暖かい、というよりも。ただひたすらに熱い、という感覚。
凄まじい衝撃とダメージによって刈り取られかけたわたしの意識は、その熱気によってすんでのところで引き留められました。
「っ……ぐぅ」
数秒か。あるいは一秒にも満たない刹那か。それでも確かにその一瞬、意識を失っていたことは確かな事実なわけで。
魔力制御を失った体が、落ちていく感覚。開けた瞼の先に広がるのは、凄まじいスピードで接近する地面。そして、
「しぶとい」
銀色に輝く、剣の切っ先。
「……シェンディ!」
鼻先を掠める一閃をすんでのところで躱し。けれど、続く二の太刀は防ぎ様がなく、断腸の思いでシェーンディリゲントに出した指示通り、シグナムさんのレヴァンティンとわたしの間に、一番近くにいたビットの一番機……『アインス』を割り込みませました。
わたしの意識を刈り取った、強烈な魔力付与斬撃。その余熱を多分に孕んだ刀身がビットの横っ腹に食いつき、切り裂き、そして食い込みます。
いえ、あえて食い込ませました。
「盾代わりにっ……!?」
ギチリ、と。嫌な音を鳴らしながらも、しかし『アインス』はシグナムさんのレヴァンティンをがっちりと咥え込んでいます。腐っても、自立飛行するだけの出力。片手では振り払えません。
修復したばかりのビットを一機、くれてやったのです。
相応の代価は、払って頂きましょうか。
「お返し……です」
左の主砲は充填完了。
ここにきて、再びレヴァンティンを手放すわけにもいかないでしょう。
「させ、るか!」
しかし。
絞り出すような声で叫びながら、あろうことかわたしの眼前の騎士は……空いた左腕でこちらの手首を掴み……あろうことか、両足で身体をがっちりとホールドしてきました。
さて。今更ではありますが。
今、この瞬間。先ほどの魔力付与斬撃によって空力制御を失ったわたしは、大絶賛落下中です。
「ちょ、ま……!?」
密着した状態。肌と吐息が触れるようなその距離感で、シグナムさんは一言。
「落ちろ」
咄嗟に頭部へと魔力保護を集中させた自分の判断力の高さになんとか救われました。というか、そうしていなければ、わたしの敗北という形で決着はついていたでしょう。
凄まじい、という形容詞が生ぬるいほどの衝撃。脳天から地面に激突する。そんな貴重な経験は、もう二度と味わえないに違いない……わたしの脳内の思考回路は、そんな少し外れた考えを他人事のように思い描き、そして吹き飛びました。
「がっは……」
肺の中の空気を全て吐き出し、明滅する視界。舞い上がる砂煙の中、わたしは体へと指示を出す信号回路を必死に手繰り寄せ、なんとか体勢を立て直して距離を取ります。
改めて確信しました。シグナムさんは馬鹿です。化け物です。脳筋ゴリラです。魔術師同士の戦いで、直接組み付いてまで相手を地面に叩き落とす馬鹿がどこにいますか? わたしの目の前にいます。ちくしょうめ。
レヴァンティンを直接受け止めるという荒業のせいで、アインは飛行不可能。ツヴァイとドライのカートリッジの残弾も心もとなく、オマケにか弱いわたしの体はズタズタのボロボロ。極めつけに、
「翔けよ、隼」
晴れた砂塵の先。対峙する相手は、抜き身の刃のような鋭い気迫を伴って、最後の一撃を今まさに放たんとしています。
レヴァンティンに装填されたカートリッジは二発。鞘と合体し、変形した炎の魔剣は、一瞬でその形状を『斬る』ためのものから『射る』ための弓へと変化させました。おそらくは、あれこそがレヴァンティンのフルドライブモード。
ああ、まったく。本当に……
「おもしろい、ですね」
こと、この段階に至って。小手先の誤魔化しや幻惑魔法の類いはもはや無意味。ツヴァイとドライを伴って、真正面から突貫します。
ふっ……と。シグナムさんが笑いました。
「その意気や、よし」
炎が、収束しました。
爆発的、ではなく。練り上げ、高め、束ねた焔が、弩弓につがえる一矢となって……煌々と、眩いほどに光り輝いて。
ああ、これをくらえば負けだな、と。わたしは確信しました。
しかし、わたしのやることは変わりません。
小手先の誤魔化しや幻惑魔法の類いはもはや無意味。
故に、わたしは……
◇◆◇◆
空戦魔導師に必要な資質とは、なんだろうか?
