異常航路   作:犬上高一

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第18話 小マゼラン

「出航コード入力完了、港内及びステーション周辺に障害物無し。」

「最微速前進。出航後、進路をオズロンドへ。」

「進路オズロンド、了解。」

 

辺境惑星ボラーレの宇宙港より巨大な船が出航する。無論シーガレット達の船である。

1週間の修理の後、完全に復旧した戦艦―――旧ヤッハバッハ試作兵器試験艦は、艦名を”アルタイト”と変更し老いたその身体を再び漆黒の海へと進めた。

 

ちなみに名前は各員が面倒くさがって押し付けあった挙句に決まったものである。

 

修復を行った際についでに船体の一部が改装され、あの邪魔くさいヤッハバッハの紋章などは取っ払われ、中央部のやや前側にダークイエローの斜めラインが入っている。この塗装は単純にパーソナルマーク的な奴だ。塗装を全て替えるのはちょっと金が・・・。

 

更に不必要なモジュールを貨物室に改装して積載貨物の容量を向上させている。が、予算の都合上一部の変更のみになった。

 

こうしてかつてヤッハバッハの艦隊旗艦級戦艦だった彼女は、試作兵器試験艦となったのち、鹵獲されレジスタンスの戦力として運用され、そして第四の艦生として武装輸送船の道を歩き出した。

 

これに伴ってメインクルーの役職を正式に決定することにした。決まった人員は以下の通りだ。

 

艦長:シーガレット

副長:ベルトラム

航海長:ダスティ

操舵手:ディエゴ

科学主任:エドワード

医療長:ドクター

主計長:ランディ

コック長:カーフィー

艦載機部隊長:コーネフ

第1小隊長:ポプラン

 

残りの役職は随時補充する事となっている。

 

圧倒的に足りないのは腕のいい機関士と整備士だ。ここに来るまでに機関士と整備士の熟練者がほぼ全滅している為、現在は臨時の人員とエドワードが担当しているが、やはり本職がいたほうがいい。じゃないとエドワードが研究時間が足りないとか騒ぎ始めるからな。

 

「航行制限区域を離脱。これよりI3・エクシード航法へ移行します。」

「インフラトン・インヴァイダーチェック・・・オールグリーン。機関用意良し。」

「航路設定チェック、異常無し。」

 

無事に星の海へと戻ったアルタイトは、I3・エクシード航法へ入る準備を進める。I3・エクシード航法とはインフラトン・インヴァイダーを用いたこの宇宙における宇宙船の基本的な推進方法で光速の200倍の速度で宇宙を進む事が出来る。

 

各部から用意良しの報告が入る中、私の脳内にはコントロールユニットよりシステムによる自動チェックの報告が逐一入る。

 

インプラントのお陰で船の情報をダイレクトに得られる為、こと艦内の状況把握に関しては誰よりも素早く処理する事が出来るが、私も人間なのでうっかり見逃したりする場合があるし、ミスや事故を防ぐ意味でも乗員によるチェックは不可欠だ。あと大量の情報を処理するのは頭が痛くなるので他人の私室とかの余計な情報は基本オフにしている。向こうだって見られたくないし私も見たくない。

 

ふと、モニターに映るボラーレを見つめる。

 

修理中の1週間の間は地上で全員ゆっくりと休息を取っていた。特にここボラーレは辺境のど田舎らしく自然が豊かで、森林公園なんかがありそこを散歩したりもした。0Gドッグとして人生の大半を宇宙で過ごしてきた私でも、小さな木陰の草原で寝転がっていると心が安らいでいた。

 

人間は何処か本能的な部分でああいった安らぎを求めているのかもしれない。

 

「どうしました?」

「いや・・・何でもない。」

 

ふと込み上げてきた感傷を振り払って、I3・エクシード航行への移行を指示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「暇だなぁ・・・。」

 

出港時に感じた感傷はどこへやら、ブリッジの席で座りながら外を眺めていた私は1人呟く。ボラーレからオズロンドへ向かう航海は静寂そのものであった。エルメッツァでは海賊被害が多発しているという話だったが、海賊どころか民間船ですら見かけていない。

 

「本当に海賊被害が多発しているのか?ここは?」

「いや、海賊ってのは普通待ち伏せで襲うものだからな。船の少ないこの航路じゃ稼ぎにならねぇからオズロンド近海までは海賊は出てこないだろうぜ。」

 

元海賊の首魁ディエゴの言葉に納得がいく。獲物の居ない狩場には肉食獣もいないのは当然だ。行き先のオズロンドまではかなりの距離があるし、ブリッジに持ち込んだ煙草が丁度切れてしまった。

