初恋相手は犬でした   作:龍流

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八神はやての憂鬱

『こ、告白したぁ!?』

 

 耳元で響いた大音量の絶叫に、思わず通信端末を取り落としかけます。危ない危ない。

 

「うるさいですよ、シスターシャッハ。ちょっと静かにしてください」

『し、しかし、フィア……あなた、告白というモノが何なのか、理解しているのですか!?』

「ええ、もちろん。ふしだらなお付き合いをするつもりはありませんよ? 前々から重ね重ね申し上げていた通り、わたしは本気ですから。結婚を前提にしたお付き合いがしたい、とはっきりお伝えしました」

『け、結婚ぅ!?』

 

 ザフィーラさん、シグナムさんとのお話を終えた後。わたしは事の顛末を報告するために、シスターシャッハに連絡を繋ぎました。

 それにしても、さっきから声が無駄にデカくてうるさいです。どれだけ叫べば気が済むんでしょう?

 

『そ、それで、先方はなんと!?』

「とりあえず『考えさせてほしい』と。そう言われました。ザフィーラさんはもちろんですが、シグナム二尉もかなり困惑されている様子で……」

 

 というか、シグナムさんの方が驚きでカチカチになっていましたね。飲み物持ったまま椅子ごと後ろにひっくり返っていましたし。

 

『当然です! 初対面の女性にいきなりそんなことを言われて、困惑しない方がおかしい!』

「はぁ……だから、何度言えば分かるんですか? シスターシャッハ。わたしは事件の時、ザフィーラさんの熱い抱擁を受けて助けられています。決して初対面ではありません。お会いするのはこれで二度目なのです」

『だとしても、会って二度目の男性に告白する女性などいませんっ!』

「ここにいます」

『普通はいませんっ!』

「ですが、断られませんでしたよ? これはもう、世間一般で言うところの『脈アリ』というヤツなのでは?」

『どうしてあなたはそんなにポジティブなんですか!?』

 

 何を言っているんでしょう。どんな逆境に晒されても、笑顔を忘れず立ち向かえ、とわたしに教えてくれたのはシスターシャッハでしょうに。

 

『あぁ、もう……それで? そちらに、騎士シグナムはおられるのですか?』

「いえ、お二人とは連絡先の交換だけ済ませて別れました。なんでも、ザフィーラさんに外せない用事があるとかで……わたしも今、お店から出るところです」

『そうですか、わかりました。では、私が迎えに行きますから、あなたもすぐにこちらに戻ってきなさい。機動六課のお身内に、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。まったく、騎士カリムに一体何をどう説明すれば……』

「はい。そんなわけで、せっかくですし、今から機動六課を訪ねてみようかと」

『どうしてそうなるんです!?』

 

 何を言っているんでしょう。即断、即決、即行動。何事も、思い立ったが吉日、とわたしに教えてくれたのはシスターシャッハでしょうに。

 

「ザフィーラさんはご用事があるそうなので、流石にそれをお邪魔するわけにはいきませんが……シグナム二尉以外の六課の方にも、ご挨拶は必要でしょう?」

『だめです。いけません。やめてください。すぐに戻ってきなさい。騎士シグナムだけでなく、それ以上の勝手な行動は、騎士はやてにまでご迷惑をおかけすることに……』

「では、帰る時に連絡するので、お迎えよろしくお願いします」

『ちょ……まちなさ』

 

 これ以上何か言われる前に通信を叩き切り、端末をポケットに入れます。シスターシャッハのお説教は長いですからね。申し訳ないとは思いますが、今は聞き飽きたお小言に耳を傾けている時間はありません。

 

「さてさて……それでは、行きますか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 LostPropertyRiotForce6……正式名称、古代遺物管理部機動六課。通称、機動六課司令、執務室。

 

「あぁ~平和やな~」

「ですねー」

 

 時刻は午後の昼下がり。

 両手で持った湯飲みから温かいお茶を一口味わい、八神はやてはほっと息をついた。

 

