魔導師の戦いにおいて、バリアジャケットとは一種の『生命線』である。
バリアジャケットは、空戦、陸戦問わず魔導師の使う防御魔法として最もポピュラーなものであり、またその用途は防御だけでなく、飛行中の空気抵抗の減衰など多岐に及ぶ。故に、魔導師の戦いにおいてバリアジャケットの喪失は、イコールで敗北に等しい。
『
「そうですね、でも……」
爆炎の中、飛び出してきたその影をフィアメッタは注視する。
「やっぱり、まだ倒せていないみたいです」
煙と炎を振り切るようにして舞い上がる、古代ベルカの騎士は未だに健在だった。
「…………くっ」
いや、健在というには、その姿はあまりにもズタボロに過ぎた。
騎士甲冑の様なバリアジャケットは、その大部分が失われ、肌が露出しインナーが露になっている。ポニーテールにまとめていた朱色の髪も解け落ち、一種の色香を伴って風に靡いていた。
紙一重の回避。ギリギリで勝ち得た生存。あと一押しすれば、崩れ落ちるような。そんな限界で踏み留まっている古代ベルカの騎士に、フィアメッタは心からの賞賛を送りたかった。とはいえ、それは同時に先ほどの攻撃で彼女を仕留めきれなかった己への戒めでもあるのだが。
油断なくビットの照準を定めながら、フィアメッタはシグナムに向けて語りかける。
「流石です、シグナムさん。ビットで仕込んだバインドから、カートリッジを使った包囲砲撃……この流れは、対個人におけるわたしの必勝パターンなのですが……しかし、まんまと凌ぎ切られてしまいました」
「……ふっ。次から次へと。手を変え品を変え、准佐の攻撃にはどれも驚かされます。次は、一体何を見せてくださるのでしょうか?」
「……そうですね。こちらとしても、もう少し楽しんで頂きたいのは山々なのですが」
軽口を叩く余裕がまだあるのは、正直意外だった。故に、シグナムを見下ろしフィアメッタは告げる。
「今日のところは……こちらの演目が全て終わる前に、幕引きにさせてもらいます」
パチン、と。
鳴らした指と同期して、ビットの中でカートリッジがロードされる。それぞれ、一発ずつ。充填された魔力が砲口の内側で唸りをあげる。同時に、フィアメッタ自身も魔力をチャージし、シグナムを狙う。
「終わりです」
三方向からの同時砲撃。たった一人からもたらされる苛烈な集中砲火に晒されてなお、シグナムは回避行動にすら移らず、フィアメッタを睨み据えていた。
その場から、動く必要すらないようだった。
「……レヴァンティン」
たった、一言。
主が呼んだその名に応えるべく、炎の魔剣は輝きを取り戻す。
刀身が、伸びる。
――陣風烈火。
伸長したレヴァンティンが炎を纏い、うねる。燃え上がる大蛇は主の命に忠実に従い、迫りくる砲弾を絡め取るように喰らい尽くした。
(全て叩き落とされたっ!?)
