ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine- 作:陽@曜花推し
五月も下旬。
浦の星女学院の大きな関門だった中間テストも、どうにか無事に乗り切ることができた。
結果から言えば、赤点なんか一教かもなかった。特に危うかった千歌と善子の二人に関しては、俺と梨子が付きっきりで猛勉強を教えた甲斐あって、本当にギリギリのところで滑り込みセーフ。我ながらよくやったと褒めてやりたいレベルだ。
そんな激動のテスト期間が明け、新堂陽哉の日常は、再びスクールアイドルのマネージャー業へと戻っていた。
「イベントぉ?」
朝からの猛特訓を終え、十千万旅館の広間で休憩を取っていた時のこと。俺が持ってきた一枚のプリントを見て、ルビィがパタパタと小首を傾げた。
「ああ、来週、沼津駅の近くで結構デカいイベントがあるんだけどな。そこにAqours宛てに出演依頼が届いたんだ」
「それって、もしかして……」
梨子が湯呑みを置きながら、ハッとしたようにこちらを見る。
「多分、この前の『東京スクールアイドルワールド』に出た影響だろうな。最下位で0票だったとはいえ、一応は全国規模のイベントに名前が載ったわけだし、地元のスクールアイドルってことで声をかけてもらえたんだろ」
「ほえぇ……! じゃあじゃあ、屋台とかもたくさん出るずら?」
手元にキープした『のっぽパン』を器用に齧りながら、花丸が目を輝かせる。
相変わらず栄養補給に余念がないというか、真っ先に気にするのがそこなのは流石花さんと言うべきか。
「ちょっと、あんたたち! そんな俗世の誘惑に惑わされている場合?」
ストローを咥えた善子が、ふんぞり返りながら椅子に奇妙な体勢で頬ずりをし始めた。
「フフフ……これは……痕跡? 僅かに残っているわ。この地をかつて支配していた、高位の眷属たちの気配が……っ!」
「あー、はいはい。善子は善子で何やってんだ。とりあえず放置で」
「ちょっとぉ! 冷たく流さないでよヨハネを!」
ギャーギャーと騒ぐ善子を他所に、俺の足元では、十千万の看板犬であるしいたけが丸くなって気持ちよさそうに眠っている。なぜか俺がいる時は、この巨大犬は俺の傍にべったりと張り付いて離れないのだ。
おかげで、犬が苦手な梨子が物理的にこちらに近寄ってこられないという副作用が発生していた。
「で、話を進めるけど、今回のイベントはかなり規模がデカいらしい。全国各地から人が集まるみたいだしな」
俺の言葉に、花丸がのっぽパンを飲み込んで力強く頷く。
「そんなにたくさんの人が来るんだったら、Aqoursの名前をみんなに知ってもらうには最高の機会ずらね」
「でも、来週の本番まであんまり練習時間がないわよ?」
離れた席から、梨子が心配そうに眉をひそめる。
「個人的には、今は焦って表に出るより、基礎練習を優先して実力をつけた方がいいと思うんだけど……」
確かに梨子の言うことも一理ある。中途半端なパフォーマンスを見せたら、東京の二の舞になりかねない。だが、全国からファンが集まる絶好のチャンスを不意にするのも惜しい。ちなみに俺のガンプラバトルの試合は今週も来週も予定がないから、サポートに全力を尽くせる状態だ。
「千歌、お前はどうしたい?」
一度、リーダーの意見を仰ぐべく、じっと黙っていた千歌に話を振ってみた。
「わたしは……出たい、かな」
千歌は顔を上げ、まっすぐな瞳で俺たちを見据えた。
「今の私たちの全力を、たくさんの人に見てもらう。それで、もしまた駄目だったら、もっともっと頑張る! それを繰り返していくしかないんじゃないかなって思うの」
……なるほどな。それこそが、一度どん底を味わったAqoursの泥臭くも強いやり方だ。
「よし、決まりだ。詳しいことは後で話し合うとして、イベントに出るなら既存の曲でいくか、それとも新曲を突っ込むか、早めに決めとかねぇとな」
「了解であります!」
曜がバシッと小気味いい敬礼を決める。
「そうね。衣装の用意もあるし、早めに動かなくちゃ。……あ、その前に陽君。しいたけちゃんをそろそろ犬小屋に戻しておいてくれないかしら?」
「えー、もっとこのモフモフを堪能したいのですが」
「い・い・わ・ね!?」
離れた場所から、ものすごい眼力(物理的な殺気すら感じる)で訴えかけてくる梨子さん。……はい、逆らいません。速やかに戻してきます。
しいたけを外へ連れ出しがてら、俺はふと千歌の様子を盗み見た。先ほどまでの元気な返事とは裏腹に、どこか浮かない顔をして自分の手元を見つめている。
「どうした? 何か悩み事か?」
「……はー君。果南ちゃんのことなんだけどね」
千歌はぽつりと、幼馴染の名前を口にした。
「どうして……スクールアイドル、辞めちゃうことになっちゃったのかなって」
……知ってるんですけどね。メタ的な意味でも、ダイヤ姉さんから聞いた裏事情的にも。でも、今はまだ俺の口からは言えないんだよな。
「生徒会長が言ってたでしょ?」
いつの間にか中二病モードを解除した善子が、呆れたように肩をすくめる。
