鈴木悟の妄想オーバードライブ   作:コースト

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10話

「せっかくのオフなのに空は生憎の曇り空……金は無いし隣にいるのは気は良い奴だけど男だ……ああどっかその辺に美人が落ちてねえかなあ」

 

「落ちててもお前に惚れてくれるとは思えないぞ」

 

 エ・ランテルの街中を二人の若い男が連れ立って歩いていた。一人は痩せていて背が高く腰にショートソードをぶら下げており、もう一人はがっちりした体型で広刃の剣(ブロードソード)で武装していた。どちらも鎧の類は着ておらず草臥れた普段着姿である。

 

「まず出会いがなきゃ始まらねえだろペテル!その出会いが欲しいんだよ俺は!わかる!?お前だって悟ったような顔してるけど同じだろ!」

 

 突然の大声に通りを歩く人々は何事かと顔を向けるが、ペテルと呼ばれた青年はこういう奇行に慣れているのかさほど慌てた様子はない。

 

「大声出すなよルクルット。俺達だって実力はついてきてるしいずれは」

 

「そうかもしれないけどよ。血生臭い日々には潤いが必要なんだよ!心が渇いてヒビ入っちゃってんのよ!」

 

 少しの間を置いてペテルがぼそりと呟く。

 

「……どうしても我慢できないなら娼館に行けばいいじゃないか」

 

「装備更新の金が飛んじまうだろぉ!?あんまり安い所は後々高くつくっていうしよ!そういうお前だって行ったことねえくせに!」

 

「お前、意外とそういうところしっかりしてるんだよな」

 

「意外は余計だっての……金ないから本当に散歩するくらいしかできねえ。こんなんじゃ美人との縁なんて」

 

 ルクルットの嘆きはペテルにもよくわかる。ペテルとて女性に興味がないわけではないのだから。だがこればかりはどうしようもない問題だ。冒険者にも若い女性はいるが、男女混合パーティは愛憎のもつれで崩壊することが多いという理由であまり推奨されない。

 

 もちろん上手く行っているところもあるが、ちょっとした手違いで簡単に命を落とす仕事なのに仲間内に不和の元を増やすなど自殺行為である、というのがこの業界の暗黙の了解なのだ。そのせいでなかなかパーティを組めずに苦労する女性冒険者はよく見かける。

 

「だからって焦って背伸びしたって良いことはないさ。結局は毎日コツコツやるのが一番の近道、そうだろ?」

 

 それはペテルが自分に言い聞かせる言葉でもあった。冒険者の中には一足飛びに上に上っていく者も珍しくはないが、普通の人間がそんな連中を真似しようとしても命を落とすだけだ。才能や家柄の差を妬んだところで、現実として存在する物は否定できないし、したところで何も変わらないのだ。

 

 他人を羨むより己が出来たことを誇ろう。それがペテルの考え方だった。それでも人間である限り割り切れない時はよくある。そんなとき支えてくれるのが仲間なのだ。

 

「ん?」

 

 その時ペテルは隣を歩いていたはずのルクルットの姿がない事に気づいた。怪訝に思って後ろを振り向くとルクルットが必死の形相で突っ込んでくる。肩がぶつかりそうになったペテルは慌てて飛びのいた。

 

「うわっ!?急に走るな!」

 

 抗議を無視して全速力で走っていくルクルットに呆れつつもペテルはその後を追った。普段はあえてふざけているルクルットがああいう表情をするのは、かなり余裕がない時だということをペテルは経験から知っている。

 

「おい!何があった!?」

 

「女だ!空から女の子が落ちてきた!」

 

 叫びを聞いたペテルの足運びが遅くなっていき、やがて立ち止まった。小さくなっていく相棒の後ろ姿を見つめる表情が悲しそうなものへと変わっていく。

 

「……ルクルット……お前……」

 

 ルクルットはレンジャーだけあって目が良いし身のこなしも仲間内でも一番だ。そのおかげで助かった事や儲かった事は何度もある。だからペテルはルクルットの目には信用を置いていた。

 でもさすがにこれはない。あれが日頃からしつこく女女と言っていたのは冗談だと思っていたが本気だったのだろう。なのに女性との出会いがない日々が続いたせいでおかしくなってしまったのだ。

