シグナムが使い物にならないことがよくわかった。
「……ほな、一回落ち着いて状況を整理してみよか」
人間は、自分より慌てている誰かを見ると、落ち着きを取り戻すものである。
顔を赤らめながら「私はザフィーラの隣に同席していました。そして、マジェスタ準佐がザフィーラに……こ、告白したのです」などと、小学生でもできそうな報告をいちいちタメを作りながら言うシグナムには、もはや誰も期待していなかった。事の顛末は、散歩から帰ってきたザフィーラ本人から改めて聞くしかない、と全員の意見が一致したので、頼りにならないライトニング分隊副隊長は小豆を握らせて会議室の隅に置いておく。
そんなシグナムの様子を見て「私がしっかりせなあかん……」と思ったのだろう。そこそこ話せる状態になったはやてはホワイトボードの前に立ち、マジックのキャップを引き抜いた。キュキュっと音を響かせながら、細々とした情報を書き込んでいく。
「そもそも、ザフィーラが彼女を助けた事件って、アレやろ? たしか、応援要請がうちにかかった……」
「はい。稼働状態のガジェットドローンが見つかったっていうやつですね。現場に出て対処に当たったのは、陸士108部隊ですよ」
「あ、その話、お父さんとしました!」
スバルが手を挙げてそう言うと、はやては「よし」と頷いてマジックを置いた。代わりに、ポケットから通信端末を取り出す。
「それなら、ゲンヤさんに話聞けるな。私、ちょっと電話かけてくるわ」
足早に会議室を出ていくはやて。そういえば、とスバルが天井を仰いで呟いた。
「ギンねぇも出動したって言ってたなぁ」
「あの時出動したのはライトニング分隊だから、あたし達は事件の詳細知らないのよね。エリオとキャロは何か知ってる?」
ティアナに話を振られた2人は、黙って顔を見合わせると、そのまま首を横に振った。
「いえ……それが、ぼく達が到着する頃には、ほとんど戦闘は終わっていて」
「事後処理とかは手伝ったんですけど……あんまり詳しいことはわからないんです。ごめんなさい」
「そっか」
「……あれ? 応援に出たのはライトニング分隊なんだよな? それなのに、なんでザフィーラの旦那が現場にいたんだ?」
ヴォルケンリッターの守護獣として、ザフィーラは一流の魔導師と遜色ない実力を誇るが、魔導師ランクは保有しておらず、また六課に正式に所属しているわけでもない。これは、一つの部隊に過剰な戦力を集中させない、という戦力の保有制限を掻い潜るためである。そのため、六課の職員のほとんどはザフィーラのことを『はやての使い魔』として認識しているし、直接触れ合う機会が多かったエリオやシャロですらザフィーラが喋れることを知ったのは、六課に来てしばらくしてからだった。
故に、基本的にザフィーラは事件が発生しても現場に出ることは少なく、はやてやシャマルの護衛を務めていることが常である。ヴァイスが口に出した疑問は最もなものだった。
「あ、実はザフィーラ、近頃お父さんの部隊によく顔を出してるみたいなんです」
「108部隊に?」
「はい。捜査の指導とかをしてくれているみたいで、ギンねぇも最近はザフィーラのことを『師匠』って呼んでるくらいで……すごく尊敬されてますよ!」
「へぇー。さすがだな、旦那!」
「じゃあ、事件の時もその指導の一環で、108部隊と現場に向かったってこと?」
「そうじゃないかな、多分」
ザフィーラが現場にいた理由が大まかに見えてきたところで、やはり気になってくるのはザフィーラに正面から告白したという『お相手』の話だ。
「すっごい美人さんだよねー、どんな人なんだろう!?」
「さぁ? でも、いきなり告白に結婚の申し込みなんて大胆なことをするくらいなんだから、見た目よりもアグレッシブな性格してるんじゃない?」
「こんな美人に告白されるとか……俺だったら一も二もなく受けるけどなぁ」
「……ヴァイス陸曹はさっきから不用意な発言が多いのです。あとではやてちゃんに言いつけますよ?」
「そうですね。言っちゃっていいと思いますよ、リィン曹長」
「ちょ、だから冗談ですって!?」
ワイワイと騒ぎ始めた後輩達を、ヴィータとシャマルは少し遠目から眺めていた。
「ふふっ……なんか盛り上がってきちゃったわね」
「……そうだな」
「どうしたの、ヴィータちゃん? さっきから、ちょっと元気ないみたいだけど」
「んー? なんか、実感が沸かなくてさ」
ちらり、とシャマルはヴィータの表情を盗み見た。その横顔はどこか頑なで、そして冷たい。
「どんなヤツなんだろうな。その、ザフィーラを好きになった相手って」
「そうねぇ……」
ヴィータと同じように。少しだけ遠くを見たシャマルは、小さく呟いた。
「いい人だと、いいけど」
◇◆◇◆
さぁ、やってきましたよ機動六課に! ひゃっふう!
