異常航路   作:犬上高一

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第7航路 暗礁宙域の戦闘

「艦長。ゼアマ宙域セクター4に到着しました。」

 

 チャートを見ていた航海士が艦長席に座る一人の男に報告する。この男こそヤッハバッハの巨大戦艦ゼー・グルフ級戦艦【ドン・ディッジ】の艦長だ。ドン・ディッジには4隻の船が随行しておりうち2隻は全長340mのスティック状の船体をしたブランジ級突撃艦。もう2隻は左舷に巨大なカタパルトを備え右舷に巨大なミサイルコンテナを装備した重巡洋艦ダルダベルである。

 

「まさに暗礁宙域だな。」

 

 チャートを見つめた艦長の呟きに副官が答える。

 

「以前もこの宙域に対し捜査を行っておりました。しかし、この暗礁宙域です。今まで発見できなかったのも仕方が無い事でしょう。」

「ふん。宙域に網を張り、航行する艦艇を片端からチェックすればよかったのだ。被征服民のご機嫌を取るよりそちらの方が重要だったのに。」

 

 実際にはそのような作戦は補給や人員に対し多大な負担をかける為長期にわたっては実行できない。

 この艦長はヤッハバッハ本国出身であり、被征服民を見下す傾向があった。その為総督府が旧リベリアを始め征服した諸国に対し行っている政策を快く思っていないのだ。

 その為頭では無理と分かっている作戦を言って総督府を非難する。

 

 それを理解している副官は深入りせずに状況を説明する。

 

「航跡は暗礁宙域内部へ続いていますが、そこから先はトレースできません。またブランジ級以外の艦艇では内部への突入は不可能です。」

「ふむ・・・。よし、艦載機隊を出し敵の位置を教えろ。ドン・ディッジの対艦クラスターレーザーでデブリごと吹き飛ばす。」

「了解。」

 

 ゼー・グルフとダルダベルのカタパルトから全部で60機のゼナ・ゼーが発進する。彼の目的は反乱分子の排除でもあるがそれとは別にもう一つの任務を負っていた。

 

 ドン・ディッジに搭載された試作兵器。”対艦クラスターレーザー”の運用試験である。リベリアで開発中だったものをヤッハバッハが接収し試作したものだ。この世界で基本装備となったAPFシールド(アンチエナジー・プロアクディブ・フォース・シールド)に対抗する為開発された。

 

 APFシールドは、シールドで船体を包み込み船体めがけ発射されたビームの固有周波数に干渉し無力化するもので、多岐に渡るビームの周波数に対処する為、あらかじめ複数のビームに対応するフィールドを重ねがけする。

 

 対艦クラスターレーザーはそのAPFシールドに対し周波数が異なる強力かつ大量のレーザーを命中させシールドが対応していない周波数のレーザーを貫通させ、更にシールドに一瞬で大量のエネルギーをぶつける事によりシールドジェネレーターをオーバーロードさせる。

 

 簡単に言えばレーザーに対抗するシールドを強力なレーザーで打ち破るというごり押しな兵器である。

 

 一度に強力なかつ周波数が違うレーザーを多数発射する為製作された強力かつ大型なジェネレーターを複数とゼー・グルフの主砲と同口径の(というより主砲を流用したもの)レーザー砲60門を防御性も考慮して艦首に埋め込み、更にレーザー砲専用のインフラトン・インヴァイダーを搭載した結果ドン・ディッジは全長が本来のゼー・グルフより300mも伸び、一部のミサイルランチャーや格納庫などを撤去した。

 また、ジェネレーターなどを増設して事により防御性は低下し、質量の増加に伴い機動性も低下した。

 

 それを差し引いても60門のレーザー砲の一斉射による火力は強力で皇帝艦ゼオ・ジ・バルト級に次ぐものである。

 

 なお、APFシールドの影響を完全に受けず対艦クラスターレーザーシステムよりも安価で維持管理が容易で信頼性のあるものとしてクラスターミサイルが存在する。

 そのため、以後ヤッハバッハでこの兵器が開発されることはなかった。

 

 

 