 

「ごめんな……お前がそこまで思い詰めてた事に気づけなくて」

 

 積み立てを崩してでも娼館に行かせてやるべきかと悩みつつ、ペテルはルクルットの後を追って走り出した。あれが道行く女性に抱き着いたりしようものなら殴ってでも止めなければならない。それが銀級冒険者チーム「漆黒の剣」のリーダーである自分の務めなのだ。

 

                   ◆

 

 屋根から転がり落ちてきた黒いドレスの少女が石畳に叩きつけられる寸前、全力疾走してきたルクルットはがっしりとその身体を受け止める。勢いがついていただけにルクルットの全身に痛みが走るが、取り落とすことも潰れることもなく耐えきれたのは、一般人よりも高い身体能力のおかげだった。

 

「ふぐうっ!?」

 

 歯を食いしばり痛みで涙目になりながらもルクルットの心は強い達成感で満たされる。若い女性だと分かったから助けに走ったわけでは決してない。意気込みはかなり違っただろうが。

 

(ま、間に合った……流石だろ俺……)

 

 ようやく痛みが治まってきて助けた相手の様子を観察する余裕が生まれてくると、ルクルットはまずその軽さに驚く。といっても貧民街のストリートチルドレンのように痩せ過ぎている訳ではない。女性らしい丸みを帯びた身体は柔らかくて抱き心地が良かったし、膨らんだ胸は見まいと思ってもつい目が向いてしまう。

 

「う……あ」

 

 ぐったりした少女が呻き声を上げたことで、ルクルットは慌てて視線を胸から逸らして少女の顔を覗き込んだ。そして、呼吸を忘れる。

 

 まず輝くような黒髪に目が行った。次に薄っすらと開かれた瞳に吸い寄せられた。そして切なげに歪んだ表情を見て、ルクルットの心臓が大きく跳ねた。僅かにあどけなさが残る整った顔は、苦痛で喘いでいてもなお、見る者の意識を塗り潰してしまう美しさがあった。

 

 ルクルットが呼吸も忘れて少女を見つめていると、何故かその顔が少しずつ近づいてくる。吐息がはっきりと感じ取れるようになったところで目が合った。宝石の様な紫の瞳が驚いたように見開かれた瞬間、ルクルットの頭が殴られたようにガクンと揺れ、視界から少女の顔が消え失せる。

 

「馬鹿野郎!今すぐその女の子を放せ!!」

 

 見れば追いついてきたペテルがルクルットの頭があった場所で拳を振り抜いていた。

 

「……ってえな!いきなり何すんだペテル!俺だって怒るときゃ怒るぜ!?」

 

 我に返ったルクルットは理不尽な暴力に怒り出す。褒めてくれとは言わないが少なくとも殴られるようなことはしていないだろうと。

 

「お前がそこまで追い詰められてたのに気づけなかった俺にも責任はある!でも、見ず知らずの女性に無理矢理手を出すなんて見損なったぞ!」

 

「人を犯罪者みたいに言うんじゃねえよ!俺は屋根から落ちてきた女の子を助けただけだ!」

 

 ペテルが何か勘違いをしているのは確かだが、一部頑固なところがあるペテルが一度信じ込むと誤解を解くには容易ではない。

 

「この期に及んで言い逃れする気か!?お前はその子にキ、キスしようと……」

 

「……る……さ……い」

 

「あっ……」

 

 助けられた少女が苦し気な息の合間を縫って声を上げたのを聞いて、ルクルットは口を噤んで少女の顔を振り返った。そして様子がおかしい事に気づく。目立った外傷はなかったはずなので、病気か毒あるいは呪いという原因を想像した。

 病気なら仲間の一人が治せるが今日はオフなのでここにはいない。

 

「ペテル、この子の様子は普通じゃねえ。ダインがいない以上神殿に運ぶしかねえが手伝ってくれるか?治療費は俺が出す」

 

「……あ、ああ、神殿で治療を受けさせるんだな?じゃあ俺が背負うからお前は俺の広刃の剣(ブロードソード)を預かっててくれ」

 

