鈴木悟の妄想オーバードライブ   作:コースト

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7話

 少し雲が出てきた昼下がりのカルネ村。

 

 サトリと村人達は出発する王国戦士団を見送りに来ていた。視線の先に居るのは屈託のない笑み浮かべたガゼフだ。勇ましく馬を乗りこなす姿は線の細いイケメンには程遠いが、サトリから見ても実に絵になる雄姿であった。実際、リ・エスティーゼ王国の一般人からすれば、彼は期待の星であり英雄そのものなのだ。

 

 その重圧は大変な物だろうが、その日々がさらにガゼフを鍛え、人としての深みを増しているのだろう。役職に応じた扱いを受けている内に、自然とそれに相応しい振る舞いが身についてくるものなのだ。その重みに潰されなければ、だが。

 

 そんなサトリに、最初に出会った時と同じようにガゼフが馬を寄せてくる。だが交わされる視線の温度は明確に違っていた。

 

「サトリ殿。あなたにはどれだけ感謝しても足りない。王都に来ることがあればいつでもこのガゼフを訪ねてくれ。あなたが来たらすぐに通すように言っておく」

 

「ありがとうガゼフ戦士長。でも奥さんがいるところに私のような者が行けば、あまりいい顔はされないのでは」

 

 サトリはガゼフと握手した時、彼の左手薬指で輝く指輪に気づいていた。夫の知り合いだとか言う若い女が家を訪ねてきたら、奥さんがどう思うかなんて結婚歴のないサトリにだって想像がつく。少なくとも機嫌が良くなることはないだろう。

 

「はは、私は寂しい独り身でして」

 

「えっ?でも指輪を……」

 

「これはある人から譲られた魔法の指輪だが……もしかしてあなたの故郷ではそういう習慣があったのか」

 

「え、ええ……まあ」

 

(この世界、結婚指輪の風習はないのか……)

 

「サトリ殿さえ良ければ、いずれそういった話も聞いてみたい所ですな。それでは!」

 

 ガゼフはサトリに堂に入った敬礼をすると、捕虜を護送するエ・ランテルからの応援部隊を先導してカルネ村を出立していった。ガゼフ配下の王国戦士団も、村の広場で手を振るサトリに心を込めた敬礼を見せてくれる。

 彼らのほとんどが笑顔だったが、中には泣きそうな顔を向けてくる者もいて、サトリも少しだけ胸が熱くなるのを感じた。こういう出会いと別れも旅の楽しみの一つなのだと、ユグドラシルでも現実でも味わえなかった感動で目頭が熱くなる。

 

 だがそんなサトリの気分は一人のすれ違いざまの一言でぶち壊しになった。

 

「サトリ様!好きです!また会えたら結婚してください!」

 

(……空気読めよ!)

 

 その空気が読めない馬鹿は、戦士団で一番の重傷を負っていた男だった。アイテムの節約と下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)との違いを調べる実験を兼ねて、重傷治癒の首飾り(ネックレス・オブ・ヘビー・リカバー)を使って傷を癒してやったら、あっさりと陥落してしまったらしい。

 

 軍隊なんて色々と溜まるだろうし、死にかけたが故の吊り橋効果というやつにしても、サトリから見てもちょろすぎて心配になるレベルだ。

 

(普通、会って二日の女に求婚するか?それともこの世界じゃそれが普通なのか?)

 

 そんな戦士団だが、彼らはあの死闘を一人の死者も出さずに切り抜けた。サトリの魔法とアイテムがなければ命を落としていた者も多いが、彼ら自身の力がなければとても全員は生き残れなかっただろう。

 

 戦士達はあの一戦を共に戦ったサトリに対し、信仰に近い感情を持つようになってしまっていた。絶望的な戦況で、魔法支援だけでなく同じ戦場で武器を振るって戦い、巨大な怪物を消し去り、負傷した彼らを笑顔で治療してまわったのだから無理もない話ではある。

 

 笑顔の治療にしても、サトリ本人はスキルの練習のつもりだったが、若い戦士達にはある意味地獄だったのかもしれない。元同性故の微妙な距離感の近さがそれに拍車をかけていた。

