ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine- 作:陽@曜花推し
いやぁ、今日の放課後は本当に有意義な時間だった。
始業式が終わった後は特に学校ですることもないので、午後からは先日、お笑い芸人(笑)の川島君をボコボコにした模型店『ホビーショップ三丸』へと顔を出していたのだ。
お店に行くと、居合わせた常連のファイターたちから「こないだは川島を懲らしめてくれてありがとう!」と次々にお礼を言われ、連絡先を交換したり、そのまま野良バトルで一汗流したりと、実に楽しい時間を過ごさせてもらった。
どうも、沼津のガンプラ界隈でプチ有名人になりつつある新堂陽哉でございます。
すっかり満喫した後、愛車のCBR250RRを小気味よく走らせて内浦への家路を急ぐ。
十千万旅館の前に差し掛かると、ちょうど学校から帰宅したばかりの我が従姉妹の姿を発見した。
「はー君! おかえりー、どこ行ってたの?」
「おう、千歌。こないだ一緒に行った模型屋だよ。ちょっと買い足したいツールがあってさ」
「そうなんだ! わたしもまた行きたいなぁ。はー君のバトル見てたら、わたしもガンプラバトル、やってみたくなっちゃった!」
「おお、いいぜ。バトるならまずは自分のガンプラを作らねぇとな。確か俺の部屋に、まだ手を付けてない未開封の積みプラがいくつかあったから、どれでも好きなやつあげるよ。今度うちに貰いに来いよ」
「本当!? やったぁ、絶対に行くー!」
千歌はみかん色の髪を揺らして満面の笑みを浮かべた。……と、その時。千歌の視線がふと、海岸沿いの桟橋の方へと向けられ、その動きがピタリと止まった。
「……って、あれ? あそこにいる子……」
千歌の呟きに釣られて、俺も視線をそちらへと動かす。
そこにあったのは、海へと突き出た桟橋の先端。そして、その場所にぽつんと佇んでいるのは――紛れもない、お隣さんの梨子さんだった。
(あぁ……アニメの通りだ。この後、海に飛び込もうとする梨子を千歌が止めようとして、結果的に二人揃って海にドボンする運命のシーンですね、分かります)
とはいえ、前世の記憶を持つ身からすれば、今の時期の駿河湾の海はめちゃくちゃ冷たい。生身で飛び込んだら確実に風邪をひく。いくらアニメの黄金パターンとはいえ、目の前で幼馴染たちが寒さで凍えるのを見過ごすわけにはいかない。ここは前世35歳(元社畜)の大人として、スマートに静止してみせようじゃないか!
「千歌、これ持ってろ!」
「えっ? わ、わわっ!?」
俺は持っていた荷物一式を千歌の腕の中に強引に押し付けると、CBRを止めてそのまま桟橋に向かって猛ダッシュを開始した。
「梨子――ッ!!」
「えっ? ――陽君!?」
俺の張り上げた声に驚き、梨子がバッとこちらを振り返る。
よし! 彼女の意識を完全にこちらに向けた! これでアニメ通りの「海へのドボン」のフラグは完全に叩き折って阻止したぞ――!!
そう、完璧にフラグをへし折ったと、確信して油断した次の瞬間だった。
「あ゛」
全力疾走の勢いのまま、桟橋の濡れた木板に足を取られ、俺の身体が派手につるりと宙を舞う。
……まさかの、我輩、大・転・倒www
静止が間に合うはずもなく、放物線を描いた俺の身体は、そのまま美しいフォームで海面へと向かって落ちていく。
ドッパァァァーーーーンッッ!!!
――ナイスイーーーーーン
はい。『第1回・内浦水落オープン』、三津周遊遊覧船乗り場特設会場から、私、新堂陽哉が文字通り身を挺してお送りいたしました。
(って、大バカか俺はーーーーーーッッ!!!)
何がスマートにフラグ阻止だ! 梨子たちを止めるどころか、俺が一人で盛大に落ちてどうすんねん! かっこ悪すぎるだろ!!