「東京のイベントで、周りのレベルが高すぎて歌えなくなっちゃったからって」
「でも、果南ちゃんってそれで簡単に諦めちゃうような性格じゃないと思うんだよね」
千歌の言葉に、曜も「確かにね」と同意する。
「聞くまで、私たちに一言もスクールアイドルやってたなんて教えてくれなかったし……」
「陽君は、2年前のそのステージを観てたんだよね?」
梨子に話を振られ、俺は曖昧に首を縦に振った。
「まぁな。でも、当時の俺はまだただの観客だったし、あいつらがステージ上で凍りついちまった後は、どう声をかけていいか分からん状況だったんだよ」
「そっか……」
千歌はそれ以上追及せず、小さく息を吐いた。話はいったんそこで途切れた。
しかし、外に出て砂浜での練習が再開されても、千歌たちの「2年前への疑問」は燻り続けていたらしい。そしてそのターゲットは、ついに唯一の身内へと向けられた。
「ルビィちゃん。ダイヤさんから、何か聞いてたりしない?」
千歌がじりじりと距離を詰める。
「ほ、ほえ?」
「ダイヤさん、お家で何か小耳にはさむようなこと言ってなかった?」
今度は曜が逆サイドから回り込む。
「ずっと一緒に暮らしてるんだもん、絶対に何か知ってるはずよ!」
さらに梨子が正面からプレッシャーをかける。
2年生三人による、ある意味完璧な連携の『ジェットストリームアタック』を受け、ルビィは完全にキャパオーバーを起こして目を白黒させていた。
不憫すぎる。仕方ねぇ、ここはマネージャーの出番か。
「逃げろ、ルビィ!!」
「ピギィィィーーーーっ!!」
俺の叫び声を合図に、ルビィが猛烈なダッシュで逃走を図る。
「あ、ずるい! 逃がすかぁ!」
即座に反応した善子が、ルビィを追いかけようと鋭く地を蹴った。
「させるかよ!」
その進路を塞ぐように、俺がバッと前に立ち塞がる。ガンプラバトルのディフェンス技術を応用した完璧なブロッキング――のはずだった。
「とりゃぁぁぁぁぁっ!!」
「ぶふぇっ!?」
勢いの余った善子の綺麗なハイキックが、俺の鳩尾にクリーンヒットした。
み、みぞおち……っ!
一瞬で肺の空気が引き抜かれ、俺はなす術もなく仰向けに砂浜へとぶ倒れた。
「あ、ちょっと、先輩!?」
善子自身も焦った声をあげるが、その慣性は止まらない。倒れた俺の身体を、善子はスカートを翻しながらひらりと飛び越えていった。
その瞬間、仰向けの俺の視界に、スローモーションのように飛び込んできたものがあった。
初夏の眩しい青空のなかに、一瞬だけ鮮烈に輝いた、純白の……。
ガクッ(精神的ダメージ)。
「堕天使奥義――『堕天流拘縛(だてんりゅうこうばく)』っ!」
「うゆぅぅぅ、捕まっちゃったぁ……」
あっさりと善子に背後から羽交い締めにされるルビィ。
くっ、すまんルビィ……俺にもっと、善子の蹴りを受け止めるだけのフィジカルがあれば……。
「……もう、何やってるずら。やめるずら、善子ちゃん」
見かねた花丸がトコトコと歩み寄り、善子の首根っこを掴んで引っぺがす。ようやく解放されたルビィは、砂浜にへたり込んで涙目になっていた。
「ねぇ、はー君。大丈夫?」
そんな俺の傍らに、曜がトコトコとしゃがみ込んできた。そして、周囲に聞こえないような小声で、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて囁いてくる。
「……で、何色だった?」
「……は?」
俺は痛む鳩尾を押さえながら、間抜けな声を出す。
「何を、って、善子ちゃんのスカートの中。ばっちり見上げる形になってたよね?」
……えっと、それは。つーか、見えてる前提で聞いてきやがるなこの全速前進系女子。いや、確かに不可抗力で、白くてフリル的な何かが視界を過ったような気はするけど。
「ふ、不可抗力ですよ、不可抗力。断じて狙ったわけでは……」
「ま、あれは事故みたいなもんだしねー。梨子ちゃんには黙っててあげる」
そこで何故、梨子の名前が出てくる。いや、待て。もしこれが梨子にバレたら、あの軽蔑に満ちた冷たい視線、あるいは『壁ドン(物理)』以上の恐ろしい目に遭わされるのは火を見るより明らかだ。これまでの短い付き合いの経験から、俺の直感が全力で警報を鳴らしている。
「……オナシャス(命乞い)」
「ん、よろしい。じゃあ今度、松月でみかんどら焼き奢ってね」
致し方あるまい。それだけで俺の社会的・肉体的安全が保障されるのなら、安い取引だ。曜先輩、マジで交渉上手。
練習を終え、夕方。なぜか流れで、全員が俺の部屋に集合することになった。
「ちょいと散らかってるけど、適当に座ってくれ」
俺は慌てて、テーブルの上に散乱していたニッパーやヤスリ、プラモの空き箱を片付けていく。
「あれ? これって……ストライクフリーダム?」
曜が、テーブルの端に置いてあった、一際目立つ青と白のパッケージを手に取った。
『HGCE 1/144 ストライクフリーダムガンダム』。最新のフォーマットでリバイブされた、非常に出来の良い傑作キットだ。
