駅前でみゆき君に手作りチョコを渡し、一緒に食べた甘酸っぱい思い出のあの日からピッタリ1ヶ月経つこの日。
3年生の先輩たちの門出を華々しく見送った私たちは、期末テストも無事に終えて割とゆったりとした高校ライフを送っている。
今日は学校に行っても学期末恒例の大掃除だけみたいだから周りの生徒たちもフワフワとしている。勉強をしなくても良い学校生活なんだから当然だよね。
ただ、私だけは少し違った。
「おはよっ、さーや!」
「あ、香澄。おはよう」
「さーや、今日何か大事な事とかある?」
「えっ?なんで?」
「なんか緊張してそうだから。なんかこう、発表する前の雰囲気みたい」
「今日はホワイトデーだからさ、お店のお客さん多そうだなーとは思ってたね」
「おお!さすがさーやっ!えらいねー」
香澄は目をキラキラさせながら私の頭をナデナデする。
嘘は言っていない。実際今日はホワイトデーでうちのお店もホワイトデーを意識した限定パンが人気で最近はたくさんのお客さんに足を運んでもらっている。
だけど、他の意味でも緊張している。
教室に着いて自分の席に座り、携帯を開く。
そしてメッセージアプリを開いて既読をつけたみゆき君とのやり取りを目に通す。
さーやさーやさーやさーや
連呼されても反応に困るって
明日、さーやベーカリーに行くわ
いつ頃来てくれるの?
ひ・み・つ
そんなやり取りを見て最初はなんか腹が立つ文章だな、って思っていたけどよくよく考えれば3月14日ってホワイトデーじゃん。
そう答えを出した私は、このやり取りをした昨日の夜から緊張と期待が浜辺に打ち寄せる波のように押し寄せてきた。
やっぱりお返しは手作りのチョコなのかな?
男の子だし、お店で買ったチョコかもしれないけど。
でも、ちゃんとお返しをくれるのはやっぱりうれしい。
この状態は日をまたいでも継続されていて、普段よりも周りをキョロキョロしているなって自分でも分かるくらい。あと落ち着きも無い。
だから香澄にもばれたのだと思うけど、一年に一回はこんなに期待しても良いよね?みゆき君。
大掃除を終えて私は高校の門から帰宅する。寒さのピークは過ぎ去ったと言っても寒いものは寒いので、少し速足で家まで帰る。
私が今朝登校した時でさえ、たくさんのお客さんがうちのお店に足を運んでくれていた。きっと夕方もたくさん来てくれるんじゃないかな。
みゆき君もその内の一人として数えておくからしっかり買って行ってね。
心の中で勝手にみゆき君と密約を交わした私は、お店のドアから入った。ここから入るとパンのにおいが迎えてくれてすごく好きなんです。
「ただいまー。父さん、母さん」
「あ、おかえり。沙綾」
「ただいま、みゆき君。……えっ!?」
いつも私が立っているレジの場所にみゆき君が立っていた。うちのお店のエプロンをして。
まったく違和感が無かったから私も全然気づかなかった。
……そうじゃなくて!なんでみゆき君がそこに立っているのさ!
「な、なんでみゆき君がここにいるの!?」
「いや、昨日言ったじゃん。沙綾ベーカリーに行くって」
「それは知ってる。なんでうちのエプロンつけてレジ前にいるのかなーって……」
「沙綾のお父さんがエプロン貸してくれたから?」
厨房の方を覗いてみると、寡黙な父さんがグッとサムズアップしていた。
そう言えば父さん、以前みゆき君がうちのお店で絵を描いて以来、みゆき君の事を気に掛けていた。みゆき君のフルネームまでしっかり覚えていたし。
「沙綾が帰ってくるまでレジします、って言ったらすぐ貸してくれた。着心地良いね」
「そ、そう。良かったね」
「沙綾に用事があるけど、お店が終わってからで良いよ」
「それなら7時くらいになっちゃうよ?」
「良いよ全然。はい、エプロン」
「それまでみゆき君どうするの?まだお昼だし」
みゆき君がさっきまで着ていたエプロンを渡してきた。何時からみゆき君がレジをしていたのかは知らないけど、本当にどうするんだろう。お昼の間ずっと暇だよね?
「それまで沙綾の部屋にいるつもりだけど」
エプロンの腰ひもを結んでいる私の手がピタッと止まった。
い、今なんて言った……?
