デバイスとバリアジャケットの装着は、魔導師に独特な時間感覚をもたらす。
周囲から見れば一瞬で終わる『変身』も、衣服の分解、収納、防護装備の起動、展開……と、その実、決して単純ではない複雑なプロセスを経ているのだ。
「セットアップ」
『Get ready』
フィアメッタ・マジェスタが短く告げた瞬間、機械的な音声が響き、その足元に魔法陣が展開した。
首にかけたシェーンディリゲントを人差し指と中指で挟み込み、そっと掲げて、フィアメッタは十字架の中心に接吻をする。中心に埋め込まれたクリスタルが淡く輝き、明確な変化が始まった。
まずジャケットが、次にブラウスが、そしてタイトスカートが。魔力光に包まれ、分解される。白い肌に映える水色の下着が露わになり、十字架を掴む右手を掲げると同時にそれらも消滅し、フィアメッタは一糸纏わぬ姿となった。
魔素の奔流を受けて、腰まで届く黒の長髪が靡く。煌めく魔力光は、やや赤みが強い桜色。奇しくも『エース・オブ・エース』と同色の魔力色は、情熱家、そして純心一途を意味する。
手にしたシェーンディリゲントを手放し、フィアメッタは両の手を水平に広げ、細くしなやかな脚を重ねるように閉じた。瞳に目蓋でふたをして、デバイスに身を委ねる。空中でくるくると回転する十字架は、自然にフィアメッタのシルエットと重なって。瞬間、さらに強い輝きを放ち始めたシェーンディリゲントは、裸体に桜色の魔力を纏わせていく。
足首の指先からふくらはぎまで。そして腰回りに集中した魔力が、黒のインナーを形作る。胸の下からへそまでは露出したまま、上半身にも同様のそれを身に纏った。
閉じていた、右手を広げる。二の腕から指先まで、桜色の光が腕全体をなぞるのと同期して、アームカバーが現れ、白磁の肌を黒く染め上げた。
閉じていた、左手を広げる。ショートパンツのみだった股間を覆い隠すように、やはり漆黒の長布が膝の先まで伸びた。
優しく開いた両手の、白い指先を重ね合わせて。胸の前で祈りを捧げたフィアメッタは、そしてようやく翡翠色の瞳を開いた。
桜色の魔素が、花弁の如く舞い散る。同時に、黒のインナーとはどこまでも対照的な、白のロングローブが腰から広がった。魔力の勢いで軽やかに靡くそれに合わせるように、上半身にもノースリーブのジャケットが展開される。相反するはずの二つの色は、しかし不思議と安心するような、見事な調和を示していた。
一歩、前に出る。
硬質な音を響かせながら、銀色のブーツが装着され、魔法陣を踏みしだく。
二歩、前に出る。
胸元の中心。二の腕の袖口。白のローブの中央から伸びる長布。それら全ての漆黒を彩るように、暖かい緑色のラインが輝いた。
三歩、前に出る。
全身の装飾の締め括りとして、胸元にワンポイントのリボンが添えられ。白の清廉さをより強く示すために、金色の飾緒がぐるりと弧を描く。
しかし、これで終わりかと言えば、それは否。唯一、魔力の輝きが届いていない頭を振って、フィアメッタは自身のアイデンティティとも言える黒髪を広げた。
見えない何かを包み込むように、広げた両手が、指先が、軽やかに動き始める。銀色の爪先が、あるいは惜しげもなく露出した肩が、リズムを刻む。クレッシェンドから、ディミヌエンドへ。時折、アクセントを添えながら。メロディー、リズム、ハーモーニー。それらを全身で表現するフィアメッタの動きは、紛れもなく目に見えない音を表現する『指揮』だった。
リズムを一つ、変える度。白のベールが少しずつ伸びる。テンポを一つ、変える度。美しい音色に更なる表現を加えるように、控えめなそのベールに金色の装飾が添えられていく。
美しい指揮者には、やはり
小さく、控えめに、ささやかに。伸ばした指先でフィアメッタが手にしたのは、吸い込まれるような深い藍色だった。デバイスと呼ぶにはあまりにも小さく頼りないその指揮棒は、しかし紛れもなくフィアメッタ・マジェスタの相棒である。
