ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine- 作:陽@曜花推し
あと少しでゴールデンウィークがやってくる。
カレンダーの赤い文字を眺めながら、俺――新堂陽哉は、ふとそんなことを考えていた。
来年は受験生になる身だ。まとまった休みを心置きなく満喫できるのは、実質的に今年が最後と言っていい。
さて、何をして過ごしたものか。
せっかく沼津の近くにいるのだから、中古ゲームショップの密集地帯にでも繰り出して、レトロゲームの掘り出し物でも漁りに行こうか。それとも、まだ見ぬジャンクパーツの山を開拓しに行くか。
……いや、ダメだ。忘れていた。
その時期には、彼女たち――『Aqours』の猛特訓が予定されていたはずだ。
もちろん、チームの「よろず相談役」兼マネージャー気取りの俺が、その練習をサボるなどという選択肢は存在しない。参加は義務であり、絶対だ。
というわけで、ここ内浦で迎える初めての大型連休は、ピチピチの美少女6人と四六時中一緒に過ごすことが強制イベントとして確定してしまった。
前世は三十五歳の冴えない社畜童貞だった身からすれば、これはご褒美を通り越して一種の拷問に近い。朝、目が覚めた瞬間にそんな贅沢極まりない苦悩に頭を抱えているのだから、我ながら随分とこの世界に馴染んだものだと思う。
「……よし、とりあえず着替えるか」
ベッドから起き上がり、大きく伸びをしてから制服に手をかける。
思考を切り替えるように、軽く頭を振った。
ゴールデンウィークの心配よりも、まずは目の前の現実だ。
明日はいよいよ、ガンプラ選手権・静岡予選の決勝トーナメントが開幕する。
俺が配置されたのはAブロック。しかも、その第一試合。
対戦相手は、こないだ模型店で盛大に勝利宣言をかましてくれた、あの派手なギャル――神代恵里菜だ。
初戦からあの濃厚なキャラクターとぶつかるのかと思うと、今から少しだけ胃が痛い。そんなことを思いながら、シャツのボタンを外した、まさにその時だった。
「はー君っ!」
勢いよく部屋のドアが開け放たれ、聞き馴染んだ元気な声が室内に響き渡る。
慌てて肌着を引っ掴みながら、俺は入り口に立つ幼馴染を睨みつけた。
「……あのな。人の部屋に勝手に入ってくるんじゃない。一応、これでも年頃の男子なんだから、ノックくらいしろ」
「あ、ごめんごめん!」
千歌はまったく反省の色が見えない屈託のない笑顔で頭をかき、ペロリと舌を出した。
やれやれと溜息をつきながら素早く着替えを済ませ、朝食を胃袋にかき込んでから、俺たちはいつものバス停へと向かった。
「いよいよ明日からトーナメント開始ね」
バスを待つ静かな停留所で、隣に立つ梨子が少し緊張した面持ちで口を開いた。
「ああ。今から気合が入りまくりだ」
強がってみせるが、嘘ではない。ファイターとしての血が、静かに沸き立っているのを感じる。
明日はAブロックとBブロックの試合が行われる予定だ。
今回の予選トーナメントは、先日のバトルロイヤルを勝ち抜いた精鋭たちが集う場所。午前の部を勝ち上がったメンバーがAとBに、午後の部がCとDにそれぞれ4人ずつ振り分けられている。
明日は計4試合。来週にCとDの試合が行われ、そこでようやくベスト8が出揃う。
そしてその次の週に、ベスト8による準々決勝以降の戦いが繰り広げられるスケジュールだ。つまり、明日さえ勝ってしまえば、俺は再来週まで公式戦の予定がなくなり、ガンプラの調整や……それこそ、Aqoursのゴールデンウィークの特訓に付き合う余裕ができるというわけだ。
「ねえねえ、はー君! 対戦相手の神代恵里菜ちゃんって子なんだけど、気になってネットで調べてみたんだよ!」
千歌が弾んだ声で言いながら、スマートフォンの画面を俺の目の前に突き出してきた。
画面に表示された大会のデータベースや掲示板の書き込みを、上から順にスクロールしていく。
なるほど、機体を鮮やかな赤のキャンディ塗装で統一することを好むため、付いた二つ名が『紅の戦乙女』。
しかも、二年連続で静岡予選の決勝に進出している実力派だ。だが、その二回とも、現在の絶対王者である志木城隆利に敗れているらしい。
「へえ……。あの志木城さんを相手に、かなり善戦して苦戦させたって書かれてるな」
画面を覗き込んでいた梨子が、心配そうに眉をひそめた。
「大会二連覇中の志木城選手がそこまで手こずる相手なんて……。初戦の相手がいきなりの強敵じゃない」
「まあ、そう簡単に物事は上手く行かないってことさ。それにさ、相手が強ければ強いほど、ビルダーとしてもファイターとしても倒しがいがあるってもんだろ?」
不安を吹き飛ばすように不敵に笑ってみせると、千歌と梨子が驚いたように目を見開いた。
「あのギャルさんには申し訳ないが、ここは俺が勝たせてもらうよ。決勝の舞台で志木城さんと戦うのは、この俺だ」
口では大口を叩いたが、内心ではすでに最悪のシミュレーションを始めていた。
相手がそれほどの強豪なら、こちらの愛機――デスティニーガンダムシグムントも、ただでは済まないだろう。機体の大破、あるいは相打ちに近い形での決着まで覚悟しておく必要がある。
