幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第19話

----「幸せの始まりはパン屋から」----

 

 

「次は明鏡駅(めいきょう)、明鏡駅です」

 

私が降りる目的の駅はもうすぐで着くみたい。

7年前は渋い声でアナウンスしていたけど、今は若い女の人がアナウンスしているみたいで時代の移り変わりを感じた。

 

……何だかおばさんみたいな感想になっちゃったね。

私はまだ23歳なんだからまだまだ若い、よね?

 

電車はゆっくりと速度を落としていく。そして駅前に着くと、ひとつアクセントを置いて急停止するからつり革を持って立っている人の何人かは慣性の法則によってふらりと足元をおぼつかせていた。

 

 

目的の駅に降りる。

7年前に来た時はクリスマスイヴの日で周りに明かりがほとんどない暗い場所だったよね。今はお昼の時間帯だから明るいのは当たり前。

 

駅の改札口を出ると、相変わらずの電灯の無さだな、って思わず口からポロッと出てしまった。地元の人に怒られてしまうかもしれないね。特に君とか。

 

「俺の故郷は電灯が無くても輝いているんだよ!」

 

きっと、そんな事を言うと思う。その後ニヤニヤ顔になって「沙綾にはまだわっかんないよな、お子ちゃまだから」とか言いそう。

 

ここに降りてすぐ君がわざとらしく「あれ?イルミネーションがあるのはどっちだっけな……」とか言っていてちょっと不機嫌になっちゃったんだよね。懐かしいなー。

でも、しっかりとした考えを持っていて尚且つ私を感動させようと思って言った事だと分かった時、私の中で何かが光ったんだよね。

 

 

あの日のイルミネーションの輝き、私は今もはっきりと覚えているよ。目を閉じれば君と見たあの光景がくっきりと見えるから。

そう、他の誰でも無い、君と。

 

 

真夏の昼間はとっても暑くて、汗が少しづつ湧き出て来る。

まるで小学生が工作の授業で画用紙に糊を塗りたぐるように私も腕や首筋に日焼け止めを使ったけど、この真夏の日差しはきついかもしれない。

 

「これで日焼けをしたらぜーんぶ君のせいにするから、覚悟しておいてね」

 

目的の場所に行く途中で寄っていきたい場所があるから、そこに向かってゆっくりと歩を進める。かばんの中には飲料水があるから無理をしない程度で歩いて行く。

 

 

歩いている途中、小学校低学年ぐらいの小さくてかわいい元気いっぱいな子供たちが私の横を走って通り過ぎて行った。

多分あの子たちの誰かがチョコのお菓子を持ちながら走っていたんじゃないかなと推測する。だって、とっても甘いチョコのにおいがするから。

 

チョコと言えば、私が君の為に一生懸命作ったチョコレートを思い出した。

7年前の、いや年を越しているから6年前か。バレンタインの日に人生で初めて男の子にチョコを渡した、あの日。

 

チョコを渡す前の、あの緊張感。

それは今になればとっても簡単に答えが出るのだけど、当時の私には難関大学の過去問題のような難しさで答えなんて分からなかったし、見つけられなかった。

 

「もっと速くその気持ちに気づいていたらなー」

 

私の心の中で言った言葉が、独り言となって口から飛び出す。ボソッと言ったから周りのセミたちによる大合唱に揉まれて消えた。

 

そして私の歩も止まる。

大きな川の堤防沿い。堤防沿いには等間隔でソメイヨシノの木が植えられている。

6年前の4月にここで君とお花見をしたよね。川沿いだから4月初めにしては体感的に寒く感じて、二人一緒にくしゃみをしたよね。

 

花咲川沿いの桜並木もきれいだけど、ここの桜並木も花咲川に負けないぐらいきれいに咲き誇っていた事を思い出す。

今は8月だからソメイヨシノの木々は緑色の葉っぱをたくさんつけているけどね。それとセミがすごく自己主張してくる。「この夏に自分がいた事を少しでも多くの人に覚えてもらえるように歌うんだ」って言っているように聞こえた。

