ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine- 作:陽@曜花推し
激しいパーツ破壊の応酬となった、ガンプラ選手権・静岡予選トーナメントAブロック第一試合。神代恵里菜のアドヴァンスド・バーザムとの死闘は、相打ちに近い形になりながらも、泥臭く勝利を掴み取ることができた。内浦でのライブビューイングや盛大な祝勝会の熱気がまだ身体に残っているけれど、愛機デスティニーガンダムシグムントのダメージレベルはB。半分ほどのパーツが破損し、中破という手痛い結果を残していた。
前世は35歳の冴えない社畜で、大好きなガンプラ発売前に事故死したという妙な記憶を持つ俺、新堂陽哉の高校生活は、のんびりとした内浦の海とは裏腹に、どうにも慌ただしい。
そんな感じで少し浮ついた気分でも残していないと、やっていられないような事態が起きたのは、あの激闘の余韻が冷めやらぬ、ある朝のことだった。
学校へ登校し、何気なく理事長室の前を通りかかったとき、中から切羽詰まった鋭い声が漏れ聞こえてきた。
「それは本当ですの!」
ダイヤ姉さんの声だ。いつも凛としている彼女がこれほど声を荒らげるなんて、ただ事じゃない。気になって思わず足を止めると、さらに信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「浦の星が……廃校……」
心臓がドクンと跳ね上がる。時系列的に、そろそろだとは分かっていた。アニメ1期のあの展開が、ついにこの現実でも動き出してしまったんだ。
俺は軽く息を整えると、ドアをノックした。
「陽哉です」
「どうぞ」
中から鞠莉姉の許可する声が聞こえ、俺はドアを開けて理事長室へと足を踏み入れた。
「おはようございます。朝からどうしたんですか? 廃校なんて物騒なワードが聞こえてきたんですけど」
俺の姿を見たダイヤ姉さんが、しまったという表情で視線を泳がせる。しかし、デスクの後ろに座る鞠莉姉は、真剣な眼差しをこちらに向けて首を振った。
「どの道、近いうちに生徒全員に言わなきゃいけないことだから、ここで陽にも言っておくわ。沼津の高校と統合して、浦の星女学院は廃校になるの」
ついに、この瞬間が来てしまった。決定事項としての重みが、部屋の空気をじっとりと重くする。
「でもね、ただ、まだ決定ではないの。まだ待って欲しいと私が強く言っているから」
「大丈夫なのかよ、それ」
「何のために私が理事長になったと思っているの? この学校はなくさない! ここは私にとって、どこよりも大事な場所なの!」
鞠莉姉の言葉は力強いが、現実的な問題が山積みだ。
「でも、どうするんだよ。年々入学希望者は減っていってるんだろ? 俺を共学化テスト生として入学させるくらいなんだからさ」
男子を実験的に入れたところで、根本的な解決になる保証はない。すると、鞠莉姉はふっと悪戯っぽく、だけど確かな光を宿した瞳で俺を見つめた。
「私が何のためにスクールアイドル部を承認したと思っているの?」
まさか、あいつらに賭けているのか。
「Aqoursが学校を救うきっかけになるかもしれない……ってことか?」
「私はそう思ってるわ。それに……私は諦めない。あの時からずっと思ってる。まだ私たちは終わってない」
鞠莉姉が視線を向けた先には、唇を噛み締めるダイヤ姉さんの姿があった。2年前の3年生たちのすれ違いについて、俺は知識として詳しく知っているけれど、ここでは知らないフリをしておくのが無難だろう。
「……とにかく、私は私のやり方で廃校を阻止しますわ」
それだけを言い残し、ダイヤ姉さんは背筋を伸ばしたまま理事長室を後にした。残された鞠莉姉が、ぽつりと呟く。
