幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第14話

朝起きて居間に降りると、三味線のような独特な音がテレビから部屋全体に響き渡っている。家族に、主に母さんと父さんだけど、年に一度しか言わない言葉を交わす。

 

「あけましておめでとう。母さん、父さん」

 

今日から新しい年が始まる。毎年そうだけど、「今日から新年が始まりますよ!」なんて言われても実感がまったく無い。そんな実感は頭の上に小さなほこりがついていても気づかないようなものと同じなんだ思う。

 

テレビでは芸人さんが新年早々視聴者に福を届けようと渾身の漫才を繰り出しているけど、私の頭には彼らの想いを受け取る事が出来なかった。

別に芸人さんの漫才が面白く無い、と言う直截簡明(ちょくせつかんめい)な理由ではないんです。

 

母さんにも「何か悩み事でもあるの?限界が来たら遠慮せず言いなさいね」と心配されてしまうほど、私の脳内は真っ白な画用紙のように空白になっている。

理由は、クリスマスイヴのあの日です。

 

 

沙綾の事、かわいいと思ってるのは……本当、だ、から

 

 

イルミネーションを観ていて良い雰囲気になった時にみゆき君がカミングアウトした、この言葉。「かわいい」と言われて嬉しくない女の子なんてこの世の中には存在しない訳で……。

要するに、私はあの日みゆき君に言ってもらった言葉が嬉しかった。ただそれだけ。

 

ただそれだけなのに、あの日……。

私は真っ白な脳内で画用紙に一滴の絵の具をポトンと落とすように、クリスマスイヴの夜の出来事を振り返った。

 

 

 

 

広場を後にした私たちは、はっきり言ってかなりギクシャクしていた。

別にケンカをしたから空気が悪い、と言う意味では無い。ただ「気まずい」の一言に尽きてしまう。

 

みゆき君もあの一言以来ほとんど口を開かなくなったし、私もあの一言が何回も脳内で再生されては恥ずかしくなるの繰り返しだった。

行きより少し二人の距離を離して歩く私たち。みゆき君が照らす懐中電灯の明かりは電池切れが近いのか、付いたり消えたりを繰り返していて、まるで私たちの心情を表しているように感じた。

 

無言のまま、歩みを続ける私たち。

電車が線路を叩く音が聞こえ始めてきたから、お別れの時間はもうすぐそこまで来ている。

 

私の心の懐中電灯がチカチカと点滅している。

このままでは良くない事は分かっている。分かっているけど……。

一言だけで良いのに。容姿を褒めてくれてありがとう、って言えば良いのに。

 

「……沙綾」

「なっ、なに?みゆき君」

 

駅が目の前まで迫って来た時、みゆき君の小さな声は私の耳にはっきりと聞こえた。帰りの時間は少し遅くなっても良い。その代わり霧のようにまとわりつく気まずい空気を消し去りたい。

 

だけど、そんな私の願いは届かなくって。

 

「後、1分もしないうちに電車が来るからそれに乗ったらすぐだよ」

「え、で、でも……」

「沙綾は女の子なんだから速く帰らないと危ないし。ここで話していたら遅くなっちゃうだろ?俺、自転車で帰るから」

「待って、みゆき君っ!」

「ま、またな、沙綾!」

 

みゆき君はこの場を逃げるように急いで駐輪場へ行ってしまった。

人通りの少ない駅で一人になってしまった私は、寂しい気持ちになってしまった。

 

もうちょっと君と話したかったな。

君は今日、楽しんでくれたのかな。

 

目の前で電車の止まる音が聞こえたけど、私の心の懐中電灯が光を発しなくなってしまったから、気づいた時にはもう電車は走り出していた。

 

 

 

 

イルミネーションを観た後の出来事を回想し終えた私は、新年早々から脱力感に見舞われた。あの気まずい空気は今も続いていて、あれから私は一度もみゆき君と連絡を取っていない。

 

毎日数回くらいの頻度だけど、メッセージのやり取りをしていた。

多分それの影響なんだけど、携帯を見た時にみゆき君からメッセージが来ていない時は寂しさを覚え、メッセージが来た時はもしかしてみゆき君かな、って期待してしまう。

 

いつもその淡い期待はすぐに消えてしまうけど、寂しさは中々消えないものだった。

 

新年を迎えて、まだみゆき君に挨拶が出来ていない。

何回も「あけましておめでとう。今年もよろしくね!」って文字を打つのだけど、送る勇気が出なくて、消去ボタンを連打してしまう。

 

