「俺、実は水族館に来るの初めてなんだよね」
「あ、そうなんだ。それじゃあ今日は楽しまないと、ね?」
「沙綾の事、置いて行っちゃうかも」
ハンバーガーショップでお昼ご飯を食べ終えた私たちは、午後から水族館に入る事にした。
入場券売り場は朝来た時よりも人数が少なく、スムーズに買えた。今頃他の人たちはお昼ご飯か、既に水族館を満喫しているんじゃないかな。
それにしても、みゆき君は水族館が初めてって意外だな。そういう私も水族館に来るのは久しぶりだから結構楽しみなんだよ?
水族館の受付のお姉さんに入場券を渡してから、ついに水族館に入場する。
道なりにまっすぐ進んでいくと、海中トンネルが私たちを迎えてくれた。小さい頃は足元も透明でちょっと怖がってしまった思い出があったなと思い出す。
「何回通っても海中トンネルって神秘的な感じがするね」
「初めて来たけど、周りの魚たちが俺たちの真下や上、横を泳いでるって新鮮だね」
「色々な魚がいてきれいだねー」
海中トンネル内は少し冷房を効かせているあたり、おしゃれな演出だなって思った。
周りにいる魚たちはみんなきれいに輝いていて、こわもてな顔をしているサメでさえ笑いかけてくれているように感じた。
ちらっとみゆき君の方を見ると、まるで子供のような笑顔を魚に向けていた。
「みゆき君ってさ、魚好きなの?」
「そうだよ!子供の時はずっと図鑑を見てたから大体の魚は名前が分かるよ」
そう言ってキラキラした目を魚たちに向けるみゆき君はまるで、欲しいおもちゃを見つけた子供のようだった。
海中トンネルを抜けると、この水族館の最大の目玉である巨大水槽のエリアにたどり着く。
大きな一つの水槽に小さな魚も大きな魚も一緒になって泳ぐ姿はいつ見ても不思議。だって、大きい魚が小さい魚を食べてもおかしくないのにいつ来ても彼らは仲良く共生しているんだもん。
水槽の端っこに書いてある魚の名前を見ながらそう思った。イワシもサメも同じ水槽らしい。どれがイワシなのか分からないけど。
「みゆき君、イワシってどれか分かる?」
「ん?イワシ?えっとね……あれだ!小さな魚が群れで泳いでいるの見える?あれがイワシだよ」
「すごいね。固まって泳いでいたら一匹の大きな魚に見える」
「イワシはそうやって自分の身を守るんだ。イワシってさ、魚編に弱いって書くだろ?一匹だと弱い。でも群れで生活すれば敵に襲われないんだって」
思っていたより詳しく説明してくれた。多分、巨大水槽の真ん中を陣取って群れを作っている魚がイワシなんだと思う。
その他にも、あの水槽の端っこの暗いところにいるブサイクな魚はマハタで、すごいスピードで泳いでいる魚はカンパチだと教えてくれた。
聞いてもいないのにカンパチとブリの見分け方も言って来た。私はへぇ~、としか思わなかったけど、みゆき君がとっても楽しそうにうんちくを話していたのが印象的だった。
ちなみに、額に漢字の「八」って書いてあるのがカンパチなんだって。だから漢字で書くと「間八」らしい。
巨大水槽でたくさんのうんちくを得た後、クラゲエリアや深海エリアを回った。
みゆき君はクラゲに関しては専門外らしく、存外種類の多いクラゲたちに感動していた。
深海エリアは冷房がかなり効いていて、夏服の私には少し肌寒く感じた。
ダンゴムシみたいな生物を触れる体験があってみゆき君は進んで触りに言っていた。私にはちょっと無理かな……。
その後は古代魚エリアや川魚エリアを抜けて、水族館を一周した私たち。
「それじゃ、ちょっとお土産売り場に行って帰ろうか。沙綾」
「えっ?みゆき君はもう良いの?」
「うん!俺は満足だよ。グソクムシ触れたし」
「あのダンゴムシ、そんなに触りたかったんだ……」
水族館のお土産売り場って近くのおもちゃ屋さんに行ったようなワクワク感が生まれてくるのは私だけかな?