「今、なんて言った?」
「ん?沙綾の部屋でゆっくりと本でも読もうかなー」
「みゆき君、流石にありえないって!」
私に聞こえた言葉に間違いは無かったらしく、思わず大声で反応してしまった。父さんも厨房からひょこっと顔をだしてこっちの様子を伺ってる。
みゆき君はニヤニヤ顔で「冗談に決まってるじゃん」って言った後、大声で笑っていた。
結局「沙綾やお店の邪魔にならない程度にお手伝いさせてもらいます」なんてニコニコ顔で宣言したみゆき君は、お昼ご飯を食べる為一旦お店から出て行った。
どうしてこんな展開になっちゃったのかなって頭をかしげていると、厨房から父さんが足早に出てきて私の目の前で止まった。
「沙綾」
「さっきは大声出しちゃってごめん」
「いや、その事では無くて」
じゃあ、何だろう。みゆき君とお互い協力して頑張れ、って言う事かもしれない。
お手伝いであって、バイトではないからお金はいらないってみゆき君は言っていたけど、いくらお金を出すかの相談なら私は乗れないかな。
「与田瀬君、明るい子だね」
「そうだね。ちょっと軽口が過ぎるけどね」
「そうか……。しっかりと彼の内面、見てあげるんだぞ」
父さんはそのまま厨房にササッと戻っていった。
私の心の中はクエスチョンマークで満たされて、それ以外の感情が侵入を許さない状態になっていた。
みゆき君の内面、きっと今日はホワイトデーで私にチョコを渡すことを緊張しているんだからしっかり笑顔で受け取るんだぞ、って言いたかったのかな。
みゆき君はあんまり緊張しなさそうだけど、たまに顔を赤くしたりする時もあるから内心ドキドキしていたらかわいいよね。
今頃緊張してお昼ご飯が喉を通らなくて苦笑いしているかも、なんて思うとニヤニヤが止まらなくなった。
「みゆき君、お疲れさま。お手伝いありがとう」
「思っていたよりやりがいがあって楽しかったよ」
「そっか。父さんがお礼に好きなパン持って帰って良いって言ってたよ。今から取ってきたら?」
「良いの?それじゃ遠慮なく」
トングとトレーをRPGに出て来る勇者のように素早く手に持ったみゆき君はエンカウントする魔物を威圧しているかのようにパンを品定めし始めた。
……と言っても、今日はあまりパンが残っていないから選ぶ種類は少ないけどね。
みゆき君の事だからトレー一杯にパンを乗せて来るんじゃないかな、って思っていたけど、私の前に現れたみゆき君のトレーにはチョコパンとクリームパンの2つだった。
「それだけで良いの?もっとたくさん持ち帰っても良いよ?」
「ううん。2つもあれば十分だよ」
「どうする?ここで食べて帰る?」
「そうする。それと、はい沙綾」
私にチョコパンを手渡してきたと思うと、今日一番のニヤニヤ顔をしたみゆき君が私の顔を覗き込んでいた。
「はい。ホワイトデーのお返し!俺おすすめのパン屋のパンなんだ!」
「うちの商品をホワイトデーでお返しされるのは流石に初めての経験なんだけど」
「そんな初めての経験をあなたに!」
「あ、ははは……」
みゆき君にチョコパンを渡された私は、彼と一緒にパンを食べることにした。
うん、うちのチョコパンもおいしい。だけど昨日の夜から期待していた分、落胆も大きくて今日のチョコパンは少し塩味がきついのかなって思うくらいしょっぱかった。
それなりの会話をした後はみゆき君も帰る時間らしく、帰り支度を始めた。そう言えば今日はみゆき君、部活が無かったのかな。
「それじゃ、またね沙綾。お疲れさまでした」
「うんお疲れさま。またね、みゆき君」
お店のドアからみゆき君を見送ってからお店の掃除を始める。
本当にホワイトデーのお返しはチョコパンだったんだ、って思うと悲しくなってきた。こう、お気に入りのかばんにつけたキーホルダーが知らない間に無くなっているような、そんな気持ちがした。
ガチャッ。
突然、お店のドアが開く音がしてびっくりした。
「沙綾、大事な物を渡すの忘れていたよ」
ドアを開いた人物の正体は帰ったはずのみゆき君だった。みゆき君はかばんの中からきれいにラッピングされた赤く、小さな箱を取り出した。
「沙綾がくれたバレンタインのお返し。手作りだから沙綾の口に合うか分からないけどさ、良かったら食べてよ。じゃあね」
私にチョコを手渡した後、すぐにお店から出て行ってしまったみゆき君。
私は貰ったチョコを優しく、そして大事な物を扱うかのように手のひらでギュッと包み込んだ。
@komugikonana
次話は3月29日(金)の22:00に投稿予定です。
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~次回予告~
3月ももうすぐ終わりを迎えるこの頃。私はバンド練習のために有咲の蔵へと向かっていると、見覚えのある人が公園のベンチに座っていた。
「どうしたの、か。部活サボって時間つぶし中かな?」
大丈夫なのかな?
~お知らせ~
私のTwitterで幸せの始まりはパン屋から番外編、「君と誓う、三月のあの日」を3月28日に、番外編宣伝ツイートにいいねしてくれた方にのみ公開します!読者さんの要望に答えた書き下ろし小説となっています!番外編ですけど、本編につながる伏線も!?
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では、次話までまったり待ってあげてください。