「……本当に果南が好きなのね」
「俺も行くよ。とにかく……このことは、まだみんなには黙っておく」
「ありがとね、陽」
鞠莉姉にひと言告げて、俺も理事長室を退出し、足早にスクールアイドル部の部室へと向かった。
ガラッと部室のドアを開けた瞬間、突風のような勢いで体育館中を走り回っていたらしい千歌が飛び込んできた。
「わわっ!?」
咄嗟のことで避けることもできず、俺は正面からぶつかってきた千歌を抱き上げ、その勢いのままくるりと回って受け止めた。結果的に、なぜかお姫様抱っこをするような形になってしまう。
「なぁ、梨子。このみかん娘は何をそんなに喜んでるんだ?」
俺の腕の中で、なぜか大はしゃぎしている千歌を見下ろしながら、呆れた声を出す。隣にいた梨子が困ったように眉を下げた。
「実はね……」
どうやら俺が理事長室に入る少し前、ルビィが偶然部屋の前を通りかかって廃校の噂を聞いてしまったらしい。慌てて部室に駆け込んでみんなに報告したところ、千歌が「廃校」と聞いて、伝説のスクールアイドルであるμ'sと一緒だ、と大喜びし始めたのだという。
「アホか……」
心底呆れた目を向けると、腕の中の千歌がふにゃりと顔を綻ばせた。
「そんなに見つめられると恥ずかしいよぅ」
「いや、照れるな。呆れて見てるんだよ。梨子、このまま内浦湾に落としてきていいか?」
「それは危ないからやめてあげて!」
頭を冷やさせた方がいいかと思ったが、梨子に必死で止められたので断念する。すると、部室の隅で爪をいじっていた善子が鼻で笑った。
「いいじゃない、統廃合。私みたいな流行に敏感な生徒も集まっているだろうし、沼津の都会に行けるのなら悪くないわ」
「へぇ、よかったな。中学の頃の友達とまた毎日顔を合わせられるかもな」
善子がピクッと硬直する。
「統廃合絶対反対!」
見事な手のひら返しだった。堕天使ヨハネとしてのプライドが、過去の黒歴史を知る知人との再会を全力で拒絶しているらしい。
「とにかくだ。どうせ千歌のことだ、統廃合阻止のために動くとか言うんだろ?」
「なんでわかったの!?」
「わかるよ。μ'sと同じだって喜んでるんだから、この先取るべき行動も決まってる。μ'sと同じように、スクールアイドルで名前を広めて廃校を阻止するって言うに決まってるからな。本当に千歌は単純でわかりやすい」
「えー、そんなに褒めないでよぉ」
「褒めてねぇよ。どんだけポジティブ思考なんだ。脳みそがみかんで出来てるんじゃないか、この子は」
呆れ果てる俺の横から、曜が苦笑しながらフォローを入れる。
「千歌ちゃん、多分はー君は褒めてないと思うよ」
「多分じゃねぇよ、曜。確実に褒めてねぇから。……それで、廃校阻止のために何か具体的な作戦は考えてるんだろうな?」
「え?」
千歌がきょとんとしたマヌケな声を出す。あぁ、聞いた俺が馬鹿だった。完全なノープラン、ただの思いつきだ。
そういえば、まだお姫様抱っこしたままだったな。
「梨子、やっぱりちょっと内浦湾に千歌を不法投棄してくるわ」
「気持ちは痛いほどわかるけど、本当に止めてあげて!」
ちっ、仕方ない。俺は千歌をそっと床に下ろした。
お昼休みになり、みんなで部室に集まってランチタイムになった。
机に身を乗り出しながら、千歌がぽつりと呟く。
「μ'sがやったのは、ランキングに登録して、ラブライブに出て有名になって……」
必死にスクールアイドルの伝説を思い出そうとしている千歌の横から、ルビィと曜がジッと俺の顔を見てくる。そういえば、俺がμ'sのメンバーと知り合いだということはこの2人には話してあったっけ。何か意見が欲しいと、暗に目で訴えかけてきているのがよく分かった。
