鈴木悟の妄想オーバードライブ   作:コースト

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11話

(いない?まだそんなに時間はたってないはずなのに……)

 

 サトリは白い煙が充満する部屋の中で歯ぎしりしていた。先程襲われかけた地下室に万全の準備を整えて突入したまでは良かったものの、標的の二人は既に影も形もなかったからだ。隠れるような場所はなく姿を消していても発見できるはずだが、冷たい石造りの部屋には人っ子一人いない。<敵検知>(センス・エネミー)にも反応はなかった。

 

(くそっ。あいつら引き際が良すぎる)

 

 階段を駆け上がって屋外に飛び出したサトリは、すぐ近くの城門でさっきのジェンターという名の衛士が行列の対応をしているのを見つけて駆け寄った。

 

「すみません!ザインとカイアスという名前の衛士がどこに行ったか知りませんか!?」

 

 サトリが戻ってきた事に驚いたのかジェンターは目を丸くしたが、サトリの身体に上から下まで目を走らせるとすまなそうに頭を下げてくる。

 

「す、すまなかったサトリちゃん。俺達みんなあいつには逆らえなくて……でも無事だったみたいで良かったよ。これでも心配してたんだ。信じられないだろうけど、本当に危ないようだったら止めに入ろうと思ってたんだ」

 

「……」

 

(……はあ?)

 

 サトリの胸の中がチリチリしたもので満たされていく。相手が巨大マフィアということで見捨てられたのは仕方ないとしても、こんな即座に嘘とわかる言い逃れはありえない。さらに喋ってる間中だらしない顔で胸をじろじろ見てくるのがサトリの怒りに拍車をかける。

 

 気持ちはよくわかるので見るなとは言わないが、こんな時くらい我慢すべきだと思うのは間違ってないはずだ。笑顔を貼り付けたまま煮えたぎる怒りに耐えていたサトリは、自らに施した封印の効果が弱まっていくような気がした。抑え込まれていた闇の人格が再び力を取り戻して動き出しそうな気配を感じる。

 

(何だこいつ、人を馬鹿にしてるのか?いや落ち着け、落ち着け……今はあの二人を追うのが先だ)

 

 ここでロールプレイ(闇の人格)を始めたら、もとい身体を乗っ取られたら本当にお尋ね者になってしまう予感しかしなかった。漫画なら青筋がマークが出てしまう程の怒りを押さえて話を続ける。

 

「……あの二人がどこにいるか知りませんか?」

 

「折角上手いこと逃げられたんだろ?これは忠告だけど、もうあいつらには関わらない方がいいよ」

 

 急に真顔になったジェンターに違和感を覚えるがサトリとて引き下がれない。

 

「話をしないといけないんです」

 

「そうかい。悪いけど居場所なんて知らないよ。君と一緒じゃないならどこかでサボってるんじゃないかな。何せあいつらときたら……」

 

 サトリに濡れ衣を着せようとしているのかと思いきや、報復を恐れていち早く遁走したのだろうか。だとしたら勘がいい。おかげでサトリの手間と苛立ちは増えてしまったのだが。

 

「そうですか。仕事中にありがとう」

 

 ぺらぺらと喋り続けるジェンターにうんざりして強引に話を切り上げたサトリは、城門から伸びる大通りを足早に歩きだした。曇り空の下にそびえるのはカルネ村とは比較にならない巨大な城塞都市である。近くに大きな川もないのにここまでの規模を維持できるのは魔法があればこそだろう。

 

 魔法の力は本当に偉大だ。こんな大きな街で土地勘のないサトリが二人の人間を見つけ出すこともそう難しくはないのだから。

 

(あの猿顔はしっかり覚えてるからな。<生体発見>(ロケート・クリーチャー)の魔法を使えばいい)

 

 魔法があるせいか、この国自体かなり奇妙というかちぐはぐな印象を受ける。科学技術が遅れているわりに鈴木悟のいた世界よりも進んでいる面も見受けられたが、一方で前時代的な風習や価値観も残っていて慣れるまで時間がかかりそうだった。

