていた。ギルバードもどうやってこの艦を手に入れたのかは知っているし、格納庫に陣地を築いた以上その対策もしているだろう。何より捕虜の状況が分からない。もし格納庫に縛られて放置されていた場合、なすすべなく放り出されてしまう。流石にそれはまずい。

 

「隔壁爆破して奇襲を仕掛けるのはどうだ?」

「それは無理です。格納庫の隔壁を爆破出来る程の爆薬はここにはありません。仮に揃ったとしても、相手に悟られずに爆弾を仕掛けて隔壁を爆破するのは困難です。」

「むぅ・・・。」

 

 歩兵用の武器や扉の破壊用の爆薬などはあるが、戦闘艦の被弾に備えて強固に作られた格納庫の壁を爆破する事は出来ない。ランディが言っていたように、奇襲するからには相手に気づかれずに爆弾を仕掛けなければならないし、そこから突入して攻撃するにしても、結局格納庫内にいる4倍の敵と戦うことになる。突入口が変わっただけで対して効果は無い。

 

「・・・そういえば大佐。外にいる味方の艦がいたはずだろう?中の状況に気づいて助けにきてはくれるんじゃ無いか?」

 

 それを聞いた大佐達の顔が曇る。

 

「外の艦とは連絡が取れない。制圧されたか、撃沈されたかしたんだろう・・・。」

「・・・。」

 

 部屋の中を沈黙が支配する。正に孤立無援の状態になった訳だ。ここから4倍の敵相手にどうやって艦を取り返すか。いい案が全く思いつかない。大佐もディエゴもランディも、この部屋にいる全員が頭を悩ませてはいるが良い案は思いつかない。

 

ーーピローン

 

 そんな時、不意に私の端末から着信音がなる。この状況でまさかメッセージが届くとは思わなかったので、だいぶ慌てた。見てみると、送信者は“アルタイト”となっていた。内容は、捕虜の位置や敵の配置、外にいたアーミーズの船が制圧された事などの情報が書かれていた。

 

「これは、連中の情報か!」

「アルタイトが・・・いったいどうやってこれだけの情報を?」

「接続が切断されただけで本体は健在らしい。」

「それ、本当にアルタイトからのメッセージなんだろうな?奴らが俺たちを嵌めようとしてるんじゃ無いのか?」

 

 ディエゴはそう言って、このメッセージがレジスタンスによる偽装工作では無いかと疑っている。

 

「いや、コードもそうだし私とアルタイトしか知らない事が書いてる。アルタイト“本人”だよ。」

 

 文末に、ドッペルドロイドの事が少し書いてある事から、送信者は間違いなくアルタイトだ。

 

「この情報によれば、捕虜はすべて輸送船に閉じ込めているらしい。巡洋艦も駆逐艦も制圧されたそうだ。」

「一体どうやって。」

「駆逐艦の艦長の話だと、主砲を向けられて脅されたそうだ。」

「あぁ・・・。」

 

 ゼー・グルフ級の主砲は一撃で巡洋艦をインフラトンの火球に変える事が出来る。そんなものを突きつけられれば降伏せざるを得ないだろう。

 

「船と仲間が無事だっただけでもよしとすべきか。」

「でどうする?巡洋艦を奪い返して攻撃するか?」

「そんなことしても主砲で吹き飛ばされるだけだ。第一に巡洋艦程度の砲撃では全く効果は無い。」

 

 大佐の発言は当然のもので、巡洋艦一隻奪った所でこの形成を覆せるものでは無い。我々より圧倒的多数の敵、エアロック開放戦法も読まれている、外の船も制圧された、奪い返してもゼー・グルフには歯が立たない。

 

 ・・・この状況を一体どうするか・・・。

 

「・・・ん?」

「どうした?」

「この状況・・・うまくすれば・・・。」

「何か作戦でもあんのか?」

「まぁ・・・思いついただけだが―――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

「と言うのはどうだろう?」

「きつい作戦だな。」

「やばい作戦だな。」

 

 大佐とディエゴが二人揃って感想を言ってくる。

 

「机上の空論に近い作戦だな。何処か一つでも狂えば全てが崩壊する奴だ。」

「あんまり複雑な計画って成功しねぇんだよな。シンプルイズベストって奴だ。」

 

