----「幸せの始まりはパン屋から」----
花咲川西高校の文化祭が終わって、もうすぐ一ヶ月が経つ。
私は今日うちのお店の手伝いに勤しんでいるのだけど、ちょっとだけモヤモヤとした、まるで目の前に蜘蛛の巣が幾重にも重なりこそばゆいような気持ちになっていた。
そのモヤモヤの原因は、みゆき君に関係するものだった。
ファミレスで一緒に食事をした後、何回か私からみゆき君の携帯にメッセージを送っているんだけどまったく既読が付かないんです。
みゆき君は一度何かに集中すると周りの音が聞こえない程、神経を一点に集めてしまうみたいな事を言っていたから、はっきり言って少し心配。
多分、コンテストに出す絵を描いているんだろうけど。
ちょっと休憩してみたら?ってみゆき君の家に行って注意したいんだけど、残念ながら私は彼の家の場所を知らない。
コンテストがいつ締め切りで、いつ提出するかも知らない私はこのようなモヤモヤを文化祭後ずっと持っている。
「沙綾、ちょっと休憩しなさい」
「あ……。うんそうする。ごめんね、母さん」
ちょっとしたミスを連発してしまった。母さんに心配を掛けてしまったらなんのためにお手伝いしているか分からないじゃん。しっかりしろ、私。
過去には戻れないから起きてしまった事は仕方がない。この先、同じミスをしない事の方が大事だと感じた私は母さんに言われた提案を飲むことにした。
ついでにちょっとだけ外の空気を吸おうかな。
そうしてやって来た近くの公園。
ここでみゆき君とパンを食べたっけ。……またみゆき君の事を考えてる。
私は空を見上げながらはぁ、とため息を吐く。
私のため息は案外冷たかったらしく、外の冷たい空気と同化してしまってすぐに見えなくなってしまった。
もう12月になったから商店街は早くもクリスマスモードになっていて、いたるところに大人と同じくらいの背丈をしたクリスマスツリーやひざ程の大きさのサンタさんがたくさんあって、商店街を彩っている。
「♪~」
「っ!?びっくりしたー。……誰だろ?」
私の携帯が公園のベンチで声を上げた。この音楽は電話だ。
ポケットからごそごそっと携帯を取り出す。香澄あたりが「みんなでクリスマスパーティしないっ!?」って早めの予定でも言ってくるのかも。
そう思って私の携帯に掛けてきた人物を確認した時、私の口からえっ、と言う言葉が白い吐息と共に出てきた。
「……みゆき君からだ」
今まで待ちわびていた返事なのに、急に来ると心の準備が出来てないから心臓がバクバクしてしまう。
「……もしもし?」
「あ、沙綾?久しぶり。しばらく携帯見て無くてさ、返信して無くてごめん」
「あ……う、うん。気にしなくて良いよ」
「ありがと。今から沙綾の家のパン買いに行くからクリームパン20円引きでよろしくっ!」
「えっ!?みゆき君どういう事!?」
「そのままの意味だって。ちなみにあと5分後に着くから」
「それじゃ、よろしく」と言って一方的に電話が切れた。
なにがよろしく、なの!?もう意味が分かんないよ……。
携帯をポケットに戻して前を向いた時、私の見ている景色が変わったような気がした。
気がした、と言うかきっとそう。
だけど、私にはさっきまでぼやけていた視界がきれいさっぱりクリアになって冬の昼間がより一層輝いて見えたんです。まるで舞い散る雪が一つ一つ存在を示すかのように輝いているような感じ。
「それじゃあ、うちに戻りますか!」
一回、大きく背伸びをして歩き出す。
母さんに心配かけちゃったし、今日はいつもより長くお手伝いしちゃおっかな。みゆき君には絶対クリームパンを原価で買ってもらうからねっ!原価どころか今まで心配してあげたんだから値上げしたいくらいだけどね。
「いらっしゃいませ!」
「沙綾……その笑顔、とっても怖いんだけど」
笑顔が怖いなんてみゆき君も変な事を言うんだね。接客業において笑顔はとっても大事なんだよ?
みゆき君から電話を貰った後、私は軽くなった足ですぐにうちに帰って母さんにもう大丈夫、と伝えてレジを交代した。
その後すぐくらいかな?久しぶりに見た君の姿、懐かしいはずなのに懐かしく感じない君の声色。
「ねぇ沙綾……」
「どうかした?みゆき君」
「いや、だってクリームパン売り切れじゃん」
「え?そうなの?知らなかったなー」
「わざとだ。この人知っててわざと言ってるよ」
ジト目で見てくるみゆき君。男の子がジト目をしても可愛くないから辞めた方が良いと思うよ。ふふふふ。
たしかに何故か今日はパンの売れ行きが良くて幾つかの種類のパンは売り切れ状態になっている。その影響は人気であるクリームパンにも余波が届いたみたい。
でも実はねー。
私はしゃがんで下の方にあらかじめ取っておいたパンをみゆき君の前でちらつかせる。
「みゆき君。これ、なにパンだと思う?」
「おっ!?それクリームパンじゃん!俺、沙綾に一目惚れしたわ。好きだ沙綾」
「……250円になります」
「90円も高くなってる!」
またニヤニヤ顔でバカな事言ってる。そろそろ本気で怒るよ?私だってみゆき君の事心配していたんだから。
私は口では大分値上げして言ったけど、ちゃんと原価の160円でレジで打ったんだから感謝して欲しいぐらいなんだからね?