 初めて少女の顔をはっきり見てしまったペテルもルクルットと同じように呆けていたが、距離が離れていた分被害が少なかったようで比較的早く正気を取り戻した。ルクルットの傍まで来るとベルトに付けた剣を外し始める。

 

 ルクルットは横抱きにしている黒髪の少女をペテルの視線から庇うように身体を背けた。

 

「はあ?俺が助けたんだから背負ってくのは俺だろ。お前こそ俺の武器持っててくれよ」

 

「お前は助けて無理したんだから休んでろ。俺の方が力はあるんだから俺が背負う」

 

 ルクルットもペテルも十分理解しているのだ。鎧を着ていない状態でこの少女を背中に背負うという事の意味を。

 

「……は……な……せ……」

 

 すっかり興奮したルクルット達に少女のか細い抗議の声は届かない。

 

「おい!こんなことで揉めてる場合じゃねえだろ!手遅れになったらどうすんだ!」

 

「ならジャンケーだ。ジャンケーで決めよう」

 

「わかった。じゃあ最初はグー、ジャンケーホイ!」

 

 それはスレイン法国で信仰されている六大神が考案したと伝えられる遊びの一つ。何の道具もいらない上にルールは単純、それでいて駆け引きの要素もあるということであっという間に広まり、今では子供でも知らない者はいないくらい有名なゲームだった。

 

「ペテル!俺は次にチョキを出すぞ!」

 

「そんな手に引っかかるか!」

 

 どちらがこの少女を背負うか。勝った方はこの少女の胸の感触を背中で味わえるのだ。男同士一歩も引けない戦いがそこにはあった。そして勝負に夢中になっていた二人は少女の身体が一瞬淡い輝きに包まれたのを見過ごしていた。

 

「くそっ負けた!」

 

「よっしゃあ!俺の勝ちぃぃ!じゃあ、負けたお前は俺の武器よろしくー」

 

 ジャンケーの結果はルクルットの勝利で終わる。がっくりと石畳に膝をついたペテルを勝者の笑みで見下ろすルクルット。だが勝利の栄光に酔いしれるその顎が突然真上に跳ね上がった。ルクルットは曇り空で埋め尽くされた視界の端に、さらりと流れる黒髪を確かに見た。

 

「人の話を聞け」

 

 勢いのまま仰向けにひっくり返るルクルットと、その光景に度肝を抜かれて呆然と見つめるペテル、そして野次馬の群れ。彼らの視線の先で、黒髪の女の子がしっかりした足取りで立っていた。

 

                   ◆

 

(なんでこんなことになってるんだ)

 

 口を開けたまま固まっているペテルの顔をサトリは腕組みして見下ろしていた。

 

 咄嗟の事だったので<上位転移>(グレーター・テレポーテーション)の指定先を間違えて屋根の上に転移してしまい、転がって目を回したまま地面に激突する寸前でルクルットとかいう男に助けられたまでは良かった。

 だがお姫様抱っこされた状態で男二人の馬鹿騒ぎに巻き込まれ、周囲の注目を浴びる羽目になったのは想定外だ。

 

(お姫様抱っこ、ハネムーンキャリーとか言うんだっけ?持ち上げられる方がこんなに恥ずかしいなんて知らなかったよ……そして出来れば知りたくなかったよ!)

 

 大した時間ではなかったとはいえ男にお姫様抱っこされる姿を不特定多数の人間に見られるというのは、悟の精神力や正気を容赦なく削っていた。これに比べればニコポで削れる分など微々たるものだと断言できる。

 

 そんなことをやらかした張本人は、サトリの頭突きを食らって石畳の上でひっくり返っていた。相当手加減はしたが良い角度で入ったようなので失神している可能性もあるし、頭を強く打っていたりしたらまずいかもしれない。

 

(一応、助けられたんだし礼は言うべきだよな……キスされそうになったのは気のせいだろう……気のせいったら気のせいだ……)

 

 無意識に唇を指で拭ってしまう。この色魔を殴って止めてくれたペテルとかいう男もサトリからすれば恩人だった。

 

(くそっ!なんでこんな目に……男は無理、絶対無理)

 

 少しだけ頬を赤らめたサトリがふと気づくと、周囲にかなりの人だかりができている。エ・ランテルの住人の絶好の見世物になっているようだった。いつまでも見世物になっている訳にはいかないと、倒れているルクルットの顔を慎重に覗き込んだ。