 そして対艦クラスターレーザーの試験艦隊から艦載機隊が暗礁内に突入し索敵を開始する。直後、モニターに爆発の光が観測された。

 

「何があった!?」

「対空ミサイルを設置された岩石からの攻撃です!奴らデブリに無人の対空砲台を設置していたようです!」

「第7小隊全滅!現在6機撃墜されました!」

『こちら第34小隊ジンジャー!ポイントLC8873に敵の巡洋艦を確認砲撃をうおっ!』

「どうしたジンジャー!応答しろ!」

『こちら第14小隊!敵の戦闘機だ!ドラム缶みたいな見た目をした奴だ!!』

「あの新型か。」

 

 最近反乱分子が開発したと思われる新型戦闘機で、ヤッハバッハの主力艦載機ゼナ・ゼーをいくつか撃墜され、ブランジ級も一隻食われている。

 

「艦長、敵は暗礁内での戦闘に手慣れているようです。艦載機隊の損耗が徐々に増しつつあります。」

「やむを得ん、直掩の小隊を除き全機を内部へ突入させろ。ただし敵艦の位置の割り出しを最優先。こちらの射線には入るなよ。」

「はッ!」

 

 万が一の為の直掩機を9機残し、他の艦載機が続々とカタパルトから発進していく。相手の地の利を数でカバーしようとしたものだ。その為直掩機以外の全機を投入した。

 

「それと対艦クラスターレーザーの照準をポイントLC8873へ。合わせ次第砲撃!!」

「了解!!」

 

 即座にカタパルトから残りのゼナ・ゼーおよそ111機が発進する。

 

「照準よし!エネルギー充填完了!」

「よし、撃て!」

 

 号令が下され蓄えられたエネルギーがドン・ディッジの対艦クラスターレーザーに供給され発射される。いくつもあるレーザー砲より発射された大量のレーザーは巡洋艦が隠れていた岩石とその周囲に命中する。

 高エネルギー体のレーザーにより岩石は溶かされ貫通し、影に隠れていた巡洋艦に命中する。巡洋艦のAPFシールドは固有振動に対応したレーザーの威力を減衰させさらに装甲によって被害を最小限に抑えた。

 だが、それも2,3発のレーザーにとどまり40以上の強力なレーザーの直撃を受けた巡洋艦はシールドジェネレータが負荷に耐え切れず爆発。さらに装甲を突き破ったレーザーがインフラトン・インヴァイダーや弾薬庫を焼き大爆発を起こした。

 

 耐えきれなかった船体は爆発によりインフラトンの蒼い火球と化した。

 

「インフラトン反応の拡散を確認!撃沈です!」

「すげぇ・・・周りのデブリごと爆沈しちまった。」

 

 巡洋艦とその周りのデブリが一瞬で破壊されたのを目の当たりにしたオペレーターの驚きの声が聞こえる。その圧倒的な力に、艦長は口角を釣り上げる。

 

「艦長。敵の長距離ミサイルと先程の爆発で吹き飛ばされた岩石がこちらへ向かっています。」

「長距離ミサイルを優先して迎撃しろ。石ころは無視して構わん。」

「了解。」

 

 真空という特性上一度発射されたミサイルは燃料が切れてもそのまま飛び続ける。その為レーザーなどよりもはるか遠くに飛ばすことが出来る。

 ただし、遠距離から飛ばす分命中率も著しく低下し、着弾まで時間がある事から容易に対処できる。

 

 実際、ベルトラム大佐達が発射した23発のミサイルは信管の自爆装置を切っただけの短距離ミサイルや中距離ミサイルで、命中精度は望むべくもない。

 ちなみにミサイルについている自爆装置は一定距離進んだら自爆するもので、戦場から遠く離れた艦にまで被害が及ばない様にするためのものである。

 

 発射されたミサイルは殆どが明後日の方向へ飛んで行き、命中コースに乗った数発もあっさりと撃墜された。レジスタンスの抵抗もあっさり排除したことから、艦長はもはや余裕の表情で艦長席に深く腰掛け呟く。

 

