幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第12話

太陽も寒さの為か、最近出てくる時間がどんどん遅くなっている。

目覚まし時計が私に朝の到来を大声で知らせてくれて、私は布団の中からもぞもぞと出てくる。

 

朝は寒いから出来るならずっと布団の中に居たい。そんな誰もが思った事があるであろう儚い願いを頭の中から外へ放り投げる。

携帯を確認すると、12月24日と言う日付と曜日、そして6時と現在時刻の重要な情報を一目で届けてくれた。

 

まとわりつく寒さをサッと手で振り払ってから、朝食のパンを食べて今日の外出の準備をしよう。朝からはお店の手伝いだけどね。

今日のパンのお供はコーンポタージュ。寒い冬に体の中から温まる心強い一品で、口に入れるとコーンの甘い香りが口全体に広がり、まろやかな後味をしっかりと残してくれる。

 

朝ご飯をしっかりと食べた後は着替えてすぐお店のレジ周りに行くんだけど……。

今日はそんなスムーズに物事が運ばなかった。ずっとクローゼットの前で「だるまさんがころんだ」をしているような、洋服を手にとってはじっとして吟味。そしてもとに戻すような作業をずっとしていた。

 

悩みの沼にズブズブとはまってしまい、抜けなくなってしまった私は結局白のタートルネックのニットに緑色のロングスカート、藍色のシュシュに白色のふわふわしたピアスで首元には赤いネックレスをつけた服装にした。

普段着ないような服にしちゃうとみゆき君が緊張でガチガチになっちゃうもんね。

 

 

それにしても、みゆき君はどこのイルミネーションを案内してくれるんだろう?

 

 

 

 

午後の4時になって、レジの仕事を母さんに代わってもらい、お出かけの準備をする。

期待と緊張が混じり合ってしまったらしく、お客さんに「今日、この後何かあるの?すっごく顔が緊張してるよ」って何人かのお客さんに聞かれた。

 

ちょっとお出かけします、って言うと「若いって良いわねぇ!」なんて言われたのがちょっと恥ずかしかった。私とみゆき君はそういう関係では無いから。

でも二人でイルミネーションを観に行くのだから、周りからは「カップル」と言うカテゴリに属すのだろうな。

 

 

4時30分に駅前でしゅーごー

 

 

これがみゆき君から送られてきたメッセージ。私の携帯が一言一句、彼の代わりに伝えてくれている。

駅前って事は、電車に乗ってどこかに行くのかな。ちょっとだけいつもより多くお金を持って行っておこう。

 

 

集合の10分前。私は駅前に着くと、駅前の柱にもたれながら携帯を触っているみゆき君を発見した。水族館に行った時は私の方が早かったけど、今回は違ったみたい。

 

グレーのダッフルコートにジーパン、首にはチェック柄のマフラーを巻いているみゆき君に小走りで会いに行く。

 

「ごめん、お待たせ」

「あ、沙綾。気にしないで。すごく待ったから」

 

ニヤニヤ顔のみゆき君に言われて、クリスマスイヴの日もみゆき君はみゆき君だった。

私の口からはため息が白色の吐息となって、薄暗くなってきている空に溶けていった。ちょっとだけ反撃に出てみようかな?

 

「そうなんだ……すごく待ったと言う事は、そんなに私とイルミネーションを観に行くのが楽しみだったの?」

 

ふふふ。ちょっと意地悪な顔になっちゃったかも。

みゆき君は冬の寒さからか、それとも別の原因か分からないけど、頬っぺたがリンゴのように赤くなっていた。

 

でも、リンゴのように顔を赤くしたのはみゆき君だけでは無かったんです。

 

「そ、そうだよ。沙綾みたいなかわいい女の子とクリスマスイヴの日にイルミネーションを観れるからね……!」

「えっ!?……あっ、うん。そっか……」

 

まるで力いっぱい固めた雪の玉のように口が固まってしまい、まったく呂律が回らなくなってしまった。

冬の冷たい風がサッと吹いているにも関わらず、私の周りの温度はしばらく高いままで目のやり場に困ってしまった。これからイルミネーションを観に行くのにこんなに緊張しちゃったらダメだな。

 

