Under the dark blue sky 作:ローグ5
青と雲の白の二色で塗り分けられた空と対照的な群青色の海面にまた戦闘機が堕ちる。エルジア軍のエンブレムをつけたラファールが半ば砕けた機体を海面に叩きつけられ、まるで床に落ちた皿のように粉々に砕けていく。その上をどこか奇妙な音を残して1ミリのずれもないほどの流麗な編隊を組んだ無人機が飛んでいった。
変幻自在の機動を見せる無人機は機銃とミサイルを駆使し数で劣る敵、エルジア軍穏健派を次々と駆逐していく。しかしそれでもF-14DからSu-37まで雑多な機体の寄せ集めである彼らは引かない。いや引く事が出来ないのだから。彼らの機体を隔てた海の向こうには多数の避難船が逃れようとしているからだ。
『ブルー7!そっちに二機抜けた!何とか抑えてくれ!』
『数が多すぎる…!敵に回すと此処までうっとおしいのかよ無人機ってやつは!』
懸命な回避機動に集中力を極限まで駆使したミサイルによる狙撃。彼らは必死の抵抗を続け何とか避難民や難民の乗った船を逃がそうとする。しかし
『警告!6時の方向よりHVAA(高速飛翔型対空ミサイル)in coming!何とかよけ―――――』
船団防衛の要であった電子戦機と共に複数の穏健派の機体が爆発四散する。その無残な光景を見たエルジア軍人たちの目には驚愕と絶望。ただでさえ少なくなっていた僚機が減ったこともそうだが問題は敵の兵装にある。HVAAを搭載可能な機種はエルジア軍に配備された機体には少ない。だがその数少ない機体を運用する部隊には彼らは覚えがあったのだ。
『グレイリーダーから2to8。残敵はこちらと同数程度。迅速に掃討し、害虫駆除に入るぞ』
それはYF-23を装備する、今やエルジア軍では片手数えきれるほどしかいない特殊航空部隊の一つ。
『了解。売国奴どもには冷たい海の底がお似合いですからね』
『……』
彼らの声音は一様に酷薄。本来味方であるはずの部隊と抵抗する術を持たない民間人たちを躊躇なく標的にすることからも彼らの冷酷さがおのずとしれよう。
『グレイ、隊……!』
エルジア軍第4師団13飛行隊、通称グレイ隊。エルジア軍でも超タカ派と目される彼らがエルジア軍穏健派と難民を強いエルジアを蝕む病巣と断じ討伐に、いや虐殺に来たのだ。
ダークブルーの海の上が絶望に覆われていく。
『見た所穏健派と主流派の争いのようだがあいつら……民間の船団を襲っているのか?見たところタンカーでもない客船も混じっているぞ!?』
『そのようだ。おそらくは内部対立か何かだろう』
『糞ったれ!エルジア軍の奴らは全員変なクスリでも決めてんのか!?何でこんな真似をやってやがる!』
目の前で繰り広げられようとしている惨劇に撤退しつつあったオーシア軍の一同はどよめく。エルジア軍に味方が襲われているのかと思えばまさか同士討ち、しかも民間人の虐殺までしようとしているとは。
『どうする?こちらの燃料と弾薬は問題ないが……』
『……だが危険すぎる。あの数に対抗するのは……』
『……隊長』
スプリガン4の苦しげな声が響く。およそ軍人らしからぬ心優しい彼女はこの惨劇に胸を痛めているのであろう。
だがスプリガン隊の隊長であるレッカーは彼らを救えと命令を出せない。いやだせない。
(エルジア軍主流派の数や機体を考えると俺たちが加勢すれば戦局をひっくり返せる可能性はそう低くない。だが俺はこいつらに敵国の、それも無理やりではなく軽はずみに戦争を起こしたエルジアの人間を助けるために彼らの貴重な命を散らさせるのか?)
