ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine-   作:陽@曜花推し

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第12話:いざ東京へ(リメイク版)

 

五月に入り、内浦の海を撫でる風も少しずつ初夏の匂いを帯び始めていた。

 

この間、全校生徒を巻き込んで撮影した『夢で夜空を照らしたい』のPVは、予想以上の大好評を博している。動画サイトでの再生回数はすでに5万回を突破していた。

 

これがもし、俺の前世の知識にあるような、再生数に応じて収益が出る某動画サイトだったら今頃いくら稼げていたのだろう。

 

そんな下種な考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに首を振って思考をゴミ箱に放り投げた。邪念は捨てろ、新堂陽哉。今の俺はただの高校生であり、彼女たちのサポーターなのだから。

 

しかし、その動画がもたらした効果は数字となってはっきりと現れた。

 

「すごーーーいっ!見て見て、みんな!」

 

浦の星女学院の一室、スクールアイドル部の部室に千歌のひっくり返った声が響く。彼女が掲げたスマートフォンの画面には、ラブライブの公式ランキングページが表示されていた。

 

「なんと、現在のAqoursのランキングは99位!しかも、ランキングの上昇率は堂々の第1位だって!」

 

「「「おおーっ!」」」

 

部室内が一気に沸き立つ。100位の壁。それは、本格的に活動を始めたスクールアイドルが最初に直面する大きな境界線だ。それを、この短期間で突破してみせたのだから、喜びたくなる気持ちもわかる。

 

「このままの勢いでいっちゃったら、本当にラブライブ優勝も夢じゃないかも!」

 

両拳を握りしめて鼻息を荒くする千歌に、俺はパイプ椅子に深く腰掛けたまま、苦笑交じりに釘を刺した。

 

「気が早いよ、千歌。とりあえず100位以内に入ったとはいえ、上位の連中とはまだ天と地ほどの差がある。まだまだ油断はできねぇぞ」

 

まったく、調子に乗りやがって。ここからが本当の地獄だというのに。心の中でそう毒突きながらも、彼女たちの嬉そうな笑顔を見ていると、自分の胸の奥まで少し軽くなるような気がした。

 

だが、そんな緩やかな空気は、俺のポケットで震えたスマートフォンの着信音によって一瞬で吹き飛んだ。

 

画面に表示された通知を見て、俺の思考が完全に停止する。

 

「……こ、これは……」

 

「どしたの、はー君?」

 

覗き込んできた曜が、俺の顔色の変化を敏感に察知して小首を傾げる。その横から、梨子が俺の画面に映る文字を読み上げた。

 

「東京スクールアイドルワールド運営委員会……?」

 

その単語が室内に響いた瞬間、それまで笑顔だったルビィの身体がびくりと跳ねた。何かに怯えるように、不安げな視線を俺へと向けてくる。

 

東京スクールアイドルワールド。

 

二年前、鞠莉姉やダイヤ姉さん、そしてかな姉たちの『旧Aqours』が出場し、そして夢を打ち砕かれた、あの因縁のイベントだ。

 

「これって……ランキングが上がったから、私たちが招待されたってこと?」

 

千歌が目を輝かせて尋ねてくる。

 

「……あの中に、そう書いてあるな。エントリーの確認だ」

 

「やったぁぁぁ!東京だーーーっ!」

 

飛び上がって喜ぶ千歌。その様子を見る限り、断るという選択肢は一ミリも頭にないらしい。

 

俺の脳裏を、前世の記憶が駆け巡る。

 

ここで出すべきか、それとも止めるべきか。

 

アニメのシナリオ通りなら、彼女たちは東京の圧倒的なレベルの差を見せつけられ、一票も獲得できずに惨敗する。あの過酷な挫折を、今の千歌たちに味合わせるべきなのか。

 

けれど、もしその結果、立ち直れないほどの致命的なダメージを彼女たちの心に与えてしまったら?

 

俺がこの世界にいることで、何かが狂って、最悪の結末を迎えてしまったら。

 

俺は……どうすればいい。

 

「……ともかく、東京に行くとなれば学校の公認が必要だろ。俺、ちょっと理事長室に行って話を通してくるよ。みんなは先に練習を始めててくれ」

 

重い足取りでパイプ椅子から立ち上がり、俺は部室を後にした。背中にかかる千歌たちの歓声が、今の俺には少しだけ重かった。

 

 

その頃、陽哉が去った部室では、残されたメンバーたちが戸惑い気味に顔を見合わせていた。

 

「はー君、どうしたんだろう?」

 

一人だけ明らかに浮かない顔をして出て行った陽哉の様子が、曜は最初から気になって仕方がなかった。窓の外へ向けられた彼女の視線には、隠しきれない心配の色が滲んでいる。

 

「わからないわ。でも、東京スクールアイドルワールドのメールが来てから、急に様子がおかしくなったわよね」

 

梨子も同意するように顎に手を当て、眉をひそめた。普段の陽哉なら、良くも悪くももっと冷静に、あるいはあきれたように現実的なアドバイスをくれるはずなのだ。

 

「もしかして……またガンプラの試合とスケジュールが被っちゃってるんじゃ……」

 

千歌がハッとしたようにスマートフォンを取り出し、慌てて大会の日程を確認し始める。しばらく画面をスクロールさせていたが、すぐにホッとしたように胸をなでおろした。

 

「よかった、イベントは日曜日だ。はー君の公式戦は土曜日だから重なってないよ」

 

「でも、土曜日には出発するわけでしょ?先輩は試合に出てから、後を追って東京に来る形になるんじゃないかしら」

 

善子が腕を組んで、もっともらしい口調で指摘する。確かにその通りだった。東京へは、まずAqoursのメンバーだけで向かわなければならない。

 

そして、室内の片隅でもう一人、明らかに様子がおかしい子がいた。

 

「ルビィちゃん、どうしたずら?」

 

花丸がルビィの顔を覗き込み、心配そうに声をかける。

 