だが、念のために丸々3機分作れるほどの予備パーツは用意してある。
「――じゃあ、俺はそろそろ行くわ」
遠方にある大会会場の近くで前日計量とエントリーを済ませるため、今日は学校を公認欠席しての移動だ。
ちょうど、沼津駅行きのバスが速度を落としながら停留所に滑り込んできた。
「うん、頑張ってね、はー君!」
「Aqoursのみんなで、全力で応援してるから!」
千歌が力強く拳を握りしめ、梨子が聖母のような優しい微笑みで送り出してくれる。
二人の声援を背中で受け止めながら、俺はバスのステップを駆け上がった。
翌日。
浦の星女学院の今日の授業は、異例中の異例というべきか、一時間目だけで終了となった。
理由は極めてシンプル。小原鞠莉――この学校の理事長でもある彼女の突飛な、しかし誰もが大賛成した提案により、体育館の大型スクリーンを使って、はー君の公式戦をライブビューイングすることが決まったからだ。
授業が終わるや否や体育館へと駆け込むと、そこにはすでに大勢の熱気が渦巻いていた。
「全校生徒だけじゃないわね。内浦の町の人たちも、たくさん集まってくれているわよ」
梨子が驚いたように周囲を見渡しながら呟く。横に立つ曜も、我がことのように嬉しそうに胸を張った。
「みんな、はー君のことを応援してるんだよ。この内浦から、ガンプラバトルの全国チャンピオンが生まれるかもしれないんだもん!」
その言葉通り、町のおじいちゃんやおばあちゃん、商店街の人たちまでがスクリーンを見上げてそわそわしている。はー君がこれほどまでに地域の人たちに愛され、期待されているのだと思うと、何だか胸の奥が熱くなる。
そんな人混みの中で、見覚えのある優しい笑顔を見つけて、私たちは引き寄せられるように歩み寄った。
「千歌ちゃん、曜ちゃん、梨子ちゃん。みんなお揃いで」
「あ、はー君のママ! はー君のママも来てたんだ。静岡の会場に行かなくてもよかったの?」
陽哉の母親である新堂茜は、おっとりとした微笑みを崩さないまま、私たちの顔を見て小さく首を振った。
「決勝まで行くからその時まで待ってろ、なんて陽哉に言われちゃってね。それに、あっちにはパパが静岡への出張ついでに行ってくれているから大丈夫。それよりもね……」
茜はどこか懐かしむような愛おしむような目で、体育館の古い天井や壁をぐるりと見渡した。
「こうして、懐かしの母校に足を運ぶ機会もあまりなかったから。誘ってもらえて嬉しかったのよ」
そうだった。はー君のママもこの浦の星女学院の卒業生、つまり私たちの偉大な先輩なのだ。
「スクールアイドル、色々と大変だろうけれど頑張ってね。決して無理はしないように。あ、陽哉のことはどれだけこき使っても構わないからね。じゃあ、また後でね」
悪戯っぽくウインクを残し、茜は保護者席の方へと歩いていった。その途中で、鞠莉やダイヤに親しげに話しかけられ、三人で楽しそうに談笑している。やはり昔からの知り合いなのだろうか。
「千歌さんっ!」
「結構人が多いずらね。さすが陽兄ちゃんずら!」
ずら丸とルビィちゃんが合流し、その後ろから何やら怪しげなポーズを決めた善子ちゃんが滑り込んできた。
「くっくっくっ……。我がリトルデーモンの戦いぶり、しかとこの堕天使ヨハネの目で見届けてあげるわ」
善子ちゃんは相変わらずブレないけれど、その瞳にはしっかりと応援の光が宿っている。
相手は二年連続決勝進出の凄いギャル。だけど、はー君ならきっと大丈夫。
遠い静岡の舞台に向けて、私たちは心の中で力強くエールを送った。
「陽、本当に大丈夫か……? 緊張で胃が痛くなったりしてないか?」
「――父ちゃん。悪いけど、あんたが一番緊張してるように見えるぞ」
公式大会の選手控室。
あまりにソワソワと落ち着きのない父親、新堂信哉の姿に、俺は呆れたように息を吐いた。スーツ姿で静岡出張のついでに駆けつけてくれたのは有り難いが、完全に過保護な親バカの顔になっている。
「そ、そうだ! 父ちゃんのア〇コス吸うか? 煙を吸えば少しは落ち着くぞ!」
「ていっ!」
「ぶふぉっ!?」
必殺の陽哉チョップが、父親の脳天に容赦なく炸裂した。
「未成年の、しかもこれから大事な試合を控える息子に喫煙を勧める父親がどこにいる!?」
「い、痛てて……。ちょっとした冗談じゃないか……」
頭を押さえて悶絶する父親を冷ややかに見下ろす。これは決して反抗期などではない、純然たる正当防衛、ひいては法秩序を守るための制裁だ。たとえ実の父親だろうが妥協はしない。
ちなみに、俺はこの世界に新堂陽哉として転生した際、強く心に誓ったガチガチの鉄則が三つある。
『大人になっても絶対にやらないこと。それは喫煙、飲酒、そしてギャンブルだ』
前世の三十五歳社畜時代は、ストレスまみれの生活ゆえに重度の喫煙者だった。一度染み付いたニコチン中毒はそう簡単に抜けず、止めようと思っても止められなかった苦い記憶がある。だからこそ、神様から貰ったこの新しい真っ白な人生では、健康を害する嗜好品や破滅の引き金になる悪癖からは完全に決別すると決めていた。