レッカーの脳裏には疑問。開戦当初の奇襲から散っていった仲間達。婚約者がいた者もいれば田舎の両親に孝行したいと語っていた者もいた。彼らの血脈はエルジア軍の奇襲によって断ち切られた。そんな彼らの後を部下たちに、寄りにもよってエルジア人の為に追わせたくない。
(……そうだな。この場は混戦の隙をついて逃げよう。あいつらは罪悪感に苦しむかもしれないがいずれ時が癒してくれる。そう、生きていれば次がある)
そう思いレッカーは口を開き撤退の命令を部下に下そうとする。その目には一人目が撤退を言い出せばまた他の人間も罪悪感なく追随できるだろうというある種自己犠牲的な打算があった。そうして彼は命令を発しようとして、彼がこれまでエスコートしてきた戦闘機隊の一部が隊列を離れていくのを目にした。
『こちらドルイド1。IUN国際停戦監視軍所属飛行隊として、エルジア軍の虐殺行動の阻止に入る。7,8はウェラントの直掩につきそのまま退避せよ』
「ドルイド隊……!何をしているんです!なぜこんな時にわざわざこんな事を!?」
レッカーはドルイド1に呼びかける。どういう訳か彼の行動はその他の隊員にとっても予想外ではないようであり、流麗な編隊を崩すことなく戦地へ方向転換していく。おそらくスプリガン4と同年代であろう7と8のみが自分たちも参加させろ抗議の声を上げるが老練な彼は取り合わない。
『言った通りだよスプリガン1。我々は本来IUN国際停戦監視軍の所属だ。ユージア大陸の治安維持が本来の任務だ。それに……ベルカのホフヌングからタイラー島まで、民間人の死体はもう見あきた。ここらで少々帳尻を合わせておきたいんだよ』
彼らの行く先には混迷の戦場。しかし彼らの駆る戦闘機の切っ先はぶれることはない。何故なら彼らのやるべきことは決まっているからだ。オーシア人として、軍人として以前に人間としてなすべきことが彼らにはあった。そして何らかの混線を中継してか防衛側のエルジア軍の声も紛れ込んでいく。
『怯むな…!一隻でも多くの船を脱出させるんだ!エルジア空軍魂を見せてやれ!』
『子供の死体なんてもう見たくないんだよ!だからさ!』
『ブルー5 FOX2!FOX2!まだまだいけます!』
彼らの姿は一様に気高い。誇り高き大空の戦士たちは並みいる敵に対して一歩も引かない。極度の疲労の中でも彼らは鋭い飛行機雲を描き懸命な防戦を続ける。そしてその中の1機、先日見かけたのと同じF-14Dが幾度なく被弾しながらも不屈の闘志で飛び続ける姿はレッカーにある光景を幻視させた。
それはレッカーがまだ首都のオーレッドに済む学生だった頃に見た光景。スタジアムの人々を守る為ユークの戦闘機の大群に立ち向かっていき、一人の民間人の犠牲も出さなった戦闘機隊の、そして戦争の最後に巨大兵器とベルカの怨念を打ち破り平和をもたらした戦闘機隊の朧げだが瞼の裏に焼き付いた光景。一説には同じ部隊であるという彼らの姿こそがレッカーにこの道を歩むことを決意させたのだ。十年近くも前に感じた言いようのない憧れと希望。今確かに彼の胸の中に蘇ったそれは彼の中に遭った靄を打ち払った。道は決まった。ならばやることは一つだ。
「こちらスプリガン1。ドルイド隊に引き続き虐殺の阻止に入る。他の参加希望者は―――」
間髪を入れずに2から4までの承諾の声が響く。全く良い部下を持ったものだ。この仲間たちとともに飛ぶことが出来るのはこの戦争の中で得た望外の喜びだ。レッカーは自然にそう感じ、口元が緩むのを抑えきれなかった。
『こちらスカイシーカー。諸君らの意図は了解した。ウェラントや当機の護衛にはドワーフ隊をつける』
「こちらドワーフ1。君たちの帰る場所は命を懸けて守り通す。だから存分に暴れてくれ』
『そして、ドルイド隊及びスプリガン隊の任務を更新する。諸君らの作戦目的は難民船団の救護。如何なる方法を以てしても彼らを救い、共に帰投せよ!以上だ!』
エルジア軍穏健派の部隊に所属するアンナ・ベルディエ少尉はいよいよ自分の死がまじかに迫ってきたことを感じた。彼女の乗るSu-37は配備から20年近くたった今でも最高クラスの格闘性能を有し、かつ彼女もエルジア軍の数少ない若手のホープとして将来を嘱望された存在。そんな彼女にしてもこの状況は過酷過ぎた。すでに彼女の機体には幾つもの弾痕が穿たれ薄くだが後部から煙を吹いている。更にミサイルも機銃も武装はほぼ使い果たした。最早虫の息に等しい状態の彼女はそれでも避難船を攻撃しようとする無人機を撃ち堕とす。残弾残り100。
(いよいよ限界、かな。でも、せめて後少し――――)
方で息をする彼女の脳裏には必死の航行を続ける船に乗った人々の姿。あそこには彼女の姉弟も友人も載っているのだ。この身を立てにしてでも引くわけにはいかなかった。
