Under the dark blue sky 作:ローグ5
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として 」確かユークトバニアの思想家がベルカの哲学者の言葉を引用して言った言葉だ。どういう状況で言われたのか詳しい事はもう忘れたが今のユージア大陸の状況には実に適した言葉だといえよう。
その日ファーバンティ攻略戦の裏側でオーシア国防空軍とエルジア空軍は同時にある作戦を実行に移していた。
その内容は衛星破壊作戦―――両軍の軍事衛星(エルジア側の物はオーシア軍の物をハッキングで乗っ取ったものである。なんというかまあ色々な意味で馬鹿げた話だ)を破壊する為、専用のミサイルを搭載した戦闘機を偶然にもほぼ同時に発進させた。後に起きた結果はご覧の通り。両軍の軍事衛星は完膚なきまでに破壊しつくされ、さらにその破片が無関係な衛星までもを破壊。通信網を完膚なきまでに破壊されたユージア大陸は未曽有の混乱に陥った。
まるでパンドラの箱が開け放たれたかの如く通信網の完全崩壊は数々の禍をもたらした。復興しつつあったユージア大陸の経済に大ダメージを与えただけでなく、同時にエルジア王国にかつて併合された国々が独立を狙って蜂起した。これを鎮圧するべきオーシア軍も指揮系統の混乱から同士討ちまでに発展し不毛な争いを繰り広げた。
2019年、ユージア大陸は灯台戦争を発端とする混乱に覆われていた。
群青の空の下を幾つもの飛行機雲が切り刻む。いずれも鋭い奇跡を描くそれは紛れもなく戦闘機の機動に拠る鋭い物。機関砲の銃弾とミサイルでそれぞれが狙いあう戦闘機たちは2つの勢力に分かれていた。一つは茶と濃い緑の砂漠仕様に近い迷彩模様の機体。彼らが狙うのは敵側の戦闘機だけではない。戦禍を避ける為なのか低空を飛ぶオーシア国籍の民間機にすら狙いを定めていた。
対するは青系統の塗装がなされたF-15CとF-2支援戦闘機(海洋国家であるノースポイントがF-16の航続能力と積載能力を魔改造したもの。一部は輸出されユージア大陸各国の空軍で使用されている。)で構成された8機編成の部隊。およそ同一の勢力の所属に思えるそれらの所属は実は異なる。F-15C4機で構成された部隊はオーシア国防空軍第522戦術戦闘飛行隊スプリガン隊。新人二人も含めて一個の飛行隊として完成しつつある彼らは果敢に反撃し、エルジア機の猛攻をはじき返す。
さらに彼らと翼を並べて飛ぶのはユージア大陸にある数少ない親オーシア国、ノースポイント国防空軍の機体。下を飛ぶ民間機を守るという志を同じくする彼らは決死の覚悟でエルジア軍機と空中戦を繰り広げる。
『スプリガン4FOX…2!』
『XXX万歳っ……!』
どおん、と腹に響く音を立ててエルジア軍の戦闘機が爆散する。レッカーにXXXの部分は聞き取れない。おそらく彼が生まれるはるか前に失われた国の名前なのだろう。だがそれが民間機を寄ってたかって撃墜しようとする蛮行と何の関係があるのか全く分からなかった。
「よくやったスプリガン4!これで残りは4…いや3!」
レッカーのF-15Cに搭載された機関砲がうなりを上げて機関砲弾の鞭を形成しエルジア機の右翼を打ち据える。
バランスを崩し錐もみ状態で回転し堕ちていくSu-27をよそにF-15Cは機首を上げ上空の敵機の牽制に移行する。しかしそこでレッカーは肝を冷やした。残るエルジア軍機のうち1機、煙をあげながらもしぶとく生き残っていたMig-29が降下を利用して加速し民間機に特攻を仕掛けたのだ。
『オーシア人共に……天誅を負おおおおおおおおおお!!』
「あのエルジア人…いかれてんのかっ!?」
流石に民間人を殺す為に特攻するとは彼にとっても予想外。ほぼ180度機首を下げとっさに特攻への迎撃に移ろうとしたがそこでMig-29を追う機影に気づく。それはF-16の飛行隊の一番機の機影だった。そしてさらにレッカーが肝を冷やしたことに彼は2機のエルジア軍機に追われながらも必死にMig-29に追いすがっていた。
「そこの1番機!後ろから二機来てるぞ!早く回避を……!」
『それは…できない例え他国の人間だろうと……民間人を見殺しにするわけにはいかないだろ…う』
機銃弾にその身を抉られても、レッカーに聞こえるほどにロックオンの警告音が鳴り響いても彼は一直線の最短軌道を辞めない。そしてとうとうMig-29の背を捕らえた。
『捕らえた……FOX2!』
白煙を引き放たれたミサイルは正確にMig-29を捕らえ爆散させる。一連の行動による民間機への被害は皆無。しかしその代償に―――――
