鈴木悟の妄想オーバードライブ   作:コースト

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5話

「六光連斬!!」

 

 サトリに殺到した天使達が一斉に光の粒となって消える。その後には剣を振りぬいた一人の男が立っていた。男の全身は傷だらけで、獣のように荒い息をつきながらも、その目には燃え上がる戦意を宿している。周辺国最強の剣士、王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフであった。

 

「な……!?」

 

(馬鹿な!?ガゼフがなぜここに!?まさか転移!?ありえない!)

 

 離れた位置で天使に囲まれていたはずのガゼフが、一瞬後には目の前にいて、気がつけば天使をまとめて消滅させていた。瞬きの間に小娘が髭の大男に変わっていたのだ。ニグン達にとっては悪い夢としか思えなかった。

 

 完全に虚を突かれて動きが止まった陽光聖典。その隙を見逃すようなガゼフではない。地を蹴ったガゼフが弾丸の勢いでニグンに突進する。ついでとばかりに進路上の隊員を斬り捨て、魔法の力を帯びた剣をニグンに突き刺さんと身体をひねった。

 

 万事休す。そう思われた時、ニグンの後ろにいた監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が動いた。片手に装備した盾でガゼフの必殺の剣を防ぐ。勢いを殺しきれず大きく体勢を崩したが、その間にニグンはガゼフの間合いから脱出することに成功した。

 

 空中でガゼフとニグンの視線が絡み合い、火花を散らす。ガゼフの技量もすさまじいが、咄嗟に反応したニグンも只者ではない。陽光聖典の長として数々の修羅場をくぐってきた経験は伊達ではなかった。ようやく動き出した隊員達がガゼフに魔法を放とうとするが、暴風と化したガゼフに次々と斬り倒され、血しぶきを上げて地面に倒れ伏していく。

 

 もはや出し惜しみしている場合ではないと、ニグンは切り札を使うことを決断した。

 

「最高位天使を召喚する!!時間を稼げ!」

 

 怯みかけていた生き残りの隊員達は再び勇気を得てガゼフに天使を殺到させた。

 

(逃げ出した小娘などもはやどうでもいい!最高位天使の召喚がなるまでガゼフを抑え込めば勝ちなのだ!)

 

                   ◆

 

 ガゼフに渡していたマジックアイテムの力で瞬時に場所を入れ替わったサトリは、10体以上の炎の上位天使に囲まれる形になった。転生前ならば上位物理無効化スキルのおかげで、一切ダメージを受ける心配はなかったが、今はそうもいかない。

 

 さらにニグンが言ったように、サトリの魔力はほぼ枯渇していた。普通に考えれば、魔力を使い果たした魔法詠唱者が敵に包囲されれば嬲り殺されるだけだろう。しかしサトリは笑っていた。その状況が楽しくて仕方がないとでも言うように。

 

「さあ踊りましょう。私を熱くして……」

 

(嫌だ、痛いのは嫌だ……リアルの剣とか無理……)

 

 心の中の鈴木悟は既に泣きが入っていたが、ガゼフに協力したのも、ここまで来てしまったのも自分なので今更どうにもならない。演じている内にキャラクターが馴染んだのか、半ばオートで喋ったり動いたりしてくれる優秀なロールプレイに全てを託して押し通すしかなかった。

 

 一方、標的のガゼフが忽然と消えたことで天使達は攻撃を中断し標的を探し始めた。ガゼフと入れ替わりに現れたサトリに攻撃するという意志はない。攻撃を受ければ別だが、天使は同じような存在の悪魔と違って命令がない限り勝手な行動はしないのだ。

 

 空中で棒立ちになった天使を、サトリの振るった()が薙ぎ払う。殴られた天使は吹き飛ぶ間もなく光の粒となって消えていった。サトリは勢いのままに一回転させた武器を再び肩に担ぎ直す。それは杖と言うにはあまりにも異質な形をしていた。半透明の黒い素材で作られたそれは、杖というより巨大な鈍器であった。

 

 

 