『捕らえた。堕ちろ蚊トンボ!』
「あ……」
だが彼女の後ろにはすでに死神が忍び寄っていた。グレイ隊のYF-23のうち一機が6時方向に陣取りその無慈悲な目を彼女の機体に注いでいる。ベルディエ少尉は何とか回避しようとするがすでに流れた機体は船団の上にあり、もし彼女が回避すれば流れ弾が被害を出すだろう。彼女は死の恐怖に目をぎゅっとつぶりながらも、それでも無力な人々を守ろうとする。
(嗚呼…母さんどうか長生きしてね。ジャンもアンジーも元気で……そして父さん――――)
彼女の脳裏を流れていくのは後に残してしまう家族の事。母の、姉弟の、そしてかつて大陸戦争のおり、ファーバンティの赤い夕焼けの空の下、黄色の13と共にISAFのリボン付きと戦い誇り高く散っていった父の姿。私は父のようなパイロットになれただろうか――――そんな彼女の末期の思いは背後で起きたYF-23の爆発で中断された。
「え……?あっ……オーシア軍!?」
YF-23を撃墜したのはオーシアの星のエンブレムをつけたF-15C4機の飛行隊。その翼には緑色の妖精が描かれている。また遠目にもF-18で構成された飛行隊が一斉にミサイルを撃ち、無人機による包囲網に風穴を開けていた。
「こちらはオーシア国防空軍第522戦術戦闘飛行隊。エルジア軍による民間人虐殺阻止の為本戦闘に介入する」
並行して飛行するボロボロのSu-37のパイロットが驚いたように振り向くのに合わせレッカーは左手を上げサムズアップした。それを見たエルジアのパイロットこちらの意図を把握したのかうなづいた。
「見た所アンタの機体はもう斬弾がないようだ。蜘蛛の退治は俺たちに任せて船団の直掩を頼む。」
『ROG。申し訳ありませんが後は任せます……本当にありがとうオーシアの誇り高きパイロット達』
そう言ってエルジアの女性パイロットは機体を翻し船団の直掩に向かう。彼女たちはやるべきことをやった。今度はこちらが人としてすべきことをする番だ。
「スプリガン隊各機!相互の連携を忘れるなよ!」
『『『了解っ!』』』
F-15C、レッカーたちの駆る、今なお空の王者であり続ける誇り高き戦闘機はそのスピードを生かし戦場に突入する。まず真っ先にその鋭い爪にかかったのは2機の無人機。レッカーが引き金を引くと同時に飛び出した機関砲弾が綺麗に2機をまとめて撃ち抜き、爆散させる。さらにもう1機ほぼ抵抗できない機体を追うのに夢中になっていたMig-29をロックオンするや否やミサイルを発射。動揺したMig-29は急上昇で何とかレッカー機のミサイルを躱すものの、回避のために速度を殺しすぎた。後続のスプリガン3の機銃弾がそのエンジンをハチの巣に変え爆散させる。
『あの敵増援…速いぞ!?』
『オーシアの飛行隊だと……?しかも緑の妖精のエンブレム、オーシアの精鋭か!』
予期せぬ敵の増援にエルジア軍主流派がどよめく。一瞬であるが空戦においては致命的な隙。ドルイド隊のF-18の半数とエルジア穏健派の機体がそれぞれ4AAMとなけなしのミサイルで十字砲火を形成。情け容赦ない火力の網にエルジア主流派の機体が喰われ、幸運にも砲火を逃れた機体も待ち構えていたドルイド隊の残りが格闘戦で仕留めていく。半数が特殊兵装による後衛を、もう半数が格闘戦を担当し動揺した敵機を狩るというドルイド隊のコンビネーションの面目躍如であった。
『なぜ邪魔をするオーシア人どもっ…がぎっ!』
怨嗟の言葉を上げるパイロットの言葉をすれ違いざまの機関砲弾で断ち切りレッカーはさらに無人機にミサイルを撃ち込んだ。爆発の中を潜り抜ける彼の機体は急な左旋回で背後に忍び寄りつつあった機体を振り切る。困惑した機体がスプリガン2に堕とされるのをよそにその僚機の背後に巧みな加減速で回り込む。レーダーロック。AAM発射。至近距離から尾翼を吹き飛ばされた機体は独楽のように回り落ちていく。
「これで5機目……!スプリガン4ダイブで逃げろっ!』
『りょうか…きゃあっ!』
太陽を背に直上から忍びよったYF-23の機銃掃射が彼女のF-15Cをかすめていった。そのままフレアからの左ロールでミサイルを躱したYF-23はこちらへと向かってくる。動きの切れからするとおそらくは精鋭部隊の一員。この部隊の隊長である自分が仕留めるべき相手だった。
「こいつは俺がやる!スプリガン2から4は周囲の無人機を頼む!」
幾度なく交差しあうレッカーのF-15Cとエルジア軍主流派のYF-23。彼らは機銃を撃ち合い互いの身を削ろうとする。
「さすがエルジアの精鋭部隊、いい動きしてやがる」
『……』
