Under the dark blue sky   作:ローグ5

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ちょっと以前からやってみたかったこともありモキュメンタリ―風の短編作品を投稿します。

2030年のストレンジリアル世界においてウスティオのテレビ局が制作・放送したベルカ戦争を題材にしたドキュメンタリー番組のワンシーンという設定の作品です。


その日、ディレクタスにて

 2030年を迎えたばかりディレクタスの上空、郊外にあるウスティオ国防軍首都防衛隊の基地から幾つもの戦闘機が飛び出していく。テニスコートのめいて巨大な翼を持った機体は見事な安定感で高度を上げると、哨戒の為に高度を上げていくのが今もそびえ立つ鐘楼や戦争記念博物館越しに見えた。

 

「あれはF-15、それも比較的新しいEX型ですな。いまだに我が国ではF-15の系列機が多い」

 

 我々UBCの取材班にそう答えるのはヨナタン・エルンスミス氏。エルンスミス氏は1975年にウスティオ、当時はベルカ南部の地方都市に生まれた後、1993年にウスティオ共和国空軍に入隊、戦闘機パイロットとして選抜された後、2025年の退役まで中佐として軍務についていた。現在ではディレクタスに本拠を置く食品系商社ディレクタス生鮮産業社の取締役を務めている。

 

「最も俗に言う天下りのような物ですがね。一応長年飛行機に乗っていたので輸送ルートの選定などで、まぁ若い人たちの邪魔にならない程度には働こうと思っています」

 

 そう苦笑するエルンスミス氏の面持ちは柔和である。が、話題が本題──────────ディレクタス解放作戦の話題になると鋭さを増した。

 

 ここで周知の事ではあるがディレクタス解放作戦について改めて周知しておこう。

 1995年にベルカ公国(現在のベルカ共和国)はウスティオやサピン、オーシアへと侵攻を開始、伝統の空軍を基幹とした戦力で瞬く間にウスティオのほぼすべてを支配下に置いたが4月2日のクロスボー作戦の失敗より一点後退を続けた。最終的にはディレクタス近郊のソーリス・オルトゥスをも失ったベルカ軍ウスティオ方面軍は首都ディレクタスに集結。ここでオーシアを中心とした連合軍はディレクタス解放を目的としたコンスタンティーン作戦を発動。5月13日に作戦開始となった。

 

「あの時はそれはもう緊張した物です。祖国の首都を開放するという大一番であることもそうでしたが当時の私にはあまりにも場数が足りなかった」

 

 エルンスミス氏は長年ウスティオ空軍の中核としてオーシア主導のIUN国際停戦監視軍にも参加、2019年の灯台戦争時には不足したIUNのパイロットの穴埋めとして参戦し、複数のエルジア軍機を撃墜している。そんな彼も当時はウスティオのルーキーパイロットの一人でしかなかった。

 

「私たちの所属していた第8航空師団の飛行隊は幸運だった。ベルカ軍の侵攻当時はサピンとの合同演習を行っていまして、不幸中の幸いというのでしょうか彼らと連携して持ちこたえる事が出来ました。それでも……犠牲は大きかったですね」

 

 エルンスミス氏の戦歴はここから始まった。ウスティオ深くまで侵攻したベルカ軍との戦闘では敵側に一部の戦線で見られたような最新鋭機こそいなかったが数も質も盛況で、幾度なく攻め入るベルカ軍に対して周りの事を気にする余裕もなく熾烈な戦いを続けていたという。

 

「私が初めて敵機を撃墜したのは2回目の戦闘の時でした。高地に展開するサピンの……砲兵部隊を狙おうとしたベルカのF-16を後ろからミサイルで落としました。その時の事はこのままでは友軍が死ぬ! と、焦りながらの事だったのでよく覚えていませんが不思議に覚えていることがあります。ミサイルを受けて墜落していくF-16から脱出したパイロットのパラシュート。あれを見て初めて敵機に人が乗っている……そんな当たり前の事を初めて認識した記憶があります」

 

