芥川龍之介の杜子春https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/170_15144.htmlの後半も参考にさせてもらっています。その影響と舞台装置としての役割のため仙人的な老人が急に出てきますが、書いている本人もよく考えていないのであまり気にしないでください
元々pixivに投稿していた作品(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9601451
)なので勝手がわからないとこもあると思います、何か間違えていたらすいません。
ハーメルンでは連載小説という形で少しずつ投稿していくつもりです。続きが早く読みたい方はPixivの方をどうぞ。
次は何だ。次はいつだ。子供の時のイチジ達からの暴行か、出て行くときのジャッジの発言か、バラティエの奴らにおれのスープを床に落とされた時か、ボン・クレーに言いようにあしらわれた時か、CP9のカリファの泡による戦闘不能か、スリラーバークでのくまとの遭遇か、シャボンディ諸島での一味崩壊か、カマバッカ王国での追いかけっこか、それともあれか、いやあれか。
そんな風に身構えていたものだから、まぶたを開けて、サニー号の甲板が見えた時は少々あっけにとられた。
だが、すぐに異変に気づく。帆は風を受けていないし、風切音も聞こえてこない。それは船の停止を意味するが、碇が下ろされてもいないのに、こんな海の真ん中で何も起きず止まるはずがない。おれは壁にもたれかかって座っていたはずなのに、まぶたを開けたときからずっと立っている。それに現実では昼だったはずなのに、空を見ると星が煌めいている。
何もかもがおかしい。現実ではありえない。つまり、これはまだ幻覚の中だ。
その瞬間、星が目の前を流れた。強烈な光だ。とても前を見ることすら出来ない。だが、その瞬間に誰かが目の前に現れたということだけは分かった。気配からして二人だろうか。一人は歩いているのか、その足音はなぜか金属音のように響く。粗い呼吸音と衣擦れの音からして、もう一人は倒れているのか。
歩いている方は恐らく老人。倒れている方は雰囲気からして女性。一体女性はなににおびえているのか。
だんだんと光に目が慣れ、周囲の光景が理解できるようになると、そこにサンジはあり得ないはずのものを目にする。
クソジジイが死んだはずのおれの母親を蹴ろうとしていた。
いや、おれが見た時はすでに蹴っていたのだろう。母さんの顔には青色の痣が痛々しく残っていた。大した意味はなかろうに、かよわい左手でその青くなった顔を遮り、もう片方のかよわい右手で辛うじて自分の体を支えている。怖いのだろう。歯は噛み合っておらず、足も震えている。一方のジジイは無表情。このような顔をしているクソジジイを見るのは両手で数えるほどしかない。
一体何が起きているのか。今、自分が見ているものはなんなのか。
幻覚だと分かっていたはずなのに。幻覚だと気づいていたはずなのに。あり得ない光景に思考が歪む。あり得ない光景に理解が拒む。あり得ない光景に血が沸き立つ。自分がどうすればいいか分からない。
必死になって自分の心を落ち着けようとする。先ほどまでのように昔の自分の意識を共有もしていないというのに、先ほど以上に心と体の不一致を感じてしまっている。だが、それもほんの一時のことだった。すぐに、また何も考えられなくなった。
母さんがこっちを見ていた。
偶然でもなければ勘違いでもない、間違いなくこちらを見ていた。驚いたかのように一瞬目が見開いた後、すぐにその目は当時の柔和な色を取り戻す。おれを無感情のマシーンにしないために、自ら血統因子に影響を与えるほどの劇薬を飲んだ母さん。何も知らずただ愛を求めていたおれや薬の後遺症でみるみる衰弱していく自分の体に、恨みや後悔があってもいいだろうに、母さんの目は昔も今も変わらず優しかった。
私の事なんて気にしないでいい、わたしは充分あなたが人間として生きてくれたことに救われたから。口に出してなどいないのに、そう思っているのが伝わってきた。お茶会でのレイジュの目もそんなことを言っていたように思える。本当に二人はよく似ている。
そんな目をされたら、こちらがやることなど決まっている。
後ろ足を踏み込み、前足は浮かせる。片手を地面に置き、後ろ足で全力で地面を蹴る。
サンジは回転した。その技の名前は粗砕(コンカッセ)。
回転の勢いはどんどんと増し、手を離し、再び地面を蹴る。足の先が黒くなる。どういう手加減も無しに、ゼフの方へと進む。
ゼフの足はそのとき、ソラの顔の目の前にあった。あと一秒遅ければ、そのままソラは吹っ飛んでいたろう。海へ落ちたかも知れない。だが、ゼフの足はソラに当たることなく、吹っ飛ばされたのはソラではなくゼフの方で、海に落ちたのもゼフの方だった。海へ落ちるとゼフの幻は消え去った。
だが、サンジはゼフの方を見てはいなかった。サンジはその時なにもかも忘れて、転がるように母の元へ近づき、その青くなった顔を抱いて、たった一言。
「お母さん」
母さんは笑っていた。笑ったまま泡のようになって消えていった。