「さぁ、狩りの時間だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が始まってから30分。ベルトラム大佐らは混乱もしていたがそれ以上に焦っていた。サンテール基地の周辺に設置しておいた無人の防空砲台とオッゴ、さらに暗礁宙域という環境により敵の艦載機隊に対し有利だった。ただそれもわずかな間で、敵の巨大戦艦ゼー・グルフが砲撃を開始してから戦局は不利になっていった。

 

 元々不利になるのは覚悟していたが、こちらの3倍近い艦載機が送り込まれた上に位置が特定されその地点にゼー・グルフの強力なレーザーが飛来する。威嚇と敵のレーザー兵器の発射阻止の為に無理やり長距離ミサイルに改造したものを発射するが難なく迎撃され、逆に発射地点を特定されレーザーの雨が降り注ぐ。それ以外でもゼナ・ゼーによる攻撃や離脱しようと飛び出した艦が待ち構えていたブランジ級により沈められる。

 サンテール基地にいたのは全派閥合わせて巡洋艦4隻、駆逐艦9隻、魚雷艇23隻、貨物船が33隻である。

 現在に至るまでに巡洋艦2隻と駆逐艦1隻、魚雷艇6隻と貨物船18隻が大破または撃沈され、オッゴも約3分の1が撃ち落とされた。実質戦力は半減している。

 

「チッ!ここまで圧倒的だと嫌気がさすな!」

 

 些細な抵抗のミサイルも排除され、暗礁宙域を逃げ回る部隊を見て愚痴る。

かく言う大佐の乗る巡洋艦【ハーフェン】も敵のゼナ・ゼーによって既に中破状態になっている。

 

「敵の砲撃きます!」

「総員対ショック姿勢!APFシールド、デフレクター最大出力!」

「敵の砲撃目標本艦ではありません!!」

「何処だ!」

「サンテール基地です!!」

 

 オペレーターが言い終わるや否や基地にレーザーの雨が降り注ぐ。サンテール基地にはAPFシールドやデフレクターは装備されておらず、レーザーが命中した部分の岩石が蒸発し基地内部へ到達する。直後に大爆発が起こった。

 

「インフラトン反応が大量に拡散!おそらく基地のジェネレータに命中したものと思われます!」

「くそっ!」

 

 サンテール基地のあった小惑星は内部でジェネレータが爆発し、それが工廠内の機械や弾薬庫に引火したのか小規模な爆発がいくつも起きている。その様子から基地内にいた者達の生存は絶望的だ。

 

「大佐!この宙域から離脱しましょう!」

「阿呆ッ!!いまこの暗礁地帯から出れば敵の艦載機や砲撃で片っ端から血祭だ!」

「しかしこのままでは全滅も時間の問題です!」

「・・・分かっている。だが・・・。」

 

 逃げようと岩石群から飛び出せば敵艦に狙い撃ちにされ、かといってこのまま留まっていてもいずれ全滅するだけである。

 だが大佐達がこの現状に対し打つ手は無く、ただいつ訪れるか分からない死の恐怖に耐えるしか無かった。

 

 

 

 

 

「なんなんだありゃ。」

 

 一方アルタイトから発進したオッゴのパイロット達は戦闘後補給のためアルタイトに帰還していたところ、サンテール基地の崩壊を目撃していた。

 

 アルタイトはサンテールから最も離れた地点にいた為未だその存在を察知されてはいなかった。

 

「あれはクラスターレーザーですね。」

「あのヤッハバッハが対空や艦載機に搭載しているやつか?」

「恐らくそれの対艦バージョンです。かつてリベリア軍で研究されていたものですが、それをヤッハバッハが接収し完成させたのでしょう。」

 

 かつて兵器研究をしていたエドワードも一度関わった事があるらしい。だからといって現状を打破することは出来ないが。

 

 

「いっそ逃げるか?」

「ダメだ。暗礁から出た瞬間敵に捕捉される。現に味方の魚雷艇がそれで一隻食われてる。」

「じゃあどうするんだいシーガレット艦長。両手を上げて降伏するかい?」

 

 コーネフの意見に反対した私に対しポプランが突っかかる。だがそこにエドワードが割り込んできた。

 