「え……!な、何でもないよ……っ!」

 

ルビィは慌てて両手を振り、引きつった笑みを浮かべた。だが、その小さな肩はかすかに震えている。

 

二年前、大好きな姉たちが所属していた旧Aqoursが、あのイベントでどんな結果に終わり、どれほど深く傷ついたのか。ルビィはそのすべてを、妹として間近で見ていたのだ。

知っていたからこそ、底知れない不安が胸を締め付ける。自分たちがあのステージに立って、本当に上手くできるのだろうか、と。

 

一方、学校の最上階にある理事長室の重い扉の向こうでは、怒号に近い声が響いていた。

 

「反対ですわ!あの子たちを今、東京に行かせるのがどういうことか、分かっていらっしゃいますの!?」

 

ダイヤが机を叩かんばかりの勢いで詰め寄る。その剣幕に、俺は静かに目を伏せた。

 

だろうな、と思う。

 

自分たちがあのイベントに出て、そしてどういう結果になったのか。その痛烈な経験があるからこそ、ダイヤ姉さんはルビィたちに同じ暗い影を落とさせたくないのだ。すべては妹たちを守るための、彼女なりの不器用な優しさだった。

 

「陽はどう思う?」

 

デスクに腰掛けた鞠莉姉が、頬杖をついたまま、試すような視線を俺に向けてきた。

 

「正直、俺も悩んでる。二年前のことは俺だって知ってるさ。かな姉がステージで歌えなくなって、そのまま終わっちまったこともな。それに……いや、これは俺の勘違いかもしれないから今は言わないでおく。あいつらをイベントに出して、一度冷酷な挫折を味合わせるべきかってな。ランキングが急上昇して、今の千歌たちは完全に調子に乗ってる。だけど……あいつらのあんな悲しい顔は、二度と見たくない。もう、俺一人じゃ答えが出せねぇよ。だからここに来たんだ。あのイベントの当事者だった、二人の意見を聞きたくてな」

 

本音だった。あいつらの泣き顔なんて見たくない。だけど、あのイベントに集まるグループは全国のランキング上位の怪物ばかりだ。ここで自分たちと世界のレベルの違いを知っておくのも、長期的に見れば必要なのかもしれない。だが、もし前世の記憶(アニメ)の通りになってしまったら、その結果はあまりにも最悪すぎる。

 

「私は賛成よ」

 

あっさりと、だが芯の通った声で鞠莉姉が言った。

 

その言葉に、ダイヤ姉さんが驚愕の表情を浮かべる。まあ、俺は最初から鞠莉姉なら賛成するだろうと踏んでいたから、大した驚きはなかった。

 

「ダイヤも本当は期待しているんじゃないかしら?私たちが乗り越えられなかった壁を、あの子たちなら乗り越えてくれるかもしれないって」

 

「もし……もし越えられなかったらどうなるか、あなただって十分に知っているでしょう!?取り返しのつかないことになったら……!」

 

ダイヤ姉さんの悲痛な叫びが室内に響く。東京スクールアイドルワールドの順位は、すべて観客の非情な投票数で決まる。イベントには、去年のラブライブ優勝グループだって出場するのだ。数字として突きつけられる『ゼロ』の重みは、想像するだけで胃が痛くなる。

 

「なら、今すぐ止めればいいじゃない。ダイヤが本気で反対すれば、あの子たちは諦めるかもしれないわよ?」

 

挑発するような鞠莉姉の言葉に、俺は内心で首を振った。本当にそうだろうか。千歌あたりなら、激しく反発して無理にでも行こうとするかもしれない。だけど、このイベントに出るためには学校の正式な承認が不可欠だ。もし生徒会長であるダイヤ姉さんが本気で突っぱねれば、出場の道は閉ざされる。

 

「これはね、避けてはいけないの。私たちが超えられなかった壁を、あの子たちなら超えられるかもしれない。本気でスクールアイドルとして学校を救おうと考えているなら……このイベントで結果を残さなければ、ラブライブ優勝なんて夢のまた夢よ」

 

鞠莉姉の言いたいことも痛いほどわかる。それでも、俺の胸の中の振り子はまだ激しく揺れていた。

 

「……とりあえず、本人たちもあれだけ出たがってる。それに鞠莉姉がそこまで言うなら、俺はもう反対しないよ」

 

「……私も、条件付きで賛成はしますわ」

 

苦渋の決断を滲ませながら、ダイヤ姉さんがようやく小さく頷いた。

 

「オーケー。じゃあ、この承認書類は書いておくから、明日取りに来てね」

 

ひらひらと書類を掲げる鞠莉姉に一礼し、俺とダイヤ姉さんは理事長室を後にした。

 

 

 

静まり返った廊下を、生徒会室へと向かって歩く。その途中、俺は前世の記憶から導き出した『ある仮説』を、隣を歩くダイヤ姉さんにぶつけてみることにした。

 

「二年前のあのイベント……かな姉が歌えなかったから、ダメだったんだよな」

 

静かな廊下に、俺の言葉がぽつりと落ちた。ダイヤ姉さんは足を止めず、前を向いたまま淡々と答える。

 

「ええ……そうですわ。さすがの果南さんも、あの膨大な観客を前にして、緊張に呑まれてしまったのでしょうね」

 

緊張、か。確かにあの尋常ではない観客の数を前にすれば、頭が真っ白になって声が出なくなるのも無理はない。一般的には、そう納得するだろう。

 

「本当に、そうなのかな……」

 

「何が言いたいのですか?」

 

ダイヤ姉さんの声のトーンが一段下がり、微かな苛立ちが混じる。

 

「俺の仮説、聞いてくれるか?」

 

「どうぞ」

 

歩みを止めた彼女と、正面から向き合う。

 

「かな姉は、歌えなかったんじゃない。わざと歌わなかったんじゃないのか?」

 

ダイヤ姉さんの美しい目が見開かれ、息を呑む気配が伝わってきた。

「何を根拠に……そんな……」

 