 

 

「……そっか。この時だよ」

 

私はやってはいけない事だって分かっているのに、我慢できなくて目を下の方に向けて(うつむ)いてしまった。

 

私はあの時、ちゃんと気づいていたのに足元に転がっている小石のように気にせず日々を過ごしていた。

また次の日にはいつもの雰囲気に戻っている、って思っていた。

 

私はあの時、誘わなかったら良かった。

いつもみたいに戻ってほしくて、元気をあげたかった。ただそれだけ。

 

 

 

 

その時にふと

 

鼻の先のほうで、筆を洗った後の筆洗いバケツのようなにおいがした。

色の付いた水を嗅いだ時のような、そんなにおい。

 

「ふふ、ふふふふ。」

 

私は笑ってしまった。

絶対、周りに人がいたら「あの女の人、一人で笑ってるよ……」って言われて引かれちゃうよね。幸い、今は周りに人がいないからオッケー。

 

「そうだよね。ごめんなさいっ!」

 

木に止まっているセミが変な人を見る目で私を見ている気がするけど、私は気にしない。セミにどう思われていても気にしないから。

きっと、私に喝を入れたんだと思う。あーあ、君に会ったらニヤニヤ顔でこんな事を言われるに違いない。

 

「そんな昔の事は水で洗って流したから」

 

筆洗いバケツに掛けてそんな事を言って来たら、笑いが堪えきれないかもしれない。ニヤニヤドヤ顔でさむーいセリフを吐いているって想像したら……ふふふ。

 

「よし。そろそろ行きますか!」

 

うーん、と背伸びをして目的の場所へ。

その後に君の家に行くから、ちゃんと出迎えてくれないと怒って帰るよ?

 

時計を見ると12時44分と表示されていた。結構な時間をここで過ごしていたんだなって思うと何だか名残惜しくなり、深呼吸をしてここの空気を一杯吸っておくことにした。

絵の具のにおいは一切しない、緑と土のにおい。

 

ここから5分もしないうちに目的の場所に着くはず。

早くそこに行きたいって思い始めた私は歩幅を少しだけ広げて、今までより大きな一歩を踏み出して歩く。

 

きっと、あの場所に行く人でわくわくする人なんて私ぐらいしかいないんじゃない、って自嘲の弁を心に秘めたままそこに向かう。

 

後5分ぐらいって言ったけど、何も考えずに歩くのは面白く無いから6年前の出来事を頭に浮かべながら歩くことにした。

 

その事を頭に浮かべ終えた時には目的の場所に着いているはず。

 

頭の中で、ホワイトデーの日から思い出をさかのぼることにした。

と、同時に私の携帯に着信が入った。

 

「はい、もしもし」

 

男性の声が、聞こえた。

 

----「幸せの始まりはパン屋から」----

 

 

 




@komugikonana

次話は3月27日(水)の22:00に投稿します。

新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~高評価をして頂いた方々をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけていただきました タマゴさん!
評価9と言う高評価をつけていただきました 正当な予言者の王 さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
3月14日。少しの緊張感で落ち着かない私は学校から帰ってくるとみゆき君がいて……!?
「それまで沙綾の部屋にいるつもりだけど」
今、なんて言った?

~感謝と御礼~
今作品「幸せの始まりはパン屋から」の通算UAが2.5万を突破致しました!これも皆さんの応援のおかげで達成する事が出来ました。本当にありがとうございます!
通算UAが3万を超えた時に次回作の情報をTwitterで公開します!お楽しみに!

~お知らせ~
私のTwitterで幸せの始まりはパン屋から番外編、「君と誓う、三月のあの日」を3月28日に、番外編宣伝ツイートにいいねしてくれた方にのみ公開します!読者さんの要望に答えた書き下ろし小説となっています!番外編ですけど、本編につながる伏線も!?
番外編宣伝ツイートは固定しておきます。フォロワーさんじゃなくてもDMを送れるようにしていただければオッケーですよ。


では、次話までまったり待ってあげてください。

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