「いや、降伏勧告を出さずに攻撃してきたのでこちらを文字通り全滅させる気でしょう。仮に降伏しても処刑は免れないかと。」

「レジスタンスの連中散々暴れてくれたからな。」

「畜生!」

 

 ヘルメットを床に投げつけるポプラン。彼の言葉は全員の気持ちを代弁していた。

 

『艦長。』

 

 突然アルタイトが呼んできた。

 

「なんだ?辞世の句でも呼んでくれるのか。」

『この状況から生き残る為の作戦を提案します。』

「成功する確率は?」

『30%です。』

「高いんだか低いんだか分からねぇな。」

 

 ポプランのぼやきを聞き流し、アルタイトの作戦を聞く。

 

 作戦を聞いた全員の反応はこれ上手くいくのかというものだった。

 

「まぁ分からないわけでは無いが・・・。」

「まさに神頼みだな。」

「本当に成功確率30%なのか?」

 

 成功に疑問を抱くコーネフ、ポプラン、エドワードの三人に私は言い放つ。

 

「他に策が無い以上私はこれに賭けようと思う。」

「「「・・・。」」」

「あの、」

 

 黙った三人の後ろからオッゴの少年パイロットが1人歩み出てきた。

 

「このままではいずれ殺されるのは目に見えています。黙って殺される位なら奴らに一泡吹かせてやりたいです。」

 

 その少年パイロットの言葉に大人三人は覚悟を決めたようだ。

 

「子供にそこまで言われたら大人が黙ってるのもカッコ悪いな。」

「確かに君の言う通りだ。死ぬまえに一泡吹かせてやるのも面白い。」

「やるだけやってやりますよ。」

 

「では作戦内容は聞いての通りだ。早速準備にかかるぞ。」

 

 おぉ!という短い返事と共にヤッハバッハへの反抗を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から約1時間、反乱分子の基地を破壊したドン・ディッジの艦長は蹂躙とも呼べる状況を楽しんでいた。その様子はまるで獲物を追い詰め狩り立てる猟師だった。

 

「艦長!PP1164からミサイル接近!」

「生き残りがいたか。クラスターレーザーで吹き飛ばしてやれ!!」

「了解!」

 

 すぐさま艦長の指示で対艦クラスターレーザーの照準が向けられる。

 

「艦長。射線上に敵ミサイルがあります。」

「ミサイルごと吹き飛ばせ。」

「ハッ!対艦クラスターレーザー発射!」

 

 生き残りがミサイルを飛ばしてきた地点へ向けクラスターレーザーが発射される。レーザーは敵が発射したミサイルを破壊して発射点付近の岩石を溶かした。それと同時にインフラトンの蒼い炎が観測される。

 

「インフラトン反応拡散。小型艦クラスの撃沈と思われます。また爆発によりデブリが数個こちらへ飛来します。」

「放っておけ。それより艦載機隊の状況は?」

「はい、現在補給と整備作業をしており15分後には再出撃可能です。これまでのところ出撃した171機のうち未帰還34機です。」

「思ったより落とされたな。」

「どうも敵の戦闘機には近接戦装備がつけられている模様で、影から現れて切りつける戦法をとってきます。また観測に集中するよう指示を出したため、敵機の撃墜は約30機と思われます。」

 

 これは海賊達のアイデアでオッゴのアーム部分に長さ3m程のプラズマを出すプラズマカッターを装備し、敵機に肉薄しコックピットやエンジンを切りつける非常にリスキーな戦い方である。

 

 通常の宇宙空間であればこのような戦法は使えないだろうが、暗礁宙域という特殊な環境がこの戦法を効果的なものにしていた。

 岩石によりスピードが出せず、かつ遭遇する際は互いに至近距離であるため、射撃する前に切りつけられるのだ。

 

 それでも圧倒的な数の前には微々たるものであり、出撃したオッゴ53機のうち29機が撃墜されている。

 

「FG456号突撃艦より通信。離脱を図った敵輸送船を一隻撃破とのことです。」

「突撃艦はそのまま監視体制を維持させろ。艦載機隊は補給が整い次第発進。今度は片っ端から沈めていけ。」

 

 クラスターレーザーのデータは十分に取れた後は反乱分子を一掃するだけである。

 