 

「暇潰しに見回りでもしてくるか、航海長、しばらく頼むよ。」

「りょーかい。」

 

指揮をダスティに任せて私はブリッジを退出する。とりあえず適当に回ってみるか。

 

 

 

 

 

―――ブリーフィングルーム

 

アルタイトはヤッハバッハの旗艦級戦艦というだけあって、艦隊指揮の為の設備が設置されている。このブリーフィングルームも巨大な空間で、フライングボールのコート数個分くらい広い。そのだだっ広いブリーフィングルームの中で何人かが動き回っている。

 

「ん?なんだお前か。」

 

その中心人物であったベルトラムが私に気付く。

 

「何をしているんだ?」

「この銀河の情報収集と分析だな。」

「また仕事熱心だな。」

「誰かさんが勝手にアホみたいな額の借金を押し付けてきたからな。」

「あー・・・所で何か分かったか?」

 

鋭い返しに私は強引に話題を変える。私だって借金なんかしたくなかったさ。

 

「まぁな、聞いていくか?」

「そうだな、頼むよ。」

 

その返事にベルトラムは、目の前のコンソールを操作してホログラムを表示する。

 

「まずは今我々がいる銀河、小マゼランと呼ばれているがこの銀河は主に3つの星間国家で成り立っている。一つがここエルメッツァ星間国家連合、大小合わせて80以上の惑星国家が所属する国家だ。この小マゼラン銀河で最大の国家だな。経済的にも安定的ではあるし技術的にもこの国の艦船がスタンダードなものになっている。軍隊の規模も大きく総数5万隻の軍艦を有しているそうだ。」

「かなりの数を揃えているんだな。その割には海賊被害が多いようだが?」

「あぁ、大国と言っても惑星国家の集合体だから基本各星にそれぞれの自治政府がおかれている。中央と呼ばれる星系では経済が発展してはいるが、その反面地方と呼ばれる星系では人口の流出が多いようで中央との経済格差が広がっている。経済的に困窮した地方の人間が海賊になっていると言う訳だな。ただエルメッツァは地方の自治を尊重する姿勢を取っている所為で、地方の治安や経済的不安定にはあまり介入していないようだ。

地方の事は地方の政府が解決すべしという事で、中央以外は各地方政府下にある地方軍や自治政府の軍が対応している。

ただ先程言った艦船数はエルメッツァ連合所属の船をすべてかき集めての数だから、海賊被害から見ても実際に地方で治安維持にあたっている艦船は相当少ないのだろうな。」

 

なるほど、それぞれの星の自治を尊重するから自分達の所の問題は自分達で解決しろというスタンスか。経済の未発達な地方では貿易や輸送の面でもあまり旨味は無いかもしれない。

 

そんな事を考えているとホログラムが切り替わる。

 

「次にカルバライヤ星団連合、エルメッツァから独立した惑星によって構成される国家だ。鉱石産出が主要産業でこの銀河における流通鉱石の9割はカルバライヤ産であるくらいだ。代わりに食料自給率が低く、大半の食料はエルメッツァからの輸入に頼っている。」

「なるほど、エルメッツァとカルバライヤ間の輸送は需要が尽きなさそうだな。」

 

生きる為に必要な食料と、生活必需品を生産するのに不可欠な鉱石資源の輸入は多少の変動こそあれ常に需要がある。その航路の輸送は我々にとってもいい儲け話になりそうだ。

とうぜん海賊にもであるが・・・。

 

「ただ経済の大半が鉱石輸出に頼っている所為で経済的には不安定だな。技術分野においては特に装甲技術に長けているな。」

「装甲技術に?」

「このカルバライヤが位置している宙域は小惑星などのデブリが大量に存在している事で有名だ。そこを安全に通るためにカルバライヤの船は装甲とディフレクターが強化されているんだそうだ。それともう一つ、カルバライヤの海賊被害はエルメッツァよりはるかに多い。」

「グラフで見ると・・・凄いな、桁が一つ違うぞ。」

「あぁ、特に近年はかなりの被害だ。船舶保証額も貨物保険料も右肩上がりらしい。」

 

鉱物資源などは武器・艦艇の製造などに使える為、それらの違法製造で儲けが出せるのだそうだ。ゆえに海賊のターゲットにもなりやすいから、ここを活動の拠点にするのも悪くないかもしれない。

 

ただデブリが多いと海賊船が隠れる場所も多いから思わぬ所から不意打ちを受ける可能性がある。保険料が高いと必要な経費も増えるし加入していない時に損害を受けたら弁償金も跳ね上がる。ハイリスクハイリターンな状況だ。