駿河湾の冷たい海水が、容赦なく白いブレザーの制服を濡らし、骨の髄まで冷やしていく。
「ぶはっ……! くっそ、冷てぇ……っ!!」
とりあえず、情けない声を上げながらバタ足で砂浜へと這い上がる。ちょっと早すぎる海水浴だぜ(ガタガタと震え声)
ずぶ濡れになって砂浜に打ち上げられた俺の前に、梨子と千歌がトコトコと歩み寄ってきた。
梨子……お願いだから、そんな何か可哀想な人を見る目で俺を見つめるのはやめてくれ。心が折れる。
そして千歌……後ろを向いて肩を小刻みに震わせながら、必死に笑いを堪えるんじゃねえ! 従姉妹だろ!
さらに最悪なことに、ちょうど旅館の買い出しから帰ってきたばかりの美渡姉にまで、その一部始終をバッチリと目撃されていた。
「ギャハハハハハ! 陽、何やってんのウケるーーーっ!! はい、とりあえずこれ使いなさい!」
お腹を抱えて爆笑しながら、十千万旅館の大きなバスタオルを投げ渡してくる美渡姉。お姉さん、笑いながらタオルを渡すの、地味に精神的ダメージがデカいのでやめてもらっていいですかね……。
とりあえず、美渡姉に感謝しつつタオルでガシガシと濡れた髪と身体を拭き、俺は千歌と梨子の二人を伴って、海岸の段差へと腰掛けた。
白いブレザーから水滴が滴る中、俺たちの奇妙な対話が始まる――。
「……で、梨子。お前、さっき完全に海に飛び込もうとしてただろ?」
大きなバスタオルにくるまり、ガタガタと小刻みに震えながら尋ねる。
「うん……。止めてくれようとしたんだよね、ごめんなさい。……クスッ」
「そうだよー、ここ沖縄じゃないんだから……ププッ! もし海に入りたければ、近くに果南ちゃんの家のダイビングショップもあるのに……っ!」
「お前ら二人とも、必死に笑いを堪えながら喋るんじゃねえよ……(怒)」
ずぶ濡れの俺を交互に見ては吹きそうになっている女子二人にジト目を向ける。理不尽だ、俺は被害者(自爆)なのに。
「ふふ、ごめんなさい。……でもね、本当に海の声が聞きたかったの」
(海の声ねぇ……。よし、今すぐスマホで海未姉に電話してスピーカーにしてやろうか? あ、そっちの海未じゃなくて、本物の『海』のことね。あまりの寒さに前世の知識を交えたくだらないボケが脳内を駆け巡る。)
「海の中の音ってこと?」
(回虫? 寄生虫って音出したっけ……? あぁ、海中の音ってことね。寒さで俺の脳のプロセッサーがバグを起こしかけている、早く温かい風呂に入りたい)
「そうなの。私ね、ピアノで曲を作っているんだけど……どうしても、新しい海の曲のイメージが浮かばなくて。それで、つい……」
「ええっ!? 作曲ができるんだ! すごいね! もしかして、ここらへんの高校に通ってるの?」
「ううん。東京から引っ越してきたの」
「東京からかぁ! ……ん? そういえば、はー君。さっきこの子のこと、思いっきり名前で呼んでたよね? 二人ってどういう関係なの?」
「ん? 梨子は、東京での俺の幼馴染」
「えええっ!? 幼馴染!?」
「ちょっと待って、千歌ちゃん……。千歌ちゃんは陽君のこと『はー君』って呼んでるけど、二人はどういう……?」
「ん? 千歌は、俺の母方の従姉妹」
「「あぁ……! なるほど、繋がったわ(ね)」」
お互いに顔を見合わせて、すとんと納得する千歌と梨子。
「偶然にも、俺と梨子が同じタイミングでこっちに引っ越すことになってさ。俺は浦の星から『共学化のテスト生として、入学式で挨拶してほしいから早めに来てくれ』って言われて、一足先に来てたんだよ」
「東京にいた頃の高校は別々だったんだけどね。陽君は暁(あかつき)高校で、私は音ノ木坂学院に通ってて……」
「えっ!? 音ノ木坂!? じゃあじゃあ、μ's(ミューズ)は知ってる!? 5年前に音ノ木坂の廃校の危機を救った、あの伝説のスクールアイドル!!」
『音ノ木坂』の単語を聞いた瞬間、千歌の目が限界まで見開かれ、身を乗り出してきた。
「え……? ごめんなさい、あんまりよく知らないの。ずっとピアノばっかり弾いていたから、そういう流行りのものには疎くて……」
「えええーっ!? もったいない! じゃあさ、今から見てみる!? 音ノ木坂のスクールアイドルがどれだけ凄いか、見たら絶対に『なんじゃこりゃー!』って感動するから!」
「な、なんじゃこりゃ……?」
「そう! 奇跡の輝きなんだから! ちょっと待っててね、今動画を出すから!」