 

 特に恐ろしいのは一般人の命や尊厳が綿毛のように軽く、上位者である貴族の気分次第で何をされても文句が言えないところだ。

 

(「無礼討ち」とか言うんだっけな)

 

 短期間にこれだけのことがあればいくら鈍いサトリといえども理解してくる。今の己の容姿がどれだけ他人と面倒事を惹きつけるのかということを。こうして真昼間の大通りを歩いていてさえ全身にじっとりとした視線を感じる程だ。最初はあまりにも露骨な相手は睨み返していたが、まったく効果がないので早々に諦めて気づかないフリをするようになった。

 

 サトリの胸中は複雑だ。恥ずかしくて隠したいと思う反面、誇らしさから見せつけてやれという気持ちもあり、そこには自分では手が出せないもどかしさの鬱憤晴らしも含まれていたりする。

 

(ほんと何でこうなったんだろうな。街を観光したかっただけなのに)

 

 <変装>(ディスガイズ・セルフ)のような幻術で誤魔化すことはできるだろうが、常にバレないかとびくびくしながら観光するのも落ち着かない。いっそ人目を引いてしまうのは諦めて名声や人脈を手に入れることを考えた方が良いのかもしれない。名声があれば大抵の事は許されるのだ。

 

(問題は名声を稼ぐ方法……やっぱり冒険者かな。アダマンタイト級の冒険者はこのあたりならどの国でも通用するステータスらしいし)

 

 あのジェンターとかいう衛士も「冒険者は奇抜な格好をしている」と言っていた。それは目立って名声を稼ぐ為だろうが、逆の発想をすれば冒険者なら変わった格好でも許される風潮がある、ということだ。

 

 あるいはガゼフのように仕官するという手もある。この世界の魔法のレベルを考えればサトリには難しくはないだろう。しかし仮に宮廷魔術師とやらになれたとしても具体的にどんな仕事をすればいいのかわからないし、宮仕えなどすると好き勝手に旅ができなくなってしまう。

 

 大通り沿いに並んだ色々な店を見ている内に商売をするというのも思いついたが、片手間程度ならともかく名声を稼げるほど本格的にやるのは、この土地にコネがなく様々な知識も不十分なサトリにはリスクが大きすぎる。

 

(やっぱり冒険者しかないかな。腕っぷしとルールを理解できる頭さえあればいいんだから……さて。そろそろいいか)

 

 行き交う人々から視線の集中砲火を浴びながら大通りを暫く歩き、人目のない路地に入ったところでサトリは建物の間を急上昇して屋根の上に着地した。いつの間にか後をつけてきていた数人の男が路地の奥へ消えていくのを冷めた目で見送って、目当ての人物を探し出すための魔法を起動していく。

 <偽りの情報>(フェイクカバー)<探知対策>(カウンター・ディテクト)といった様々な魔法を使って対策を整えたサトリは、<生体発見>(ロケート・クリーチャー)の魔法を使ってザインの行方を探し当てた。

 

(……近い、というかすぐそばだ)

 

 ザインの現在地はサトリが立っている民家の屋根からほど近い、雑多な建物が並ぶ地区だった。本気で逃げるつもりならもう少し遠くに逃げているはずなので、隠れる方を選んだろう。あの程度の魔法無効化を絶対視していた連中が情報系魔法の対策を取れるとは思えないのでほぼ間違いない。

 

 飛行して直線距離を行けばあっという間に辿り着ける距離だが、サトリは<千里眼>(クレアボヤンス)を発動して現場の映像を確認しにかかった。魔法の視界に映し出された路地裏の風景の中に見覚えのある二人の男が倒れているのを見つけ、サトリは息を呑んだ。

 

(死んでる!?殺された!?誰に?)

