ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine-   作:陽@曜花推し

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第20話:陽哉vs陽哉!?(リメイク版)

 

 

いよいよ大会も5日目を迎えた。

今日、ヤジマスタジアムでは各ブロックの第4試合が行われる。

 

「……はぁ」

 

浦の星女学園の体育館に設けられた、ライブビューイングの特設会場。その片隅で、私――桜内梨子は、ブレる視線をなんとかスクリーンに固定させていた。

初戦は色々と事情があってこうして大画面で観戦することはできなかったけれど、あの時はAqoursのみんなと一緒に部室のモニターにかじりついていた。相手の男の子はバックジェットストリームという凄い技を使って迫ってきたけれど、子供の頃から本物の、それももっと次元の違う速度のバックジェットストリームを浴び続けてきた陽君の目には、ずいぶんと遅く見えていたらしい。

 

「神奈川代表の萩島夏樹選手だっけ?」

 

隣で曜ちゃんが、手元のパンフレットをめくりながら呟く。

 

「これまでの試合の動画を見たけれど……相当の実力者よ。ただ者じゃないわ」

 

善子ちゃんが腕を組み、真剣な眼差しで画面を睨みつける。

 

「この人、すごく強いよぉ……だって、相手の人の攻撃が全然当たらないんだもん」

 

ルビィちゃんが怖々と身を縮こまらせ、花丸ちゃんもそれに同意するように頷いた。

 

「物凄い凄腕ファイターで、このまま優勝するんじゃないかってネットでも書かれてるずら」

 

「でも、はー君だって負けないくらい強いよ! だから、今日も絶対に勝ってくれる! ね、梨子ちゃん!」

 

千歌ちゃんが満面の笑みで肩を叩いてくる。

 

「そうね……そうよね」

 

言葉ではそう返したものの、胸の奥につかえた奇妙な嫌な予感が、どうしても消えてくれなかった。

 

---

 

スタジアムのモニターが、鮮烈なバトルの終了を告げた。

 

〈勝者、北海道代表 鹿角星斗選手!〉

 

機体の機動性を極限まで生かし、一瞬の隙を突いて敵の懐へと潜り込んで一気に叩く。

あの間合いに入られたらアウトだな。遠距離から近づかせないように立ち回るか――いや、それじゃつまらない。正面からガチでやり合った方が、きっと面白い。

 

「よぉ」

 

バトルを終えてステージから降りてきた星斗が、汗を拭いながら声をかけてきた。

 

「おぅ、お疲れ」

 

初日から一緒に飯を食ったりしていたおかげで、彼とはずいぶんと打ち解けてきた。

 

「次の次か? お前の試合は」

 

「ああ、そうだな」

 

対戦相手は、確か神奈川代表の萩島夏樹。

 

「相手、なんか強そうだな。……と、噂をすればあいつか?」

 

星斗の視線の先、鋭い眼光でこちらを睨みつけながら歩いてくる男が一人。

 

「神奈川代表の萩島選手? まぁ、お互い正々堂々と――」

 

挨拶をしようと手を差し出しかけたが、彼はその手を冷酷に一蹴した。

 

「黙れ。お前と馴れ合うつもりはねぇ。お前だけは、絶対に許さん」

 

それだけを吐き捨てると、萩島は肩をぶつけるようにして去っていった。

 

「おい、お前あいつに何かしたのか?」

 

星斗が呆然とした様子で眉をひそめる。

 

「バカ言うな、何もしてねぇよ。っていうか、今のが初対面だぞ」

 

「いや、知らない間に恨みを買ってるかもしれないぜ? 記憶を探ってみろよ」

 

「えー……そんな覚え、本当にないんだけどな」

 

とにかく、考えても仕方ががない。星斗は一足先に選手用観覧席へと移動していった。

そしてCブロックの試合が終わり、いよいよDブロックの幕が上がる。

 

『それではDブロック第4試合、静岡県代表 新堂陽哉選手対神奈川県代表 萩島夏樹選手の試合を始めます!』

 

《GUNPLA BATTLE Combatmode startup. Mode damage level set to “A”》

 

《Press set your GP-Base》

《Press set your gunpla》

 

《Beginning [Plavsky Particle] dispersal. Field01, space》

 

ダメージレベルは「A」。より実戦に近い、危険な領域だ。宇宙ステージの仮想空間が広がり、粒子が激しく舞い散る。

 