「敵ミサイル確認。発射地点ポイントDA1563と推定。ミサイルは命中コースにあらず。」

「対艦クラスターレーザーで砲撃せよ。」

 

 発射地点へ向けこの戦闘のみで発射回数が20回を超えた対艦クラスターレーザーの照準を合わせる。エネルギー充填が完了し、60本もの強力なレーザーが岩石を焼きインフラトンの火球を作り出した。

 

「敵艦撃沈!」

「ふむ、少し疲れたな。何か飲み物を「か、艦長!!」どうした!」

 

 彼が一方的な戦闘に余裕を見せ、何か飲み物を頼もうとした時オペレーターの叫びが聞こえてきた。

 

「左舷に敵影!距離約1000!本艦に突っ込んできます!!」

「何!?何故接近を許した!?」

「分かりません!レーダーに突然「いいから迎撃しろ!」駄目です間に合いません!」

「敵の小型輸送船左舷中央421エアロックに強行接舷、艦内に侵入されました!」

「主砲か対空機銃で破壊しろ!」

「ダメです!敵艦載機によって周囲の対空兵装が破壊されています!主砲も向けられません!」

「直掩機は!?」

「今戦闘に入りーッ!?げ、撃墜!?一瞬で!?」

「敵はとてつもないエースのようです!たった2機で5機のゼナ・ゼーが撃墜されました!」

「ならば白兵戦だ!保安隊を直ちに向かわせろ!」

「了解!」

 

 全長4kmにもなるこの船には5000名以上の乗員がおり保安隊だけでも数百人に登る。5000名の中でも特に白兵戦に長けた猛者達が数百人。仮に倍の人数のレジスタンスが乗り込んだとしても屈強な保安隊ならば問題なく押し返せるだろうと考えていた。

 

「ふっ、油断したな。レジスタンスにも骨のある奴が居たとは。」

「いささか彼らを見くびっていたようですな。」

 

 そういうと艦長は自身の腰に下げていたスクリーフブレードの柄を撫でる。

 

「たまには暴れるのも悪くないな。しばらく指揮を頼む。」

「ハッ!」

 

 彼も元々白兵戦に長けた人物であり、一時間余りの一方的な砲撃に少し飽きてきたというのもあった。どのような手を使ったか分からないがこの巨大戦艦ドン・ディッジに突入した勇敢なレジスタンスを一目見て、自ら決着をつけたいという思いがあったのも事実だ。

 

 

 だが、この白兵戦という選択が彼らの運命を大きく左右した。

 もしここで彼が無理矢理にでもアルタイトを破壊していれば、例えば僚艦に攻撃させるなどしておけば未来はまた違うものになっていた筈だ。

 

 

 艦長がブリッジから出ようとした瞬間、アラームがブリッジに鳴り響いた。

 

「艦長!本艦のシステムに侵入警報!何者かがハッキングしてきています!!」

「なにっ!?」

 

 突如予想外の報告をされブリッジを出ようとした艦長は慌てて引き返す。いったい何が起こっているのか分からず混乱するが、そこはヤッハバッハの試作兵器を任されるだけの男であり一瞬のうちに指示を出す。

 

「防御システムを作動させろ!」

「早すぎる!間に合いません!」

「ならシステムを落として手動に切り替えろ!」

「は、はい!!」

 

 オペレーターがシステムを落とし、手動に切り替えようとした所で別のアラームが鳴る。

 

「今度はなんだ!」

「艦長!減圧警報です!艦内エアロックが解放されて―――」

 

 オペレーターが報告を終える前にブリッジ内の全ドアが一斉に開き、同時にブリッジが勢いよく減圧された。ブリッジ内にあった空気がブリッジクルーと共に吸い出される。一部のオペレーターはベルトをしていたのでブリッジから吸い出されることを免れたが、一瞬にして酸素が無くなった為酸欠により意識を失い永遠に目覚める事は無かった。

 

「うわああああああああ!?」

「助けてくれぇ!!」

 