「陽君、それって……」
梨子がそれを見て、小さく声を上げる。
「あ、ああ。例の、頼まれてたやつな」
俺が少し声を潜めて言うと、千歌が「例のやつ?」と首を傾げた。
えっと……これは、本人の口から言った方がいいやつだよな。
「あ、ううん! ちょっと私が、その、HGCEのストライクフリーダムが欲しくなっちゃって! でも、一人で模型店に買いに行く暇がないから、陽君に代理で買ってきてもらうよう頼んでたの! ありがとう、陽君!」
梨子は顔を少し赤くしながら、早口で取り繕うように箱を受け取った。
「お、おう。まぁ、いつでも組めるように道具も貸すからな」
とりあえず……まだみんなには、梨子がガンプラバトル(あるいは模型製作)に興味を持ち始めていることは内緒、ということらしい。女の子の秘密を守るのもマネージャーの仕事だ。
みんながそれぞれ床やクッションに適当に座り、落ち着いたところで、ルビィがぽつぽつと、昼間の続きを語り始めた。
「ルビィが……お姉ちゃんから聞いたのは、やっぱり東京のライブが上手くいかなかったって話くらいです。……ただ、前に、鞠莉さんがお家に遊びに来たとき、お姉ちゃんと部屋で話してるのを、ルビィ、聞いちゃって……」
千歌が身を乗り出す。「なんて言ってたの?」
ルビィは当時の光景を思い出すように、記憶を辿りながら言葉を紡いだ。
――『逃げてるわけじゃありませんわ。果南さんのことを、逃げたなんて言わないで!』――
ダイヤ姉さんが、珍しく感情を剥き出しにして、鞠莉姉にそう言い返していたのだという。
「逃げたわけじゃない……」
千歌は腕を組み、顎に手を当てて深く考え込み始めた。
おいおい、その顔は何か良からぬことを閃いた時の顔だぞ。嫌な予感がする。
「よし! ちょっと明日の朝、果南ちゃんを尾行しよう! そうすれば、何かわかるかもしれない!」
えー……やっぱりそう来たか。
「おい千歌、かな姉の朝の仕込みやランニングの時間は、俺たちの日常より遥かに早いんだぞ? マジで過酷だぞ?」
「いいじゃん! 面白そう!」
曜が真っ先にノリノリで賛成する。
「そうね。ついでに早朝のランニングの代わりにもなるし、いい運動になりそうだわ」
梨子まで前向きだ。おい、ガンプラの箱を大事そうに抱えながら言うセリフかそれ。
2年生のやる気に引っ張られるように、1年生たちも声を上げる。
「千歌さんたちが行くなら、ルビィも行く!」
「尾行とか、スパイみたいで面白そうずら!」
「くっくっく……この堕天使ヨハネの『魔眼』を解放する時が来たようね。我が防御結界を張れば、奴の索敵網を掻い潜り、姿を隠すことなど造作もないわ!」
全員、行く気満々じゃねぇか……。朝に弱い俺としては、パスさせてもらいたいところなのだが。
一人でこっそりバックれようと思考を巡らせていると、不意に、隣の曜から強烈な肘打ち(軽いジャブ)を脇腹に喰らった。
「……行くよね?」
曜が至近距離で、極上のスマイルを浮かべながら耳打ちしてくる。
「行かなきゃ、さっきの善子ちゃんの『純白』の一件、今すぐ梨子ちゃんに言っちゃうぞ?」
「い、行きます!! 喜んで同行させていただきます!!」
ちくしょうめ、脅迫だ! 完全なる脅迫罪だ!
行きゃいいんだろ、早起きすればいいんだろ……!
そして翌朝。
まだ太陽が水平線の向こうで微睡んでいるような時間帯から、果南の尾行作戦がスタートした。
ハッキリ言って、この人数(女子6人+男1人)でぞろぞろと尾行すること自体、隠密行動としては完全に破綻している。いっそのこと、俺が知っている真相を全てぶちまけてしまおうかと何度も頭を過ったが、後々の展開(アニメ的なアレ)を考えると、ここで下手に歴史を改変したらもっと面倒なことになる気がして、重い口を閉ざした。
それでも、奇跡的に果南に気づかれることなく、一同は内浦湾に浮かぶ弁天島へとたどり着いた。
赤い鳥居をくぐり、弁天神社の境内で果南が足を止めたため、俺たちは一斉に境内の陰や茂みに身を隠す。
ふと見ると、果南は誰もいない静寂のなかで、静かに両腕を広げた。
そして、音楽もないのに、まるで頭の中でメロディが流れているかのように、しなやかに、美しく踊り始めたのだ。
「綺麗……」
隣で、千歌が小さく息を呑む音が聞こえた。
ステップの踏み方、指先の伸ばし方、その一つ一つに、これまで彼女が積み重ねてきた努力の結晶が宿っている。誰もが、その果南のダンスに見惚れてしまっていた。
だが、その静謐な時間を破るように、カツカツと鋭い足音が近づいてくる。
「復学届、提出したのね」
金髪をなびかせ、大人びたタイトな私服に身を包んだ鞠莉姉のご登場だ。
果南は踊りを止め、冷淡な表情で振り返る。
「まぁね」
「ようやく、逃げるのを諦めたのね」
物陰からその光景を見ながら、俺の胃のあたりがキリキリと痛み出した。あー、もう、本当に何とも言えない歯がゆさが胸を突き上げてくる。お互いがお互いを想い合っているのに、言葉が足りないせいで、こんなにも鋭く刺し合っている。本当のことを今すぐ叫んでやりたい。
