異常航路   作:犬上高一

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リベリア皇国

アルゼナイア宙域にある惑星リベリアを首都とする国家。今作では複数の星系に勢力を持つ。ヤッハバッハの侵略により滅亡した。


第3航路 新入り船員

 エドワードと別れた後、私はリベリアの改修工廠に居た。フラベクの工廠より遥かに巨大なこの工廠なら、例のコントロールユニットが作れるのでは無いかと試していたのだ。

 

「・・・。」

 

 結果を言えば作る事は出来なかった。このモジュールを作るのに必要な設備も資源もここにはある。なのに作れないのはどういう訳か。理由は簡単だった。

 

「まさか未完成なモジュールだったとは・・・。」

 

 このモジュールは開発途中のモノだったらしい。いくつかデータに不備があり、その所為で設計が出来ないでいたのだ。必要な設備や資源があっても元々のデータが駄目では意味が無い。

 

 「骨折り損のくたびれ儲け・・・か。」

 

  ゴミでは無いが殆ど似たような物だった。しかも盗品みたいな物だから、売りにも出せない。

 こんな事なら、ディエゴに売った方が良かったか?

 

「・・・今日は飲むか。」

 

 こんな日は飲もう。酒を飲もう。飲んで寝て明日になればいい事がある。多分・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、正直に話せば処分が軽くなるかもしれんぞ。」

 

 現在私は、リベリアのヤッハバッハ駐屯地の一室にいる。なんでこんな所にいるのかだって?そんなものこっちが聞きたい。

 

 酒場で酒を飲もうとしていた所で、いきなりヤッハバッハの兵士が突入してきて拘束されてしまった。

 

 一杯も飲んでいなかったのに・・・。

 

「正直にと言われても、全く身に覚えが無いのだが。」

 

 目の前のヤッハバッハ兵は、ワザと大きなため息を吐いてこちらを挑発してくる。

 

「分からないなら教えてやろう。数日前、お前は惑星フラベクからリベリアへ1人の旅客を運んだ。」

「その通りだ。」

「そいつは事もあろうか民族管理カードを所持していなかった。」

「は?」

 

 民族管理カードを持っていなかった?

 

「つまりこういう事だ。お前達反乱分子は、何か良からぬことを企んで、あの男をこのグリーンビルまで運んだ。おそらくこの星でテロでも起こすつもりだったんだろ。」

 

 目の前の兵士は、一つの情報から自分勝手に作り出した妄想を吐き出してくるが、知るかそんなもの。“善良”な一航海者がテロなど企む訳ないだろう。

 

「何を言っているのかさっぱり分からないな。」

「ほう。あくまでシラを切るか。」

「ああ、私はフラベクの酒場のマスターから、旅客ミッションを受けただけだ。マスターも正規の客だと言っていたし、航行許可コードも発行された。」

 

 あの男が最初から民族管理カードを所持していなかったとしたら、航行許可コードも発行されるはずが無い。

 

「何ならそのマスターに聞いてみるといい。私はただお前達の法に従ってやっていただけだという事が分かるだろう。」

「調子に乗るなよ貴様・・・。誰に対して口を聞いてる・・・。」

「偉大なヤッハバッハの皇帝様の忠実な下部。」

「貴様ァア!!」

 

 挑発しすぎたのか、相手が耐性が無いだけか頭に血が上った兵士は、机を思い切り叩いて立ち上がると、腰のブラスターを抜いた。

 

「このアバズレが調子に乗るなよ!優しくしてりゃあつけあがりやがってッ!」

「私は事実を言っただけだ。そもそもーーー。」

 

 突如室内に銃声が響く。兵士のブラスターから放たれたメーザーが私の頬を掠めた。

 

「黙れ!余計な口を叩くな!このレジスタンスめ!!」

 

 完全に頭に血が上っている。下手な事を言うと撃ち殺されそうだ。

 

「お前達レジスタンスは、帝国による秩序に無駄な抵抗をし無関係な臣民まで巻き込んで破壊活動を行う害虫だ!貴様等の所為でどれだけ多くの人間が苦しんだと思っている!!お前達は生きていてはいけない!この宇宙に存在する事すら許されないのだ!」

 

 訳の分からない持論を怒鳴りながらブラスターを突きつける。

 

 そんな事言ったらお前達が来なければテロも起きなかったし、遥かに大勢の人が苦しまなかったよ。

 と言うセリフは、心の中にしまっておく。口にしたが最後、怒り狂った兵士に撃ち殺される事間違い無しだ。

 

「とっとと罪を自白して、裁きを受けろ!!」

 

 兵士は私にブラスターを突きつけて脅してくる。ここまでされたら、正当防衛でぶん殴っても文句は言われないだろう。まぁ私は格闘技能はからっきしなので、その前に撃ち抜かれて終わりだが。

 

 とりあえず座ったままの姿勢で、椅子を掴む。素手で殴るよりはダメージがあるはず。無実の罪で取り調べ中に逆上した兵士に撃ち殺される気はさらさら無い。

 

 

 

 

 「何をしている伍長!!」

 