「新堂陽哉、デスティニーガンダムインフィニティ、出るぞ!」

 

お互いのガンプラがフィールドへと射出される。だが、漆黒の宇宙空間に現れたその機体を目にした瞬間、俺は息を呑んだ。

 

「そ、そのガンプラは……っ!?」

 

---

 

「シグムント……!?」

 

ライブビューイングのスクリーンを見上げていた梨子が、思わず悲鳴のような声を上げた。

カラーリングこそ禍々しい黒に変えられているが、間違いない。あれは、ついこの間まで陽哉が使っていた愛機だ。

 

「はー君のシグムントだよね!? なんであの人が持ってるの!?」

 

千歌ちゃんが身を乗り出し、曜ちゃんも信じられないといった様子で目を見開く。

 

「シグムントのレプリカ……? わざわざこのために作ったっていうの?」

 

---

 

【選手用観覧席】

 

「へぇ、相手もデスティニーガンダムの改造機か。……って、日向、どうした?」

 

大河が隣の様子に気づいて声をかける。日向は目を見張ったまま、凍りついたように画面を凝視していた。

 

「あれは……陽が静岡予選で使っていた、デスティニーガンダムシグムントそのものだ」

 

「ああ、間違いないな。静岡予選の決勝は中継で見ていたからよく覚えている」

 

遅れて席に戻ってきた星斗が、忌々しげに鼻を鳴らした。

 

「陽哉を動揺させるための精神攻撃か? やることがいちいちせこいな、あの神奈川代表」

 

---

 

「……まぁ、自分のガンプラがコピーされる可能性くらいは考えていたから、別にいいけどさ」

 

よくもまあ、ここまで精密に再現したものだ。外装は黒一色に染め上げられ、ツインアイは不気味な赤に輝いている。

 

「俺を動揺させようたって無駄だぜ」

 

「そんなつもりはねぇよ」

 

萩島が通信越しに冷たく笑うと同時に、黒いシグムントが動いた。シールドからプリスティスが射出され、鋭い軌道を描いてこちらへ迫る。

 

「……っ!? これって……マニュアル操作か!?」

 

オートの軌道じゃない。プリスティスで精密にこちらの回避先を牽制しつつ、手にしたレーヴァテインで猛然と斬りかかってくる。その一連の動きの速さとキレに、俺は咄嗟にレーヴァテインⅡを抜いて受け止めるしかなかった。火花が宇宙空間に散る。

 

「お前だけは……お前だけは絶対に許さん!!」

 

「ちょ、許さんって言われても、俺が何をしたって言うんだよ!?」

 

「黙れ!!」

 

もう意味が分からない。そもそも今日が初対面のはずだ。

一度距離を取ろうとするが、執拗にプリスティスが先回りし、逃げ道を塞いで再攻撃を仕掛けてくる。

それにしても、この動き……どこかで体感したような、奇妙な既視感が。

 

「もらった!!」

 

「ちっ……!」

 

余計な思考に気を取られた一瞬の隙を突かれ、インフィニティのレーヴァテインⅡが一本、根元からへし折られた。

 

「たかが一本……! こいつはお返しだ!」

 

カウンターの突きを放つが、漆黒のシグムントは紙一重の挙動でそれを完全に回避する。

くそ、完全に間合いに入っていたはずなのに。なんだ、この吸い付くような反応速度は。

すぐさま反転して斬りかかってくる刃を、機体を傾けてギリギリで躱す。まるで、こちらの次の手がすべて読まれているかのような――。

 

---

 

その頃、スタジアムのコントロールルームでは、緊迫した空気が流れていた。

 

「主任……解析が完了しました」

 

「それで、結果は?」

 

オペレーターの報告に、ニルス・ニールセンが鋭い視線を向ける。

 

「黒です。我々の監視網に感知されないよう、巧妙に偽装された自動操縦システムが使用されていました」

 

事の発端は、神奈川県予選の準決勝。萩島のGPベースから発せられた、ほんの一瞬の奇妙なノイズだった。ヤジマ商事の監視システムはその微弱な違法信号を見逃さず、ニルスは即座に裏での調査を指示していた。そして今、ようやくその全貌が暴かれたのだ。

 

「運営側に検知されることなく、AIによる自動操縦を実行する違法プログラムですか。それで、今ステージ上で使用されているデータの中身は?」

 

