幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第22話

新学期も始まって、学校の周りの桜も丁度見ごろになってきた。

私たちはもうすぐ入ってくる新入生を迎えると言うドキドキ感を胸に秘めつつ、進級した実感がないまま日曜日を迎えていた。

 

今日は電車に乗ってみゆき君とお花見に行く予定で、天気も私たちを祝福してくれているかのような青空。

ちょっとだけ、うすーく化粧をしてから私は意気揚々と家を出て最寄りの駅まで速足で向かう。

 

手にはサンドイッチが入った編み込み籠のバスケットを持っていて、みゆき君と桜を見ながらゆっくり食べれたらなって思う。

 

駅に着いてICカードでスムーズに構内へと足を進める。時刻表の確認をしていなかったのが痛手になってしまった。

と言うのもほんの1分前に各駅停車が発車したらしい。

 

仕方がないから構内の椅子に座ってゆっくりと次の各駅停車が来るのを待っておこう。集合時間までまだ時間的に余裕があるしね。

 

「みゆき君の地元に行くのもクリスマスイヴの日以来、だよね」

 

あの日は私にとって良い思い出でもあり、苦い思い出でもある。そんなオセロのような白黒はっきりしない日だけど、みゆき君の事をしっかりと知れた日だから忘れられないんです。

多分、この日から私は君に……。

 

 

各駅停車が駅にやって来たから私もその電車に乗車する。

少し携帯を見て、メッセージを一通り確認した後は携帯をポケットに入れて流れ行く景色を目に焼き付ける。

 

最近、みゆき君とのメッセージのやり取りがスムーズでは無い。1日たっても既読が付かない日が多くなってきたんです。また絵を描くことに集中しているのかな。

みゆき君の集中力って凄いけど、周りの人たちにとっては大変かもしれない。だって周りなんてまったく見えないような集中力だからね。

 

でもそれもみゆき君の良いところなんだよね、って妹や弟の世話をするような感覚で思いながらみゆき君が待っている駅まで着いた。

今日は昼間だから、クリスマスイヴの日とは違った明るい雰囲気と桜のにおいが私を迎えてくれた。

 

 

駅に出ると、改札口の近くでメモ帳らしきものを見つめるみゆき君を発見した。私は後ろにコソッと回って驚かせてみようかなって思ったけど辞めた。なんというかこう、水不足で(こうべ)を垂らしたマーガレットのように感じたから。

 

「おはよう、みゆき君。……ちょっと待った?」

「おはよ、沙綾。うん。めっちゃ待って足痛いんだよなぁ」

 

声を掛ければいつものニヤニヤ顔にA4コピー用紙のようにペラペラで軽い冗談を私にぶつけてくるからいつものみゆき君、なんだけどどうして私は元気のない花のように見えたんだろうね。

 

「早速、桜並木の所に行こうか」

「そうだね。どのような場所か楽しみなんだよね」

「そう?俺はそんなにワクワクしないけど?」

「そりゃあ、みゆき君が知ってる場所だからじゃん」

 

今日は舌好調だな、と思いながらみゆき君の隣に並んで歩き始める。クリスマスイヴの時と違う方向に歩き始めた。確かお墓がある方向だったよね。

このままお墓に……なんてふざける人ではないから本当にこの道なんだろう。

 

 

道なりは春の香りが鼻いっぱいに広がって来て、まるで日本の春を全てここに集約したような感覚がした。

しばらく歩いていると、視界に桜並木がうっすらと見えてきた。恐らく川の堤防に沿って植えられているんだろうなと感じた。

 

「みゆき君。あのうっすら見えてきた桜並木が目的の場所?」

「そうだよ。堤防沿いは人もたくさんいるんじゃないかな」

 

 

桜並木の近くまで来てみると、たくさんの人たちがレジャーシートを敷いて飲んだり話したりと思い思いに楽しんでいた。

川沿いって言う事もあってちょっと寒く感じる。

 

「っくしゅ!」

「ハックション!」

「「……」」

「「ぷっ……」」

 