 ゼー・グルフの艦内のドアや隔壁やダクト、それとエアロックが一斉に解放され艦内全てが減圧される。艦内は乗員が快適に過ごせるように気圧を保っており外は真空である。それを隔てていたエアロックが一斉に解放されたことで艦内の空気はとてつもない速さで吸い出され、その勢いに巻き込まれ大半の乗員が宇宙へ放り出される。

 たまたまベルトなどで固定されていた者や、何かに掴まり宇宙へ放り出されるのを避けられた者もいたが、直後に襲い掛かってきた酸欠により永遠に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 時はすこし遡る。

 

 

 

「準備完了!いつでも行けます!」

「よし、ミサイル発射!」

 

 アルタイトのブリッジで私は叫ぶ。ミサイルを発射すれば発射地点を特定され反撃が来るが、発射するのはアルタイトでは無く、2機のオッゴだ。

 

 私達の後方に位置したオッゴは艦艇からの攻撃に見せかけるため、自爆装置を外して無理やり取り付けた艦載対艦ミサイルを発射する。それに気付いたゼー・グルフはオッゴに向けて砲撃してきた。巡洋艦が耐えられなかった攻撃をオッゴが耐えきれる訳も無く爆散する。

 

「今だ!」

 

 アルタイトに取り付けられた小型核パルスモーターがうなりを上げた。

 オッゴの爆発だけでは不十分なのでキック力の強い小型核パルスモーターを使い船体ごと岩石を押す。それによってアルタイトは隠れていた岩石ごとゼー・グルフへ向けて動きだした。

 

『本船はコースに乗りました120秒後に最接近します。』

 

 オッゴの爆発で撃沈と誤認させかつ爆発によって動いたデブリに偽装し敵の戦艦へ接舷突入する。これがアルタイトの作戦の第一段階だ。

 

 この時点での賭けは接近中に敵に捕捉されないこと。幸いな事に敵の艦載機隊が補給の為帰還した事で発見される危険は大いに下がった。

 

 ちなみに爆散したオッゴは少年パイロット達のものだが、無人操縦なのでパイロット達は無事である。

 

『最接近点まであと30秒』

「インフラトン・インヴァイダー点火!カウントと同時にエンジン全開!」

「点火完了!いつでも行けます。」

『最接近点まで5、4、3、2、1、0。』

「エンジン全開!突撃!オッゴ発進!!」

 

 ゼー・グルフの左舷真横を通過する瞬間に飛び出し、ゼー・グルフに接舷する。その間僅か15秒。戦闘艦用のエンジンではないとは言え、それをオーバーロード気味に無理やり加速すれば、敵の対空砲火が反応するよりも早く接舷できる。ついでに誰かが飛ばしてくれたミサイルがいい囮となって敵の意識が削がれた事も接舷を助けてくれた。

 

 第2の賭けは接舷中に船が破壊されないこと。接舷中は身動きが取れない為、敵が損害に構わず接舷中に攻撃して来たら意味が無い。

 

「頼んだぞポプラン!コーネフ!」

『任せとけ!』

 

 そこで残ったオッゴとそれを操るポプランとコーネフの出番だ。二人のオッゴはアルタイトの周囲にある対空レーザーやミサイルランチャーを破壊する事だ。

 二人は見事なコンビネーションで次々と敵の武装を破壊していく。そのまま襲いかかって来た4倍以上の数の敵艦載機と交戦しあっという間に5機のゼナ・ゼーをダークマターへと変えた。そのまま残った敵機と戦闘を繰り広げている。

 

 周りの船からも攻撃できない為、これで船の安全は確保された。

 

 エアロックを破壊し、ゼー・グルフ内に突入する。突入するのは私やランディや少年パイロットなどで武装した12名。何人かがアルタイトの中にあった箱や金属板をもってきて即席バリケードを作る。

 

「急げエドワード!すぐに敵が来るぞ!」

 

 私がいうやいなや光線が頭を掠める。偶々近くの部屋に居たらしい数人がメーザーライフルで攻撃してくる。

 

「応戦だ!絶対に近づけるな!!」

 

 私達が銃撃戦を繰り広げている間、エドワードはエアロックの壁に埋め込まれた端末にコードを接続する。コードはアルタイトの内部へ伸びていき、中にあるアルタイトのAI本体に繋がっていた。

 

