幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第17話

「うん、良い感じに出来た!」

 

2月に入ってすぐのこの日。私は自室でお店に張る宣伝紙を描いていた。今時パソコンで作るのが普通なのかもしれないけど、感情が込めやすい手書きでいつも描くんです。

 

世間ではもうすぐバレンタインデー。クリスマスが終わって正月が終わればもうバレンタインムードに入っていて、世間はいつも先走る。

うちのお店も世間に置いて行かれる訳にはいかないからバレンタイン限定のパンを販売するらしい。あとチョコの内容量をいつもより10%増し、というキャンペーンも今年から始めてみるんだって。

父さんはそのキャンペーンに「ちょこっと幸せを、貴方に」と言う名前を付けたみたい。渋い。

 

そのような情報を目一杯A4用紙の大きさの紙に描いたつもり。

 

私にとってのバレンタインデーはお店の手伝いが忙しい日として記憶されている。忙しいけど、たくさんの人がうちのパンを食べてくれるから嬉しい日でもある。

今年もたくさんのお客さんが来てくれると良いな。

 

そう思いながら、同じような手つきで明日、弟や妹と豆まきをする為に鬼のお面を作っている時にふと手が止まった。

 

「今までは男の子の友達はいなかったから気にしていなかったけど、今年はいるんだった……」

 

そう。みゆき君の存在を頭に浮かべた。

最近は女の子同士でもチョコを交換するような時代。みゆき君にも義理チョコをあげても良いかも。

 

「義理でも、ちょっと手間かけて作ってみるのも良いかな?」

 

今年はバンドメンバーとチョコの交換会をするから、多少は手間をかけてみようと思っていたからみゆき君もついでに、かな。

……なんて思っているけど、みゆき君と出会ってからさらに毎日が充実しているような気もする。だからお礼に手間をかけてチョコを作ってあげよう。

 

 

でも、手間をかけすぎると「沙綾、これ本命チョコでしょ!いやー、参ったなぁ」とかニヤニヤしながら言われるような気もする。

あー、どうしよう。

 

そんな考えが頭の中を駆け回ってしまい、気づいた時には鬼のはずなのに父さんを描いてしまっていた。おまけに角が生えている。

流石に怒られそうだから、もう一枚鬼を描くことにした。

 

 

 

 

結局、結論が出ないままチョコを作る材料の購入まで終えた。2日後に迫っているバレンタインデーに向けてそろそろ作り始めないといけない時期。

 

チョコをあげる事について、みゆき君には伝えていない。

みゆき君にチョコあげるね、なんて言ったら絶対によからぬ言動が飛び出すのは火を見るよりも明らかなのでサプライズと言う位置づけにしている。

 

 

家についてからキッチンを借りる。

私はバンドメンバーにはお店のチョココロネを持ってくると事前に宣言しておいたのでパンを作る工程に入った。よく父さんの手伝いをしているから慣れた手つきでチョココロネの生地を作る。

 

「よし、次は……」

 

パン生地が発酵するのを待つ間、買って来たチョコレートを慎重に湯せんをしながら溶かしていく。ついでにチョコペンも湯せんで溶かしておく。

 

父さんがパンを作っていると言う事もあるのかもしれないけど、こうやってお菓子を作るのは好きなんです。

型に溶けたチョコを流し込んで可愛くチョコペンでデコレーションした後、冷蔵庫で冷やしてあげればきれいに固まってくれるはず。

 

これはみゆき君にあげる分のチョコレート。

型は色々入れてみることにした。ハート形は1つだけ、入れてあげる。

 

バンドメンバーにあげるチョココロネよりも手間をかけているような気もするけど、パンとチョコではそもそも作り方から違うから、って自分の中で言い訳を作った。

出来上がったチョコを冷蔵庫へ優しく置いた。

 

 

 

「みゆき君のやつ、一番悩んだんだからね」

 

チョコが固まるのを待つ間、一緒に買って来たラッピングと容器を見ながらそんな愚痴をこぼす。みゆき君はどんなのが良いかなって一番悩んで、一番オシャレなラッピングと容器を買った。もちろん値段も一番高い。

 

そんな私からチョコをあげるんだからみゆき君は飛んで喜ばなきゃ許さないぞ、なんて頭で考えているだけで自然と口角が上がる。

嬉しいって言ってくれるかな?おいしいって言ってくれるかな?