「勘違いしないで」
果南は感情を殺した声で言った。
「父さんが入院してたから、休学してただけ。それに……復学しても、スクールアイドルは絶対にやらない」
じゃあ、さっきの踊りは何だったんだよ、かな姉。未練が全身から溢れ出てただろうが。
「果南……私の知ってる果南は、そんな……」
「やめて。もう聞きたくない」
果南は鞠莉の言葉を遮るように、声を荒げた。
「どうして戻ってきたの……!? 私は……戻ってきてほしくなかった!!」
「それは……学校を救うためよ! スクールアイドルとして、もう一度、3人で!」
「だったら千歌たちに任せればいい! あと1年しかないんだよ!? ……もういい。これ以上話しても無駄。もう、顔も見たくない」
吐き捨てるようにそう告げると、果南は鞠莉の横をすり抜け、猛烈な勢いで境内から走り去っていった。
あとに残された鞠莉は、あまりのショックと悲しみに耐えかねたように、その場に崩れ落ち、砂地に両手をついて激しく肩を震わせ始めた。
「千歌、お前たちはみんなを連れて先に帰ってろ」
俺は立ち上がり、千歌の肩を叩いた。
「え、でも、はー君は……?」
「今の鞠莉姉を、一人にしておけるわけねぇだろ。淡島まで、ちゃんと送ってくるわ」
千歌は一瞬、心配そうに鞠莉を見たが、俺の真剣な目を見て小さく頷いた。
「わかった。みんな、行こう」
千歌の合図で、気配を殺しながら静かに離れていくメンバーたち。その去り際、梨子がわざわざ振り返って、俺をジロリと睨みつけてきた。
「……陽君。変なことしちゃ、駄目よ?」
「わかっとりますがな!」
どんな状況だと思ってんだ。ここで下手に手を出したりしたら、小原家のガチの黒服たちに駿河湾の底へ沈められかねんわ。
みんなの気配が完全に消えたのを確認してから、俺はゆっくりと、下を向いたまま動かない鞠莉姉へと近づいた。
「……陽」
足音で気づいたのか、鞠莉が涙に濡れた顔を少しだけ上げた。
「ごめん。全部見てた」
言いながら、俺は彼女の前に右手を差し出す。
「ふふ……変なところ、見せちゃったわね」
自嘲気味に微笑みながら、俺の手を掴んで立ち上がる鞠莉。その細い身体は、どこか痛々しいほどに力強さが欠けていた。
「とりあえず、淡島まで送ってくよ。船のところまでさ」
「大丈夫よ。家の者が、下で待ってるから。……ありがとね、陽」
鞠莉は無理に作った笑顔を俺に向けると、小さく手を振って、トボトボとした足取りで石段を下りていった。
一人残された境内で、俺は大きくため息をついた。
……こりゃ、本格的にお互いが『本当の気持ち』を隠し持ったままの、最悪のすれ違いだな。
鞠莉姉は「学校を救うため」と言いつつ、本音ではもう一度、果南とダイヤと一緒にスクールアイドルをやりたい。
対するかな姉は、鞠莉姉の未来(海外留学)を自分のせいで潰したくないから、あえて東京の失敗を理由にして、悪者になってスクールアイドルを突っぱねている。
本当に、どこまでも不器用で、どこまでも世話の焼けるお姉ちゃんたちだ。
そして、翌日。
浦の星女学院の2時間目が終わり、休み時間。千歌たちはベランダに集まって、昨日の尾行の件について深刻そうに話をしていた。
ちなみに俺はというと、次の時間の授業の準備のために、教室の中で大人しく教科書を整理していたのだが――。
「キャーーーっ!? 制服ぅぅぅぅぅーーーっ!?」
突如、ベランダから曜の悲鳴にも似た絶叫が響き渡った。
何事かと窓の外を見ると、上の階(3年生の教室)からひらひらと落ちてくる衣服をキャッチしようと、曜がベランダの柵から身を乗り出し、今にも真っ逆さまに頭から落ちそうになっていた。
「待てや、こらぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は教科書を放り出し、人生最高の瞬発力で床を蹴った。超ダッシュで窓を飛び越え、ベランダの柵に手をかける。
間一髪、空中へ飛び出しかけていた曜の腰を、背後からガシッと両腕で抱きしめるようにして、力任せに引き戻した。
「ぶはっ……! ま、間に合った……」
「はー君、ナイスキャッチ! すごーーい!」
千歌が目を丸くして拍手する。
「本当に危なかったわよ、曜ちゃん! 陽君がいてくれて良かった……」
梨子が青ざめた顔で胸をなでおろしている。
「あはは、ごめんごめん……って、これ、制服じゃなくて、スクールアイドルの衣装だ!」
俺の腕の中で、曜がキャッチした衣服を広げた。
「……あ」
そのデザインを見て、俺の動きが止まる。
「これって……2年前に、かな姉たちが着てた衣装じゃん」
ということは、これを上の階で、あの3人の誰かが投げ飛ばした、あるいは奪い合っていたということになる。一瞬、衣服の持ち主(3年生の誰か)の着用時の姿が脳裏を過りそうになり、慌てて首を振った。いかんいかん、煩悩退散。マネージャーが不純でどうする。
「……ちょっと、3年の教室に行ってくる」