このYF-23のパイロットは他の機体と違い無口その物。だがその機動には殺意が乗っている。そして様々な思いからくるいら立ちも。そんな内面を機体に反映させたのかYF-23はアフターバーナーによる加速からのミサイルを発射。負けじとレッカーもミサイルを撃ち返す。
だが双方のミサイルは回避行動により互いを捕らえることなく、近接信管の作動による爆焔を生じさせたのみで大した手傷を追わせなかった。だがYF-23の高いステルス性はF-15Cよりはるかに回避にかかる手間が少なかった。大きく身をそらしたレッカーのF-15Cが減速した隙をついてYF-23が背後に高速で突っ込んでいく。距離、角度共に絶妙極まりない動きにミサイルアラートが鳴りひびき、にレッカーは万事休すと思われたが
「負、け、る、かあっ!!」
『……!!』
レッカーのこれまでの訓練が、機体特性へのたゆまぬ理解が生み出した動きにYF-23のパイロットは動揺する。彼がF-15Cを操り繰り出したのはクルビット。ほぼ空中で一回転するその動きは本来F-15Cでは不可能に近い物。そのパイロットが驚愕したのも無理はない。だが今、この状況においては驚愕は命取りに過ぎた。速度の付きすぎたYF-23は急減速できない。一瞬にしてF-15Cが後方に遷移し攻守が入れ替わる。
「堕ちろォォォォォ!!」
裂帛の気合と共にレッカーは機銃とAAMを同時発射。ステルス性を活かしミサイルはギリギリで回避した物のYF-23のなめらかな機体に幾つもの弾痕が描かれ爆発。エンジンを停止させた機体はパイロットを吐き出した後大海原へ落ちていった。
「こちらスプリガン1敵精鋭部隊機を撃墜!」
レッカーの戦果にオーシア軍機、エルジア軍穏健派を問わず歓声が上がる。そしてさらに彼らの不屈の敢闘に応える者達がいた。彼方にてさらに2機のYF-23が爆散。黒煙を突き抜けてこちらに向けて飛翔するのは数機のF-15CとF-22の混成部隊。
『こちらはオーシア国防空軍ロングレンジ部隊。どうやら間に合ったようだな』
彼らに続きエルジア軍機とオーシア軍機が次々戦場に突入していく。その先頭に立つ三本線を垂直尾翼に描いたF-22がまた1機YF-23を堕とした。
増援の航空部隊と共にエルジア軍主流派を退けた後の展開は早かった。彼らはエルジアにおけるオーシア軍の中核たるロングレンジ部隊から、混乱の中エルジアから独立したボスルージ共和国空軍、さらにはノースポイントやサンサルバジオンから派遣された部隊までもが呉越同舟する有志連合だという。彼らの目的はただ一つ。今やかつてのベルカのような混乱の源と化した軌道エレベータからの無人機工場への電力供給の元を絶ち、直も戦争を継続しようとするエルジア軍主流派を壊滅させ戦争を終結させること。国は違えど戦争を終わらせるという共通の目的にまい進する彼らの士気は非常に高い。戦争の経緯から時に退院同士で反発が起きることもあるが大きな争いは起きずただ来るべき決戦への熱のみが高まっている。
「あー疲れたぁ……」
集結した基地のPXに設けられた休憩スペース。そこに入っていくのはやや疲れた顔のレッカーだ。各国が共同で動く事への調整の為に駆り出されていた彼は慣れない仕事の連続で疲れ果てていた。ああ、書類仕事とはここまで労力を要する物だったのか。
入り口まで来たところで何やら騒がしい事に気づく。どうやらこの基地に保護された難民の子供なのだろう。何人もの子供達が喧嘩でもあったのか泣きわめいている。周りの人間は子供の相手に慣れていない軍人ばかりだからかおろおろするばかりで戦闘の時のような機敏な動きは見られない。
そんなところに駆けつけてくるのはエルジア空軍のフライトジャケットを来た女性だった。厨房から子供たちをなだめるために持ってきたチョコバーを配り子供をあやしていく。その銘柄はレッカーも子供時代から好きな銘柄、今も懐の中に幾つか入れているな事を見て取ると、レッカーは不意におかしくなった。エルジアの人間もあれが好きなんだなと。
不意に女性の動きが停まった。どうやらチョコバーの数よりも子供の数の方が多かったらしい。貴重な甘味への機体に満ちた子供達の視線にあらがえず宙に視線を彷徨わせるが、不意にぴたりと視線を止める。それは残りの子供達の人数分あるチョコバー。レッカーが差し出したものだった。
自分でも不思議なほど穏やかな気持ちのレッカーはエルジア軍の女性と目が合う。そして同時に笑い出した。その様子を子供達が不思議そうに見つめる。不思議な、そしてどこか穏やかな時間が殺伐としているはずのエルジア大陸に流れていた。
次回でひとまずはラスト、その後はZERO~7にまつわる話を単発で不定期に登校していきたいと思います。