 その後ウスティオの巻き返しに伴い撤退するベルカ軍の追撃戦へとエルンスミス氏は参加。5月初頭にはかの有名な傭兵部隊を擁する第6航空師団やオーシア軍と合流し、貴重な損耗の少ない航空部隊と一つとして解放作戦に参加する事となった。

 

 本番組の制作にあたってウスティオ軍広報部より提供された資料によると当時のエルンスミス氏の所属は第8航空師団03飛行隊シュライク隊。乗機はJAS-39(グリペン)であったとされている。

 

 またしても横道にそれるが現在もF-15及びF-16系列を編成の中心とするウスティオ空軍と違い、当時のウスティオ空軍は多数の機種を保有するベルカ空軍の軍制及び装備を領土割譲時に受け継いだ事から何種類の戦闘機が配備されていた。特にJAS-39はそれらの中でも内陸国であるウスティオの国情と合致した事からまとまった数が導入されおり、ベテランから新米パイロットまで多数のパイロットに使用された。そんな事情もあって当時のシュライク隊の乗機は全てJAS-39で統一されており、補給パーツも十分にあったという。

 

 閑話休題。ウスティオ首都の開放というベルカ戦争の趨勢を決定付ける作戦に当然ながらウスティオ軍を始めとする連合軍の士気は最高潮となる。本番を控えた前日に至っては嫌が応にもボルテージは上がり、一種熱狂ともいえる空気がエルンスミス氏がいたソーリス・オルトゥスの基地には漂っていた。

 

「整備兵にもよく言われましたよ。俺らの代わりに頼むと。だけど当時の私には興奮の他に恐怖の感情も強かったです。私の担当していた戦線のベルカ軍は精強であっても伝統のエースのいない部隊……それでもあそこまで手ごわいのなら明日戦う部隊はどれほど強いのかとね」

 

 同年代の仲間と話すうちにエルンスミス氏の仲間もまた同じ恐怖を抱いていることが分かった。しかしそれでも彼らは作戦当日勇み祖国の開放に向かっていった。

 

「私たちの祖国はベルカから独立したばかりでまだ生まれて10年もたっていない。そんな生まれたばかりの祖国を、皆で取り返そうという気持ちは皆同じでしたから。その思いは────」

 

 作戦開始は16時30分。市街地へ突撃する地上部隊に先んじて複数の基地から戦闘機及び攻撃機が飛び立ちディレクタスへと飛翔していった。最前線に近いソーリス・オルトゥスにおいて最初に飛び立ったのは最も数の多いオーシア空軍の航空隊、続いてエルンスミス氏の所属するウスティオ軍第8師団の航空隊が飛び立っていった。夕刻を迎え夕陽の照らす中幾つもの戦闘機が隊伍を組み一直線に向かう姿は壮観だったというが、何よりもエルンスミス氏はいよいよディレクタス周辺の空域に差し掛かった際の夕日と、それによって照らされる夕陽の美しさを今もまだ忘れていない。

 

「あの時、夕日と鐘楼を見た時にさらに強くなりました。だからか私はその時こう呟きました。帰ってきたぞと、ね」

 

 あらかじめ予想されていた大群の来週に、ベルカ軍からも迎撃機が飛び立ち対空砲火が開始され、ディレクタス解放作戦が始まった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

「俺が当時乗っていたのはEA-18G(グロウラー)。電子支援の為戦域から外れた高空に居たからディレクタスの戦場がよく見えた。レーダーやキャノピー越しの視界に映るのはただひたすら、見たことない程の猛烈な勢いでこちらの航空機も対空砲火も攻略し中心部へ進んでいく連合軍。あの姿を視て思ったことはシンプルにただ一つ。嗚呼これは負けるなってことだったね」

 

 当時元ベルカ公国空軍第12航空師団第29戦闘飛行隊に所属しており、ディレクタス解放作戦にもベルカ側で参加したラマール・ジマーマン氏(ディンズマルク第二大学で通信工学教授として教鞭をとっている)は2020年度のBHK(ベルカ国営放送局)制作の『黄昏の羽』にてこう述べている。

 