 

 そんなサトリにつけられた二つ名が「漆黒の戦乙女」である。本人は自分で考えた「漆黒の魔人」の方がより邪悪で闇っぽい感じがして良いと思ったが、他人に二つ名をつけてもらうというのは夢の一つなので当然悪い気はしない。やはりレアリティが違う気がするのだ。

 

 

 

 土埃を上げて去っていく一団を見送って肩の荷がおりたサトリはゆっくりと深呼吸をした。ガスマスク無しでも苦しくならない澄んだ空気に、何度目か分からない感動を覚えながら、手に入れた情報を頭の中で整理していく。

 

 あの陽光聖典の長、ニグン・グリッド・ルーインからはかなりの情報を引き出すことができた。もっと時間があればさらに多くの事が聞けたのだが、いかんせん時間が足りなかった。それに六大神や神々の遺産の詳細など、スレイン法国の核心についての情報はあまり知らされていないようだったのも残念だった。

 それらを知っているのは法国でも最上層部のごく限られた人物や、六色聖典でも特に秘匿されている漆黒聖典の隊長クラスだけなのだろうとサトリは睨んでいる。

 

 とはいえかなりの収穫があったのは事実だった。ユグドラシルと同じ魔法体系ながらサトリの知らない魔法の存在、武技や生まれながらの異能(タレント)の話は重要で興味深かったし、各地方の特色などもいずれ観光する時が楽しみになる話ばかりだ。

 

 さらに「真なる竜王」のみが操るという始原の魔法(ワイルドマジック)の存在。この世界はなんと謎と神秘に溢れているのだろうとサトリは胸をときめかせたものだった。

 

 途中、ニグンがあまりにも素直に喋るのを不審に思ったサトリが、他の隊員に魔法をかけて裏を取ろうとしたところ、4人残っていた隊員の内2人が死んでしまうという事故が起きたりもしたが、

その時のガゼフの視線がサトリの心に残っている。殺してしまったら情報が取れない、という当たり前の理屈を思い浮かべないほど、ガゼフの中での自分のイメージが悪くなっていたのかと、軽くショックを受けたのだ。

 

 その時になって初めて、サトリは己の中でガゼフへの好感度がかなり高いということに気づいたりもした。

 

(一本筋が通っててかっこいいと思うんだよな。いや変な意味ではなく)

 

 ああいうのが男が惚れる男という奴だろう。無茶な任務に部下がしっかりついてくるのも頷ける話だった。「一生ついていきたい上司」なるものに、ついぞ巡り合えなかった鈴木悟でも彼らの気持ちが少しだけわかる。

 

(いずれああいう男を地に這わせて服従を誓わせたいわ)

 

「それはどうなんだ……って、え?」

 

 サトリの耳にまたあの幻聴が聞こえた。しかし今度は真昼間である。ぐるりと見渡したサトリの近くには戦士団を見送りに来た村人が何人もいたが、皆去っていく戦士団に手を振っていてサトリに話しかけてきている者はいない。昨夜も聞こえたこの声は疲れからの幻聴かと思っていたが、こう何度も続くという事はそれで片付けるのは無理がある。

 

 ではどういうことだろうかと考えていたサトリの頭に閃くものがあった。

 

(しまった……別人格の声が聞こえる設定は基本じゃないか!ロールプレイの経験値が溜まってレベルアップしたんだな)

 

 封じられた闇の人格は虎視眈々と力を蓄えているのだ。サトリは闇の魔力に対抗するための新しい魔法儀式を考えながら、ガゼフ達の一団が土埃と共に離れていくのを見送り続けた。

 

                   ◆

 

 カルネ村からさほど離れていない鬱蒼とした森はトブの大森林と言われている。奥地には凶暴な生物が多数生息し、「森の賢王」と呼ばれる強大なモンスターも存在する人外魔境だ。そんな森に少し分け入った場所に僅かに開けた空間があり、そこには10人ほどの人影があった。

 

 彼らは一様に生気のない顔で、目はどんよりと白く濁り、半開きの口の端からは涎が垂れ流されている。動死体(ゾンビ)と呼ばれる最下級アンデッドモンスターだ。彼らの足元には、装備を剥がれた数十体の人間の死体が転がっていた。