にわかには信じがたい、その剣の冴えにフィアメッタは驚愕する。
万全の状態ならいざ知らず。今のシグナムは、先ほどの包囲砲撃で致命傷に近いレベルのダメージを負った……はずだった。だが、今の反撃はどうだ? 先ほどまでと同等……否、それ以上に、シグナムが振るう剣閃は鋭さを増している。
「タネはわかった」
朱色の髪を煩わし気にかきあげて、烈火の将は不敵に笑う。
「仕掛けも理解した」
ならば、次は。
「そちらのマジックが終わりなら……今度は、こちらから仕掛けさせて頂きます」
◇◆◇◆
「シグナム副隊長の動きが落ちていない……?」
「あれだけの攻撃を受けたのに……」
観客席にて、疑問の声をあげるエリオとキャロ。そんな二人に応えるべく、ヴィータが振り返った。
「なんだ? 見ててわかんなかったのか? アレ、見た目こそこっぴどくやられてるが、シグナムにはそこまでダメージ入ってねぇぞ」
「え……? でも」
「フェイトちゃんならわかるよね?」
「うん。一応。でも、なのはもわかってるでしょ?」
いたずらっぽく問いかけたなのはに対して、フェイトは困り顔だ。ぺろりと舌を出しながら、なのはは更に一言。
「えへへー。そこはほら、ライトニングの二人が疑問を抱いているわけだし、戦ってるのも副隊長だし、隊長の方からご解説いただかないと」
「もー」
ごほん、と咳払いを一つして、フェイトはエリオとキャロに向き直った。
「簡単に言うとね。シグナムはジャケットをパージしたの」
「ジャケットを、パージ?」
「受け止めるバリア系。はじいてそらすシールド系。身にまとって自分を守るフィールド系。防御魔法はいろいろあるが、その中でも魔導師が常に展開している防御魔法が『バリアジャケット』だ。ここらへん、お前らに説明したよな?」
ヴィータの問いに、スバルがコクコクと頷く。
「シグナムは、フィアメッタさんの砲撃に合わせてジャケットを放棄。ジャケットの構成魔力を周囲に放出して、砲撃のダメージを相殺した」
ジャケット・パージ、と呼ばれる技術が存在する。
バリアジャケットの防御限界を超えた攻撃、もしくは脱出不可能な拘束魔法に対し、ジャケットそのものを放棄することで対応する特殊魔法。外部からの衝撃に反応し、炸裂する装甲……言うなれば、リアクティブアーマーのようなものだ。ただし、バリアジャケットの場合はその魔力放出のタイミングを自身でコントロールしなければならないため、言うほど簡単な技術ではない。
しかも……
「でも……パージしたバリアジャケットって、そんな簡単に再構成できるんですか?」
「ううん。時間をかければできるけど、シグナムさんは今、見た目通りの状態だよ」
「アイツ、ジャケットの再構築……っていうより、フィールドの維持は空気抵抗の軽減くらいに留めてやがる。装甲も全部脱ぎ捨てて、丸裸であの性悪シスターと打ち合う腹積もりらしいな」
「そんな!? 無茶ですよ!?」
装甲を脱ぎ捨てて、射撃タイプに接近戦を仕掛ける。その意味をこのメンバーの中で最も理解しているであろうスバルが悲鳴をあげる。が、ヴィータはそれに対して、肩を竦めるだけに留まった。
「まあ、黙ってみておけよ、お前ら」
「せやね」
その言葉尻を引き継ぐ形で、はやてが笑う。
「中々どうして……シグナムは筋金入りのバトルジャンキーやからなぁ」
「そうですね……どのような窮地に陥っても、戦いを楽しむ。騎士シグナムのあの気質は、対峙する者にとって大きな驚異です」
と、それまで沈黙を貫いていたシャッハが口を開いた。
「ですが……うちのフィアメッタも負けてはいません。あの子は今、どのように騎士シグナムを叩き落とすか。それだけで頭が一杯になっているでしょうから」
◇◆◇◆
こちらの攻撃を紙一重で回避し続けるシグナムさんを見て、わたしはヤバいと思いました。いやもう、ほんとにヤバいです。
――――おっぱいが、デカすぎます。
上着であるロングコートをパージして、インナーだけになっている分、その暴力的サイズが余計に際立っているというか。シグナムさんが激しい機動に移る度……というか、わたしの包囲射撃を避け続けているので、もう常に激しい機動を取っているのですが……その大質量がぶるんぶるんと揺れています。しかも腰回りのコートに当たる部分まで放棄しているので、太ももまで丸見えです。エッロいですねマジで。
わたしも自分の美乳に自信がないわけではないですが、しかし男の人はロリコンを除いてなるべく大きい方がいいとも言いますし、微妙なところです。あるいは、ザフィーラさんに揉んでもらったら……わたしの胸もあれくらいのサイズに……? いやでも、シグナムさんは恋愛クソザコバトルジャンキーピンクサムライ。今まで、誰か男の人に胸を揉んでもらったことなんてないはず。つまり、あの巨乳は完全無欠の天然もの? もしくは、自分で揉んで育てたという可能性も……?