話が少々脱線してしまった。
試合開始まであと十分。俺たちは誰もいない控室で、そんな締まらない親子コントを繰り広げていた。
「本当に冗談だってば。お前に一本でも吸わせたことがママにバレてごらん。離婚どころか、父さんはこの世のデータから物理的に消去されるよ」
「でしょうね。ただでさえ、父ちゃんが未だにタバコを止められないのを嫌がってるんだから」
母さんのあの静かな怒りの笑顔を思い出し、俺は小さく身震いした。
「とりあえず……もうすぐ試合だろ? 父さんは今のうちに取引先の偉い人に挨拶を済ませてこなきゃいけないから、もう行くよ。がんばれよ、陽。終わったら適当に時間を潰して待っててくれ。車で迎えに来るからな」
信哉は最後に父親らしい真剣な目で俺の肩を叩き、足早に控室を出て行った。
静かになった部屋で、俺がデスティニーシグムントのケースに手を伸ばした、その時。
カツカツと騒がしい足音が近づいてきたかと思うと、勢いよくドアが開かれた。
「ふーん、逃げずにちゃんと来たようじゃん!」
そこに立っていたのは、派手な髪色とギャル特有の軽いノリを纏った少女――神代恵里菜だった。
「はっ。どれほどの強敵が相手だろうが、試合前から逃げ出すなんて男のやることじゃないんでね。よろしく頼むよ、『紅の戦乙女』さん」
「へぇ……。あたしの通り名、もう知ってんだ?」
恵里菜は意外そうに目を丸くし、それから面白そうに口元を緩めた。
「まあね。俺の優秀な幼馴染たちが、事前に色々と調べてくれたんだよ」
その調査の過程で、彼女が俺よりも一学年下の高校一年生だということも知った。まあ、口調が完全にタメ口なギャルスタイルなので、今さら先輩後輩の敬語を求めるつもりは毛頭ないが。
「そうなんだ。こないだ模型店で一緒にいた子たちっしょ? 確か……『Aqours』だっけ? あたしさ、あの子たちのファーストライブの動画ネットで見たよ。すっごい良かったじゃん、あれ」
まさか対戦相手の口から、彼女たちの名前と称賛の言葉が出るとは思わなかった。
前世の記憶を持つ身としても、今世のマネージャー気取りとしても、純粋に誇らしい気持ちが胸に込み上げる。
「そうか。彼女たちのパフォーマンスを褒めてくれて、ありがとうな」
敵とはいえ、身内の努力を認めてくれたことには素直に礼を言っておくべきだろう。
その時、室内のスピーカーから無機質なアナウンスが流れ、控室の空気が一気に引き締まった。
『予選トーナメント、Aブロック第一試合の開始五分前となりました。出場選手は、速やかに所定のバトルステージまでお越しください』
おっと、いよいよお時間のようだ。
「まあ、何だ。お互いに全力を尽くして、正々堂々と勝負しよう。どっちが勝っても恨みっこなしだ」
「当然っしょ! じゃ、戦場でね!」
恵里菜は不敵な笑みを残し、ひらひらと手を振りながら一足先に通路へと消えていった。
さて……俺もそろそろ、極上の戦場へ行きますか。
一方、その頃の浦の星女学院。
体育館の熱気は、試合開始の時間が近づくにつれて最高潮に達していた。用意されたパイプ椅子はとっくに満席となり、後方や通路には立ち見の町民で行列ができるほどだ。その人混みの中に、千歌の姉である美渡と志満の姿もあった。
「千歌、さっきから何をそんなに不安そうな顔してるのよ」
腕を組みながら、美渡がからかうように、けれど心配そうに顔を覗き込んできた。
無理もない。事前にネットの情報を聞いていたとはいえ、対戦相手はあの絶対王者を二年も連続で苦しめた怪物なのだ。自分のことではないのに、どうしても心臓がバクバクと五月蝿く鳴ってしまう。そんな妹の様子を察して、志満がそっと肩に手を置いて優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ、千歌ちゃん。陽哉君は口は悪いところもあるけれど、やると決めたら絶対に勝って帰ってきてくれる子でしょう?」
「志満姉、美渡姉……。うん、そうだよね!」
そうだ。信じよう。あのはー君が、そう簡単に負けるはずがない。
ゴクリと生唾を飲み込んだ瞬間、隣にいた曜がスクリーンの変化に気づいて声を上げた。
「あ、そろそろ始まるみたい!」
「ええ、いよいよのようね……」
梨子も緊張した面持ちで拳を握りしめる。
大型スクリーンに現地の映像が映し出されると同時に、スピーカーから張りのある男性の声が鳴り響いた。今回からの決勝トーナメントは、地元テレビ局のアナウンサーによる生実況が導入されているらしい。
『さあ、いよいよ始まります、全日本ガンプラバトル選手権・個人戦、静岡予選決勝トーナメント! 先日の過酷な予選バトルロイヤルを勝ち抜いた十六人の強者たちが、全国大会への切符をかけて激戦を繰り広げようとしております!』
会場の歓声が音声越しにも伝わってきて、こちらの体育館の空気までピリッと張り詰める。
『まずはAブロック第一試合! 早くも事実上の決勝戦と囁かれる、とんでもない激戦カードとなりました! 新堂陽哉選手対、神代恵里菜選手! 神代選手といえば、昨年、一昨年と二年連続で予選決勝まで勝ち進み、あの絶対王者・志木城隆利選手をあと一歩のところまで追い詰めた『紅の戦乙女』! その圧倒的な戦闘力は折り紙付きです!』
