初恋相手は犬でした   作:龍流

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逆襲のシャッハ

 まずい、と八神はやては思った。

 目の前の料理が、ではない。この状況が、だ。

 

「……おい、こっちの味噌汁ってお代わりあるのか?」

「はいはーい! もちろんありますよ~」

「あ、わたしもお代わりもらっていい?」

「どうぞどうぞー。シャマルさんは、また白でいいですか?」

「そうねぇ……せっかくだから、ヴィータちゃんが飲んでる方ももらおうかしら」

「わかりました。少しおまちくださいね」

「はぁ……お味噌汁おいしいです。それにしても、なんか落ち着くですねー。みなさん揃って朝ご飯食べるのも、なんかひさしぶりですしー」

「この後、オフっていうのがいいよなぁ」

 

 わいわい、がやがや、と。

 ゆったりと朝食を楽しむ八神家の食卓に、今やフィアメッタは完全に溶け込んでいた。それはもう、違和感がないレベルで。

 

(あかん……これはあかん)

 

 胃袋を掴む者は心をも掴む、というが。まさかおいしい食事が、これほど人の心をほぐすものだと、はやては思っていなかった。否、はやてもまた、息をするように『おいしい食事を作る側』だったからこそ、失念していた……と言うべきか。

 おいしいお味噌汁効果によって、はやての守護騎士達はすっかり骨抜きにされている。

 

「……この漬け物もうめぇな」

「ええ。わたしが騎士団で漬けている自信作ですから。そちらも、まだお代わりあるので言ってくださいね?」

「……勘違いするなよ。作ってくれたもんはありがたく食べるが、アタシはべつにお前を認めたわけじゃないからからな」

 

 在りし日のツンデレムーブで、辛うじてヴィータが持ちこたえているくらいだろうか。ただし、その箸は止まることなくめちゃくちゃ進んでいる。

 

「ええ、もちろんです。わたしも、こんな簡単な朝食を振る舞っただけでは、満足できません」

「ん?」

「もちろん昼食、夕食でも腕を振るわせていただきます」

「……それは、ちょっと楽しみだな」

 

 

(あかーーーーーん!!?)

 

 やはりダメだった。

 くっ……殺せ、と言わんばかりの表情でヴィータは顔を俯け、漬け物をバリバリ頬張る。というか、さっきから漬け物食べすぎである。見た目はロリだが、生活習慣病になりそうだ。よく漬かった漬け物は、ご飯のお供に最適なのは間違いないが……はやては歯痒い気持ちで、盛られたたくあんをもりもりと頬張った。止まらない、やめられない。

 一通り、守護騎士達の食事の世話を終えたフィアメッタは、くるりと振り返ってはやての方を見た。それはもう、見ていて清々しいほどの笑顔を添えて。

 

「いかがでしょうか、八神二佐? お口に合いましたでしょうか?」

「……くっ」

 

 めちゃくちゃおいしい、などとは死んでも口にしたくないが、しかしおいしい料理を「おいしくない」と言うのも、少なからず料理が得意な自負がある者として、プライドが許さなかった。

 結果。

 

「ま、まあまあやな」

 

 はやて、逃げの一手。

 

「……ほう、なるほど。まあまあですか」

「そ、そうや。まあ、教会のシスターさんにしては? たしかに結構なお手前やとは思うけどな? 朝ごはんだからメニューも簡単なものやし、これだけじゃちょっと判断はつかんなぁ」

「なるほど、道理ですね。実は先ほど、朝食を作る前。昨日の残り物がそのまま冷蔵庫に突っ込んであったので、タッパーに移し替えるついでに味見させていただいたのですが」

「いや勝手になにしてんねん!?」

「安心してください。このタッパーはミッドの主婦のみなさんから絶大な支持を受けている商品です。お弁当箱代わりに持っていくもよし、そのまま温めてもよし。きつい臭いもつきにくく、油汚れもさっと洗っただけで落とせるステキな逸品。わたしもよく教会で愛用しています。折角ですので、昨日のおかずを入れたものはそのまま差し上げましょう」

「え、ほんまに? それはうれしいわ、ありがとう……じゃなくて! なに勝手に味見してんねん!?」

 

 高性能タッパーに騙されそうになりつつも、それはそれ、これはこれである。きっちり二回連続でツッコミをいれたはやてだったが、フィアメッタは涼しい表情のまま、冷蔵庫から昨晩の残り物を取り出した。

 

「以前、二佐の料理をシスターシャッハが絶賛していたことがありました。シスターシャッハだけでなく、騎士カリムやヴェロッサくんも、口を揃えて「はやての料理はおいしい」と」

