「ユーノくんってフェレットの状態で性交渉できるの?」
高町なのはから投げかけれたその問いに、ユーノ・スクライアは口に含んだ紅茶を思い切り吹き出し、さらに手に持ったティーカップを床に取り落として粉々に割った。
「……?」
「わわっ! ユーノくん大丈夫!?」
「……ごめん。なのは。よく聞こえなかった。今、なんて?」
気のせいだろうか?
うん。気のせいに決まっている。
ユーノくんって
フェレットの状態で
『性交渉』できるの?
確かにそう聞こえたが、きっと気のせいだろう。
ここ最近、ユーノは無限図書館の仕事でずっと働き詰めだった。なんとかその業務がひと段落したところで「ひさしぶりにお茶でもどう?」というなのはからの嬉しい誘い。ついさっきまではお互いに近況報告などをしあって、穏やかなティータイムを過ごしていたのだ。
だから、その平穏を根底から覆すような、先ほどのなのはの問いは……きっと、その、何かの間違いに決まっている。頭と体だけではなく、耳も疲れているのだろう。
「あ、うん。だからユーノくんってせ……」
「ああああああああああ!」
「ユーノくんっ!?」
ユーノは叫んだ。
なのはの口から、その単語を聞くのが耐えられなかったからである。
なのはの発言を叫んで遮り、床に散らばったティーカップの破片を一心不乱にかき集める。そうやって、気を紛らわせるしかなかった。
いや、わかっている。わかっているはずだったのだ。なのはだって、もうすぐ20歳。既に管理局で指導教官という立派な職を持つ、大人の女性だ。一人のレディだ。だから、その……こういった話題にだって、興味があって然るべきなのであって。それは、ユーノがとやかく言うことではない。
しかし、だがしかし、である。なのはが魔導師になったそもそもの原因はユーノにあり、そしてユーノはなのはが小学三年生……まだ9歳だったころから、彼女を知っている。純粋無垢で、でもちょっぴりドジで、それでも一生懸命でひた向きで負けず嫌いな高町なのはという女の子のことを、よく知っている。
子どもの頃を知っているからこその、気恥ずかしさ。
この道に彼女を導いた原因であるからこその、葛藤。
あと、単純に一人の男性としてのアレやソレ。
複雑怪奇に絡み合った感情が、ユーノの心を苛んでいた。
「ユーノくん、ほんとに大丈夫?」
「……うん、大丈夫。平気平気。でも、なのは。どうして急にそんなことを聞くんだい?」
「あ……そ、そうだよね! 急にこんなことを聞いたら、ビックリしちゃうよね!」
顔を赤らめて頭をかくなのはに、ユーノは少しほっとした。昔の面影を見て安心した、というわけではないが、自分の知っているなのはらしい反応を見て、やはり心がどこかほっとする。
「平気だよ。ビックリなんてしてない。ただ、どうしてそんなことを聞くのか気になっただけなんだ。何の理由もなしに、なのはがそういう話題について質問するとは思えなくて……」
「う、うん! そうなの!」
ユーノと一緒に破片を拾いながら、なのはは簡潔に言った。
「興味があって!」
瞬間、ユーノ・スクライアの思考は再び停止する。
興味が、あって?
いや、わかっている。もちろん、わかっている。なのはだって、もうすぐ20歳。既に管理局で指導教官という立派な職を持つ、大人の女性だ。一人のレディだ。だから、その……こういった話題にだって、興味があって然るべきなのであって。それは、ユーノがとやかく言うことではない。このくだりはさっきやりましたね。
興味があるというのは、やはりそういうことだろう。興味がある、ということは、やはりそうとしか考えられない……遂にユーノは、現実を直視することにした。
なのはは、つまり興味があるのだ。
ならば、答えなければならない。それが、ユーノの義務である。どこからどう話すか悩みつつ、ユーノは口を開いた。
「ええとね、なのは……僕が変身魔法で変わる姿は、厳密に言えばフェレットじゃないんだ」
「え? あ、そういえば……」
そう。クロノ・ハラオウンがユーノのことを『フェレットもどき』と言ってからかうのは、本当に言葉通りの意味だ。ユーノがなのはの前でとっていたあの姿は、魔力や体力を節約するためである。つまり、人間でいるよりも消耗が少ないのが、あの『フェレットもどき』の姿だったというわけだ。
厳密に言えば、なのはの側にいるのには少年の姿よりも小回りの利く『フェレットもどき』の方が都合が良かったから……という事情もあるのだが、それは別にわざわざ説明する必要はないので、この際置いておく。
ユーノはとりあえず気持ちを落ち着けるために、空いていたもう一つのカップに紅茶を注いで口をつけた。
「えへへ……昔は、ユーノくんの前で着替えたり、一緒にお風呂入ったりしちゃったもんね」
「ごふっ……!」
紅茶、再びの噴出。
「げほっ、ごほっ……うぇ……」
「ユーノくん、さっきから大丈夫!?」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫。ほんとに大丈夫」
折角、なのはがひさしぶりに来るというからとっておきのいい茶葉を出したのに、もはや飲むよりも吐き出した量の方が多い。もう紅茶は淹れ直そうとユーノは思った。
「でも、なつかしいなぁ……昔は私、何も知らずにユーノくんのお世話してたんだよね。あ、ユーノくんが寝床にしていたバケット。私とフェイトちゃんの部屋にまだあるんだよ!」
「へ、へ~……そうなんだ。はは……」
昔を懐かしむのはべつに構わないのだが、今になってあの頃の話を正確に一つ一つ蒸し返されるのは、正直気恥ずかしいとかそういうレベルではない。話題の方向性はさっさと転換したかった。
「ま、まぁ変身魔法は使用者にも適正が必要だし、普通の肉体とは違う部分も結構あるから、そんなに便利なものでもないんだ。変身後は使用できる魔法や魔力量に制限がかかったりもするし、他にも……」
テーブルを拭きながら、ユーノは聞かれてもいない部分まで含めて、変身魔法の詳細をペラペラと答えた。なのはかなり熱心な様子で「うんうん。へぇ、そうなんだ!」と頷いて、メモまで取っている。本当に興味があるんだな、とユーノは苦笑いして……そこで、テーブルを拭く手を止めた。
くどいようだが、なのははもう大人だ。だから『そういうこと』に興味を持つのは、まあユーノの立場からすればかなり複雑な気分だが、百歩譲って理解できる。しかし、しかしだ。
なのはは、なぜこれほどまでに熱心に『変身魔法』の『そういうこと』について、聞いてくるのだろうか?
