「ぎゃあああああああああああっ!!何すかアレ!!何すかアレええええええええええ!!!」
美人が台無しなほど髪を振り乱して逃げる仁美。目の前には見た目こそ象に見えるが質感がまるで違う何かが居た。しかしそれは追ってくるでもなし、今はただ詩に撫でられている。
「可愛い~!なにこの子~!」
「それが可愛いってあんた正気なの?!どう見ても化け物じゃない!」
「え~、可愛いよ?」
社長曰く、象に見えるソレはこの世界軸の生命体で、自分たちのように炭素を主としている物ではないらしい。筋線維から臓器に至るまで極めて高純度なレアアースが含まれており、所謂非炭素生命体とのことだ。
「で、でも、ここは私たちがいた所と別の…その…なんちゃらワールドなんでしょ?私こんなの見たことないわよ?」
よく見ると自らが隠れている茂みっぽい草木も手触りがどこか違う。
「ここはね、全く異なった進化を遂げた世界軸なの。例えばそうね…可能性で言えば恐竜が滅ばなかったり、戦争で人類が絶滅した世界もあるわ。」
「なるほど…ということはどこまで遡って考えるかであらゆる可能性も生まれますね~。これは興味深いです。」
「…だめ、ついて行けないわ。」
例えばこのレアアースで出来た生命体。進化の過程でという事ではなく、そもそも起源自体がその物質を主として造られたとみられる。その為、世界によっては血液が水銀だったり、骨がセシウムだったり、元の世界ではあり得ない構造をした生き物が溢れた世界が出来上がったわけだ。
「あ、もしかしてウチのアンドロイドって…」
「ご明察よ。私がここに迷い込んだ時知り合った協力者に技術提供してもらってね。代わりに元の世界の技術を提供するってわけ。」
「…迷い込んだ?協力者?」
社長は話す。それは今から数年前、アンドロイド開発が一気にブレイクスルーしたときのことだ。
その頃私は国外の有名工科大を首席で卒業し、実家に戻っても細々と研究を続けていた。中でも熱中したのが二重スリット実験だ。見られているだけで姿を変える不可思議な現象。どうしてか私はそれに憑りつかれた。そして辿り着いた先は工場の余った部品を組み合わせて作り上げたあの機械。
あれはそもそも量子を観測するのではなく
「ふぅ…中の構造は完成ね。あとはいくつか実験を重ねて…」
ガタン
変な音がしたと気が付いた時には私は機械の中に閉じ込められていた。観測用の小窓から外を見てみると、父の姿があった。
「ったくあの馬鹿娘…学校卒業したと思ったらこんなもんに熱上げやがって。」
「ちょっと父さん!開けて!」
「ん?今なんか聞こえたような……空耳か。」
「開けてってば!!ねえ聞こえてる?!」
ぬかった…!内部で音を発するために防音も完璧に作ったのが仇となった。
「なんだこの赤いボタンは。こういうの見ると無性に押したくなるな。」
「ちょっと父さん!!それダメ!!」
「ポチッとな。」
「このクソ親父ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
鼓膜が破れるかと思うほどの音の嵐と共に、私の目の前に光りの粒が無数に飛び交う。
この人でなし!!娘を殺すなんて末代まで呪われればいいわ!!そんなことを思いながら蹲っていると、私は突然風を感じた。
そして、見慣れぬ場所へ立っていた。地平線まで灰色の広陵が広がり、草木っぽいものはどこか色味が変で水たまりは緑。そして…
「…え?」
そしてソレを見た時、仁美さんじゃないけれどきっと似たような反応をしたと思う。だって最初に見たのが象とかじゃなくて人っぽい何かだったから…。
「「ぎゃあああああああああああっ!!化け物おおおおおおおおお!!」」
出会ったソレと同時に同じことを叫ぶ私。
「……え、言葉話せるの?」
「それはこっちのセリフだ!!急に現れたと思ったら…一体お前は何なんだ?!」
見た目こそ滲んだ銀色で真っ黒な眼球が一つ、口と鼻っぽい穴にひょろ長い手脚で正直ビビったけど言葉が通じるってだけでこうもホッとするとは思わなかった。私が話した内容は半信半疑なようだったけど、そもそも見た目が違うのに言葉を話すってだけで害意は無いと思ってくれたらしい。出会った人物もある程度学があったのも助かった。
