鈴木悟の妄想オーバードライブ   作:コースト

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14話

 大通りに設置された魔法の街灯が灯り始める頃になっても、エ・ランテルの冒険者組合は多くの人間で賑わっていた。

 依頼の報告に証拠部位の換金、情報交換やアイテムトレードなど組合で行われる事は多岐に渡る。

 

 人の流れから少し離れた奥まったスペースで、漆黒の剣の4人はいつものように一つのテーブルを占拠していた。彼らが今ここにいる理由は2つある。一つは仕事の打ち合わせのため。もう一つはある人物を待つ為だ。だが例の騒ぎの噂を聞きつけた冒険者が頻繁に話しかけてくるのと、一人が使い物にならないせいで進捗はあまり良くない。

 

「おいペテル、お前の所のルクルットが黒髪の美女にこっぴどく振られて捕まったって話は本当か?」

 

「どうやったらそんな滅茶苦茶な話になるんだ。ルクルットならそこにいるぞ」

 

 普段ならこういう時率先して対応してくれるルクルットは壊れて止まったままだ。ペテルとダインに引きずられるようにして冒険者組合まで来てからずっと、手にしたハンカチを見つめて呆然としている。

 

「相当話題になってるんだな」

 

「あれだけ目立てば当たり前である」

 

「……そうですね」

 

 ニニャも口数が少ない。一方的に気まずさを感じていた相手が、自分達を巻き込まないために気を使ってくれた事が棘となって心に刺さっていたからだ。

 

「ペテル。明後日からの仕事は延期した方が良いのではないか?この調子では思わぬ不覚を取るやもしれん」

 

「俺もダインの言う事はもっともだと思う。皆が良ければ少し時間を置いて……」

 

 彼らの実力からすれば街道や開拓村付近でのモンスター駆除はそう難しい仕事ではないが、危険がないわけではない。さらにここ数日、エ・ランテル周辺で普段見かけないモンスターの目撃や被害報告も冒険者組合に上がってきている。万全でないときは可能な限り戦闘を避けるのが冒険者の鉄則だ。

 

 それまでずっと「心ここにあらず」状態だったルクルットが、ハンカチを握りしめて椅子から立ち上がった。

 

「なあ!いつもの小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)狩りもいいけど、この辺で大きく稼ぎたくねえか?そろそろ金級昇格も狙いたいしさ!冒険者になったからにはやっぱりアダマンタイト目指してえじゃん?俺達ならもっと上行けると思うぜ!」

 

 急にいつもの調子に戻ったように見えるルクルットに3人は何とも言えない顔を向けた。ルクルットの振る舞いがギリギリの虚勢であることは、付き合いの長い彼らにはすぐわかった。誰よりもショックを受けていながら、いつも通りのムードメーカー役をこなそうとする姿にペテル達は胸を締め付けられる。

 しかし空元気だろうが黙って塞ぎこんでいるよりは良いはずだと、ぎこちない笑顔を浮かべて流れに乗りかかった。

 

「うむ……ちょうど良い依頼があれば、考えても良いのである」

 

「私も経験を積んで、早く第3位階魔法を扱えるようになりたいです」

 

 街道や人里でモンスターの討伐を行うのも重要な仕事だが、冒険者としての等級を上げたいなら難易度の高い依頼をこなした方が早いのは事実だ。そういう依頼は当然危険も多い。無理をして大怪我をしたり命を落とすパーティなど枚挙に暇がなかった。

 

「……それもいいかもな。最近討伐が多かったし、上手く行けば功績も上がるだろう」

 

 ルクルットの提案に反対する者はいなかった。自分達を巻き込まないようにあんな振る舞いをした彼女を見て、何とも思わないには4人は若すぎた。自分達がせめてミスリル級だったら、あの衛士達ももう少し違う対応を取らざるを得なかっただろう、という思いは全員が抱えていた。

 

「そう言うと思ってこれだ!この辺に潜んでる盗賊団のアジトの捜索!見つからなくても手間賃は出るっていうから─」

 

 

 その時、組合の入口の扉が開いてまた新たな人間が入ってきた。近くで気配に気づいた冒険者達は面倒臭そうに視線を走らせ、そのまま目を釘付けにされる。仲間や知り合いの異変に気づいた他の冒険者達も視線の先を追い、同じように固まった。喧騒に満ちていた空間は一転して奇妙な静けさに包まれる。

 

 見慣れない服を着た黒髪の少女だった。鋭角的なラインで構成された黒い服は、見る者が見れば遠い南方の国の服に似通ったデザインだと分かる。この辺りではまず見かけない格好だが、いかにも高級な生地と仕立ての良さから、それがとても高価な物であることは明らかだ。

 黒い上下に黒い帽子という異様な出で立ちは年頃の少女とは思えず、輝く黒髪も相まって闇を切り出してきたかのようだった。

 

 さらに人々が少女から目を離せなかった最大の理由は美しさだ。整いすぎた顔立ちや身体はもちろん、全身から溢れ出る不可視の質量と言うべきものに強制的に目を引きつけられる。誰もが声を発することもできず、歩いてくる少女の姿に目をくぎ付けにされているた。

 

 受付のカウンターの前まで来た少女は、かけている眼鏡を人差し指で持ち上げつつ驚くべき事を口にする。

 

「こんばんは。冒険者登録をしたいんですが」

 

「「!?」」

 

 静まり返っていた組合の中が一斉にざわめき始める。冒険者たちも受付の女性もこの少女の事は依頼人だと思っていた。こんな美しく裕福そうな身なりをした華奢な少女が、冒険者のような危険な稼業と関係あるはずがないと。