「で、ユーノくん。変身魔法のいろいろなことについてはよくわかったんだけど……それでその……結局『できる』の? 『できない』の?」
どうしよう。めっちゃぐいぐい来る。
ユーノは心の中で戦慄した。
(そんな……まさか、なのは……)
そんなことはない、というユーノの理性と。
きっとそうなのだ、というユーノの疑念が。
ぐるぐると渦巻いて混乱する。
(変身魔法を使って……そういう、と、特殊な『プレイ』をする、ために?)
そして、わりと最低極まりない結論に達した。
だが、無理もない。ユーノは八神家の守護獣、ザフィーラと聖王教会所属のシスターが恋仲になっていることなど、欠片も知らないのである。
何も事情を知らない以上、そういった方向に勘違いが行ってしまうのは当然であった。
「なのは……」
「なに?」
「その質問に答える前に、一つ聞かせてほしい」
「うん、いいよ」
だから、ユーノはストレートに質問を投げた。
「もしかして、そういう相手がいるのかい?」
「……もう、ユーノくんには敵わないなぁ」
にゃはは、と屈託なく笑いながら、なのははあっさり言う。
「お相手はザフィーラなんだけどね」
「ザ、ザフィーラ……!?」
ショックで視界が歪む。
お相手がザフィーラ。それはつまり、なのはとザフィーラが……?
「ああああああああああああああああ!」
「ユーノくん!?」
二つ目のティーカップが床に落ちて割れた。
◇◆◇◆
「わたし、ザフィーラさんとエッチなことしたいんですよね」
「ぶふぉ!?」
シスターシャッハの口から噴出したコーヒーを、わたしは身をよじって避けました。
危ないし汚いですね、まったくもう。
「品がありませんよ、シスターシャッハ」
「あなたにだけは言われたくありませんっ!」
口元を拭きながら、シスターシャッハは叫びました。失礼ですね、まったくもう。
シグナムさんとの模擬戦から一週間。わたしはシスターシャッハと午後のティータイムを楽しんでいました。さっきの噴水で台無しになりましたが。
「フィア、あなた……自分がどんな職に就いているのか理解していますか?」
「え? 敬虔で信心深い、美人で恋人のいる勝ち組エリートシスターですが?」
「後半いりません」
「大事でしょ後半」
まったく、恋人のいない負け組脳筋シスターはこれだから嫌なんですよ……
「あなたという子は本当にもう……この前の騎士シグナムとの模擬戦で、少しは気が引き締まったと思ったのに……浮かれきったその心の緩みはこれっぽちも改善されていないようですね」
「すいません、ラブラブなもので」
「私と会話する気があるのですか? 言葉のキャッチボールをしなさい」
無言でカップを突き出されたので、お代わりのコーヒーを注いであげます。
そもそも、と。シスターシャッハは、大仰に溜め息を吐きながら肩を竦めました。
「お付き合いする前から結婚だのなんだのと、あなたは何でもかんでも一足飛びに物事を進めようとしますが。『そういうこと』は、まずデートや食事をして、お互いの気持ちを確かめ合ってからすることです。ふしだらで品のない女は嫌われますよ、フィア」
わたしの全身に、電撃がはしりました。
「な、な、な……」
「フィア?」
「そうでしたっー!」
わたしは、頭を抱えて叫びました。
両手で頭を抱えて叫んだので、手に持っていたコーヒーポットが、シスターシャッハの手元に落下します。中に入っていたアツアツのコーヒーは、シスターシャッハの手元に全部ぶちまけられました。ですが、それどころではありません。
「わたしとしたことが……わたしとしたことがっ!」
「あっづ! あっづぅうううう!?」
わたしとザフィーラさん、まだ一回もデートしてないじゃありませんか!
どうしてこんな大事なことに、今まで気づいていなかったのでしょう。なんという失態。フィアメッタ・マジェスタ、一生の不覚です。
しかも、手を抑えてのたうち回っている、女の声を捨てたうめきをあげている脳筋シスターに気がつかされるなんて……フィアメッタ・マジェスタ、生涯の恥です。
「ありがとうございます! シスターシャッハ! わたし、早速ザフィーラさんに次の休日の予定を聞いてきます!」
珍しくいいことを教えてくれたので、シスターシャッハの火傷はサクっと治癒魔法で治してあげます。わたしってば最高に優しいですね。
そして、善は急げ、です。立ち上がって、携帯端末を取り出しました。
「ちょ……待ちなさいフィア……!」
ルンルンとスキップなんてしながら、涙目のシスターシャッハをその場に残して、わたしはザフィーラさんをどうやってデートに誘うか、頭の中で算段をたてはじめました。
いやぁ……楽しみですね、初デート。