Under the dark blue sky 作:ローグ5
時は2019年。ようやく平和の兆しを見せたユージア大陸は、オーシア大陸の強国オーシアの軌道エレベーター権益に不満を持ったエルジア王国軍が無人機を駆使しオーシアを奇襲した事から再び戦禍に包まれた。ある出来事をきっかけに泥沼となった戦争にオーシアもエルジアもいつしか疲れ果てていたものの、エルジア主流派はこの状態でもなおもアップデートを続ける無人機を操り戦争を続けようとしており、この戦争の惨禍はまだ続こうとしていた。が、一人のオーシア兵の呼びかけをきっかけに戦争を終わらせようとする勢力が国をあげて集結、無人機工場に電力を送り続ける軌道エレベーターの破壊作戦を実行に移した。
ライトブルーの空の下をアーセナルバードから放たれた無数の無人機が乱舞する。無人機は疲れ知らずなうえGの制限もなく完璧でミスを犯さない存在だ。およそ面白みのない真っ白な無数の鳥たちはこの戦争の初期から空を我が物顔で飛び回りオーシア軍に甚大な被害を―――そして今になっては人類その物へ甚大な被害を与えようとしていた。
しかし対する有志連合―――無益な戦争の火消しのために戦う彼らは意気軒高。オーシアとエルジア、そしてユージア各国の軍隊が一丸となって戦う彼は共通の目的の為果敢に挑みかかる。エルジアのSu-27がミサイルを放ちまた一機無人機を打ち落とし、爆炎に紛れて接近したオーシアのF-16が機関砲で別の無人機を撃ち落とす。さらに別の場所では有志連合に向けて打ち上げられる対空砲火をノースポイントのF-2とサンサルバジオンのF/A-18の編隊が対地ミサイルで破壊していく。それはこの戦争の成り行きからすれば奇妙な光景ではあったが何処か美しさのある光景でもあった。
その光景の中心にあるのはアーセナルバードと直掩機に果敢に接近し直接攻撃を挑むオーシアの飛行隊。アーセナルバードを直接叩く尾翼に爪跡の如き三本線を描いたF-22とそれを援護するかのように動く数機のF-15C。彼らがこの紛れもなくこの戦場の主役だった。
さらにその外縁でもエルジア主流派の生き残りと有志連合の激しいドッグファイトが続く。鋭い奇跡の飛行機雲を描きながら幾つもの飛行機が乱舞し、互いに致命打を狙って喰らいあう。
「スプリガン1FOX2!」
翼に緑色の妖精のエンブレムを描いたF-15Cがエルジア主流派のtyphoonにミサイルを放つ。背後から一瞬の隙をついて放たれたミサイルはtyphoonの尾翼を吹き飛ばし、パイロットが射出された。
『やられた…!高度が保てない、脱出する!』
「これで6機目…アーセナルバードの撃墜はまだか!?」
F-15Cのパイロットであるオーシア軍オーシア国防空軍第522戦術戦闘飛行隊「スプリガン」の隊長、TACネームレッカーの顔には強い焦り。長時間続いた戦いにより彼の部下は全機帰投し彼自身もミサイルを今の一撃で残り2発だ。最早彼と同様に多くのパイロットと機体が消耗しつくしていた。
『こちらAWACSスカイシーカー。現在アーセナルバード破壊作戦は最終段階まで来ている。もう少しだけ持ちこたえてくれ!』
「了解…ぐぅっ!」
彼もまた先のtyphoonと同様に一瞬の隙をつかれて無人機に背後をとられた。無人機が彼に機銃弾を浴びせかける。まるで熟練パイロットのそれのような巧みな射撃はレッカーの回避行動を徐々に制限していく。さらに不運な事にもう一機が背後に位置取り、ミサイルを浴びせかけようとする。
「糞ッ…やばっ……!」
『FOX2!』
しかし無人機のミサイルがレッカーを捉えることはなかった。エルジア軍のSu-37が背後からミサイルを撃ち放ち、レッカーを撃墜しようとした無人機を逆に撃墜し、さらにもう一機に機銃を浴びせ牽制する。形勢逆転。
レッカーは巧みな操縦で鋭い軌道を残しインメルマンターンを敢行。強引にヘッドオンの状態に持ち込み無人機を撃ち落とす。すれ違いざまに爆炎に包まれていく無人機が一瞬キャノピーに大写しとなり、すぐに後ろに消えていった。
「撃墜七……すまない助かったよ」
『気にしないでください。この乱戦では助け合わなくては』
通信機越しに聞こえてきたのは女性の声。聞き覚えのある声は確かエルジア軍の――――
「ああそうだな…ところで君も一人か?」
『ええ、他の仲間とははぐれてしまって……あなたも?」
「そうだ。臨時になるけど俺と組まないか?自慢じゃないけど……腕はそれなりに保証するぜ」
『…!了解しました!頼りにしてますよ"レッカー"!』