仕方のない奴らだ。少しだけヒントを出してやるか。
「まあ、音ノ木坂の場合はラブライブに出場する前、オープンキャンパスの時点で廃校は阻止できてたんだよな」
俺の言葉を聞いた千歌の目が、パッと輝いた。
「そうなんだ!じゃあ浦の星もオープンキャンパスをやれば……!」
だが、地方の現実はそんなに甘くない。すかさず俺が現実を突きつける。
「千歌、東京と沼津は違う。東京は人が多いが、こっちはそうじゃねぇだろ?」
そう指摘すると、千歌はうーんと唸って、すぐに頭を抱えて行き詰まってしまった。しかし、みかん脳の回転は突拍子もない方向へと跳ねる。
「そうだ!PVを撮ろう!」
「はぁ?PVだって?」
驚く俺を置き去りにして、千歌は拳を握りしめた。
「この内浦の魅力を、みんなに伝えるんだよ!」
そんな千歌の思いつきの一言から、AqoursのPV撮影がドタバタと幕を開けることになった。
まずは学校の近くにある長浜城跡へ移動して、撮影をスタートする。
「とりあえず、これを使ってくれ」
俺は鞄から私物の4Kビデオカメラを取り出して手渡した。Aqoursの活動でいつか使うだろうと思って、あらかじめ自腹で購入しておいたものだ。
それを見た曜が、驚いたように目を丸くする。
「これ、高かったでしょ」
「気にすんな。で、まずは何をするんだ?」
尋ねる俺の前で、なぜか花丸が本格的なカチンコを持ってスタンバイしていた。一体どこから用意したんだ、それ。
「はいスタート!」
曜の合図とともに、カメラが回り出す。
「どうですかぁ〜?この雄大な富士山!」
千歌が元気いっぱいに両手を広げて叫ぶけれど、ファインダー越しに見る画面の半分ほどは千歌の後頭部で隠れてしまっている。
「臨機応変に、みかんがどっさり!」
さらに場所を移動して、大量のみかんが詰まった箱を千歌が重そうに抱え上げてカメラにアピールする。
次は、千歌の実家である十千万旅館の前に移動した。
「ベースはここ、十千万!そして、街には……なんもないです!」
「それ言っちゃダメ!!」
俺と梨子のツッコミの声が、完璧にシンクロして響き渡った。この子は本当に何を口走るのか。しかも、画面の端にはしっかりと、仕事中のはずの美渡姉としいたけが映り込んでしまっている。おぉ、それにしても美渡姉、すげぇ脚綺麗だな。
何気なくカメラを向けながら呟くと、隣から冷たい視線が突き刺さった。
「どこを見てるのかしら?」
「いえ、何も……」
梨子の笑顔がめちゃくちゃ怖い。俺は慌ててカメラの向きを戻した。
今度は沼津駅周辺へと移動。ここからは俺がカメラを回す役を引き受ける。
「バスでちょっと移動すると……そこは大都会!」
ポーズを決める曜の言葉に、心の中で激しいツッコミを入れる。ちょっと?バスで40分ほどかかる道のりがちょっとだと?完全な詐欺じゃん、それ。
さらに内浦へと戻り、みんな練習着に着替えて自転車に跨る。これから長い坂を超えて、伊豆長岡駅へと向かうらしい。
俺はどうしたかって?愛車のバイクで行こうとしたら、梨子に笑顔で鍵を没収されてしまった。仕方がなく、実家の物置から小学生の時に使っていた古いマウンテンバイクを引っ張り出して乗る羽目になった。くそ、バイクなら余裕で行けたのに、みんなの自転車移動に付き合うのはなかなかの重労働だ。
もちろん、ただで大人しく従ったわけじゃない。梨子を後ろに乗せてあげると誘惑してみたのだ。一瞬、梨子もその誘惑に引っかかりそうな表情を見せたけれど、周囲のみんなからの無言の視線を感じ取って、ブンブンと首を振って振り切られてしまった。ちくしょう、あと一歩だったのに。
「自転車で坂を超えると、伊豆長岡の商店街が……はぁはぁ……」