『
シェンディに怒られてしまいました。ぐすん。
「……しかし、本当にどうしましょうか」
バリアジャケットを引き剥がしたとはいえ、シグナムさんは体力、魔力共にまだ余裕がある状態。剣の間合いに入られたら一撃で落とされる危険がある以上、わたしはこのまま距離を取って戦うのが吉なわけですが……しかし、このまま引き撃ちし続けても、落ちそうにないんですよねぇ、あの人。
回避のタイミング。反応速度。間合いの詰め方。その全てがこの短時間で、少しずつ……しかし確実に研ぎ澄まされています。このままダラダラと攻撃を続けて、魔力と時間を無駄にするのはよくない、と。経験ではなく直感がそう言っていました。
わたしの『シェーンディリゲント』は、攻撃端末であるビットとの連携攻撃を主眼に置いた特殊なデバイスです。わたし自身の攻撃と、ビットからの攻撃。時間差の射撃や位置取りを工夫することによって、多角的で多彩な戦闘が可能になりますが、しかし弱点がないわけではありません。わたし本人から一定の距離、離れてしまえばビットの魔力は内蔵されているものと腹に抱えたカートリッジだけで賄わなければならず。相手が包囲砲撃に対応してくるほどの手練れだった場合、魔力出力の都合上、このように決め手に欠ける結果になってしまいます。本体の『フィーア』がビットのコントロールに特化している分、カートリッジを搭載していないので、わたし自身が発揮できる最大火力が据え置きになってしまっているのも問題でしょうか。
(カートリッジの残弾は『アイン』と『ツヴァイ』が共に三発ずつ)
あと一回程度なら、ビットのカートリッジを
で、あるならば、
「……こちらも、もう一枚。カードを切りましょうか」
◇◆◇◆
シグナムは、翔ける
包囲射撃による圧力は言うまでもなく、カートリッジをロードして放たれる射砲撃は魔導師本人が撃つものと何ら遜色ない威力を伴っている。まともに受ければただでは済まないし、あそこでバリアジャケットを捨てる、という選択肢を取らなければ、自分は間違いなく落とされていただろう。そして、ジャケットの機能の大部分を失っている今、一発でも魔力弾を受ければ、それは敗北に等しい。
(ならばこそ)
そのリスクに、シグナムは真正面から踏み込んでいく。
(あの攻撃端末……ブラスタービットは、カートリッジを搭載している分、そこまで素早くない)
この数分間、回避に専念して分析に徹した結果。戦闘開始序盤のシグナムとフィアメッタの機動にはギリギリついけないだろう、と。シグナムはビットの機動性を、そのように判断した。もちろん、スピードに任せた単純な直線機動を行えば、追いつくことはできなくても砲撃を確実に当てられて終わりだ。しかし少なくとも、限界に近い飛行速度を出せば、一時的にビットの包囲網を抜け出すことはできる。
そしてなにより。ビットを細やかにコントロールしている以上、フィアメッタ本人の射撃と機動の精度は、先ほどまでより明らかに落ちている。一瞬でもいい。フィアメッタに対し、接近することさえできれば、
(一撃で、斬れる)
おそらく、誰もが失念していることだが。
闇の書の守護者、ヴォルケンリッターの強さの根底にあるのは、強力なアームドデバイスでも、恵まれた魔力量でもない。幾度も主を変え、数多の戦場を駆け抜けることで培った『経験』。
「飛竜一閃!」
そして、人の身では想像すらできない長い時間を戦い抜き、磨き続けた『技量』。積み重ねこそが、守護騎士最大の武器である。
炎の竜が咆哮する。
射撃を容易く飲み込み、駆け抜ける火炎の軌跡はフィアメッタに襲いかかり、同時にシグナムの道を形作る。
「ぐっ……!」
フィアメッタの表情が歪む。
これまで『初見殺し』というアドバンテージをもって保ってきた優位が、シグナムの地力によって少しずつ。しかし確実に覆されていく。
「予想以上、ですね」
フィアメッタの口から漏れ出た呟きに、シグナムは応じなかった。その呟きが聞こえる距離まで接近した時点で『獲った』と確信したからだ。
ビットによる包囲射撃は大きな驚異だが、封じる手段がないわけではない。攻撃こそが、最大の防御。フィアメッタに対して限りなく接近してしまえば、自身を誤射してしまう可能性のあるビットからの射撃は使えない。近づく。ただそれだけでよかったのだ。