それ以上の言葉はお互いに不要。Su-37とF-15C。スキンも形状も、国籍も異なる機体が流麗なエレメントを構成し、戦場へ突入していく。それは国境に縛られないダークブルーの空で繰り広げられる光景の一つであった。
かつてベルカ戦争に従軍したという父は凄惨な戦争の最中も、国境を越え人々が互いに助け合う光景を見たという。七発の核までもが使用され多くの人が死んでいった戦争の最中においても未来を掴む為に国家の枠を超えて人々が共に戦ったその光景はたいそう美しかったとか。そしてその光景は父を始めとする多くの人に国という枠を超えて人々がつながり合う明るい未来を感じさせたとも。
だがレッカーはそうは思わない。父の事は尊敬しているが結局のところ人間は国境に縛られ争いを繰り返すし、それは人間の愚かさの証明ではなく仕方のない事なのだと考えている。だってそうだろう。ユージア諸国もオーシアも幾度となく戦争の惨禍に苦しみ、ようやく手を取り合い平和への道に進み始めた矢先にまたしても戦争を始めたのだから。結局の所、
彼方にて長さ1万2千メートルを超す巨大な軌道エレベーターが彼方にそびえ立ち、曇天に包まれた空が一面に広がるその光景は決して美しいとは言い難いが雄大な物。されどこの空に陸にいる者達が風景に目を向けることはない。彼らは目の前を行く敵を倒し生き残る事のみで手一杯だからだ。赤茶けた陸地では戦車が、灰色の空では戦闘機同士が互いの身を狙いあう。いつ果てるとも知れない戦いの趨勢は明らかに星のエンブレムを抱いた国―――オーシアの側に傾いていた。オーシア側の被害も甚大ではあったが数で勝る彼らがエルジア空軍を蹴散らしたのだ。
エルジア軍仕様のSu-33がオーシアのF-15Cに追われて必死に逃げまとう。シザース軌道を挟むが背後のパイロットは手練れなのかぴったりと背後にくっついて離れない。とうとうしびれを切らしたSu-33のパイロットはイチかバチかでコブラ機動を敢行。機体を垂直に立て急減速をすることでF-15Cに追い越させ背後をとることに成功するが―――
別のF-15Cが降下による加速を利用したパワーダイブを仕掛けていたことに気づかなかった。
「スプリガン1FOX2」
加速の勢いを載せ高速で射出されたミサイルがSu-33を爆散させた。パイロットの脱出はなし。これでこの空域のエルジア側の航空戦力はほぼ壊滅。あとは撤退していく数機のみとなった。
『こちらスカイシーカー。当該空域の敵軍壊滅を確認。後はガーゴイル隊及びナックラヴィ―隊に任せて帰投せよ』
F-15Cの下を飛翔するのはガーゴイル隊のF-14とナックラヴィ―隊のA-10。彼らは陸空のエルジア軍の残敵を掃討しに行くのだろう。どこか煤けたスプリガン隊の機体と異なりその塗装はまだ真新しく見えた。
「スプリガン1了解。RTB」
スプリガン1のコールサインを持つレッカーは機体を翻し進路を基地へと向ける。スプリガン2とエレメントを組みなおし向かっていく先には同様の塗装を施した2機のF-15、スプリガン3と4の機体を見つけてほっと息を吐く。どうやら今回が戦闘参加が三回目の新人二人も生き残れたようだ。
「こちらスプリガン1レッカー。スプリガン3及び4、無事だったか?」
『スプリガン3。問題ありません。右翼に何発か貰いましたが特に飛行に支障はなしです』
『ス、スプリガン4は無事です。ただ…あのっレプラコーン1、アドニス中尉が……』
少女らしく高い声を涙で濡らしたスプリガン4の言葉にレッカーは眉を顰める。レプラコーン1のアドニス中尉、陽気な好青年で開戦前から男女問わず基地の人気者だった彼が
『しょ、正面からミサイルの直撃を受けて、あれじゃあ脱出も』
「しっかりしろスプリガン4!いいかまずはゆっくりと深呼吸するんだ!中尉のことは残念だったが彼の事を考えるのは後だ。まずはしっかりと基地にたどり着いて着陸するんだ。いいな?」
『りょ、了解です……』
スプリガン4の機体は安定を見せているがそれとは裏腹に通信機越しに聞こえる荒い息遣いと嗚咽は徐々に、本当に徐々に収まっていく。一見軍人らしからぬその様に僚機の面々が苛立ちを覚えることはない。スプリガン4はまだ18歳の研修生であり、しかも入隊事情は人によっては同乗に値する物。なまじ腕がいいために航空隊に配属されてしまったが故の消耗であったからだ。それに誰しも彼女と同じ気分だった。中尉の死を皆が痛んでいたのだ。
曇天の空の下、4機のF-15Cが基地へ帰還する。その姿は彼らの心理を反映して勝者とは思えぬほどに陰鬱な静けさに満ちていた。
