自分の人生に、後悔なんてこれっぽちもないけれど。
唯一つだけ、わがままを言ってもいいのなら。
恋、というものをしてみたかった。
◇◆◇◆
端的に現在の状況を説明するのならば、わたしは死にかけていました。
「……しくじりましたね、これは」
わたしの名前はフィアメッタ・マジェスタ。聖王教会騎士団所属の空戦魔導師です。
次元世界の治安を守る管理局にも出向扱いで籍を置いており、准空佐というそこそこ高い地位をもらって活動しています。自分で言うのもあれですが、実力もそれなりに高い部類に入る方だと自負しています。なので『ミッドチルダ郊外の洞窟内で発見された、謎の施設の調査』という、少々あやしい今日の任務も、鼻歌混じりに軽く済ませてそれで終わりのはずでした。
それなのに……
「……どうして、こんなことに」
くどいようですが、わたしは死にかけていました。目の前には新型と思わしき自律機動兵器『ガジェットドローン』が並び立っていて……その中の数体から伸びる蛇腹状のアームでわたしの体はがんじがらめに縛りあげられ、自由を封じられています。
―――要するに、わたしは触手プレイで生命の危機に瀕していました。
触手プレイ。そう。あの触手プレイです。ガジェットドローンは機械なので厳密に分類すれば機械姦にあたるかもしれませんが……多分、端から見た絵面は完全に触手プレイですね。間違いない。
稀代の天才科学者、ジェイル・スカリエッティが起こした大規模事件からはや数ヶ月。彼が管理していたガジェットドローンはそのほとんどが機能を停止し、管理局に押収されたはずでした。まさか、こんな趣味の悪いタイプが生き残って稼働を続けてたなどと、誰が予想できたでしょうか。少なくとも、わたしは予想していませんでした。予想していなかったせいでまんまと罠にかかり、こうして触手プレイの餌食になっています。恥ずかしくて死にそうです。というか、実際に死にそうです。
「ジェイル・スカリエッティ……自分が開発した戦闘機人に趣味の悪いぴっちりスーツを着せたり、自分の子種を孕ませたり、拉致した管理局員の左腕をドリルに改造したり、とんでもないド変態犯罪者だとは聞いていましたが……まさかここまで変態だったなんて……」
ほんとに死ねばいいのにスカリエッティ。
「なんとか……脱出しないと……」
わたしは教会の孤児院で育てられたシスターなので、もちろん高潔な処女です。機械相手に処女を失うマニア向け凌辱同人誌みたいな展開は死んでもごめんです。
ですが、現実とは非情なもので。非力な細腕では、触手めいた蛇腹アームを引きちぎることすら敵いません。マジでなんなんですかこの触手。思わず、「くっ……殺せ」とか言いそうじゃないですか。言いませんけれど。
「うっ……くっ」
ガジェットドローンは『AMF(アンチマギリングフィールド)』と呼ばれる対魔導師用の装備を有しています。AMF濃度が高い中では、魔導師は本来の力を発揮することができません。というか、今「……くっ」って言ってましたね、わたし。
なんとか触手から逃れようともがいている内にも、締め付けは強くなってきます。仕方ありません。洞窟内ということで躊躇していましたが、ここはイチかバチか、砲撃魔法を撃って脱出するしかないでしょう。岩盤が崩落して生き埋めになるかもですが、このままガジェットドローンで処女喪失するよりかはいくぶんマシです。
ただでさえ魔力が練りにくい状況の中で、高ランクの射砲撃を撃つのは相当の集中を要します。体の表面を這い回る冷たい金属の感触は全力で無視して目をつぶり、ゆっくりと確実に。体中の魔力を高めるイメージを……
「……っ!?」
……本当にどこまで変態なんでしょう、この金属触手どもは。変なところをまさぐられたせいで声出そうになったじゃないですか。去勢してやりましょうかコイツら。
というか、よくないですね。今ので集中が途切れて……
「んっ……ぐぅ!?」
私の狙いを察したのか。それとも、元からそうするつもりだったのか。
金属触手のうちの一本が首にまとわりつき、縛りあげ、絞め落としにかかってきました。バリアジャケットの防護機能があるとはいえ、これはマズい。非常にマズいです。
もはや、魔力を練るどころではありません。息が切れて、呼吸が浅く早く。その最低限の呼吸すらも、徐々にままならなくなっていきます。一瞬、脳が焼けつくような感覚があって、頭もボーっとして……なんだか眠くなって。
――――あ、死ぬな、わたし。
そんな予感が、確信に変わりかけた刹那。
「――――――鋼の軛」
ガジェットドローンの群れに、地面から出現した魔力刃が突き刺さりました。
「……え?」
わたしの驚きと同期するかのように、一拍。ほんの一瞬、動きを止めて明滅したガジェットドローンは、その全てが爆発し、粉々になって爆発。一機も残らず、吹き飛びました。これは……救援? 魔導師?
拘束の圧力から解放され、そのまま自由落下するわたしの体は、がっしりとした腕の感触に受け止められました。
「大丈夫か?」
声音は低く、冷静でしたが、その中にはわたしの身を案ずる感情が確かに含まれていて。
「ごほっ……けほっ」
「喋らなくていい。無理をするな。救護班がすぐに来る」
「あ、なたは……」
その声の主に抱き留められていることに、わたしは確かな安心感を覚えたのです。
なので。
彼の顔を見上げようとした、その矢先に、
「ほぐぅ!?」
わたしの頭部に、ギリギリ致命傷にならない程度の大きさの落石が直撃したのは、今から思えばまったくもってナンセンスな……運命のいたずらとしか言いようがない不幸なアクシデントでした。
ゆれる視界、薄れゆく意識の中で、わたしはなんとかその魔導師の顔を目に焼き付けようとしましたが、
「大丈夫か!? しっかりしろ」
そんな彼の言葉を最後に、意識を失いました。
その後。気付いた時には、わたしはベッドの上に寝かされていて。後から聞いた話によると、ガジェットドローンの残骸の中に倒れるわたしを残して、魔導師の姿は跡形もなく消え去っていたそうです。
「と、いうわけで……わたしを助けてくれたその人は、とんでもないものを盗んでいきました」
「……それは、なんですか?」
ガジェットドローンに触手プレイを強要され、死にかけた一件から三日後。わたしは聖王教会本部の一室にて、教育係のシスター……『シスター・シャッハ』に言いました。
そう。
ベッドに寝かされ、頭に包帯ぐるぐる巻きという状況でしたが、それでも。
これ以上ない、キメ顔で言いました。
「わたしの心です」