息も絶え絶えになりながらカメラに向かって喋る千歌。そりゃあそれだけペダルを漕げば疲れるに決まっている。
この後、なんとか内浦へと戻ってきた。帰りは下り坂だったからまだ楽だったのが救いだ。
ミーティングの場所は、いつもの松月ではなく、なぜか俺の部屋になった。たまには俺の部屋に行ってみたい、という千歌たちの強い要望に押し切られた形だ。
「ほら、冷たい飲み物持ってきたぞ」
1年生の3人は俺の部屋に入るのが初めてらしく、興味津々といった様子で部屋中をきょろきょろと探索している。
「言っておくけど、エロ本なんか置いてないからな」
2年生の面々はそこらへんを理解しているみたいだ。特に千歌は、俺が引っ越してきたときの荷解きを手伝ってくれたから、部屋の構造をよく知っている。
「くっくっく……ヨハネに隠し事は不可能。ここにあると見たわ!」
善子が不敵な笑みを浮かべ、クローゼットの扉に手をかけようとした。
「止めるずら」
「はい……」
花丸がすかさず善子の服の裾を引っ張って止めてくれた。まあ、別に疚しいものなんて何一つないから、開けられても困らないんだけどな。
本当に何もないんだけどね、と心の中で付け足しながらクローゼットを開けると、そこには非常食として買い溜めてあったポテトチップスに、ピザポテト、じゃがりこ、ポテロング……見事なまでに芋系のお菓子ばかりがぎっしりと詰まっていた。
その中から適当にチョイスして、みんなに手渡していく。
「とりあえず、持ってくるのが面倒だからそれを食べててくれ」
そう言って俺はパソコンを起動し、今日みんなで撮影した映像の編集作業に取りかかった。
だが、作業を始めてしばらくして、俺はマウスを握る手を止め、大きなため息をついた。
「はぁ……」
画面を後ろから覗き込んでいた曜が、心配そうに声をかけてくる。
「どう?」
「……お世辞にも、良い出来とは言えないな。とりあえず一晩時間をくれ。そろそろ終バスの時間だし、みんなはもう帰った方がいい」
俺の言葉にみんなも納得し、その日の作戦会議はそこで解散となった。
そこからの編集作業は、深夜にまで及んだ。何と言うか、全体的にこれじゃない感がものすごい。
それでもなんとか形にして、保存したデータをUSBメモリに移し替えた。そろそろ寝ないと明日がキツい。明日の朝一番に、鞠莉姉にこの動画を見せなければいけないんだから。
翌日、なんとかいつも通りの時間に起きることに成功した俺は、徹夜一歩手前で編集したPVのデータをUSBメモリに移し、カバンに放り込んだ。
登校中に千歌たちと合流し、そのままの足で学校の理事長室へと向かう。みんなで息を呑みながら、鞠莉姉がパソコンの画面を見つめる様子をじっと見守った。
再生が終わり、静寂が室内に満ちる。しばらくして、鞠莉姉がゆっくりとこちらを振り返った。その表情には、いつもの明るい笑顔がない。
「……これが、あなたたちが本気で撮ったPVですか?」
低く冷ややかなトーンの問いかけに、千歌がゴクリと唾を飲み込んで、それでもまっすぐに答えた。
「はい!」
「ふーん……それで、このテイタラクですか?」
ぴしゃりと言い放たれた厳しい言葉に、隣にいた曜が思わず一歩前に出て抗議の声を上げる。
「それはさすがに、ひどいんじゃ……」
「そうです!これだけ作るのがどれだけ大変だったと思っているんですか!」
梨子も曜に続いて声を荒らげるが、鞠莉姉は表情を変えない。椅子の背もたれに体を預け、鋭い視線をみんなに向けた。
「努力の量と結果は比例しません!大切なのは、このタウンやスクールの魅力をちゃんと理解しているかデース!」
ぐうの音も出ない正論だった。元々の動画のクオリティを知っている俺は、やっぱりダメだったか、と内心でため息をつく。すると、納得のいかない様子の善子が、むっとした顔で鞠莉姉を睨みつけた。