俺は曜を地面に下ろし、険しい顔で階段へと向かった。当然、千歌たち2年生、そして異変を察知した1年生3人も廊下で合流し、ゾロゾロと3階へと上がっていく。3年の教室の前には、すでに何事かと下級生たちが人だかりを作っていた。
人混みをかき分け、教室の中を覗き込むと――そこは、地獄のような修羅場と化していた。
「絶対に離さない! 果南がスクールアイドルやるって言うまで! いつまでそうやって意地を張ってるのよ!」
鞠莉姉が、果南の背後からがっちりとホールドし、文字通りの実力行使に出ている。
「意地なんか張ってない! 私は絶対にやらない! っていうか、暑苦しいから離してよ!」
果南も顔を真っ赤にして暴れるが、鞠莉も必死だ。
「おやめなさい、お二人とも! いくら粘ったところで、果南さんが再びスクールアイドルを始めることはありませんわ!」
その横で、ダイヤ姉さんが必死にクソデカ大声で二人を引き離そうと割って入っている。
あーあ……鞠莉姉、ついに強硬手段に出たか。しかし、流石に学校の教室でこの大騒ぎはいただけない。周りの生徒たちもドン引き半分、面白がり半分で見ていやがる。
やれやれ……。
「千歌、ここは俺に任せておけ」
今にも中に入って何か言おうとしていた千歌の肩を掴み、制する。
「はー君……うん、わかった」
千歌が素直に一歩引くのを確認し、俺はネクタイを少し緩めた。よし、ここいらで、少しばかり『鬼のマネージャー』になってやるとするか。
「すみませーん、ちょっと失礼しまーす」
群がる先輩たちを物理的に左右にかき分け、俺はスタスタと、三人のキャットファイトの中心地へと足を進めた。
「陽……!? 何よ!」
果南が驚きに目を見張る。
「あ、陽! いいところに! 一緒に果南を説得して!」
鞠莉がすがるような目を向ける。
「陽、早く鞠莉さんを止めてください!」
ダイヤ姉さんが叫ぶ。
だが、俺はそんな三人の言葉を一切無視し、深く息を吸い込んで――地を這うような、冷徹極まりないガチトーンの声を発した。
「おい……ちょっと黙れや」
「「「……っ!?」」」
普段のヘラヘラした態度とは180度違う、殺気すら孕んだ俺の雰囲気に、3人が一瞬でビクッと身体を硬くした。教室中の騒がしさが、嘘のように静まり返る。
「なさけない……周りを見ろ。生徒たちが大勢見てるぞ。見苦しいったらありゃしねぇ……。もういい、我慢ならん」
俺は三人を見下ろし、冷たい声で言い放った。
「3人とも、放課後、部室まで面貸せや。もちろん、Aqoursも全員集合だ。いいな?」
「い、いや、でも私は……」
果南が気圧されながらも反論しようと口を開くが、俺はその言葉をピシャリと遮る。
「い・い・な?」
「……はい」
あの勝ち気な果南が、完全に圧倒されて小さく頷いた。よし、これでよし。
放課後。部室には、重苦しい沈黙のなかで全員が揃っていた。
「よし……全員揃ったな」
パイプ椅子に座る3年生3人と、それを取り囲むように立つ下級生たち。さて、全員を集めたはいいものの、ここで俺が全部を説明するのも味気ない。そこで俺は、ふとダイヤ姉さんの方を向いた。丁度いい役割を思いついたぞ。
「ダイヤ姉さん。ダイヤ姉さんは、Aqoursのみんなに『あの時の真実』の説明をお願いします」
「はぇ!? え、ちょっと……陽、あなたどうするつもりですの!?」
ダイヤ姉さんがガタッと椅子を鳴らして狼狽する。
「あの時の真実?」
千歌が小首を傾げ、果南が「どういうこと?」と不機嫌そうに俺を睨む。
「いいから。……鞠莉姉、かな姉。二人は俺についてきて。ここはダイヤ姉さんに任せて、俺たちは屋上で話そう。もう、お姉ちゃんたちの不器用なすれ違いにはうんざりしてたんだよ」
「時間の無駄よ」
当然のように果南から冷たく拒絶されるが、俺は一歩も引かずに、まっすぐ果南の目を見つめ返した。
「ごめん、かな姉。俺、本当の事を知ってるんだわ。2年前、俺はあのイベントを客席から見てた。そこで気づいた違和感があってね。……ちなみに、その違和感の答え合わせは、すでにダイヤ姉さんから確認済みだ」
その言葉を聞いた瞬間、果南がハッとしたようにダイヤを鋭く睨みつけた。ダイヤ姉さんはバツが悪そうに視線を逸らす。
「2年前のイベントを……。それで、気づいたことって何なの?」
鞠莉が真剣な表情で立ち上がる。
「それは、屋上で話す。だから、ついてきてくれ」
観念したのか、果南も小さくため息をついて席を立った。
「じゃ、ダイヤ姉さん。あとはよろしく」
俺は二人の背中を促し、部室を後にして屋上へと移動した。
放課後の屋上。赤く染まり始めた夕暮れの光が、3人の影を長く伸ばしている。
「さて……2年前のイベントを観てたって言ったけど」
果南が腕を組み、防波堤のようなフェンスに背を預けた。
「あんなことになっちゃって、声をかけられなかったのは仕方ないって思ってるよ。それは怒ってない。……でも、気づいたことって何?」
俺は一度、深呼吸をしてから、頭の中で整理していた彼女たちの『真実』を切り出した。
「今から俺が話すことは、ダイヤ姉さんの証言によって『正解』だと証明されてる。だから、二人がどんなに否定しようと言い訳しようと無駄だからな。……いい?」