 普段は互いに煙たがっている癖に、長年付き合った相棒のように息を合わせて作戦を評価してくる。

 

 しかも酷評だ。

 

 しかしーーー

 

「ま、それ以外に手は無いべ。」

「要所で修正は必要だがな。」

「・・・素直に評価してくれ。」

 

 ともかく、私が提案した作戦に修正を加え、レジスタンスに対する反撃作戦が立てられた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「連中はまだ見つからないのか?」

「未だ発見の報告はありません。」

 

 指令室となった貨物船のブリッジで、ギルバードは苛立ちを何とか隠しながら訪ねるが、オペレーターは未だにベルトラム大佐達の発見報告は無いと告げる。

 

 事態発生から既にかなりの時間が経過したのに未だに発見できない事が彼を苛立たせる原因となっていた。

 

 捜索部隊は隔壁を封鎖し敵の行動範囲を狭めながら捜索を続けているが、何分この船が巨大かつ捜索部隊が少数であるのが発見できない主な原因だった。

 

「他の小隊にも捜索に加わって貰いますか?」

「いや、戦力分散は危険だ。ここの防御に集中するべきだろう。」

 

 自身の意見を否定されたオペレーターは内心不満を抱いたが、ギルバードとしては元民間人が多数を占めるレジスタンスと、元軍人で構成されたアーミーズや実戦経験豊富な海賊達を同数で相手にしたくないのだ。一人でも多くの人数を集めるため、外部の船はロックだけして無人の状態で放棄している。

 当のオペレーターは自分達が彼らに負けるとは思っていないが、実際職業軍人と元民間人ではやはり経験の差がある。

 

「監視システムの復帰は?」

「一応解析は進めてますが、芳しくないようです。」

 

艦内監視システムが使用できれば、わざわざ全長4kmの艦内を歩き回って捜索する必要はないのだが、そのシステムは制圧前にロックがかけられた為使用不能となっている。現在元技術者のレジスタンスがをロックの解除を試みているが、元が軍用の為高度なセキュリティが存在し、解析の目処は立っていない。

 

「むぅ・・・一体何処へいった・・・。」

 

 ギルバードは頭を悩ませる。捜索の手は伸びている事は確かだが、時間がかかりすぎている。時間をかければそれだけヤッハバッハなどに発見される危険も高まるし、食料や睡眠など居住環境にも影響が出る。さすがにそこまで掛かるとは思っていないが、早期にけりが付くのが望ましい。

 

 やはりもう少し捜索に部隊を割り当てるべきか・・・。

 

 ギルバードがそう考え始めた時、突然オペレーターが叫んだ。

 

「た、大変ですリーダー!」

「どうした!?」

「ブリッジが襲撃されました!!」

「何!?」

 

 突然の報告に驚いたギルバードはオペレーターに駆け寄る。オペレーターの画面には、ブリッジで銃撃戦を繰り広げるレジスタンスとアーミーズが映し出されていた。

 

『こちらブリッジ!敵の攻撃を受けている!!至急応援を!!』

「リーダー!至急増援部隊を派遣しましょう!!」

 

 ブリッジの防衛にあたっていたレジスタンスから増援要請の通信が入り、それに対し幹部の1人が増援部隊を派遣する事を具申する。ギルバードはその意見を聞き指示を出した。

 

「ナッツ!100人ほど連れてブリッジへ急行しろ!捜索部隊と機関室を防御していた部隊もだ!!」

 

 部下のナッツに命じ100人ほどブリッジへ向かわせる。ブリッジを攻撃している敵の数は20名程。大佐はおそらく陽動の為にブリッジを攻撃したのだろうが、いかんせん元の数が少なすぎる。3倍の兵力をぶつけてやれば問題ない。しかし、元の数が少ないこの状況で仕掛けてきたという事は何か作戦があって行動を開始したはずだ。

ベルトラム大佐は冷静に適切な判断と作戦を立てられる極めて有能な人物だ。だからこそ、ヤッハバッハに対してレジスタンス活動を行ってきた。そんな人物が、ただ単にブリッジを襲撃する訳がない。