そして話を聞けば聞くほど元の世界と違う。元の世界へ帰るために数日を過ごしたけど、まず困ったのが食べ物だ。この世界の食べ物は肉=レアアース(血液には水銀)だったり、植物=錫(水分は水銀)なので口にしたら死が待っている。そもそも飲み水も水銀が多く含まれるから飲めるはずもない。勿論、雨に当たるのも厳禁だ。
しかしこんな世界でも食べる物はあった。それは…
「お前…こんなもん食って腹壊しても知らねぇぞ。」
差し出されたのは壊れた情報機器端末。この世界(以降はメタル世界とする)の住人が一部の貧しい場所を除いてほとんどが持っているらしいそれは、携帯電話のような物だった。しかし(空腹のせいもあるが)どう見てもお菓子のように見えて、食べてもやはり特別美味しくはないけどウエハースみたいな感じだった。飲み物は元の世界で言うところのガソリン的な液体。…なんだかポカリみたいな味がした。因みにそれらは全て手軽に作れるお手製の検査キットで安全性を確かめたので体は平気だ。
「あとはアレを完成させるだけね。」
「よく分かんねぇけど、こんなに食材ばっか集めて何やってんだ?無駄にしたらバチが当たるぞ。」
「…そういう風習はあるのね。」
しかも鉄とかレアアースを食材言われてもピンと来ないわ。
「しっかしアレだな。お前さんを初めて見た時はビビったが話してみるとマジで人間っぽいな。」
「当たり前でしょ。私は人間よ。あ、そのレンチ取って。」
「これ俺のオヤツだぞ?!」
「いい歳こいてオヤツとか言ってんじゃないわよ。ほら貸しなさい。」
「い、居候の分際で…!」
偶然会ったのが人が良いオジサン?で運が良かったと思う。人前に出たら間違いなく騒ぎになると家に匿ってくれて、作業用の納屋まで貸してくれた。しかし勿論タダではない。
この男性、名前を
「ほ、ホントにそんなんで治るんだろうな?!」
「本当よ。その代わり、治ったらさっきのことお願いね?」
「それは構わねえが…」
使ったのはメタル世界で農薬として使われていた重曹。これをペーストにして患部に塗り、ブラシで擦れば錆なんて綺麗に落ちる。
「な…これ、治ったのか!?」
「もしまた錆が出来たら言って。あとこれが完成すれば、もっと手軽なやつを私の世界から持ってこれるはずよ。」
「あ、ああ!そういう事なら俺も協力するぞ!」
こうして、自分的には実験装置二号なのだが、役割を考えると名称・異界転移装置二号が完成したのだった。また何処か別の場所に飛ばされる危険性も大いにあったが、無事元の世界へ帰還することが出来た。推測の域を出ないが、世界によってオープンな回線とクローズドな回線があるのだと考えられる。私をあんな目に遭わせておいて数日行方不明にも関わらず失踪届も出さなかった父には、仕返しとして痔の塗り薬にジョロキアを混ぜといてやったけどまあそれは良いでしょ。
兎に角それからというもの、私はその世界間を行き来した。工学科の私は向こうの世界の病気を悉く直すことが出来るし、何より言い方は悪いが機械生物の知識を得たかったから。人々の外科手術のついでにあらゆるデータを取り、骨格から二足歩行の仕組みや内臓系の造り、小動物の死体から脳の構造を知ってアンドロイド開発に至ったのだ。
「…ほへ~…。」
我が社の若きホープは間抜けな顔をして話を聞いていた。受付嬢は途中で理解を諦めたのか話を聞かずにあちこち見回っている。…あんた、仮にも私は社長なんだけど?ボーナス削るぞ。
「でも、社長確か帰ってきた時なんか慌ててませんでした?」
「……!!そ、そうだった!さっき貴女たちが入った機械、実はもう6号機まで出来てるのよ。どうやら機械構造によって僅かだけど微弱な音を変えたりすることでまた別の場所に行けることが分かったの。」
二号機を作った時は頭の中の設計図で一号機と寸分違わぬ物を作ったけど、三号機は少し修正を加えてみたところ、これまでクローズドだった回線を開くことが出来た。転移実験に使った植物・小動物・機械が一号機に戻ってこなかったのだ。
だから私は帰還に備えて装置が丸ごと入るくらい大きな4号機を作り、それごとバッテリーと共に転移することに決めた。メタル世界では元の世界で希少といえる金属がかなり安価で手に入るので助かった。それに色々な人の難病を直したことにより、今ではメタル世界で神扱いされている。おかげでこの機械を隠せる土地(聖地と呼ばれている)も建物(私を祀る教会らしい)も提供してもらえて大助かりだ。因みに、アンドロイドのパーツは全てここで量産されている。
