初恋相手は犬でした   作:龍流

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やはりヴォルケンリッターの青春ラブコメは間違っている

「ていうか、そもそもの話なんだが」

 

 ぐだぐだと各々の恋愛観を語る中学生のようなおしゃべりタイムを繰り広げていた六課の面々の中で、まずはじめにその問題に気付いたのは、この場にいる中で唯一まともな男(エリオはまだお子様なので置いておく)であるヴァイス・グランセニックだった。

 

「ザフィーラの旦那って、今まで何人くらいの女性と付き合ったことがあるんだろうな?」

「え?」

 

 思いがけない疑問提起に、固まる六課の一同。もとい、女性陣。

 かわいらしく小首を傾げながら、キャロがそっと手を上げる。

 

「え、と……ヴァイスさん? 何人くらいっていうのは、一体どういう?」

「ん? どうも何も言葉通りの意味だろ。ザフィーラの旦那だけじゃなく、シグナムの姉さんやシャマル先生だって、古代ベルカの時代から、もう千年以上も生きてきた経験があるわけだろ? 精々十数年しか生きていない俺らからしてみれば、人生の大先輩だ」

「言われてみれば、たしかに……」

「ということは、だ」

 

 キラーン、とヴァイスの目が光る。

 

「当然、ザフィーラの旦那は俺らみたいなひよっことは比べものにならないほどの恋愛経験を持っているに違いない!」

「えぇ……?」

「そうかなぁ……?」

「えー、なんだよ。反応薄いな、オイ」

 

 くどいようだが、六課のメンバーが基本的に見知っているのは、使い魔としてのザフィーラの姿。要するに、ワンコとしてのザフィーラである。俺いいこと言った!みたいな顔でドヤるヴァイスとは裏腹に、他のメンバーの反応はいまいちなものだった。

 

「んー、なんか、普段から犬の姿でいるザフィーラが『モテる』って言われても、いまいち実感沸かないというか……」

「そもそもあたし達、ザフィーラが人間の姿でいるところ、あんまり見たことないしね。最近、ヴィヴィオとよく遊んでくれている姿は見るけど、その時も基本的にずっと使い魔の姿だし」

「フェイトさんは、ザフィーラの人間の姿、結構見たことがあるんですよね?」

 

 エリオから話題を振られて、それまで「恋バナで盛り上がるみんな、かわいいなー」と完全にお母さん目線で見守っていたフェイトが、会話に加わる。

 

「うん、そうだね……昔、戦ってた時なんかには人間の姿になることも多かったかな? でも、わたし達が暮らしていた世界は魔法文化が発達していなかったから、ザフィーラも普段の生活では使い魔の姿でいることの方が多かったよ。はやての足がまだ悪かったころは、はやてを背中に乗せて走ってたことも珍しくなかったし」

「八神司令を!?」

「えー! ちっちゃいはやてさんを乗っけて走るザフィーラ、見てみたーい! 写真とか残ってないかな!?」

「でも、なんかそういうエピソードを聞くとますます『人としてのザフィーラ』をイメージしにくくなるわね」

 

 想像した絵面が余程おもしろかったのか、勝手に盛り上がるスバルをティアナは呆れた目で流し見る。というか、さらりと「昔戦ってた時は」と言うフェイトには皆ツッコまないのだなーと、思ったり思わなかったり。

 

「いいや、モテるね! ザフィーラの旦那は絶対にモテる!」

「……ヴァイス曹長、やけに『ザフィーラモテる説』を推しますね」

「そりゃあ、俺はお前らと違ってシグナム姉さんやザフィーラの旦那とは、六課設立前からの付き合いだからな! レリック事件の時、旦那からもらった励ましの言葉を、俺は忘れねぇ……」

 

 ぐっと拳を握りしめながら、ヴァイスはあの時のザフィーラとのやりとりを思い出す。

 ナンバーズによる六課襲撃で負傷したヴァイスは、なかなか目を覚ますことができず、寝たきりになっていた。そんな彼の傍に、ザフィーラは自身も大怪我を負っているにも関わらず、ずっといてくれた。そして、ヴァイスが目覚めたことを確認すると、ザフィーラは静かに去っていったのだ。

 

 なすべきことがある。

 

 そう言い残して。

 ザフィーラの言葉と励ましがなければ、ヴァイスは妹の事件から立ち直ることができず、またヘリパイロットから武装局員の資格を取り直す……という決断をすることができなかったかもしれない。

 