二人が黙って首を縦に振るのを確認し、俺は果南を真っ直ぐに見据えた。
「オッケー。じゃあ言うぞ。2年前のイベント……かな姉、『歌えなかった』んじゃなくて――わざと歌わなかったんだろ」
「っ!?」
その言葉に、果南ではなく、隣にいた鞠莉が激しく息を呑んだ。
「わざと……歌わなかった……? どういうこと、陽!? なんで果南がそんなこと……!」
「理由は簡単さ。鞠莉姉、あの時『足を大怪我』してただろ。俺、割とステージに近い席にいたから分かったんだよ。あの時の鞠莉姉の歩き方、明らかに無理して、足首を激しく挫いてた」
「それは……でも、私は大丈夫だって、そう言ったわ! 果南にも、ダイヤにも!」
鞠莉が必死に声を張り上げる。
「そう、鞠莉姉は無理してでもステージに立つ気だった。だけどな、かな姉は気づいてたんだよ。あのまま激しいダンスナンバーを続けてたら、確実にステージ上で事故が起きてたってな」
「事故……?」
「そうだよ!」
ついに、果南の仮面が剥がれ落ちた。果南は顔を歪め、涙を浮かべながら鞠莉に向かって叫んだ。
「鞠莉が大怪我するのを、目の前で見たくなかったからだよ!!」
胸が締め付けられるような、果南の本音。彼女は何よりも、大切な幼馴染の身体を心配していたのだ。
「大好きな鞠莉姉が、傷つくのを見たくなかった。……そして、大好きだからこそ、自分たちのせいで鞠莉姉の将来を潰したくないって思ったんだろ?」
俺の言葉に、果南はボロボロと涙を流しながら、小さく頷いた。
「将来を潰す……? 何のことよ、果南!」
「鞠莉姉、実家から海外留学の話が来てただろ。でも、スクールアイドルをやりたいからって、それをずっと断り続けてた。かな姉は、自分が鞠莉をここに引き留めているせいで、鞠莉姉の将来の可能性を奪ってしまうんじゃないかって、ずっと悩んでたんだよ。だから、あのイベントの失敗を都合のいい口実にして、スクールアイドル活動を完全に終わらせたんだ」
「どうして……っ!」
鞠莉の目から、一気に涙が溢れ出した。
「だったら、何でそう言ってくれなかったのよ!? 何で一人で抱え込んで……!」
「だって……っ、言ったら鞠莉、絶対に留学なんて行かないで、ここに残るって言うに決まってるじゃん! そんなの、そんなの絶対にダメだよ……!」
お互いがお互いを想うが故の、あまりにも哀しいすれ違い。これぞまさに、こじらせまくった青春の極みだ。
「で、鞠莉姉。本当の気持ちはどうなんだよ」
俺は一歩前に出て、鞠莉に問いかけた。
「本当の気持ち……?」
「学校を救いたい。もちろんそれもあるだろうさ。でも、わざわざ留学を途中で切り上げてまで、この浦の星に帰ってきた。それって……もう一度、かな姉とダイヤ姉さんと、3人でスクールアイドルがやりたかったからじゃないのか?」
「陽……全部お見通しってわけね」
鞠莉は涙を拭うこともせず、震える声で笑った。
「……そうよ。そうよ! 学校なんて、ただの口実! 私は、もう一度あの時の続きがしたかった! もう一度、大好きな二人と、スクールアイドルがやりたかったの……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、果南は堪えきれなくなったように前へ踏み出し、鞠莉の身体を優しく、しかし壊れ物を労るように強く抱きしめた。
「果南……っ?」
「ごめね、鞠莉……。私、鞠莉の本当の気持ち、何も分かってあげられてなくて……っ」
「私の方こそごめん……っ! 果南も、ダイヤも、あんなに私のことを想ってくれてたのに、私、自分のエゴばっかり押し付けて……っ!」
夕暮れの屋上で、二人は子供のように声を上げて泣きじゃくり、互いの身体を抱きしめ合った。
その涙で、2年間の冷たい氷が、ようやく溶けていくのが分かった。一通り泣いて、少し落ち着いた二人が、腫らした目で俺の方を振り返る。
「陽……ありがとね。本当に」
果南が、少し照れくさそうに微笑む。
「まったく、世話の焼けるお姉ちゃんたちだよ。……で、これからどうする? っていうか、どうしたい?」
ここまで来たら、答えはもう、決まっているようなものだ。
果南は鞠莉と目を合わせ、深く頷き合った。
「そうだね……もう一度、始めよっか!」
「うん! 果南、もう一度、全力で!」
「――ほら、主役たちがお待ちかねだぞ」
俺が屋上の入り口の扉を指さすと、そこにはいつの間にか、Aqoursの下級生全員と、目を真っ赤に腫らしたダイヤ姉さんが立っていた。下でも、ちゃんとダイヤ姉さんからの説明が終わっていたらしい。
果南と鞠莉は、互いに手を繋ぎ、一歩前へ出た。そして、千歌たちの方を真っ直ぐに向いて、声を揃えて告げた。
「「私たちを、スクールアイドル部に入れてください!!」」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、千歌が猛烈なダッシュで二人に飛びついた。
