「わっ！あ、ごめんなさいっ！」
香澄は必死になって謝っているから、私は大丈夫ですか、と声を掛けようとして辞めてしまった。だって目の前に転んでいる人は私の知っている人で、昨日の夜、返信が来るのを待ちわびていた君なんだから。
「うん、俺の方こそ前を見てなかったから。君、ケガはないかな」
「あ、はいっ！私は大丈夫です。けど……」
私も正直驚いている。だってこんなタイミングでみゆき君に会うなんてどんな確率！？って思っているし、何より……。
ただみゆき君は転んだだけじゃなくて、絵の具をつけたパレットと水のビンを持っていたのだろう、彼の胸元は色がついた水で汚れていて、制服に絵の具が付いていた。
なんで文化祭の日に絵を描いてるのさ！って思いました。
「ごめんなさいっ！制服、汚れちゃった……」
「ん？あぁ、気にしないで良いよ。俺は美術部だからさ、汚れて当たり前なんだよ。それよりも急いでいたんじゃないの？速くそっちに行っておいで」
「ああ！そうだったっ！」
「せっかく文化祭に来てくれたんだし、楽しまなくちゃ。もし俺に対して悪いな、って思っていたら美術部に顔を出して作品たちを観てあげて。それで良いから」
「はいっ！演劇部が終わったらぜひ観にいきますっ！」
私たち四人は香澄とみゆき君の会話スピードに着いて行けず、演劇部の次の行先まで決まったらしい。香澄はまた走り出したから私たちも追いかけなくちゃ。
「あ……」
私は追いかけようと思って、一瞬止まった。他のみんなは進んでいるけど。
みゆき君とすれ違った時、彼は私に向けてウインクをした。
「さーやっ！速く行こっ！」
「あ、うん」
私は後ろを振り向いてみゆき君の方を見た。
彼はもう歩き始めていたので後ろ姿しか見えなかったけど「安心して」って言っているように思えた。
「すごかったね、演劇部」
「だな。学生が一から考えたものだとは思わないな」
みゆき君とまさかの遭遇をした後、私たちは体育館に向かって演劇を見た。結構ギリギリな時間なのか人気なのかは分からないけど、一番後ろの席しか空いていなかった。
「演劇ってすごいねっ！私キラキラドキドキしちゃった！誰が脚本を書いたんだろう？」
「確か入り口で貰ったパンフレットに書いてあったよ？……えっと、二年生の山手君が脚本を書いたみたいだね」
「何て読むのかな？やまのて君？」
名前の読み方が合っているかと言う真偽は分からないけど良いお話をありがとうございました、って私は会った事も無い人に心の中でお礼をする。
「どうしたの沙綾ちゃん？そわそわしてるけど、何かあったの？」
「えっ？ううん、大丈夫。なんでも無いよ」
演劇が終われば、私たちは美術部の展示を観に行く事になっている。みゆき君がウインクした意図も知りたいけど、まず最初に心配が出てきている。
今日はあの絵の具が付いた制服で文化祭を過ごすのかな、って。
疲れた目をしていたけど、ちゃんと寝ているのかな、って。
「沙綾、もしかして美術部の男の人の事、心配してる？」
「えっ、あ、うん。ちょっとね……」
こういう時のおたえって結構鋭いんだよね。みゆき君と接触してしまった以上、隠す必要も無いと思った私の素直な心境が口からぽろりとこぼれた。
こぼれた言葉は体育館の床に落ちて、体育館を後にする人達の雑踏に埋もれて見えなくなっていった。
「私もちょっと心配だし……ね！今から美術部の展示を見に行こっ！」
香澄の声は、私の脳内にきれいに響いた。
と、同時にどうして私からその言葉を口にしなかったの？って心の叫びが胸を締め付けた。
「ここの道であってるのかな？」
「多分あってるよ。パンフレット通りに来たんだもん」
心配そうな顔をするりみりん。確かに、文化祭って校舎内と言うより校庭や校舎外がメインな部分があるから、校舎外の華やかな雰囲気とはうって変わって校舎内は寂しい雰囲気がある。
しばらく廊下を歩いていると、たくさんの人が教室を出入りしていた。多分あそこが美術室なんだと思う。
それに花咲川西高校の美術部ってこの辺りでは結構有名なんだよね。毎年なにかの賞を受賞しているらしい。有名な芸術大学への進学実績もあるらしいね。
私たちは開けられていたドアから美術室に入った。
と同時に、歴史の世界に飛び込んだようなワクワク感が私を包んだ。美術室にある机も椅子も、どこにも無いような存在感を放っていた。
「これは……すごいね！」