 

 血と汚物と臓物の悪臭に満ちる空間に、黒いドレスの少女が忽然と姿を現した。転移魔法で移動してきたサトリは、途端に不快感を露わにして鼻を押さえ、アイテムボックスから取り出した魔法の指輪を身につける。身体の周りを清浄な空気の層で包み込むマジックアイテムの効果で、ようやくまともに呼吸ができるようになったサトリは、悪臭を振り払うように顔の前でぱたぱたと手を振った。

 

「最悪。全部スケルトンにすればよかったかしら」

 

(うわあグロ……派手に中身出ちゃってるのもある……ガゼフやりすぎだよ……)

 

 知っていたとはいえ死体の山を前にして鈴木悟は辟易していた。誰も見ていないのに闇のサトリのロールプレイをしているのは、自分自身がこの場の矢面に立ちたくないからだ。ロールプレイで通しているときは、精神的な負荷や衝撃が和らげられるのを経験的に理解していたのと、キャラ作りの一環ということにすれば一石二鳥と考えたからだ。

 

 そもそもサトリがこんな村に程近い場所に死体を溜めているのは、己のスキルの実験をするためだった。この世界では死体を媒介にして生み出されたアンデッドは時間経過で消滅しないが、人間の死体から作り出されるアンデッドは、種族スキルがなくなった現状、動死体(ゾンビ)やスケルトンなどの弱いモンスターにしかならない。それらは弱くて頭が悪い、さらに見た目も悪い、おまけに臭い、という具合で使い物にならないし、使いたくなかった。

 

 <死者召喚(サモン・アンデッド)>のような、死体を媒介にしない召喚魔法ならそれなりに強いアンデッドを呼び出せるが、サトリはユグドラシル時代、魔法の数をなるべく節約したい事情もあって、種族スキルと効果が被っているそれらの魔法を習得していなかったのだ。

 

(覚えてたとしても、死体を使わないとすぐ消えちゃうしな……)

 

 そこでサトリは己のスキル<暗黒儀式習熟>を応用することで、もう少しマシなアンデッドを作れないかと考えていた。もちろんユグドラシルではそんなことは出来なかったが、アンデッドの仕様が変わっている以上、出来たとしてもおかしくはない。何事も実験してみなければわからないのだ。

 

 そんなサトリの前に集められた陽光聖典の死体は全部で30体。ガゼフと王国戦士団に殺されたのが40体、尋問の途中で死んだのが2体。そのうち12体は動死体(ゾンビ)に転生済み。どうせなら蝋燭や魔法陣などの小物にも拘って深夜に行いたかったサトリだが、これ以上死体を放置していると村人にバレそうなので昼間にやるしかないのが少し残念だった。

 

「苦痛と怨嗟に満ちて現世を彷徨う魂よ。我が名と血の下に集い、新たな冒涜の器に宿れ」

 

 怪しげな身振りをしつつ厳かな声で不浄な言葉を唱えたサトリは、<暗黒儀式習熟>を用いて<アンデッド作成>を使用する。別にこんなことをしなくてもスキルは使えるが、形というのは何よりも大事なのだ。

 

 空中に生まれた毒々しい暗紫色の霧が死体に覆いかぶさった。それは貪欲な生き物のように次々と死体を飲み込んで濃密な塊に変じていく。全ての死体を飲み込んだ霧は急速に体積を減らしながら徐々に形を変え、やがて人間の女性の形をとった。

 

 毒々しい霧と引き換えに現れたのは、完全に血の気が抜けた青白い肌と、血のような赤い瞳をした妖艶な女性。当然人間ではなく吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)と呼ばれるアンデッドモンスターだ。ナザリック地下大墳墓に自動発生する程度の弱いモンスターだが、動死体(ゾンビ)などよりは遥かに強くて賢いし、可愛いし、臭くもない。それにサトリのスキルで強化されているので、自動発生の個体よりは強いはずだった。

 