 

 薄汚れた家々がひしめき合う細い路地で、ザインとカイアスが血まみれで動かなくなっていた。二人とも全身を切り刻まれていて、低位の蘇生魔法では復活できないくらいに損傷が酷く、血と腸の匂いが漂ってきそうなくらいだった。無事なのは顔くらいしかない。見ているサトリも気分が悪くなってくるが、カルネ村で沢山の死体を見たせいか辛うじて取り乱さずに済んでいた。

 

 誰がなぜこんなことをしたのか。考えられるのはやはり八本指だろう。自分の拉致に失敗したので殺されたと考えるのが一番しっくりくる。

 

(あっ、これひょっとして俺のせいにされるんじゃ)

 

 サトリが彼らと一緒にいたところは色々な人間に見られている。現場が離れていると言っても魔法が存在する世界だ。おまけに法治より人治が優先され一般人の命や尊厳などゴミ同然の社会でもある。何の後ろ盾もない小娘一人を冤罪で捕まえるくらいやりかねない。

 そんな事態にはならないかもしれないがなってから後悔しても遅い。

 

「どうすればいい?蘇生は……却下だな。あの分じゃ低位の蘇生じゃ無理だろうし」

 

(間違いなく現場を張っているでしょうね。見えないように蘇生してもそんな事をした者を探して大騒ぎになるわ)

 

 サトリの頭にロールプレイ(闇の人格)の声が響いた。暫く静かだった相手がまた喋り出したのは、怒りで封印が弱まったという事だろう。

 

「だな。じゃあどうする?面倒だからすっぱり諦めて遠くの街に行くのがいいと思うけど」

 

 自分でもどうかしていると思いながらも、この時サトリは藁をも掴む思いで頭の中の声との会話を試みた。ロールプレイ上のキャラクターとはいえ自分には違いないが、素の自分は違う価値観と視点を持っている設定なので思わぬ解決の糸口が見つかるかもしれないと思ったのだ。それに屋根の上にいる今は他人に見られる心配もない。念のために姿も消している。

 

(私がどうにかするわ)

 

「本当に?でもどうやって……」

 

(あなたが困った時はいつも私に任せて切り抜けてきた。違う?)

 

「まあ確かに」

 

 この「闇のサトリ」はそういうキャラクターとして設定したとはいえ、本当に自分なのかと疑うほど肝が据わっていて戦闘や交渉の時は頼りになるのだが、シャルティアの設定をベースに考えたせいで色々と妙な暴走をしてしまうという欠点もある。そのあたりの設定のせいなのか、カルネ村を出る時なんて勝手に出てきて困ったことをしてしまったくらいだ。

 

(あなただって本当は彼女を抱きしめてみたかったのでしょう?今のあなたは機械でも死人でもないのだから、人肌に飢えても何もおかしくないわ)

 

「そ、そんなこと……」

 

 正直に言えばイエスだ。確かにあの晩せっかくのチャンスをフイにしてしまったことを後悔していた。今の身体ではどうせ間違いは起こりようもないのだし、抱き合ってもうちょっと……しておけば良かったと。

 

(あの二人に一服盛られた時もそう。心の片隅で期待していた。少しだけ先の展開を見たいと。無理もないわ。前の生でずっと願っていても体験出来なかった事だもの。だからあなたは─)

 

「ないない!男相手なんて!それにあんな連中に捕まったら何されるかわかったものじゃないだろ!」

 

(女性が好きなのに怖いから積極的に出られなくて、それでも好きで。鬱屈した思いを抱えたまま、あなたは女になってしまったから)

 

「……は、はあ?いきなり何を」

 

(今の状況と童貞を拗らせた結果歪んだ性癖の発露かしら。自分への言い訳もできる。結局は拒否感の方が上回ったけれど)

 

「そ、それはお前の設定だろ!俺自身にそんな性癖は」

 

 本当にないと言えるのか。人間は誰しもSかMの要素を持っていて隠しているだけなのだと聞いたことがある。童貞については今更だ。女性へのコンプレックスなど言われるまでもない。それを本当の意味で解消するための物はもうないどころか、今や自分自身の身体がコンプレックスの対象という有様。

 