「あの時のザフィーラの旦那のかっこよさ……背中で語る漢の生き様に、俺は心打たれたんだっ……!」

「へぇ……ザフィーラ、ヴァイスさんのことずっと看病していてくれたんですね」

「……ヴァイス曹長が立ち直るきっかけになった、ということは」

 

 ヴァイスと同じく、あの時のことをティアナも思い返す。

 ナンバーズ3人に取り囲まれ、足も負傷……という絶対絶命の中、ティアナは今までに学んだ全てを活かし、なんとか全員を撃破することに成功した。しかし、最後の最後で敵にトドメを刺し切れていなかったティアナの窮地を救ったのは、戦場に復帰したヴァイスの針に糸を通すような狙撃だった。

 

 ザフィーラがヴァイスを勇気づけた⇒ヴァイスが立ち直った⇒立ち直ったヴァイスがティアナを助けた

 

 つまり、ザフィーラがいなかったら、自分はやられていた……?

 

「気付いたか、ティアナ! そう! 俺がザフィーラの旦那に助けられた、ということは! 俺に助けてもらったお前も、実質ザフィーラの旦那に助けてもらった……そう言っても過言ではないっ!」

 

 ヴァイスが立ち直ったのも、ナンバーズを倒せたのも、ティアナが助かったのも、全部ザフィーラのおかげじゃないか!

 

「いや、過言だろ」

 

 あまりの会話の馬鹿さ加減を見るに見かねたのか、とうとうヴィータが会話に割って入った。

 

「ザフィーラが影で機動六課を支えてくれていたことは否定しねぇけど、それはそれ。これはこれだろ。大体なぁ、さっきからお前ら、ザフィーラがモテるだの、モテないだの、勝手に盛り上がってるけどな」

 

 言いながら、ふっと目を伏せて。少し、ほんの少しだけ。ヴィータは、普段は思い返す機会もない、昔の記憶を思い出す。

 ザフィーラやヴィータ……ひいては、ヴォルケンリッター達、守護騎士が生きていたのは、平和な現代からは想像もつかない……戦乱の時代。『夜天の書』がまだ『闇の書』と呼ばれていた、戦うことでしか、奪うことでしか何かを得られない、そんな時代だった。

 

「……昔のあたし達は、それこそ戦い詰めの毎日で……そもそも、闇の書の主に仕える立場だった」

 

 静かに発した言葉に、全員がはっとなる。

 当時から機能不全の前兆が表れてはじめていた『闇の書』のせいで、ヴィータは当時の全てを記憶しているわけではない。だが少なくとも、あの暗い時代の記憶は、まだ時々夢に見る程度には、色濃く残っている。

 だから、

 

「誰かに恋するとか、誰かに恋される、とか……そういう余裕は、あたしらにはなかった。だから、いくら長く生きていても、そういう経験に関しては……お前らひよっこと、大して差はないんだ」

 

 教える立場として六課にいるヴィータにとって。それを認めることは少し癪だったが、

 

「ちょっと……恥ずかしいけどな」

 

 それでも、知らないことを知っていると教え子に言うよりは、ずっとマシだと思うから。

 

「ヴィータ副隊長……」

「あー、なんだよ? なんか、湿っぽい話になっちまったな! 気にすんな! まー、他人のことばっかで盛り上がるのもどうかと思うけど、たまにはいいだろ! お前らまだひよっこだもんな! 恋バナとかしたいよな!」

「あー、いえ、そうではなく……」

 

 後ろ見てください、と言いたげに。スバルとティアナが、なにやらすごく形容に困る複雑な苦笑いを浮かべながら、ちょいちょいとヴィータの後ろを指差している。

 なんだ?と振り返ってみれば、

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 ほんのりと顔を赤くしたシャマルが、ものすごくうじうじしていた。

 

「……おい、シャマル」

「ち、ちがうのヴィータちゃん」

「おい、シャマル」

「み、みんなは前線で戦うのがお仕事だったけど、わたしは治癒とサポートがメインだし……その、後方で他の人を治療する機会もいっぱいあったから」

「あたしはまだ何も言ってねーぞシャマル」

 

 シャマルやヴィータ……ひいては、ヴォルケンリッター達、守護騎士が生きていたのは、平和な現代からは想像もつかない……戦乱の時代。『夜天の書』がまだ『闇の書』と呼ばれていた、戦うことでしか、奪うことでしか何かを得られない、そんな時代だった。

 

 が、それはそれとして、戦場にラブロマンスは付き物である。

 