 生み出されたばかりの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は、即座に地面に跪いてサトリに忠誠を誓う。己の目論見通りに実験が成功したことでサトリは上機嫌だった。一方で、考えておいた名前が無駄にならなくて良かったと少しホッとしてもいた。

 

「お前の名はサティア。サティア・ブラッドムーンと名乗りなさい」

 

「名を頂けるとは身に余る光栄です。わが主」

 

 感激して深く頭を下げる吸血鬼に、サトリはさらに機嫌よく語り掛ける。

 

「ふふ……陽光聖典30人の死から生まれたお前に相応しい名でしょう?名に恥じない働きを……」

 

 

 その時、主従の契りを結んでいる二人目がけ、木々の間から恐るべき速さで何か飛んでくる。蛇のような鱗に包まれたそれは狙い違わず吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の頭に命中すると、熟れたトマトのようにぐちゃりと粉砕してしまった。ひとたまりもなく滅びて灰になっていくアンデッドを見て、サトリはぽつりと呟いた。

 

「……せっかく、名前考えたのに」

 

 滅びた吸血鬼にさほど思うことはないが、手間が無駄になったことへの苛立ちがサトリの中で湧き上がる。大量の新鮮な死体というのはなかなか入手できないのだ。こんなことを仕出かしてくれた相手には相応の代償を払ってもらわねばならない。血の代償を。

 

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を容易く滅ぼした凶器は、周りに立っていた動死体(ゾンビ)達を薙ぎ払ってバラバラの腐肉に変え、引き戻される鞭のように木々の間に戻っていった。

 

 サトリは僅かに目を細めてそれの消えていった方向をじっと見つめる。ニグンから引き出した情報から考えて、自分が作った吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を一撃で滅ぼすというのはガゼフに匹敵する、あるいはそれ以上の強者と思われた。この場所でそれほどの強者といえば「森の賢王」以外ありえない。しかもここは完全に相手の間合いであり、普通に殴り合えばサトリでもかなり分が悪かった。

 

「ふふ……」

 

 サトリの口が亀裂のような笑みを作る。何千回と繰り返したユグドラシルでのPvP。技と魔法、強襲に包囲、虚と実のせめぎ合い、全身の肌が泡立つようなギリギリの心理戦。そんな刺激的な日々が再び楽しめるを期待して。もちろん実力的には圧倒的に物足りない相手ではあるが、己を倒し得る存在との戦闘というのは心が躍る。

 

 そんなサトリの心情を察したのか、もはや小細工は不要とばかりに茂みの奥から巨大な獣がその威容を現す。

 

「アンデッドの群れがうろついていると思えば……それがしの縄張りで何をしているでござるか」

 

 現れたのは鈴木悟のいた世界のハムスターとしか思えない、可愛らしい顔と毛並みの生物。ただその身体は絶滅したシロクマよりも大きく、尻尾はどんな生物にも似ていなかったが。

 

「……でっかいジャンガリアンハムスターが喋った……」

 

 それなりに手間をかけて作ったアンデッドを破壊されたことへの苛立ちも、待ち望んでいた激しい戦いへの期待感も忘れて、眼前のシュールな光景を目にしたサトリは素に戻ってしまう。

 

「じゃんが……?何のことでござるか?それがしは人呼んで森の賢王。そなたが何者か知らぬが、ここから先はそれがしの縄張り。黙って去れば良し、去らぬなら命を貰うでござる」

 

 見た目が変なら言葉遣いまで珍妙だ。あるいはこの世界の法則でそう聞こえるだけなのかもしれないが、緊張感というものが足りない。おかげでロールプレイなしでもまったく怖くなかった。

 

「森の賢王っていうからには、もっと迫力あるのを想像してたんだけどなー……あ、そうか、アンデッドの代わりにこいつを家来にすればいい」

 

「それがしの聞き間違えでなければ、家来にする、と言ったように聞こえたござるが」

 

「ああ。俺……私が勝ったら家来になってもらう。お前が勝ったら好きにしていい」

 

「大した自信でござるな。ではそれがしが勝ったらそなたを頂くでござる。見た感じとても美味しそうでござる」

 

 自動翻訳がおかしいのか、森の賢王の言葉が別の意味に聞こえてサトリは思わず半歩後ずさった。

 

「しょ……食欲的な意味で、だよな?」

 

「それ以外に何があるでござるか?」

 

「そ、そうだよな、そりゃそうだ、ははは」

 

「どうもやる気が削がれるでござるが……さて、気を取り直して勝負でござる!」

 

(そりゃこっちの台詞だよ!)