「ほーら、そろそろ行こうぜ。今日はちょっとだけ電車に乗るんだけど言って無かったから沙綾の電車賃出すよ」

「いや、悪いから。電車賃ぐらい出せるし……」

「こう言う時は言葉に甘えるもんなんだよ。顔が真っ赤なさ・あ・やっ!」

「みゆき君も顔、真っ赤だよ?」

「まじか。まぁ、会って早々思っても無い事、言うもんではないなぁ」

 

みゆき君は切符売り場に行って私の分の切符を買ってくれるみたいだけど、みゆき君の「思っても無い事」と言う言葉に真面目な顔の時でも冗談を言うんだ、ってどうでも良い事を漠然とだけど思った。

ニヤニヤ顔以外で冗談を言われたのは初めてかも。

 

それと「かわいい女の子」と言う言葉も思っても無い事(・・・・・・・)なのだとしたら、失礼だよね。

 

切符売り場でお金を入れた後、金額をタッチしているみゆき君の隣まで行って彼の腰あたりをぎゅ~っとつねっておいた。

 

 

クリスマスイヴの駅構内は、鈴の音色のような様々な足音がこだましていた。

スーツを着ている人も、私たちのような学生のような人も、大事な人と大切な一瞬(とき)を思い思いに過ごしているかな。

 

私はみゆき君から210円分の切符を受け取った。そこまで遠い場所には行かないらしい。

この近くでイルミネーションが有名なところなんて、あったっけ?

 

「お、良いタイミングじゃん。沙綾、あの電車に乗ろう」

「電車なんて久しぶりだなー」

「沙綾は家と高校、近いもんな。羨ましい」

 

私からしたら電車で友達とお話をしながら、もしくは本を読みながら登校する事に憧れを抱いているから電車登校の方が羨ましく感じる。

 

多分、そう感じてしまうのは人間の心理なのかな。自分が持っていない物を羨望のまなざしで見てしまう。

 

「あ、席空いてるじゃん。座らせてもらおう」

「そうだね」

 

私たちが電車に乗ると、今まで乗っていた二人が降りて行き、席の端っこが空いた。

私は座席の一番端っこを、みゆき君は私の隣に腰を下ろす。

 

「ふふふふ」

「いきなり笑いだしてどうした?沙綾」

「みゆき君から、絵の具のにおいがしたから」

「えっ!?うっそ。全然気づかなかった……」

「絵をずっと描いていたら気づかないのかもね。良いじゃん。好きな事に夢中になれているんだから、ね?」

「そりゃそうだけど……体臭が絵の具って複雑なんだけど」

 

確かに体臭が絵の具って少し嫌かも。

でも、私は好きだよ?絵の具のにおい。

 

私の心の揺れを透過しているかのように心地よく揺れながら電車は線路の上をカタンコトンと走っていく。

 

「次は明鏡(めいきょう)駅、明鏡駅です」

 

電車に乗って10分ぐらいだろうか、車内アナウンスが次に停車する駅の名前を知らせる。と同時にみゆき君が私の肩をツンツン、と人差し指を突いてきた。

 

「この駅で降りるよ」

 

うっすらと空が黒に染まりかけているこの時間に、私たちは電車を降りた。

電車から降りると、冷たい風が私たちを迎えてくれた。

 

「ここの駅の近くに、イルミネーションがあるんだ」

 

みゆき君のはつらつとした声が、私にどんなきれいなイルミネーションが待っているんだろう、って期待に胸を膨らまさせる。

各駅停車しか止まらない、あまり聞いたことが無い駅だったけど、「気持ちを込めれば輝く」みゆき君が好きそうな場所だなって思った。

 

 




@komugikonana

次話は3月11日(月)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価8と言う高評価をつけていただきました 珈琲親善大使さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします。

~次回予告~
みゆき君に連れられて降りた駅は駅前だけをうっすらと照らすだけの光量に、体感している温度よりも寒く感じるような場所だった。どこにイルミネーションがあるんだろう。
そして明かりの下で、君はこぼす。
「実はさ、今日沙綾に2つ、嘘をついた」


~感謝と御礼~
通算UAが1.5万を突破しました!まだ始まったばかりのこの小説をたくさんの方々に読んで頂けて本当に感謝しかありません!
そして、このように私が活動できているのも読者のみなさんの支えのお陰です。
本当にありがとうございます!これからも頑張りますので応援よろしくね!

では、次話までまったり待ってあげてください。

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