 ユグドラシルにおける一般的な魔力系魔法詠唱者は、通常の長剣や槍などは装備できないが、杖に分類される武器ならば装備できる。魔法でダメージと攻撃速度を強化し、そこらの剣や槍より遥かに強くても、分類が杖である限りは使用に問題はない。たとえ見た目が巨大な鈍器でしかなくても何も問題はない。

 

 ただしユグドラシル時代、モモンガがこの武器を使ったことはなかった。魔力系魔法詠唱者が杖で殴る事自体がほぼ趣味だということもあるが、この武器が攻撃ごとに魔力を消費するからだ。

 

 生命線である魔力を使い、接近して杖で殴るくらいなら、遠距離から魔法を使ったほうがいいのは当然の理屈。前衛の真似事をしたいだけなら<完璧なる戦士>(パーフェクト・ウォリアー)の魔法を使った方が良いのだ。

 

(じゃあ何でそんなもの作ったのかって?そういう性能の超レアデータクリスタル拾っちゃったからだよ!)

 

とは本人の談である。

 

 

 

 サトリを敵と判断した天使たちが一斉に斬りかかってくる。サトリはそれを掻い潜りつつ、相手の武器ごと叩きつけるように()を振り回して応戦する。しかし天使の攻撃全てを避け切れるものではない。炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は今のサトリと比べてもはるかに格下だが、サトリが取得しているクラスは詳細不明のアーケインルーラー(自称)を除くと全て魔力系魔法詠唱クラスであり、近接戦闘能力は低いからだ。

 

 何度となく天使の剣がサトリの身体に当たり、その度にサトリの体にチクチクとした痛みが走る。が、影響と呼べるのはそれだけだった。存在としての格で圧倒的に上回っているだけでなく、全身を神器級の防具で固めているサトリには軽微なダメージしか与えられないのだ。

 

「あは……ちょっと物足りないけど、こういうのもいいわ」

 

(そういやシャルティアがベースだったなーって、痛い!痛いんだけど!俺はこんな性癖ないし!絶対ないし!痛い痛い痛い!)

 

 鈴木悟の困惑をよそにサトリはうっすらと頬を上気させ、微笑みを浮かべながら()を振り回し続けた。一閃するたびに天使の身体が光の粒となって霧散し、紫の瞳がかすかな光を帯びる。サトリは己の身体に起きた変化を感じ取って笑みを深めた。今にも大声で笑い出したくなる程の高揚感が彼女の胸を満たしていた。

 

 気が付けば、あれだけ群がっていた天使はサトリの周りからいなくなっていた。

 

「もう終わりなの?まだぜんぜん足りないのに……あら、あれは……」

 

 日が落ちて薄闇に染まった草原に、まばゆい光が差した。

 

                   ◆

 

「見よ!これこそが威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!魔神をも滅した人類の守護天使だ!」

 

 高らかに吠えるニグンの頭上には、光輝く巨大な翼が花弁のように集まって浮いていた。翼の中心から王錫を持った2本の腕が生えている以外、頭も体も脚も存在していない異形の姿。陽光聖典の隊員はニグンを含めて5人まで減っていたが、周囲を覆いつくすほどの清浄な気配を漂わせる天使の出現に揃って歓声を上げた。

 

「あの化け物は……魔法ってのは何でもありか」

 

 警戒して立ち止まったガゼフを睨みつけ、ニグンは憎々し気に告げる。

 

「口を慎めガゼフ!本来貴様ごときに使うのは憚られる存在だ!だが……」

 

 ニグンの台詞を他所に、ガゼフのすぐ傍にサトリがふわりと着地する。どこにも傷を負っている様子はなく、身に纏うドレスに僅かな汚れすらない。違うのはその滑らかな白い肌に少しだけ朱がさしていることか。

 

「切り抜けるとは思っていたが……やはりあなたは底知れないな」

 

 まったくの無傷に見えるサトリに対してガゼフの全身は傷だらけだった。それでも致命的なダメージは受けていないのがガゼフという男の凄まじさだ。魔法による強化を受けたとしても、己の身体能力の変化に合わせて動きや戦術を変える事が出来なければこうはいかない。