報告を聞いたオペレーターの顔が、驚愕に引き攣る。

 

「……新堂陽哉選手の、過去の戦闘データです」

 

「機体だけでなく、データまでも、ですか。つまり、今の陽哉は――過去の自分自身を相手に戦っているわけだ」

 

ニルスが小さく息を吐き、眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「緊急事態です。すぐに試合の中止を――」

 

「いいえ、その前に陽哉……新堂選手と直接話をさせてほしい。通信は繋がるかい?」

 

「可能ですが……まずは安全のために試合を止めるべきでは?」

 

「それは分かっているよ。だけどね、ここで勝手に中止にしたら、機嫌を悪くするどころか、後で僕のところに直接文句を言いに怒鳴り込んでくるような子が、あそこにいるんだ」

 

陽哉のことだ。なぜあのまま続けさせてくれなかったのかと、絶対に食ってかかってくる。

ならば、いっそのこと最後までやらせてみせるべきだ。ニルスは陽哉のファイターとしての底力を誰よりも知っている。彼なら、データという名の過去の自分を、必ず超えてくれるはずだと。

 

---

 

「通信……? 誰だよ、試合中に」

 

アラートとともにメインモニターの端に割り込んできたウィンドウを見て、俺は思わず声を上げた。

 

「ニルスさん!?」

 

「突然の割り込みを許してほしい。運営側の人間が試合中にファイターへ直接通信を送るなんて、本来ならあってはならないことなんだけどね。でも、萩島選手の方が先に重大なルール違反を犯していたからね。緊急事態として、君に伝えておかなければならないことがある」

 

ルール違反? どういうことだ。

 

「結論から言おう。萩島選手は、自動操縦システムを違法に起動させる外部プログラムを使用している。神奈川予選の段階から彼のGPベースをマークしていたんだが、ようやく突き止めた」

 

「自動操縦システムを使用……? いや、そんなの今のヤジマのシステムじゃ無理でしょ。使った瞬間に弾かれるはずじゃ」

 

そこまで口にして、俺の脳裏に、ある最悪な男の顔がフラッシュバックした。

 

「……いや、できる。思い出した。兵藤との試合の時、あいつが裏の技術者にそういうプログラムを作らせてたって話してた……!」

 

「兵藤……ああ、静岡予選で重大な事件を起こしたあの選手か。なるほど、彼が開発させていたプログラムの流出先だったわけだね」

 

「ってことは……萩島は、兵藤の協力者か!?」

 

そう考えれば、あの男が俺に向けて放った「絶対に許さない」という激しい憎悪の理由に、すべての合点が行く。兵藤が逮捕され、計画が頓挫したことで、裏で何らかの莫大な不利益を被ったのだろう。

冗談じゃない。そもそも自業自得だろ、あんな卑劣な手を使った兵藤の自滅なんだから。

 

「そのあたりの詳しい事情は、これからの取り調べで明かすことになる。……そして陽哉、彼が今そのプログラムに読み込ませて君にぶつけている戦闘データだが――それは、君自身のものだ」

 

「俺の……戦闘データ……!」

 

ゾクリと背筋が震えた。

なるほど、だから俺の動きがすべて先読みされ、あの黒いシグムントが俺の癖を完全にトレースして動いていたのか。正真正銘、俺は「過去の自分」と戦わされている。

 

「というわけだ。今すぐ試合を中止に――」

 

「はぁ!? ふざけんな、俺はやるぞ!!」

 

遮るように叫んだ俺の言葉に、ニルスの口元がわずかに綻んだ。

 

「そう言うと思ってね、あえて君にまず話したのさ。君の性格だ、卑劣な手段で挑んできた敵を、自分自身の手で叩き潰したいだろう?」

 

「よく分かってるじゃん。そうだよ、こういう手合いは、身の程を知らされないと一生分からないんだ」

 

「相手は過去の君自身の完全なデータだ。勝てるかい?」

 

「勝ってみせるさ。俺のデータってことは、所詮は『過去の俺』だろ。過去の自分に足元をすくわれてるようじゃ、全国どころか世界になんて届くわけがない。俺……いや、俺だけじゃない。ファイターってのは、常に一歩ずつ進化し続けてるんだ。だから……俺を信じてくれ」

 

「承知した。君の勝利を信じているよ」

 