 

そしてまたホログラムが切り替わる。

 

「最後にネージリンス星系共和国だな。この国家は大マゼランからの移民で構成されている国家だ。」

「大マゼラン?」

「あぁ、マゼラニックストリームと呼ばれる航路の先には大マゼランと呼ばれる別の銀河に繋がるゲートがあるらしい。その先には複数の国家群が群雄割拠する状態だそうだ。ネージリンスもその先にある国からの移民らしい。技術力が高く艦艇やモジュールも性能の良いものが揃っている。マゼラニックストリームのおかげで経済活動も活発的だそうだ。」

「ほう、いいモジュールが手に入るかもしれないな。」

「あぁ、それを買うならネージリンスに向かうのも手だろう。国家の規模はあの2国と比べるとあまり大きくは無いな。経済的には基本は交易を主としていて様々な商品が売買されているらしい。ただし資源的な特産品がほぼ無いから技術的な輸出や交易品の売買が殆どで、技術と商業の国と呼ばれてもいるな。海賊被害も他の二国よりはかなり少なく治安は良い。」

「ふむ、となるとネージリンスでの輸送にはそこまで期待できないかもしれないな。」

 

技術的な輸出をメインにしているなら大容量の貨物室を必要としないし、航路が安定している分危険手当などが無くなるので貰える報酬自体は少なくなる。普通なら諸手を挙げて歓迎する所だが、何分大量の借金を背負っている我々には可能な限り報酬の高い所へ向かいたい。

 

「まぁ、いくら報酬が高いからと言っても海賊に襲撃されれば損害は被るだろうから、それを考えれば報酬が低くとも安全な航路を考慮から外すのは早計だろうな。」

「なるほどな・・・。で、肝心のヤッハバッハの影響は?」

「少なくともこの二つの銀河には及んでいない。今のところは。」

 

運よくヤッハバッハと遭遇していない銀河のようだ。少なくとも当面の心配は無いだろう。

 

「他にも多数の自治領が存在している。」

「自治領って・・・宇宙開拓法のあれか?」

「そうだ、一惑星規模の所から複数の惑星を治めている自治領もある。ゼーペンストやロウズといった自治領が有名だな。」

 

一惑星の自治領は案外存在するが複数惑星を治めている自治領もあるとは、この銀河の規模はかなり広いものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

―――格納庫

 

一通りこの銀河の情勢についてレクチャーを受けた私は次に格納庫へと向かった。そこでは整備班や研究員とパイロット連中が何やら騒いでいるのが見えた。

 

「何やっているんだ?」

「あ、艦長。今新型機についての意見交換をしていまして。」

「新型機?」

 

その中心にいたエドワードによると、新型機の開発コンセプトを決めるのに様々な所から意見を聞いているそうだ。艦載機ならオッゴがあるがあれ元々作業用だからな。

 

「やはり火力だな。艦船の装甲にも大ダメージを与える事が出来る火力が欲しい。」

「いや、機動力だ。機動力が上回っていれば敵機とのドックファイトで有利に立てる。」

「整備しやすい機体が欲しい。特にアームとかは滅多に使わないんだからつけなくていいだろ。」

「あれでの斬り合いは結構有効な戦法なんだぜ?」

「すぐ壊れるんだ。直すのも手間だからつけないでくれよ。」

 

やいのやいのとそれぞれが意見を出し合っているが、これは――――

 

「まとまりそうに無いな。」

「あはは、それぞれの部署で課題がありますからね。パイロットは特に個人単位で要求が異なりますから。」

 

確かに、軍隊で訓練されたパイロットと個人技量に頼りがちな元海賊のパイロットでは意見も変わるだろうし、戦い方には個人の好みが色濃く反映される。それだけに意見も変わってくるから全員の要求を満たす機体の開発は難しいだろし整備する人間からしたら整備性が悪い機体は面倒臭いのだ。

 

「なるほど、これは一筋縄ではいかなそうだ。」

「えぇ、所で艦長はどんな機体がいいですか?」

 

その言葉に全員がこちらを向いてくる。自分達のボスがどのような判断を下すのか気になるのだろう。

そして私の答えは決まっている。

 

「決まってるだろう、安いのが一番だ。」

 

 

 

 

 

 

 

―――食堂

 

「――と言ったら何故か追い出された。」

「「「それはそうでしょう。」」」

 

先程の格納庫での出来事をランディ、カーフィー、ドクターに話した所、帰ってきた反応は3人とも同じものだった。

 

「価格も大事だろう!?」

「まぁそれもそうですけどねぇ。」

 