解説の言葉に、体育館の観客から「やっぱり凄い相手なんだな」とどよめきが起こる。しかし、アナウンサーの実況はそれだけで終わらなかった。
『――対する新堂選手は、国内の公式大会こそ今年が初参加ですが、その経歴はまさに異次元! これまでヨーロッパジュニア選手権、アジアジュニアトーナメント、全米ジュニア選手権と、海外の並み居る強豪大会を総なめにして優勝してきた実績を持ちます! あのグラナダ学園のルーカス・ネメシス選手や、ガンプラ学園のキジマ・ウィルフリッド選手をも撃破したことがあるという、学生ファイターの中でもトップクラスの超大物! 今年の静岡予選における最大の台風の目として、専門家の間でも目が離せない最注目選手となっております!』
その怒涛の解説を聞いた瞬間、曜はポカンと口を開けてスクリーンを見つめた。
「はー君……そんなに凄かったんだ……」
「海外の大会で何度も優勝してきたっていう話は、前にはー君の口から聞いていたけれど……まさか、あのガンプラ学園のトップと渡り合うような、そんな次元の大物だったなんて……」
梨子も驚きを隠せない様子で息を呑んでいる。
そうだ、はー君は私たちが思っている以上に、ずっと遠い世界の高みで戦ってきた凄腕のファイターなのだ。あの強そうなギャルの子にだって、絶対に負けていない。
『さあ、両選手が今、バトルステージへと入場してきました!』
画面が切り替わり、いつものツールボックスを小脇に抱えて、堂々とした足取りで歩いてくる陽哉の姿がアップで映し出された。
その瞬間、浦の星の体育館はお祭りのような大歓声と拍手に包まれる。
よーし、私たちだって負けていられない。千歌はパッと振り返り、メンバー全員に向かって力強く頷いた。
「みんな……行くよ!」
曜、梨子、果南、ダイヤ、鞠莉、善子、花丸、ルビィ。
その場にいる全員の心が、一瞬で一つに重なり合う。私たちの声が、想いが、どうか遠く離れた静岡の舞台で戦う彼に届きますように。
千歌は大きく息を吸い込み、思いきり両手を突き上げた。
「せーのっ……!」
内浦の青い空と海を揺るがすような、少女たちの全力の叫びが、体育館に、そして画面の向こうへと響き渡った。
「「「「「「「「「がんばれーーーっ!!」」」」」」」」」
「――おっと。今、千歌たちの声が聞こえたような……」
バトルステージの専用ブースに足を踏み入れた瞬間、俺はふと足を止めて天井を見上げた。
ただの気のせいか。いや、あの騒がしくも心地よいエネルギーは、きっと気のせいなんかじゃない。内浦のあいつらが、今もどこかで俺の背中を押してくれているのだろう。
口元に自然と不敵な笑みが浮かぶ。
システムコンソールにガンプラケースをセットしながら、俺は静かに闘志を燃え立たせた。
「さぁて……行こうか」
『GUNPLA BATTLE Combatmode startup. Mode damage level set to B』
『Please set your GP-Base』
『Please set your gunpla』
お馴染みの電子音声がブース内に響き渡り、コンソールにGPベースと、我が愛機たるガンプラをセットする。
『Beginning Plavsky Particle dispersal. Field 01, space』
ホログラムの輝きが広がり、視界が一気に暗黒の宇宙へと塗り替えられていく。
また宇宙フィールドか、と苦笑しつつも、精神を極限まで研ぎ澄まして起動トリガーを引いた。
「新堂陽哉、デスティニーガンダムシグムント、出るぞ!」
「神代恵里菜、アドヴァンスド・バーザム、行きます!」
二条の光となって、俺たちのガンプラが星々の瞬く虚空へと解き放たれる。
だが、感傷に浸る余裕など一瞬たりともなかった。配置が完了した直後、コックピットを模したブース内にけたたましい警告音が鳴り響く。
「っ、チィッ!」
直感のままに操縦桿を叩き、機体を緊急回避させる。
つい先ほどまでシグムントがいた空間を、極太のビームが二条、容赦なく貫いていった。敵の腕に装備された巨大なコンポジット・シールド・ブースターからの砲撃だ。
「開始早々、挨拶代わりにいきなりぶっ放してくるとはな。そういう容赦のない戦い方、嫌いじゃないぜ」
「それはどうも! でも、これで終わりだと思ったら大間違いじゃん!」
紅のキャンディ塗装が施されたアドヴァンスド・バーザムが、宇宙の暗闇を鮮やかに切り裂きながら肉薄してくる。続けざまに放たれる猛烈な射撃を、スラスターを細かく吹かして回避していくが、いつまでも避けてばかりではジリ貧だ。
「こっちから行かせてもらうか!」
背部ウイングから高エネルギー長射程ビーム砲『レーヴァテイン』を鋭く引き抜き、メインスラスターを最大出力で解放する。蒼き光の粒子を爆発させ、シグムントは一瞬でバーザムの懐へと飛び込んだ。
大振りの一撃で叩き斬ろうとした、その瞬間。
「チィッ!」