束の間の演奏を讃えるように踊り散る、桜色の花弁。その中心に降り立ったフィアメッタは、左手を握り締め、旋律を締めくくった。
「さて……」
『Leave that up to me』
眼前で剣を構える騎士に向けて、一言。
「はじめましょうか」
★☆★☆
バリアジャケットとデバイスを起動したフィアメッタを見て、高町なのはは目を疑った。
フィアメッタが身に纏うのは、白と黒を基調としたバリアジャケット。修道女の服を模したデザインのそれは、彼女が普段から着用しているものとは異なり、金と緑の装飾が全体に施されている。黒髪の美しさをより引き立てるのは、髪色と対照的な白のベール。腰周りや二の腕を露出した軽装は、機動六課で言えばスバルやのティアナのバリアジャケットに近いだろうか。それは楚々とした彼女の雰囲気を損なわない、一種の優美さを感じさせた。
だが、なのはの驚愕の理由は、そんな彼女の姿ではなく……
「あれは……杖?」
彼女が携える、武器にあった。
魔導師が己のデバイスに『杖』を選ぶこと事態は、決して珍しくない。むしろ武器として構えやすく、場合によっては近接戦に対応し、メインの射砲撃を行う際に魔力の収束と照準を行いやすい杖は、空戦魔導師が手に取るデバイスの形状として、極めてメジャーなものだ。シグナムの『レヴァンティン』やヴィータの『グラーフアイゼン』といった、はっきりと武器の形状をとるアームドデバイスの方が稀である。
ただし。フィアメッタがゆったりと指先だけで構えたのは、デバイスと呼ぶにはあまりにも細く、短く、小さい、まるで『指揮棒』のような杖だった。
「……そういえば、はじめて見るね。彼女のデバイス」
「『シェーンディリゲント』。データでは『カートリッジシステム』搭載型のインテリジェントデバイスとあるけど……ちょっと妙やね」
テンションが暴走気味だったはやては、やや落ち着きを取り戻して、フィアメッタのデバイスを注視する。なのはも、それに頷いた。
「うん……ちょっとおかしい。機能をまとめた小型のデバイスはシャマル先生の『クラールヴィント』とかがあるけど……」
「シャマルの本領は、治療と補助や。前線に出る必要のないクラールヴィントも、それに適した形になっとる。でも、マジェスタ準佐のデバイスは別や。いろんな部隊に出向して、前線でバリバリ戦えなきゃならんのに……」
生真面目にフィアメッタの姿を観察していたティアナは、まだ誰も触れていない疑問を口にした。
「あのデバイスって『カートリッジシステム』搭載型で間違いないんですよね?」
「はいです! 間違いないです」
周囲を飛び回りながら、リーンが元気よく肯定する。証拠と言わんばかりにティアナの目の前にホロウインドウが展開され、フィアメッタのデバイスに関する簡単なデータが浮かび上がる。
「……やっぱり、おかしい」
データ上にも明記されたその情報に、ティアナはまた首を傾げた。
ミッドチルダ式とベルカ式。二つの魔法形式の最も大きな違いとして挙げられるのは、やはり『カートリッジシステム』の有無である。
圧縮魔力を込めたカートリッジは、そもそもの魔力保有量で劣る古代ベルカの民が、武器や徒手を用いて敵に直接魔力を叩き込む目的で開発された。故に、古代ベルカ式に特化したアームドデバイスを扱うシグナム達のような魔導師は『騎士』と呼ばれる。
なのはやフェイト、ティアナもカートリッジが搭載されたインテリジェントデバイスを相棒にしているが、それらはカートリッジの使用による魔力の底上げを目的にしているので、武器を用いた近接魔法攻撃……という基本的なベルカ式の運用体系とは思想が異なる。フェイトも近接戦闘を主とした魔導師だが、本来の意味で正しく『ベルカ式』の使い手と呼べるのはスバルやシャッハなど、限られた者だけである。