カチリ、と通信が切れた。

さあ……まずは目の前の、不愉快な偽物を片付けるとしようか。

 

---

 

 

「さっきから俺のことは無視か?」

 

不気味に浮遊する黒いシグムントの向こうから、萩島の苛立った声がスピーカー越しに響く。

 

「あぁ、悪かったな。ちょっと運営の偉い人と話し込んでたんだよ」

 

「運営と……? はっ、試合中に通信だと? ……まさか!?」

 

萩島の声がにわかに狼狽を帯びる。そう、そのまさかだ。

 

「運営も馬鹿じゃないってことさ。ちょっと調べりゃすぐにバレる技術だってな。おい、使ってるのは俺の戦闘データなんだって? そのためにわざわざシグムントのコピーまで用意したわけだ。――俺が兵藤を叩き潰したから、それを逆恨みしてんのか?」

 

「ああ、そうだ!! お前が余計なことをして奴を逮捕させたせいで、俺が心血注いで作ったプログラムが無駄になったんだよ! 本来ならあれで大金が転がり込んでくるはずだったのになぁ!!」

 

なるほど、兵藤に加担していた裏の技術者というのは、この目の前の男だったわけか。

 

「くそ、プログラムの実戦テストを兼ねて参加した県予選が仇になったか! 値は下がるが、そこらの雑魚ファイターどもに売りつけて荒稼ぎしてやるつもりだったのに……!」

 

どこまでも自分の金儲けのためか。そのために、真面目に上を目指して努力しているファイターたちの夢を汚そうとしていたとは、反吐が出る。

 

「残念だったな。もうお前の企みは運営に筒抜けだ。対策プログラムもすぐに組まれるさ。お前のビジネスはここで終わりだ」

 

「黙れ! お前のせいで、お前のせいで俺の計画が……!」

 

「黙るのはてめぇだよ。その汚い声をこれ以上聞きたくない。――さっさと終わらせてやる」

 

「は? 勝てる気でいるのか? 相手はお前自身だぞ! 機体も完全なコピーを用意してやったんだ!」

 

確かに、俺のデータを100%活かすために同型のシグムントを用意したその執念だけは、一丁前に認めてやる。これが別のガンプラなら、データの同期にズレが生じていただろうからな。

 

「そうだね。でもな、俺の戦闘データってことは、所詮は『過去の俺』なんだよ。過去の自分に怯んでるようじゃ、全国どころか世界じゃ絶対に通用しない。だから――ここで超えてみせる!」

 

覚悟を決め、深く息を吸う。プラフスキー粒子との完全同調――アシムレイトを発動し、同時に機体の心臓部を解放する。

 

「シャイニングバースト!!」

 

インフィニティの機体が眩い緑の光を放ち、背面の光の翼が大きく広がった。

対する漆黒のシグムントも、即座にヴォワチュール・リュミエールを全開にしてこちらへ肉薄してくる。なるほど、アシムレイトを発動した状態の戦闘データまでシミュレートされているわけか。

 

「新堂――!!」

 

激しく激突する2機のデスティニー。自分自身の戦闘スタイルを客観的に相手にするのは奇妙な感覚だが、なるほど、俺はこんな風に隙のない立ち回りをしていたのかと妙に感心する。

 

黒いシグムントがプリスティスを射出し、死角からインフィニティを強襲する。だが、最短ルートで迫る1基の軌道を読み切り、インフィニティの右手で強引に鷲掴みにした。

 

「パルマフィオキーナ――!!」

 

至近距離の光波を叩き込み、まず1基を内部から爆破。間髪入れずに反転し、背部ロングライフルの一撃でもう1基をも正確に撃ち抜いた。

 

これで相手の遠隔兵器は全滅。残された武装は、手元にあるレーヴァテインのみ。

……隆利と一緒にインフィニティへリメイクしておいて本当に良かった。あのままの武装だったら、今頃ジリ貧になっていたのはこちらの方だ。

 

黒いシグムントは構わず、残されたレーヴァテインを振りかざして突っ込んでくる。

俺はレーヴァテインⅡを背部へと格納し、代わりに複合兵装防盾システム〈リジル〉から、禍々しい粒子を帯びたアスラビームサーベルを展開させた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

トップスピードの交錯。一瞬早く相手の懐へ滑り込み、漆黒の左腕を根元から切り落とす。しかし、過去の俺の執念も凄まじい。すれ違いざまの足払りのような一撃で、インフィニティの左脚が破壊された。

