初恋相手は犬でした   作:龍流

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食戟のフィアメッタ

 朝ごはんは、一日のはじまり。活力の源です。

 わたしの所属する聖王教会騎士団では、朝の礼拝と食事の時間が厳格に定められています。どちらかに少しでも遅れようものなら、シスターシャッハからの有り難くないお小言と、非常に有り難くない罰則が待っています。正直、わたしはもう教会の無駄にだだっ広い廊下を雑巾がけした回数を覚えていません。

 おかげさまで、教会に行く前はあまり朝が強くなく、朝ごはんを遠慮して苦笑する母を困らせる「アタシ、朝弱いんだよね~」みたいな、なんちゃって低血圧ガールだったわたしの性根も、集団行動と罰則とシスターシャッハによって完膚無きまでに叩き直され、今では朝食を口にしないと昼までにエネルギー切れを起こすステキ体質になりました。いえ、なってしまいました、と言った方が正確でしょうか?

 しかしながら、こればかりは強制的な集団行動に感謝すべきなのか、あの罰則システムに感謝すべきなのか、かといって時々鉄拳制裁してくる暴力シスターシャッハには絶対に感謝したくないのですが、とはいえ健康的で規則正しい教会での生活を経て、わたしは無事に低糖質系ロカボガールに生まれ変わることに成功したのです。

 

 それはともかく。

 

「もちろん、花嫁修行です」

 

 朝っぱらから関西人特有の(ご両親が関西出身というだけで、ご自身はなのはさん達と同郷らしいですが)非常にノリがよく鬱陶しいツッコミを聞かせてくれたお義母さん……もとい、八神二佐に向けて、わたしはまず深く頭を下げました。

 

「昨日は突然六課を訪問して、お騒がせしてしまいました。まずは、そのことについて謝罪させてください」

「え? あっ……えっと」

「昨日の出来事をシスターシャッハに報告したところ、それはもうこっぴどく怒られてしまいまして。一刻もはやく謝罪してこい、と言われたのでこんな早朝から訪問させていただきました。どうかお許しください」

 

 これに関しては半分ウソで、半分ホントです。結局、あのあとクラナガンのホテル(そこそこいい値段。結構高かったので経費で落としました)に泊まったわたしは、気が進まないながらも仕方なく、シスターシャッハに通信を繋げて、昨日のあらましを全て詳細に報告しました。その結果「騎士はやてにすぐ謝罪しなさい。一刻もはやく謝罪しなさい。私も明日の朝すぐにあなたのホテルに行くので、共に謝罪しに行きましょう。これ以上絶対に余計なことはしないこと」とくどいほどに言われ、てめーは絶対にそこから動くな(意訳)と念を押されたので、朝一番でホテルから出てきました。今頃、シスターシャッハはもぬけの空になった部屋を見てぷんすかしていることでしょう。

 ついでにホテルのフロントには、機動六課のある港湾地区まで向かうタクシーを手配してもらえるように頼んでおきました。で、タクシーの運転手さんにはチップとヴィヴィオちゃんへのお土産だけ渡して、機動六課に向かってもらっています。要するに陽動です。頭まで筋肉のシスターシャッハは、今日八神家のみなさんがお休みだということも知らずに、わたしを追って機動六課に向かうはず。ふふ、いい気味です。あとがこわくて今から足に震えがきます。これ絶対に拳骨じゃすみませんよね? 次にシスターシャッハに会った時が、人生の最後なんじゃないですか、わたし?

 

 しかし、死ぬのが怖くて恋はできません!

 

「ご迷惑かとは思いましたが……お義母さんも」

「八神二佐や」

 

 ……ちっ。朝一ですし、寝ぼけているかと思って殊勝な態度で下手に出ておけばいけると考えましたが、中々どうして。この腹黒小狸、頭の回転だけは早いようですね。シスターシャッハとはえらい違いです。

 

「なんや文句でも?」

「いえいえ。八神二佐もお疲れのようだったので、重ね重ね、ご迷惑だとは思ったのですが……朝食を用意させていただきました」

「……なるほど」

 

 くるり、と。八神二佐が後ろを向きます。わたしではなく、守護騎士のみなさんの方を見て、

 

 

「誰や? この子ウチに入れたの」

 

 

 底冷えするような声で、問い掛けました。

 うっわー、こっわーい(棒読み)。

 

「あ、あたしじゃないぞ! はやて! あたしは反対したからな!」

「ごめんね、はやてちゃん。私がはやく気付いていればよかったんだけど……」

「わたしも違いますよ! わたしじゃないのです!」

「……俺は、後ろから抱きつかれてはじめて気がついた……」

 

 ザフィーラさんの問題発言に八神二佐の鋭い眼光がギロリとこちらに向きますが、口笛を吹いてやり過ごします。ああ、それにしてもさっき不意打ちで抱きついたザフィーラさんの感触は最高でした……あのふわもこ感と、その下にある洗練された固い筋肉……あの感触だけでご飯三杯はいけますね、ええ。

 それはともかく、こうなってくると残る容疑者は一人しかいません。

 

「……シグナム?」

「ち、ちがうのです! 我が主! 私もまったく知らない仲の人間を、こんな早朝から中に招き入れようとは思いません! ただ、準佐が早朝から我が家の玄関に立たれて、お詫びをしたいと言いながら涙ながらに訴えかけてきたので……ドアを開けるしかなかったのです!」

 

 いやー、目薬ってとっても便利ですよね!