「そこのあんた!今助けに――――!」
『無理だ…間に合わないしフレアも尽きた。ああ…それにしても』
先程の彼と同じように2機のエルジア軍機が完全に背後をとり射撃ポジションに入ってミサイルをその背に
『死ぬのは、怖いもんなあ……』
しかし勇者の首に無慈悲な死神の鎌が振り下ろされることはなかった。突如として飛来したミサイルが2機のエルジア軍機を爆散せしめたのだ。
『へ?』
F-2のパイロットはどこか間の抜けた声を上げる。突然に遠ざかった死に理解が追い付かないのだろうか。スプリガン3がミサイルの射手の正体を誰何する。
『祖国の援軍でしょうか?いやこれは違う――――』
『こちらはエルジア軍第306飛行隊。味方の愚行防いでくれたことに感謝する』
レーダーの範囲ギリギリを飛行しているのは数機のF-14D。おそらく先程の狙撃はF-14Dの代名詞たるフェニックスミサイルによる物。先程の機体と同じエルジア軍仕様のカラーリングの彼らは味方を撃ったという事なのだろうか。
『そして、貴官らの技量と勇気に敬意を表明する。……願わくは平和な空を共に飛びたいものだ』
そう言ってエルジア軍のF-14Dは空の彼方に去っていく。レッカーがかつて見たF-14の飛行隊、いまだにオーシア国内では英雄として人々に信奉されている彼らの気高い姿と
エルジア軍機の姿は一瞬重なって見えた。
ユージア大陸の混沌とは裏腹な明るい空の下に広がる広い滑走路を第三便の輸送機が出発していく。戦闘機とは似てもつかないふくよかな機体に満載された物資は、干上がりつつあったユージア領内のこの基地にとってはまさしく慈雨というべきものであり、この基地の将兵には大歓迎された。事実飛び立ちゆく輸送機の見送りには幾人もの兵が押しかけ歓声を上げ手を振っている。
それを見送るレッカーやTACネームのコダチ―――――スプリガン2である曹長の表情にも余裕がある。ノースポイントからの支援は機体の部品から嗜好品を含む食糧まで豊富に存在し、彼らの飢えだけでなく精神までも潤していた。
「しかしノースポイントもよくやったもんですね。連絡を確立したのは偶然とは言えこれほどの物資を送り込んでくるとは」
「これで戦後のオーシアとノースポイントの関係はますます密接になる。ローリスクハイリターンで良い手だし、俺が政治家でもそうするだろうな。なあセンベイの代わりにチョコ貰っていいか?昔から好きなんだよなこの銘柄」
輸送機の護衛に離陸していくF-2支援戦闘機を横目に上機嫌でレッカーはチョコをつまむ。子供のころから慣れ親しんだ味、実際のうまみ以上に心を落ち着かせる味だった。
「それにコイツはうまいだけじゃない。エストバキアやレサスの腕利きがいたらこれで買収できるかもしれんぞ?」
「それは与太話でしょうに…」
貧困国であるエストバキアやレサスでは一部の嗜好品は金銭と同じ扱いをされているという与太話をレッカーは持ち出した。そうして二人は久々に談笑していたがやがてふとレッカーは笑いを止めた。
「曹長。ちょっと聞いていいか?君は確か10年前の環太平洋戦争にも出たんだよな?」
「特に何か特別な事があったわけではありませんでしたが…ええ前線の方にも行きましたね」
「そっか……無礼を承知で聞きたいんだけどさ、例えばあのはーリング大統領の演説の前にユークトバニアの市民がオーシア軍、或いはユーク軍でも何でもいいんだけど殺されそうなところにかち合ったら―――助けたか?」
レッカーの脳裏に映るのはあの時命がけでオーシア国籍の民間機を救ったF-2のパイロットの姿。厳格そうな顔つきと裏腹に恐怖と緊張で顔を真っ青にした彼はそれでもなお、同盟国とはいえ他国の民間人の命を自分の命を危険にさらしてまで救ったのだ。今さっき部下と共にノースポイントの物資集積地まで飛び立っていった彼のあの時の雄姿はレッカーの目に強く焼き付いている。
「……正直言って実際にそうした状況に直面しないと分かりませんが、可能な限り助けるでしょうな。あなたらしくもない質問ですが、どうしたんです?」
「ああ……ちょっと思う事があってさ。なあ曹長。三度目だぜ三度目」
レッカーは三本の指を立てる。それが意味することはコダチにも無論わかる。1995年のベルカ戦争。2010年の環太平洋戦争。そして今回の灯台戦争の事を差しているのだと。
「ユージア大陸もオーシア大陸も戦争まみれで平和なんてつかの間のものだけ。ようやく戦争が終わったと思ったらまた開始する。今回もまたそうだ。ユージア諸国もあれだけだけ戦争で悲惨な目に遭ってそれでも15歳の王女様の言葉に乗せられてオーシアをやっつけろ、オーだ。正直言ってうんざりだと思わないか?」