(あなたは常に自分を殺し続けてきた。怯えて、我慢して、聞き入れて、宥めて。だから今度はもう少し自由に伸び伸びと生きたい。あの村でそう決めたはず)

 

「そう、だけど」

 

(今ならわかる。あの世界級アイテム『妄執と追憶』は、その名の通りあなたの想いを読み取って、違った姿と心でこの世界に送り出した。そこに一握りの悪意を忍ばせて。だから記憶のあなたと今のあなたは、同じなようでまるで違う)

 

「そんなことはない……はず。俺は元々こうで」

 

 魔力がほとんどなく相手の切り札もわからない状態で、主にガゼフを気に入ったという理由だけで陽光聖典と戦うという大きすぎるリスクを取った。村人を助けるだけなら他に方法はあったのだ。

 

 なにより慎重を期すのなら、超位魔法の<天軍降臨>(パンテオン)で強力な天使を呼び出せば良かったのに、スキルの実験をしたいからと敵の懐に飛び込んだ。

 

 そもそもこの世界に来てすぐに、エンリの悲鳴を聞いて頭が真っ白になって飛び出していた。そんな無謀なことは()()()()()なら絶対にしなかった……のだろうか?今となっては分からない。

 

 そしてその後、魔法をかけずともよく喋った陽光聖典の隊長からの情報や実験で、この世界の人々がいかに脆弱かを、千切れた四肢すら癒す魔法の万能性を、自分を脅かし得る存在は竜王や漆黒聖典といったごく限られた者達しかいないことを知ったのは事実だ。

 

 しかしいくらなんでも、感情に流されてこんな危ない火遊びを迷うような─

 

(私に心の内を隠す必要も意味もないわ。そして私はあなたを捨てていった薄情な人達とは違う。ずっとあなたの傍にいる。独りぼっちはもう嫌だもの)

 

「違う!」

 

 それは決して癒えない傷口である。時間という瘡蓋(かさぶた)を剥がされて直接そこに触れられたことで、サトリの頭の中で感情で爆発した。少女の身になったせいで感情の振れ幅が各段に大きくなっていたこともそれに拍車をかける。

 

「きっと大切な理由があったんだよ!ユグドラシルなんかより、アインズ・ウール・ゴウンなんかよりずっと……」

 

 サトリの声はみるみる弱々しくなっていき、やがて途切れる。いくら言葉を並べたところで外ならぬ自分自身が納得していない。心の奥底では自分は捨てられたと感じ、自分を捨てていったギルドメンバー達に憤りを感じていたのは事実だった。

 

 この世界に来る直前に別れを告げた二人のメンバーもそうだ。彼らにギルドやユグドラシルへの気持ちが残っていたなら、多少無理をしてでも最後の瞬間まで一緒に居てくれたのではないか。結局はあの二人もギルドを、ユグドラシルを、自分を捨てたのだと。

 

 あの二人が残っていてくれたら、自分が()()独りぼっちになる事もなかったのではないか。サトリの頭の中でどす黒い感情がぐるぐると回り出す。どうして()を捨てていったのだ、と。

 

(よく分かるわ。だって私はあなたから生まれたのだから)

 

 その言葉にハッとするサトリだが、ロールプレイという自分に慰められても空しいだけだ。いっそ本当に他人と言える存在なら少しはましだったかもしれない。

 

「……もういいよな。こんな一人喋り。キャラ作りとしちゃ十分だ……」

 

 僅かな躊躇いの後、サトリは再び自分の意志で仮面を被ることを選んだ。闇のサトリとしてのロールプレイを始めるのだ。生み出された人格が己の身体を隅々まで支配していくのを意識する。完全に「闇の人格」になりきることで全てが変わっていく。

 

 外界の時間にすればほんの一瞬だが、本人にとっては十数秒に感じられる時が過ぎ、憑き物が落ちたように平静を取り戻したサトリは、寂しげな表情のままゆっくりと遠くを見上げる。視線の先には二重の城壁に囲まれたエ・ランテルの中枢区画があった。

