それから数時間後。
生き残った村人で兵士達を縛り上げて村の共同倉庫に放り込み、亡くなった村人達の簡単な葬儀を済ませるという大仕事がようやく終わった。
涙を堪えて両親を見送るエンリの顔を見た時、サトリの頭を蘇生という言葉が過ぎったが、結局それはしなかった。というより出来なかった。一度でもそれをやれば、キリがなくなることくらい簡単に想像がつくからだ。いずれ行使する時があるとしてもそれは今ではない。
一連の作業中、サトリはアンデッドを生み出して手伝わせることも考えたが、肉親知人を殺されたばかりの村人の前でやることではないと思い留まる。代わりに村人達に上位の強化魔法をかけて回ったので、仕事は驚くほど短時間で終わったが、代償として彼女の魔力はほぼ底をついてしまった。
その原因は魔力の最大値や残量を数値やゲージで確認できなくなった事もあるが、一番大きいのは魔法の行使が楽しすぎて調子に乗ってしまった事だった。
「村を救っていただいた上にその後のことまで……サトリ様には感謝の言葉もありません」
(サトリ様、か……落ち着かないけど止めてくれないだろうな……)
髭を蓄えた初老の男性が先程から何度も頭を下げるのを見ながら、こういう風習はどの世界でも変わらないんだな、とサトリは見当違いの感想を持っていた。エンリと話した時に気づいていたが、普通に会話が成立している事への疑問も含めて、今は放り投げておくしかない。
「年長の方にそう何度も頭を下げられてしまうと、私の方も居たたまれません。偶然通りかかった私にたまたま力があっただけだと、そう思っていただければ」
村長の家のテーブルで、村長の奥方が出してくれた白湯を舐めるように口にしながら、サトリはどうやって自分の望む方向に話を持っていくか考えていた。とにかく今一番欲しいのは情報だ。他に必要な物といえば食料だが、仲間用に持っていた物が少しあるので、今すぐ必要というわけでもない。
「それにあの兵士達の武具を頂きましたから」
「サトリ様。それは村からのお礼にはなりません」
「ではこうしましょうか。私は遠方からやってきた旅の魔法詠唱者で、このあたりの地理や文化を全く知りません。ですので色々と教えていただきたいのです」
「その程度はお安い御用ですが、あなた様が村にしてくださったことと比べれば……」
「もう一つ。私が訪れたことや使った魔法について、村の外部には決して漏らさないでください」
「そ、それはもう。サトリ様がそうおっしゃるのでしたら、村人一同、絶対に秘密を守ります」
ようやく話がまとまりそうな雰囲気にサトリは人知れず拳を握りしめる。こんな会話はさっさと終わらせて、この世界の事が知りたかったのだ。
「ではそれでお願いします。くれぐれも」
「お待ちください。おそらく長い話になると思いますが、この村にはサトリ様のような方が滞在なされる宿がありません」
「御心配なく。村はずれの土地を貸してください。魔法で仮宿を作りますので」
(グリーンシークレットハウスを使えばいいしな。
「なんと……サトリ様の魔法は、そのようなことまで」
「はい。ですから秘密にしていただきたいのです。お分かりいただけましたか」
サトリは可哀想なほど恐縮している村長夫妻の手を取って強引に握手をかわした。この世界での初めての知的生命体との交渉は、ひとまず成功と言って良いだろう。あんな恐ろしい体験をしたのだから、得られる情報が有益なものであることを願うしかなかった。
◆
「リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国、六大神……」
気が付けば日が傾いてきている。村長が語ってくれた内容はとても興味深かった。何より重大なのは、この世界がユグドラシルが現実化したものではなく、全く別の世界だという事だ。その割に過去にユグドラシルのプレイヤーらしき存在がいた事を窺わせる逸話もあった。
何度となく質問を挟みながら、重要性と距離を考えて比較検討した結果、サトリは次の目的地を城塞都市エ・ランテルに決めた。今後の行動方針を決める為にも、今は少しでも多くの情報が必要なのだ。交易路の結節点で人口の多い大都市というからには、多くの情報が期待できるだろう。