 

アシムレイトの同調効果により、俺の左足に焼け付くような激痛が走る。

「くっ……あぁぁ!」

歯を食いしばって痛みをねじ伏せる。相手はただのAIデータだから、痛みの恐怖もノイズも一切なく、即座に次の一手を打てるのが強みか。

 

機体を反転させ、容赦なく追撃をかけてくる黒いシグムント。だが、その直線的な突撃に対し、俺はリジルを構え、レーヴァテインⅡをキャノンモードへと変形させて銃口を固定した。

 

「そらよ!!」

 

至近距離から放たれた極太の光条が、黒いシグムントの右腕を肩ごと派手に吹き飛ばした。

 

「しまった……!?」

 

萩島の絶望した声。これで両腕を失った偽物は、もう完全に形無しだ。

 

武器をすべて失いながらも、なおこちらを睨みつけ、体当たりを仕掛けようと突っ込んでくる黒いシグムント。

……フッ、我ながら往生際が悪い。最後の最後まで諦めずに足掻くところまで、しっかり俺のデータだな。だけど、もう終わりだ。

 

インフィニティを翻し、アスラビームサーベルの一閃で黒いシグムントの両足を切断。完全にダルマ状態となった機体を見下ろす。

 

「ご苦労さん。――過去の俺」

 

突き出した刃が、黒いシグムントのコクピットブロックを正確に貫いた。

 

大爆発が宇宙空間を飾り、モニターの表示が切り替わる。

 

《BATTLE ENDED》

〈勝者、静岡代表 新堂陽哉選手!〉

 

「ふぅ……どうにか勝てたか」

 

痛む左足をさすりながら、大きく息を吐き出す。過去とはいえ、自分自身の全力を相手にするのは骨が折れたが、これ以上ない経験になった。

 

モニターの向こうの萩島は、魂が抜けたような顔で俺を見た後、無言で通信を切ってステージを後にした。ステージ脇ではすでに数名のヤジマの運営スタッフが待ち構えており、彼はそのまま連行されていった。

 

---

 

バトルを終え、控室へと戻る通路の途中でニルスさんに遭遇した。

 

「今、萩島選手の取り調べを行っているよ」

 

「そうですか。……試合後に何もアナウンスがなかったってことは、この件はまだ公には……?」

 

「詳しい全貌がわかるまでは、明るみにはしない方針さ。余計な混乱を避けるためにね」

 

「了解です」

 

そこは運営の判断に任せるとしよう。どちらにせよ萩島は失格、一発退場だ。あの不正プログラムがこれ以上出回る心配もなくなった。

 

一息つこうと控室のドアを開けると、そこにはなぜか日向兄、大河さん、星斗、李衣菜、さらには翔太までがズラリと揃っていた。

 

「ってか、お前らなんで俺の控室にいるんだよ」

 

「いやぁ、お前の試合があまりに奇妙だったからな。気になって集まっちゃったんだよ」

 

日向が苦笑しながら答える。まあ、別にいいけど。

その時、ポケットの中でスマホがけたたましく鳴り響いた。画面を見ると、梨子からだ。

 

「もしもし、梨子?」

 

『陽君、試合見てたよ! おめでとう!』

 

「ありがとう」

 

ただ、勝利した直後にしては俺の声のトーンが低いことに、彼女はすぐに気づいたようだった。

 

『……何かあったの?』

 

「うん……ちょっとタイミングが悪かったな。色々とさ」

 

後ろで大河さんが「え、今の電話、もしかしてダイヤ様!? ワンチャン会話できるか!?」と騒ぎ始めている。

 

『それだけじゃないでしょ? 陽君』

 

さすがは梨子だ。俺の様子を完璧に見抜いている。

 

「あそこに、みんな揃ってるか?」

 

今日は浦の星の体育館でライブビューイングをしているはずだ。

 

『うん、みんないるわよ。スピーカーにするからちょっと待ってね』

 

ガサゴソとした音の向こうから、Aqoursのメンバーたちの賑やかな声が漏れ聞こえてくる。

 

「よし、ちょうどいい。ここには他のブロックの出場選手たちも数人いるから、まとめて話す。これから俺が話すことは、運営が正式に公表するまで絶対に他所に漏らさないでくれよ」

 