「♪~」

「うわっ!?」

 

ぼんやりとメッセージアプリを眺めているといきなり通知が来た。思わず声を上げてしまったから、家族から不思議な視線を受ける。

 

そして何より驚いたのは私の方だった。メッセージを送って来たのはみゆき君だったから。

驚いた時って脳よりも身体が速く反応するような気がする。その証拠に、無意識にタップしてしまったから、秒でみゆき君のメッセージに既読をつける事となった。

 

うわー、どうしよ。絶対みゆき君に変な目で見られてるよ。1週間ぶりに送ったメッセージがすぐに既読付くんだもん。

 

私は段々と視線を左の方向へとシフトしていく。そして適度な時間を置いてから返信をしよう。そう思っていた。

 

 

沙綾に直接伝えたいことがあるから、今日か明日に会えない?

 

 

 

 

またしてもすぐに返信してしまった私は急いで自分の部屋に駆け込んで、クローゼットを勢いよく開いた。

私はあえて、クリスマスイヴの時に着た服を着ることにした。コートは違うのにするけど。

 

私も今あけた部屋のクローゼットみたいに、モヤモヤとした気持ちと言う名の閉ざされた部屋のドアを勢いよく開けたいなって思った。

 

 

そのままの勢いで家を出て、みゆき君との待ち合わせ場所に向かった。

待ち合わせ場所は商店街近くの公園。私がみゆき君を案内した後に一緒にパンを食べて、連絡が来なくて休憩をしている時に突然連絡が来た、あの公園。

 

待ち合わせ時間はお昼の1時って伝えたけど、もう私は公園に到着した。

携帯を確認すると、10時と表示されていた。

 

「後3時間……だね」

 

待ち合わせ時間の3時間前に集合場所にいる人間なんて私以外にいないんじゃないかな。公園のベンチに座って、地面を眺めながらそんな事を考えていた。

 

こんなにも早く公園に来た理由は、動揺を抑えたかったから。

私の心臓はこれでもか、と言うほど脈打っているんです。みゆき君には何回も会っているのにこんなにも緊張してしまう。

 

こわい、のかもしれない。

またクリスマスイヴの日のように気まずい空気になってしまったらどうしようと思っているし、「直接伝えたいこと」がマイナスな内容だったらどうしようとも思っている。

 

 

……だめだめ!新年からこんな後ろ向きな考えをしていたら。

まずみゆき君に会ったらなんて声を掛けるか決めておこうかな。あけましておめでとう、って言う?

 

違う。まずはありがとう、だね。多分みゆき君は「何が?」って思うだろうけど、たくさんの意味を込めてこの言葉を伝えよう。

 

今日、連絡をくれてありがとう。

素敵なイルミネーションを紹介してくれてありがとう。

……かわいいって言ってくれて、ありがとう。

 

 

再度、携帯を見ると時刻が10時27分と表示されていた。

時間が経つスピードに驚くとともに、急に寒さを実感して身体がブルブルっと震えた。

 

と同時にジャリジャリ、と言う誰かが歩いてくる音が聞こえた。公園はアスファルトではないから人が来ると音ですぐに分かるんだよね。

正月の日の朝10時に、一体誰がこんなところに来るんだろう。子供連れのお母さんとかかな?

 

段々と歩いている音が近づいてくるから、私は目線を下から音の鳴っている方向へ向けた。

 

 

寒いはずなのに、何故か一瞬だけ温かい風がサッと吹いた気がした。

歩いてくる人を見た瞬間、自分の目を疑った。

 

うそ……なんで……?

 

 

「あけおめ。沙綾」

 

 




@komugikonana

次話は3月15日(金)の22:00に公開予定です。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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Twitterでは作品の見どころも紹介しています。

~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけていただきました No.4さん!
評価9と言う高評価をつけていただきました ショウジ1234さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
こんな時間に君がいるなんてありえないはずなのに……なんで……?
「これが、沙綾に会って直接言いたかった事。また以前のようにメッセージのやり取りしようよ。寂しかったんだから」
私の心臓がドクンっとなった。

~感謝と御礼~
「幸せの始まりはパン屋から」のお気に入り数が300を突破しました!私の作品史上最速で300を突破しました。数ある小説の中、私の小説をお気に入りにしてくれた方々には感謝しかございません。読者のみなさんには温かく、そして力強く応援してくださってます。これからも頑張っていきますので引き続き私を支えてください。お願いしますね!

では、次話までまったり待ってあげてください。

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