千歌は鼻息を荒くしながら鼻息荒く宣言すると、なぜか自分のカバンではなく、足元に置いてあった俺の――ずぶ濡れの新堂陽哉のバッグのジッパーを無断でジィィーッ! と勢いよく開け、中身をガサゴソと漁り始めた。
「おい待てコラみかん娘。なんで俺のバッグを当然のように私物化して漁ってんだよ」
突っ込む俺の言葉なんて完全に耳に入っていない千歌。
「おいこら。自分じゃなくて俺のスマホを勝手に使うつもりか、このみかん娘は」
びしょ濡れのバッグから俺の端末を引っ張り出した千歌に、タオルを頭に被ったまま突っ込む。
「いいじゃん! わたしのスマホで見るとパケットがさぁ。先月、動画の見すぎでギガが無くなって速度制限来ちゃって、美渡姉にめちゃくちゃ怒られたんだもん!」
「いや、どんだけ使い込んだんだよ……」
「はい、画面見せてあげるから、はー君は持ってて! これだよ、これ!」
どうやら俺に拒否権は無いらしい。
渋々スマホを受け取り、μ'sの動画を再生して梨子に見せる。まあ、よく考えてみたら俺の回線は前世の社畜時代の名残で『ウルトラデータパック20GB』に加入しているから、これくらいじゃびくともしないんだけどな。
「ね、どう……?」
千歌が期待に満ちた目で梨子の顔を覗き込む。画面の中で躍動する9人の光を見つめ、梨子は少し戸惑ったように眉を下げた。
「なんというか……普通? あ、悪い意味じゃなくてね。アイドルって言うから、もっと最初からプロの芸能人みたいな感じかと思ったって言うか……」
「だよね! ……私にとっても、それが本当に衝撃だったんだよ」
「え?」
「あなたみたいにずっとピアノを頑張ってきたとか、大好きなことに夢中でのめり込んできたとか、将来こんな風になりたいって夢があるとか……私には、そんなの一つもなくて」
千歌の言葉を横で聞きながら、俺は静かに頷く。
確かにそうだった。昔から千歌は3日坊主で飽きっぽく、曜や俺の後ろをトコトコ付いてくるような奴だった。
「私ね、普通なの。私は、普通星に生まれた普通星人なんだって、ずっとそう思ってて」
(千歌が普通星人だったら、遺伝子的に従兄弟の俺も漏れなく普通星人になっちゃうね。あ、すいません極寒なので黙ります。)
「どんなに変身しても、私は普通のまま。そんな風に思ってて……それでも何か、私にもできることがあるんじゃないかってずっと探してたんだけど、気がついたら高二になってた。まずっ! このままじゃ本当にこのままだぞっ! 普通星人を通り越して、普通怪獣『ちかちー』になっちゃうって! ガオー!」
(内浦の海岸線に新種の怪獣出現か。助けてウルトラマン、カラータイマーが鳴る前に俺をお風呂に入れてくれ……ごめんなさい重ね重ね黙ります)
「ふふ、うふふふっ」
千歌の全力のポーズに、梨子の緊張が解けたように美しい笑い声が弾けた。
「えへへ。でね、そんな時に出会ったの、画面の向こうのあの人たちに! みんな私と同じような、どこにでもいる普通の高校生なのに、信じられないくらいキラキラしてた! それで思ったの! 一生懸命練習して、みんなで心を一つにしてステージに立つと、こんなにも格好良くて、感動できて、素敵になれるんだって! スクールアイドルって、こんなにも、こんなにも、こんなにもキラキラ輝けるんだって‼」
千歌の瞳に、夕日の光を跳ね返すほどの強い輝きが宿る。
「気づいたら全部の曲を聞いてた! 毎日動画を見て、歌を覚えて、そして思ったの!」
(なるほどな。そりゃWi-Fiも繋がずに毎日それだけ動画を回してりゃ、マッハで速度制限も来ますわ。携帯会社から『お前パケット使い過ぎなんだよ! 速度遅くするからな』的な警告メールが届くわけだ。……でも)
タオルに顔を埋めながら、千歌の横顔を見る。
パケットの心配なんて吹き飛ばすくらい、あの伝説の9人は、この飽きっぽかったみかん娘を心の底から夢中にさせたんだな。
「私も仲間と一緒に頑張ってみたい! この人たちが目指したところを、私も目指したい! 私も……『輝きたい』って!」
「……ありがとう。何か、頑張れって言われた気がする。今の千歌ちゃんのお話」
「あ、わたしは高海千歌! この近くの浦の星女学院の2年生だよ!」
「私は桜内梨子。……私も、明日から浦の星に通うの」
「嘘……奇跡だよ‼」
(はい、ここでアニメ史に残る『奇跡だよ』をライブでいただきましたーー!)
