幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第4話

約束の日の日曜日。約束の時間よりも10分ほど早く駅に到着した。

9月になって暦上は秋に分類されるのかもしれないけど、まだ気温は暑く真夏日の気温が続く。

 

秋なのに真夏日……日本の言葉って不思議ですよね。

もう今の9月は夏なのかもしれない。

 

私は首にネックレス、青色でフリルの付いたオフショルダーに白色をベースに少しの花柄がついたスカートを身に着けてみゆき君が来るのを待っている。

 

夏休みが終わっても、駅前には私服できれいに着飾った学生たちがたくさんいた。私たち学生は貴重な休日も友人と思い出を作る。

だからこそ、高校の三年間は輝くのかも。

 

「お待たせ、沙綾」

「あ、おはよ。みゆき君」

 

なんだか大人ぶった考えを頭の中でふわふわさせていると、みゆき君がやってきた。

彼は灰色の五分袖カットソーにジーンズ柄の七分ズボンを着ていて、私が想像していた服装とは少し違っていた。

 

みゆき君の事だから半袖の無地Tシャツとかもっとラフな格好で来るのかなって思っていた。

 

「どうした?沙綾。そんなに俺の全身を見つめて。何か付いてる?」

「えっ!?ううん。何でもないから!」

「ほんとか~。今の慌てよう怪しいけどなぁ」

 

ニヤニヤしたまま「ま、別に何でもいいけどね」と言って私をからかいながら電車に乗ろうって促してくる。

本当に良い性格してるんだから。

 

「あ、そうだ」

「何?どうかした?みゆき君」

「今日の服装、とっても似合ってるよ?かわいい」

「ええっ!?どうしたのー、いきなり。でもありがと」

 

言葉では平静を保っておけたけど。

私はみゆき君がこっちを見ていない瞬間(とき)を見計らって胸に手を押えた。

 

言ってもらえてうれしい言葉の代表格で良く恋愛映画とかで聞くセリフだから耐性はあるって思っていたけど、本当に言われるとこんなにも胸が熱くなるんだ。

心臓の鼓動も大きくなって、ドキン、ドキンと言う音が耳にまで響いてくる。

 

 

このまま電車に乗り込んで水族館に向かうんだけど、心臓の音や胸をくすぐる痛みであまり会話に集中出来なかった。

私がこんなにもドギマギしているのに、みゆき君は平気そうな顔をしているのがちょっとだけなんだけど癪に障る。

 

 

「やっと到着したね。うーん!潮の香りが鼻をくすぐる感じ、好きなんだよね」

「あ、それ分かるなー」

「沙綾はパンの焼きたての香りの方が好きそうだけどね」

「そりゃあ、もちろん。でも潮の香りも好きかな」

 

「水族館前」という誰が見ても分かる最寄り駅に降りた私たち。ここの水族館は近くに海もあるから電車を降りると、牡蠣を口に含んだ時のような香りが鼻全体を支配する。

周りを見るとカップルはもちろんなんだけど子供連れの家族の姿も多く目に映って、今度妹と弟を連れて来てみようかなって思った。

 

「入場チケット売り場、混んでるな。沙綾、先にお昼ご飯を食べない?」

「そうだね。その方が効率よさそう」

 

水族館の前に来たけど、チケット売り場が長蛇どころか大蛇の列ですぐに購入できない事は誰にでも分かった。

 

なので私たちは高校生らしく、ハンバーガーショップでお昼ご飯を食べることにした。

ハンバーガーショップもこの時間帯はとても混雑していたが、たまたま二人組が席を立ったので私たちがすかさず場所を取った。

 

みゆき君が二人分買ってくると言って、レジまで歩いて行った。

 

私は待っている間、携帯でも触って時間を潰そうかなって思っていると。

机の上にはいつ置かれたのか分からないけど、手のひらサイズのメモ帳が置いてあった。そのメモ帳はボロボロで恐らくすべて言葉で埋まってあるはずだ。

 

「……ちょっと、見てみようかな」

 

私は一匙の罪悪感と、多量の興味を持ってメモ帳を開いてみた。

最初のページは白紙だったものの、見開きページからはこの前見たような抽象的な言葉が箇条書きされていた。

みゆき君は一体何冊このサイズのメモ帳を持っているんだろう。

 

ペラペラとページをめくっていくと、あるページを境に雰囲気がガラッと変わったように感じられた。独特の緊張感が私を包み込む。

次のページ。次のページを開けば……。

 