正確で緻密な魔力コントロール。高速飛行中の自身と周囲を認識する空間把握能力。あるいは、遠方の敵に確実な攻撃を届かせるための、圧倒的な魔力量。
それら全てを一定以上の水準で満たしている高町なのはは、しかしだからこそ、考える。
資質とは、あくまでも『要素』に過ぎない。
指導教官として『飛ぶ』ことを教えてきたなのはは、訓練生達の資質を伸ばすことを常に意識してきた。素早く飛行できる。強力な射砲撃を放つことができる。優れた才能は明確な強みであり、それを伸ばすことは紛れもない成長に繋がる。そんな風に訓練生を育て上げ、空へと送り出すのがなのはの仕事だ。
だが、指導教官として、ではなく。一人の空戦魔導師として意見を述べるなら……空戦魔導師の戦いを左右するものは、資質だけでは勝負は決まらない、と。数々の戦いをくぐり抜けてきたエース・オブ・エースは、声を大にしてそう断言できる。自身が資質に恵まれている自覚があるからこそ、資質以外の部分で戦おうとするその姿勢に、なのはは一定の敬意を覚える。
自分に何ができるのか。自分の強みは何なのか。相手は何が得意なのか。何を考えて行動しているのか。相手の思考を読み、予想し、考えて、その先をいく。
この短時間の戦闘を見ているだけで分かる。分かってしまう。フィアメッタ・マジェスタという魔導師は、そういった『読み』が抜群に、病的なほどに、
「巧い」
高速機動や魔力量といった才能。目に見えて、測れるタイムがあるわけではない。見た目が派手なわけでもない。
けれども、あるいは。
アレもまた、一つの才能なのだろうか?
◇◆◇◆
使えるビットは、残り二機。そう思い込まされていたことが、そもそもの間違いだった。
レヴァンティンの一閃をまともに受けたそのビットは、限りなく大破に近いダメージを受け、シグナムのすぐ側に転がっていた。飛行が不可能なのは、損傷を一目見れば明白。故にシグナムは、そのビットをフィアメッタが使ってくるという選択肢を、最初から除外していた。
しかし、逆に言えば……それは飛行ができないだけだ。
地面に転がり、射角の制限から砲撃を放つことはできなくても。魔法陣を起動することはできる。
「バインド、だと……っ!?」
半壊したビットから置き土産の如く伸びた、太く長いチェーンバインド。それがガッチリと、シグナムの右腕に絡みつき、押さえ込んだ。
レヴァンティンのフルドライブである『シュツルム・ファルケン』は、膨大な魔力と炎を矢に代える、必殺の一射。しかしその形状が『弓』である以上、矢をつがえて両手で放つ必要がある。
(右腕を……封じられた!)
この隙を、狙っていたのか。
突貫するフィアメッタの口元が、歪に釣り上がる。仕込みをしていたわけではない。ただ、土壇場で対応した。あるいは撃墜されたビットを、シグナムのすぐ側に落とした時から、この展開は計算の内だったのだろう。
(バインドは切れない……右腕にビットを引きずったまま、下がることもできない!)