「え、ちょっと待って新堂! ダイヤ様と会話させてくれないわけ!?」

 

大河さんが横から身を乗り出してくるのを、手で制する。

 

「静かに。我慢して」

 

「あ、はい……」

 

大河さんを大人しくさせたところで、俺は受話器に向かって言葉を続けた。

 

「梨子、あの夜……兵藤の試合があった日の夜に、俺が話したことを覚えてるか?」

 

梨子にとっては思い出したくない名前だろうが、状況が状況だ。

 

『えっ? うん、覚えてるよ。結婚式はいつにするかとか、子供は何人欲しいとか――』

 

「おかしいおかしいおかしい!! そんな話は一言もしてないよ!?」

 

おい、スピーカーの向こうで千歌ちゃんたちが「ええっ!?」「そこまで進んでるの!?」って大騒ぎし始めたぞ! まだそんな将来設計の話はしてないから!

 

「そうじゃなくて、兵藤がもし全国に来た場合、どうやって勝ち上がろうとしていたかって話だよ!」

 

『あ……あぁ、そっちね! ごめんなさい、ちょっとからかっちゃった。……覚えてるわよ。自動操縦システムを不正に起動させるプログラムのことでしょ?』

 

からかわれたのか……心臓に悪い。だが、覚えていてくれて助かった。

 

「兵藤って、お前を拉致して棄権させようとしたあの屑か?」

 

星斗が眉をひそめ、李衣菜も「ネットで話題になっていましたね」と頷く。翔太が不思議そうに首を傾げた。

 

「でも、なんで今になってその人の名前が出てくるんですか?」

 

そりゃあ疑問に思うだろう。

 

『待って……今日の試合を見ていて、私、ずっと違和感があったの。相手のあの動き、陽君の戦い方にそっくりだった。……まさか……!』

 

流石は梨子だ。察しが良い。

 

「そのまさかだよ。萩島はその不正プログラムを使っていた。そして、そこに読み込ませていたAIの戦闘データは――俺のものだ」

 

控室の全員が、息を呑んで硬直した。

 

「マジかよ……じゃあお前、自分自身を相手に戦ってたってことか」

 

星斗が驚愕の声を漏らし、大河さんが拳を握りしめる。

 

「なんだよそのプログラム、どこまで汚ぇ真似しやがれば気が済むんだ!」

 

「ええ、公式のサーバーからトップファイターのデータを盗用して使うなんて、これほど卑怯な手段はありませんよ」

 

李衣菜も怒りを露わにする。

 

「あぁ。しかも萩島本人がそのプログラムの製作者で、兵藤の協力者だったらしい。俺が兵藤を倒して逮捕させたせいで、プログラムを高値で買い取ってもらえなくなったって理由で、俺を逆恨みしてたんだよ」

 

「なるほどな……すべての辻褄が合ったぜ」

 

星斗が納得したように腕を組む。

 

「まぁ、試合中にニルスさんが割り込んできて教えてくれたし、もう運営に身柄を拘束されてる。明日には全選手のGPベースの緊急検査が入るらしいから、これ以上の被害は出ないよ」

 

ひとまず不正の顛末を話し終えると、スマホの向こうから一斉に安堵の声が弾けた。

 

『はー君、本当におめでとう!』

『今回は本当にヒヤヒヤしたよー!』

『でも、ルビィ、勝ってくれるって信じてた!』

『うん! 次も絶対に勝つずら!』

『当然よ、目指すは全国制覇なんだから。わかっているわね、リトルデーモン?』

 

女の子たちの賑やかな声が響く中、俺の周りの野郎どもの空気が一変した。

 

「おうおう、いいねぇ。可愛い女の子たちにそんなに応援されちゃってさぁ」

 

日向がニヤニヤしながら肩を組んでくる。

 

「全国制覇ねぇ。だったら、まずは俺たちを倒してから言ってもらおうか?」

 

大河さんが好戦的な笑みを浮かべて顔を近づけてくる。めんどくせぇ……暑苦しいから離れてくれ。

 

『ともかく、勝ったことには変わりないんだから。おめでとう、陽』

『さすがにあのシグムントのコピーが出てきた時は肝が冷えたわねぇ』

 

果南姉と鞠莉姉の声に続いて、キリッとした厳格な声が響いた。

 

