初恋相手は犬でした   作:龍流

7 / 19
バカと魔王と守護獣

 わたしは気付きました。

 高町なのはさん……彼女は危険です。例えるなら、そう……魔王です、魔王。

 ヴィヴィオちゃんとの関係に悩むなのはさんの相談に乗って、ついでに少しからかって、マウントを取っていたのはわたしだったはずなのに「フィアメッタさん、すーーーーっごく(以下略」の一言(というか叫び)で、わたしのなけなしの羞恥心はあっさりブレイクされてしまいました。なのはさん、マジ魔王。

 

「フィアメッタさん、そろそろ顔を上げてくれませんか?」

「む……無理です。今、顔を上げたら、わたしは恥ずかしさで死にます」

「ママー。お姉ちゃん、どうしてお顔を伏せてバタバタしてるのー?」

「んー? それはねー、フィアメッタお姉ちゃんが、恥ずかしがり屋さんだからだよー?」

「はずかしがりやさんだー!」

 

 もー! この悪魔親子はほんとにもうーっ!

 せっかくこんなに近くにいるのに、ザフィーラさんの顔が直視できないじゃないですかほんとにもーっ!

 こうなったら……ここは一先ず、戦略的撤退です。

 

「ヴィヴィオちゃん! お姉ちゃんが遊んであげます! すべり台行きましょう! すべり台!」

「ほんと!? いくー!」

「なのはさん! 構いませんね!?」

「ふふっ……はい、お願いします」

 

 本当ならザフィーラさんと他の女性をベンチに残していくとか、死んでもいやですが! しかし、このまま赤面状態でザフィーラさんと対面するわけにもいきません。一旦、離脱です!

 ヴィヴィオちゃんの手を引いて、そそくさとこの場を離れます。すると、小さくてきれいなオッドアイがこちらを見上げていることに気が付きました。

 

「……どうしました? ヴィヴィオちゃん」

「おねぇちゃん、ほんとにお顔赤いね!」

 

 実は血繋がってるんじゃないですか、この親子!?

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ヴィヴィオと手を繋いですべり台へ走っていくフィアメッタを見送ったなのはは、スカートに手を添えながらベンチに腰かけた。となると、必然……足元に拗ねたように座り込む盾の守護獣と二人っきりになるわけで。

 

「……やってくれたな」

「んー、なにが?」

 

 軽く舌を出して誤魔化してみようとしたが、生粋の堅物である彼にはそれも通じず。なのはは早々に降参の意を示して、謝罪することにした。

 

「からかってごめんね、ザフィーラ」

「……べつに、謝罪が欲しかったわけではない」

 

 また顔を背ける盾の守護獣は、素っ気ないながらも、やはりどこか優しい。

 フィアメッタさんはそういうところに惹かれたのかな、などと。らしくもない考えを抱いてしまうあたり、やはり自分も彼女の熱意に毒されているのか。それはそれで悪くないかも、と思いつつ、なのははまた口を開いた。

 

「六課は今、てんやわんやの大騒ぎだよ? ザフィーラが結婚するー!って」

「隠せ、とは言っていないが、しかし騒ぎ立てろと言った覚えもないぞ俺は……」

「おめでたい話だからね。みんなが騒ぐのも、無理ないかも」

「めでたい、か。お前とヴィヴィオが親子になることの方が、余程めでたいと俺は思うがな」

「それとこれとは話が別じゃないかな?」

 

 でも、そう言ってもらえるのはとても嬉しいことだ。

 普段、特に昼間はなのはが仕事でいないことが多い分、ザフィーラにはヴィヴィオの面倒をよくみてもらっている。なので、ヴィヴィオが来る前よりも、ヴィヴィオが来た後の方がなのはとザフィーラの会話の機会は増えた。だから、と言うわけではないが、なのはは最近お世話になっている盾の守護獣に対して、無用な気遣いをする気はなかった。

 

 

「ザフィーラはフィアメッタさんのこと、どう思ってるの?」

 

 

 ストレートに。核心を突く、その質問をぶつける。

 

 

「直球だな」

 

 足元からは、苦笑の気配。

 

「まったく……お前は昔から、遠慮というものを知らん」

「小学生から知っている仲なんだから、今さら遠慮とかいらないでしょう? それにわたし、最近ザフィーラと仲良しだし!」

「……俺は、ヴィヴィオと仲良くしているだけなんだが?」

「えー、ひっどーい」

 

 多少、年甲斐もなくおどけてみせると、緊張が緩んだのか地面に寝そべっている肩がすっと下がった。ゴホン、と獣らしからぬ咳払いが混じる。

 

「マジェスタ准佐をどう思っているか、か……さて、どうだかな。正直に言えば、この状況に一番戸惑っているのは、俺自身なのかもしれん」

 

 少し意外なザフィーラの返答に、なのはは首をひねった。たしかに、フィクションの世界ならいざ知らず、助けた女性に惚れられる、なんて経験は早々あるものではない。

 

「こういうことは、昔にもあったが」

「え、あったの!?」

 

 あったらしい。

 

「自分を助けてくれた相手に感謝する……というのは、ある意味人間として当然の感情だ。しかし、それが感謝に留まらず、好意にすり替わってしまったら」

「……しまったら?」

「それを、果たして正面から受け取っていいものか。悩んでしまうのは、仕方のないことだと思わないか?」

 

 くるり、と。精悍な狼の横顔がこちらを向く。まるで回答を急かしているかのようなその所作に、なのはは少し笑い出しそうになった。

 

「なんか、意外だね」

「何がだ?」

「ザフィーラでも、そんな風に悩むんだ」

「悩むさ。古代のベルカの時代から生きてこようとも、悩むこと、どうにもならないことはある。時は人を成長させるが、たとえ心が成熟しようとも、全てに答えを見出せるわけではない」

