初恋相手は犬でした   作:龍流

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鉄血のシグナム・中編

 足りない、とわたしは思いました。

 何が? 手応えが、です。

 

「ふぅむ……なかなか、どうして」

 

 しぶといですね。

 距離を詰めての零距離砲撃。可能ならばこれで仕留めるつもりでしたが、直撃を受けたシグナムさんは錐揉みするように落下しつつも、意識までは手放していません。

 

Strong defense(固いですね)

「っていうよりは、巧くタイミングをずらされた感じでしょうか。やりますね、シグナムさん」

 

 シェーンディリゲントが漏らした感想に応えながら、魔力球を複数展開。弾丸をバラ撒いて、追撃に移ります。対するシグナムさんは、地面すれすれに飛行しながらこれを回避。わたしとわたしの弾丸から、完全に『逃げる機動』に移りました。

 空戦魔導師同士の戦いは大抵の場合、距離を取っての『射砲撃』の撃ち合いに終始します。しかし、シグナムさんは近距離戦に重点を置いた生粋のベルカ騎士。接近を許せば一撃でやられる危険性を常に孕んでいる以上、回避と射撃の精度が肝になる通常の戦闘とは、異なる『組み立て』が求められます。

 

「シェンディ」

What do you want(なんでしょう)?』

 

 愛称で呼びかけると、わたしの相棒はそれが当然であるかのように聞き返してきました。前の任務で無理をさせてから、本格戦闘は久々ですが、鈍っていないようでなによりです。

 

「頃合いを見計らって仕掛けます。今はこちらのペースですが、弾数と弾速を見切られたら、シグナムさんはきっと対応してくるでしょうから。正面からやり合うのは、正直不利です」

 

 その前に、圧力をかけつつさっさと潰すことにしましょう。

 模擬戦とはいえ、勝負は勝負。シグナムさんには申し訳ないですが、負けてあげる道理はありません。

 

「シグナムさんには、最後までこちらの手の内で踊っていただきましょう」

I get it(了解です)

 

 さてさて。

 どうやって殺し切りましょうか?

 

 

★☆★☆

 

 

 レヴァンティンを一振りし、伸ばした刃を戻して再連結。なんとか体勢を立て直そうとするシグナムに対し、フィアメッタはさらに接近して魔力弾の雨を浴びせかけた。

 教導官という立場上、なのははこうした模擬戦を頭の中で分析しながら観る、一種の『癖』がある。そういう視点から見れば、フィアメッタの戦いは非常に分析のし甲斐があるものだった。

 射撃の展開、速度、精度。彼女はどれも並以上だ。加えて、先ほどシグナムの意表を突いた『ソニックムーブ』。フェイトやエリオが多用するあの魔法は、高速戦闘に特化した機動戦用のもの。射砲撃メインの空戦魔導師が使用するのは、少々珍しい。

 

 しかも、

 

(さっきまでと、攻撃のパターンがまるで違う)

 

 振るわれるレヴァンティンが届かないギリギリのリーチを見極め、それでいて射撃の圧力が最も機能するギリギリまで近づき。テンポよく攻撃の手を緩めず、フィアメッタは地面すれすれに飛行するシグナムを、そのまま押し込んでいく。

 距離を取って火力で圧倒するなのはとは違う。様々な射撃を織り交ぜて攻撃レンジをコントロールし、時には自ら近づいて致命的な一発を撃ち込みにくる。

 この戦闘スタイルは、言うなれば

 

「近距離、射砲撃型?」

 

 疑問系のなのはの呟きに、シャッハが反応した。

 

「言い得て妙ですね。なるほど、たしかに。わたしが教育的指導で徹底的に近接戦闘を鍛えたにも関わらず、それをまるで活かそうとせずに『スタイリッシュでカッコイイ』などという理由で砲撃魔法に逃げたフィアの戦闘スタイルは、とても独特なものです」

「し、シスターシャッハ?」

「いえ、別によいのです。フィアにわたしにはない砲撃魔法と飛行の才があったことは、間違いない事実。別に『ヴィンデルシャフト』と同型のデバイスを密かに発注したりとか、そんなことは決して、ええ」

 

 めっちゃ気にしてるじゃん、とシャッハに言える者はこの場にいなかった。どこか遠い目で、彼方を見やりながら漏らす声は、とても悲しげである。

 

「近づいて撃つ……さっきの一撃、空戦魔導師とは思えない珍しい攻め方ですよね」

「そうだな。あれでアタシらと同じような『アームドデバイス』なら、近接で一発ドカン!、なんだろうが……」

 