 

 サトリから見て並以上だと思ったが軽薄そうな印象がマイナスだ。少なくとも初対面の同性に好印象を持たれるタイプじゃないだろうな、などと頭の中でガゼフと比較していると、硬く閉じられていたルクルットの瞼がカッと開かれる。弾かれたように身体を起こすと、びっくりして後ずさるサトリの顔を見つめてきた。

 

「君、身体は大丈夫なのかい!?すごく体調悪そうだったけど」

 

 お前こそ頭は大丈夫なのか、という言葉が出そうになるがサトリは寸前で飲み込む。

 

「えーと、自分で解毒したのでもう大丈夫ですが」

 

「そっかー、よかった。それじゃ改めて」

 

 ルクルットは唐突にその場で跪くとサトリに向かって仰々しく手を差し伸べてきた。芝居がかった振る舞いだが付け焼刃には見えない。かなりの研鑽を窺わせる動きにサトリは目を見張った。

 

「俺の名前はルクルット・ボルブ。シルバープレート持ちの冒険者で新進気鋭のレンジャー。よかったら君の名前を教えてくれないか?」

 

 隙の無いポーズで白い歯を見せて笑いかけてくるルクルットにサトリは感心と警戒の両方を感じた。

 

(こいつ……なかなか)

 

 感心したサトリが黙っているとペテルが慌ててルクルットの横に並んだ。こちらは姿勢を正してにこやかに話しかけてくるが、笑顔が少しぎこちない。まだスキルは低いようだ。

 

「わ、私はペテル・モーク。戦士です。このルクルットと同じ銀級冒険者チーム「漆黒の剣」のリーダーをしています」

 

(こいつは普通に真面目そうだ。かなり頼りないけど)

 

 まだ若いペテルには酷だが、現状サトリの中での戦士の評価基準はガゼフくらいしかいないので辛口になりがちだった。

 

「私は……サトリ。助けてくれてありがとうルクルット、それにペテル」

 

 流石にこの状況で名乗らない訳には行かないが、今は一刻も早くあの不良衛士を見つけ出して記憶を消してしまう必要がある。不本意ではあるがサトリはいつもの名乗りをせずに済ます。その代わりに丁寧に頭を下げた。

 

(これでひとまず筋は通した。あの衛士、ザインとカイアスとか言ったっけ?首を洗って待ってろ)

 

 こんな美しい世界にあんな醜いものが存在することが許しがたい。殺すつもりはないが一発撫でてやらないと気が済まない。さすがに転移で踏み込むのはありえないので準備を整えてから殴りこむのだ。

 

 ただし耐性の穴を埋めるために便利な指の装備部位のうち、初期の2箇所以外の8箇所は高額な課金アイテムが必要で、一度決定したら再び同じものを使わないと変更が出来ない。

 予備はあるがこの世界で新たな課金アイテムは入手することはまず不可能なだけに、使い所はよく考える必要がある。

 

「ちゃんとしたお礼はいずれ。今は急ぎの用があるので、これで失礼します」

 

 サトリが顔を上げると周囲は不気味な程静まり返っていた。漆黒の剣の二人だけでなく集まった野次馬達も魂が抜けたように口を開けてサトリの顔を凝視している。その異様な光景に居心地の悪さを感じたサトリは手を振って動揺を誤魔化しつつ足早にその場を立ち去ろうとするが─

 

「ちょ、ちょっと待ってサトリちゃん!見たとこエ・ランテルに来たばっかりでしょ?道案内とか困ってる事とかあるなら手伝うよ!」

 

「ルットお前!サトリさん。良ければ私も手伝いましょう。これでもこの街には詳しいですし冒険者として護衛の経験もあります」

 

 精神的ショックからいち早く立ち直ったレンジャーと戦士がサトリの逃走を阻んだ。二人はそのままサトリを挟んで口論を始める。

 

「ペテルくーん。そもそもサトリちゃんは俺が助けたんだぜ?譲ってくれるのが筋じゃねえか?」

 

「どさくさに紛れて前後不覚の女の子を襲おうとした奴と二人きりにできるか!」

 