「じゃあ、理事長はわかっているの?」
「少なくとも、あなたたちよりは理解しているわ。……聞きたい?」
自信たっぷりに微笑む鞠莉姉の言葉に、みんなが縋るような視線を向けた。しかし、ただ一人だけ、千歌が静かに首を振った。
「いえ、いいです」
「ちょっと、何意地張ってるのよ!」
慌てて突っ込む善子だったけれど、今回は千歌の判断が正しい。俺は千歌の肩を軽く叩きながら、鞠莉姉に向き直った。
「それは、自分たちで気付かなきゃ意味ねーんだよ。そうだろ、千歌?」
「うん!」
千歌が力強く頷くのを確認して、俺は不敵に笑ってみせる。
「つーわけだ。次は鞠莉姉が満足するレベルのPVを持ってくる」
「ええ、楽しみにしてるわ」
鞠莉姉の挑戦的な笑みに背を向けて、俺たちは理事長室を後にした。
その放課後、リベンジのための作戦会議をまた俺の部屋で行うことになった。
みんなが先に校門へと向かう中、千歌がハッとしたように足を止める。
「あ、ごめん!部室に忘れ物しちゃった。先に行ってて」
「あ、俺もだ。梨子、鍵渡しとくから、もし俺たちがバスに間に合わなかった時は先に行っててくれ」
「わかったわ。気をつけてね」
梨子に部屋の鍵を託し、俺と千歌は慌てて校舎へと引き返した。部室に向かう途中、体育館の中からかすかに音楽が聞こえてくる。気になってステージの隙間からのぞき込むと、そこには誰もいない舞台の上で、一人で激しく、そして美しく踊る人物がいた。
ダイヤ姉さんだ。
「すごい……」
隣で千歌がぽつりと声を漏らす。あぁ、まったく同感だ。久しぶりに見たけれど、息をのむほどに綺麗だった。
見惚れていると、ステージの上からひらひらと1枚の紙が落ちてきて、俺の足元で止まった。拾い上げてみると、そこには『署名のお願い』と書かれている。
その時、音楽が止まり、こちらの気配に気づいたダイヤ姉さんが鋭い視線を向けてきた。
「陽、千歌さん……どうしてここに?」
「部室に忘れ物を取りに来ててな」
俺が手の中の紙を隠しながら答えると、千歌が我慢できなくなったように一歩前へ踏み出した。
「すごく……綺麗でした!感動しました!」
「な、何ですの、突然……」
突然の絶賛に、ダイヤ姉さんが珍しく狼狽えて一歩下がる。千歌は真剣な目をそらさないまま、一気に言葉を紡いだ。
「ダイヤさんがスクールアイドルが嫌いなのは分かってます。でも、私たちも学校に続いて欲しいって、なくなって欲しくないって思ってるんです!だから、一緒にやりませんか?スクールアイドル!」
まさかのダイヤ姉さんへの直接勧誘。千歌らしい突飛さだけれど、今のダイヤ姉さんにその言葉はすれ違いを生むだけだ。俺はそっと千歌の腕を引いた。
「千歌……今はやめておこう」
「どうして!?」
納得いかないという顔で俺を振り返る千歌。ダイヤ姉さんの抱える過去のトラウマや、今一人で廃校を阻止しようと必死になっている事情を説明するわけにもいかない。
ダイヤ姉さんは、少しだけ寂しそうな、だけど固い決意を宿した瞳で千歌を見つめ返した。
「千歌さん、あなたの気持ちは嬉しいです。ですが、今の私は……。いえ、私は私のやり方で廃校を阻止すると決めたのです。ですから、お互い頑張りましょう?」
凛とした声でそれだけを告げると、ダイヤ姉さんは拒絶を示すように、背筋を伸ばしたまま体育館の裏口から去っていった。
「逃げられたか。まあ、いいや。それから……千歌。今は言わないであげてほしい。大丈夫、近いうちにちゃんとわかると思うからさ」
「うん……わかった」
千歌は寂しそうに頷いた。