 

 

そこでふと頭にクエスチョンマークがプカプカと漂って来た。

サプライズだと言っても、バレンタインの日にみゆき君と会えなかったら本末転倒だよね。

 

バンドメンバーとは昼休みにいつもお昼ご飯を食べている中庭で交換するから放課後が良いよね。みゆき君の部活の有無もあらかじめ聞いておかなきゃ。

 

そう思い立ち、私は携帯を取り出す。

そう言えば私からみゆき君に電話を掛けるのは初めてだった。メッセージアプリを開いてアイコンをタップすればすぐ通話できるのに、心臓がざわつく。

 

震える指先で通話ボタンを押す。

みゆき君が出るまで待っている時間も心臓に悪い。どうしてこんなに緊張しているんだろ、私。

 

「もしもし」

 

わっ!?どうしよ、心臓が破裂しそうなんだけど。

 

「え、えっと……みゆき君?ひさ、久しぶりだねっ!」

「……どうした、沙綾?声上ずってるよ。それに一昨日会ったじゃん」

 

ああ!そうだった!そう言えば一昨日、お店の手伝いをしていたら部活帰りのみゆき君がやって来てちょっとおしゃべりしたじゃん。

それに声が上ずっている事も指摘されて汗が出てきた。この部屋ちょっと暖房効きすぎて無い?

 

「昨日会ってないんだから、久しぶりでしょ?」

「あははははは!そういう事にしとくわ」

「別にそこまで笑わなくても良いでしょ!」

「ごめんごめん。……それで、要件とかあったりする?それとも雑談?」

「あ、うん。2月14日ってみゆき君と会えるかな?」

「部活終わりなら大丈夫だよ?何々?チョコくれるの?」

「……みゆき君にあげるチョコなんて無いよ?」

 

日にちを言うとみゆき君にあっさりとばれたから、嘘をついてみた。

本当はみゆき君の為に一生懸命作っているんだから。

 

「……なぁ沙綾」

「何?みゆき君」

「その日にモテない男子をからかうのは流石に性格悪いって」

「みゆき君、チョコ貰えないの?」

「貰えないのが普通なんだって!貰えるのはどっかのアニメの主人公だけだからな」

「ふふふふ。それじゃあ、みゆき君は脇役だね」

 

みゆき君と話していると、自然体で話している自分に気が付いた。電話を掛ける時にあった緊張は何処に行ったんだろう。

みゆき君の軽口が、憎いけど落ち着く。

 

「そうですよー脇役でごめんなさいねー」

「ちょっと、拗ねないでって。じゃあ、2月14日にみゆき君の高校の校門で集合しない?」

「え?俺の高校まで来てくれるの?」

「うん!何個チョコ貰えたか気になるし、ね?」

「女の子からチョコを貰えない脇役君は5時まで部活だから5時くらいに校門前で良い?」

「オッケー。当日楽しみにしてるね。ばいばい」

 

通話を切る。

携帯を待ち受け場面に戻せば、時刻が20分も進んでいることが分かった。

 

サプライズ、と言う程大層な仕掛けでは無いけど、無事バレンタインの日にみゆき君と会う約束が出来た。

みゆき君が途中で拗ねちゃったから、サービスのつもりで集合場所をみゆき君の高校って指定をしたのだけど……。

 

「ちょっと大胆すぎた、かな」

 

今思えば、バレンタインの日に男の子を校門前で待っているなんて恋人同士のやり取りじゃん、って冷静になってから気づいた。

 

 




@komugikonana

予約投稿から失礼します。
次話は3月22日(金)の22:00に投稿予定です。

このお話を新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~高評価をつけて頂いた方のご紹介~
いらっしゃったら後日、追記いたします。

~次回予告~
みゆき君の高校の前で待ち合わせ。
ちょっとみゆき君をからかいたくって何個チョコを貰ったか聞いてみたんだけど……。
「……あ、思ってたよりチョコ貰えてるね」
なんかモヤモヤする。面白くない。


では、次話までまったり待ってあげてください。

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