 それにしても、シグナムさんの騙しやすさはシスターシャッハに通じるものを感じます。今後も利用させて頂きましょう。

 

「で、これをあんたが作った、と……」

「はい。未熟な身ですが、精一杯腕を振るいました。よろしければ、ぜひお召し上がりください」

 

 テーブルの上にずらりと並んだ料理を見て、八神二佐は渋い表情になりました。

 

「……まぁ、せっかく作ってもらったもんやし、突き返すわけにもいかんし……みんなでいただこか」

 

 ふっ……リサーチ通りですね。

 聞くところによれば、八神二佐の料理の腕前はまさに神クラス。指揮官として忙しい今は、中々披露する機会に恵まれないものの、小学生の頃から守護騎士のみなさんの胃袋を満たしてきたその調理技術は、そこらへんの主婦では太刀打ちできないレベルにあるそうです。

 ていうか、小学生の女の子にずっとご飯作ってもらってたと聞くと、急に守護騎士のみなさんがダメな大人に見えてきますね……ヴィータさんは見た目子どもですし、ザフィーラさんはワンコモードが昔から平常運転だったということで、台所に立つ機会に恵まれなかったのはなんとなくわかるのですが……

 

「ところでシグナム。さっき、朝食の準備はできています、とか自信満々に言っとったけど、もしかしてシグナムも……?」

「はい。食器を並べるのを手伝いました」

 

 シグナムさんはほんとお察しですね。お手伝いを申し出てくれたのはふつーに嬉しかったのですが、内容が小学生レベルです。

 

「……聞いたわたしが馬鹿やったわ。シャマルは?」

「うーん、手伝おうと思ったんだけど、ヴィータちゃんに止められちゃって……」

「コイツに調理やらせるくらいなら、まだ得体の知れないシスターに任せた方がマシだ」

「え~、ヴィータちゃんひどいー」

 

 あと、よくわかりませんが、シャマルさんはメシマズ属性をお持ちのようですね。手を出されなくてなによりでした。

 

「なるはど……つまり、この朝ごはんは隅から隅まで、全部准佐が一人で作った、と」

「ええ。心を込めて作りました。さあ、食べてみてください。お口に合うといいのですが……」

 

 もうすでに完全に覚醒している八神二佐の瞳は、目まぐるしく動いてテーブルに並べられた朝食を観察しています。しかし、粗探しをしようとしている姑殿には大変申し訳ありませんが。わたしが腕によりをかけて作った料理には、一分の隙もありはしません。

 何を隠そう、教会の下積み時代……わたしの家事担当は『食堂』でした。朝、寝坊しまくった結果、自動的に早起きせざるを得ない調理担当に回された、とも言えます。けれど、幼いわたしは憎きシスターシャッハへの反骨心を胸に抱き、調理の王道を邁進。じゃがいもの皮むき担当から、次の日のメニューを決める調理場の首領にまで、上り詰めたのです。思い出すだけでも涙が出てくる、ドリームサクセスストーリーです。

 

「……せやなぁ。見た目はきれいやけど、わたしもこう見えて、料理には結構きびしいからなぁ。でも、さすがに作ってくれたもんに文句は言わんよ。見た感じ、よくできとるしな」

 

 しわしわの制服姿のままで席についた八神二佐は、お箸を取って手を合わせました。顔を見合わせていた八神家のみなさんも、家長の動きにならいます。

 

「ほな……いただきます」

「いただきます」

「いただきますです!」

「……いただきます」

「いただこう」

「いただくわ」

 

 全員が箸を取り、最初のおかずに手をつけ、白米を口に運び……

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

 

 そして、固まりました。

 

「な、な、な……」

「これは……!」

 

 はやてさんをはじめ、守護騎士のみなさんが絶句する中で。ヴィータさんが、素直な感情を吐き出します。

 

「め、めちゃくちゃうめぇ……!?」

 

 ふふっ……良いですねぇ。とても良い反応です。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 にっこりと笑うわたしを、はやてさんは呆然と見詰めて、それから並べられた料理を片っ端から口に運び始めました。

 補足しておきますが、今日用意した料理はとてもシンプルなものです。目玉焼きにウィンナーソーセージ。カリカリに焼いたベーコンを少々添えて、あとはサラダに漬け物、お味噌汁といった、和洋折衷のいたって普通な朝食です。