 突如部屋の扉が開かれ、男が1人入ってきた。服装からして、ヤッハバッハ兵である事は間違いない。

 

「しょ、少尉・・・これはその・・・。」

「馬鹿者ッ!証拠もなく武器で脅して自白を強要するのを許した覚えは無い!取り調べ中の発砲もだ!」

 

 どうやら入ってきたヤッハバッハの少尉は、先程取り調べをしていた兵士の上司らしい。

 上司の登場で興奮が冷めたのか、しどろもどろになる兵士。お陰で私の命の危機は去ったようだ。

 

「詳しい話は後で聞く。しばらく別室で待機していたまえ。」

 

 少尉の言葉に従い、兵士は部屋から出ていった。

 

「筋違いだろうが、許してやってくれ。彼はこの間のテロで親しい友人をなくしていてな。情緒が不安定なのだ。」

「はぁ、それはお気の毒に。」

 

 内心そんな奴に取り調べなんかさせるなと思う。口には出さない。

 

「で、君は釈放だ。帰っていいぞ。」

「は?」

 

 もうなにがなんだかさっぱり分からない。いきなり拘束されたと思ったら、いきなり釈放だ。混乱もする。

 

「・・・いきなり此処に連れて来られて訳もわからず尋問され、あげくの果てにいきなり釈放ときた。多少の説明くらいあるべきだと思うが。」

「あぁ、簡単に説明すると今回の騒動は全部あの男が悪い。」

「は?」

 

 語彙が無いと思われるかもしれないが、いきなり誰が悪いなど言われてもさっぱりわからない。

 

「簡単な話だ。君が運んだ客が民族管理カードを落としたのだ。調べたら先程航行許可を受けてこの星へ来たと言うことになり、なんらかの偽造をしたのではという疑いから、関係者である君が拘束された訳だ。」

「つまりエドワードがカードを落とした所為だと。」

「そうだ。つい最近テロが起きたばかりで警戒度が上がっていた事も一因になるが・・・。」

「はぁ・・・。」

 

 思わずため息が出てくる。つまり私はあの男がカードを落とした所為で、命の危険に晒された訳だ。

 

 今度会ったら一発お見舞いしてやる・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 ヤッハバッハから解放された後、酒場で大量の酒を飲んだ。危険な仕事の報酬はゴミ同然のデータプレート。せめて損失分を賄おうとすれば、客のトラブルに巻き込まれて殺されかける始末。

 

「私が何したって言うんだ・・・。」

 

 飲み代も無くなり、酒場を後にした私は船への道を歩く。少し体がふらつくが何も問題は無い。

 

 「ぐっ!?」

 「うお!?」

 

 歩いていたらいきなり何かにぶつかった。ぶつかった拍子にバランスを崩して、尻餅をついてしまった。くそ、何から何までついてない・・・。

 

「大丈夫ですか?」

「どーこ見て歩いてるんだ気をつけ・・・ろ・・・。」

 

 文句を言いながら顔を上げるとそこには見知った顔があった。

 

「シーガレットさんじゃ無いですか。こんな所でいったい何をしているんですか?」

「・・・おまえぇ!!」

「ぐえぇぇええ!?」

「このやろう人に散々迷惑かけといて何してるんですかだと!?ふざけるなぁ!!」

「は、はなしてくれぇ!?」

 

 

 

 

 

 

「うぅ・・・気持ち悪い・・・。」

「あれだけ暴れれば、気持ち悪くなりますよ。」

 

 エドワードに肩を借りて宇宙港の中を歩く。飲み過ぎたのか気持ちが悪い。

 

「いやぁすみません。まさかそんな事になっているとは思いませんでした。」

「私もだ。カードを落しただけで私まで拘束されるとはな。」

「何か理由があるんですかね?」

「さぁ。分からん。」

 

 少し頭を冷やしてから考えると、あのヤッハバッハの反応はちょっと可笑しい気がした。たかが一市民がカードを落したくらいで、関係者を拘束し尋問するのはおかしい。あのヤッハバッハの少尉は、テロにより警戒態勢を上げていたからだと言っていたが・・・。

 

 部署の手柄の取り合いや部下の暴走など理由はいくつでも考えられる。巨大な版図を持ち優れた将兵を多く持つヤッハバッハですら、妬み恨みと無縁という訳では無いのだ。

 だが、それが分かったからといって何かが変わる訳では無いので考えるのを止める。

 

「そっちだ。そこのゲート。」

「ここですね。」

 

 角を曲がった所でようやく宇宙船にたどり着いた。とりあえず船の中にあった酔い止め薬を飲んでおく。

 この酔い止め薬が意外と優れもので、宇宙酔いから乗り物酔いなどの気持ち悪さを緩和する薬だ。包帯や消毒液と一緒に救急箱に入っている3点セットの一つである。

 

「ふぅ・・・。」

「水でも持ってきますか?」

「あぁ、頼む。」

 

  エドワードが持ってきた水を飲み干して椅子に深く腰掛ける。薬が効き始めたか気持ちが落ち着いたのか少し気分が良くなる。

 