「根拠はあるよ。あの時、鞠莉姉は足を挫いてただろ。もしそんな状態でステージに上がって激しく踊れば、大事故になりかねない。でも、プライドの高い鞠莉姉のことだ。どれだけ足が痛くても、無理をして意地でも踊ろうとしたはずだ。だから、かな姉は歌えないフリをして、鞠莉姉のステップを止めたんだ。違うか?」

 

ダイヤ姉さんは視線を落とし、固く口を閉ざしてしまった。肯定も否定もしないその沈黙が、何よりの答えだった。

 

だが、頑なな彼女の心を完全に開くには、もう一押し足りない。しょうがない……あの手を使うか。梨子、心のなかで笑ってくれ。

 

俺は一歩踏み込み、ダイヤ姉さんを背後の壁際へと追い詰めた。そして、彼女の顔のすぐ横の壁に、勢いよく片手を叩きつける。

 

いわゆる、壁ドンというやつだ。

 

「ダイヤ姉さん、お願いだ。俺には本当のことを教えてくれないか?」

 

至近距離で見つめると、彼女の白い頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていくのが分かった。大和撫子と名高い生徒会長が、見事なまでに狼狽していらっしゃる。これは……効果絶大だな。

 

「……わかりましたわ」

 

小さな、観念したような声が漏れる。よし、落とせた。意外とちょろいぜ、俺の姉さんは。

 

場所を生徒会室へと移す。話し合いが難航しているから今日の練習には行けないと、千歌たちにはあらかじめスマートフォンで連絡を入れておいた。

 

「陽、あなたの仮説は正しいですわ」

 

デスクの椅子に腰掛けたダイヤ姉さんが、深く息を吐きながら告白した。やはりな。まあ、アニメの通りといえばそれまでなんだが、本人から聞く重みはまるで違う。

 

「そうか。でも、他にもまだ何か隠してるだろ?その後、何故あんなに頑なにAqoursの活動を辞めちまったんだ。もしかして……鞠莉姉の海外留学の話が関係してるのか?」

「……あなたはニュータイプですか?」

 

ダイヤ姉さんが本気で戦慄したような目を向けてくる。

 

「いや、Xラウンダーだ」

 

「どっちでもいいですわよね!!」

 

こんな深刻な空気の時でも、俺のボケに完璧なテンポで突っ込んでくれる。さすがダイヤ姉さん、愛してるよ。

 

「まったく、調子が狂いますわ……。ですが、その通りです。あの当時、鞠莉さんには親の決定による留学の話が出ていました。でも、彼女は私たちとスクールアイドルを続けるため、学校を救うために、その未来を断り続けていたのです」

 

すべては、三人で一緒にいるために。

 

「私と果南さんは、自分たちの存在が鞠莉さんのあらゆる可能性を奪ってしまうのではないか、彼女の将来をダメにしてしまうのではないかと、酷く悩みました。ですから、あのイベントで果南さんはわざと歌わなかった。そして、それを実力不足のせいにして、Aqoursの活動を終わらせたのです。すべては……鞠莉さんの未来のために」

 

そして、結果として鞠莉姉は内浦を去り、留学へと旅立っていった。

 

「鞠莉姉はその時、なんて言ったんだ?」

 

「学校を救うために……と、涙を流して私たちを引き留めようとしましたが……」

 

そうか。繋がった。大体の背景は完全に理解できた。

 

「で、そんな過去がありながら、ダイヤ姉さんは今のスクールアイドル部を、陰ながら密かに応援していたと」

 

「な、何で唐突にそういう話になりますの!?」

 

分かりやすく動揺して、声が裏返っている。

 

「俺、見ちゃったんだよね。誰もいない夕方の砂浜で、一人で『Aqours』って文字を書いてるダイヤ姉さんの姿をさ」

 

「な……み、見られていたのですか!?」

 

はい、吐きました。真犯人の完全な自供をいただきました。

 

「Aqoursを成長させるために、わざと厳しい敵役を演じてたんだろ。あいつらなら、自分たちが越えられなかった壁を越えられるかもしれないって。あえて、自分たちがかつて名乗っていた大事な名前を受け継がせてさ。まったく……どこまで不器用なんだよ、ダイヤ姉さんは。本当に好きなんだな、スクールアイドルが」

 

「ええ……今でも鞠莉さんと果南さんと私で、もう一度スクールアイドルをやりたい……それに、今のAqoursの皆さんもいる。けれど、鞠莉さんと果南さんの仲は冷え切ったままですし、あの子たちに対して私が取った態度を考えれば……私は、今更……」

 

弱音を吐き出し、言い終わるよりも前に、俺は椅子から立ち上がってダイヤ姉さんの身体を優しく抱きしめていた。

 

なんだろうな……こういうところ、本当にほっとけないっていうか、危うくて見ていられないんだよ。

 

「ちょ……陽!?な、何を……っ!」

 

「よしよし……辛かったよな。ダイヤ姉さんたちは、あの時できる精一杯を頑張ったんだよ」

 

混乱して固まる彼女の背中に手を回し、小さな子供をあやすように、ゆっくりとその頭を撫でてやる。

 

「ごめんな、何も知らなくて。二年前のあの時に、気の利いた声の一つもかけられなくて。それに、ダイヤ姉さん一人にこんなに無理な役回りを押し付けちまって」

 

「あなたが気にすることではありませんわ……。それにしても……まさか、今度は私があなたにハグされる立場になるとは思いませんでしたわね」

 

ダイヤ姉さんの身体からすっと力が抜ける。昔は、俺が道で転んで泣きそうになるたびに、ダイヤ姉さんがこうしてハグして頭を撫でてくれたものだった。

 

「もう、あの頃の泣き虫な俺とは違うからな」

 

悪戯っぽく笑いながら、ゆっくりと身体を離す。

 

「ふふ、あの時からずいぶんと大きく、頼もしく成長しましたわ。ま、いきなり既婚でもない女性をハグするのはいかがなものかと思いますけれど?」

 