 

 

 レンジャーであるルクルットは日々培った鋭い聴覚とそれ以上の執念めいた何かでその人物の声を聞き取った。忘れようとしても忘れられない響きを耳にした瞬間、その身体は既に走り出していた。ルクルットの形相に進路上にいた冒険者達は驚き、慌てて道を空ける。

 

 物音に気づいた黒づくめの少女が、走り寄ってくるルクルットに気づいて振り返る。少女の目と口が驚きの形に開かれた。

 

「ルクルット?」

 

 美しく澄んだ声。ずっと聞きたかった声だ。ルクルットの目にはもう、その少女以外の物は映っていなかった。別れた時とは違う見慣れない服を着ている。以前のドレスと違い肌の露出は皆無だが、威厳と凛々しさに満ちた別の魅力があった。ぎゅっと絞られたウエストや布地を押し上げる胸の膨らみに目を奪われる。

 

 目頭が熱くなり視界が滲んだ。耐えがたい衝動に背中を押され駆け寄って手を伸ばした。それが自分の見ている幻ではないことを確かめたかったのだ。

 

「おっと」

 

 しかし目当ての相手は寸前でひらりと身をかわす。その動きはこの街で最高の冒険者にも匹敵する軽やかさで、身をかわされたルクルットは床の上でたたらを踏んだ。それでも転倒しなかったのは流石シルバープレート持ちのレンジャーと言うべきか。

 

「ぶ……無事だったんだな!サトリちゃん!」

 

 

「あー、うん。この通り」

 

 今のサトリは素に戻っていた。この世界に来て三日目なのに戦闘ばかりしている気がする。それはそれでスリルがあってとても楽しい事なのだが、ゆったりとリラックスする時間は必要だ。幸いなことに、八本指の連中から分捕ったお金で今のサトリの財布はとっても重い。今夜はこの街最高の宿を堪能する予定で、今からそれが楽しみでしょうがなかった。

 

(それにしてもちょっとバツが悪いな。あんな別れ方しちゃったし。マジ泣きしてたもんなこいつ)

 

 必要なことだったとはいえ、あの時はつい調子に乗ってやり過ぎてしまったとサトリは思っていた。しかし当のルクルットはそんなことなどまるで気にしていない様子だ。

 

「良かったっ!本当に良かったっ!」

 

 普段はにやけた3枚目然とした顔が今はぐしゃぐしゃだった。涙で濡れたルクルットの迫力に圧されてサトリは顔を引きつらせる。この世界の男は感情表現が大きいのが普通なんだろうかと頭の中で分析していると、サトリの肩をルクルットの手ががしっと掴んだ。

 

「え……!?」

 

「良かったっ!本当に良かったっ!!うううっ」

 

(またマジ泣きか!本当によく泣く奴だな)

 

 対応に迷って目を白黒させているサトリの肩に手を乗せたまま、ルクルットは下を向いて嗚咽を漏らしている。払いのけるのは容易い。サトリからすれば銀級冒険者のルクルットも大した相手ではないのだ。しかし一応は恩人だし、本気で自分の身を案じて無事の再会を喜んでくれる相手に暴力を振るうというのは気が咎める。それに先程は自分がやり過ぎたせいで泣かせてしまったという負い目も少し。

 

(しょうがない、ちょっと胸を貸すくらいは我慢するか……)

 

「大げさだな。無事だったんだから」

 

 鈴木悟が生きていた社会では、大の男が人前で泣くのはよっぽどの理由がある時だけだったし、子供のようにしゃくり上げるルクルットを見ていると、どうも放っておけないという気分になってしまう。以前の自分からすれば彼らはずっと年下なのだ。これが父性というものかと、サトリはルクルットの金髪が揺れるのをぼんやりと見つめる。

 

 やがてルクルットの嗚咽と震えは止まった。しかしその手は依然としてサトリの肩を掴んだままだ。

 

「落ち着いたかな?そろそろ離れてほしいんだけど」

 

「も、もうちょっとだけ……」

 

 すんすんと鼻を鳴らすルクルットにサトリは全てを察した。その襟首に指を突っ込み強引に引き剥がす。

 

「ぐっ、ぐるじい!ごめん!もうしないから放して!ぐええええ!」

 

 溜息交じりに周りを見回したサトリは、全身に突き刺さる好奇と欲情の視線の中に違うものが混じっている事に気づく。振り向くとそこにはペテルとダインとニニャの三人が驚いた顔で立っていた。

 

「サ、サトリさん!?よく無事で!」

 

「うん。この通り無事だよ。あの時はその、色々言えないことがあって」

 

「分かっています!あなたが無事だっただけでいいんです!」

 

 感極まった泣きそうな顔でニニャが駆け寄ってきたのでサトリはルクルットの襟首から手を放した。ニニャもまた本気で心配してくれていたのが分かり、その真摯な瞳が何ともこそばゆい。距離感がかなり近い気がしたが相手が中性的な美少年のニニャなのであまり抵抗はなかった。決して変な意味ではない。

 

 数歩離れた距離でペテルとダインは満面の笑顔を浮かべていた。そして誰からともなく「漆黒」の名を持つ5人は小さな円陣を作る。

 

「一緒に仕事をしようって話、まだ有効かな?」

 

 帽子を脱いで朗らかに微笑むサトリに、漆黒の剣の4人は何度も大きく頷いた。

 

 

 

 

二章 終




これにて二章終了。
三章はまた時間空きます。

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