「レリック事件以降、大きな出動もないし、みんなの進路も着々と決まってきとるし……心配ごとがなにもなくてほっこりするわ~」

 

 機動六課は平和であった。

 事件で怪我を負ったメンバーも今やほとんどが全快し、現場に復帰しており、部隊解散に向けて進めていかなければならない諸々の書類仕事や隊員の進路決定も至って順調。はやて自身も一時期のオーバーワークから解放され、昼間から執務室で茶をしばく余裕が生まれていた。

 これでほっこり和むなという方が無理な話である。

 

「でも、逆にあれやねー。これだけ平和だと、何かおもろいイベントのひとつでもほしくなってくるわ」

「あはは。ダメですよー、八神司令。そんなこと言ってたら、ほんとに何かおこっちゃうかもしれませんよ」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、シャリオがはやての湯飲みにおかわりを注ぐ。

 

「えー、大丈夫やよ。ほらほら、みてみて。茶柱たっとる」

「あ、ほんとだ」

「ええなー。何かおめでたいことでもあるとええなー」

 

 ほんわかと、そんなことを呟くはやて。

 ある意味で、彼女のその予感はカリム・グラシアの『預言者の著者』並みに、見事に的中していた。

 

 

「はやてちゃーん! はやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃーん!」

 

 

 けたたましい声とともに、執務室の扉が開く。

 飛び込んできたのは、リインフォース・ツヴァイ。はやての右腕であり、大切な家族である小柄……というにはやや小さすぎる少女だ。その小ささを活かし、ぴゅんぴゅん空中を飛び回りながらも、リィンは叫び続けることをやめなかった。

 

「どないしたん、リィン?」

「たいへんです! たいへんですたいへんですたいへんですー! たいへんなんでーす!」

 

 一瞬、何か重大な事件が起こったのかと身構えるはやてだったが、リィンの慌て方は緊急出動が起きた時のものとは、また違った。むしろ、うっすらと笑みを浮かべているあたり、何かいいことがあったに違いない。

 

「はいはい。何があったか知らんけど、まずは落ち着こうな? リィンもお茶飲むか?」

「それどころじゃないんです~! さっき、シグナムから連絡があって……」

「シグナムから、連絡があって?」

 

 聞き返しながら、はやては湯飲みを口に運び、

 

 

 

「ザフィーラが、結婚しますっ!」

 

 

 

 その中身を、全て噴き出してぶちまけた。

 

「げっほごほっ……うぉえ……」

 

 その口調からよく勘違いされがちだが、八神はやての出身は関西ではない。はやての関西弁は関西人の両親から受け継いだ名残のようなもので、一人称が『ウチ』ではなく『私』であることからも分かるように、本場本元の方言よりも少しやわらかいものだ。

 だが、そんなはやてもこの時ばかりは……使い古された関西人特有のあの言葉を、言わずにはいられなかった。

 

 

「なんやて!?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ザフィーラが……」

「結婚!?」

 

 10分後。機動六課第三会議室。

 薄暗い室内の中で、両手を顔の前で組んでやや下にうつむいた……どこぞの某司令のような体勢を取り、はやては重々しくそれを肯定した。

 

「そうなんよ……私、もうどうしたらいいかわかんなくて……」

 

 いかにも司令っぽいそのポーズとは対照的に、はやてはすっかり弱っていた。

 機動六課スターズ分隊隊長、高町なのはと、ライトニング分隊隊長、フェイト・T・ハラオウンは揃って顔を見合わせる。なのはとフェイトは、はやてとは小学学校三年生……九歳からの付き合いである。具体的に例えるなら、任務終わりに制服を脱ぎ捨てたエロい状態でキングサイズのベッドに三人並んで寝転ぶという、百合厨が狂喜乱舞しそうなシチュエーションを極々自然に発生させる程度の仲だ。しかし、こんなに深刻な表情の彼女を、なのはとフェイトは一度も見たことがなかった。具体的に例えるなら、浮上する『ゆりかご』を迎撃していた時の数十倍は深刻な表情になっている。