結局、体育館でのやり取りで時間を食ってしまい、終バスを逃してしまった俺と千歌は、並んで歩いて帰ることにした。まあ、たまには幼馴染の千歌と2人きりで、夕暮れの内浦の道をのんびり歩くのも悪くない。
夕暮れの中を歩き、我が家へと帰宅すると、なぜか俺の部屋で盛大なゲーム大会が開かれていた。
あぶねぇ……引っ越してくる前に、気まぐれで買った某美少女ゲームを売却しておいて本当に正解だった。もしあんなものがこの女子たちの前で見つかっていたら、俺の社会的生命は終わっていただろう。
「あ、お帰り」
コントローラーを握った曜が、画面を向いたまま声をかけてくる。その横から、梨子がすっと冷ややかな視線を俺たちに向けてきた。
「2人きりで、随分と遅くまで何をしていたのかしら?」
梨子さんや、顔が笑っているけれど目が笑っていないぞ。
「何もしてないって。バスを待つ時間がもったいないから、運動がてら歩いて帰ってきたんだよ」
「ふーん……まあ、いいけど」
俺の必死の弁明に、梨子は不満げながらも引き下がってくれた。
とりあえずゲーム大会を一旦止めさせて、これからのPVのリベンジについての話し合いを始めようとしたその時、ノックと共に我がマイマザーである茜が部屋に入ってきた。
「陽君、明日なんだけど……朝から町内の清掃活動があるのよ。パパとママは行く予定なんだけど、陽君やみんなはどうする?」
町内の清掃活動だって?
その言葉を聞いた瞬間、脳内に電撃が走った。これだ、このイベントこそが千歌に街の魅力を気づかせる最大のチャンスになる。アニメでは海開きの砂浜清掃だったけれど、時期的(春)に早すぎるからどうしようかと悩んでいたところだったが、最高のタイミングで代わりのイベントが来てくれた。
「俺は行くよ。力仕事とか男手が必要になりそうだし。……みんなはどうする?」
一応、みんなの顔を見渡して聞いてみる。
「わたしと曜ちゃんは毎年参加してるから、今年も行くよ。ね、曜ちゃん」
千歌の言葉に、曜も元気よく頷いた。
「うん!」
さて、あとの4人はどうするだろうか。
「そう言えば、朝お母さんが言ってたわ。私も参加するわね」
梨子がそう言うと、ルビィと花丸も口を揃えて参加を表明した。花丸はおじいちゃんおばあちゃんと、ルビィはダイヤ姉さんと毎年参加しているらしい。残るは一人。
「私?なんか面倒くさそうだし、堕天使の肌に朝の太陽は天敵だわ……」
気だるげに視線を逸らす善子に、俺はニヤリと笑って商談を持ちかける。
「そうか……参加してくれたら、お前がこの前欲しがってたあの黒魔術の本、買ってやろうと思ってたんだけどなぁ」
俺が言い切るよりも早く、善子がガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「参加するわ!」
さすが善子さん、物欲に忠実でちょろすぎる。
とにかく明日の朝は早いということで、家が少し遠い曜と善子は、今夜は千歌の部屋に泊まることになった。
そして翌日、清掃活動の当日。
「おはよう」
俺が集合場所に行くと、Aqoursのメンバーはすでに全員集まっていた。
「はー君、おはよう!はい、これ」
千歌から大きなゴミ袋を手渡される。スタート地点となる海水浴場の砂浜は、朝早いにもかかわらず、すでにたくさんの人で賑わっていた。
「すごい人がたくさん……。この街って、こんなにたくさん人がいたんだね」
周囲を見渡しながら、梨子が感心したように声を漏らす。
「街中の人が来てるみたい。もちろん、学校のみんなもね!」
曜が誇らしげに胸を張る。町内清掃なんていう面倒なイベント、普通ならスルーしたくなるところなのに、みんな当たり前のように参加している。本当に浦の星や内浦の人たちは良い人ばかりだ。前世の荒んだ社畜精神の心が洗われる。