「ここが、わたしの将来の旦那様の職場ですか」
プレッシャーに強いタイプだという自負はありますが、ちょっと緊張してきましたね……ここは一度、深呼吸しておきましょう。ひーひー、ふー。ひーひー、ふー、と。
さて、シスターシャッハに言った通り、今回の訪問の目的は機動六課のみなさんへのご挨拶……というのもありますが。言葉を変えれば『敵場視察』と言ってもいいでしょう。
要するに、ザフィーラさんを誑かす同僚女子……泥棒猫がいないかをチェックしにきた、というわけです。
まず、シグナムさんは大丈夫でしょう。わたしがザフィーラさんに告白した時の狼狽えっぷりを見るに、あの人は恋愛経験皆無のくそ雑魚と判断しました。わたしの乙女の勘によれば、おそらくシグナムさんは処女です。わたしも処女なので人のことは言えませんが、あれだけ立派なメロンを胸に二つ抱えていても、多分絶対に処女です。なので、わたしの恋の障害にはなり得ません。
しかし、ザフィーラさんはイケメンです。ぶっちゃけ、落石の影響で顔をほとんど覚えていないのでイケメンかどうかは分かりませんが、間違いなくイケメンです。さっきの犬……ではなく、狼モード? いえ、守護獣形態と言った方がいいのでしょうか? とにかく、ワンコモードの時でも、ザフィーラさんはとても凛々しいお顔立ちをしていました。つまり、間違いなくイケメンです。
べつにわたしは、伴侶となる男性の顔面偏差値に拘っているわけではありません。外見よりも、大事なのは中身です。「見た目よりも心の中を磨きなさい」と、シスターシャッハからうざいくらいに言い含められてきたので、それはよくわかっています。わたしはまだザフィーラさんのワンコモードのお顔しか拝見していませんが、たとえ人間形態が出っ歯のハゲだったとしても、この恋を貫ける自信があります。まさにトゥルーラブ、です。
ですが、ですがしかし。顔がいい方がモテるのは、男女共通の残酷な現実。もしザフィーラさんが文句のつけようもないイケメンだった場合、絶対に職場の女性達から大人気の憧れの的となっていることでしょう。先ほど、わたしの告白を受けた時の真摯な対応から、ザフィーラさんが紳士的で誠実な性格であることは既にわかっています。性格がよくてイケメンとなれば、競争率は爆上がり。まったく、罪な人です……わたしだけでなく、他の女性の心まで釘付けにしてしまうなんて……
「あの~、すいません」
「あ、はい」
「何か、ご用でしょうか? こちらは、管理局管轄の施設です。一般の方は……」
なんということでしょう。柱の陰に隠れてこっそり様子を伺っていたというのに、職員らしきお姉さんに見つかってしまいました。「なんだ? このあやしいけど美人なシスターさんは?」という目でこちらを見ています。
「……失礼しました。聖王教会所属のフィアメッタ・マジェスタと申します。実は、機動六課所属のシグナム二尉と先ほどまで食事をご一緒していたのですが、レストランに忘れ物を置いていってしまったみたいで……突然の訪問がご迷惑なのは重々承知しているのですが、それを届けに参りました」
まず、にこりと笑顔を浮かべて彼女の警戒心を解きつつ。ポケットから自分のハンカチを取り出してウソを並べ立てながら誤魔化します。ついでに、わたしの身分証明書とIDを確認してもらって、と。
怪訝な不審者を見る目つきだったお姉さんの表情が、さっと青ざめました。
「フィアメッタ……マジェスタ……じゅ、准空佐!? た、大変失礼しました!」
「いえ、気になさらないでください。傍目から見れば、あやしい動きをしていたのはわたしの方でしたし」
「は、はい! 恐縮ですが、あまりにも不審な動きをされていたので、声をかけさせて頂きました!」
……なかなかはっきりとモノを言う人ですね。顔覚えておきましょうか。
「ふふっ……それはこちらこそ、大変失礼しました。それで、えーと……中に入ってもよろしいでしょうか?」
「はいっ! 入り口までご案内します。よろしければ、シグナム二尉にお取次ぎしますが?」
「いえいえ、お仕事の途中に、そこまでお願いするわけにはいきません。それに、シグナム二尉以外にも会っておきたい方が……そう、できれば八神司令にもご挨拶をしておこうと思いまして」
「なるほど! 八神司令ともお知り合いなんですね!」
「ええ。そうなんです」
