Under the dark blue sky 作:ローグ5
軌道エレベーターを中心に抱く港湾都市セタラプラ。冬にもかかわらず澄み渡った空の下では戦争が始まる以前の繁栄を取り戻そうと忙しく動き回る人々の姿が見えた。
そう、戦争は終わった。10月31日に行われた軌道エレベーター攻略戦は有志連合の奮闘により彼らの勝利に終わったのだ。ロングレンジ部隊を中心とする航空部隊にアーセナルバードは撃墜され、その後に現れた無人機も最終的に滅び去り、人類が空を失い逼塞する最悪の事態は避けられた。争いの理由を失ったオーシアとエルジアの停戦への動きは早く二週間前には早くもエキスポシティーで停戦協定が結ばれ此処に戦争は終わりを告げた。
それでもこの灯台戦争によるオーシアやユージア各国への被害は深刻に過ぎた。開戦当初を除きオーシア本国への被害は軽微であったものの、戦費の増大や衛星の破壊により経済には大きな悪影響が発生しており、また開戦経緯からオーシア第一主義を標榜する政治家及び政党が支持を集めているという。
それでもユージア大陸諸国よりはましだった。ノースポイントのような軍事力と資金を温存できた一部の国を除けばほとんどの国が戦争の影響、もろもろある中でもオーシアと同様に衛星の破壊により深刻なダメージを受け衰退しつつあある。特に大陸でも最大の国家であったエルジアはボスルージを始めとするかつての構成国が次々と独立していったこともありその影響力を減衰させるのみならず、各国との大きな火種を抱えることになってしまい、最早かつての大国の面影はベルカのように完全に消え失せている。更にはユージア大陸各国には国家にも匹敵する規模に成長しつつある多国籍企業が手を伸ばしつつあり、専門家の一部からは早くもユージア大陸が企業の統治下におかれる可能性について指摘されている。なんとも混沌とした状況であった。
それはこの豊かなセタラプラでも同じこと。戦争の発端となった軌道エレベーターについては市民の間でその是非をめぐって論争が起き、また戦中に軌道エレベーターの足元に築かれた難民街との諍いもすでに起き始めている。しかしそれでも、それでも人は空を、平和永遠にを失うことなく、まだその手に無限の可能性を秘めたままこの世界に満ち溢れている。それだけは幾度なく戦争にあふれたこの世界においても確かな事だった。。
軌道エレベーターの建造された地という唯一無二の重要性から現在のセタラプラは臨時とはいえ、新たな軍事基地が各国の肝いりで設立され幾つもの国家の軍人が忙しく働いている。まだ簡易的な建物や設備が目立つその基地には軌道エレベーター防衛の中核となる部隊が配置されていることもあり、その基地に人々が抱く第一印象よりはるかに施設の警備は厳重であった。しかしそれでも少し離れた所からは基地の中身が金網越しであるが見渡すことができた。
背格好も雑多な子供達が我先にと集まって見ているのは何事かあったのかあわただしく離陸し征く戦闘機の姿。戦争の惨禍よりも兵器のかっこよさに目を奪われる年頃の彼らは、その種類や飛行の目的に対しててんでに話し合っている。しかし人の塊の後ろに居るまだ幼い少年はその中になじめていないようであった。そうした様相は彼が他所の人間、すなわち軌道エレベーター付近まで流れてきた難民であることを意味する。彼自身も自身の身の上に思うところあるのか、戦闘機は見たいもののなかなか近づけない。
不意に後ろの方に立っていた背の高い少年が難民の少年に気づいた。難民の少年は思わず身構えるが長身の少年は彼を手招きし、周りに場所を少し開けるように言い、そして少年が飛行機を見れるようにしてくれた。
難民の少年はどういたしまして、と鷹揚な態度の彼に何度も礼を言い、見たかった戦闘機を思う存分見物する。今離陸しようとしているのはあの日、巨大な白い鳥を堕とした平べったい機体、三本爪のマークを垂直尾翼につけた機体だった。何処か黒のかかったダークブルーの空に三本爪をつけた機体が飛び立っていく。難民の少年はその機体を指さし、機体の名称を叫ぶと周りの少年達がよく知ってるなあと感心した。彼はどうやらセタラプラの人々の中になじめたようだ。
ダークブルーの空をまるで国境などないかのように戦闘機が飛んでいく。
平和と戦争、融和と排他、そういったこの世界の対照的な現状を表すような光景がセタラプラの近海で今も繰り広げられていた。
空を舞うのは多数の無人機を中心とした部隊であった。灯台戦争において猛威を振るった彼らは今も暗躍を続けるエルジアの元主流派閥の戦争継続派が掌握した施設から送り出され、その身に抱えた弾薬で軌道エレベーターに害をなそうとする。エルジアの王女によって発見された壁画から再び人類の共通財産としての地位を確立しつつある軌道エレベーターに対しての蛮行は最早彼らの理性が吹き飛んでいる事、そしてこの世界において幾度なく起きてきた惨劇の新たな火種になった事も示していた。
だが反対に幾度なく起こる惨劇に抗い、平和のために飛び続ける者達もいる。無人機相手に後退するどころかむしろその技量を十全に発揮し押していく者達だ。
オーシア国籍のF-15C四機とエルジア国籍のSu-37ニ機で構成された混成部隊のファイター達の部隊名はスプリガン隊。人類の至宝たる軌道エレベーターとその根元に住まう人々を守る為に戦う彼らの士気はかつてと同じように一様に高い。
『スプリガン2FOX2!Fox2!』
『こちらスプリガン3!無人機に紛れていた電子戦仕様機を撃墜しました!スプリガン4to6は無人機の群れを排除してください!』