そんな人々の様子をじっと見つめていた梨子が、ふと何かに気づいたように呟いた。
「これなんじゃないかな?この街や、学校のいい所って」
そう、その通りだ。みんながこうやって自発的に協力し、町を綺麗にしようと温かい気持ちで集まっている。これこそが、都会にはないこの場所だけの魅力だ。
俺は千歌の隣へと歩み寄り、その横顔を見つめた。
「千歌、やるべきことはわかってるよな?」
この町の魅力を伝えるために、今ここでスクールアイドルとして何ができるか。
千歌はハッと目を見開くと、力強く頷いた。そして、砂浜に集まるみんなに聞こえるよう、一段高い場所へと駆け上がり、声を張り上げた。
「皆さん!私たち、浦の星女学院でスクールアイドルをやっているAqoursです!私たちは学校を残すために、ここに生徒をたくさん集めるために、皆さんに協力して欲しいことがあります!みんなの気持ちを形にするために!」
町や学校のみんなの力を借りて、新しいPVを作ることが決まった。
千歌と梨子が作っている新曲のPVに合わせて、学校の周りのいたるところからスカイランタンを飛ばすという大がかりな企画だ。
鞠莉姉からなんとか分捕った予算と、俺のポケットマネーを少し切り崩して、必要なスカイランタンを確保した。まさか1000個も必要になるとは思わなかったが、あちこちから必死にかき集めてなんとか数を揃えることができた。
Aqoursのメンバーには曲作りとダンスの練習に全力で集中してもらうため、俺は放課後の空き教室にこもり、1人で黙々とスカイランタンの組み立て作業に勤しんでいた。前世の社畜時代を思えば、こういう地道な作業は嫌いじゃない。むしろ集中できて落ち着くくらいだ。
「陽哉君、こんなところで内職?」
不意に声をかけられて顔を上げると、高海家の幼馴染のひとり、よしみが教室を覗き込んでいた。
「そうなんだよ、こうでもしないと学費がきつくてさぁ……って、違うわ!」
「あはは、ノリツッコミありがとう。で、どれくらいできたの?」
よしみの後ろから、むつといつきも顔を出す。とりあえず40個ほど作り終わったところだったが、1000個のゴールはまだ遥か先だ。
「ほぅほぅ、なるほどね。よし、なら私たちも手伝うよ。さすがに1人で1000個は無茶だって」
「いや、さすがにそこまでしてもらうわけには……」
申し訳なさそうに俺が遠慮しようとすると、いつきが優しく微笑んで首を振った。
「大丈夫だよ。私たちも、Aqoursのために何かしたいの。だから手伝わせて」
驚いたことに、教室に入ってきたのはよいつむトリオだけではなかった。彼女たちの後ろには、学年を問わずたくさんの浦の星の生徒たちが集まっていた。
「みんな手伝ってくれるって」
よしみが誇らしげに言う。その温かい光景に、胸の奥がじんわりと熱くなった。ここはお言葉に甘えるのが正解だろう。
「……じゃ、頼むわ。みんな、よろしくな」
こうして学校中の協力を得て、スカイランタンの準備は急ピッチで進んでいった。
そして迎えた撮影当日。
夕焼けのグラデーションをバックに撮影するため、決行は夕方に設定された。心配していた天気は見事な快晴。マジで天気が味方してくれてよかった。
すでに町の人たちには、内浦の各所にある所定のビューポイントに配置ついてもらっている。そして学校の校庭には、生徒たちが綺麗に並んで人文字を作り、Aqoursの文字を描き出していた。
それぞれの場所には1人ずつ連絡要員を配置し、あらかじめ作成しておいたLINEグループで俺が合図を送ると、一斉にスカイランタンを夜空へ放ってもらう手はずになっている。