 ベルカ軍は優れた練度を活かし事前に強固な防衛陣を気づいていたが勢いづく連合軍を止める事は出来なかった。如何に強固な阻止攻撃でも大挙して押し寄せる航空機具群を差し止める事は能わず、さらにディレクタスへ潜入したオーシア軍特殊部隊と呼応して蜂起したレジスタンスの妨害活動もベルカ軍の足を止めた。指揮系統の混乱もあり瞬く間にベルカ軍は混乱に陥り市内各所で潰走し始めた。連合軍の戦闘機がベルカ軍の戦闘機と空中戦を始めるころにはディレクタス中心部の鐘楼がたどり着いた勇敢な市民によって封を破られて鳴らされ、一躍人々を勇気づけた。

 

 エルンスミス氏の部隊、シュライク隊はオーシア国防空軍第5師団06戦闘飛行隊、後代には灯台戦争でも活躍した伝統ある通称ゴーレム隊と共に制空権の奪取を任されていた。ベルカ空軍との正面戦闘が予想される危険な任務だが鐘楼の音が鳴り響く中勇気づけられた彼らは迷わず敵機に向かっていく。まず哨戒に出ていたらしきMig-29をミサイルで撃墜すると数分後にスクランブルしてきた迎撃機との交戦に入った。

 

「最初に遭遇したのはベルカ空軍のトーネードADV6機。旧型でしたが精鋭ぞろいの相手はこちらとしても鎧袖一色で倒せる相手では無論なく、長距離ミサイルが交わされすぐにドッグファイトが始まりました。そこで私は確か、挑みかかってきた1機をいなして後ろをとり機銃で撃墜しました。それからゴーレム隊の1機と連携してさらに共同撃墜で1機。他の機体も短い時間で6機すべてを堕として思わず安堵の息を吐きました。油断してましたね。それがまずかったのでしょう」

 

 次の瞬間、左下から飛んできたミサイルの直撃を受けゴーレム隊のF-16の内1機が粉砕された。低空から攻撃を仕掛けてきたのはベルカ空軍のF-15C(イーグル)。続いてもう1機ゴーレム隊の機体が1機すれ違いざまに胴体を撃ち抜かれて堕とされた。その時AWACSからもたらされた情報は最悪の一言。すなわちエルンスミス氏たちが恐れていたベルカのエースパイロットの来襲だ。

 

 その時両隊に襲撃を駆けてきたのはベルカ公国空軍第11航空師団第18戦闘飛行隊アイビス隊所属のエースパイロット、ダビド・ハートマン氏(戦後ストーンヘンジの運用に携わり、現在はユージア大陸某国に在住)の駆るF-15C。通常の機体とは全く異なる鋭い機動で一撃離脱を駆ける彼の機体に対して両隊の残存機は苦戦を強いられた。さらにフェザント隊のグリペン1機が堕ち、脱出したパイロットに気を取られたエルンスミス氏は流麗なインメルマンターンでミサイルを躱し自身へ向かってきたF-15Cに面食らった。機銃にしろミサイルにしろあからさまに直撃する機動だったからだ。

 

「正直に言うとあんな風に戦闘機相手にヘッドオンで相対するのは初めてでした。技量以上にそれは空戦において致命的に過ぎましてね。本能的にこれはもう駄目だと感じたものですが──────一瞬後に煙を吹いて落ちていったのはあちらのF-15Cです。いや何、私が堕としたわけじゃなりません。いつの間にか近づいていた両の翼を鮮やかな蒼に染めたF-15C──────ウスティオの鬼神が堕としたんです」

 

ベルカ戦争の伝説的エースであるウスティオの鬼神は一瞬にしてベルカ空軍のエースを屠ると、次は僚機と共に地上部隊へと対地攻撃を行うA-10(サンダーボルト)A-10へ向かっていった。あまりの早業に彼が礼を述べる間もなかったという。

 

「傭兵にはもとより隔意はなかったつもりでしたがあれは凄かった。本当に簡単にでも礼を言えれば良かったのですが……」

 

 しかし作戦中故に時間がない。3機を堕とされたシュライク隊及びゴーレム隊は隊列を組みなおしディレクタス上空の残敵掃討に当たった。ほぼ趨勢は決まりかけていたがそれでもベルカ空軍は全滅したわけではない。対地攻撃機2機に戦闘機1機、その他に輸送機1機をさらにこの部隊は撃墜したとされ、それは公式記録に残っている。