 

「全員防御を固めろ!ブリッジへの攻撃はおそらく陽動だ!!警戒を強化せよ!!」

 

 増援に向かった部隊とは別に格納庫に残留する部隊に指示を出す。大佐がどういうつもりか分からないが、警戒を緩めていい場面ではない。格納庫から増援部隊が向かった時、ブリッジからの映像が途切れた。

 

「どうした!?」

「ブリッジ!こちら本部!応答しろ!おいブリッジ!!」

「・・・間に合わなかったか。」

 

 通信までもが途絶えた事から、ブリッジを守っていた部隊は文字通り全滅だろうと予想する。

 

「オペレーター。ブリッジの盗聴器はまだ使えるか?」

「え?」

「ブリッジの状況が知りたい。盗聴器なら音声だけだが状況が分かる。」

「ちょ、ちょっと待ってください。」

 

 オペレーターはコンソールを操作し、ブリッジに仕掛けられた盗聴器と接続しようとする。例の大佐達の秘密会議を盗聴した盗聴器は未だブリッジに仕掛けられたままだった。

 

「・・・繋がりました!音声出します!!」

 

 すると、voice only と書かれたホログラムが表示され、ブリッジ内でのやり取りが聞こえてきた。

 

『こちらランディ!ブリッジを確保しました!』

『エレベーター前も配置についた!格納庫の扉の解放はまだか!?』

『今から掛かります!!』

 

 

「ーーなるほど。」

 

 ギルバードは、敵がこのゼー・グルフを奪った時と同じような手を使う事を予想した。すなわち、エアロックなどを強制解放して内部の人間を空気ごと真空に放り出し、運良く艦内に残った人間も酸欠で殺す方法だ。

 

 だが、その作戦も事前に分かっているなら問題ない。

 

「総員空間服を着用!敵は格納庫内を減圧するつもりだ!急いで空間服を着るんだ!!」

 

 空間服は宇宙服の一種である。人類が宇宙空間を生活の場としてから様々な宇宙服が開発された。長時間船外活動をする為のモノや、重作業、調査など用途に合わせたものが用意されている。

 

 その中で空間服は戦闘向けの服装で動きやすさや衝撃吸収力などを強化されたものである。これを着れば、減圧されて真空にされても問題ない。

 

「リーダー!大型物資用エレベーターが作動しています!」

「なんだと!」

 

 格納庫に備えられている大型物資用エレベーターは、人が200人は余裕で運べる規模のエレベーターで、残存のアーミーズは全員乗り込める。

 

「そこから侵入するつもりか!」

 

ギルバードの中で一本の線が繋がる。ブリッジを攻撃し制圧。強制減圧によって格納庫内のレジスタンスを排除した所で突入する。おそらく大佐の作戦はこんな所だろう。それに大型物資用エレベーターを使って行くルートは、ブリッジへ向かうには遠回りになる。仮にブリッジへ増援が向かってもわざわざ遠回りのルートは使わないので、鉢合わせする事は無い。

 

敵の突入箇所が分かったギルバードは、ここで驚くべき指示を出す。

 

「火器管制を起動!照準を大型エレベーターに合わせろ!!」

「え!?」

「主砲で吹き飛ばす!」

 

その命令に思わずオペレーターは聞き返した。

 

 武装貨物船にはいくつか武装が備え付けられており、この船の主砲はSサイズのレーザー砲である。艦隊戦においては大した威力は無いが、それはAPFシールドと装甲で守られた艦同士の話であって、シールドも装甲も持たない人間相手には話が異なる。船同士では豆鉄砲でも、人間には掠るどころか掠めただけで蒸発する高エネルギーの塊なのだ。

 

通常そんな兵器を艦載機用の弾薬などが置いてある格納庫などで使おうとは思わない。だが、白兵戦でエレベーターを制圧するよりも、艦砲で敵兵ごと破壊した方が手間がかからず損害もほぼ無い。それで敵を殲滅した後は、ブリッジを制圧している囮部隊を撃滅してやればいい。

 

それを聞いたオペレーターは納得し、すぐさま火器管制の立ち上げに掛かった。

 

「格納庫の扉開きます!減圧が始まりました!!」

 