「そういえ貴方は大丈夫だったのか?ヤッハバッハに拘束されたと聞いていたが。」

「いやーかなり厳しく取り調べられました。こっちの話を聞いてくれないから何時間も押し問答して、ようやくデータを調べて、登録していたデータと一致して、ようやく解放されました。」

「それはまた・・・。」

 

 エドワードの方も苦労していたらしい。殺されかけた私よりは、マシかもしれないが。

 

「・・・所で。」

 

 などと考えていた私にエドワードが声をかけてくる。ただ何か言いにくい事なのかその先が続かない。

 

「どうした?何かあるなら言ってくれ。その方が私も気が楽だ。」

 

 途中でモゴモゴされると気になってしょうがない。エドワードもそれを言われて決心したのか口を開く。

 

「その・・・この船で働かせてくれませんか?」

「・・・・・え?」

「この船で働かせてください。」

 

 いや、別に言い直さなくてもいいんだが・・・。

 

「いったい何があったんだ?いきなり働かせてくれなんて。」

「実は・・・ヤッハバッハから取り調べを受けた後、一度職場に顔を見せに行ったんですが、帰って来るのがあまりに遅くなりすぎたのでクビにされてしまったんですよ。しかも家は社宅だったのでそっちも追い出されまして。」

 

 ようやく帰ってこれたと思ったら仕事はクビになり家は追い出され途方に暮れていた所で、酔った私と出会ったらしい。またいつか会いましょうとは言ったが、昨日今日で合うとは思わなかった。

 

「っと言っても貴方は学者だろう?学者に船乗りが務まるとは思えないんだが。」

「そこら辺は大丈夫です。こう見えて機械もそれなりに触ってきたので、整備士や機関士として役に立てると思います。」

「うーむ・・・。」

 

 正直に言えば即採用したい所だ。いくら化学が発達した現代といっても、100以上もある宇宙船を一人で動かすのは厳しい面がある。空間通商管理局から提供されているドロイドは教科書通りに動いてくれるので運行上こいつがあれば問題は無い。ただし教科書通りにしか動かないので、細かな指示や突発的な事態の対処等は人間側がやらなければならない。結局最後に当てになるのは人の力だ。

 

 ただ私の船は唯の貨物船では無い。ヤッハバッハの御役人にバレるといろいろと面倒な事になる。それもこれまで私が人を雇えなかった理由の一つだ。

 しかもエドワードとは数日前に知り合ったばかりで、互いをよく知らない。

 

「・・・一つ質問してもいいか?」

「なんですか?」

「貴方はヤッハバッハを・・・ヤッハバッハに支配されたリベリアをどう思う?」

 

 この質問をした時、エドワードの顔付きほんのちょっと硬くなった。ヤッハバッハかリベリアに関して何かあったのか、この船で働くための試験と捉えたか。

 それとも私が考えている事を察したのか――――。

 

「・・・一言で言えば”どうでもいい”ですかね。」

「どうでもいい?」

「私はヤッハバッハが来る以前は別の研究所で働いていたんですが・・・地位や名声ばかり気にする連中が多くて息苦しい思いをしてきました。ヤッハバッハが来た後はその研究所は解体されて、別の研究所に移ったんです。そこは純粋に探究心にあふれた研究所で以前よりも楽しく仕事が出来ました。当時はヤッハバッハに感謝していたものです。」

 

 ヤッハバッハの統治はまさに王道だった。汚職と不正を追放し、旧体制下の闇の部分を吹き払ったのだ。そうした恩恵を受けた彼らにとってヤッハバッハは救世主だったのだろう。そして彼もその一人だったのだ。

 

「ですが結局、国や人種が違えども私達は同じ人間です。巨大なヤッハバッハとはいえ悪人が居ないわけではありません。一部の者だけですが、自分達は征服者であるという優越感から我々を見下し邪魔をしてきました。実は私がフラベクで立ち往生していたのもそうした連中の陰謀だと思っています。」

「本当かそれは?」

「証拠は何もありません。ですが自分は彼らに対しあまり従順な方では無かったので、恨みを買ってもおかしくはないだろうと。」

 

 もしかしたら彼が研究所を辞めたのも、そうした連中が策を講じた結果だったのかもしれない。

 

「もう保身に疲れました。どこか身分に縛られない所で一人コツコツと研究していたい。リベリアもヤッハバッハも勝手にしろ!俺は研究がしたいんだ!」

 

 最後の部分が彼の本音だろう。一人称も口調も変わっている。人が猫をかぶるのはみっともないという奴もこの世にはいるが、私はそれが普通だろうと思っている。そんな事に目くじらを立てるより、相手の本質を見抜く術を身につける方が先だ。

 

 ここまで正直に本心を打ち明けてくれたからには、私もそれに答えないとな。

 

「合格だエドワード。これから君をクルーとして雇おう。」

 

 エドワードは一瞬ぽかんとしたが、言葉の意味を理解したのか嬉しそうな顔になる。

 

「ありがとうございますシーガレットさん。・・・いや、艦長!」

「あぁ、これからよろしく。」


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