『そうですわね。ただの嫌がらせの模倣かと思いましたが、あなたのデータを活かすための機体選定だったとは。ですが、いくら精密なデータとはいえ所詮は過去のあなた。日々進化し続けている陽の敵ではありませんでしたわね』

 

「その通りだよ、ダイヤ姉さん。昔の自分に負けてるようじゃ――」

 

言いかけたその瞬間、横から猛烈な勢いでスマホをひったくられた。大河さんだ。

 

「ちょっと貸せ新堂!! ――く、黒澤ダイヤさん!!」

 

『は、はいぃ!?』

 

あまりの怒鳴り声に、スピーカーの向こうのダイヤ姉さんが素で素っ頓狂な声を上げる。

 

「か、鹿児島代表の湊大河といいます! 『未熟DREAMER』のPVを見たその瞬間から、あなたに一目惚れしました!!」

 

『……は……?』

 

「それだけじゃない! Aqoursの練習風景の動画を見て、スクールアイドルに一生懸命なあなたの姿に、さらに魂を撃ち抜かれました! まだあなたのことを全部知っているわけじゃない! だから、あなたの全部を知りたい! ――俺と、付き合ってください!!」

 

おいおいおいおい、人のスマホを使って何て破天荒な公開告白をしてるんだ、この人は。

 

「はいはいはいはい、ちょっと落ち着こうか大河ァ!」

 

日向がすかさず割り込み、大河さんの首に腕を回して引き剥がす。

 

「ごめんね黒澤さん、俺は東京代表の神宮司日向。あ、梨子ちゃん久しぶり、陽と付き合ってるんだって? 良かったね! とにかく黒澤さん、こいつの寝言は気にしなくていいから。――よし大河、あっちの部屋で俺とじっくり語り合おうぜ。……『物理』でな」

 

「ぶ、物理!? 待て日向、お前人の恋路を――うわあああ!」

 

引きずられていく大河さん。できれば物理ではなく言語で語り合ってほしいものだが、日向兄の笑顔が完全に怒っていたので手遅れだろう。

 

「だ、ダイヤ姉さん? 大丈夫?」

 

『あ、う、頭が……処理が……』

 

果南姉の苦笑混じりの声が聞こえる。

『突然のことでびっくりして、ダイヤが完全にフリーズしちゃった』

 

鞠莉姉が楽しそうにケラケラと笑う。

『いきなりの電撃パッションな告白だもんねぇ! でもマリー、そういう真っ直ぐな男、嫌いじゃないわよ♪』

 

でしょうね。後ろではルビィちゃんが「おおおおお、おねぇちゃんが、ここここここ、告白ぅ!?」と完全にキャパオーバーを起こしてパニックになっていた。花丸ちゃんと善子ちゃんが必死に宥めているが、しばらくは使い物にならないだろう。

 

『と、とにかく、こっちの混乱は私たちでなんとかしておくわ。陽君、次の試合も頑張ってね』

 

「おう、任せとけ!」

 

梨子の少し呆れたような、それでも温かい声に送り出され、通話を切った。

 

「あ……あの……果南さんと、鞠莉さんと、さっき話してたのって……」

 

星斗が顔を真っ赤にして、モジモジしながら声をかけてきた。

 

「ん? かな姉と鞠莉姉がどうかしたか?」

 

「え!? な、なんでもない! なんでもないよ!! じゃ、俺はもう行くわ!」

 

サングラスを直しながら、大慌てで部屋を飛び出していく星斗。なんなんだ、あいつは。

 

「ふふ、それでは準決勝で会いましょう。今日の試合を見て、さらにあなたと戦いたくなりました。だから、次の試合、絶対に負けないでくださいね」

 

李衣菜が凛とした笑みを浮かべ、一礼して部屋を出ていく。

 

「ああ、お互いにな」

 

「僕も、そろそろ福岡に帰ります」

 

翔太がまっすぐな目で俺を見つめた。

 

「そっか。気をつけてな」

 

「来年、僕はもっと強くなって必ずここに戻ってきます。その時は、また全力で戦ってください」

 

「ああ、また戦おう。楽しみにしてるぜ」

 

ガシッと力強く握手を交わし、翔太は前を向いて控室を後にした。

 

さて……あと1勝すれば、いよいよ準決勝だ。順当にいけば、相手はあの流麗な動きを見せる李衣菜が勝ち上がってくるだろう。

今から血が滾るのを抑えきれなかった。

 

---

 

次回に続く

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