「あ、マジすんません」

 

我に返って一歩下がると、ダイヤ姉さんはクスリと艶やかに微笑んだ。

 

「まぁ、今回だけは許して差し上げましょう。それよりも、あなたこそイベントの前日がガンプラの公式試合なのでしょう?」

 

「そうなんだよな。まあ、イベント当日と被ってなかっただけマシだけど。試合は午前中だからな。終わり次第、新幹線で東京に行くよ。ただ、みんなと合流するのは夕方くらいになりそうだ。東京の知り合いに、ちょっと挨拶回りに行かなきゃならなくてな」

 

「夕方ですか?そんなに挨拶するような知り合いが多いのですか、東京に?」

 

不思議そうに小首を傾げる彼女に、俺は何の気なしに予定を口にした。

 

「うん。園田道場に顔を出して……あとは、穂むらにも寄らなきゃだし……」

 

「……今、何と言いましたか?」

 

ん?だから、挨拶に行く場所の名前だけど……。

 

「園田道場といえば、μ'sの園田海未さんの御実家。そして、穂むらといえば、μ'sのリーダーである高坂穂乃果さんの御実家ですわよね……?」

 

……あっ。しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!脳内回路が完全にショートした。よりによって、この世界で一番その名前を喋ってはいけない超重度ライバーの人に、最大級の機密を漏洩してもうたぁぁぁ!

 

「どういうことか、一から十まで綺麗に説明していただけますわね?」

 

立ち上がったダイヤ姉さんの背後に、どす黒いオーラが見える。物凄い満面の笑顔なのが逆に恐怖を煽る。やべぇよ、本気で怒った時の海未姉さんにそっくりだ……。

 

蛇に睨まれた蛙の心境で、俺はこれまでの経緯をすべて白状することにした。

 

「なるほど……あなたは幼少期、園田道場の門下生で、海未さんに武道を叩き込まれていたと。その繋がりで、当時からμ'sの皆さん全員と親しくされていたわけですわね……」

 

ハイ、サヨウデゴザイマス。完全に借りてきた猫状態である。

 

「あなたがあの時、私が千歌さんに出した意地悪なクイズを余裕で全問正解できたのも納得がいきましたわ。……しかも、あの伝説の秋葉原フリーライブにまで関係者として参加していたなんて!なんという、なんという羨ましいことですの!!……それを知っているのは、私だけですか?」

 

泳ぐ俺の視線を、彼女の鋭い眼光が逃がさない。

 

……うん、ここで嘘を吐いたら後が怖すぎるな。

 

「……曜と、ルビィと、花丸かな」

 

「ルビィが知っていて私が知らされていなかったなんて……!」

 

と一瞬ショックを受けていたが、俺はすかさず弁明した。

 

「今のダイヤ姉さんに、μ'sの話題なんか出せるわけないだろ?それはダイヤ姉さんが一番よく分かってるはずだ。花丸は、ルビィに話した時にたまたま一緒にいただけ。曜はμ'sのことを全然知らなかったから、話してもボロが出ないと思って安心だったんだよ。テンション爆上がり状態のダイヤ姉さんはちょっと信用できないというか、絶対にボロが出て千歌にバレると思ったんだ。千歌にバレたら『会わせろ!』とか言われて、いろいろとめんどくさいことになるだろ?こないだのμ'sクイズの時だってそうだ。あれ、一般教養のわけないだろうが。あの時点でもう、私はμ'sの大ファンですって大声で自己紹介してるようなもんだわ」

 

「そ、それは……!では、ルビィはどうですの!?あの子だって私同様、μ'sの熱狂的なファンですわ!!」

 

「ルビィはお利口さんだからな。俺との約束をきちんと守って、千歌には一言も黙っててくれてるよ」

 

「さすが私の自慢の妹ですわ!!……と、とにかく、千歌さんにさえ黙っていれば良いのでしょう?分かりましたわ、約束します」

 

ふぅ、と胸をなでおろしたのも束の間。俺はもう一つの爆弾を落とさなければならないことに気づく。

 

「ちなみに、梨子もμ'sのメンバー全員と会っている。俺の11歳の誕生日パーティーの時にな」

 

「μ'sの皆さんに誕生日を祝ってもらったのですか!?」

 

「ええ……直筆のメッセージカード付きで、素晴らしい誕生日プレゼントもいただきましたよ」

 

「μ'sからの、誕、生、日、プ、レ、ゼ、ン、ト!!」

 

ガシッ、と両肩をものすごい力で掴まれ、至近距離で鼻息を荒くする生徒会長。おいおい、大和撫子の気品は一体どこの次元の彼方に消え去ったんだ。

 

「とりあえず落ち着いて、ダイヤ姉さん。千歌はさ、梨子がμ'sのことを何も知らないって思い込んでるから。それも含めて、絶対に黙っててくれよ」

 

「それは分かりましたが……あなたがこれ以上、その軽い口を滑らせなければの話ですけれど?」

 

「ですよねぇ……」

 

本当に我ながら口が軽すぎる。GN粒子による質量軽減効果でも発動してるのかってくらい、言葉の重みが仕事をしていない。

 

「それから、千歌さんに黙っていてほしいのであれば、一つ条件が……」

 

え、何々?思わず身構える俺。

 

「エリーチカの……絢瀬絵里さんのサインを……私の名前を入れて、戴いてきてくださいませんか?」

 

「……いいでしょう、お任せを。てか、なんなら今ここで携帯から電話してあげようか?」

 

「ぴぎゃっ!?そ、それは……まだ心の準備が……っ!」

 

変な悲鳴を上げて顔を真っ赤にする姿は、ルビィと完全に瓜二つだった。やっぱり姉妹だな。

 

「わかったよ。サインの件は確実に任せてくれ。じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」

 

最後に、俺はドアノブに手をかけ、ルビィに告げたのと同じ言葉を彼女へと贈った。

 