 格納庫の減圧が始まり隔壁が開く。すでに格納庫内の部隊は空間服を着ている為、減圧されても問題は無い。

 

「エレベーターまもなく到着します。」

「砲手、エレベーター到着と同時に砲撃しろ。」

「了解!」

「ブリッジの様子は?」

「増援部隊が到着、戦闘に入りました。」

「よし。」

 

 ブリッジに増援が到着し、戦闘になった。圧倒的多数ならすぐにでも制圧できるだろう。一方で武装貨物船の主砲が起動し、照準を合わせていた。

 

「オペレーター、エレベーター到着まで秒読み!」

「エレベーター到着まで5、4、3、2、1、0――――」

 

 砲手が主砲のトリガーを引いたのと同時に、レーザー光が格納庫内を駆け巡り爆発が起こり、エレベーターが粉々に吹き飛ばされる。

 

 そしてそれと同時に、レジスタンスの船が一隻爆発した。

 

「な、何が起こった!?」

 

 ギルバードの言葉に答えられるものブリッジ内にはいなかった。隣の武装貨物船の一部が爆発し、格納庫内に大量の破片と爆風が吹き荒れる。エレベーターから離れていたレジスタンス達は破片と爆風をもろに受け一瞬で壊滅状態に陥った。

 

「り、リーダー!!」

 

 オペレーターが叫びながら窓の外を指さす。ギルバードがそれを見ようとした刹那、船に大きな衝撃が走った。

 

「うわぁ!?」

「な、なんだぁ!?」

 

 見ればそこには、外で放置されていたはずの一隻の駆逐艦が接舷している所だった。

 

「な、なんだと・・・!?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 事態を明瞭にするために時間は少し巻き戻る。

 

「ではこれよりブリーフィングを開始する。」

 

 そういって大佐は手元の端末を操作して、部屋の中心にホログラムを表示し説明を始めた。

 

「現在我々はこの倉庫に確保している。それに対してレジスタンスは、艦橋、機関室、格納庫及び外の巡洋艦と駆逐艦を制圧している。また、レジスタンスの貨物船の1隻に捕虜となった者達が捕らわれている。戦力差はおよそ3対1。これは艦橋や機関室などに配置されているであろう人数を引いて想定した最低限の数だ。これより多い可能性は充分にある。そこを忘れないように。

 

 目標はレジスタンスリーダーのギルバードの排除及び捕虜になった仲間の開放だ。ギルバードを軸にして動いている以上、これを排除すればレジスタンスは統率を失うだろう。そうなれば降伏するか散発的な抵抗しかできないだろう。また捕虜になっている者の数は約200名ほど。リーダーを無力化し捕虜達を解放すれば、戦力差は覆り早期に鎮圧、事態を収束できるだろう。

 

 

 これらの目標を現状の戦力で達成する為に、奇襲によって敵部隊中枢へ突入する。」

 

 誰も何も言わずに説明を聞いていた。戦力差で不利な状況において勝利するには奇襲以外考えられないからだ。

 

「そこで、シーガレットの草案を修正し決定したのが作戦が決定した。まずはこれを見てほしい。」

 

 格納庫を再現したホログラムが浮かび上がる。その中には何隻かの船といくつかの赤い点が表示されていた。

 

「見ての通りこれは格納庫内の敵の配置図だ。そして、ここが捕虜の位置だ。」

 

 ホログラム中の一隻の船が緑色に光る。

 

「まず部隊を2つに分ける。1隊はブリッジの制圧を行う。人数は20名ほどで、ブリッジを制圧したら格納庫の隔壁を解放するんだ。これによってギルバードに我々がこの船を奪った時と同じように、エアロックから吸い出す事を狙っていると思わせる。そしてもう一隊を本隊とする。本隊は空間服を着てエアロックより外へ出て、駆逐艦を制圧。制圧した駆逐艦に乗って格納庫へ突入する。突入しつつ人質の乗っていない艦艇を攻撃、撃破し少しでも敵戦力を削ぐ。後は、人質を解放してギルバードを確保し事態に蹴りをつける。」

 