適当な生返事を返しながら茶を飲むランディ。こいつが主計長に就任して補給物資のやり取りを色々とやっていたが、茶葉をコンテナ単位で購入していたのには驚いた。

 

アイツらみたいに金の事は二の次でやると金なんかいくらあっても足りなくなる。一度資産管理業務をやってみろってんだ。

 

「それはそうと、そちらの部署では何か不満とか足りないものはあるか?」

「「「ある。」」」

 

またしても3人そろって答えてくる。思わずちょっとたじろいだ。

 

「料理人が足りないんじゃ。それと食料関係で使える金をもっと欲しいぞ。食うには十分じゃが彩りが足らんのじゃ。設備の方も充実させて欲しいぞい。」

「主計員が足りません。積み荷、補給品、武器弾薬その他もろもろの管理を行う人員が必要です。出来れば専門のモジュールも欲しいですね。」

「医師や看護師が足りませんわ。普段はともかく戦闘となれば私一人では手が足りません。それと医薬品と医療設備ももっと良いものが欲しいです。」

「うーん・・・。」

 

船の維持を行う部署では人手不足が他より深刻になっているようだ。実際メインクルーも足りていないし、特に機関部はまともな整備員が配置できていない。

司厨部や医療部では資金や設備が必要らしいが、優先順位は高くできない。莫大な額の借金があるし、海賊との交戦を考えると戦闘系部署を疎かにするのはあまり得策とは言えない気がする。何より死んだ人間の大半がそういった部署に携わっていた為に、熟練者の不足が目立つ。今この船に乗っているクルーの内、これら生活系に携わっていた人間は殆どいないのだ。

 

これに対する解決方法は一つしかない。

 

「人を雇うか。」

「ボラーレは辺境過ぎて集まりませんでしたからねぇ。」

 

ボラーレにいる間クルーの募集をかけていたが、全くと言っていいほど人が来なかった。辺境かつ経済的に安定しているボラーレから飛び出して危険な星の海を旅しようという人間は余りいないのだ。

 

「新しいクルーもあの爺さん1人だしなぁ。」

「オズロンドへ行けばかなり期待が持てるんじゃないですか?」

 

この時代なんでもかんでも自動化されていると思われがちだが、過酷な宇宙で最後に頼りになるのはマンパワーなのだ。100m程度の小型船なら兎も角一般的な大きさの貨物船でも最低100名以上は必要になってくる。その内訳は様々だが、戦闘に対応する場合は砲術員やパイロットやそれら戦闘装備を整備する為に更に多くの人手が必要になる。

 

人手不足の船では運航するに当たってクルーがオーバーワークをしなければならない為、クルーの疲労度がかなり溜まる。疲労度が溜まると、作業中のミスや事故につながってくるし、戦闘の際には船のパフォーマンスがどんどん低下していく。

 

その為船には最低稼働人員という項目がある。この数字は船の本来のパフォーマンスを発揮するために必要な人員の最低数を出したものだ。これだけの巨大戦艦ともなれば本来は2000人以上のクルーが必要になのだが、今はその4分の1もいない。

 

今は優秀なコントロールモジュールを搭載しているので、航海自体に問題は無いが手足が生えている訳じゃないから整備作業や白兵戦など人数がモノをいう作業では意味がない。

 

ロボットを買えばいいじゃないかって?初期投資と整備経費が高いんだよあれ。

 

借金に加え人手不足という問題まで抱えているうちの事情は結構深刻だ。

 

「求人に書く文章どうするかなぁ・・・。」

「アットホームな職場とかどうですか?」

「頑張り次第でメインクルーにもなれるって書いたら集まると思います。」

「大量採用って書けば募集も大量にくるんじゃないかのぅ。」

「なんだろう・・・嘘は言ってないけど、それを書いたら何かが失われそうな気がする。」

 

結局、後日作成した求人にはテンプレートをコピーして貼り付けた。

 

 

 

 

 

 

 

------研究室

 

研究室と銘打っているが、その実態はただの倉庫の1区画である。そこをエドワードの奴が占有して工具やら機材を持ち込んで研究室もどきにしているのだ。殆ど私室といっても良いそこには1人の老人の姿があった。

 

「邪魔するよ。」

「ん?おぉ艦長か。」

 

彼の名はリヒャルト・ヴィーゼ。ボラーレに住んでいた科学者で、唯一あの星でクルーとして採用された人間である。

 

「取り込み中だったかい?」

「なーに、ちょっと観測機器の調整をしていただけだ。別に大した事はしとらんよ。」

 