 

                   ◆

 

「都市長にお会いしたいという方がいらっしゃっています」

 

 城塞都市エ・ランテルの都市長パナソレイは煩わし気に時計に目をやった。この時間は誰とも会う予定はなかったはずだが急ぎの用だろうか。

 

「この忙しい時に誰だ?誰が私の仕事の邪魔をしに来たんだ」

 

 ドア越しに秘書に誰何しながら、パナソレイは最近自分の仕事を大幅に増やしている事件について思い返した。

 

 

 エ・ランテル都市長として既にひと月近くの間、帝国兵による連続襲撃事件の対応に追われていた。相手の手口は迅速かつ巧妙で貴族派閥による嫌がらせもあってガゼフ・ストロノーフ率いる王国戦士団を持ってしても足取りを追うのが精いっぱいだった。

 

 貴族派閥の王国戦士団への嫌がらせ自体は今に始まった事ではないが、ガゼフが王家の四宝物の着用を禁じられたり出陣する戦士団の兵数にも制限が加えられるなど、今回の件ではあまりにも生々しい動きが目についていた。

 

 ここエ・ランテル周辺は王家の直轄領であり、その都市長であるパナソレイも当然ながら王派閥である。そしてガゼフは王派閥の武力を支える要だ。万が一のことがあってはとパナソレイはガゼフの周辺の動向には細心の注意を払っていた。そんな折に当の本人から書簡が届いたのが昨日だ。

 

 最初はガゼフの訃報でなかった事を喜んだパナソレイだったが、文面に目を通していくにつれ顔を顰めることになった。あまりにも信じがたい内容だったからだ。だが王の信任厚く実直さに定評のあるガゼフが荒唐無稽の嘘をつくとは思えなかったし、実際に敵兵の装備の一部や捕虜まで送られて来たとなれば、ある程度は信じるしかなかった。

 

 書簡によれば村々を焼き打ちしていたのはバハルス帝国兵に偽装したスレイン法国の部隊だという。それだけでも大事なのに彼らが伝説で魔神を滅ぼしたという大天使まで召喚したというのだ。パナソレイは魔法やモンスターについては門外漢もいいところなので、それがどれほどの脅威なのか想像もつかない。

 

 だがガゼフの書簡に書かれていた最も信じがたい内容は、そんな伝説の存在をも一瞬で消滅させたという魔法詠唱者についてだった。ラナー姫にも匹敵する美しい黒髪の少女でありながら、その力はおそらく帝国が誇る大魔術師フールーダすら凌駕しており、敵に回せば確実に王国が滅ぶと言うのだ。

 

 ガゼフの気が触れているとまでは言わないが、戦場のストレスから誇大妄想に取りつかれているとしか思えなかった。

 

 そもそもラナー姫に匹敵する美女というだけで想像もつかないのに、伝説の英雄並みの力を持っているなんてどんな出来過ぎた存在なのだと。

 

 ひとまずパナソレイが信じたのは今回の連続襲撃事件がスレイン法国の仕業だった事、彼らが強大なモンスターを召喚した事、それを凄腕の魔法詠唱者が倒した事までだ。「もし彼女と会うことがあれば絶対に機嫌を損ねるな」としつこく念押ししていたのは気になったが。

 

 

(確かその魔法詠唱者の名前は─)

 

「魔法詠唱者のサトリ様とおっしゃる方が……」

 

「!!」

 

 パナソレイは勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「すぐに会うと伝えてくれ。くれぐれも丁重に」

 

 ガゼフの話を全て信じた訳ではないが、これから会う相手が超一流の魔法詠唱者なのは疑いようもない。そんな人物が自分のところに会いに来るとはどういう要件なのか。どのみち無碍にしていい相手ではない。

 

(ガゼフには後で礼を言わないといけないかもしれんな)

 

 パナソレイは身嗜みを整えてサトリという少女が待つ応接室へ向かった。

 

                   ◆

 