私は思わず声を出してしまうほどだった。たくさんの絵や彫刻が並んでいて、どの作品も個性的な「色」を出しているように感じた。
それに思ったのは、どの作品も私に語りかけてきているようにも感じた。
「そうだ……。みゆき君の作品ってどこにあるんだろう」
すごく気になった。みゆき君の完成した絵ってみたことが無かった。周りを見渡してもみゆき君は見当たらないし、展示なんだから見ても良いよね？
私は四人とは最も離れたところにいた美術部らしい女の子に聞いてみることにした。
「あの、ちょっと良いですか？」
「はい。なんですか？」
「えっと、与田瀬君の作品ってどこにありますか？」
私は一握りの勇気を込めて聞いた。堂々と聞けないのはどうしてなんだろう。
「与田瀬君の作品はこちらですよ」
わっ！すぐ近くにあるじゃん。はずかしー。
顔の近くに火の気があるんじゃないかなって思うくらい熱くなった私は案内してくれた女の子に悟られないように絵を見ることにしたんだけど。
案内された絵の、虜になった。
それは水彩画で、黄色い花がきれいに描かれていた。絵のはずなのにその花の香りがしたように感じて、鼻の奥の方まで心地良くくすぐられるような気がした。
こんなきれいな絵をみゆき君は描くんだ。ちょっと見直しちゃった。
「この花はマーガレットなんですって。……あれ？」
「どうかしましたか？」
「あ、……なるほどなるほど～」
なぜか急にニヤッとしてからうんうん、とうなずく美術部の女の子。えっと、私この女の子とは会った事もないんだけどな。
「与田瀬君は今は準備室でコンテストに出す絵を描いてるからここにはいないんだけどね。帰りは多分6時くらいなんじゃないかな？」
「えっ……えっと、そうなんですか？」
どうしてみゆき君の帰りの時間を教えてくれたんだろう。
……あっ。もしかしてピンポイントでみゆき君の絵を聞いたから付き合ってるって思われちゃった！？いらない誤解を生んじゃったかも。
その後、私はバンドのメンバーの方に合流してから美術室を出ることにした。出る時に「よければアンケートにご協力ください」って女の子に紙を渡された。
内容は一番気に入った作品はどれですか、と言うもので私は迷わずあの作品と書いた。
校舎の外に出ると学校の文化祭が終わる時刻らしく、来場者は放送で帰宅を促された。
もちろん、私たちも帰ることにしたから五人そろって駅まで帰ってその後解散した。
いつもの私なら家に帰ってお店の手伝いなんだけど、今日は違う。
携帯で時刻を確認すると時刻は午後5時。今からもう一度花咲川西高校へ行こう。
今日はちょっと君とお話したい気分なんだよね。
校門で待っていたらビックリするかな？いつもみたいにニヤニヤ顔で軽口を言うのかな？
色々な想像を風船のようにぷく～っと膨らませていると、校門から出てくる男の子を見つけた。
私の心はゆっくり、フワフワと飛んでいくのを感じた。
＠komugikonana
次話は3月1日（金）の22：00に公開予定です。
新しくこの小説をお気に入りにしてくれた方々、ありがとうございます！
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～高評価をつけて頂いた方々をご紹介～
評価10と言う最高評価をつけていただきました エネゴリくんさん！
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同じく評価9と言う高評価をつけていただきました 伊咲濤さん！
この場をお借りしてお礼申し上げます！本当にありがとう！！
これからも応援よろしくお願いします！
～次回予告～
学校から出てきたみゆき君に私はある事をして声をかける。いつもの仕返しだよっ！
今日は君とお話がしたいからファミレスに行く私たち。
「あー！俺の理想の花嫁には沙綾はマッチしないんだよなぁー！」
……叩くよ。
～感謝と御礼～
今作品「幸せの始まりはパン屋から」の通算UAが1万を突破、更にお気に入り数も200を超えました！これも読者さんの応援無しでは成し遂げられない事です。みなさん、こんな私を支えてくださってありがとうございます！
そしてこれからも応援、よろしくね！
～豆知識～
美術部の女の子……花咲川西高校美術部1年生で期待の新人であり、みゆき君と同級生。沙綾を一目見た後、急にニヤニヤしてしまったのはどうして？
だってそっくりなんだもん。やるじゃん。
では、次話までまったり待ってあげてください。