小麦こなと申します。
あとがきにて次回投稿日を記しておきます。
「行ってきまーす!」
8月15日(金)午前8時。私は今からあの場所へ向かう。
家を出てもお腹の虫を鳴らすのに申し分ないような良いにおいが外にも広がっていて少し申し訳ないような気分になる。
でも、私には誇らしい気分にもなれる不思議なにおいなんです。
商店街を抜けて、久しぶりに電車に乗ってのお出かけ。商店街で育った私にはあまり無い経験だから意外とウキウキしている自分に笑みを浮かべる。
世間的には8月と言えば「夏休み真っ只中!」だとか、「お盆休み!」というイメージが多いよね。私もそう思っている時期があったよ。
でも今は違う、かな。私にとって8月は出会いの季節なんだ。
何に出会った季節だと思う?
「幸せ」との出会いなんだよね。
もし私が8月のあの日に「あの人」と出会わなければ、「幸せ」と言う言葉の響きだけで物事を語る上辺だけの人間になるところだったのかも。
1年ぶりに会うんだから何か買っていこうかな?
……そうだ。
それに、「花は好き」って前に言ってたしね。
そう思い立って、晴れ渡る青空を胸いっぱいに抱えるような勢いで手を広げながらうーん、と伸びをする。
そっか。もう7年も経つんだ。
「ふふふふ……もう軽口もたたけないからってムスッとしてたら面白いなー」
今から会いに行くから、待っててね。
でも、ちょっとだけ。寄り道させてほしいな。
君と出会った日を頭の中で思い出しながら、ね?
----「幸せの始まりはパン屋から」----
「いらっしゃいませー」
私の名前は
それと、私は
……なんて私の自己紹介なんてしている場合じゃない。今レジをしているんですけど、お客さんが来た。そのお客さんは男の人で、私は今まで見た事の無いお客さんだった。
制服を着てうちのお店にやって来た青年。
あのブレザーは確か、花咲川西高校の制服だ。ミディアムぐらいの長さの髪で、トップは軽くパーマを当てている。優しそうな目でトングを開けたり閉じたりしながらパンを品定めしているみたい。
その青年がレジまで持ってきたパンはチョココロネだった。私たちのバンドのメンバーの一人で、チョココロネが大好きな一番のお得意様を頭に浮かべながら接客をする。
「ありがとうございましたー」
必要最低限の会話だけしかしないまま、彼はお店から姿を消していった。
私がその時抱いた第一印象は、「薄い」という事。何が「薄い」のかなんて一切分からないけど、そんな感じがした。
時刻は午後の7時。閉店の時間だから片付けをしていたら、耳を疑うような母さんの言葉が私まで届いた。
弟がまだ家に帰っていない。
私の頭の中はうちの店にあるパンを焼く窯のように熱せられて、浮かび上がってくる感情がすべてパリパリになり焦げていった。
私は一体どうすれば良いのか分からず、そのまま外を探そうとドアを開けた時、さっきの青年が同じタイミングでドアを開けた。
「わっ!」
「あ、どうも」
私は思わず間抜けな声が喉から出てしまった。
どうしてこの人がまたうちに戻って来たのか全く理解できなかったけど、彼の言葉によってやっと理解することが出来て、
「……純くん?ここが純くんのお店のパンが食べられるところかな?」
「そーだよ!」
弟の純が一緒にいてくれたことで、私の体中にぴっちりと張り巡らされていた緊張と言う名の糸を緩めることが出来た。
「わざわざすみません!弟まで連れてきてもらって……」
「良いんです。気にしないでください」
私はお礼として、売れ残った少しのパンを袋にぶら下げながら青年と歩いている。
彼は電車通学らしく、「駅まで送ってもらったら遅くなってしまうのでそんなの良いですよ」って言ってくれたけど、私は自分の意思で彼を見送る事に決めた。
彼の話によれば、弟の純は転んでケガをしてしまって泣いていたらしい。そこに彼が通りかかったみたい。
「最近の小さいお子さんは教育が行き届いてるね。ちょっと焦ったよ」
「どういう事、ですか?」
「純くんがね、『知らない人に着いて行ったらダメなんだっ!』って言ってきて、どうしようか途方に暮れてね」
「そうなんですか!?」
「うん。それでね、お話をしている内にパンのお話になってね。それで『お兄ちゃんもお父さんのパンが食べたいから純くん、案内してくれる?』って言って何とか……ね?」