この老人との出会いは、エドワードと一緒に近くの農場を散歩していた時、偶然そこの農夫から知り合いに科学者が居ると聞いた所から始まる。

 

科学談義が出来るやつが欲しかったのかエドワードの奴は修理中の大半その老人の元へと通っていった。

 

で、修理が完了する前日にエドワードに引き連れられてやって来てこの船のクルーとなった。最初は渋っていたらしいが最後にはクルーとなる事を決意したんだそうな。

 

光学機器を始めとした観測技術に関する事が専門らしくよくエドワードと談義している。技術力もあり今はセンサー系の整備などをやってくれている。

 

「整備員が居ないんでね。助かるよ。」

「なに、ワシもこれほど高性能な観測装置は見た事が無い。最初はあの星で余生を過ごすつもりだったが、妻や子にいい土産話が出来たよ。」

「・・・御家族は?」

「亡くなったよ、ずいぶん前にな。」

 

彼は元々大学で教授として何やら難しい分野について教鞭を取っていたのだが、昔に妻と子を船の事故で亡くしたらしい。それ以来、あの星で余生を過ごしていたのだが、エドワードの熱心な説得に負けたのだそうだ。

 

「ただあまり整備に時間を取られるのも面白くないな。そちらは早いところ解決してもらいたいものだ。」

「ははは、善処するよ。」

 

はやく整備士が欲しい・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

「ついたな。」

「さすがにボラーレよりも栄えていますね。」

 

平和な航海をえて到着した惑星オズロンド。さすがに中央に近いとあってボラーレとは比べ物にならないくらい栄えている。出入りする船も人間も桁違いだ。

その中を私とエドワードは歩いていく。

 

「さて、とりあえず酒場に向かうか。」

 

0Gドック御用達の酒場は軌道エレベーター近くにあるのが基本だ。酒場のマスターならここら辺の事情にも詳しいので寄港したら情報収集の為に0Gドックが必ず寄る場所でもある。

 

「いらっしゃい!ご注文は?」

「とりあえずおすすめのつまみとビールを二つ。」

「あいよ!」

 

この店は大衆酒場といった雰囲気の店のようで、陽気な音楽と肉と煙草の匂いが立ち込めている。

カウンターで待っているとすぐに冷えたビールとサイコロ状に切られて焼かれた肉が出てきた。まずはビールを一杯、炭酸はあまり強くなく後味も爽やかだ。

次にサイコロ肉を頂く。焼き加減はミディアムで皿には肉汁が出ており、その上にスパイスが振りかけられている。

スパイスの刺激と肉の味がよく合っている。しかし味が濃いな・・・。

 

気が付くとビールが無くなっていた。それを見計らったかのようにマスターがジョッキを見せてくる。

なるほど、この肉とビールのコンボがこの店の売りか。

 

「お代わりを貰おう。」

「毎度あり!」

「所でマスター、ここら辺にいい人材はいないかい?」

「人材か、それだったらあっちのテーブルの男はどうだい?」

 

そういってマスターが指さすのはテーブルにはやや薄汚れた中年の男が水のグラスを傾けていた。

 

「彼は?」

「元エルメッツァの軍人さ。なんでもクビになったとかでね。」

「なるほど。」

 

私はウィスキーを2杯注文してそれをもって男のテーブルへ歩く。

彼は歩いてくる私に気付いて一瞬だけ視線を合わせるがすぐに逸らしてしまった。

 

「隣いいかい?」

「かまわんよ。」

 

進められるまま、テーブルの反対側に座りグラスを彼に差し出す。

 

「貴方は元軍人だそうだね、船乗りの。」

「そうだ、勧誘か?」

「その通りだ。」

「まずはフェノナメ・ログを見せてもらおう。話はそれからだ。」

 

フェノナメ・ログとは艦長となった0Gドックのあらゆる履歴が記されたもので、これまで乗ってきた乗艦の性能や戦歴、たどった航跡などが記されている。0Gドックはこれによって自分の艦長を決める為、いわば履歴書のようなものだ。

 

「・・・若い割に大した戦歴だ。貴官は本当に運がいいのだろう。」

「まったくだ、よく生き残ってこれたものだと思う。幸運としか言いようがないよ。」

「そうか、私も乗艦が事故を起こし漂流した経験がある。幸運にも生きて帰ってこれた。」

「そんな幸運の持ち主はぜひとも我が艦に来てほしいな。」

「・・・砲術長の席は空いているか?」

「貴方は運がいい、今ならポジションは選び放題だ。」

「では厄介になろう、シーガレット艦長。」

「貴方の名前は?」

「マティアス、マティアス・トーレスだ。以後よろしく頼む。」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