「そんなことした記憶はねえ!無理やりなんて趣味じゃねえし!」

 

(こいつらまだ喧嘩続けるのか……そういえば昔はよくたっち・みーさんとウルベルトさんの喧嘩を仲裁したっけ……懐かしいなあ)

 

 昔の事を思い出してサトリは少し胸が暖かくなるが、この調子ではいつまでたっても一人になれない。

 

「あのー」

 

 ハッとして喧嘩を止めたペテルとルクルットに手招きして呼び寄せ、サトリは二人だけに聞こえるような声で囁きかける。

 

「用事が済んだら魔術師組合というところに行くつもりなので、良ければそこで……」

 

「「!!」」

 

 効果は抜群だった。今にも殴り合いになりそうだった二人は揃って笑顔になり、気を付けてと手まで振ってくる。やはり、とサトリは心に頷いた。こういう状況の時はこの手に限る。

 

 しつこくついてこようとする野次馬をペテルとルクルットが牽制してくれている隙に、サトリは最寄りの角を曲がって<完全不可知化>(パーフェクト・アンノウアブル)で姿を消し、空へ飛び立った。そのまま屋根の上を飛行して人気のない場所に着地したところでほっと胸を撫で下ろす。

 

(なんなんだこれ。一番の理由はあの二人が大騒ぎしたせいだろうけど……やっぱりこの神器級ローブのせいか?)

 

 世界級アイテムの力で形が大きく変わった結果、壮麗で色っぽいイブニングドレスになってしまっている。胸元は露出こそ皆無だが形の良い膨らみがはっきりわかるし、背中は大きく開いている。足を持ち上げればスリットから素足が覗く。ユグドラシルではこんなデザインはありふれていたが、異世界とはいえ現実となれば目立つのだろう。

 

(カルネ村の人誰も言ってくれなかったもんなー。でも持ってる中じゃこれが一番強いし、魔法のロー……ドレスだから手入れもいらないし……)

 

 そもそも捉え方が違うのだ。この世界の人々からすれば「服」にしか見えなくても、鈴木悟にしてみれば「防具」。魔法防御力のみならず物理防御力すらこの世界の重厚な金属鎧を上回る。あんなことがあった以上、あまり能力が落ちる物は着たくないところだ。

 

 とはいえ、一つの街に長く滞在するならやはり着替えるべきなのかもしれない。このドレス自体がどうというより、毎日ずっと同じ「服」というのは流石に変な目で見られかねない。

 「おまえその服しか持ってないの?」と思われるのはちょっと避けたい。「防具」なら同じ物を着続けていてもさほど違和感はないだろうが。

 

 神器級の防具はこの一着しかないが、1ランク落ちる伝説級の防具ならたくさん持っている。それらも全て今の身体に合わせて形が変わっていて、女性らしい魅力や可愛らしさを引き立てるデザインの物ばかりだったが、どれも一目で分かる高級感に満ちていて肌触りも最高だった。何故か下着まで揃っていたのは謎だが、あの世界級アイテムの効果だとしたらサービスが良すぎだろう。

 

 サトリも最初は愕然としたが今はむしろ楽しんでいるくらいだ。男物と違って華やかでデザインの幅が広いし、今の自分ならどれを着ても似合ってしまうからである。鏡の前で一人ファッションショーなんて以前は考えもしなかったが、今ならわかった。

 

 延々と続く服の列を眺めていたサトリはある一着の服で目を止めた。その黒い制服は鈴木悟のいた世界の軍服をモチーフにした防具だ。ユグドラシル時代、NPCのパンドラズ・アクター用に色々な制服の外装データを用意したのだが、没にした中で自分が気に入って防具に仕立てた物が何着かあり、この服もその一つであった。

 

(そういえばこんなの作ったっけなあ)

 

 元が軍服だからなのか他の装備ほどデザインが変化していないのも助かる。この世界の人々に軍服の意味合いが通じなくても威厳と迫力は伝わるはずだし、人間であればこのカッコよさが分からないはずがないという根拠のない自信があった。サトリは会心の笑みを浮かべて、アイテムボックスから取り出した軍服を胸に抱きしめる。

 

 といっても今は着替えたりしない。この服をお披露目するタイミングはもう決めたのだ。

 


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