 

 鈴木悟の心の絶叫が伝わるはずもなく、森の賢王は獲物に追いすがる肉食獣の動きで猛然とサトリに駆け寄ってきた。

 

 しかし─

 

 

「ま、まったく動けないでござる……それがしの負けでござる」

 

「ええー……」

 

 数秒後。サトリの前には真っ黒な触手で地面に俯せに拘束された巨大ハムスターがいた。何のことはない、真っすぐ突っ込んできたところに布石として設置しておいた<黒の触手(エヴァーズ・ブラック・テンタクルズ)>に嵌っただけのことだ。

 ペロロンチーノが「触手プレイきたこれ」とか、「運営に怒られないギリギリのラインを」と興奮していた魔法の一つで、指定した範囲から大量の黒い触手を召喚し目標を拘束する行動阻害の魔法である。

 

 <肋骨の束縛(ホールド・オブ・リブ)>も考えたがあちらはダメージも与えてしまう。うっかり殺してしまう可能性を考えてこちらを選んだのだ。といってもあくまでも牽制として設置したもので、これだけで終わるとは思っていなかったのだが。

 

 必死に身じろぎする森の賢王の背中に飛び乗ったサトリは、密かに気になっていた毛並みに触れてみた。柔らかそうに見えたそれは触ってみると硬く、下手な鎧よりも頑丈そうで、ふさふさの手触りを予想していた当人は大きく期待を裏切られる。自然とサトリの口調が刺々しくなった。

 

「お前って本当に森の賢王なのか?」

 

「そのとおりでござる。昔会った人間がそれがしをそう呼んだでござる。気に入ったからその人間は生かして帰してやったでござる」

 

 期待外れとまでは言わないが拍子抜けなのは確かだ。あの尻尾の一撃こそ凄まじかったが、それだけ。突進の時に魔法も使ってきたがサトリにはまったく問題にならなかった。アーケインルーラーの種族特性もあるようだが、そのあたりはもっと検証してみないと何とも言えない。

 

「はあ……じゃ、約束通りお前は私の家来になってもらう。文句があるならもう一回戦ってもいいけど」

 

「敗れたからには潔く従うでござる。それがし、これから姫に忠義を尽くすでござる」

 

 サトリが魔法を解除して拘束を解くと森の賢王は素直に頭を垂れた。用心のために無詠唱化した<時間停止(タイム・ストップ)>を考えていたサトリだが、これなら問題なさそうだと胸を撫で下ろした。

 

「姫って……私の名前はサトリだ。それと森の賢王は呼びにくいから、お前には新しい名前をやる。そうだな……ハム……ハムスケ、でどう?」

 

「ありがたきしあわせでござる!このハムスケ、サトリ姫のために忠勤に励むでござる!」

 

(予定とは違ったけど可愛くてそこそこ強い部下ができたし、結果オーライだろうな)

 

「しかしお前に森の賢王なんて名前を付けた奴の顔が見てみたいよ」

 

「それは酷いでござる姫!これでもそれがしはこの森で一番強いんでござるよ!」

 

「それならもっと頭をだな……それより姫って呼ぶんじゃない、恥ずかしい」

 

「む、サトリ様とお呼びしたほうがいいでござるか?」

 

 頭の中で、この巨大ジャンガリアンハムスターに名を呼ばれる自分を思い浮かべて、サトリは頭を振った。

 

「……村に戻るからついてこい」

 

 サトリは木々の上まで浮かび上がると、カルネ村の方向に飛んでいく。

 

「むう、やはり姫と呼ばせていただくでござる。なんかそっちの方がしっくりくるでござる!あ、姫!待ってほしいでござる!姫ー!」

 

 木々の向こうに消えていく主を追いかけ、森の賢王改めハムスケは森の中を滑るように走り出した。

 

 


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