イルカのぬいぐるみとかはもちろん、グソクムシでさえ可愛く作られていてどれも欲しくなっちゃうんだよね。弟と妹にお土産として買って帰ろうかな。
みゆき君は先輩に「水族館に行ってきました」と言う商品名のクッキーを買ったらしい。唯一の男の先輩だから貢物は大事なんだよ、って遠い目をしながら言っていた。
私はピンクと青の色違いのイルカのぬいぐるみを一つずつ購入した。
店員さんに「袋は別々にしますか?」と聞かれたけど、一緒で良いです、って答えた。
「ありがとう、沙綾。今日はすごく充実したよ」
「うん。私も。またどこかに行こうよ」
私たちは夕焼けに照らされている水族館を背景に駅へと歩いていく。充実している時は時間も早く過ぎちゃうからもったいないような気がする。
「なぁ、沙綾」
「うん?どうしたの?」
「沙綾にはこれ、見せるよ。正直タイミングは最悪なんだけどね」
苦笑いしながらみゆき君はボロボロで、手のひらサイズのメモ帳を私に出してきた。
お昼の時は軽い気持ちで読んでいた部分があったけど、あの青紫色の雰囲気を感じ取ってからは罪悪感の方が大きく膨らんでいた。
「沙綾、気にしてるんだろ?軽い気持ちで見ちゃった、とか」
「あ……うん。気づいちゃった?」
「バレバレだよ、ずっと顔に出ていたから。沙綾がそんな落ち込む必要なんてないんだからさ」
やっぱりみゆき君ってしっかり者なんだなって思う。普段も軽口を叩かないで真面目だったら見直すのに。
でも、ニコニコ顔で軽口を言うみゆき君もみゆき君の良いところなんだよね。
私はみゆき君からメモ帳を受け取って恐る恐る開いてみる。
まだ見ていないのはここから先で……。
「え……みゆき君、これって……」
「うん。普通に見れば精神的におかしい人に見えるよね」
私は言葉を失ってしまった。
だって雰囲気が変わったページは、見開きページ丸ごと乱雑に黒く塗りつぶされていたんだもん。多分何か書いていて、それを「消す」為に黒く塗りつぶしたんだと思う。
正直、この事は聞いてはいけないと思う。だけどね、
「このメモ帳、塗りつぶす前はなんて書いてあったの?」
聞いてしまった。言葉を口から出した瞬間にやってしまった、って思った。私がみゆき君の立場に立って考えてみたら一番聞いて欲しくない質問だったから。
そんな私に、みゆき君はいつもと少し違った優しく微笑んだ顔を私に向けてくれた。
「塗りつぶす前はね、俺の後悔が書き殴ってあるんだ」
「みゆき君の、後悔?」
「そ。いなくなってしまった後は伝えたいことも伝えられなくなるから。人はいついなくなってしまうか分からないでしょ?」
「ね……みゆき君、それって、さ」
「あー、誰かが死んだとかじゃないから安心して」
みゆき君は私の頭をゆっくりとなでてくれているかのような優しさを顔に乗せて私に語り掛けてくれた。
みゆき君ってどうしてこんなにも人に優しくなれるんだろう。
「だから俺は思った事を隠さず、照れずに言う事にしたんだ。黒く塗りつぶすほど後悔するくらいだったら言った方が良い、ってね」
「みゆき君のそういうところ、すごく良いと思うよ!」
「ありがと、沙綾」
みゆき君のそういう姿勢は見習いたいな、と思った。私はたまに言えずにいてしまう事があるからね。
でもいつかはみゆき君が思わず書き殴ってしまうような後悔を、晴れさせてあげたいな。
黒い部分を、消してあげたい。メモ帳も、君の苦い過去も、ね。
「そろそろ帰ろっか、沙綾」
「そうだね」
今日は水族館に誘ってくれてありがと、みゆき君。
@komugikonana
次話は2月22日(金)の22:00に投稿予定です。
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~次回予告~
秋の雰囲気漂う10月下旬。私はうちのお店のお手伝いをしているとみゆき君がやって来た。そしてみゆき君はニヤニヤしながら言うのだ。
「沙綾と付き合いたいって言う為にね!」
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今作品「幸せの始まりはパン屋から」のお気に入り数が100を突破致しました!これも皆さんの応援のお陰です。みなさんの応援を背に受けこれからも邁進してまいりますのでこれからもよろしくお願いします!
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では、次話までまったり待ってあげてください。