 これを聞いた者たちは騒めき出す。当然の事だ。駆逐艦を奪ってカタパルトから侵入するだけでなく、格納庫内の艦艇を攻撃して撃破までするのだ。めちゃくちゃな作戦としか言いようがない。下手をすれば誘爆で、この戦艦ごと吹き飛んでしまう。しかもーーー

 

「質問!外部から駆逐艦を制圧するとしても駆逐艦にも敵がいれば、艦艇の武装により殲滅されるだけかと。」

「そもそも外部へ出ようとすれば、それをブリッジにいる敵に察知される恐れがあります!」

「たった20人でブリッジの制圧が可能でしょうか?」

「わざわざ艦艇を攻撃する必要があるのでしょうか?誘爆のリスクが大きいのではないかと。」

「カタパルトを通過中に敵艦から迎撃される危険があります。」

「仮に突入できたとして80人程度で、制圧できんのか?」

「ギルバードの位置がわからないのでは、捕らえようが無いかと。仮に捕らえても逆上してますます手がつけられなくなるかと。」

 

 実行に際し予想される問題点が多々指摘される。元軍人や海賊達は、その経験と鍛えられたセンスから作戦の不備を挙げていく。無論それは大佐も認識しており、その点に対する説明を始めた。

 

「まず駆逐艦の制圧だが、艦外へ出るタイミングはブリッジの襲撃と同時に行う。襲撃されれば監視の目は緩むだろう。情報によれば敵の大半は格納庫を防衛していてブリッジは手薄気味だと推測される。20人しか割く事が出来ないが今の戦力からこれ以上回すことはできない。重火器を使用しても構わん。迅速にブリッジを確保して貰う。駆逐艦からの攻撃だが、先程言った通り敵は格納庫の防備を固めている為駆逐艦に人員は配置していないだろう。ブリッジを制圧していて、より強力な武装が使える以上、駆逐艦に人員を配置する意味が無いからだ。

 

 次に突入時の問題点だが、我々は全員合わせても100名程度。それに対して相手は400名前後だ。いかにブリッジを素早く制圧できたとしても、肝心の本隊が負けては意味がない。ここはリスクを取ってでも、敵の数を少しでも減らすべきと判断した。また、カタパルト通過中の迎撃を避ける為、大型エレベーターを囮として作動させ、敵の目をそちらに向けておく。エレベーターの起動は本隊から2、3名出す。ギルバードの所在についてだが、これだけの規模で守っている以上格納庫内にいるのは確実だろう。

 

 他に質問は?」

 

 それ以上、彼らからの質問は無かった。皆頭の中で作戦の流れを想定しているのだ。

 

 私の出した草案では、駆逐艦を奪いカタパルトを開けて内部へ突入するだけだった。だが、軍事の専門家にかかれば、こうして勝利を確立する為細かい所まで埋め合わせている。それもごく短時間のうちにだ。

 

「それと、注意すべき事項だがブリッジにはおそらく盗聴器が仕掛けられている可能性が高い。そのためブリッジ制圧隊および彼らと通信をする際には内容に注意する事。通信する際は相手に“大型物資用エレベーターから突入する”と思わせるよう通信を送る事。」

 

 これは、アルタイトや捕虜がレジスタンス達の会話を盗み聞きして得た情報だ。仕掛けられているかどうか確たる証拠は無いが、状況から判断するにその可能性は十分にある。

 

 よって、これを逆用し通信内容から囮であるエレベーターから突入すると思わせるのだ。

 

「なければ、後は隊を分けて行動する。各員時計を合わせておけ。本作戦はタイミングが重要だ。それでは部隊を編成するーーー。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「行け!行けっ!行けっ!!」

 

 接舷と同時に駆逐艦のエアロックから武装したアーミーズや海賊達が突入する。意表をつかれたレジスタンス達はなすすべなく次々と倒れていった。

 

『落ち着け!各自迎撃するんだ!!我々は裏切り者には負けない!!』

 

 だが、ギルバードの艦内放送を聞いて何人かのレジスタンスが立ち直り、メーザーブラスターで反撃してくる。それを見た他のレジスタンス達も次々に応戦してきた。

 