 エリオの一言にヴィータが付け加える。なのはと同様に、教導を主な仕事にしているヴィータもフィアメッタの戦い方には思うところがあるらしい。

 

「……でも、フィアメッタさんがこのまま攻めるなら、シグナムに分があると思うよ」

 

 一見、形勢が不利に思えるシグナムを支持したのは、戦闘スタイルが近しいフェイトだ。

 

「さっきは不意打ちを受けたけど、今は攻撃を見切ってる。そろそろ、反撃に移るんじゃないかな?」

「そうや! うちのシグナムがこのままやられっぱなしで終わるわけあらへんもん!」

 

 ふんす!と鼻息荒く告げるはやての隣で、しかしシャッハの表情は揺るがない。

 

「そうですね、騎士シグナムがこのまま終わるとは、私も思いません。しかしながら……アレはフィアの戦闘スタイルの、ほんの一面にしか過ぎないのです」

「え? どういう意味ですか?」

 

 首を傾げて問いを投げたスバルに、

 

「見ていればわかります。……まぁ、なんというか、本当に誰に似てしまったのか。ウチの秘蔵っ子は……とことん性根がねじ曲がっているのです」

 

 口でこそ、貶めていたが。

 フィアメッタの教育係であった彼女は、自慢と照れと呆れと諦めがないまぜになった、一言では形容できない複雑極まる表情でそう言った。

 そして、その言葉が合図だったかのようにシグナムが動いた。フィアメッタの射撃の『癖』をこの短時間で見極め、接近を可能にした騎士としての戦闘経験と地力が、ここにきて明確に牙を剥く。

 

「よし!」

「……とれる」

 

 はやてが腕を振り上げ、フェイトが呟いた。

 

 その、刹那。

 

 フィアメッタに肉薄するシグナムの体に、魔力で構成された鎖が絡みつく。

 

「バインド!?」

「うそっ!? いつ仕掛けたの!?」

「仕掛けてなどいませんよ」

 

 フェイトとティアナの驚きを、シャッハは否定する。

 

「バインドは、近接戦を主とする魔導師を潰すのにはとても有用な一手です。ですが、高速で飛翔する目標に対して正確にバインドを当てることはとても難しい。予め設置していた魔法陣に相手を追い込むとしても、余程の好条件が重ならなければそれも叶いません」

 

 バインドを用いた拘束は、フェイトやシグナムのような近接メインの魔導師を相手にした際に、なのはもよく使う戦法である。ただし、それは相手が自分に対して距離を詰め、懐に飛び込んできた時。言い換えれば、魔法陣を展開して待ちかまえることができる場合に限られる。

 

「じゃあ、あれは一体……?」

「……まさか」

 

 皆が困惑する中、ただ一人だけ。その可能性に思い至った『エース・オブ・エース』は、シグナムを拘束する二本のチェーンの発生源を凝視する。次に『その術式に精通している』使い手であるティアナが。さらにその後に、目の良いヴァイスが違和感の正体に感づいた。

 空間に溶け込んでいた偽装がゆっくりと剥がれ落ち、ようやく全員の視界に『それ』は現れた。

 

 

 

★☆★☆

 

 

 月並みな表現になってしまうが。

 シグナムは、一瞬何が起きたか分からなかった。

 射撃の手数、弾速、威力。全て読み切ったつもりだった。素早い相手には自分から接近して射撃当ててくるフィアメッタのスタイルは特殊だったが、距離を取られないならやり様はいくらでもある。だからこそ攻撃を見極め、接近し、必殺の一撃を叩き込むはずだった。

 しかし、そこに待ち受けていたのは。反撃のカウンターバインド。

 

「馬鹿なっ……」

 

 驚愕が、思わず口から漏れ出る。

 こんなものを、いつ仕掛けた? 

 

「捕まえましたよ、シグナムさん」

 

 にんまり、と。フィアメッタの口角が、弧を描いて釣り上がった。

 有り得ない。

 近接戦を主とする魔導師に対して、バインドを使うのは一種のセオリーといっても過言ではない、メジャーな戦術だ。自分のスタイルが近接メインであると自覚しているシグナムも、当然バインドの重要性は理解している。否、理解して、警戒しているつもりだった。

 バインドは、魔力で編んだ鎖を、魔法陣から瞬時に展開し、相手を拘束する魔法である。ほとんどの場合、術者は動きを止めた状態で魔法陣を『設置』し、接近戦を仕掛けてくる相手を待ち構える。足を止め、高ランクの砲撃魔法を撃ち込み続けながら、近づく敵はバインドで動きを止め、確実に仕留める。高町なのはの戦い方が、最もわかりやすい例だろう。

 だが、シグナムは回避と攪乱を目的とした、全力に限りなく近いスピードで飛行していた。そして、フィアメッタもそれを追い込むスピードで、高速飛行を行っていた。だからシグナムは、彼女がバインドを使うという『選択肢』を、自然に除外していたのだ。だが、事実としてシグナムは今、フィアメッタのバインドを受けている。自分を追いかけながら、魔力弾を放ちつつ、反撃を受けるポイントを予想して、バインドを仕掛けていた?