 

 

「八神二佐は、とても料理がお上手だと伺っております。なので、舌が肥えてらっしゃるみなさんのお口に合うか不安だったのですが……よかったです」

 

 

 これはわたしの持論ですが、料理というものはシンプルになればなるほど、二つの要素がより明確に浮き出てきます。第一に、調理する食材の質。お金さえ積めば良いものを用意することはできますが、今朝のわたしにそこまでの余裕はあまりありませんでした。なので、注力したのは、第二の要素……言うまでもなく、調理の工程です。

 そして、調理とは、決して手間をかければいい、というものではありません。

 たしかに手をかければかけるほど、料理はおいしくなります。ですが、味の好みが人それぞれである以上、わたしは食べる人やその時のシチュエーションにあった料理を作る、ということをなによりも重要視しています。シグナムさんを強引に説き伏せ、台所に踏み込んで調理器具やコンロの配置などをチェックしながら、わたしは起きてきた守護騎士のみなさんから一人ずつ要望を聞いて、持ち込んだお魚や卵料理の出し方を変えさせてもらいました。ヴィータさんはスクランブルエッグ、シグナムさんは目玉焼きをサニーサイドアップで、シャマルさんは黄身を半熟に……といった具合に。お味噌汁も、赤、白、合わせ、三種類をご用意しています。ちなみにわたしは白派です。

 教会騎士団の食堂でも、調理に差し支えない範囲でメニューを選べるようにしてから、アンケートの食事満足度が飛躍的に向上しました。味の好み、大事。

 

「盛り付けは見るからにきれいやったけど、味付けまで完璧……」

「ええ。特にこのお米がおいしいですね。どれも主の料理とは一風違った味付けですが、特にお米の味が違うように感じます」

「さすがですね、シグナムさん。いい着眼点です」

 

 何を隠そう、今朝の朝食の一番の拘りポイントがそこですからね。

 普通に調理をしていては、八神家のみなさんの舌を知り尽くしている八神二佐に勝つことはできません。故に、もう一手。打たせて頂きました。

 

「たしかに……シグナムの言う通りや。これは……『ウチの炊飯器』で炊いた味やない!」

 

 八神二佐も、実に慧眼。料理上手という評判は伊達ではないようです。

 

「准佐……あんた、一体何を使ったんや?」

「ふふ……聞かなくても、八神二佐なら大方の察しはついているのでしょう?」

 

 ドン!と、テーブルの中央に、わたしはそれを置きました。

 

「な……!?」

 

 

 

 意外っ! それは『土鍋』!

 

 

 

「な、鍋……?」

 

 困惑したように、シャマルさんが呟きます。

 ちっちっちっ……甘いですね、メシマズシャマルさん。残念ながら、これはただの土鍋ではないのですよ。

 

 

「これは、わたしが任務で管理外世界に出向いた際、米食文化が盛んなその世界の部族から譲り受けた……どこでも買うことのできない、とても貴重な土鍋です」

「な、なんやて!?」

 

 気付きましたか、八神二佐。

 炊飯器は便利です。ボタン一つで炊けますし、面倒な火加減の調整も不要。保温も効きます。ですが反面、どうしても時間の経ったご飯は黄色くなったり、独特のにおいがついてしまったりします。もちろん、最新の技術で作られた炊飯器の中には、そのあたりの問題をクリアしている製品もあるでしょう。この八神家の炊飯器も、きちんとしたブランド製品でした。

 

 だがしかし!まるで全然!この土鍋で炊いたご飯の美味しさには及ばないんですよねぇ!!

 

 土鍋で炊いた、炊きたてご飯はマジでおいしいですからね。真夜中の食堂でこれを使ってご飯を炊いた時のおいしさと背徳感といったらもう、筆舌に尽くし難いレベルですよ。代わりに、目撃された新人シスターにはドン引かれましたが、些細な問題です。

 

「えーと、准佐?」

「はい。なんですかシャマルさん?」

「もしかして、わざわざウチでご飯を炊くためだけに、この土鍋を持ち込んで?」

「ええ。それが何か?」

「あ、えっと……なんでもないです」

 

 将来の旦那様の職場にご挨拶に行くのです。もしかしたら土鍋でご飯を炊く機会があるかもしれないじゃないですか。実際、こうしてご実家というもっと踏み込んだ場所でとても役に立っていますし!

 

「……っ!」

 

 なるほど、たしかに。

 八神二佐の料理の腕前は、神クラス。わたしの料理を普段から口にしてきたシスターシャッハがそう言うのですから、間違いないのでしょう。おそらく、わたしと八神二佐の調理技術に、そう大した差はありません。

 しかしだからといって。わたしが負ける道理もないのですよ。

 

 相手の心を掴むには、まずは胃袋から。

 

 さぁ、料理上手で美人なお嫁さんシスター……お買い得とは思いませんか?

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