 

 そしてそれ等の残敵掃討も終わる頃にはディレクタス全域が解放され、銃声ではなく市民の歓声が鳴り響くようになった。その歓喜の声の激しさは低空を飛べば戦闘機の中からも聞こえる程だったとは多くのパイロットから証言が取れている。

 

 こうして連合軍の、ひいてはウスティオ軍の至上目標であるディレクタスは解放され、ベルカ軍は去った。

 

 だがこの地を占拠していたベルカ軍の抵抗はまだ完全に終わってはいなかった。

 

「解放の戦勝気分に私達も沸く中、急にAWCSから緊迫した声が聞こえてきたんです。ベルカの『黄色』が来た。奴ら今更来やがったと。私たちはそれを聞いて耳を疑ったものです。そして私は見ました。ウスティオのエンブレムを付けた2機のF-15C、先ほど私を救った両翼を蒼に染めた機体と片翼を紅く染めた機体の2機が飛んでいくのを」

 

 別戦域から急遽援軍に駆け付けたベルカ公国空軍第5航空師団第23戦闘飛行隊ゲルプ隊、紛れもないベルカのトップエース部隊に対するは連合軍最強と噂されるウスティオ空軍第6航空師団第66飛行隊ガルム隊。

 

 ここにディレクタス解放の終章たる空戦が幕を開けた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

 ベルカ公国空軍第5航空師団第23戦闘飛行隊ゲルプ隊。オルベルト・イェーガー少佐及びライナー・アルトマン中尉が操縦する2機のSu-37(ターミネーター)で構成されたこの部隊は対ウスティオを始めとした各戦線において戦果を挙げており、連合軍兵士にとっては恐怖の、ベルカ軍兵士にとっては希望の象徴であった。

 

 対するウスティオ空軍第6航空師団第66飛行隊ガルム隊の『鬼神』『片羽の妖精』もまたベルカ空軍のエース部隊を次々と打ち破り人々の希望となっていた。

 

 両者の2対2のドッグファイトが実際に行われたのは1分足らず。両軍希望を集めるトップエース同士のドッグファイトはごく短い間に終わった。

 その時の様子についてエルンスミス氏はこう述べている。

 

「彼らは互いに異様なほど小さな旋回半径でそれぞれが互いを喰らいあっていました。まるで空に幾つもの結び目を作るような、流麗なリボンを描くような幻想的ですらある動き。あれが戦闘機の理想的な動きなら私はついぞあの領域に達しませんでしたが……失礼、とにかく凡人の語彙では表現しきれない凄まじい戦いだったことは今でも覚えていますあの戦いは本当に、すごかった……」

 

 最終的にはSu-37に試験的に装備された後方へのミサイル発射という切り札もいなされ、心理的、位置的優位をとったガルム隊にゲルプ隊の機体が1機、まず1機と堕とされた事で最終的にガルム隊の勝利に終わった。この歴史的瞬間をある市民は鐘楼から、またある市民はビルの屋上から、ある兵士は戦車の上から見ていたという。エルンスミス氏もまたその光景をしっかりと愛機の中から目に焼き付けた。

 

「Su-37が堕ちた後、夕日に照らされた街の上を帰還していく2機の戦闘機。あの光景は美しかった」

 

「当然ながら私は二度と祖国が戦果に包まれないように祈っていますしその為にできる限りのことはしてきました。あんな戦争は2度とごめんです。しかしそれでも私は、あの日ディレクタスに居た人々はガルム隊の2機の雄姿を死ぬまで忘れることはないでしょう……」

 

 そう言ってエルンスミス氏は目を空に向ける。夕闇の迫るディレクタスの空を飛ぶ鷹の如き雄々しき機影は機体もパイロットも違う、けれどあの日の英雄たちと同じF-15Cだった。

 




2030年5月13日放送
ベルカ戦争ディレクタス解放35周年記念特別番組『その日、ディレクタスにて』
より抜粋

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