「大歓迎だよーーーーっ!!」
「わちゃっ!? ちょっと千歌、苦しい!」
嬉しそうに笑う3人の姿を見て、部室全体に温かい拍手が広がる。
よしよし、これで一安心……と思いきや。俺の視界の端で、気配を消して屋上からスルスルと立ち去ろうとしている、一人の特大ラブライバーの姿を捉えた。
「へい、そこの生徒会長。ちょいと待ちな」
「な、何ですの、陽! 私は別に、逃げようとしてなど……っ!」
ダイヤ姉さんが大仰にビクッと肩を震わせる。
「俺、以前言いましたよね? スクールアイドルが好きな気持ちを、我慢しちゃダメだって」
俺はニヤリと笑う。
「本当は、ダイヤ姉さんだって、もう一度この二人と一緒に歌いたかったんだろ?」
「わ、私は、生徒会長としての職務が……それに、今更……っ」
往生際悪くモジモジしているダイヤ姉さんの両サイドから、いつの間にか回り込んでいた果南と鞠莉が、ガシッと同時にハグを敢行した。
「ダイヤ」
「陽の言う通りよ、ダイヤ。もう、意地張るのナシ!」
「なっ、お二人とも離しなさいまし……っ!」
顔を真っ赤にするダイヤ姉さん。ここで、俺は事前にルビィに頼んで持ってきてもらっていた『ある物』を取り出すよう、目配せを送った。
「お姉ちゃん」
ルビィが、ダイヤ姉さんの正面にトコトコと歩み出る。そして、背中に隠していた、出来立てホヤホヤの『新曲の衣装』を恭しく差し出した。
「親愛なるお姉ちゃん。……ようこそ、Aqoursへ!!」
満面の、天使のような笑みを浮かべる実の妹。
流石のダイヤ姉さんも、このルビィ特攻には耐えられるはずがなかった。
「あーーーもう! 仕方ありませんわねっ!!」
観念したように衣装をひったくり、だけど嬉しさを隠しきれずに胸に抱きしめるダイヤ姉さん。
パチパチパチ、と再び屋上に大きな拍手が響き渡る。
これにて、Aqours――9人全員が、ついに揃った。
そこからは、来週のイベントに向けて、怒涛の練習と準備の日々が始まった。
「ねぇ、陽。この歌詞って……」
ある日の練習の合間、千歌から手渡された新曲の歌詞カードを眺めていた果南が、不思議そうに俺に声をかけてきた。
「あ、それな。部室のホワイトボードの裏に、うっすら消えかけて残ってた歌詞みたいな文章があっただろ? あれを俺が必死に解読して、足りない部分を千歌が『かな姉だったら、きっとこう書くだろうな』って想定して、二人で補完して完成させた曲だ。……あれ、元はかな姉が書いたやつだろ? ダイヤ姉さんから聞いてたよ」
果南は驚いたように目を見張り、それから愛おしそうに歌詞カードを胸に当てた。
「ありがとう、二人とも。……すっごく、いい歌詞になってる」
お気に召していただけたようで何よりだ。ちなみに作曲の方は、その歌詞をベースに梨子が超特急で仕上げてくれた。和のテイストを取り入れた、かなりエモーショナルで素晴らしい楽曲だ。
振り付けに関しても、2年前に果南姉が考えていたベースに、千歌たちが新しいアイデアをミックスさせ、果南中心で練習が進んだ。9人の地力が高いため、完成までに時間はかからなかった。
そして、イベント前日の夜。
何故か、黒澤姉妹(ダイヤ・ルビィ)が揃って俺の部屋へと突撃してきた。
「……何? 二人して目を爛々と輝かせて」
引き気味の俺に対し、ダイヤ姉さんがゴクリと唾を呑み込んで詰め寄ってくる。
「陽! 例の……例の『約束の品』は、いただけたんですの!?」
あ、そういえばすっかり忘れてた。俺は引き出しから、大事に保管していた二枚の色紙を取り出して手渡した。
「ほら、約束通り。μ'sの絢瀬絵里姉さんと、小泉花陽姉さんの直筆サイン」
「「っのわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!」」
姉妹揃って、鼓膜が破れんばかりのクソデカ悲鳴をあげる。
「お、お姉ちゃん! これ、本物の絵里さんと花陽さんのサインだよ! しかも、ルビィたちの名前が、それぞれの直筆で入ってる……っ!」
「ええ、ええ! 間違いありませんわ! あのお二方が、私たちのために名前を書いてくださるなんて……なんという感無量! ルビィ、これは今すぐ額縁に入れて、黒澤家の永久不滅の家宝にしますわよ!!」
「うゆっ!!」
いや、家宝って。大袈裟だな。
まぁ何にせよ、こうして姉妹仲良くオタトーク……ゲホン、μ'sの話ができるようになったのは良いことだ。これだけで、マネージャー業の苦労が少し報われた気がする。
そして迎えた、イベント当日。
「みんな、そろそろ時間だぞ」
バックステージの天幕をめくり、俺は中にいるメンバーへ声をかけた。
ステージへの出番を待つ彼女たちは、全員が鮮やかな和をイメージした新曲『未熟DREAMER』の衣装に身を包んでいた。うん、控えめに言っても全員めちゃくちゃ可愛い。
特にダイヤ姉さん、この衣装が相当お気に召したようで、さっきから部室の姿見の前で、某Blu-rayのジャケットばりの完璧なポーズを決めて陶酔していたのを、俺はバッチリ目撃している。