 

「あなたは素敵な恰好になったわね。そうして己の思いの為にどれだけの死を積み上げてきたの?そしてこれからも」

 

「無論、倒れるまで。王の為に剣を振るえなくなった時が、私の死ぬ時だ」

 

「あなたがそこまで入れ込む人間に、少しだけ興味が湧いたわ」

 

「サトリ殿が望むならば、全力で推挙しよう」

 

 最高位天使すら眼中にない、とでも言いたげなサトリとガゼフの様子に業を煮やしたのか、ニグンは大声を張り上げた。

 

「そう!貴様だ小娘!!貴様さえ居なければ計画は全て順調だったのだ!!だがそれもこれで終わりだ!最高位天使の力を思い知れ!塵も残さずこの世から消滅せよ!」

 

 ニグンの頭上、空中に浮かんだ光輝く異形が動き出した。持っていた王錫が粉々に砕け散り、破片となって旋回し始める。それに呼応するように薄闇の空が白く輝き始めた。

 

「あれは……サトリ殿でも大変そうに思えるが」

 

「そうね。こんなところで死なれたらつまらないわ」

 

 サトリがガゼフに向かって軽く手を振ると、ガゼフの身を包むように半透明のドームが現れる。

 

「これは!?」

 

「死にたくなければそこから出ないこと」

 

「それはわかったが……サトリ殿は?」

 

「私は試したいことがあるの。ああ、本当に楽しみ。胸が高鳴るわ」

 

 一方、ニグンからもサトリが何かの魔法を使った事は分かったが、もはやそんなことは気にもならない。近隣諸国で最も魔法に秀でたスレイン法国でも、莫大な労力とコストをかけた大儀式によってしか召喚できない最高位天使の前では、人が何をしたところで何の意味もない。

 

「くくく、無駄だ無駄だ!!人の魔法など至高の存在の前では無意味!消え失せろ!<善なる極撃>(ホーリー・スマイト)を放て!!」

 

 ニグンの声と共に白く輝く天空から極大の光の柱が落ちてきて、サトリとガゼフの立つ草原を飲み込んだ。その凄まじい閃光にガゼフは咄嗟に目を覆う。

 

「ぐううっ!!」

 

 こんな途轍もない魔法が存在することなど、ガゼフの想像を超えていた。攻撃魔法というのはせいぜい<火球>(ファイアボール)程度のものだと思っていたのだ。これなら魔神を滅ぼしたとかいう話も本当かもしれないと思える。

 

 しかしすべてを焼き焦がしてしまいそうな光の中でも、ガゼフの身に眩しさ以外の影響はなかった。肌が焼けるどころか髪の毛すら焦げていない。

 

(これは……サトリ殿の魔法なのか……)

 

 視界を真っ白に染めていた閃光が徐々に弱まってくる。ニグンは結果を確かめようと指の間から目を凝らした。

 

「ハハハハ!素晴らしい力だ!すば……あ……あ?」

 

 そして光が去り、薄闇が戻った。光の柱が立っていた場所の草は全て燃え尽き、焦げた地肌が円形に露出している。まさに天罰と呼ぶにふさわしい力の前に、何人も生き残ることは許されない。そのはずだった。

 

 しかし依然としてその場に立っている者がいた。それも二人。

 

「実験は成功……ふふ、ふふふ」

 

 サトリは小刻みに肩を震わせながら己の掌を見つめていた。それは湧き上がる喜びを噛みしめているようだった。既に頭上の天使の存在など忘れてしまったとでも言いたげだった。

 

「サトリ殿!?御無事か!?なんという……」

 

 ガゼフはサトリの紫の瞳がうっすらと光を帯びているのに気づいたが、今はそんな些細なことはどうでもよかった。

 

「……ええ。試したい事があったから、わざと受けたの」

 

「そ、そうですか……しかし本当に身体はどこも?」

 