「はははっ!素晴らしい!これほどの船とは!実にエレガントだ!!」

 

数日後、アルタイトが係留されているドックロビーで、テンションを揚げてはしゃぐ中年の男ことトーレス。はたから見たら完全にドン引き案件である。

 

「えぇ・・・何このおじさん・・・。」

「お姉ちゃん、目を合わせちゃ駄目だよ。」

 

その変人トーレスを傍から眺めている二人の姉妹がいた。小豆髪の姉の名はアズキ・バー、赤髪の妹の名前はスイカ・バー、二人ともまだ10代後半の少女で例のテンプレートまみれの求人を見て応募してきた。

 

他にも応募してきたり酒場でアルタイトのクルーに誘われたりした人間など合わせて1000名近い人間がこのロビーに集まっていた。

 

「はーいちゅーもーく!」

 

その一団に対して声を掛けるのは、艦長のシーガレットである。

 

「私があの船の艦長シーガレットだ。君達が乗船する前の各種手続きを行うので全員そこの受付で乗船手続きを済ませる事、それと0Gドックの登録とヘルプGの初心者講習を受けていないものは登録前にそちらを受講してもらう。登録時に部屋のキーコードを渡すので各自荷物を運びこんでくれ。12時間後に各員紹介された部署でのオリエンテーション及び作業割り当てがあるのでそれまでは自由に過ごしていてくれ。以上。」

 

シーガレットは説明が終わるとさっさと部屋を出ていった。残された彼らは受付で乗船手続きを済ませる者と、0Gドックの登録や講習に向かう者とで分かれていく。

 

「私達は講習に行かないとね。」

「そうね。」

 

そういってバー姉妹は二人とも0Gドックの登録を済ませに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、登録完了しました。ようこそ星の海へ。」

 

管理局のAIから個人情報が登録されたカードを受け取る。このカードが個人の0Gドックの履歴を証明する身分証を兼ねたもので、”正規の”0Gドックならば必ず所持しているものである。

 

「これが登録カードか・・・。」

 

登録カードを受け取った私―――アズキ・バーは少々困惑していた。

もっと精密な検査や履歴の確認などをされるのかと思っていたが、登録は生体スキャンといくつかの書類の記入だけというあっけない形で終わったので、肩透かしを食らった気分だ。

 

このような簡単な手続きのみで済んでしまうため、貧しい者や犯罪者でも簡単に0Gドック登録は出来てしまうので、航海者の身分証はたいして価値を持たないのである。主に管理局との取引で使用されるぐらいしか利用されない。

 

後は何枚か書類を書かされたがそれくらいである。

 

「ヘルプGの初心者講習会はあちらの部屋になります。」

 

人間そっくりに作られた受付のAIは柔らかい表情で隣の部屋を指さす。

何故だか知らないが、私はこのAIの事があまり好きにはなれない。

 

「どうも。」

「貴女の航海に幸あらんことを。」

 

古くから言われているらしい祝福の言葉を背に私は受付を後にする。隣の部屋へと入ると広い講義室があり、机には同じく登録を受けた者達が思い思いの場所に座っていた。

 

その講義室の中央には鉛色のいかにも古臭そうなアンドロイドが座っている。

 

「おねーちゃん、こっちこっち。」

 

先に受付を済ませていた妹のスイカが手招きしていたので、彼女の隣へ座る。

 

「で、あれは何なの?」

 

この部屋に入ってきた時から気になっていた鉛色の古臭い見た目をしたアンドロイドを指さす。

 

「あれがヘルプGだよ、0Gドックについて色んな事を教えてくれる頼もしいアンドロイド。」

「スイカ、意外と物知りなのね。」

「パンフレットに書いてあっただけだよ。」

 

・・・感心して損した・・・。

 

「揃ったようじゃね。それでは授業を始めるんじゃーよー。」

 

あのアンドロイド、見た目だけではなく喋り方まで古臭いらしい。

全体的に古臭いアンドロイド―――ヘルプGの初心者講習は本当に基本的な事から始まった。

 

0Gドックとは何なのか、歴史や手続き、法律など様々なことが流れるようにどんどん解説されていくが、古臭い口調とは裏腹にこちらがちゃんと興味を持って聞けるよう、話すトーンや話題を変えながら説明されていく。

単なる旧式の見た目のアンドロイドではないようだ。

 