 応接室に通されたサトリは軽く部屋の中を見回してから、案内してくれた女性に勧められたソファーに腰を下ろした。鈴木悟としてはこの世界でのマナーが気になって落ち着かないが、アポ無しで来る時点で今更なので開き直るしかないのだろう。

 

(いきなりトップに会いに行くのはたしかに真似出来ないな、いやロールプレイだけどさ)

 

 ただの一般人が面識もコネもない大会社の社長の所にアポなしで押しかけて、会ってもらおうと言うのに近い。普通なら取り次いですら貰えず守衛に追い返されておしまいだ。鈴木悟の感覚からすれば、何故通してもらえたのか不思議でしょうがなかった。

 

 思いついたかもしれないがさすがに却下しただろう。姿を消して忍び込んで記憶を操作というのも考えなくもなかったが、そんなことをするくらいなら別の街に逃げていた。自由に生きたいと思っているサトリだが、あえて犯罪や無法無礼な振る舞いをしたい訳ではない。

 

 しかし現実にこうして応接室まで通されている。透明化したり精神魔法を使いまくった訳ではなく堂々と正面から会いに来た結果がこれだ。いかにもな体格の男が二人、部屋の隅に立ってこちらを監視しているのは仕方がない。そもそも会って貰える方がおかしいのだから。

 

(普通に考えてガゼフが都市長に何か書いてくれたんだろうな。それでも取り次いでくれた理由はわからないけど)

 

 特に意識していないのに膝を閉じて背筋をぴんと伸ばしているが、ロールプレイ(闇の人格)中はそういうところを無意識にこなしているのが不思議だ。骨格が違うし股間の物もないので男の時ほど窮屈ではないにしても、素だったら意識を張り詰めていないとこうはいかない。

 

 魔法が当たり前で亜人やモンスターも存在する世界のマナーなど想像もつかない。、自分が出来る範囲で見苦しくないようにじっとしているが、本音を言えば部屋中を見て回りたくてしょうがなかった。

 部屋の中に様々な魔法の反応があったからだ。探せばこの世界独自のマジックアイテムもあるかもしれない。許されるなら実際に手に取ってみたいし、鑑定魔法をかけて詳細なデータも見てみたいが、さすがにそんなことを言い出す状況ではない。

 

 控えめに部屋の中を見回していると監視役の男の片方と目が合ったので、手持無沙汰だったサトリはここぞとばかりに全力で微笑みかけた。ロールプレイ(闇の人格)中はニコポスキルのリスクは軽微なので安心して使えるし、しかめ面の屈強な男がふにゃりと顔を弛緩させるのは見ていて面白い。

 

「っ……」

 

 暫くして仕事を思い出したのか表情を取り繕うが、明らかに様子がおかしくなっている。

 

(なんか、面白いな)

 

 別に悪いことはしていない、目が合ったから笑っただけだ、無表情で目を逸らす方が失礼だろう、社交辞令の範疇であって自分は何も悪くない、と居もしない誰かに向けて言い訳を並べつつ、やめない。

 

「ふふ……」

 

 サトリは可愛らしく口元に手を当てて笑う。見とれていたところを気づかれて笑われた監視役の男は、すっかり動揺して落ち着きをなくしてしまった。威圧感を取り戻そうとしているのか、しかめ面をさらに強張らせているが赤みが差した頬では何をしても無駄だった。もう一人の監視役はどことなく不満そうな顔で、相方にちらちらと視線を送っている。

 

(何だこいつら。見た目はゴツイけど可愛いぞ)

 

 サトリがもう一人にも同じように微笑みを送ると、先程まで部屋に満ちていた緊張感はもはやどこにも残っていなかった。必死に取り戻そうとするほど弛緩してしまう。満足したサトリが二人から視線を外して調度品を眺めていると、ドアが開いてでっぷりと太った男が入ってくる。

 