あはははは、と二人そろって笑った。

だって同じタイミングでくしゃみしてお互いジト目で見るんだもん。このくしゃみは君のくしゃみにつられただけですー、って思いを込めたジト目。

 

桜の花びらがヒラヒラと新雪のように舞い散る桜並木を二人でゆっくりと歩いていると、河原へと降りる段差があって、私たちはその段差に腰を下ろして休憩する事にした。

桜の木の下や河原のベストポジションは全て埋まっていたし、何より私たちは食べるメインでは無いから段差に座るくらいがちょうど良い。

 

川は減水の時期らしくサラサラと水が流れていて、水の流れる音をBGMにしてサンドイッチを食べよう。

そう思って手にしていたバスケットを膝の上に置いて中に入っている物を取り出そうとした時、隣に座っているみゆき君が話しかけてきた。

 

「なぁ沙綾、今日は何の日か知ってる?」

「え、今日?なにか特別な日だっけ?」

「認知度は低いんだけどね、4月4日は幸せの日なんだ」

 

へぇーそうなんだ。知らなかった。

みゆき君がうちのお店に来た時、一度幸せについて考えたような気がするけどしっくりと来るような答えは出てこなかった。

 

「みゆき君はね」

「ん?何?」

「みゆき君は、幸せって何だと思う?」

「沙綾にはお子ちゃますぎて分かんないよなぁ~。ご飯を食べる事でしゅか~」

「みゆき君はサンドイッチいらないんだね」

「嘘ですごめんなさい。調子に乗ってしまいました」

 

きれいに頭を下げるみゆき君に仕方がないから玉子サンドを手渡した。みゆき君はゆっくりと咀嚼して私の方を向いてニッコリと微笑みながら「おいしいね」って言ってくれた。

 

こっちを向いたみゆき君の顔を見た時、少し違和感を感じた。言葉にしにくいけど何かザワザワとしたような感覚がした。

そんな感覚はすぐにみゆき君の言葉と笑顔によって消えていった。

 

「幸せは人それぞれだけどさ、俺は見つけたよ。幸せ」

「そうなの?良かったら教えてよ」

「それはねー。内緒だね」

 

こんな感じで誤魔化されると余計モヤモヤするってみゆき君は知らないのかな。だけど「内緒だね」って言った時の笑顔がとてもかわいくてドキッとしてしまった。

 

「後になったらしっかり教えるから」

「なんで今じゃダメなの?」

「今じゃ面白く無いから!もうちょっとだけ堤防沿いを歩かない?」

 

「よいしょっと」と言いながら立ち上がったみゆき君。立ち上がる時に膝の関節がパキパキと音をたてていてクスッと笑ってしまった。ちょっとは運動した方が良いんじゃない?

 

そうだね、と返事をして私も立ち上がる。お尻をパンパンと軽くはたいて来た道と逆方向へ私たちは歩き始める。

 

舞い散る桜の花びらは来た時よりも一層、多く舞い散っていてまるで青春ドラマの最終回のワンシーンみたいだなって思った。

 

「沙綾は桜、どう思う?」

「そうだね。私はきれいだし、春を代表する象徴だから好きかな」

「俺は好きでもあり、嫌いでもあるな」

「それって、どっちでもないって事?みゆき君って好きじゃなかったっけ、花」

「花は好きだよ。だけど桜はさ、一時期、この時期の為に花を咲かせて俺たちを感動させる。その点は好きなんだけど」

「なんだけど?」

「みんなに観てもらえる時間が一時期すぎるんだ。いつもその場所にいるのに春以外評価されないのは寂しいから、かな」

 

 




@komugikonana

次話は4月3日(水)の22:00に投稿します。
う、ウソなんかじゃないんだからねっ!

新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
4月にライブを控える私たちは本番に向けて練習中なんだけどめっちゃ良い感じ!……みゆき君に見て欲しいな、私たちのライブ。最近みゆき君、元気なさそうだしね。
案の定、みゆき君に会うと顔色が悪い。しょうがないなー。
ばいばい、みゆき君!ライブ、見に来てね!


では、次話までまったり待ってあげてください。

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