幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第16話

正月気分が取れきれない中、商店街の人たちや私たち学生はいつもの日常に戻っていく。正月が終わってもう10日以上も経っているのにだるさが抜けない、そんな気分を味合わせる三が日って凄いと思う。

 

そんな私は3学期目に入っている学校で、バンドのメンバーとお昼ご飯を食べている。

このメンバーでお昼ご飯を食べるのはやっぱり楽しい。こんな高校生活が2年も続くと思えばこれから先も香澄じゃないけど、キラキラドキドキするよね。

 

そんな時間に、私の携帯が音を出した。この時間に携帯に着信が入るなんてかなり珍しい事だから、私も周りにいるバンドメンバーと同じくらいびっくりした。

 

もしかしたらまた母さんに何かあったのかもしれない。私の母さんは体が弱く、以前急に倒れたことがあったんです。

そんな不安が頭をよぎって急いで携帯を確認する。その不安は携帯に掛けてきた人物の名前を見て無くなったけど、違う意味で冷や汗が私の額からしたたり落ちた。

 

携帯の画面に表示されているのはみゆき君だった。バンドメンバーは一度文化祭の時にみゆき君に会っているけど、私と知り合いだとは知らないからこの場で会話をしてしまうとまた変に注目されるよね……。

 

「あー、ごめん。母さんから電話が来たからちょっと電話してくるね」

 

私は携帯を持って急いでみんなから離れる。みんなにちょっとした嘘をついてしまった事に罪悪感を感じる。その罪悪感をみゆき君にぶつけよう。

……ていうかみゆき君も学校だよね。みゆき君の高校は携帯禁止って以前聞いたんだけど。

 

「……もしもし?どうしたのみゆき君」

「あ、沙綾。電話に出てくれたんだ」

 

いや、そりゃあ携帯が鳴ったら出るよね!?ちょっとでもふざけた内容だったら一方的に通話を切っても良い気がしてきた。

みゆき君の携帯からは話し声が一切聞こえないから、どこか一人になれる場所で電話を掛けてきているのかな。

 

「電話、切っても良い?」

「え!?ちょっと待って待って!」

「ふふふ。……それで、本当にどうしたの?」

「沙綾って今日の放課後お店にいる?」

「今日?いるよ?今日はバンド練習が無いからお手伝いしてるよ」

「よっしゃ!!」

 

思わず私は携帯を耳から遠ざけてしまった。みゆき君がこんな大声を出すなんて正直びっくりした。みゆき君と出会って半年くらい経つけど、こんな声を上げて喜ぶのは初めてだった。

そんなに私に会いたいのかな?……ちょ、ちょっと待って!そんなはずないって。

あー、もう。顔が熱くなってきちゃったよ……。

 

「え、えっと……何時くらいに、来るの?」

「そうだなー。あ、やっば!」

「何?どうしたの?」

「顧問の先生が来た。電話切るから、それじゃあ放課後にね!」

 

ちょっとみゆき君!?って言ったけど、帰ってくる音は無くて携帯の画面はみゆき君とのトーク場面に戻っていた。

 

この電話を境に一気に情報が頭の中に走り込んで来たから、情報がセール時のお店のようにぎゅうぎゅう詰めになってしまったので正確に処理出来なくなってしまった。

 

分かったのは、みゆき君が放課後にうちのお店に来る事とみゆき君が私に会えることで大喜びした事ぐらい。

 

「あ、そうだ!私まだお昼ご飯食べ終わって無いじゃん!」

 

こんな忘れるはずの無い事まで頭から離れてしまっていた私は急いでバンドメンバーのいる場所に戻る。

お昼ご飯の途中である事でさえ忘れていた私に、他の配慮が出来るわけが……。

 

「おかえり、さーやっ!遅かったね!……あれ?」

「うん?どうしたの?香澄」

「さーや、どうして顔が赤いの?」

「えっ!?えーっと、走ってここまで戻って来たから!」

「?」

 

電話の途中で顔が赤くなっている事を忘れていた私は、とっさの言い訳がよく分からない物になってしまったんです。

香澄はごまかせても、後の三人には怪しまれるかも。そう思いながらパンを小さく咀嚼した。

 

 

 

 

学校の終わりのチャイムが教室中に響き渡る。

ホームルームが終わった後は、いつも通りバンドメンバーと途中まで一緒に帰っていた。ベース担当のりみりんには「沙綾ちゃん、熱とかだったら無理しないでね?」って天使みたいな言葉を頂いた。

 

その後、家に帰って手洗いとうがいを丁寧に済ませた後に制服の上からお店のエプロンを付けてレジ前に立った。

 

今日は普段よりも時計を気にしているような気がする。それに意識はしていないのに、時計の秒針がやけに耳に入ってくる。

 

夕方になるにつれて少しずつお客さんも増えてくるからお店のドアが開く音に一々敏感になっている私がいた。

みゆき君じゃ無くても大切なお客さんだから笑顔で接客するのが当たり前なんだけど、少しがっかりしている私もそこにはいた。

 

今日は体調が良いらしい母さんもお店に顔を出しているのだけど、母さんはいつ聞いても体調が良いの一点張りだから、そこは少し心配なんだけど。

 

「こんにちはー!あ、沙綾はっけーん!」

「いらっしゃいませ。みゆき君」

 

ほんとどうして今日はこんなにもテンションが高いのか良く分からないけど、たまに弟の純も急に機嫌が良くなる日があるから、男の子ってそういう生き物なのかもしれない。

もしかしたら、純とみゆき君は精神年齢が一緒とか?