 病的にすら見える肥満に鈴木悟の意識はぎょっとするが、サトリはまったく動じることなく優雅に立ち上がって会釈した。そんなサトリの顔と立ち居振る舞いを見て、入ってきた男は驚いた顔で一瞬固まる。しかしサトリの事を事前に知っていたのか、素早く立ち直るとのしのしと近づいてきた。

 

「わたしがエ・ランテルの都市長、パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアですが……」

 

 一歩踏み出すごとに弛んだ贅肉がぶるぶると揺れ、床が揺れている錯覚を感じる。腹周りなんてサトリの3倍以上はありそうだ、ちょっと歩いただけなのに呼吸も苦しそうで、ここまでいくと痩せないと命にかかわるレベルに思える。ただ迫力と言う意味では抜群だった。先程まで腑抜けていた監視役もすっかり元の厳めしい顔に戻っている。少し、ほんの少しだが面白くない。

 

(……負けちゃいられないな)

 

 都市長の自己紹介を受けてサトリは軽く頷いてから深呼吸をする。周りの人間や物にぶつからないよう慎重に間合いを測るのは忘れない。途中でぶつかったりしたら恥ずかしいどころではない。

 

「私は魔法を統べる者。大いなる世界樹の葉より生まれ、幾多の世界を旅する魔法詠唱者。この世にただ一人のアーケインルーラーにして漆黒の魔人、サトリ。この地の人は私をこう呼ぶ。漆黒の戦乙女と」

 

 複数のポーズと表情を組み合わせ、一句ごとに繋げていくこの名乗りは最も難易度が高い。それだけに最後までやりきった時の破壊力は絶大だ。見れば都市長はじめ場の全員が、魂を抜き取られてしまったように呆然としていた。

 

                   ◆

 

 数十分後。目の前で優雅にティーカップに口をつける黒髪の少女を見て、パナソレイは内心の動揺を隠し切れずにいた。応接室の壁面に近い空中には魔法で作られた映像が浮かび上がり、エ・ランテルのどこかで衛士がせわしなく動いている様子が映し出されている。

 

(これは本当にガゼフに礼を言わないとならんな)

 

 その現実離れした美しさ、身に付けた衣類や装飾品の見事さ。都市長である自分の前であのような自己紹介をする胆力。只者ではないどころの話ではない。そして常軌を逸した魔法の力。こんな魔法は見たことがなかった。少なくともこの国でこれだけの魔法を同時に使える人間をパナソレイは知らない。もしもガゼフの書簡が届かず、この少女を門前払いしていたらどうなったか想像するだに恐ろしい。

 

 さらにその神秘的なまでの美しさと言ったらどうだ。既に枯れていると思っていた身ですら、思わず身を乗り出してしまう可憐さと艶やかさ。身につけた品々も例える言葉が見当たらない程見事で、王家に伝わる宝物すら子供の玩具に見えてしまう。この少女が咎められもせずここまで来れた理由が、魔法の力によるものではないとわかった。

 

「我が国の民と王国戦士団の窮地と救っていただいたあなたに御迷惑をおかけした事は誠に申し訳なく思っております。すぐに担当のハミルトンを呼びますのでどうか……」

 

 いつもの芝居も忘れてパナソレイは頭を下げた。どこの馬の骨とも知れない孫のような年頃の少女だというのに、頭を下げる事にまったく違和感がない。むしろそうするのが当然だと思えるような絶対者の風格を放っていた。王や皇帝といった他人を従えることを運命づけられた存在が纏う覇気である。

 優雅な物腰に立ち居振る舞い、髪の色からして遠い南方の国の王族というのが一番しっくりきた。

 

「ガゼフのおかげでかなり手間が省けたわ。だから掃除を手伝ってあげる」

 

「掃除とは……まさか。いえ、そのような危険なことは」

 

「私への気遣いは無用よ。この街に潜む八本指をまとめて捕縛するチャンスでしょう?」

 

 話を聞くと、この少女はあろうことか自らを囮にしようというのだ。受け入れれば大きな借りをつくることになるが、既にこちらの監督不行き届きで迷惑をかけている以上、受け入れないという選択肢はなかった。

 


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