「ヴェロッサ、くん……?」

 

 自分の料理に対する評価よりも、そちらの方が気になって、はやては首を傾げた。フィアメッタの教育係はシスターシャッハ。ということは、あの優秀な監察官と彼女は、並べる机を共にしていた可能性もある。すっかり失念していたが、この破天荒なシスターは自分の周囲の人間と繋がりが深いのだな、と。改めてはやては思った。

 

「しかし、わたしに言わせていただくのなら……失礼を承知で申し上げますが、まだまだですね」

「……なんやって?」

 

 が、それはともかくこの破天荒シスターはやはりクソ生意気である。はやては自分の口角が、苛立ちでピクピクと震えるのを自覚した。

 

「また随分と、偉そうなことを言ってくれるやないの」

「事実ですから」

「っ……そこまで言うなら、具体的に教えてほしいなぁ。わたしの料理の、どこがダメなのか?」

 

 急に険悪になった雰囲気に、はやてとフィアメッタのやりとりを見守っていた守護騎士達が途端におろおろしはじめる。平静を保っているのは、黙々と魚の骨を取り除いているシグナムくらいだ。

 

「では、僭越ながら……というよりも、わたしが言うまでもなく、八神二佐はすでにご自身で理解していらっしゃるのではありませんか?」

 

 そんな周囲の空気を気にもせず、フィアメッタはタッパーを掲げるようにして言い切った。

 

 

「最近、八神二佐は料理をお作りになっていなかったでしょう?」

 

 

 ぐっと、はやては言葉に詰まった。何故ならそれは、はやて自身が昨日調理を行った際に思ったことであり……より端的に言うならば、心の急所を突く『図星』であったからだ。

 

「一口、味見させていただいただけでピンときました。二佐の料理は、味付けも彩りも長年の経験を感じさせる、実に細やかな出来栄えでしたが……しかし、だからこそ。下ごしらえや包丁の入れ方、少量の隠し味などに、隠しきれない『ブランク』を感じました」

 

 フィアメッタの言う通り、レリック事件に携わっている間、はやてはまともに台所に立つ時間をずっと作れないでいた。事件解決後も、なんだかんだと事後処理や書類整理に追われ、官舎の食堂で食事を済ませていたのだ。

 腕が落ちている……とまでは言わないが、鈍っている。フィアメッタの指摘は、はやてが感じていたことをそのまま明確に突きつけていた。そして、その細かな調理の『粗』に気付くことができる彼女の料理の腕は、間違いなく本物だった。もはや、否定のしようもない。

 

「断言しましょう、八神二佐。今、わたしと二佐が料理対決をすれば……勝つのは、わたしです」

「……それは、実際にやってみなきゃわからんと思うけどな?」

「なら、試してみますか? 今からはじめても、わたしは構いませんよ」

 

 一触即発。二人の間の緊張が、ピークに達しようかというその時。

 

 

 ピンポーン、と。

 

 

 実に間の抜ける、来客のお知らせがダイニングに響いた。

 

「……誰や、こんな時に」

「ええ、本当に。誰でしょう? こんな朝早くからインターホンを鳴らして訪問してくるとは、まったく……非常識ですね」

「せやね。鏡もってこよか?」

 

 現在進行形で早朝から人様の家に上がりこみ、台所を勝手に占拠し昨晩の残り物をタッパーに移し替えたりもしている非常識極まりないシスターは、絶対に自分の顔を見た方がいい。

 

「そういえば、八神二佐の出身世界には、鏡に己の美しさを問う童話があるそうですね。可能なら、わたしもぜひ質問してみたいものです」

「へえ。自分に随分自信があるんやね」

「ええ。「鏡よ鏡、ザフィーラさんに相応しい花嫁はだーれ?」と。問えば即答してくれるでしょうから」

「美しさ聞け! 美しさ!」

 

 馬鹿なやりとりをしながら、とりあえず玄関を開けようと廊下に出ると、何故かフィアメッタもついてきた。

 

「……いや、なんでついてくるん?」

「どうせ、新聞の勧誘か何かでしょう。お任せください、八神二佐。教会にくるいらない商品の勧誘は、わたしが大体撃退しています。それに、もし来客だった場合、そのしわしわの制服姿で相手を出迎えるおつもりですか?」

「ぐっ……」

 

 本当に、いちいち口が回るシスターである。

 

「べつに、新聞勧誘のお兄ちゃんに多少乱れた姿見られてもどうってことないわ!」

「いけませんね。ご存知ですか? そういう、ちょっとした美意識の緩みから、女性の外見は劣化していくものらしいですよ?」

「余計なお世話!」

 