すこし眉をさげぎみにしながら微笑む彼。
とっても優しそうな表情を浮かべている彼は「チョココロネ、美味しかったです」って言ってくれた。
ゆっくりと歩いていたつもりなのに、辺りが機械的な明るさに満ちている場所まで着いた。
私は持っていたパンの入っている袋の持ち手をきゅっと握った。
私の心も、袋の持ち手のようにきゅっとなっているのかもしれない。
伝えなくちゃいけない事がある。そんなモヤモヤした心。
「あ、あの……少しだけ、時間くれますか?」
「え?……うん、良いけど、君は時間は大丈夫?結構暗くなってきたし」
「少しだけ、なんで。駅の外にあるベンチに腰掛けて座りませんか?」
パンでも食べながら、と付け加える。
男の人にこんな言葉をかける私はどんな風に思われているんだろう。少し心配、かな。
私たちはベンチに腰掛け、彼に袋の中に入っていたクリームパンを手渡す。
このクリームパンもチョココロネに負けないくらいの人気商品なんです。
「あの!本当に弟の事、ありがとうございます!」
「ははっ。本当に弟くんの事を大事に思っているんだね」
クリームパンをぱくぱくと食べながらにこやかに答えてくれる。
「そ、それで……私、山吹沙綾って言います。あなたの名前、聞いても良いですか?」
「え?俺の名前?」
そう。私は弟を助けてくれたあなたの名前を知りたかったんです。
どうしてこのような衝動に駆られたのかは、分からない。動いている物に無意識で飛びかかってしまうネコのような、この気持ち。
「はい!良かったら教えてくれませんか?」
「自分の名前ってあんまり好きじゃなくて、言いたくないんだけど……」
ちらっと見てくる仕草が男子の物とは思えなくてクスリと笑ってしまった。
ふふふふ。だってさ、おやつを待っておすわりしている子犬みたいな目なんだもん。
「初対面の女の子にそんなに笑われたら、傷ついちゃうな」
「ふふ……ごめんなさい。笑わないから名前、教えてよ」
「もう笑ってるから信頼出来ないけどね」
彼はちょっと遠くを見てから、ゆっくりと口を動かした。
「俺の名前は
「良い名前だと思いますよ?何年生なんですか?」
「何年生に見える?」
「えっと、二年生ですか?」
「えっ、俺って老けて見えるの?心が痛むなぁ~」
彼が食べていたクリームパンがすべて無くなって、口に少しのクリームをつけながらニヤニヤ顔で問いかけてくる。
おもちゃ売り場で欲しいものを見つけて持ってくる子供のような無邪気さに、私はまたしても笑ってしまう。
「と、言う事は私たち同級生なんだね」
「そうなんだ……っと、もうこんな時間か。母さんがご飯作って待ってるから帰るね」
彼はベンチから立ち上がって私の方を向いてそう告げた。
携帯の時計を見ると、時刻は7時30分。駅周辺は明るいけど空を見渡せば、まるで舞台の
「それじゃあ、またね。えっと……」
「私の事、沙綾って呼んでほしいな。みゆき君」
私は
「はは。そういう事にするか。ばいばい、沙綾」
彼は、みゆき君はそのまま駅の方に歩いて行った。
私はもうすっかり幕が閉じてしまって真っ暗な夜空を背景に帰り始める。
何だか今日と言う出来事は大事な節目になるんじゃないかなって漠然とだけど、思った。
@komugikonana
次話は2月13日(水)の22:00に投稿予定です。
Twitterもやっています。良かったら覗いてやってください。作者ページからサクッと飛べますよ!
~次回予告~
バンドの練習終わりの帰り道、商店街でみゆき君を見つけた。なにやらみゆき君には目的があるみたいで……!?お楽しみに!
~お知らせ~
・始めましての方、もし小説を気に入っていただけたら既存の2作品「月明かりに照らされて」や「僕と、君と、歩く道」も読んでみて下さい。2作品とも完結済みですよ。
・感想は大歓迎です!作者自身もみなさんと関わる事が好きな人間なので気楽にドンドン書いちゃってください。待ってますよ!!
~豆知識~
花咲川西高校……オリジナルの男女共学の公立高校。男女比は6:4でやや男子が多い。その理由は近くに花咲川女子学園や羽丘女子学園と言う2つの女子高があるから出会いのチャンスが多い、なんだとか。
では、次話までまったり待ってあげてください。