ベルカ式のカートリッジシステムを組み込み、ミッドチルダ式に流用しているのが『レイジングハート・エクセリオン』や『バルディッシュ・アサルト』、そしてティアナの『クロスミラージュ』などのデバイスだ。装填方法に細かな違いはあれど、カートリッジを使用する以上、デバイスには一定のスペースが必要になってくる。
そう。
指先だけで保持することができるあの小さなデバイス……『シェーンディリゲント』に、魔力カートリッジを装填するスペースなどあるわけがなかった。
ティアナ達と同様の疑問は、当然フィアメッタと直接対峙するシグナムも抱いていた。
(妙なデバイスだ)
抜刀したレヴァンティンを正眼に構えながら、シグナムは思考する。
シスターシャッハの弟子ということで、近距離タイプの騎士……つまりは、自分と似たような戦闘スタイルを予想していたが、あの貧弱な杖でレヴァンティンと打ち合えるわけもなく。よもや得物もなしに近接戦に飛び込むほど、彼女も馬鹿ではあるまい。
「それが、貴方のデバイスですか」
「ええ。シェーンディリゲント。見た目は小さいですが、わたしの大切な相棒です」
「それで、私のレヴァンティンを受けきるおつもりで?」
「まさか。この子にそんな能力はありませんよ。わたしは、シグナムさんやシスターシャッハと違って、前に出てバリバリ殴り合うタイプではないので」
けろりとした表情で、フィアメッタは軽く答えた。
(つまりは、高町と同じタイプ……射砲撃がメインなのは間違いない。何故、あれほどデバイスが小型なのか。気になるところではあるが……)
とはいえ、待っていても答えは出ない。
「……よろしいでしょうか、准佐?」
「はい。いつでもどうぞ」
肯定と共に向けられた笑みは、自信の表れか。
「では……」
右足を大きく前に出し、体内の魔力を練り込み、
「胸を、お借りします」
シグナムは、跳んだ。
模擬戦が始まる。先手を取ったのは、やはりヴォルケンリッターが誇る炎の騎士である。
文字通りの突進。策も何もない、いっそ愚直なまでの正面からの突貫は、しかし純粋であるが故におそろしいスピードと威力を伴っていた。
まずは、一太刀。
そこからはじめよう、と言わんばかりに。
小手調べ、というにはあまりにも痛烈な斬激が、無防備に立つフィアメッタに迫る。
「うわ、はや……」
しかし、フィアメッタは動かなかった。ただ、目を大きく見開いてレヴァンティンの白刃を見詰めるだけで、
「……っ!?」
その斬激の軌跡を完璧に見据え、見切った彼女は、上半身を軽くそらすだけで剣の描く軌跡から完璧に逃れてみせた。
(体捌きだけで……?)
「……なぁるほど」
ニィ、と。
シグナムがそれまで見てきた笑顔とは、全く別の種類の笑みが表に浮かび上がる。
「シスターシャッハと、同じくらいの速さですね」
シグナムの内心の動揺に答えるように、フィアメッタは独りごち。同時に軽いステップで後退した彼女の周囲に、桜色の光が灯る。
くん、と持ち上がった杖の先に、同期して動く光弾は四つ。
「シュート」
呟きと同時に解き放たれたそれらの誘導弾を、しかしシグナムは片手で振るうレヴァンティンで切り裂き、はじき、叩き落としてみせた。
魔力弾の展開スピードが早い。砲術戦のエキスパートであるなのはほどではないにしろ、それに準ずるスピーディーな装弾だ。
「……流石、伊達ではないか」
「……あらら、全部落としますか。変態さんですね」
互いに賞賛を漏らし、二人の体は地面から飛び上がって宙へと舞った。空戦魔導師の花たる、空中戦の幕開けである。
「シグナム副隊長が追いつけない!?」
「おー、なかなか速いじゃねぇか。あいつ、やるな」