八神司令は、シスターシャッハがよく送り迎えしていますし、カリムさんやクロノ提督とイモ堀りに行っているのをよく知っているくらいの仲です。つまり、わたし自身、八神司令との面識は一ミリもありません。ただ、カリムさんが「それ、はやてが掘ったお芋なの」と出してくれた焼き芋を食べたことがある程度でしょうか。わたしはあの二人みたいに暇ではないので、教会本部を空けていることが多いのが、ここにきて仇になってしまいましたね……こんなことなら、さっさとヴェロッサくんあたりに頼んで紹介してもらえばよかったです。
とはいえ、今からでも遅すぎるということはないでしょう。初対面からばっちりポイントを稼いで、ザフィーラさんとの仲を認めてもらわなければなりません。
それに、シグナムさん以外に会っておきたい方がいるというのは、あながちウソではありません。機動六課には新進気鋭の執務官として名高いフェイト・T・ハラオウンさんをはじめとして、若手中心ながら優秀な人材が数多く集まっていると、カリムさんから聞き及んでいます。中には、珍しい召喚魔法の使い手もいるとか。
そしてなにより、わたしと同い年でありながら、教導隊で指導教官としての才能を開花させ、多方面に渡って活躍している空戦魔導師……管理局が誇るエース・オブ・エース――
「あ! アルト!」
「あ、なのはさん」
――あの『高町なのは』が……
「ヴィヴィオ見なかった!?」
「うーん、見てないですね。実は私も、こちらの方をご案内している最中で」
「こちらの方?」
「はい。なんでも、シグナムさんや八神司令のお知り合いらしくて……」
こてん、とかわいらしく傾げた首の動きに合わせて、艶やかな茶髪のサイドテールが左右に揺れて。美人、というよりはかわいいと評するに相応しい顔立ちが、こちらをじっと覗き込んできます。
「あ」
「あ」
奇しくも、口から洩れた呟きは綺麗に重なって、
「た、たたた、高町なのはっ!?」
「ザフィーラに、告白した人っ!?」
二人分の叫びもまた、見事に重なりました。
高町なのは……本物の、高町なのはッ!?
エース・オブ・エース……まさか、こんな序盤でわたしの恋の最大の障害になり得る人物と遭遇するとは……これは誤算です。大誤算です。神様を恨みたくなります。まだ八神司令にも会っていないのに、さすがにまだ心の準備が……
あれ?
ていうか、この人今なんて言いました?
重なったせいでよく聞こえませんでしたが、ザフィーラになんとか、と言われた気がするのですが?
「あーっ! いた!」
と、向かい合うわたし達の真横から飛んできた、甲高い声。その声に、わたしは思わず振り返りました。そして、言葉を失って絶句します。
「ヴィヴィオ!」
こちらに向けて走ってくるのは、なのはさんから『ヴィヴィオ』と呼ばれたかわいらしい女の子と、その子に首輪とリードをつけられて、まるで散歩でもするかのようにズルズルと引きずられるザフィーラさんでした。
首輪とリード。
首輪とリードです。
首輪とリードなのです。
なんということでしょう。
これは、あまりにも――――
「ザフィーラ、さん……」
「マジェスタ、准佐……」
――――プレイが、特殊過ぎます……。
ええ、もちろん。
いくらわたしが清いシスターとはいえ、男性の中にはそういった趣向を好む方達がいることくらいは知っています。ブタ野郎と罵られたり、鞭で打たれることで快感を得る特殊な男性が世の中にはいるのです。けれど、まさかザフィーラさんがそんな性癖を持っていたなんて、一体誰が想像できるでしょうか?
もちろん、ザフィーラさんが求めるなら、わたしはそれに応える準備がありますが……しかし、どちらかといえば、本当にどちらかといえば、責めるよりも責められる方がわたしは好みですし……
というか、そもそも。ザフィーラさんに首輪をつけているこの幼女……ヴィヴィオちゃんは一体何者なのでしょう?
首輪をつけたザフィーラさんと、ヴィヴィオちゃんと、なのはさんと、それからまた首輪をつけたザフィーラさんを交互に見ながら、わたしは尋ねました。
「……た、高町一尉……その、そちらのお嬢さんとはどういったご関係で?」
「え? ええっと……」
なのはさんは顔を赤らめて、首輪をつけたザフィーラさんとヴィヴィオちゃんをちらりと見て、少しはにかみながら、答えてくれました。
「娘、です」
同時に、ヴィヴィオちゃんもなのはさんを見上げて、ニッコリと。
「ママ!」
ああ、はい。なるほど。娘さんですね。納得しました。納得……いや、ちょっと待ってください。
――――ママぁ!?