スプリガン2と3が少数混じっていた電子戦機を撃墜し、無人機より一回り大きな爆炎を空に咲かせる。空と同様に澄み渡ったレーダーを用いて後衛にいたスプリガン4のF-15Cが、5と6のSu-37が一斉にミサイルを放つ。
大量に放たれたミサイルは過たず無人機群を撃ち抜き爆発させた。そしてその爆炎を突き抜けて飛翔するのはスプリガン隊のエースであるスプリガン1、レッカーだ。
『スプリガン1がまた一機喰った!』
無人機の中継役を担うエルジア継戦派のS-32四機のうち一機に真正面から突っ込む。突如無人機の盾が壊滅したことに動揺したかS-32の機動は鈍くヘッドオンでの相対はレッカーに軍配が上がった。ズガッという音を立て
砕けていくS-32をそのままに空を駆けるレッカー機に慌ててS-32の残りは反転しようとするがうかつな反転は後続の機体の餌食になった。二機がミサイルを浴びて撃墜され、残る一機は煙を引きながら逃げていく。この空域での戦いは彼ら元有志連合軍の圧勝であった。
『敵勢力の後退を確認。スプリガン隊は帰投せよ』
『了解。敵の本隊はいいのか?』
スカイシーカーの指示にレッカーは疑問を呈する。レーダー上には敵の第2波が接近中であることが示されている。第1波以上の襲撃規模にの敵襲に対応しなくてもいいのか彼は疑問を呈した。
『問題ない。第2波は彼らが処理する』
『彼ら―――というとああ、そうか奴らなら心配ないな』
納得しつつ基地への帰投コースをとるレッカーたちと、すれ違うようにして戦闘空域へと向かうのは10機ほどの戦闘機隊。F-22toスプリガン隊と同じF-15C、さらにエルジア国籍のSu-30M2で構成された彼らはオーシア国防空軍第124戦術戦闘飛行隊ストライダー隊、オーシア国防空軍第122戦術戦闘飛行隊サイクロプス隊、第68実験飛行隊ソル隊による混成部隊。この戦争の終結に多大な役割を果たした現有志連合軍(実質的なユージア平和維持軍)のトップエースたちだった。
彼らの戦果と気高さに対して機動で敬意をを表明しレッカーたちは基地への帰路をとる。返礼にとストライダー隊を始めとする機体も軽く機動で返礼し、無線を通して双方の笑い声が満ちた。
戦場の最中とは思えない、和やかな光景だった。
夕日が落ちて空から赤の色が去り、ほぼ黒色に空が染められていく中、レッカーは先日完成したばかりの基地者の屋上から基地を見下ろしていた。彼はようやくエンジンのかけ方を覚えた新米の頃からこうした高い場所から基地全体を見渡すのが好きだったし、今日は冬の割には暖かく程よい気温で飛行の為温まった体に心地よい。
私物の双眼鏡であたりを見渡すとスプリガン隊の各員が思い思いに過ごしている姿が見えた。スプリガン4はスプリガン5と共に基地の近くに集まった子供たちと話し合っている。その顔は少なくともこの戦争が始まってから見た事がないほど明るい。
スプリガン3と6はオーシア人とエルジア人という人種を超えて、真面目な気質と年が同じことで気があったのか格納庫近くで空戦機動らしき事柄について激論を交わしている。膝の上にはノートがあるあたり二人とも本当にまじめだ。
スプリガン2は海の向こうから来たユークトバニアの人道支援に来た軍や、物資配給を担当しているベルカ人の元傭兵(確かジョルジュと言っただろうか?)と物資の配分について確認している。いかつい風貌に似合わず細かい気づかいのできる彼には世話になってきたしこれからもなるだろう。……自分も人のことは言えないが後は彼に彼女が出来ればよいのだが。
その他にも難民から人道支援に派遣された部隊の隊員までこの基地には両手の指では数えきれないほどの国の人間がいる。そして彼らの目的は有志連合の結成から平和という点では一致し続けている。
(結局のところ陳腐な話だけど……同じ人間なんだよな)
そう、結局国は違えど皆同じ人間という事には変わりない。違う点もあれば同じ点もある、同じ時代を共に生きる人間であるという時点で違いはない。だからたとえイデオロギーや経済上の問題によって争いあう事があってもきっかけがあれば手を取り合う事が出来る。その事を肌で感じられたことがこの戦争において得た数少ない収穫なのかもしれない。
エルジア軍の過激派はまだ暗躍を続けており、あの時戦った精鋭部隊の生き残りもその中に加わっている。
ユージア大陸は荒れ、オーシアもまたダメージは大きい。しかしそれでもベルカ戦争のように、環太平洋戦争のように、今回もまた人々はその中に見出した光を糧に協力し合う事が出来るのではないか。そう考えるのはロマンチストに過ぎるだろうか?
思案するレッカーの視界の中に1機も欠けることなく帰還してくる戦闘機隊が映る。見事な腕前で滑走路に着陸していくそれらの戦闘機には三本爪のエンブレム。
三本爪。今回の戦争で名を上げた撃墜王、トリガーのエンブレムをこの戦争の期に国という外縁が引き裂かれていくことの象徴と見なす者もいる。しかしはーリングの鏡――――物事はそれを見る者の心によってその在り様を変えるという定着しつつある言葉に沿って考えれば、レッカーはそのエンブレムにむしろ希望を見出している。世界を国をつなげていく端緒となる希望を。
「明日の飛行もあるし……そろそろ戻るか}
レッカーは踵を返し屋上を後にしゆく。彼の上にか輝くのはダークブルーの空と、自由奔放な奇跡を描く飛行機雲。青く暗い空の下、人々は手を取り合い一歩ずつ進もうとしていた。
これにて一旦終幕。次の話からは1話完結の短編形式になる予定です。