エリオは驚いたように、ヴィータは至極感心したように。序盤の小競り合いを終え、空中機動に移った二人を見上げる観客席から、感嘆の声が漏れる。
互いの尻尾を取り合うようなドッグファイトを繰り返すシグナムとフィアメッタの攻防は、しかしどちらかといえばシグナムの方がフィアメッタに『追いつけていない』ように見えた。
「誘導弾を小刻みに展開して、シグナムを近寄らせていない……」
「うん。近接戦を完全に封じる腹積もりみたいだね」
その理由は単純。攻撃レンジの差である。
古代ベルカの騎士としてのスタイルを貫くシグナムは、基本的にどうしても近距離戦が主となる。対戦相手であるフィアメッタが、その弱点を突かない手はない。
(まだ低ランクの誘導弾しか撃ってきていない。断定はできないが……テクニックだけでなく、魔力量も並以上だろう。なるほど。大した実力だ。射撃の正確さも、空中の機動も、それぞれ高町とテスタロッサに迫るものを感じる)
狙いの正確な魔力弾を捌きながら、シグナムの口角は自然と釣り上がった。シスターシャッハのような近接戦のエキスパートとの模擬戦は心踊るが、このように自分を徹底的に封じ込めようとする相手との戦いも、また悪くない。
実際、フィアメッタの実力は間違いなく高かった。三流の魔導師なら瞬殺、二流の魔導師では持って数分。一流の魔導師でも、彼女の前では今のシグナムのように弱点を的確に突かれ、丸裸にされてしまうだろう。
しかし、忘れるなかれ。
ヴォルケンリッター、随一の剣。炎の騎士シグナムは、数百年に渡ってその一流の魔導師を屠ってきた、紛れもない生粋の強者である。
「レヴァンティン!」
『Schlangeform』
そして、彼女の唯一無二の相棒たる炎の魔剣は、彼方の敵すら逃さない。
一旦、鞘に収めたレヴァンティンから、カートリッジが排出される。居合いの如く抜き放たれたレヴァンティンの刃が、細かく割れ、蛇の如く伸びて唸る。いくつもの節に分かれた蛇腹剣。遠距離の敵に対応するための鞭状の連結刃、シュランゲフォルムである。
迸る赤い魔力が臨界点を越え、炎となって赤く燃え上がる。それは、シュランゲフォルムの特性を活かした『砲撃級』の魔力付与斬撃。
「飛竜……」
渦巻く刃と炎が、
「一閃!」
フィアメッタを飲み込まんと、食らいつく。
実体のある刃。輝く魔力光。そして、シグナムの魔力変換体質により付与された、真紅の炎。だが、そんな破壊の三重奏を目前にしてもフィアメッタの表情に焦りの色は微塵もなく。むしろ、シグナムにつられるように翡翠色の瞳は瞬いて、
「……ソニック、ムーブ」
加速。
その赤き渦を紙一重でかわし、一転。シグナムに対して自ら距離を詰め、クロスレンジと言っても過言ではない距離まで、一気に肉薄した。
「な……」
模擬戦を開始してはじめて、本当の意味でシグナムは驚愕する。
この土壇場で、回避でも、防御でも、応撃でもなく……接近という選択肢を選び取った。その回答がフィアメッタの左腕に集約する。
射撃魔法ではない。数秒のチャージを要する、掛け値なしの『砲撃魔法』。
「
シュランゲフォルムはレヴァンティンを伸長することで剣という武器の常識に囚われない、圧倒的なリーチを獲得する。しかし、それは同時に刃自体がシグナムの手元から離れる……即ち、レヴァンティンの刀身を防御に用いることができないということを意味する。
零距離砲撃。すれ違い様に叩き込まれるように放たれたそれが、シグナムに直撃した。
変身シーン書くのたのしい……やはり変身と戦闘こそ魔法少女の花!
そんなわけで、また友人が書いてくれたイラストを載せておきます。ラフですが、フィアメッタのバリアジャケットのデザイン案です。こちらを見てもらってから本編を再び読んで頂くと、変身シーンがより一層イメージしやすくなり、お楽しみ頂けると思います。
【挿絵表示】