「ダイヤ姉さん。スクールアイドルが好きなんだったら、その気持ちを我慢しちゃダメだ。大丈夫、何とかなるさ。俺を信じろって。じゃあな」

 

ひらひらと手を振り、俺は生徒会室を後にした。残された部屋で、ダイヤはしばらく呆然とした後、愛おしそうに自身の頭に手を置いた。

 

「まったく、あの子は優しいですわね……。そこは昔と少しも変わりませんわ。とにかく……あの子たちの未来のことは、頼みましたわよ、陽」

 

 

 

 

そして土曜日――。

 

『勝者、新堂陽哉!』

 

バトルフィールドの頭上に非情な電子音声が響き渡り、俺の勝利が確定した。

「……ふぅ、なんとかなったか」

 

機体のシステムをスリープモードに切り替えながら、大きく息を吐き出す。神代恵里菜の時ほどの苦戦ではなかったものの、やはり公式戦の緊張感は体にこたえる。

 

コンソールからガンプラを回収する。その機体――デスティニーガンダムシグムントは、現在、頭からつま先まで一切の色を失った灰色に染まっていた。

 

今週はAqoursの動画撮影やスカイランタンの準備、そして編集作業にかかりっきりだったせいで、前回のバトルで中破した愛機の修理に割く時間がほとんど取れなかったのだ。まるまる3機分ある予備パーツを使って、なんとか内部フレームと外装の交換だけは終わらせたものの、いかんせん塗装をする時間が全く足りなかった。

 

古いパーツと新しいパーツの挙動の差をなくすために全身のパーツを総入れ替えした結果、まるでフェイズシフトが切れたディアクティブモードのような見た目のまま、今日の予選トーナメント次戦へと強行投入する羽目になったのだが……懸念していたフレームの狂いもなく、無事に白星を掴むことができた。

 

バトルブースの外へ出ると、案の定、見覚えのある派手な髪色が出迎えてくれた。

 

「さすがね。まさか未塗装のディアクティブモードみたいな状態で、公式戦を勝ち上がってくるなんて思わなかったわ」

 

「……来てたのか、神代」

 

髪をかき上げながら不敵に笑うギャル、神代恵里菜がそこにいた。

 

「何よ、悪い?あんたにここで負けてもらっちゃ困るのよ。仮にも、このあたしに勝った男なんだからね!」

 

「わかってるよ。変なところで負けて、お前の評価まで落とすような真似はしないさ」

 

冷たいようでいて、妙に義理堅いエールを寄せてくる神代に苦笑を返す。

 

しかし、のんびり話している時間はない。腕時計に目を落とすと、東京行きの新幹線の時間がかなり逼迫していることに気づいた。まずい、このままだと予定が大幅に狂う。

 

「おーい、いたいた!やっほー、陽哉くん!」

 

焦る俺の前に、今度はさらに賑やかな声が飛び込んできた。

 

「あれ、あなたは確かに志木城さんの……」

 

「げっ、志木城の女!」

 

神代が分かりやすく嫌そうな顔をして声を上げる。

 

「ひどいなぁ、私は須川菜穂だよ?恵里菜ちゃん」

 

そう、静岡予選二連覇中の絶対王者、志木城隆利の彼女にして、彼のチームを支える須川菜穂さんだ。ということは、当然――。

 

「久しぶりだな、新堂君。神代君も元気そうで何よりだ」

 

「どうも、志木城さん」

 

「げ、志木城……」

 

背後から現れた風格のある少年に、神代が露骨に肩をすくめる。そういえば、彼の試合は午後からだったはずだ。志木城さんの視線は、俺の手の中にある灰色のシグムントへと向けられた。

 

「色を排したデスティニーか。フレームの微調整だけであの機動性を引き出すとは、相変わらず見事なビルドワークだな」

 

「ええ。外見に手を回す時間はなかったですが、中身だけは本気で仕上げてありますから」

 

「つーかさ、あたしとの試合からだいぶ時間があったのに、色を塗る時間すら残ってないなんてね」

 

神代がじと目で突っ込んでくる。

 

「あの戦いは壮絶だったからねぇ。パーツの全交換だけでも大変だったはずだよ」

 

菜穂さんがフォローするように微笑む。

 

聞けば、俺と神代のあの激闘は全国のガンプラビルダーの間でもかなり注目されていたらしい。某動画サイトのガンプラバトル公式アカウントにアーカイブがアップされた瞬間、凄い再生数を叩き出したのだとか。

 

……その動画の広告収入、いくらくらいになってるんだろうな。まあ、俺の懐に一円も入らないのは分かっているが、元社畜としては下世話な計算が頭をよぎってしまう。

 

「おい、ギャル。俺がAqoursのマネージャーをやってるの、知らねぇわけじゃないだろ?」

 

「だからギャル言うな!……って、そっか。あのスクールアイドルのマネージャー業も並行してやってりゃ、ガンプラだけに回せる時間なんてないわよね」

 

「Aqoursって、今すごくネットで注目されてる、あの浦の星女学院のグループだよね!あのPV、私も見たよ!みんな本当に可愛かったなぁ……!」

 

菜穂さんが嬉しそうに両手を合わせる。おお、まさかこんなところにも視聴者が。

 

「ありがとうございます。ちなみに、どの動画をご覧に?」

 

やはり新曲の『夢で夜空を照らしたい』だろうか。

 

「リトルデーモン4号のルビィちゃん!あれは反則的な可愛さだったよ!」

 

まさかの堕天使動画の方だった。しかも4号呼びが完全に定着している。

 

「……まさか、あちらの動画をご覧になっていたとは」

 

「ルビィちゃん、最高だよね。マジで大天使、いや、マジエンジェルだわ!」

 

ひとりで大興奮している菜穂さんの横で、神代が呆れたように頭を振った。

 

「ちょっと菜穂、普通は『夢で夜空を照らしたい』の方を見たって言うでしょ?」

 

「ああ、あちらの曲か。俺はあれを見て、不覚にも感動して泣いてしまった」

 