呟きへの返答は、一撃を叩き込むことによって返す。
「…………あはっ」
はず、だった。
「なっ……!?」
振り上げたレヴァンティンが、何かに受け止められる。それどころか、押し上げられ、はじきとばされる。あっさりとシグナムの手からこぼれ落ちた魔剣は、冗談のように宙へ舞い上がった。
「申し訳ありません。さっき、ビットは『二機』と言いましたが……」
楽しくて。
楽しくて、楽しくて、楽しくて仕方がないと言いたげに。整った美貌の口の端が、三日月に裂ける。
「アレ、ウソです」
レヴァンティンをシグナムの手から奪い去った『三機目のビット』はそれまでの二機とは異なり、砲身に沿って魔力でブレードを形成していた。
(三機目を隠し持っていた……? しかも、近接にまで対応して……)
フィアメッタはシグナムの接近を許したのではなく、誘導した。最初の攻防と同じだ。自身の砲撃を、絶対確実に着弾させることができる距離まで、引き寄せたのだ。
レヴァンティンを拾うためにフィアメッタから離れれば、その瞬間に包囲射撃がくる。あわよくばレヴァンティンを回収できたとしても、再び離れた距離をもう一度詰められるとは限らない。
「これで、終わりです」
やられる。
後退という選択肢はない。防御すら許されない。正しく、絶対絶命の窮地。選び取ることができる行動は、少なかった。
そう。だからこそ……烈火の将は迷わなかった。
「なめるな」
単純な話だ。
剣が届く距離ならば。
もう少しだけ、手を伸ばせば――――
「え」
――――拳が、届く。
勝ち誇ったその笑みに、深く。迷いも躊躇もなく繰り出された鉄拳が突き刺さる。
崩れる体勢。倒れこむその体を逃がさぬために、シグナムはシェーンディリゲントを持つフィアメッタの右腕を掴み取った。
この土壇場で。シグナムの一瞬の決断によって、驚愕が入れ替わる。
「っ……この!」
デバイスもなしで、魔導師に対して接近戦を挑む。命知らずという言葉すら生温い蛮勇に対して、現実を突きつけるため。フィアメッタの右腕に魔力が収束する。だが、それすらも遅かった。
「捕まえたぞ」
咄嗟に放たれた魔力弾は、シグナムの頬をギリギリで掠め、ほどけた髪を灼いた。しかし、それだけだった。
両腕を掴み、組み伏せたシグナムはそのままフィアメッタの顎を振り上げた右脚で蹴り砕く。
「……がっ!?」
フィアメッタの意識が、明滅する。
いくら徒手空拳で挑みかかろうとも、それは致命傷には成り得ない。得たことが奇跡とも言えるその一瞬の隙を逃さず、シグナムはフィアメッタから離脱した。
「っ……いった! ……これだから、脳みそまで筋肉の近接魔導師は……シェンディ!」
振り上げた『フィーア』に呼応して、ビットが牙を剥く。同時にフィアメッタ自身も急降下して自身のデバイスを拾いあげようとするシグナムを追う。高度を取って戦闘していたせいか、レヴァンティンはまだ地面には突き刺さっておらず、自由落下の最中。相棒を掴み取ろうと、シグナムは手を伸ばし、
「だからぁ! 終わりですよっ!」
その手が届くかと思われた瞬間、ビットから放たれた光弾がレヴァンティンを掠め、はじきとばした。
「っ……!」
シグナムは、目を見開く。
届かない。どんなに手を伸ばしても、レヴァンティンには届かない。背後には、次弾発射の構えを取るフィアメッタ。周囲には、魔力光を迸らせるビット。
どうする?
「レヴァンティン!」
――――届かせる。
『Explosion』
主の言わんとすることを理解し、手元から離れた状態でレヴァンティンが自発的にカートリッジをロードする。爆発的に向上した魔力密度がレヴァンティンの刀身に満ち、鞭のように唸って伸びる。そして、伸びた故に届く。
本来、掴むべき剣の柄ではなく。
その伸びた刀身を、シグナムは掴み取った。
「はっ……!?」
刃が細かく分割された、蛇腹剣とはいえ。それを直接掴み取って振るう、などと。そんな馬鹿げた発想に、一体どれだけの人間が思い至れるだろうか。
自身の右腕が焼けるのも構わず、シグナムは炎の竜を振るう。
「お返し、だ」
フィアメッタの視界は、真っ赤に塗りつぶされた。
実際、おっぱいぶるんぶるんの女騎士がいたら、そっちに意識もってかれますよね