 

「あたし達も最初は信じられなかったんだけどな」

「でも、シグナムの話を聞く限り、本当みたいで……」

 

 週末のゲートボール大会への参加を急遽取り止めたヴィータがやれやれと肩を竦め、その隣に座るシャマルも頷く。

 

「えーと……すいません。ちょっといいですか?」

「なんかすごいスピードで話が進んでいて、いまいち全容を把握できていないんですけど……」

「そもそもの事情がよく分からないと言いますか……」

「お相手は誰なんです? というか、どうしていきなりそんな話に?」

 

 エリオがおずおずと手を挙げ、スバルが疑問を提示し、キャロがかわいらしく小首を傾げ、ティアナが質問の要点をまとめる。

 リィンが「たいへんですー!たいへんですー!」と六課の敷地内を全力でブンブン飛び回った結果、今この部屋には六課の主要メンバーが勢揃いしていた。プライベートな問題?個人情報?なにそれおいしいの?といった感じである。有事の対応に手慣れているだけあって、全員の集合も無駄に早かった。

 

「ティアナの言う通りですね。つーか、結婚って……お相手は人間ですか?」

「人間に決まっとるやろ! うちのザフィーラをバカにしとるんか!?」

「はやてちゃん!」

「はやて! 落ち着いて!」

 

 不用意な発言をしたヴァイスに、はやてが噛みつく。それなんとか二人がかりで抑えつつ、なのはとフェイトは聞き返した。

 

「ねぇ、はやてちゃん。相手の方はどんな人なの?」

「一般の人? ザフィーラとはどこで知り合ったの?」

 

 幼なじみ二人に抑えつけられて、はやてはハッと我に返る。

 

「そういえば……まだそのあたりの事情を説明できてなかったわ……。リィン? お願いできるか?」

「はいです!」

 

 ビシッときれいな敬礼を返し、リィンはモニターを操作して画像を表示させた。

 

「お相手は、聖王教会騎士団所属の魔導師、フィアメッタ・マジェスタさんです」

 

 表示された写真に、全員が息を飲む。

 一言で言えば、フィアメッタ・マジェスタは美人であった。ゆるくウェーブがかかった黒髪に、見つめているだけで吸い込まれそうになる、翡翠色の瞳。全体的に清楚な印象が、地味な色合いのシスター服と見事に合致している。もう少し着飾って道を歩けば、男性の注目を間違いなく一手に集めるだろう。彼女はそれくらい、華のある顔立ちをしていた。

 

「うわ! すごい美人さんだぁ……」

「綺麗な人だね」

 

 自分達の顔面偏差値の高さを棚に上げて、なのはとフェイトが呟く。管理局の英雄として名高い六課が、最近では美男美女揃いという噂で有名になっていることを、この部屋にいるメンバーはほとんど知らない。

 

「な、な、な……ザフィーラの旦那、一体どこでこんな美女とお近づきに……?」

「……ヴァイス曹長?」

「……あー、なんでもありません」

 

 はやてにギロリと睨まれ、ヴァイスは気まずく顔を背ける。今日の司令はいつもと違ってとてもこわいということを、彼はようやく理解した。

 いくつかの情報を取捨選択しながら、リィンが説明を続ける。

 

「カリムさん同様、彼女も管理局に籍を置いていらっしゃいます。准空佐さんですね。出向とはいえ、様々な事件を解決している、優秀な魔導師さんです!」

「へぇー、私より階級上なんだ! すごーい!」

「お前だって、昇進の話きてたのに自分で蹴っちまっただろ? なに言ってんだ?」

 