 有り得ない。いくらなんでも、そんな芸当は絶対に不可能だ。

 

「よしよし……『アインス』『ツヴァイ』。しっかり押さえ込んでおいてください」

 

 周囲の空間が、剥がれ落ちる。フィアメッタが展開していた幻術魔法が解ける。

 シグナムを拘束するバインド。その発生源である魔法陣……を、展開していた『正体』が、ようやく明らかになった。

 

「これは……?」

 

 サイズは、通常のデバイスの先端部分ほど。鈍色に輝くボディと飛行に適した流線型の造形。フィアメッタから離れて飛行し、バインドを発生させているそれは、独立した一種の攻撃端末だった。空中に浮遊する数は二機。それとよく似たデバイス……いや、正確に言えば『デバイスに付随するオプション装備』を、シグナムはよく知っている。

 

「……ブラスター、ビット?」

「ご名答……とはいっても、なのはさんのレイジングハートとわたしのシェーンディリゲントでは、そもそもの運用や構造が全く異なりますが」

 

 ブラスタービット。それは、エース・オブ・エースの愛機『レイジングハート・エクセリオン』がフルドライブモード『ブラスター1』で使用する子機である。なのはの魔力リミッター解放と連動し、本体と合わせて必殺の強力無比な一撃を放つ。

 だが、フィアメッタはそういった大規模な魔力行使を行う素振りすら見せていなかった。

 

「馬鹿な……こんなものをいつから」

「いつから?」

 

 きょとん、と。

 フィアメッタは首を傾げる。

 

 

 

「もちろん、最初からです」

 

 

 愕然と。シグナムは己の体が固まるのを自覚した。

 

「二機の攻撃端末……『アインス』『ツヴァイ』。そして、それらの制御を担う、本体の『フィアー』。これら全てが、わたしのデバイス。シェーンディリゲントの全貌です」

 

 三位一体。つまりは、設計の段階から『ビット』との連携を念頭に置いた特殊なデバイス。それこそが、清廉なる指揮者……『シェーンディリゲント』の正体。

 いっそ、朗らかなほどの微笑みを添えて。

 

「最初から、幻術魔法で隠して、こっそりと周囲に展開させていました。少しズルいようですが……こちらの戦い方が割れていないなら、それを活かした方がいいに決まっていますから」

 

 ぺろり、と舌を出しながらフィアメッタは嗤う。

 バインドを展開するための魔法陣は、移動できない。しかし、術式を起動できる『子機』のような存在があれば、話は全く別だ。

 

 嵌められた、と言う他なかった。

 

「くっ……!」

 

 シグナムも、悠長な答え合わせにわざわざ付き合っていたわけではない。驚愕は決してウソではなかったが、その間にもなんとかバインドを振り解こうと、全身の魔力を励起させていた。

 しかし、解けない。ビットから放たれる拘束用のチェーンは、かなり強靭な魔力で編まれていた。

 そして、それを理解しているからこそ。フィアメッタもゆっくりとタネ明かしをしていた。もはや勝負はついた、と。そう言わんばかりに。

 

「シェンディ」

『Load Cartridge』

 

 死神の鎌が、首をもたげるが如く。

 二機のビットの内部で、重い装填音が連続して響く。

 

「まさか……それぞれの『ビット』にカートリッジをっ……!?」

 

 古代ベルカ式から発展したカートリッジシステム。本来は近接魔力攻撃を補助する目的で開発されたこの装置は、しかし魔力総量の底上げにも大きく貢献する。

 故にカートリッジを装填して放つ、高ランクの魔力攻撃は、一撃必殺という言葉が相応しい、強烈な威力を有する。

 

 それぞれのビットで二発。合計、四発分。

 某大な魔力が、ビットの砲口で光となって集束する。

 

 

「ブリッツェン・シュトラール」

 

 

 シグナムの体は、二条の重なる閃光に呑み込まれた。

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