「そっか……じゃあ、19年しか生きていないわたしなんて、まだまだだ」

「ふっ……そうだな。お前もまだ、ヴィヴィオとそう変わらない、まだまだ小娘だ」

 

 紡がれた言葉には、重い説得力があった。古代ベルカの、戦乱の時代を戦い抜いたからこそ言える、感情の詰まった結論。技術を、知識を、経験を。積み重ねても救えず、守れなかったモノもある。ザフィーラの声音には、そんな後悔の色が滲んでいた。そしてだからこそ、今の主と、平和な時代を尊ぶ気持ちが伝わってくる。

 彼は、自分達とは違う時代を生きていたのだ、と。なのはは改めて実感した。

 

 しかし、それはそれとして、

 

 

「で、フィアメッタさんのことはどう思ってるの?」

 

 

 

 いい話を聞いて落ち着きかけたところで、話の流れを強引に元に戻す。

 

「……まて。なぜ、またそこに戻る?」

「なんか、はぐらかされた気がしたから」

「そんなことはない」

「ザフィーラって、どんな女性(ひと)がタイプなの? はやてちゃんみたいに家庭的な人?」

「主を引き合いに出すのはやめろ」

「フィアメッタさん、美人さんだよね」

「それは否定せんが」

「わたしはいい人だと思うけどなー」

「落ち着け」

 

 げんなりとする珍しいザフィーラを楽しく眺めながら、なのははさらに一言。

 

「……フィアメッタさんのこと、きらい?」

 

 一瞬、今度は返答に間が空いた。

 空いてから、その隙間を埋めるように「ふぅ……」と深いため息が牙の間から漏れる。

 

「俺は、任務の途中に彼女を助けただけだ。彼女が俺をどう思っているかはともかく、彼女への好悪の印象は、正直まだわからないとしか言いようがない」

「そっか」

「……ただ」

「ただ?」

 

 また、ザフィーラは顔を背けて……というよりは、なのはではなく、ヴィヴィオと遊んでいるフィアメッタの方を見て、

 

「今のところ、悪い印象は抱いていない」

 

 そう言い切った。

 

「……ねぇ、ザフィーラ」

「なんだ?」

「わたしに、一つ提案があるんだけど、聞いてもらえるかな?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 わたしは思い知りました。

 高町なのはさん……彼女は危険です。例えるなら、そう……悪魔です、悪魔。白い悪魔。

 先手必勝、即断即決即行動が心情のわたしでありますが、流石に心の準備というものが必要になる時もあります。いきなり『エース・オブ・エース』という大物にエンカウントしてしまったので、本来の目的を忘れてかわいいヴィヴィオちゃんとのほほんと遊んでしまいましたが……今日の元々の目的はあくまでもザフィーラさんの職場環境のチェック。ザフィーラさんを誑かす悪い同僚女子がいないか、こっそり探るのがわたしのメインミッションでした。

 とはいえ。とはいえ、です。

 

 

 

「えーと、みんなはもう名前だけは知っていると思うけど……なんと、ついさっき! そこで偶然お会いしたので、お連れしてきちゃいました! こちらが、ザフィーラにあつーい告白をされた、フィアメッタ・マジェスタ准佐です!」

 

 

 

 いきなり会議室にお呼ばれして、機動六課のフルメンバーの前で紹介されるとは思っていませんでしたよ!

 ほんとにもう! なのはさんはさっきからなんでそんなに満面の笑みでニッコニコしてるんですかもう!? この状況楽しんでませんか、まったく!

 わたしの隣では、相変わらずワンコモードでヴィヴィオちゃんに抱き着かれているザフィーラさんが「俺はもうしらん。どうにでもなれ」といった様子で、尻尾をプラプラさせています。どうでもいいですけど、ヴィヴィオちゃんそのポジションわたしに代わってくれませんかね? わたしもザフィーラさんすっごくモフモフしたいんですけど。

 

「な、な、なのはちゃん……なんで?」

「いやぁ、言った通りだよ、はやてちゃん。本当についさっき、そこでばったり会ってね」

「そこで!?」

 

 ほら、見てください。管理局の小狸として、すでに腹芸で名が知られつつある八神司令が、あんなに慌てていますよ。

 しかし、まったく予期していなかった状況に放り込まれたとはいえ、せっかくのチャンスを逃すわたしではありません。なんとなく、なのはさんにおもちゃにされている感が否めませんが、このシチュエーションは最大限に利用させて頂きましょう。

 

「高町一尉から、ご紹介に預かりました。聖堂教会騎士団所属、管理局出向魔導師、フィアメッタ・マジェスタと申します」

 

 まずは、一礼。

 そして、一息で言い切ります。

 

 

 

 

 

 

「ザフィーラさんと、お付き合いをさせて頂いております。どうか皆さま、よろしくお願い致します」

 

 瞬間、なのはさんを除いた全員が息を呑み、そしてザフィーラさんを一斉に見ました。

 

「ザフィーラ……」

「お前、もうOK出したのか……?」

「わ、私が見ていないところで、いつの間に……?」

 

 

「誤解だ! まだ付き合っていない!」

 

 慌てた様子で、ザフィーラさんが叫びます。

 

「訂正してくれ、准佐!」

「……失礼しました」

 

 たしかに、間違えましたね。

 

 

 

 

 

 

 

「ザフィーラさんと、結婚を前提にしたお付き合いをさせて頂いております。あらためて、よろしくお願い致します」

「そっちじゃない!」

 

 ザフィーラさん、意外と照れ屋さんですね。かわいい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。