「それで、みゆき君はコンテストに絵を出したの?」
「ん?出したよ。三日前くらいに」
「そっか……え?」
今三日前って言ったよね。三日前に提出し終わってるのなら終わった時に連絡とかしてよ、って思ったけど相手はみゆき君だから仕方がないかって思ってしまった。
それほどまでにみゆき君って得体が知れない人なんです。今からでも遅くないからクリームパンを250円で売ろうかな。
「はぁ……」
「沙綾どうかした?あ、もしかして恋のお悩み?」
「なんでも良いや。どうして三日後って言うタイミングで私に電話かけてきたの?」
「あからさまにスルーされたっ!」とか言ってるけど無視無視。そうしないとみゆき君がニヤニヤしながら調子に乗っちゃうかもしれないし。
「作品を提出した後も顧問の先生とかに呼び出されたりで大変だったんだよ」
「そうなんだ。コンテストに絵を出した後も大変なんだ?」
「いや、俺だけ呼ばれてさ。意味分かんないでしょ」
「学校生活のみゆき君は知らないけど、何か悪い事でもしたんじゃないの?」
「……沙綾は俺をどんな目で見てるのか心配なんだけど」
どんな目って……ニヤニヤしながら女の子の部員に「その絵の具の色、君みたいにきれいだから頂戴」とか、「俺もこの絵の具メーカー好きなんだよね。だから〇〇ちゃんの事も好き」みたいな?
自分で勝手に想像してみたら、最悪な男子像が出来てしまって笑いが込み上げてくる。そんな男子がいたらめちゃくちゃ嫌だなー。
「ふふ。そんな変な感じでみゆき君をイメージしてないから安心して?」
「いや、全然信用出来ないんだけど」
そう言いながら200円を出すみゆき君。私はそのお金を受け取ってお釣りとレシート、それにクリームパンをみゆき君に渡す。
みゆき君の手にしっかりと渡してありがとうございました、と言う流れのはずだったんだけどその流れは断ち切られた。
だって、みゆき君が私の手を両手で包み込んだから。
「沙綾、クリスマスイヴの日って、空いてる?」
「えっ!?ク、クリスマスイヴ!?……今のところは無い、かな」
「良かった。俺とイルミネーション観に行かない?先輩からおすすめの場所を聞いたからさ」
な、なんで私を誘うの!?それになんで私の手を包み込んでいるの!?
もう脳内がパニック寸前になっていて、ちゃんと返事出来ているかなんて分からない。
クリスマスイヴの日にイルミネーション、絶対夜だよね。もう立派なデートだよね。
どうしよう……心臓がドキドキする……。こんな胸の痛み、人生で初めてだからちょっと苦しい。
みゆき君の顔をチラッと見たけど、真剣な顔をしているからこれは冗談じゃないって分かった。
「い、良いよ……?」
「じゃ、詳しくはまたメッセージで送るね。今日はこの事を伝えたかったんだ。またね」
私の手を放した後、颯爽と店を後にするみゆき君をぼーっと見ながら私は、さっきまでの一瞬だったけど何よりも濃い出来事を整理していたのに、散らかったまましばらく思考が整頓されなかった。
@komugikonana
次話は3月8日(金)の22:00に公開予定です。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけていただきました エンジェル・キッスさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくね!
~次回予告~
12月24日。この日はみゆき君とイルミネーションを観にいく日。集合場所に着くとすでにみゆき君はいた。
「あ、沙綾。気にしないで。すごく待ったから」
だから私は、ニッコリ笑顔で仕返しする。
「そうなんだ……すごく待ったと言う事は、そんなに私とイルミネーションを観に行くのが楽しみだったの?」
~お詫びと訂正~
第10話において、誤字が確認されました。
(誤)だから、そんな事を言われたら私も良い返さなきゃ、ね?
(正)だから、そんな事を言われたら私も言い返さなきゃ、ね?
再びイージーミスをしてしまいました。これで今作品で2回目ですね。
読者のみなさんにご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。
そして誤字報告をしてくださったナルネラさん、ありがとうございました。
~ファンアート~
【挿絵表示】
ファンアートを頂きました。とっても素敵な沙綾を描いていただきました!
ミノワールさん、ありがとうございました!!
追記
挿絵を間違えて表示していました。大変申し訳ございません。
では、次話までまったり待ってあげてください。