「ハッキング開始します!」

 

 

 作戦の第二段階は高性能なコンピュータであるアルタイトによって船をハッキングしコントロールを奪う事。

 そして最後の賭けは、アルタイトによるハッキングが完了するまでここを守り抜くだ。こちらが12名に対し向こうは数千人もいる。さらに向こうが豊富な武器を持っているのに対しこっちは非常用に持っていたメーザーライフル3丁とメーザーブラスターが9丁と人数分のみだけである。

 だがこればかりは気合でどうにかするしかない。

 

「今だやれ!」

 

 合図に合わせて整備士の一人が水が入った飲み物の容器を敵に向けて投げる。私はそれに狙いを定めるとブラスターの引き金を引いた。

 

 メーザーブラスターはマイクロ波を用いた銃器で、照射された箇所は水分子の加熱により部分的に焼き切れる。その為艦の内壁を傷つける恐れが少ないので0Gドッグ達はおろか宇宙で生活するものに好んで使われている。この武器で水が満杯に入った薄い容器を撃ったらどうなるか。

 

 答えは簡単。密閉された水が急激に沸騰し一瞬で体積を何倍にも増やして爆発する。

 

「ぐわッツ!?」

 

 ヤッハバッハ兵士達の頭上から熱湯と蒸気が襲う。すぐそばの部屋から飛び出してきた為戦闘服やヘルメットなどをしていなかった不幸な兵士達は顔面にもろに熱湯を浴びてのたうち回る。

 

「ナイスショット!しかし、よくあんなの思いつきましたね。」

「昔酒瓶に向けて撃ち込んだら大爆発して怒られたのを思い出したのさ。それより次が来るぞ!」

 

 蒸気が晴れたあとには目などを火傷してのたうち回る兵士達、そしてその後ろから戦闘服を着こんだ完全武装の男たちがこちらへ向けて走ってきた。

 

「アルタイト!まだか!今にもやられそうだぞ!」

『ハッキング完了コントロールを奪取しました。』

「え?」

『エアロック開放、艦内を強制減圧および酸素供給を停止します。』

 

 瞬間私達の目の前の隔壁が降りる。隔壁の向こうからは何も聞こえないが、モニターで見てみるとそこには宇宙へ吸い出されるヤッハバッハ兵達が映っていた。

 

 後から聞いた話では、モニターで一部しか見ていなかった私達と違い外にいたポプランとコーネフは艦の至る所から人間が噴き出してくる様をまざまざと見ていたそうだ。下手なホラー映画よりも恐ろしく二度と思い出したくないと言っていた。

 

 ブリッジから格納庫から機関室から倉庫から、船の至る所から空気と人がもれ完全に排出するのに1分とかからなかった。

 

『艦内減圧および酸素供給停止完了。生体反応なし。』

 

 この一分足らずで何千人ものの人間が宇宙へ吸い出され死んだことをアルタイトは無感情に告げる。心の中の何かがキリキリと痛むが今はそれに構っている暇はない。

 

「アルタイト。周りに居る敵艦隊に攻撃できるか?」

『可能です。』

「よし、撃沈しろ。」

『了解しました。』

 

 作戦の最終段階、奪ったゼー・グルフにより周りのヤッハバッハ艦を沈める。

 

 両脇にいたダルダベルは、旗艦からいきなり兵士達が宇宙に放り出されたことに混乱していた。そこへアルタイトによってコントロールを奪われたゼー・グルフは主砲とミサイルを発射する。

 

 両脇にいた2隻は碌な回避行動もとれず攻撃をもろに喰らって爆散する。残ったブランジ2隻も何が起こったのか理解できないまま第2射によって轟沈した。

 

 

 

 

「終わったのか?」

『付近に敵反応なし。我々の勝利です。』

 

 エアロックの前で呟いた一言にアルタイトが返す。瞬間緊張の糸が解けたのか倒れそうになったところをエドワードに支えられた。

 

「はは、今頃震えてきた。」

「僕もです。」

 

 生き残った。生き残れた。今の私達は急に解けた緊張からかその事を確認するので精いっぱいだった。




戦闘になると文字数が膨れ上がりますね。

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