「それのどこが大変なんですか?」
「いい?驚かないで聞いてね?」
「やだな~社長~!こんなの見せられたらもう何聞いても驚きませんよ~!」
「そうね。もう大抵の事には驚かないわ。……理解も出来ないし。」
社長は一つ息をついた。
「4号機で行った世界はね……」
「「えええええええええええええええっ?!」」
三人が異世界でお約束を果たしているその頃、戦艦アハトの中では整備士含む全隊員を集めて緊急会議が行われていた。議題は勿論、樹生の今後についてだ。
先日、樹生は15歳を迎えて晴れて正式にプリトヴェンへ伍長として入隊した。スタートは破格の待遇だったがそれに異を唱える人間はこの艦に居ない。それだけ彼の事を認めているし、自らの子や弟だと思って接してくれていたのだろう。
「実戦ね……ドローン部隊とかなら比較的安全なんじゃないか?」
垂れた前髪を人差し指でくるくるしながら言うのは、プリトヴェンきっての色男で軍関係の雑誌でも表紙を飾るコーエン・マクレガー大尉。
「あんた馬鹿なの?ドローンが暴走したらどうするのよ!」
「いや、それを言ったらもう全てがアウトじゃねぇか…。」
それもその筈。技術が発達した現在ではドローンの事故率は0.2%にも満たないのだから。同じ理由でアンドロイドが主な部隊である衛生兵も却下された。アンドロイドが樹生に乱暴したらどうするのかと大昔に流行ったB級映画のようなことをディートリンデが叫ぶ。因みにアンドロイドがそういったことをした例は今までに一つも報告されていない。何故なら世界憲法にアンドロイド原則という法があるからだ。
アンドロイドは人間そっくりに作られ、人間と変わらないレベルで思考し感情と呼べる部分まで備わっている。しかしコアな部分でプログラムされた原則は破ることができない。それは「アンドロイドは人間に危害を加えてはならない」という第一原則。これによって、アンドロイドが攻防を担う軍部に居ることはまずない。整備士や衛生兵として何名か居る程度だ。
過去には風俗店などでクリーンアップされたばかりの何も知らないアンドロイドを無理矢理働かせたり、鬱憤晴らしのために暴行を働く事例もあったが、今では「アンドロイドへの行いは人の法が適用される」という新法ができて以降はそういった行いがかなり厳しく裁かれ、アンドロイドが嫌がる行為をする者も減った。
余談だが、アンドロイドと人が結婚するのも国によっては許可されている。大昔にはゲームキャラクターと結婚した例もあったようだから不思議ではないだろう。
「…話、まとまらないな。」
「俺たちゃとどのつまりは一介の傭兵だからそりゃそうだ。どこ行っても危険な任務ばっかだし、紛争続ける馬鹿共を横からぶん殴って黙らせんのが仕事だろ?」
何十年も前に締結された中東連合は欧米諸国との関係が最悪で、瓦解した元EU加盟国は未だに領土問題で小競り合いを続ける。軍を持たない日本も隣国と西の大国が度々ちょっかいをかけてくるため、手の回らない米国に代わってプリトヴェンを側に置いているのが実情なのだ。
快適になり過ぎた暮らしの裏で、それまで燻っていた感情が表面化している。特にアンドロイドが台頭したことで職を追われた人間もおり、そういった人たちが犯罪を起こすケースも多い。技術の進歩は必ずしも平和に近付くわけではないと、ここ数年で人類は嫌と言うほど思い知った。
「大佐、とりあえず直近で来た依頼は何がありますか?」
「ふむ……中東のドンパチ関係は却下として…東欧民度紛争の後始末は既にアルファチームが動いてるだろ。あとは…朝鮮半島の核施設爆破も却下だな。」
「……これ。」
「え?」
それまで黙って座っていた樹生が突然資料の一つを指さした。中々決め切らないことへの助け船のつもりだったのだろう。
「これが良いのか?え~っと……来日するハリウッドスターの護衛、か。って護衛?!」
「だ、ダメよ樹生くん!何かあったら大変じゃない!」
「そうだぞ樹生。確かに新兵には適した任務だが万が一の時君に盾をさせるのは……」
「……だめ?」
「うっ」
この艦の者は、彼の「だめ?」にすこぶる弱い。滅多にワガママを言わない彼の、たまのおねだり。これを聞かずしてアハトの船員は務まらないのだ。
「お前らよく聞け!樹生は7月10日
「「「サー、イエッサー!!」」」