 あきれたように、ヴィータが言う。えへへ、となのはは苦笑いで応じた。

 とはいえ、空戦魔導師は管理局員の中でも生粋のエリート職である。それに加えて『準空佐』という地位が、彼女がかなりの実力と実績を持っていることを簡潔に証明していた。

 

「えーと、シグナムの報告を簡単にまとめると……彼女がピンチだったところを、ザフィーラがかっこよく助けて、それで彼女はザフィーラに一目惚れしたみたいです!」

 

 リィンのとっても分かりやすい説明に、ティアナが頭を抱える。

 

「な、なんてベタな……」

「美女な上にエリートな魔導師を助けて惚れられるとか……ザフィーラの旦那が羨ましすぎる……」

「ヴァイス曹長、今日はもう黙っていた方がいいと思いますよ?」

「でも、なんか映画みたいで憧れるよねー。ステキ!」

 

 と、そこで根本的な問題に気づいたスバルは、キョロキョロと室内を見回した。そういえば、問題の張本人の姿が見えない。

 

「あれ? 肝心のザフィーラは……?」

「あー、ごめん。ザフィーラ、今日ヴィヴィオと遊ぶ約束してて……わたしも今から、一緒にお散歩行ってこなくちゃいけないんだ」

 

 両手を合わせながら、なのはが申し訳なさそうに謝る。

 女性から結婚を前提にした告白を受ける、というあまりにも男らしいイベントに見舞われながらも、しかし機動六課におけるザフィーラの扱いはどこまでもワンちゃんであった。

 

「あの野郎……今はヴィヴィオと遊んでる場合じゃねぇだろうに」

 

 ガシガシと頭をかくヴィータに、はやてが苦笑する。

 

「ザフィーラは義理堅いからなぁ……緊急事態やから、私からヴィヴィオちゃんに説明しようと思うんたんやけど、さっきザフィーラと少しだけ話して『約束を違えるわけにはいかない』って……ヴィヴィオちゃんとは昨日、お散歩する約束したから、そっちを優先するって、はっきり言われてもうたんよ」

「旦那……」

 

 漢、ザフィーラ。少女と交わしたお散歩の約束は決して破らない。

 

「ごめんね、はやてちゃん」

「ええんよ、なのはちゃん。それより、ここはとりあえずもういいから、ヴィヴィオちゃんとザフィーラのとこ行ってあげてくれるかな?」

「うん、わかった。そうさせてもらうね。なるべく、はやく帰ってくるから!」

 

 言いながら、小走りで部屋を出て行くなのはを見送るまでは笑顔を浮かべていたはやてだったが、その姿が見えなくなった瞬間に、小柄な肩がぐったりと崩れ落ちた。

 

「はやてちゃん!」

「はやて、大丈夫か!?」

「あはは……ごめんなぁ、シャマル、ヴィータ。なんかもう、頭の中が一杯になってしもうて……自分でも、なにをしたらいいかよくわからないんよ」

「大丈夫だよ、はやて。シグナムが帰ってきたら、きっと詳しく説明してくれるだろうから」

「あれ……そういえばシグナム副隊長もいないわね」

「あいつ……ザフィーラも戻ってきてるってのに、どこで油売ってるんだ?」

 

 

「申し訳ありません。ただ今、戻りました」

 

 

 ちょうどよいタイミングで扉が開き、凛とした声が響く。

 

「シグナム!」

「ただ今戻りました。我が主」

「シグナム! ザフィーラが、ザフィーラが……おめでたいことなのは分かるんやけど、私混乱して……絶対、お祝いとかもした方がええやろうけど、何も手につかなくて……」

「落ち着いてください」

 

 やっとまともな事情を知っている、常識人が帰ってきてくれた。フェイトとヴィータは安心して息をつき、

 

「そう仰るだろうと思い、帰りに小豆を買ってきました。これで今夜は、赤飯が炊けます」

 

 スーパーのビニール袋を誇らしげに掲げるシグナムを見て、そのまま頭を抱えた。

 

 ――ダメだ、この騎士。


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