「0Gドックとして基本的な法律はこんな所じゃよ。そして公式なルールの他にアンリトゥンルールと呼ばれる物があるんじゃよ。」

「アンリトゥンルール?」

「俗にいう“暗黙の了解”といったルールじゃよ。このルールは法には明記されていないのじゃが、違反すると唾棄すべき存在として周囲から白眼視されるんじゃよー。ミッションの受注を断られたり酷い場合は襲われて撃沈される場合もあるんじゃよー。」

「げ・・・。」

「まじかよ。」

 

その言葉に対してクルー達は驚きと動揺に包まれる。知らないルールを破っただけで殺されるなんて勘弁だ。

 

「そんなにおびえなくてもいいんじゃよ。普通に生活する分にはまず違反する事のないルールなんじゃよー。」

 

その様子に大半の連中がほっとする。

 

「ルール自体も色々あるんじゃが、特に一番言われているのが“地上の民を脅かさない”じゃよ。惑星や軌道エレベーターなどへの攻撃がこれに当てはまるんじゃよ。」

「喧嘩も駄目なのか?」

「喧嘩だけならそこまで目くじらは立てられないんじゃよ。殺人や誘拐などの重犯罪行為が当てはまるんじゃよ。君達もアンリトゥンルールの違反には十分注意するんじゃよー。では次に――――。」

 

 

 

 

 

 

ヘルプGの説明の後、クルー達はそれぞれ部屋へと移動する。一般船員の部屋は2~4人の複数人部屋だ。トレースを始め士官待遇のクルーは基本個室が割り当てられる。

 

「ここが私達の部屋ね。それにしても4人部屋なのに2人で使っていいなんて気前がいいのね。それとも私達が女だから配慮してるのかしら?」

「他の人達もそんな感じらしいよ。クルーの数よりも部屋の数の方が多くて余ってるんだって。20人部屋を1人で貰った人もいるらしいよ。」

「逆に過ごしにくそうね・・・。」

 

その頃その部屋を貰ったクルーは部屋の中で「一人で20個のベットなんて何に使うんだ!」と叫んでいたらしい。

 

「この後は・・・もう食事の時間か。」

「それじゃあ食堂に行こうよお姉ちゃん。」

 

一般クルーの食堂と士官食堂は本来別々の作りとなっているのだが、クルーの数が少ないので今は全員一般食堂で食事をしていた。

 

適当に荷解きを終えた二人は、渡された携帯端末を見ながら食堂を目指して歩き始めた。

 

 

そして歩き続ける事1時間後。

 

 

「はぁ、はぁ・・・疲れた・・・。」

「なんで・・・こんなに・・・食堂が遠いのよ・・・。」

 

二人で食堂まで歩いていたのだが、かなり遠い。加えて長さだけでなく上下もある。一体何段の階段を踏んだか分かりはしない。こんなものを毎日するのかと絶望が自分達を支配する。

 

「君達何をやっているんだい?」

 

息を切らしていた二人に誰かが声を掛けてきた。降りけるとこちらを心配そうに見つめる金髪の若い男とその後ろで黒髪の少し痩せこけた男が呆れた視線を送っている。片方には見覚えがある、ロビーで謎の大爆笑をしていた変人だ。

 

「えっと・・・部屋から食堂まで歩いてきたんですけど・・・予想以上に遠くて。」

「え、君達シャトルを使わなかったのかい?」

「シャトル?」

「分からんのか?船内移動用の列車の事だ。」

「これだけ大きい船内の移動にはそのシャトルを使うんだよ。食事をする度にそんな距離を歩いていたら疲れるだろう?」

 

それを聞いて私達は完全に腰が抜ける。あんな距離を歩く必要はなかったんだという後悔と、もう二度と移動でこんなに苦労しないんだという安堵が混じっていた。

 

「しかし、クルーの練度はかなり低そうだな。」

 

黒髪の男の言葉に辺りを見回すと、私達と同じように息が上がっているクルーがちらほら見て取れた。

それもそのはずで、この小マゼランでこれだけ巨大な艦船はあまり流通していない為、巨大船に乗船経験のあるクルーはほとんどいないのである。

加えて今回採用したクルーの大半が0Gドックになりたての新人だ。右も左も分からない事が沢山ある。

 

「誰にでも初めてはありますよ。」

「ふむ・・・、まぁここで文句を言っても現状が変わる訳でもあるまい。とりあえず食事にするとしよう。」

 

その言葉に押されて4人は食堂に入る。中ではそれぞれがトレーに乗せられた食事を食堂の席で食べるスタイルだ。数人の配膳係が並んでいるクルー達のトレーにどんどん食事を乗せて行く。今日の食事はバーガーとスープの組み合わせの様だ。私達も並んで食事を受け取る。

 