(最優先目標は情報収集だな。当座の金はあの兵士達の装備を売り払えばいいか。手持ちのユグドラシル金貨はあまり使わない方が良さそうだし。あの豚……兵士達から話を聞くのもアリかな)
「村長っ!大変だ!」
サトリが考えをまとめているところに、息を切らせた若い男が家に飛び込んできた。そのまま何か言いかけるが、家の中にサトリがいるのに気づいて口ごもる。
(また厄介事かな?イベント間隔短かすぎじゃないか、この村は)
丁度いい機会だと思ったサトリは、鈴木悟だった頃に身につけた社交スキルを改良して実践することにした。村人と会話をしながら強化魔法を配っている時、意図せずに使っていたものだ。
相手と目を合わせて僅かに首をかしげつつニッコリ笑いかけるポーズ、略してニコポである。ただの営業スマイルと言ってはいけない。確かに鈴木悟の場合はそうだったが、サトリが使うと別物と言えるほど劇的な効果があった。
実際この村人にも効果は抜群だった。顔がみっともなく崩れ、取り繕わなくなった視線がサトリの顔と胸を行き来する。エ・ランテルで情報収集するなら、このスキルは色々と役に立つだろう。とはいえこの村の人々はサトリへの心象に大幅なプラスがついているので、テスト対象としてはあまり良くないと言える。スキルの練度もまだまだなので、もっと研鑽を積まなければならない。
何よりもこのスキル、使っていて楽しいのだった。
「かまわん。話してくれ」
「……あっ、はい。20騎くらいの騎兵が村に近づいてきて……きてまして」
「なんだと!?こんな時に……」
「旗は王国旗のようでしたけど、どうしたら!?」
村長のすがるような視線を見るまでもなく、サトリの答えは決まっていた。作業を手伝っている内に多少の思い入れも出来てしまったし、ここまで手助けした村が壊滅させられたら悲しい。
「これも縁です。村の皆さんには隠れていてもらって、私と村長さんで対応しましょう」
「おお……重ね重ねありとうございます」
緊張と恐縮で縮こまった村長にサトリは優しく微笑みかけ、いくつかの強化魔法をかけていく。闇のサトリのロールプレイ中は、勢いでかなり失礼な事を口走る可能性があるので、今のうちに好感度を稼いでおこうという作戦だった。
そんな思惑も知らず、間近でサトリの全力の笑顔を見てしまった村長は、たちまち相好を崩す。緊張が解れたのは間違いないが、奥さんの目の前でその顔はまずいんじゃないか、とサトリは無責任な感想を思い浮かべた。
「ではいきましょうか。もし戦闘になりそうならすぐに逃げてください。魔法がかかっている間は並大抵の剣や矢は心配いりませんし、走れば余裕で振り切れるでしょう」
(魔力は厳しいけど、あの兵士達くらいなら余裕だろう。それにアーケインルーラーのスキルも出来れば試してみたいしな)
◆
「私はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。王命に従い、近隣を荒らしている帝国の兵を討伐するため村々を回っている」
広場に立つサトリと村長の前で、一団のリーダーらしき男が馬に乗ったまま名乗りを上げた。短く刈り込まれた黒髪に浅黒い肌で精悍な顔立ちをした中年で、いかにも現場叩き上げといった雰囲気を放っており、潜ってきた修羅場の数々を想像させた。
「愚か者の豚は縛り上げて閉じ込めてあるから。どこへなりと連れていきなさい」
既にサトリはロールプレイ、ではなく一瞬の隙に闇のサトリに身体の主導権を奪われていた。
「なんだと……おい、お前が村長だな?この少女の言っていることは事実なのか?」
村長はサトリの突然の豹変に仰天しつつも、ガゼフの問いを肯定する。さらに村のために色々な手助けをしてくれた恩人であり、途方もなく偉大な魔法使いだと説明した。話を聞いてさらに驚きに染まったガゼフの目がサトリの顔をじっと見つめてくる。
「お前は……いや、あなたが何者なのか教えていただきたい」
「いいでしょう。よく聞きなさい」
(き、きた……!ついにきたぞ!)