鋭い舌打ちと共に、恵里菜はシールド・ブースターのブレード部分を加熱。ヒートサーベルモードへと切り替えて、シグムントの強烈な斬撃を真っ向から受け止めた。
凄まじい技量と反応速度だ。ならば、搦め手で崩す。
一旦距離を取りつつ、腰部にマウントされた遠隔誘導兵器『プリスティス』を瞬時に射出する。
「ドラグーン!? いや、この変幻自在の動き……マニュアル操作ってマ!?」
不規則な軌道を描いてバーザムを取り囲む光の矢に、恵里菜の驚愕の叫びが通信から漏れ聞こえる。
空間認識能力をフルに回転させ、プリスティスで射線を作りながら敵の機動を殺していく。完全に翻弄され、姿勢を崩したバーザムの隙を見逃すはずがない。
「そこだっ!!」
再びレーヴァテインのビーム刃を巨大化させ、必殺のタイミングで斬りかかる。
「そう簡単にはいかないっつの!」
しかし、流石は二年連続で決勝に進んだ実力者だ。恵里菜は背部のアドバンスド・ヘイズルと同型のブースターを限界まで吹かし、強引に機体を横スライドさせて直撃を免れる。
「やるな……!」
「今度はこっちの番じゃん!」
回避の勢いのまま、バーザムが猛烈な加速で突っ込んできた。熱線を発するヒートサーベルが、シグムントの胸元を狙って容赦なく振り下ろされる。
こちらもプリスティスを手元に戻し、牽制のビームを放ちながら防御の体勢に入ろうとしたが。
「――かかったわね!」
不敵に艶っぽく笑う恵里菜の顔が脳裏に浮かんだ。
バーザムの突撃はフェイントだった。真横を並走していたプリスティスの一基に向けて、流れるような太刀筋でヒートサーベルが叩き込まれる。
プラフスキー粒子が激しく霧散し、俺の手元から誘導兵器の一基が完全にロストした。
「これが狙いだったか……!」
「あんたのあの腕の装備、サーベルとライフルとシールドの機能を兼ね備えてるっしょ? つまりさ、そのドラグーンさえ潰しちゃえば、遠距離も近距離も手数をごっそり減らせるわけじゃん!」
チッ、そこまで俺の機体特性を調べ上げていたか。ギャル特有の軽薄な見た目に反して、ビルダーとしてもファイターとしても極めて冷静で緻密だ。
「だからどうした? プリスティスをたった一基やられたくらいで、ビビる俺だと思うなよ!」
俺を狙うと見せかけて遠隔兵器を確実に破壊する、その高い技量と作戦は褒めてやる。だが、大物を仕留めて完全に油断しているその隙は、致命傷に繋がるぜ。
一瞬の硬直を突いて一気に肉薄し、ふたたびレーヴァテインを振りかぶる。しかし、恵里菜の表情に焦りは一切なかった。
「甘いのはどっちかしらね、新堂陽哉!」
「――なっ!?」
その瞬間、ゾワリと前世からの戦闘直感が最大級の警鐘を鳴らした。
完全に失念していた。彼女の愛機を構成するパーツの一つ、ウーンドウォートの、そしてコンポジット・シールド・ブースターの持つ本来の機能を。
「クローモードだと……!? しかも本来は差し替えのはずなのに、完全な変形ギミックを再現してやがるのか!?」
シールドの先端が禍々しい爪へと変形し、伸縮アームのように牙を剥いてシグムントへ襲いかかる。
慌ててスラスターを逆噴射して回避を試みたが、紙一重で間に合わない。ガリガリと不快な破壊音がコックピットに響き、クローモードの凶爪によって、シグムントの右脚が膝から下ごと無惨に引きちぎられていった。
『――ああっ、新堂選手! なんとここで機体の右脚を完全に大破させられた! 対する神代選手は未だ無傷! これは『紅の戦乙女』、神代選手が圧倒的優勢かーっ!?』
スピーカーから響く絶叫が、体育館の熱気を一瞬で凍りつかせた。
画面の向こう、宇宙の闇の中で右の膝から下を失い、火花を散らすデスティニーシグムントの姿が映し出される。
「嘘……そんな、陽君……っ!」
思わず、喉の奥から悲鳴に似た声が漏れ出していた。
どんな相手だろうと圧倒的な力でねじ伏せてきたあの陽哉が、試合の序盤でこれほどの劣勢に立たされるなんて、想像すらしていなかったのだ。息が詰まりそうになり、足元がすくみかける。
その瞬間、ぎゅっと強い力で右手を包み込まれた。
「梨子ちゃん。大丈夫……信じよう?」
見つめてきた曜の瞳には、微塵の揺らぎもなかった。
それと同時に、今度は左手にも、千歌のぬくもりと力強い握り拳が重なる。
そうだ。ここで私たちが動揺してどうする。彼は今、あの過酷な戦場で必死に戦っているのだ。私たちはただ、彼の勝利を、その背中を信じて声を届けることしかできないのだから。
梨子は深く息を吸い込み、二人の手を力強く握り返した。
「どうする? 片足なくしてバランス最悪っしょ? ここで降参して止める?」
通信ウィンドウから、どこか余裕を覗かせる恵里菜の声が響く。
そのセリフに、俺は思わずチッと小さく舌打ちをした。まったく、どいつもこいつも、かつて俺を引き止めようとした曜みたいなことを言いおる。
「止めるわけねえだろ……! こんなところで立ち止まってる場合じゃねえんだよ、俺は。俺は進む……この先にある、もっと高い場所へ!」
そうだ。前世を燻ぶったまま終え、この世界でガンプラと、あいつらと出会ったんだ。こんな予選の初戦で、不覚を取って終わるわけにはいかない。
俺は――絶対に勝つ!!