「えっと……何々?」

「沙綾って人の荷物を勝手に漁っちゃうタイプ?」

「うわっ!びっくりした!」

「沙綾の顔、すっごい悪い表情してたよ?」

 

みゆき君が急に声を掛けてきたから思わずメモ帳を閉じてしまった。ニヤッとした彼の顔はすぐに私をからかっているのだと分かった。

 

「普通は人の所有物は勝手に見ないよね」

「うん、ごめん。勝手に見ちゃった」

「絶対、罪悪感持って無いよね!?」

 

「まぁ別に良いけどさ」と言いながら私がお願いしたメニューを前に置いてくれた。トレイの上に置かれたドリンクはたくさんの汗をかいていた。

 

私だって善悪の判断は出来るから、さっきまでの行動は「いけない事」だって言う事ぐらいは分かる。

だけどね、目の前にメモ帳があったら気になっちゃうじゃん。もし何かを……。この感情を持つことも「いけない事」なのかな。

 

「ほーら、メモ帳を返して。……あれ?もしかして沙綾って俺に興味があるからメモ帳を読んだの?照れるなぁ」

「ふふふふ。興味はあったけど、みゆき君に対する興味じゃないよ?」

「沙綾と最初にあった時、そんな性格じゃなかったのにな……」

 

そう言いながらダブルチーズバーガーを口に運ぶみゆき君。

みゆき君も最初にあった時はそんなニヤニヤ顔で冗談とか軽口を言わなかったじゃん。

 

私も目の前に置いてあるハンバーガーをぱくっと食べる。うちのパンには勝てないけど、たまに食べると美味しく感じるこのお店のハンバーガー。

口の中に入れると、バンズとパティが仲良く組み合わさって美味しいハーモニーを奏でる。ケチャップや細かく切ったオニオンも存在感があって良い。

 

「わっ!……はぁ、いつ食べても上手く食べれないんだよね」

「あはは、分かる、それ。複数重なってるとある部分だけ残るよね!」

 

みゆき君のダブルチーズバーガーは上の段だけ無くなり、下の段はかじりかけのバンズしか残っていなかった。「沙綾がいるからパンだけ残したんだ」って言っていたけど、そんな器用な事出来るわけないじゃん。

 

「……」

「どうしたの?みゆき君」

「えっ?いや、なんでだろうって」

「なんでだろうって……何が?」

「元々は二つで一つのハンバーガーなのに、下の段のバンズだけ残されるのってかわいそうだなって」

 

私はそんな事なんて考えた事も無かった。みゆき君のようにバンズだけ残る人もいれば、パティだけ残る人もいるし、人さまざまだから。

みゆき君の顔は真剣そのものだったから、本気で考えているらしい。

 

「なーんて考えていたら、ハンバーガーなんて食べれないよね!」

「みゆき君、さ。もし何か抱えているなら私にも言って?相談くらいには乗れるから!」

 

私はとっさにだけど、そのような言葉を彼に優しく投げかけた。

なぜこのような言葉をかけたのか。

 

それは彼が話した時の雰囲気が、メモ帳と同じような雰囲気になったような気がしたから。

なんと言うかこう、濃い青紫色のペンキで塗ったような少しどろっとした感じ。

 

残されたバンズを食べていた彼は目を点にして私の方を見つめていた。その後、口に入っていた食べ物を喉に流すと同時に、彼の目じりが優しく下がった。

 

「ははは!沙綾が思っているような事は無いから!……ほら、そろそろ入場券売り場が空いてきた時間帯だし早く食べて水族館に行こう」

 

そう言えば、まだほとんど食べていなかった。ポテトも少し冷たくなっているし、ドリンクも中の氷がほとんど溶けている。

 

だけど私、初めて見たかもしれないな。

君の純粋な笑顔を、ね。

 

 




@komugikonana

次話は2月20日(水)の22:00に投稿予定です。
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この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
始まったばかりですが、これからも応援よろしくお願いします!

~次回予告~
水族館に入る私たち。みゆき君は子供のようにはしゃいでる。
水族館の帰り。「沙綾にはこれ、見せるよ。正直タイミングは最悪なんだけどね」

~感謝と御礼~
この小説は第4話と始まったばかりですが、お気に入り数が99ともうすぐ3桁になります!初期にこんなにたくさんの読者さんがお気に入りにしてくれていて感謝感激です。みなさん、本当にありがとうございます!

では、次話までまったり待ってあげてください。

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