「チッ、予想より立ち直りが早い!!」

「レジスタンス活動で根性がついたんだろ!!どうする!?」

「シーガレット!!ディエゴ!!30人ほど連れて倉庫へ迎え!そこに捕まってる連中を解放するんだ!!」

「了解!」

「おーけー!!」

 

 私達の想定よりもレジスタンスの抵抗が激しかった。というのも長年のヤッハバッハへの抵抗活動で多少なりとも鍛えられていたのだろう。

 

 作戦では、格納庫で撃沈した船の爆発で敵の戦力を少しでも削る予定であったし、現に格納庫内は爆発した船の破片などが飛び回り酷い惨状で、誘爆しなかったのが奇跡というレベルだ。(一応弾薬類は耐爆・耐衝撃などが施された保管がされている。今回はそれが偶々耐えてくれた。)

 

 それでも、目標の船の中には多くの敵兵が居た。これは後から分かった事だが、減圧に備えて空間服を着る為に一度船内へ戻った者が大勢いたらしい。

 

 作戦が一部裏目に出てしまったが、それを理由に中止ややり直しをする事は出来ない。ここは捕虜を解放し、こちらも戦力を増強するべきと判断した大佐の指示で、私達は捕まった仲間の元へと走り出す。

 

 位置はアルタイトの情報で分かっているし、船内の見取り図も、基地で整備した時のデータが残っている為、一直線に向かう事が出来る。

 

 途中何人か鉢合わせした敵をブラスターやライフルで薙ぎ倒し、捕虜が閉じ込められている倉庫の前に辿り着いた。

 

「おいエドワード!!聞こえているか!!返事をしろッ!!」

 

 扉の横に付いている端末から内部に話しかける。僅かな間の後、端末から悲鳴とも取れる声が聞こえてきた。

 

『音がデカすぎるんです!!もう少し静かに喋ってくださいッツ!!』

「す、すまない・・・。」

 

 どうやらスピーカーモード(しかも大音量)になっていたらしく、いきなり倉庫内に響いた大声に全員かなり驚いたらしい。

 

「扉は開けられそうか?」

『やれない事は無いですが、少し時間がかかります。』

「時間が無い。扉を吹き飛ばすから離れていろ!」

 

 端末にそう言うと、後ろにいたアーミーズに目で合図を送る。 こういった場合も想定しニトロストリングーー破壊用の爆薬も持ってきておいたのだ。それを扉の前にセットして廊下の陰に隠れる。

 

ーボンッツ!!!

 

 爆発の衝撃が内臓に響く。廊下の陰から顔を出すと、扉は綺麗に吹き飛んでいた。

 

「艦長ー!」

 

 奥から聞き覚えのある声と共にエドワードが出てきた。爆発の煙を浴びたのか所々煤けている。

 

「無事だったか!」

「えぇ、おかげさまで。次やる時は爆薬の量を減らしてください。」

「あ、あぁ。」

 

 仕掛けたのは私じゃ無いんだがと喉まで出かかった言葉を飲み込む。代わりに別の声が倉庫の中から聞こえてきた。

 

「無事でしたか、艦長。」

「アルタイトか。」

 

 倉庫の奥から出てきた自分そっくりな人影。ドッペルドロイドのアルタイトだ。やっぱり爆発の煙を浴びたのか煤けていた。そんなに爆発の威力は強かっただろうか?

 

「お前のお陰で助かったよ。」

「私もこんな所で死にたくありませんから。」

 

 AIが死にたくないなどと言うとは、少し意外だった。

 

「おいおいこりゃどうなってんだよ。お前双子だったのか?」

「ん・・・まぁそんな所だ。」

 

 私達を見たディエゴが驚きの声をあげるが、今説明するのは時間がかかるので適当にぼかしておく。

 

「そんな事より、今は他にやるべき事があるだろう。」

 

 そう言って私は2人にブラスターを手渡す。合流できた時の為に、各自予備の武器を携帯していたのだ。武器庫に武器は豊富にあったが、捕虜全員分持ち運べる訳も無く、三十数人程度しか武器は行き渡らなかった。それも1人にブラスター1丁とかそんな割合である。

 

「残りは自分で調達してくれ。」

「め、めちゃくちゃだ。」

 