腕を組んだまま、至極真面目な顔で志木城さんが告げる。

 

「え……いや、確かにあれは感動したけど……あんたが泣いてるところなんて、天地がひっくり返っても想像できんわ」

 

神代が本気で引いたような声を出す。確かに、この絶対王者がランタンの光の中で涙を流している姿は想像しがたい。だが、人は見かけによらないものだ。

 

「さて、盛り上がっているところをすみませんが、俺はそろそろ新幹線に乗って東京に行かなきゃいけないので」

 

「あ、そっか。Aqoursは明日、東京スクールアイドルワールドに出るんだったよね」

 

菜穂さんの言葉に、志木城さんが静かに頷く。

 

「引き止めてしまって悪かった。大事な用事の前だ、急いでくれ」

 

「とりあえず、Aqoursのメンバーにあたしからも頑張れって伝えておいてよね!」

 

「了解。じゃあ、また今度な!」

 

背後で手を振る神代たちに一礼し、俺は早足で会場を後にした。時間に多少の余裕はあるとはいえ、慣れない土地の駅だ。急ぐに越したことはない。

 

ここからが、俺にとっての本当の強行軍の始まりだった。

 

 

 

それから、俺は新幹線に飛び乗り、無事に住み慣れた懐かしの地・東京へと到着した。秋葉原の喧騒に身を置きながら、まずは最初の挨拶に向かうべき場所へと足を向ける。

 

「よし、ここからだな。上手く行けば、他にも誰かいるかもしれないし」

 

見上げてみれば、そこには変わらない佇まいで佇む和菓子屋「穂むら」の看板があった。

もう、説明する必要もないだろう。そう、μ'sの発起人であり、かつてスクールアイドル界の頂点に立った、あの太陽のようなリーダーの生家だ。

 

引き戸をガラガラと開けて、のれんをくぐる。

 

「あ……い、いらっしゃいませ!」

 

案の定、そこにいたのは穂乃果姉ちゃんだった。……うん、今、慌てて後ろの手へ何かを隠したな。口元を必死にモグモグさせているが、無駄なんだよ。つまみ食いが完全にバレている。

 

「こんにちは、穂乃果姉ちゃん」

 

「はー君!!いつ東京に帰ってきたの!?」

 

目を丸くして驚く彼女に、俺は呆れた視線を向けた。

「ついさっき。てか、つまみ食いバレバレだからね」

 

「そ、そんなことしてないよぉ」

 

しらばっくれても無駄無駄。

 

「口の端に、がっつりあんこがついてるし」

 

「あ……」

 

まったく、詰めが甘いのは5年前から何も変わっていない。

 

高坂穂乃果さん。μ'sの発起人にして絶対的リーダー。特技は「雨を止めること」だったか、確か。

 

あれから5年が経ち、二十代を迎えてずいぶんと綺麗なお姉さんになった。……けれど、性格は驚くほどそのままだ。現在は、実家の「穂むら」を継ぐために、和菓子職人としての修行を頑張っているらしい。

 

「陽、元気そうで何よりです」

 

奥の暖簾から、凛とした声と共に海未姉さんが姿を現した。

 

「海未姉さんも元気そうで。よかった、手間が省けたよ」

 

彼女がいてくれたのは本当にありがたい。これで一度に用件が済ませられる。

 

「穂乃果姉ちゃん、ほむまんとお茶をください」

 

「そう言うと思って、はい、どうぞ!」

 

言うが早いか、お盆に載ったほむまんとお茶が目の前に差し出された。さすが、幼少期から俺の胃袋の好みを熟知しているだけのことはある。俺がここに来て頼むものなんて、昔からほむまん一択なのだ。

 

とりあえず店内の席に着き、海未姉さんと穂乃果姉ちゃんも向かい合わせに腰を下ろした。

 

「あれ、穂乃果姉ちゃん、仕事はいいの?お客さんが来たらどうするんだよ」

 

「大丈夫、大丈夫!その時はちゃんとシャキッと接客するから。それより、はー君の話も聞きたいし」

 

「陽、穂乃果にも聞かせてあげてください。あちらの内浦での出来事を」

 

海未姉さんに促され、俺はしょうがないなと苦笑しながら、内浦へと移住してからのドタバタ劇を語り始めた。

 

東京からやってきた梨子も含めた幼馴染たちが、熱に浮かされたようにスクールアイドルを始めたこと。

 

その活動のきっかけになった憧れの存在が、他ならぬμ'sだったこと。

 

そして、成り行きで俺がそのグループ「Aqours」のマネージャー兼サポーターをやっていること――。

 

「そっか……。私たちの背中を見て、憧れて始めてくれたんだね」

 

穂乃果姉ちゃんが、どこか感慨深そうに、愛おしそうな笑みを浮かべる。

 

「とても嬉しいことです。そこまで熱心に想ってくれているのなら、ぜひ一度、直接会ってみたいものですね」

 

海未姉さんも静かに目を細めた。

 

会わせてあげたいのは山々だが、今の千歌たちに会わせたら興奮のあまり心臓が止まりかねない。それに、何より千歌が最初μ'sを「ユーズ」と呼んでいたという致命的な勘違いについては、彼女のリーダーとしての名誉のために、ここでは墓場まで持っていくことにした。

 

「それにしても、梨子ちゃんとまた一緒なんだね」

 

穂乃果姉ちゃんがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて小突いてくる。

 

「ニヤニヤするなよ。俺と梨子はまだそんな関係じゃねぇから」

 

「共学化のテスト生として、周囲に女子しかいない環境へ飛び込むと聞いた時は、本当に心配したのですよ?男の子が陽一人では、何かと不便や不安も多いだろうと。ですが、梨子が隣にいてくれるならば安心ですね」

 

海未姉さんがお姉さんらしく微笑む。まあ、その梨子にはバイクの後ろに乗せる誘惑のせいで、たまに笑顔で脅されているような気もするが、概ねその通りだ。

 