 言い争いをしながら、二人並んでドアの前に立つ。ドアノブに手をかけようとするフィアメッタを制して、はやては自分でドアを開けた。

 まだ、早朝と言える時間帯。そんな早くから、八神家を訪れたのは、

 

 

 

 

 

「おはようございます、騎士はやて」

 

 

 

 

 

 満面の笑みを浮かべている、シスターシャッハだった。

 

「……シャッハ?」

「こんな早い時間からご自宅に訪問する無礼、どうかお許しください。もしかして、と思ったのですが……ここに、フィアメッタ・マジェスタは来ていませんか?」

 

 本当にどこまでも、にこやかな笑顔のまま、はやての隣に目を向けて、

 

「ああ、やっぱり……ここにいたのですね」

 

 紡がれる言葉だけが、あまりにも鋭利な冷気を伴う。

 

「ッ……!」

 

 瞬間、コンマ数秒の素晴らしい反応ではやての横から手を出したフィアメッタは、叩きつけるような勢いでドアを閉め、カギをかけ、さらにチェーンを完全にロックした。

 だらだらと冷や汗を流し、ぐるぐると目を回すフィアメッタは、先ほどまでとは一転。捨てられそうになっている子犬のような目で、はやてを見た。

 

「……や、八神二佐」

「シャッハー。ちょっとまってなー。すぐここ開けるからなー」

「まってくださいやめてくださいしんでしまいます」

 

 正面からはやてに抱き着き、懇願するフィアメッタ。しかし、はやてはそのままの状態でチェーンに手を伸ばした。

 

「んー? どいてくれるかな、准佐?」

「いやいやいや……いやいやいや! ダメですダメです! 本当にやめてください。今のシスターシャッハの前にわたしを出すのは、死ねと言っているのと同義です。わたしはまだ死にたくありません。ていうか、どうしてここに? 陽動は万全だったはず……」

「何年、あなたの教育係をしていると思っているのですか? あの程度の小細工で私を騙そうなど、片腹痛いのですよ」

 

 聞いてもいないのにドア越しに返ってきた回答に、フィアメッタはわなわなと震えて、さらに強くはやてに抱きついた。

 

「八神二佐! 開けないでください! 今、ドアを開けてしまったら、わたしとのお料理勝負の決着が永遠につけられなくなりますよ!?」

「ええんやない? どうせわたしが負けるらしいし」

「フィア。騎士はやてにご迷惑をおかけしていないで、はやく開けなさい。素直にドアを開けてくれれば……いえ、今さら素直になったところで、特に罰が軽くなるということは有り得ませんが、もしかしたら私の拳も多少は加減がきくかもしれません」

 

 すでに決定している鉄拳制裁に、フィアメッタが泣き出しそうな表情になる。

 いい気味だ、と腹黒タヌキモードで内心ほくそ笑みながら、はやては遂にドアのカギを外した。

 

「あっ……!?」

 

 続けてチェーンを外そうしたはやての腕を、フィアメッタが掴む。しかし、もはや後の祭り。開いたドアの隙間から足がねじ込まれ、ついでに差し込まれた手のひらががっしりとチェーンの限界までドアをこじ開けた。空いた隙間から、獣のような眼光が覗く。

 

「……フィアメッタ」

「ひっ……!」

 

 はやてと揉み合うような体勢のフィアメッタを一瞥し、瞳の鋭さがさらに研磨される。

 

「騎士はやて。あとで修理費は払うので、お許しください」

「へ?」

 

 みしり、と。嫌な音が響く。

 はやての返事を待たずに、限界まで伸びきったチェーンがあっさり引きちぎられ、開かれたドアから武闘派シスターが玄関に踏み入った。

 

「あ、あわわわわわ……」

 

 ジャキン、と。メカニカルな音を響かせて、私服のままデバイスを展開するシャッハ。もはや、言葉も出ない様子のフィアメッタを見下ろし、鬼の教育係は一言。

 

「フィアメッタ。歯を食いしばりなさい」

「ちょ、まっ……!?」

 

 瞬間、風が吹き荒れ、

 

 

 

 

「ヴィンデルシャフトっ!」

 

 

 

 気合い、一閃。

 はやての目の前で、フィアメッタ・マジェスタの体が、廊下の奥まで一気に吹き飛んだ。続いて、吹き飛んだ体がドアを突き破る音と、さらにそれがどこかに激突する音が重ねて鳴り響き、

 

 

 

「私の味噌汁が!?」

 

 

 

 シグナムの悲痛な声が、それらを締めくくった。




サブタイトルがネタバレ過ぎた

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