 そんなものは百も承知している。が、80人程度で敵に奇襲を仕掛け、戦いながら捕虜を解放し、その上で200人近い人数分の予備の武器などを持ってくる余裕は無い。

 

「大佐達は今どこに?」

「ブリッジの手前で敵と交戦中との事!」

「よし、全員ブリッジへ向かうぞ!武器を持ってない者はそこら辺から拾うか素手で戦え!行くぞ!!」

「「「お、おぉッ!!」」」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「降伏しろ!お前達に勝ち目は無いぞ!」

「黙れ裏切り者め!貴様等こそ自分の罪を恥じて降伏しろ!」

 

 武装貨物船のブリッジ前通路ではバリケードを築き立て籠もるレジスタンスとアーミーズで激しい銃撃戦をしながらそんなやり取りが行なわれていた。状況は、隔壁を封鎖し一本道となった通路で即席のバリケード越しに撃ち合う形となっており、立て籠もっているレジスタンスはせいぜい50人程度。人数的にはほぼ互角である。ただ個人の戦闘における資質に関しては、アーミーズ側がいささか有利となっている。

 

 しかし、ギルバードは艦内のレジスタンス達に呼びかけブリッジへ集合するように命令した為、各所から集合したレジスタンスによって後方から攻撃を受ける事があり、その度に戦力を分散し後方の敵を殲滅している。よって大佐も後方を警戒しながら戦う必要がある為、ブリッジで立て籠もる敵に全力を向けられないでいた。

 

「持ちこたえろ!持ちこたえればブリッジに増援に行った部隊が戻ってくる!!そうすれば勝てるぞ!!」

 

 命令を出し味方を鼓舞するギルバード。立て籠もるレジスタンス達も味方の増援への期待と、敵となったかつての味方に対する憎悪から必死に応戦する。

 

 そんな戦闘の最中ギルバードは心の隅で自問自答を繰り返していた。先程までは自分達は完全に主導権を握っていた。それなのに今この現状はどうだ。味方は分断され、敵の突入を許し、司令部は敵と白兵戦を行なっている。状況はひっくり返り、全体を把握するどころか目の前の敵と戦闘するだけで手一杯である。

 

 何故こうなったのか、記憶を遡った所で答えは出ない。

 

「リーダー!」

「どうした!?」

 

 背後からオペレーターが悲鳴にも似た声で呼んでくる。その時点で悪い知らせだというのが分かった。

 

「倉庫に閉じ込めていた捕虜達を解放されました!!こっちへ向かってきています!!」

「チッ!」

 

 予想した中で最悪の事態が起こってしまった。こんな事になるんだったら、外聞を気にせず全員処分しておいた方が良かったかも知れない。が、今更考えた所で全くの無意味だ。

 

「兎に角持ち堪えるんだ!我々真のリベリアを愛する者が、あんな裏切り者共に負けるはずが無い!!」

 

 捕虜が解放されたと聞いて完全に弱気になる味方を、ギルバードは自分自身よく分からない根拠で励ます。もはや、彼には現状を打開できる未来が見えなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーそして時はきた。

 

 

 爆音と共に、アーミーズと戦闘していた方とは反対側の通路から黒煙が上がる。隔壁を下ろして封鎖していた筈が、隔壁が爆破され道が開ける。その黒煙の中から武装した一団が現れる。

 

「全員突っ込めぇッツ!!」

「「「うぉおおおおお!!!」

 

 ディエゴ率いる一団の持つブラスターやライフルが光を放ち、メーザー光線が空を切り裂く。突然背後からの攻撃に晒されて、レジスタンスの防衛戦は完全に崩壊した。

 

「う、うわぁああああ!?」

「ぎゃぁああああああ!!」

 

 銃声と悲鳴と断末魔が響く中、ギルバードは本能的に身を守る動作を取る。軍隊で鍛えられた生き残る為の本能に従い、ブリッジへと逃げ込み扉を閉める。たまたま扉の近くにいた4人のレジスタンスが一緒に入ってきたが、大半は通路で銃撃に晒され断末魔を上げていた。

 

 薄暗いブリッジの中、彼は必死にどうすればいいか考える。

 

「ついに味方まで裏切ったのか?」

「誰だ!?」

 