そもそも、必殺を放つために魔法陣を展開した状態で、もはや回避は叶わない。
一手ずつ。緻密な計算と、大胆な策略をもって、こちらの思考を狂わされた。
「月並みですが」
眼前に、桜色の魔力が迫る。
「これで、終わりです」
シグナムに、応じる手はもう残されていなかった。この状況にまで自身を追い詰めた手際に、心からの賞賛を送りたかった。見事、と言う他ない。
手も足も出ない。絶対の窮地。
口だけが、動いた。
フィアメッタ・マジェスタは絶句する。
相手は古代ベルカの騎士。これまで対峙したきた中で、間違いなく最強の敵。模擬戦とはいえ手加減は一切なく、使用可能な手持ちのカードは全て切った。シグナムの対応にも、より上の対応をもって返してみせた。動きを予測し、読みを通し、その上で『詰み』だと確信した。手も足も出ない、丸裸にまで……
追い詰めた、つもりだった。
膨大な魔力を内包した、その一射が、引絞られる。矢を支える右腕はバインドに囚われたまま。ならば何をもって、烈火の将は弓に矢をつがえたというのか?
口だ。
手も足も出なくとも。噛み付くことはできる。そう言わんばかりに。とどめの一撃を放たんと接近したフィアメッタに対し、シグナムは矢を口で咥え、引き絞っていた。
常人ならざる、けれど、どこまでも武人であらんとするその意志の熱に、フィアメッタは驚愕する。
この至近距離でこの魔力量。いくら模擬戦闘とはいえ、炸裂すればただでは済まない。沸騰する頭の中で、それでもほんの少しだけ冷静さを保っている一部分が「退け」と警告を打ち鳴らす。
そして、同時に。心の内を占めるプライドの殆どが「勝ちたい」と声高に主張していた。
この騎士に、勝ちたい。ここまで追い詰めておきながら、自分は今さら怖気づくのか、と。らしからぬ感情を抱いていることを自覚しながらも、フィアメッタはそれを止められない。
首をもたげ、今まさに羽ばたかんと翼を広げる、炎の隼。
正面突破。あれを倒してこそ、自分の強さは証明される――――
――――かくして、隼は天高く舞い上がった。
「なっ……」
「……に?」
直上。まるで明後日の方向に打ち上げられた『シュツルム・ファルケン』に、フィアメッタだけでなく、それを放ったシグナム自身も気の抜けた声を漏らした。
その原因は、単純明快。フィアメッタとシグナム。二人の間に入った褐色の大男が、シグナムの弓を蹴り上げ、そして突貫するフィアメッタを魔力砲ごと押し留めたからだ。
「加減をしろ、と言うつもりはないが……しかし、やり過ぎではあるな。そこまで、だ」
「ザ……」
「ザフィーラさん!?」
あっけにとられる二人を見て、ザフィーラは盛大にため息をこぼした。
「まったく……止めに入っていなかったら、どこまでやっていたつもりだ?」
「無論、最後までだ。模擬戦とはいえ、真剣勝負だからな」
「自制しろ、シグナム。ここは、主はやてが「軽く模擬戦をするから」と、半ば強引に借り受けたフィールドだ。空戦競技会の会場のように設備も整っていないから、システムにガタがきたらしい。お前たちが加減を知らずに撃ち合ったせいだぞ」
「……なるほど。そういうことか」
「そ、それはその……なんというか失礼しました」
シグナムは開き直っていたが、流石にフィアメッタはそこまで面の皮が厚くない。顔を赤らめて、周囲を見回してみると、臨戦態勢でバリアジャケットを展開したなのはとフェイトがすぐ上空にいる。観客席では、はやてが通信端末を耳にあてながら、何もない空間に向けてペコペコと頭を下げていた。前者はともかく、後者に関しては実にいい気味である。
なのは達に謝るついでに、少しからかいに行ってやろうか、と。体を浮かそうとしたフィアメッタは、しかしそこでようやくザフィーラに強く手首を握られていることに気がつき……そのままバランスを崩してザフィーラの胸元に倒れこんだ。