何処か物憂げなレッカーの表情は物憂げだ。その脳裏には憧れの色あせた空への思いと、自身が命を預かる新人二人への憐憫がある。環太平洋戦争の後もオーシアの国内では軍人の社会的地位は低くない。今回の戦争がなければ二人とも実際に戦争を体験する事なく俗な言い方だが人生にハクをつけて、豊かな人生への道しるべが出来たのだろう。二人とも訳アリとはいえ裕福で社会的地位の高い家に生まれたのだから。
「俺もここらに配属が決まった時には軌道エレベーターを見ながら飛べると喜んだんだが、人生はうまくいかないなぁ……悪い、愚痴りすぎたな」
「いえ、こういうの副官の役目ですから。ただもう十年以上も軍人なんぞやっている私が言うのも何ですが。死をもって罪を償うしかない人間、例えばユークトバニアの民間人を虐殺した8492飛行隊。ああいう人間以外は誰一人として死ぬべきではないと思います」
注の断固とした口調は普段の彼からすれば考えられない程饒舌な物。しかし彼はこの若い上官にどうしても一度伝えておきたかったのだ。
「生きていれば良い事もある、生きていれば反省する機会もある、それに仮に罪を犯したとしても償う機会もありますからね」
「……そうだな。古来より円卓でも至上命題は一つ。『生き残れ』っていうしな。俺たちもアイツらも、まずは生き残ってからあれこれ考えるか」
ふっと、一息ついてレッカーは立ち上がる。そういう理屈遊びはまず生き残ってオーシアに帰ってから。そうでなければあの国境なき世界――――ベルカ戦争において国家のエゴに絶望し蜂起した彼らの二の舞になってしまうだろうから。立ち上がったレッカーはおよそ軍の基地にはふさわしからぬ少女らしい声で呼びかけられた。彼を呼ぶのはスプリガン4。これまた軍人には見えない顔つきの少女が自分の事を呼んでいる。どうやら補給で物資が潤沢になった影響なのか当たらしい任務が下されたようだ。
彼女に呼びかけながらレッカーはヘ傍らに置いてあったへルメットをとり歩き出す。そう、まずは生き残ってからだ。
『降ってきたな』
『ああ、うっとおしいったらありゃしない。まったく秋らしくカラっと晴れろってんだよ』
いずれかの機体のパイロットが苦々しげに吐き捨てた。曇天の下小雨が降りだす中をおよそ10機以上を超す戦闘機と一機の空中給油機が飛行する。その全てがオーシア軍の機体だった。今回レッカーたちが受け持ったのは撤退する友軍の護衛任務。エルジア軍の内紛によりタイラー島から撤退してきた部隊、その中でも本隊から落後した空母ウェラントを中心とする部隊をこちらの基地まで護衛する事。
事実これまでの激戦が嘘のように簡単な任務だった。敵と言えばどこからかついてきたエルジア軍の追跡機1機をミサイルで撃ち落とした後は全くの敵なし。後は基地まで彼らを無事エスコートすれば完了だ。
『それも後少しの辛抱です。こちらの基地には部品や燃料だけじゃない、ビールも沢山ありますからね』
『それはありがたい!……しかしこれでようやく休めるのか。もう戦いはこりごりだよ』
タイラー島は地獄だったからな。隊長機がそうつぶやくと周囲の機体のパイロットが一斉に押し黙る。タイラー等ではエルジア軍がいったい如何なる理由なのか民間人を虐殺し、オーシア軍も彼らとの白兵戦までもまじえた激戦で甚大な被害を受けたという。そうした地獄のような状況を鑑みれば彼らの疲労も当然であろう。
『だがもうそれも終わりだ。基地からはすでに友好国やオーシア本国への移動の準備が始まっているんだろう?そうなればこんなところに用はない。さっさと帰ってオーレッドナショナルズの試合を――――』
『警告!こちらスカイシーカー。諸君らの進路方向において戦闘状態が発生している!IFFがない為に勢力は不明だが―――――相当な規模だ!』
「なっ…冗談じゃないこのままだと戦闘空域に突っ込むぞ!?燃料はあるし戦闘機はいいとしても船が……!」
『だが友軍ならば見捨てるわけには……!』
スカイシーカーが息をのむ。レッカーはその意味を誰何しようとしたがそうするまでもなかった。スカイシーカーが偵察に回した機体から送られてきた映像は彼が危惧した物とは異なっている。
そこに映っているのは大量の輸送船。カラーリングからすると民間の船も混じったそれらをある戦闘機や攻撃機は襲おうとし、また別の戦闘機はそれを防ごうとする。だが二者の違いはオーシア軍の所属であるレッカーたちからするとあまりにも判別し難かった。
機種やカラーリングからすると双方ともにエルジア軍の機体だったからだ。そう、今日のこの海域ではエルジア軍同士が凄絶な戦いを繰り広げていた。