「おおおおおっ!!」
操縦桿のホロプレースを限界まで押し込む。
シグムントの背部ウイングから、光の翼――ヴォワチュール・リュミエールが爆発的な輝きを放って展開された。片脚のハンデなど、圧倒的な推進力による強引な姿勢制御でねじ伏せる。
「まずは……一つ目を貰うぞ!」
光の尾を引きながら、右脚を奪った張本人であるクローモードのシールド・ブースターめがけて、レーヴァテインを容赦なく振り下ろした。
「させないっつの!」
恵里菜が慌ててアームを縮め、ブースターを機体側へと戻そうとする。だが、その引き際を逃すほど俺は優しくない。
「プリスティス、いけっ!」
残された最後の一基が、バーザムの死角から鋭いビームを放つ。
「無駄じゃん! こっちにはIフィールドがあるんだよ!」
恵里菜の言う通り、放たれたビームはシールドが展開した見えない障壁によって完全に霧散した。だが、最初からダメージなど期待していない。
「――だけどよ。ビームを防いだその瞬間、一瞬だけ動きが止まったよなァ!?」
「しまった……!?」
防御の衝撃でわずかに硬直したシールドの隙を、俺は見逃さない。蒼き光の刃を纏ったレーヴァテインが、その強固な防壁ごと、クロー・シールドの基部を真っ向から豪快に串刺しにした。
プラフスキー粒子の爆発が敵の右腕側で激しく弾ける。
「このっ……生意気じゃん!!」
恵里菜が激昂したように声を荒らげる。残されたもう一基のコンポジット・シールド・ブースターを即座にクローモードへと変形させ、今度こそシグムントの胴体を消し飛ばさんと、猛烈な勢いで射出してきた。
直撃すれば一発でスクラップだ。だが。
「おらぁッ!!」
「嘘でしょ!?」
俺は残されたシグムントの左脚を泥臭く突き出し、迫り来る巨大な鉄の爪を正面から思いきり蹴り飛ばした。
ガンプラバトルの物理法則を限界まで利用した、ファイターとしての力技。強烈な衝撃を受けたクローは軌道を大きく狂わされ、宇宙の虚空へと明後日の方向へ弾かれていく。
蹴り飛ばした衝撃で敵のコントロールに狂いが生じている。すぐに制御は戻るだろうが、そのわずかなタイムラグこそが、勝負を分ける絶対的な決定打だ。
「――仕留める!」
ヴォワチュール・リュミエールを再点火。シグムントは空間を跳躍するかのような超加速で肉薄し、すれ違いざまに一本のレーヴァテインでアドヴァンスド・バーザムの左腕を綺麗に切り落とした。
返す刀で、もう一本のレーヴァテインを敵の剥き出しになった胴体コアへと突き刺そうとする。
「やらせるかってんだよぉっ!!」
しかし、紅の戦乙女の執念もまた凄まじかった。
バーザムの腰部――フロントアーマーから突如として一対の「隠し腕(サブ・アーム・ユニット)」が飛び出し、突き出されたレーヴァテインのビーム刃を、内蔵されたビームサーベルでガッチリと受け止めてみせたのだ。
「これで、終わりじゃんかぁっ!!」
「ここで終わるわけにはいかねぇんだよっ!!」
背後から迫る凶爪へ向け、残された最後の一基であるプリスティスを弾丸のように射出する。
直撃こそ避けられたものの、攪乱のビームによってクローの軌道をわずかに鈍らせることに成功した。その一瞬の隙を突き、俺は操縦桿を力任せに引き絞る。フロントアーマーの隠し腕に掴まれていたレーヴァテインを、文字通り力づくでへし折るように引き抜いた。
プラフスキー粒子の火花を散らしながら、バーザムの隠し腕が一基、根元から爆散する。
「やってくれたわね……っ!」
恵里菜の鋭い叫びと同時に、虚空に漂っていたシールド・ブースターが、クローモードからロング・ビーム・ライフルモードへと滑らかに変形を遂げた。差し替えなしの完全変形が、ここでも牙を剥く。
即座に放たれた極太の光条を回避しようとしたが、片脚を失った今のシグムントでは制動がコンマ数秒遅れた。凄まじい衝撃波が機体を襲い、レーヴァテインを握っていたシグムントの左腕が、肩の付け根ごと一瞬で消し飛ばされた。
「――まだまだぁっ!!」
左腕を失い、武装を保持する自由を奪われかけても、俺の闘志は微塵も衰えない。
勝つためには、まずあの変幻自在のシールド・ブースターを完全に潰す必要がある。
俺は残された右腕で最後のレーヴァテインを握り直し、背部の光の翼――ヴォワチュール・リュミエールを限界を超えて全開にした。不規則に火花を散らす不完全な推進力を強引に御し、直線的な超加速でライフルモードのシールドへと肉薄する。残った一基のプリスティスを囮として敵の正面に走らせ、バーザムの射線を強引に誘導した。
「おらぁッ!!」
すれ違いざま、一閃。蒼き光の刃が、恵里菜の命綱とも言えるコンポジット・シールド・ブースターを真っ二つに両断した。
「こんの……っ!」
だが、紅の戦乙女もタダでは転ばない。恵里菜はバーザムのメインマニピュレーターにビームサーベルを滑り込ませ、囮として肉薄していた俺のプリスティスを正確に斬り伏せてみせた。
爆発の光が、互いのコックピットシートを赤々と照らし出す。
「……やるじゃない」
「お前もな」
通信越しに交わす言葉は短い。だが、互いに対する最大級の敬意がそこにはあった。
こちらの残存兵装は、右腕に握った一本のレーヴァテインのみ。
対するアドヴァンスド・バーザムは、右手のビームサーベルに加え、残されたもう一基の腰部隠し腕に、予備のビーム・ライフルをガッチリと保持し直していた。
「うぉぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁぁっ!!」