自己紹介はとても大事だ。特にこういうシチュエーションは少ないので全力でやるべきだろう。サトリは含み笑いをしながら、あらかじめ考えていた台詞と幾つかの振り付けを思い浮かべる。
(ここは特に尊大なイメージの振り付けがいいだろうな。考えたのはかなり前だけど、さっきも鏡の前で練習したし)
「私は魔法を統べる者。大いなる世界樹の葉より生まれ、幾多の世界を旅する魔法詠唱者。この世にただ一人のアーケインルーラーにして漆黒の魔人、サトリ」
言い終わると同時にサトリは手をかざして不敵に微笑んだ。ユグドラシルでは表情は動かせなかったが、現実なら特に力を入れるべきところだけに、あの時ちゃんと練習していたのだ。こんな時<黒の後光>を使えなくなったことが心底残念に思われた。
堂々たる至高の名乗りを上げたサトリの顔を、ガゼフが、村長が、ガゼフ配下の戦士団が唖然とした表情で見つめている。
(……あれ?反応が薄いな。驚き過ぎたのか?水でも飲ませてあげるべきかな?)
サトリがアイテムボックスから無限の水差しを出そうと手を伸ばしたところで、何かを察した様子のガゼフが慌てて馬から降りて近づいてきた。
「サ、サトリ殿……で、よろしいか?」
サトリの身長はこの世界の女性の平均くらいらしく、ガゼフに目の前に立たれると見上げる形になる。筋骨隆々の見知らぬ男と間近で向き合うなんて普通は緊張するだろうが、闇のサトリはそんなことで動じるキャラクターではない。鷹揚に頷いてガゼフに先を促す。
「この村を救っていただいて、感謝の言葉もない」
ガゼフはサトリに向かって深く頭を下げた。サトリはさも当然と言う態度を崩さないが、鈴木悟は少し驚いた。それなりの年齢の男が、自分の娘のような年頃の初対面の少女に、深々と頭を下げるなんてなかなかできることではない。部下の装備が不揃いなので怪しんでいたが、王国戦士長という肩書も本物なのかもしれないと思った。
「たまたま通りがかっただけ。大した事ではないわ」
「御謙遜を。しかしサトリ殿の名前は寡聞にして存じません」
「それは無理からぬこと。この土地にはついたばかりなのだから」
「そうでしたか。それではこの村を襲った者達について、詳しい話を聞かせて頂きたいですな」
「村長に聞きなさい」
「それは話には応じていただけないという意味ですかな?」
(ひっ!?)
ガゼフが鋭い目を向けてくる。鈴木悟なら漏らしてしまいそうな程の迫力だが、サトリは余裕たっぷりの微笑を浮かべて応じた。そういうキャラクターなのだから、そうしなければならない。緊迫した雰囲気に、間近で見ていた村長が顔色を変えて二人の間に割って入り視線を遮る。
「どうか、どうかそこまでに!」
サトリは村長のとりなしにもすぐには応じない。安く見られれば舐められるのだ。たっぷり時間をかけてからぷいと顔を背ける。
「……女の扱いが下手ね。戦士長」
「それは失礼。見ての通りの武骨者ゆえ、あなたのような美しい方に似合う誘い文句など思いつかんのです」
「……はぁ、同席はしましょう、次会う時はもう少しマシになっていなさい」
「ありがたい。今後の訓練に女性の誘い方を取り入れることも考えておきましょう」
サトリこと鈴木悟は、考えてもいないことをすらすらと口走っている自分に恐怖を感じていた。男相手にあんな台詞を吐けるとは思わなかったのだ。完全に予想外の言動に、あるいは自分にそういう性癖があったのだろうかと疑念が湧いてくる。
(……ロールプレイしてると、キャラが勝手に動くってことあるよなー、ははは、はは……何が女の扱いだよ!?俺なんて女の扱いどころか付き合ったこともないよ!)
「で、ではサトリ様、戦士長様、話は私の家で」
疲れた顔の村長が歩き出した。今日起こったことを考えれば無理もない。ガゼフは部下達に休息を取るように指示を出してその後に続く。サトリも後を追おうとしたところで、戦士団の内の一人の騎兵がただならぬ様子で村の広場に入ってくる。
「戦士長!周囲に複数の人影!この村を包囲しています!」