「あっ……す、すいませんザフィーラさん!」
「大丈夫か? 飛行はまだやめておけ。体もガタガタだろう?」
体を預けてみて、はじめて分かる。間近で見上げる顔と分厚い胸板に、ドキリ、と。心臓が跳ねた。赤くなった頬を気取られないように顔を背けながら、フィアメッタはザフィーラに応える。
「あ、あははー。全然大丈夫ですよー! わたしはとっても元気です!ハツラツです!バッチコイです!」
自分でも何を言っているのか分からない言葉を並べ立てながら、心のクールダウンを試みるフィアメッタ。だが、ザフィーラがそんな照れ隠しを察するはずもなく、
「お前に、怪我がなくてよかった」
「……ッ!」
直球。ストレートで放たれたその一言に、
「……ずるいです。それ」
抱きとめられている安心感と、戦闘の疲労も相まって。
脳筋女ゴリラ騎士にどれだけ殴られても意識を手放さなかったフィアメッタ・マジェスタは、ものすごくあっさりと気を失った。
「おつかれさま、シグナム。体は大丈夫?」
傍らに降りてきたシャマルに、その場に座り込んでいたシグナムは顔を上げた。
「ああ、問題ない。見た目は派手にやられたが、重い負傷はしていないさ。精々、右手に少し無理をさせたくらいだ」
「も~。それは問題ありでしょ。レヴァンティンの刀節を直接握るなんて無茶して!」
「無茶をしなければ、やられていたからな」
重傷……とまではいかないまでも、直視したくない程度には血まみれの手のひらを、シグナムはひらひらと振った。魔力攻撃に関しては非殺傷設定でどうとでも誤魔化せるが、シグナムのデバイスは実体を持った剣だ。魔力防御をしていない状態で刃に触れれば、傷つき、切れる。当たり前のことである。
頬を膨らませたシャマルが手のひらの治療から始めたところで、ヴィータも降りてきた。
「なーるほど。お前にそこまでの無茶をさせる実力があった、ってことだな」
「そういうことになるな」
「でも、最後の一発。あれを決めてれば、お前の勝ちだったんじゃないか?」
「そうとも言い切れん。今の私の状態を忘れたのか、ヴィータ?」
「……ああ、そっか。たしかにな」
ほとんど装甲を捨てた、丸裸に近い状態のシグナムを見て、ヴィータは合点がいったというように頷いた。
シュツルム・ファルケンは本来、あれほど接近された状態で放つ攻撃ではない。威力の高い攻撃は、時に諸刃の剣となる。今のシグナムは、バリアジャケットに依存する防御をほぼ捨てている。攻撃の余波を受ければ、ただでは済まなかっただろう。
「あのまま続けていても、おそらく引き分けだったな」
「へぇ……お前にそこまで言わせるのか」
手元の端末に視線を落とし、ヴィータは笑う。
「やっぱ『空戦S-』ってのは伊達じゃねーんだな」
シグナムはそれを否定しない。
魔力量ではなのはに及ばない。スピードではフェイトに届かない。それでも、独自の形態を持つデバイスと、それを運用する戦闘の組み立てには、目を見張るものがあった。
「今日のところは引き分けだな、シグナム」
「ふっ……そうだな。決着はいずれ、きちんとした舞台でつけるとしよう」
と、そこでシグナムは大きく息を吐いて、
「それにしても、ザフィーラにはかなわないな」
「うん?」
「ザフィーラにはかなわない、と言ったんだ。准佐だけでなく、ザフィーラにも負けてしまったな……今日の私は」
なに言ってんだ?と、不思議そうに首を傾げるヴィータに向けて言葉を続ける。
「だってそうだろう? 私があれだけ落とすのに苦戦した彼女を、たった一言で『落として』しまうんだから」
ザフィーラの手の中で、幸せそうに意識を手放している教会の秘蔵っ子を横目で見ながら。ヴォルケンリッター筆頭である烈火の将は、茶目っ気たっぷりに、肩をすくめてみせた。