 辛い時代ではあったが、優しい人達がいなかったわけではない。ヴィータ達守護騎士に向けて、温かい言葉や思いやりのこもった贈り物をしてくれた人達も、たしかにいた。だから、掠れて消えた記憶が大半だったとしても、そういった優しい記憶は、まだヴィータの中に息づいている。

 

 が、それはそれとして、コイツはなにやらとてもステキでロマンティックな思い出をお持ちのようだが。

 

「おい、シャマル」

「だ、だからちがうのヴィータちゃん」

「あたしらが前線で必死こいて戦ってた時に、いいご身分だなシャマル」

「べ、べつにそういう直接的な関係になったわけじゃないし……」

「そういえば、14回目あたりの主とちょっと仲良かったよなシャマル」

「なんでそこだけピンポイントで覚えてるのよもーっ!」

 

 やたら冷たい目でチクチクと攻撃を始めたヴィータと涙目のシャマルのやりとりを、今度は六課の後輩達が温かく見守る番だった。

 

「ザフィーラはわかんないけど……」

「少なくとも、シャマル先生はモテてたみたいだねー」

「ていうか、今現在ふつーに人気あるものね、シャマル先生」

 

 うんうん、と頷く一同。

 医務室の優しいお姉さんとして、シャマルは六課の男性隊員から大人気である。

 

「……まったく、たるんでいる」

「あ、シグナム」

「お、シグナム」

 

 小豆を握りしめたまま、ようやく立ち上がったのは烈火の騎士。ヴォルケンリッターの将、シグナムである。

 

「先ほどまでは気が動転してこんなものを買ってきてしまったが……そもそも我らは守護騎士。主はやての幸せを願うのが第一のはず! 己の恋愛にうつつを抜かすなど、言語道断だ!」

「おー、いいぞシグナム。もっと言ってやれ。コイツ、そういえばこの前、男の隊員から手紙もらってやがったしなぁ」

「え」

「な……それを言うならヴィータちゃんだって! 教導を担当してた男の子から、ご飯に誘われてたじゃない!」

「え」

「な……バッカお前! あれはそういうのじゃないだろ! 全然ちがうだろ! 関係ないだろ!」

「関係ありますぅー。それに気付けないヴィータちゃんが鈍いだけですぅ!」

「なにぃ!?」

 

 駄々っ子のように唇を尖らせるシャマル。怒り狂うヴィータ。衝撃の事実を今知って、またすみっこに崩れ落ちるシグナム。

いい加減混沌としてきた室内を見回して、ティアナがふと気が付いた。

 

「あれ……フェイトさんとヴァイス曹長は?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「どうしたの、ヴァイス曹長? わたしに話ってなに?」

「いや……実はちょっと気になったことがあって……エリオやキャロがいる前では聞かせられないでしょうし、スバルとティアナも微妙にあやしいし、八神司令に聞かれたら今度こそぶん殴られそうだし。相談できる相手が、フェイトさんくらいしかいないっつーか……」

 

 先ほどの会話の際もそうだったが、ヴァイスはある程度『大人』として、ザフィーラの恋愛を現実的に捉えている。やや問題発言もあったが、女性が多いあの場において、ザフィーラと同じ男性であるヴァイスの意見は得難いものだ。エリオやキャロに聞かせないように気を遣ってくれたのも、デリケートな問題であるからに違いない。

 そう判断したフェイトは、居住まいを正してヴァイスに向き直った。

 

「うん、わかった。わたしでよければ聞くよ」

「……えっと、怒らないで聞いてくださいね?」

「怒らないよ」

「……セクハラとかで、左遷しないでくださいね?」

「そんなことしないよ」

「じゃあ、言いますけど……仮に、ザフィーラの旦那が結婚したとして」

「うん」

「家庭を、持つわけじゃないですか」

「そうだね」

「そうしたら……」

「そうしたら?」

 

 そこまで前置きして、ヴァイスはようやく口を開いて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザフィーラの旦那って……子作りできるんですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へっ?」

 

 自分の顔が真っ赤に染まるのを、フェイト・T・ハラオウンは自覚した。

 




今回の話でピンときた方もいるとは思いますが、vivid5巻の番外編『鉄槌の騎士、想う』がめちゃくそに好きです。ヴィータちゃんはともかく、なのはさんは年齢のわりにその私服攻めすぎじゃね?とか思う程度には読み返してます。

あと、個人的になのはキャラで一番エロいのはシャマル先生だと思ってます。

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