お互いに残された全てのスラスターを限界まで吹かし、宇宙の闇を切り裂いて一気に距離を詰める。
交錯する、刹那の光。
シグムントのレーヴァテインがバーザムの頭部を綺麗に斬り飛ばした。しかし、恵里菜の放ったビームサーベルがシグムントの左肩と左ウイングを深く貫き、同時に隠し腕のライフルが放った至近距離の砲撃が、シグムントの左脚をも無惨に粉砕した。
「――まだ、止まるかよぉっ!」
両脚と左腕を失い、もはや達磨に近い状態になりながらも、俺は怯まない。衝撃に耐えながら、右腕のレーヴァテインを逆手に持ち替え、バーザムの生命線である腰部の隠し腕を強引に斬り飛ばした。
「チィッ!」
武器を失った恵里菜が、慌ててバックパックの推進力を全開にして距離を取る。
客観的な破損状況で言うなら、両脚を失って浮遊している俺のシグムントの方が圧倒的にボロ雑巾だ。だけど、お互いに残された武装は、ついに最後の一本ずつとなった。
「……次で最後ね。終わらせてあげるわ!」
頭部を失ったバーザムが、背部に残された最後のシールド・ブースターを最大出力で点火する。文字通り、彗星のような赤い光の尾を引きながら、こちらへ向かって猛然と突撃してきた。
「……」
シグムントのウイングバインダーは、先ほどの交錯で左側が完全に消失している。純粋な推力と最高速度の勝負になれば、五体満足に近いバックパックを持つ恵里菜の方が遥かに上だ。
残された右側のバインダーからヴォワチュール・リュミエールを無理に起動させることもできるが、左右のバランスが崩壊している今、そんなことをすれば機体が制御不能に陥って回転し、ただの的になるのは目に見えている。
なら、残された本体の通常スラスターだけで――すべてを賭けるしかない。
「いけぇぇぇぇぇぇっ!!」
俺はコントロールパネルを叩き、デッドウェイトでしかなくなった右側のウイングバインダーを完全にパージした。
余計な重りをすべて捨て去り、剥き出しになった機体背面の通常スラスターのみを過負荷で一気に爆発させる。
推進剤の光を激しく撒き散らしながら、一筋の閃光となった二機が、宇宙の深淵で真っ向から激突した――。
「陽君……っ!!」
二つの光が激突した瞬間、私はたまらず両手で顔を覆い、モニターから目を背けてしまった。
もう、画面を見ていられなかった。もしこのまま目を開けて、陽哉君のガンプラが粉々に砕け散り、彼が敗北してしまった姿を見てしまったら――そう思うと、胸が押し潰されそうで、怖くて仕方がなかった。
隣に座る町の人たちも、息を呑んで静まり返っている。体育館全体が、張り詰めた静寂に支配されていた。
その時、私の左手を強く握る千歌の、弾んだ声が耳に飛び込んできた。
「梨子ちゃん! 見て、目を開けてっ!」
恐る恐る指の隙間から顔を上げ、巨大なスクリーンを見上げる。
火花と硝煙が吹き荒れる宇宙の戦場。そこに映し出されていたのは、あまりにも凄絶な相打ちの光景だった。
アドヴァンスド・バーザムの掲げたビームサーベルは、シグムントの頭部を容赦なく貫いている。メインカメラを破壊され、完全に機能を停止したかのように見える俺の愛機。
――しかし。
「あはは……あたしの、負けかぁ……」
通信ウィンドウに映る恵里菜が、どこかサバサバとした、けれど悔しそうな苦笑いを浮かべて両手を挙げた。
頭部を失ったシグムントの右腕。逆手に握られた一本のレーヴァテインが、バーザムの突撃の勢いをそのまま利用する形で、そのコックピットブロックを寸分の狂いもなく深々と貫いていたのだ。
直後、紅の機体が激しい光を放ちながら爆散し、宇宙の闇へと消えていく。
それと同時に、ステージ全体に勝利を告げるホログラムが浮かび上がった。
『BATTLE ENDED』
『――し、試合終了ォォォッ!! 凄まじい死闘を制し、激戦のAブロック第一試合を勝ち抜いたのは、新堂陽哉選手だぁぁぁーーーっ!!』
実況アナウンサーの絶叫が響き渡った瞬間、それまで静まり返っていた浦の星女学院の体育館が、爆発したかのような大歓声に包まれた。地鳴りのような拍手と、町の人たちの歓喜の叫びが頭上から降り注ぐ。
「……勝った。陽君が、勝ったんだ……!」
張り詰めていた緊張が一気に解け、気付けば目から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちていた。情けないけれど、本当に、本当に良かった。
そんな私に向かって、千歌が満面の笑顔で、勢いよく飛び込んできた。
「梨子ちゃん! はー君が勝ったよ! 本当に勝っちゃったよ!」
「うん……! うんっ!」
胸に飛び込んできた千歌の体を、私も精一杯の力で抱きしめ返す。隣では曜が「やったぁー!」と拳を突き上げて跳びはね、一年生たちも大騒ぎで喜び合っている。
心からの祝福を込めて、私は画面の向こうにいる幼馴染の少年へと、静かに言葉を贈った。
本当におめでとう、陽哉君。
その賑やかな喧騒の中、特等席とも言える最前列でモニターを見つめていた鞠莉とダイヤも、深く息を吐きながら肩の力を抜いていた。
「
さすがの陽も、あの『紅の戦乙女』を相手には、相当な苦戦を強いられたみたいね」
鞠莉がいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべつつも、その瞳には驚嘆の色を隠せないでいる。対するダイヤも、胸元に手を当てて、ホッとしたように長い睫毛を伏せた。
「本当に……見ていてハラハラいたしましたわ。何はともあれ、無事に勝利を掴んでくれたのです。内浦に戻ってきた際には、みんなで盛大に労ってあげなくてはいけませんわね」