「で、マネージャーの仕事って具体的にどんな感じなの?」

 

「そうだな……。体調に合わせた練習メニューの考案、活動に必要な各種書類の作成から、PV撮影のロケハン、カメラ回し、動画の編集と投稿……って感じかな」

 

「私たちがそれぞれ分担してやっていたことを、あなた一人でこなしているのですね。……それで、そのAqoursのリーダーはどなたですか?」

 

俺はポケットからスマートフォンを取り出し、スカイランタンの夜に全員で撮った記念写真を二人に提示した。

 

「この、見事なみかん色の髪の子だよ。高海千歌。俺の従姉妹で、Aqoursの発起人にしてリーダー。とにかく明るく前向き……そして、何も考えずに勢いだけで突っ走るタイプ、かな」

 

画面を覗き込んだ海未姉さんが、ふっと息を漏らす。

 

「まるで、かつての穂乃果のようですね」

 

「海未ちゃん、それって褒めてるよね!?」

 

多分、一ミリも褒めていない。

 

「ちなみに、グループの作詞も彼女が担当してるよ」

 

「リーダーで作詞も兼任ですか!それは素晴らしいですね。どこかの誰かさんは、リーダーでありながら、面倒な作詞をすべて私に丸投げして押し付けていたというのに……」

 

「あ……」

 

海未姉さんの目がジトリと据わり、隣の穂乃果姉ちゃんが分かりやすく冷や汗を流し始める。あかん、これ、昔の愚痴が始まって長くなるやつだ。

 

「まあまあ、海未姉さん、落ち着いて。これでも食べてさ」

 

俺はすかさず、お盆からほむまんを一個掴んで海未姉さんの口元へと差し出した。

 

すると、なんということでしょう。海未姉さんはぴたりと説教を止め、上品にほむまんを受け取ると、実に美味しそうに咀嚼し始めたではないか。ほむまんには、海未姉さんの小言を強制停止させる特殊効果があるらしい。

 

「あ!リトルデーモン4号のルビィちゃんだ!」

 

写真の隅に写るツインテールを見つけて、穂乃果姉ちゃんが声を弾ませた。やはり、あなたも例の堕天使動画を見たのか。

 

「可愛いよねぇ、この子」

 

「まあ、うちの学校の生徒会長は『破廉恥だ』って激怒してたけどね。まあ、μ'sのあの過去の衣装に比べたら、可愛いもんだと思うけど……」

 

俺がそう呟いた瞬間、二人の動きがピタリと止まった。完全に察したようだ。

 

「あの……ヘビメタ風の黒い衣装ですか……。あれは、今思い出しても、確かにどうかしていました……」

 

海未姉さんが恥ずかしそうに顔を覆う。

 

「ちょっとはー君!あの時は、すごく格好いいって言ってくれたじゃない!」

 

「いや、あの時はああ言っておくのが一番丸く収まると思ったからさ。ぶっちゃけ、最初にあの格好で現れた時、誰だか分からなくて防犯ブザー鳴らそうとしたんだからね?」

 

「不審者扱い!?」

 

いや、一般的に見ればどう考えても不審者だろう。転生前の世界でも、あのヘビメタ衣装は色んな意味で語り草になっていたのだから。

 

そんな他愛のない昔話に花を咲かせていると、不意に腕時計の針が次の約束の時間を指していることに気づいた。

 

「さて……そろそろ行かなくちゃな」

 

「そうですか。陽、またいつでも遊びに来てくださいね。明日のイベントは、私たちはあいにく外せない用事があって観に行けませんが、Aqoursの皆さんによろしく、頑張ってくださいとお伝えください」

 

海未姉さんが優しく微笑む。

 

……うーん、伝えるにしても、千歌たちにμ's直々の伝言だとバレたら大騒ぎになるから、「俺の知人が応援してた」くらいのニュアンスで濁しておくのが無難だな。

 

「はー君、ファイトだよ!」

 

「うん、ありがとう、穂乃果姉ちゃん。また来るよ」

 

二人の温かい見送りを背に受けながら、俺は「穂むら」の暖簾をくぐり抜けた。

 

 

 

ちなみに、穂乃果姉ちゃんに事前に頼んでおいたおかげで、花陽姉さんと絵里姉さんの直筆サインは無事に回収することができた。「穂むら」に寄ったのは、ダイヤ姉さんとの約束である「エリチのサイン」を確実に受け取るためでもあったのだ。目的を果たした俺は、そのまま神田明神へと向かって歩みを進めていた。

 

だが、目的地である男坂の下までたどり着いた時、俺は思わず足を止めた。

 

長い石段の麓に、見覚えのある制服を着た集団――Aqoursの面々が固まっていたからだ。

 

「あ、はー君!」

 

俺の姿を見つけるなり、千歌がちぎれんばかりに大きく手を振ってきた。……って、おい、なんで隣にいる曜は、どこからどう見ても完璧な巫女のコスプレ衣装に身を包んでいるんだ。突っ込みたいところは山ほどあるが、あえてスルーしておく。

 

「ここが、あの男坂……!」

 

ルビィが感動に目を潤ませながら、そびえ立つ石段を見上げている。

 

「そうだよ!μ'sのみんなが、毎日まいにち練習で駆け上がってた、伝説の場所だよ!」

千歌が鼻息を荒くして拳を握る。

 

 

そうだね。前世の知識としてもそうだが、この世界の俺自身、たまに海未姉さんたちの練習に付き合わされて、死に物滑りでここを走らされていたものだ。それがいつしか、俺のガンプラバトルのための体力作りの日課にもなっていたのだから、懐かしいことこの上ない。

 

「せっかくここまで来たんだ。明日の成功を祈って、みんなでお参りしていこうぜ」

 

俺の提案に、全員が嬉しそうに賛成の声を上げた。

 

急な男坂を一段ずつ踏み締め、たどり着いた神田明神の境内。朱塗りの社殿が美しく佇むその空間に、どこからともなく、凛とした、だが圧倒的な存在感を放つ歌声が響いてきた。