こんがり焼けたバンズに厚い肉が挟んであり美味しそうな匂いがここまで漂ってくる。バーガーを受け取った後に上からソースをかけて食べるらしく、デミグラスソースとホワイトソースの2種類が選べるらしい。

 

私はデミグラスソースを頼むと配膳係が私のバーガーにソースをかける。が、ソースのかけすぎでバーガーどころかトレーまでソースでべちゃべちゃだ。

 

文句を言おうと配膳係を見ると当人は欠伸をしながらこちらを無視してきた。

 

「こらぁ!ちゃんと見た目よくのせんかぁ!!料理は腹に入ればいいというものじゃないんじゃぞ!!」

 

私が口から文句を出そうとした所で、奥から老人の怒鳴り声をあげながら近づいてきた。

慌てた配膳係が姿勢を正そうとしたが、時すでに遅く首根っこをつかまれて奥へ引きずられていった。

奥から何回か叱責が聞こえた後に、先程の配膳係とは別の男と先程の老人が出てくる。

 

「わしゃ司厨長のカーフィーじゃ。すまんのぉ、こんなにソースまみれにしてしもうて、あのアホウには一度教育しなおすので今日のところはこれで勘弁してくれ。」

 

そういって司厨長のカーフィーは、別のバーガーが乗ったトレーと交換してくれた。

そんなひと悶着もあったが、私達4人は取り合えず空いていた席に座った。

 

「初日から中々大変だね君は。」

「貴重な体験だわほんと。」

「申し遅れた、僕は砲術士のリーマン。こちらは砲術長のトーレスさんだ。」

「よろしく頼むぞ、お嬢さん。」

「私はアズキ・バーです。で、こっちは妹のスイカ・バー。」

「よろしくお願いします。」

 

そして自己紹介が済んだところで全員バーガーを食べ始める。

温かいふわふわのバンズに肉から染み出た肉が合わさってとても美味しい。デミグラスソースの一味が肉とのハーモニーを奏でている。

スープもはじめは何の味なのか予想がつかなかったが、飲んでみると小さなキューブ野菜の入ったポタージュスープだった。味の他に栄養も考えて作られているらしい。

 

「美味しい、美味しいよお姉ちゃん。」

「本当ね、宇宙食っててっきりチューブみたいなものだと思っていたわ。」

「ははは、大昔の宇宙食はそういうものらしいけどね。そういう味気のないものばかりじゃ嫌気が差すから今じゃあ地上と変わらない食事が出るんだよ。」

「でも地上のお店よりも断然美味しいです。これだけでも船に乗ってよかったと思います!」

「それは良かった。カーフィーの爺さんも喜ぶぞ。」

 

急に後ろから声を掛けられたので振り向くと、この船の艦長―――シーガレットが立っていた。その隣にもう一人男が立っている。

 

「あ、艦長。」

「ご一緒してもいいかい?」

「かまわんよ艦長。」

 

シーガレットはトーレスの言葉に頷いて私達のグループに入ってくる。

 

「さっき何か揉めてたみたいだけど、何かあったのかい?」

「あ、はい、ちょっとソースを掛けられすぎてしまって。」

「あぁ、今日乗ってきた連中をいきなり引っ張り出してたからなぁあの人。」

「え?でも配置はこの後のレクリエーションを受けてからじゃあ?」

「あーいや、今日から一気にクルーが増えたから食事の用意に人が足らないって配属予定のクルーを引っ張っていったんだよ。そんな中で未経験者もたくさん動員してたからトラブルの多発っていう状態でね。あ、僕の名前はエドワード。研究班で主任をやってるんだ。よろしく。」

「アズキ・バーです。こちらこそよろしくお願いします。」

 

艦長と一緒にいた男、研究班のエドワードが教えてくれた。

 

「艦長、ずいぶんと新人が多いようだが?」

「いやぁ、怪しい奴をとことん弾いていたら殆ど新人しか残らなくてね。それでも人員不足が著しいから雇ったのさ。」

「ふむ、しかしこの分だとこれから先苦労しそうだな。」

「安心してくれ、戦闘部署は基本的に経験者優先で固めているからそこまで期待外れにはならないだろうさ。」

「そうか。」

 

それを聞いたトーレスがバーガーの残りを一気に頬張る。

 

「さて、私は火器管制室とシステムを把握したいのだが。」

「それは技術屋のこいつに聞いてくれ。」

「分かりました。ではご案内しますよ。」

「ありがとう。」

 

そういって艦長、エドワード、トーレス、リーマンの4人が椅子から立ち上がる。

 

・・・食べるの早すぎない? 

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