試合が終わり、エントリー手続きや機体の回収を済ませた俺は、会場の外に出ていた。
エントランス近くのベンチに腰掛け、静岡の少し冷たい風を浴びる。
「ふぅ……さて、まずは一勝、か」
まったく、初戦からとんでもなくキツい戦いだった。
脳裏に焼き付いたアドヴァンスド・バーザムの猛攻を思い返して溜息をついていると、カツカツと聞き覚えのある足音が近づいてきて、俺のすぐ隣にストップした。
「あれー? 次の試合見ていかないわけ? あんたの次の対戦相手が決まるっていうのにさ」
ふと顔を上げると、そこにはツールボックスを抱えたギャル――神代恵里菜が再び姿を現していた。
「あー……いや、何だ。ちょっと外の新鮮な空気が吸いたくなったんだよ。頭がのぼせちまってさ」
「ふーん。まぁ、さすがじゃん。このあたしをあそこまで追い詰めて落としたのはさ、あの志木城とあんたくらいなもんだよ」
恵里菜はそう言って、悪びれる様子もなく俺の隣にどっかりと腰掛けた。
「それは光栄だな。俺のほうこそ、愛機をあそこまでボロボロにされたのは本当に久しぶりだ」
前世の社畜時代を経てこの世界に転生して以来、子供の頃は父親をはじめとした大人たちを相手に泥臭く戦ってきた。機体が粉々になる日常茶飯事を経験したからこそ、ファイターとしての腕も上がり、何度も徹夜で修理を繰り返したことでビルダーとしてのスキルも磨かれた。
だが、最近はそこまで壊されるような戦いはなかったのだ。今回はダメージレベルB設定だったため、実際のパーツ自体は半分ほどが壊れた程度で済んでいる。とはいえ、シグムントのあの複雑な大推力ギミックを完全修復するには、かなりの時間がかかるのは間違いない。来週の次の試合は、予定通り予備機のゼルクガンダムを投入するしかないだろう。
「結構楽しかったぜ、神代。さすがの実力だったよ。――たださ、ちょっと気になったことがあるんだが、聞いていいか?」
「ん? 何よ、改まって」
「なんで腕パーツだけウーンドウォートなんだ? しかも機体名、アドバンスドじゃなくて『アドヴァンスド』だし」
どうせこだわりを持って組むのなら、頭部以外をすべてウーンドウォートにしてMA変形ギミックを盛り込めばいいのに、とビルダーとしての疑問が口をついた。おまけにベースはアドバンスド・ヘイズルなのだから、英語の綴り的にも「バ」になるはずだ。
「ちょっと、聞きたいことが二つになってんじゃん……。まぁ、いっか。最初のやつはね、あたしもホントは全部ウーンドウォートにしたかったのよ。でもさ、あれプレミアムバンダイ限定で、今めちゃくちゃ入手難しいじゃん? オークションで必死に探したんだけど、何故か『腕パーツだけ』のジャンクが出品されててさ。しょーがないからそれ落として、今の形にミキシングしたわけ」
なるほど、ガンプレビルダーなら誰もが一度は直面する、リアルな大人の事情というやつか。妙に納得してしまった。
「じゃあ、アド『ヴァ』ンスドの件に関しては?」
「バよりヴァの方が、響きがなんかカッコいいからに決まってんじゃん!」
……あー。なるほど。
極めてシンプルかつ、最高に理解できる理由だった。男の子も女の子も、結局はそういう「ロマン」に弱い生き物なのだ。
「じゃ、あたしはそろそろ行くわ。――良い、新堂陽哉。このあたしを破って勝ち上がったんだからさ。絶対に全国行きなさいよね!」
「ああ。わかってるよ」
夕暮れの風の中、恵里菜はひらひらと手を振って去っていった。そのサバサバとした背中を見送った後、ちょうど出張の仕事を終えて車で迎えに来てくれた父親と合流し、俺は住み慣れた内浦へと戻った。
だが、戻ったら戻ったで、そこには別の大騒ぎが待っていた。
まさか浦の星女学院の体育館で、俺の試合が全校生徒や町民を巻き込んでライブビューイングされていたなんて、夢にも思わなかったのだ。
「まさか、鞠莉さんの提案だったとはね……。さすがは理事長、やることがぶっ飛んでる」
学校に顔を出すなり、梨子は涙目を浮かべながら真っ直ぐ俺に抱きついてくるし、千歌や曜をはじめとするAqoursのメンバーだけでなく、うちの母ちゃん、千歌の姉の美渡姉や志満姉、さらには梨子のママやダイヤ姉さんまでもが総出で出迎えてくれ、俺の勝利を我がことのように喜んでくれた。
中破して傷だらけになったデスティニーシグムントを見て、みんな一様に「来週の試合に間に合うの!?」と顔を青くして心配していたが、予備パーツをたくさんを用意してあることを伝えると、一転してホッとしたように胸を撫で下ろしていた。最初からその事実を知っていた善子だけは、フンと鼻を鳴らして特に心配していなかったようだが。
その日の夜は、俺の家でささやかな祝勝会が開かれた。父親と母親が、まるで勝つのが分かっていたかのように大量の食材を買い込んでいたのには苦笑するしかなかったが……。
「なぁ、父ちゃん、母ちゃん。これ、もし俺が負けてたらどうするつもりだったんだ?」
「その時は、ヤケ食い残念会に早変わりするだけよ!」
そんな賑やかな笑い声がリビングに響き渡る。
仲間がいて、家族がいて、大好きなガンプラがある。最高の夜だった。
――だけど。
この時の俺たちは、まだ誰も気づいていなかったのだ。
俺たちが遠い静岡の舞台で戦い、ここで勝利の美酒に酔いしれているその裏で。
彼女たちの、そして俺たちの平穏な居場所である浦の星女学院の裏側で、あんな「とんでもない事態」が動き始めていようとは――。
続く!!!