さらに今回は、手持ちのビデオカメラだけでなく、立体的な映像を収めるためにドローンでの空撮も導入した。俺がカメラを回しながらドローンを操作するのは不可能なので、そこはうちの親父に頼み込んで操縦役を引き受けてもらった。
「よし、みんな配置についたな。そろそろ始めるぞ」
インカム越しに声をかけると、ステージ裏のメンバーたちから力強い返事が返ってきた。
「はい!」
メンバーたちがそれぞれの立ち位置につき、夕闇が迫る空の下で、ついにイントロが流れ出す。
この日のために千歌たちが紡いだ新曲、「夢で夜空を照らしたい」。
そのイントロを聴いた瞬間、脳内でJASRACの影がよぎって一瞬ヒヤッとしたが、おっと、今はそんなメタな心配をしている場合じゃない。カメラのファインダーに集中する。
千歌たちの歌声とステップが、夕焼け空に溶けていく。素晴らしい仕上がりだ。そして、曲はいよいよサビへと突入する。
サビに入る瞬間の拍頭を狙って、スマホの画面をタップし、LINEグループに一斉送信の合図を送る。
その直後、内浦の夜空に、ぽつり、ぽつりと温かい光が灯り始めた。
1000個のスカイランタンが、ゆっくりと、だけど確実に夜空へと舞い上がっていく。人々の想いを乗せた柔らかな光の群れが、Aqoursの歌声と重なり合い、息をのむほどに幻想的な光景を描き出していた。ドローンのカメラが、その奇跡のような瞬間を完璧なアングルで捉えている。
曲が静かに終わりを迎え、撮影は大成功のうちに幕を閉じた。あとはみんなでランタンの回収とお片付けだ。
ひと通り作業が落ち着いた頃、千歌がゆっくりと俺のほうへ歩いてきた。
「はー君」
「どうした?」
千歌は夜空を見上げたまま、どこかスッキリとした表情で微笑んだ。
「私ね、心の中でずっと叫んでたの。助けてって、ここには何もないって。でも、違ったんだって気づいたよ」
ようやく気づいたか、みかん娘め。この街には、こんなにも温かい人たちと、たくさんの想いがあるんだ。
「追いかけてみせるよ!この場所から、始めよう!できるんだ!」
「ああ、出来るさ。千歌たちならな」
その背中を押し続けるために、俺もマネージャーとして、ファイターとして、できることを精いっぱいやってやろうと改めて心に誓った。
すべての片付けが終わり、我が家に帰宅した俺を待っていたのは、ここからが本番とも言える地獄の動画編集作業だった。
ちなみに、清掃活動に参加する条件として約束していた善子の黒魔術の本だが、とぼけてうやむやにしようとしたら善子が本気で泣きそうな顔をしたので、結局本屋で買ってやる羽目になった。くそ、ニッチな黒魔術の専門書がなんであんなに高いんだよ。財布が大ダメージだ。
そして、もう一つ頭が痛い問題が残っていた。
今週はAqoursの動画撮影やスカイランタンの準備、そしてこの編集作業にかかりっきりだったせいで、前回のバトルで中破した愛機デスティニーガンダムシグムントの修理に割く時間がほとんど取れなかったのだ。
まるまる3機分ある予備パーツを使って、なんとか内部フレームと外装の交換だけは終わらせた。古いパーツと新しいパーツの挙動の差をなくすために全身のパーツを総入れ替えしたのだが……いかんせん、塗装をする時間が全く足りなかった。
結果として、今のシグムントは全身が一切の色を失った灰色――まるでディアクティブモードのような見た目になってしまっている。
さすがに来週の予選トーナメント次戦には、この未塗装のままで実戦投入するしかなさそうだ。
「……いや、それよりそろそろ、あのイベントが来るかもしれないな」
アニメの記憶を辿りながら、大会のスケジュールと被らなければいいが、と静かに願う。
灰色に染まったシグムントの肩をそっと撫で、俺は泥のような眠りについた。
続く!!