 

「……社殿の前に、誰かいるな」

 

澄み切った境内の空気を震わせ、マイクも通していないのにまっすぐ届く声。社殿の前に佇む二人の少女の姿が見えた。その歌声を聴いた瞬間、俺の脳裏に電撃が走る。

 

間違いない。函館からやってきた実力派姉妹ユニット、Saint Snowだ。

歌い終えた彼女たちが、静かにこちらへと視線を巡らせる。どうやら、俺たちの存在に気づいたらしい。

 

「もしかして、あなたがたがAqoursの皆さんですか?」

 

姉の聖良が、実にお淑やかに、だが通る声で問いかけてきた。その独特のオーラに呑まれたのか、善子が怯えたようにルビィの陰に隠れる。

 

「こ、この子……脳内に直接語りかけてきているの……!?」

 

「なわけあるか。とりあえず黙ってろ、善子」

 

中二病の妄言をいつもの調子で即座にシャットアウトし、俺は一歩前へ出た。

 

「はじめまして。函館聖泉女子高等学院のスクールアイドル、Saint Snowの皆さんですよね」

 

いやはや、まさかこんなタイミングで遭遇できるとは思わなかった。前世の記憶(アニメ1期)では少し冷徹な印象があってハラハラしたが、その後の彼女たちの絆を知っている身としては、実物を前にして「やっぱり可愛いな」と内心で不覚にも思ってしまう。

 

「この人たちも……スクールアイドルなの?」

 

千歌が不思議そうに首を傾げる。ということは、当然、明日のイベントのステージで競い合うライバルということになる。

 

「私たちの名前を知っていてくださるなんて光栄ですわ、新堂陽哉さん」

 

聖良がふわりと微笑んだ。Aqoursのメンバーだけでなく、裏方である俺の氏名まで正確に把握しているあたり、やはりただ者ではない。

 

「皆さんのPV、拝見しました。本当に素晴らしかったです」

 

「……あ、ありがとうございます。ちなみに……『夢で夜空を照らしたい』の方、ですよね?」

 

念のために確認しておく。まさか、こちらもリトルデーモン4号の方ではないだろうな。

 

「ええ、もちろんあちらの楽曲ですが……どうかされましたか?」

 

「いや、なんでもないです。よかった……」

 

心底ホッと胸をなでおろす俺の後ろから、曜が小首を傾げて覗き込んできた。

 

「どしたの、はー君?」

 

「いやさ、俺のガンプラ関係の知り合いが、リトルデーモン4号のルビィちゃんがマジエンジェルだって大絶賛してたもんだから、ちょっと身構えちまって」

 

「さすがに、あの堕天使動画を他校の実力派の人が素晴らしいとは言わないでしょ……」

 

梨子が引きつった笑みを浮かべながら、常識的なツッコミを入れてくれた。全くだ、俺の心配が完全に杞憂に終わって本当に良かった。

 

「明日のイベントには、皆さんも出演されるのですよね?」

 

「は、はい!精一杯がんばります!」

 

千歌が緊張で背筋を伸ばしながらも、力強く頷く。

 

「そうですか。ステージ、楽しみにしていますね。では、私たちはこれで。……理亞、行きましょうか」

 

聖良が妹を促し、静かに歩き始める。……と、その直後だった。

 

残された妹の理亞が、突如としてその場で目にも留まらぬバク転を繰り出し、さらにそこから華麗なムーンサルトを決めて着地してみせたのだ。境内の石畳の上で、何食わぬ顔でそんな大技を披露する姿に、Aqoursの面々が呆然と目を見開く。

 

「すごい……っ」

 

「マルたちの真上を綺麗に飛んだずら……!」

 

「て、天界からの本物の使者……!?」

 

確かに、アニメで見た時以上のずば抜けた身体能力だ。着地のブレすら一切ない。だが――園田道場門下生として、そして彼女たちのサポーターとしては、黙って見過ごすわけにはいかなかった。

 

「へい、そこのツインテールの少女。ちょっと待ち。素晴らしい運動神経なのは認めるけどさ」

 

呼び止められた理亞が、不機嫌そうに肩をすくめて振り返る。

 

「……何よ」

 

「明日は大事なイベントの本番当日だぞ。万が一、こんな石畳の上で着地をトチって怪我でもしたらどうするんだ。無茶なパフォーマンスはステージの上だけにしておけ」

 

「私はそんなヘマしない!」

 

生意気に言い返す理亞だったが、すぐに追いついてきた聖良が、妹の頭を軽く小突いてこちらに深く頭を下げた。

 

「理亞、新堂さんの仰る通りよ。……すみませんでした、新堂さん。次からは厳しく気を付けさせますので」

 

「いえ、こちらこそお節介をすみません。明日のステージ、楽しみにしています」

 

俺の言葉に聖良はもう一度微笑み、理亞の背中を押しながら雑踏の中へと去っていった。

遠ざかる二人の背中を見送りながら、俺は改めて、明日の東京スクールアイドルワールドという舞台の重みを噛み締めていた。

 

Saint Snowだけじゃない。明日のステージには、過去のラブライブを勝ち上がってきた全国の化け物たちがゴロゴロしている。アニメの展開を知っているからこそ、これから千歌たちが直面する現実の厳しさに胃がキリキリと痛む。

 

だが、俺がやるべきことは、彼女たちの可能性を信じて支えることだけだ。

 

「さぁて、明日はいよいよ本番だ。みんな、気合入れていくぞ」

 

「「「おーーーっ!!」」」

 

夕暮れの東京の空の下、Aqoursの元気な声が響き渡った。

 

どんな結果が待っていようと、俺が全員を支え切ってみせる。灰色のシグムントと共に静岡の白星を掴み取ったように、この東京でも、彼女たちの新しい一歩を必ず形にしてみせる、と。俺は心の中で強く誓っていた。

 

 

(第12話・了)

 

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