 

「あら?沙綾のお友達?」

「あ、うん。一応友達、かな?」

 

そう言うと、母さんは「いつも沙綾がお世話になってます」ってみゆき君に頭を下げていた。みゆき君もオドオドしてたけど、自己紹介をしていた。

「一応」ではない、と強調しながら自己紹介するみゆき君の顔は私に向けるのと同じくらいのニヤニヤ顔だった。

 

 

 

「せっかくなら少しお話してきたらどう?」

 

母さんの提案によって、私たちは近くの公園までやって来た。

本当にここの公園にはお世話になっているなって思う。みゆき君ともたくさんここでお話したし、正月から待ち合わせした場所。

 

「ほんとにここのパンっておいしいわ」

「ふふ。ありがとう。みゆき君はいつもおいしそうに食べるよね」

「だっておいしいもん」

 

クリームパンにかぶりつきながらそう答えてくれるみゆき君。自分のお店のパンが褒められれば、嬉しいに決まっている。

だからかな、私も自然な笑顔をみゆき君に届けることが出来るのかも。

 

「いやー、おいしかった。今日は沙綾に伝えたいニュースがあるんだ」

「へぇー。それで今日のみゆき君はテンションが高いんだ?」

「どうだろうねぇ」

 

クリームパンを食べ終えたみゆき君は、いつもと雰囲気が違ったニヤニヤを披露した。

私に伝えたいニュースなんて一体、どんなニュースなんだろう。

 

「一体どんな事を教えてくれるの?」

「それを今から発表します!……デデデデン!」

「……」

 

いやそういうのは良いから、って言おうと思ったけど、安っぽいテレビ番組の効果音を口にしているテンションが高い今のみゆき君に何を言っても同じなように感じてしまったから出来る限りの冷たい目線を送る事にした。

 

「なんと……なんとっ!!」

「なんと?」

「俺がコンクールに出した絵が入賞しました!」

「ふーん……えっ!?うそっ!?」

 

今までベンチに座っていた私は、思わず立ち上がってしまった。そんな大きなニュースが耳から飛び込んでくるなんて思ってもいなかった。

 

「すごいよ!みゆき君!」

「でしょ?しかもなんちゃら大臣賞らしいよ」

 

もしみゆき君の言っている事が本当なら、かなりの好成績だよね。

文化祭の時にも思ったけど、確かにみゆき君の絵は何故か心が奪われるんだよね。きっとなんちゃら大臣も心を奪われたのだろう。

……せっかくだから心を奪う事に成功した大臣がいる省庁ぐらい覚えてあげようよ、みゆき君。

 

そこで、私はちょっとした疑問を投げかけてみることにした。

 

「ね、みゆき君」

「なにかね。山吹君」

「どんな絵を描いて賞を貰ったの?」

 

私はこれが一番気になった。多分文化祭の日でさえ準備室で書いていた絵が入賞したはず。また黄色のマーガレットを書いていそうだなって予想している。

 

「え、えーっと……女性の裸体をこう、艶っぽく破廉恥に?」

「嘘はダメだよ?」

「ごめん、嘘ついた。でも女性を描いたのはマジだからっ!」

 

結局この日、みゆき君は入賞した絵の詳細を言ってくれなかった。

「女性を描いたから、沙綾がやきもち焼いちゃうので内緒」なんて言って誤魔化されるだけだった。

 

展示されたらこっそり見てみようかな、なんてちょっとだけ思った。

 

 




@komugikonana

次話は3月20日(水)の22:00に投稿予定です。
なお、その日は作者が大学の卒業式なので予約投稿となります。

新しくこのお話をお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!
Twitterでは次話の見どころなどを公開しています。

~次回予告~
2月になったこの日。私はバンドのメンバーとチョコの交換会を行うからチョコの準備を……あれ、そう言えば今年は男の子の友達がいるんだった。
どうせならサプライズで渡してみようかな。驚く君の顔が見てみたいな。
「……みゆき君にあげるチョコなんて無いよ?」ふふふふ。

~豆知識~
コンクールに出した絵……みゆき君が描き、コンクールでなんちゃら大臣賞を受賞した絵。彼が描いた絵の正体は、もうお分かりですよね?どうやら沙綾には知られたくないような絵のようですよ?
どうしてこんな分かりやすいヒントを出したのかって?「わざと」です。

では、次話までまったり待ってあげてください。

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