 突如ブリッジ内に響く声に、慌てて銃を構えるギルバード達。するとコンソールの陰から人が1人出てきた。

 

「・・・シーガレット。貴様一体どうやって・・・。」

 

 問い掛けるギルバードに対し、シーガレットは無言でギルバード達の背後を指差す。そこには、通風用のダクトが口を開けていた。

 

「チッ・・・そういう事か。」

「昔サンテールで修理した時のデータが残っててね。お陰で迷わずにここまで来れたよ。」

 

 互いにブラスターを向け合う2人。他にも数丁の銃口を向けられてなおシーガレットの目には恐怖は無い。それに対しギルバードの瞳は揺らいでいた。

 

「降伏しろ。と言いたい所だがその様子では聞きそうに無いな。」

「誰が裏切り者に降伏などするものか!」

 

 眉を潜めるシーガレットに対し、ギルバードは咳を切ったように叫び始める。

 

「俺達は故郷を取り戻す崇高な責務がある!あの美しいリベリアを、俺達の愛するリベリアを侵略者共から取り戻すんだ!!貴様等もその為にヤッハバッハに抵抗していた筈だ。それなのにお前達は、基地を破滅させ同胞を犠牲にし折角手に入れたこの力を使おうともしない!!あまつさえ、俺達に協力するどころか結託して排除しようとしてきた!!貴様等さえいなければ、リベリアを取り戻せたかも知れないのだ!!!この裏切り者め!!」

 

 ギルバードは、シーガレット達を大声で非難し糾弾する。周りのレジスタンス達も頷いたり、そうだと声を荒げる。それをシーガレットは黙って聞いていたが、ギルバードが話し終えるとふっと一息吐く。

 

「言いたい事はそれだけか?」

「なんだと?」

「お前の下手な演説は終わったかと聞いているんだ。」

「ーーーッツ!!」

 

 刹那ギルバードは引き金を引くのと同時にシーガレットは右へ飛ぶ。メーザーが頬を掠めるのと同時にシーガレットのブラスターが光を放ち、ギルバードの背後にいたレジスタンスを撃ち抜く。

 

 とっさにコンソールの影に隠れるギルバード達。だが、逃げ遅れた1人がシーガレットの早撃ちで胸を撃ち抜かれる。ギルバードは残ったレジスタンスと顔を見合わせ、タイミングを合わせて一斉に飛び出す。飛び出した瞬間、1人が撃ち抜かれる。あまりの早撃ちに気を取られた1人が最後に見た光景は、自分に向けられた銃口が光る光景だった。

 

 そしてシーガレットのブラスターがレジスタンスを撃ち抜いた時、その胸を白い光線が貫いた。その方向にはギルバードが立っており、ブラスターの銃口から煙が立ち上っている。

 

 

 床に崩れ落ちるシーガレット。力が抜け手から滑り落ちたブラスターが床を転がる。武器を失った事を確認したギルバードはゆっくりと倒れたシーガレットへ近づく。そして右手に握ったブラスターの照準を、彼女の頭に合わせた。

 

「貴様だけは・・・貴様だけは許さん・・・。」

 

 そう言って人差し指に力を入れる。

 

 

 

 

 

ーーーバシューンッツ!

 

 

 

 

 ブリッジ内に響く一発の銃声。その音はギルバードのブラスターのものでは無かった。

 

「・・・。」

 

 自分の胸に手を当てると、真っ赤に染まる。ゆっくりと後ろへ振り返った時、ギルバードの目は大きく開かれた。

 

「な・・・ッ。」

 

 自分の背後で煙が立ち昇るブラスターを構えていたのは、先程彼が撃ち殺した筈の”シーガレット“だったからだ。

 

「な、何故・・・。」

「あっちはドロイドさ。」

 

 ギルバードが振り返ると、そこにはもう1人のシーガレットーーーシーガレットの姿をしたドロイドが立っていた。

 

 彼女の胸には焦げた銃痕がある。ただそこから血は流れていない。あるのはただ黒い穴だけだった。

 

「・・・売・・・国奴・・・め」

 

 その言葉を最後にギルバードは床へと崩れ落ちていった。


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