「9人揃って、初めてのステージ。ここまでみんなで死ぬ気で練習してきた成果を、思いっきり見せつけよう!」
千歌が円陣の中心で、力強く拳を突き上げる。
「了解であります!」
「今回の新曲、絶対に自信があるもの。大丈夫!」
「お姉ちゃんと一緒に、同じステージで歌える……それだけで、ルビィ、すっごく嬉しい!」
「くっくっく……血が滾ってきたわ! いざ、堕天の時よ!」
「善子ちゃんは相変わらずずらね。でも、マルも全力で頑張るずら!」
下級生たちの気合は十分。果南が、隣に立つ二人をからかうように見た。
「二人とも、緊張してる?」
「まさか。ねぇ、ダイヤは?」
「してない……と言えば嘘になりますけれど」
ダイヤ姉さんはふっと、柔らかく微笑んだ。
「でも、またお二人と一緒にスクールアイドルができる。そう思ったら、緊張なんてどこかへ飛んでいきましたわ。それに、今回はルビィたちもいます。……大丈夫ですわ、この9人なら」
「そうだね。……全部、陽のおかげかな。ありがとね、陽」
果南が優しく俺に微笑みかける。
「まぁ、お姉ちゃんたちが仲違いしたままだと俺の寝覚めが悪いからな。気にするなって。……さぁ、お前たちの『輝き』を、世界に見せてこい!」
「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」
眩しい光が溢れるステージへと、9人が一斉に飛び出していく。
イントロが鳴り響き、新曲『未熟DREAMER』が披露された。
3年生の切ない歌い出しから始まり、やがて9人の声が一つに重なっていく。元々2年前に果南が考えていたステップと、千歌たちが新しく生み出したダイナミックなフォーメーションが、これ以上ないほど美しく融合していた。
観客席からは、曲の進行とともに地鳴りのような大歓声が巻き起こる。
ステージが終わり、バックステージへと戻ってきたメンバーたち。その表情は、誰もがやり切った充実感に満ち溢れていた。鳴り止まない拍手が、天幕の向こうから響いてくる。大成功だ。
「Aqours、か」
ふと、汗を拭いながら果南が呟いた。
「……実はね、私たちの2年前のグループ名も、同じ『Aqours』だったんだよ」
「えぇっ!? そんな偶然ってあるの!?」
千歌たちが一斉に驚きの声をあげる。
「偶然じゃないよ。私も、千歌たちも、まんまと『誰かさん』の手のひらの上で転がされてただけ」
果南がジト目で、そっぽを向いているダイヤ姉さんを睨みつけた。
「砂浜に、わざわざバレないようにあの文字を書いておいたのは……ダイヤ、あんたでしょ?」
「わ、私は知りませんわ! 何のことですの!?」
顔を真っ赤にして「私関係ありませんわ」と必死に取り繕うダイヤ姉さん。その真相(かつて3年生が使っていた名前を、下級生に引き継がせようと千歌達が練習に夢中になっている隙をついて、こっそり砂浜に文字を書き残したダイヤ姉さんの健気すぎる行動)を俺がバラすと、バックステージは一瞬で大爆笑の渦に包まれた。
とにかく、イベントはこれ以上ない形での大成功を収めた。
「ふぅ……さて、俺はそろそろ外の片付けの手伝いにでも……」
着替えが始まる前に部屋を出ようとした、その時だった。
「ねぇ、陽君」
クイ、と後ろからTシャツの裾を引っ張られた。振り返ると、そこにはまだ衣装姿のままの梨子が、少し上目遣いで俺を見上げていた。
「どうした?」
「今日の、私……どうかな? その……似合ってる、かしら?」
梨子は少し照れくさそうに、ふわりと衣装の裾を広げてみせる。和装特有の艶やかさと、彼女自身の端正な顔立ちが相まって、心臓が跳ね上がるほどに魅力的だった。
「……うん。めちゃくちゃ可愛いよ。すごく似合ってる」
俺が素直に感想を述べると、梨子は一瞬驚いたように目を見張り、それから、今までで一番眩しい、極上の笑顔を咲かせた。
「うん! ありがとう、陽君!」
……やべぇ。今の笑顔は、流石にちょっと本気でときめいちまった。
俺はバクバクと鳴る心臓を落ち着かせるように胸を押さえ、ステージの裏口へと歩き出した。
「さぁて、スクールアイドルの方はこれで一落着、と。次は、俺の番だな。来週のガンプラバトルの試合、気合入れて行かねぇと。……そういえば、次の対戦相手の情報、まだ見てなかったな。誰だろ?」
浦の星のスクールアイドルが一つになった今、俺自身の戦いもまた、新たな局面を迎えようとしていた。
一方、そんな歓喜に沸く陽哉たちの様子を、会場の喧騒から少し離れた日陰から、冷徹な目で見つめる一人の男の姿があった。
男は耳元に当てた通信端末に向かって、低く、不穏な声を漏らす。
「……はい、〇〇さん。今、お送りした画像は確認していただけたでしょうか。……ええ、間違いありません。新堂陽哉は、あの地方のスクールアイドルたちと非常に親しくしているようです。……はい、承知いたしました。そちらの計画に関しても、すべてこちらにお任せください。新堂陽哉の『排除』、あるいは――」
男の冷笑が、初夏の熱気のなかに、不気味に溶けて消えた。
続く