正直に言うとレッカーはこのくだらない戦争の始まりをよく覚えていない。ただそう遠くない以前にいきなりエルジアから奇襲攻撃を喰らい、当時スプリガン3だった自身の背後で僚機が爆散するのを感じながら必死で飛び立ち、爆撃機に遮二無二向かっていった記憶しかない。
レッカーの感覚からすれば逆切れでしかない理屈でエルジアがオーシアの権益に不満を持ち、引き起こしたこの戦争においてレッカーの所属する基地は地政学的な面から戦略的な価値が高く、幾度なく襲来するエルジア軍の標的となった。予測不能な動きを見せる無人機の増加もあり、そのすべてを航空隊の奮闘で押し返すことができたが基地の被害は大きかった。レッカーを教育した先代のスプリガン1は戦死し、他の同僚も半数近くが戦死するか後方送りになった。馴染みの整備兵や基地要員も何人か死んだ。
そうしてようやく一息ついたあたりで転属が本国から発令された。風の噂によると長距離戦略打撃群というオーシア軍が本戦争の要として組織した部隊の支援などの目的の為に、幾つかの部隊が再編されたのだという。その影響を受けてレッカーも別基地で新生スプリガン隊の隊長を務めることになったわけだ。
新しい基地に着任したレッカーは新しく同僚となるメンバーとなる三名を見て、この戦争に抱いていたうんざりとした気分をさらに強めた。前大戦のレッカーより年上のスプリガン2は頼りになる。しかし問題は3と4だった。親である高官の見栄や故郷の政治的状況により無理やり「将来有望な士官候補生」として入れられた二人の顔は真っ青。とてもではないがこの過酷な戦場を生き残れるようには見えず、こんなまだ18歳の新兵未満の若い奴まで戦争に投入しなくてはいないのかと彼は祖国に対する失望の度を強めた。
そう、レッカーはうんざりしていた。わざわざ大陸の向こうまで攻めてきておきながら戯けた理想論を振りかざす王女様にも、そんなものに同調する世論やユージア各国にも。外交の不手際を繰り返した挙句、こんな若い奴まで前線に引きずり出す祖国オーシアにも。国境なき世界なんて夢物語。本当にくだらない戦争だと彼はうんざりと感じていた。
だがそれももうすぐ終わる。基地に着陸した後、スプリガン4と仲の良い基地要員のWAVEと共に彼女を落ち着かせ、スプリガン3を励まし、スプリガン2との折衝を終えた所で基地司令から告げられたのはこの戦争のオオトリとなるエルジアの首都、ファーバンティ攻略作戦の発動。件の長距離戦略打撃群も参加し、かつてない規模の戦力が結集する本作戦は後退を続けるエルジアにとどめを刺す為の一大作戦だった。
かつてISAFの伝説的パイロットをリーダーとした部隊がそうしたように、航空戦力で一気に首都を叩き戦争を終わらせる。この作戦の成功は戦争の終結を意味するのだ。
「ようやく、ようやく終わんのか」
混乱に満ちたこの戦争の終わりを前に、肩をすくめさせレッカーは空を見上げる。自身も戦争の毒に身を浸したからだろうか、あれほど憧れていた青い空は暗く濁って見えていた。
「本当に疲れたなぁ……」
戦禍の果てに炎や煙に包まれたファーバンティの街を幾つもの戦闘機が飛んでいく。それらはオーシアかエルジアの機体が混じっているが彼らの機動は一様に困惑しているかのように精彩を欠いており、互いを攻撃しあう事すらない。当然ではある。衛星から送られてくる各種情報、現代戦では不可欠なそれが数分前から完全に途絶えているのだから。
4機揃ったスプリガン隊も彼らと同様。ぎこちない編隊を組み、時折すれ違う機体にびくつきながらも彼らは街の外縁部を飛行する。一体何が起こったのか、それに気づくものは誰もいなかったが、やがてスプリガン4が空の彼方のそれらに気づく。
『た、隊長あれは……!』
「なんだあれ……今は夕方だよな?なのになんで星があんなに?」
レッカーもまた不可解かつ予想外の光景に疑問を抱く。茜色の空の彼方で輝くのは無数の星々。彼らはまだ知らなかったがそれらはオーシアとエルジアが偶然にも同時に行った衛星破壊作戦の結果。特殊ミサイルにより破壊された無数の衛星が醸し出す破滅の美であった。
その日、ユージア大陸は混乱と恐怖に包まれた。そして、戦争はまだ終わらない。
・オーシア軍オーシア国防空軍第522戦術戦闘飛行隊 スプリガン
IUN国際停戦監視軍の構成部隊の一つとしてユージア大陸の治安維持に当たっていたがエルジアの奇襲とその後の戦闘で部隊は壊滅。スプリガン3であったレッカーを隊長として
長距離戦略打撃群の支援の為再編成された。乗機はF-15Cで統一されている。
部隊員は隊長のTACネームレッカーと呼ばれるパイロットのスプリガン1。前大戦を生き抜いたベテランのスプリガン2。新人の候補生が臨時に編入されたスプリガン3・4の四名で構成されている。