 何かの魔法で保護されていたガゼフと違い、何の備えもなくあれだけの魔法の直撃を受けたのだ。外傷がなくても身体の内部にダメージが入っているかもしれない。目立った外傷がなくても数時間後にバタリと倒れ、そのまま死んでしまうという事は戦場でも偶にある。

 

「平気よ。なんなら脱がせて確かめてみる?」

 

「……とても魅力的な提案ですが、まだ死にたくはないので遠慮しておきましょう」

 

 そんな会話を交わしている二人とは反対に、ニグンの顔は蒼白で驚愕と絶望に染まっていた。

 

「あ、ありえない……ありえないありえない!こんなことはありえない!何かのトリックだ!もう一度だ!!もう一度<善なる極撃>(ホーリー・スマイト)を!」

 

「それはもういいわ。()()()()<上位排除>(グレーター・リジェクション)

 

 サトリの魔法の発動に合わせ宙に浮かんだ巨大な怪異の姿が歪む。瞬きの後には何一つ残さず消えた。まるで最初から何も存在しなかったかのように、あっけない最後だった。

 

 光を失った草原は虫の声しか聞こえない薄闇に支配される。

 

「あ……あ……」

 

 魔神さえ消滅させた最強の天使が、いとも容易く掻き消されたのを目の当たりにしたニグン達は完全に戦意を喪失した。桁が違い過ぎる。逃げようとしたところで無意味なのが理解できてしまう。だから彼らはその場に立ち尽くすしかなかった。

 

「お、お前……お前は一体、何者なんだ……」

 

「答える義務はないけれど。あなたの愚かしさに免じて教えてあげる」

 

 サトリは無詠唱化した<上位転移>(グレーター・テレポーテーション)を使い、ニグンの目と鼻の先に姿を現す。

 

「ひぃっ!!」

 

 尻餅をついて後ずさるニグンを、サトリは亀裂のような笑みを浮かべて追いつめる。

 

「なぜ逃げるの?あなたが聞きたいと言ったのでしょう。私が何者か」

 

 サトリの脚が跳ね上がり、爪先がニグンの顎を乱暴に蹴り上げた。さらに地面に倒れこんだニグンの身体を遠慮なく踏みにじる。げえっ、と蛙のような声で呻くニグンを見てサトリはくすりと笑った。

 

「私は魔法を統べる者。大いなる世界樹の葉より生まれ、幾多の世界を旅する魔法詠唱者。この世にただ一人のアーケインルーラーにして漆黒の魔人、サトリ」

 

 言い終わると同時にサトリはニグンの鳩尾にヒールをねじ込んだ。

 

「んぎぇっ!サ、サトリ、様、おお許しをっ……身代金ならば……ぐげええ!」

 

 ニグンは苦痛に呻きながらサトリの華奢な足首を掴んで必死に退かそうとする。だが体格では遥かに差があるというのに彼女の足はびくともしなかった。

 

「汚い手で私にさわらないで」

 

 微笑みから一転、不快そうに顔を顰めたサトリは眼下のニグンに手をかざして魔法を発動した。

 

<死神の握撃>(クラッチ・オヴ・オルクス)

 

 サトリの手の中に半透明の肉塊が現れる。それは生々しく脈動する心臓だった。どくどくと脈打つその幻の心臓をサトリは容赦なく握り潰した。

 

「いぐぇぁぁ!!?」

 

 直後、ニグンの口から世にも恐ろしい悲鳴が上がる。サトリが足を離すと胸を押えて転げ回り、やがて身体を丸めたまま白目を剥いた。それでも生きてはいるらしく、全身をびくびくと痙攣させていた。

 

「漆黒の魔人……サトリ……」

 

 周囲で立ち尽くしていた陽光聖典の隊員達がへなへなと崩れ落ちていく。恐ろしい魔人の名をうわごとのように繰り返す彼らを一顧だにせず、サトリはまっすぐガゼフを振り返って静々と歩み寄る。凍りついたままのガゼフの顔を覗き込んで、にっこりと無邪気に微笑んだ。

 

「夜道は怖いわ。送ってちょうだい。ガゼフ」

 

「……ええ、喜んで」

 


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