「一緒に、スクールアイドルやりませんか‼」
「えっ……? ごめんなさい、私は無理だよ。地味だし……ダンスなんてやったことないし」
「そんなことないよ! すっごく美人だし、それにμ'sのメンバーも最初はダンス経験なんて無かったって聞いたし!」
「せっかくのお誘いだけど、本当にごめんなさい。今は、内浦でピアノのことに集中したいから……」
「そっか……。うん、わかった!」
(いや、これ絶対にわかってねぇだろ。顔が完全に『明日から毎日校内でストーカー勧誘します』って顔になってるぞ。俺は知らん。頼むから俺にだけは飛び火しないでくれよな……)
「とりあえず、明日からよろしくね、梨子ちゃん!」
「ええ、こちらこそよろしくね、千歌ちゃん。……陽君も、風邪ひかないようにね?」
「おお、ありがと……ハックシィッ!!」
梨子の優しい気遣いに感謝した瞬間、盛大なくしゃみが出た。
その日はそれで解散となり、俺は一目散に我が家の温かいお風呂へとCBRを走らせたのだった。
やはり、高海千歌という少女は油断ができない。これからも彼女の猛烈なスクールアイドル勧誘は続くだろう。
だけど……うーん。千歌のあの真っ直ぐな「輝きたい」という言葉は、かつて前世の未練を抱えながら「自分の腕で輝きたい」と転生神に誓った俺の胸の奥にも、静かに、だけど確かに突き刺さっていた。
「……ま、とりあえず明日は学校終わりに、約束通り千歌にガンプラを渡しに行くか」
湯船に浸かりながら、俺は部屋のクローゼットに眠る『未開封の積みプラ』の山を思い浮かべた。
極寒の駿河湾に自爆ダイブした身体を限界まで温め、ようやく生き返った心地で脱衣所に出た瞬間、リビングから母親ののんきな声が飛んできた。
「あ、陽君。浦の星の新しい理事長さんから連絡があって『今すぐお話がしたいから淡島へ来てほしい』って。ちょっと行ってきなさい。」
「……はえ?」
――というわけで、運命の濁流には逆らえず。
俺は今現在、淡島にそびえ立つ高級リゾート『ホテルオハラ』の巨大なロビーに立ち尽くしていた。うん、相変わらずバカみたいにデカいホテルだ。
「はぁーい、陽――っ!!」
特徴的なシャウトと共に、きらびやかな金髪をなびかせた美少女が、ロビーの奥から軽い足取りで突撃してきた。
おう、我らがシャイニー姉さんこと、小原鞠莉お嬢様のご登場である。
「久しぶり、鞠莉姉。……2年ぶり、かな?」
「マリーも会いたかったわ! 見ない間にすっかりイケメンに成長しちゃって、お姉ちゃんウレシイわ!」
言うが早いか、鞠莉姉は遠慮という言葉をドブに捨てた勢いで、俺の身体に思い切り抱き着いて(ハグして)きた。
オゥオゥオゥ……これは何というか、前世のゲーム知識で言うところの「こうかはばつぐんだ!」ってやつか。密着した場所から伝わる圧倒的なボリューム感と、女の子のめちゃくちゃええ匂いが……。
(いかんいかん、俺は一応、公的な用事で呼ばれたんだ。理性を保て前世35歳!)
慌てて頭を振って距離を取り、あえて結末は分かっているけど尋ねてみる。
「でさ、浦の星女学院の新しい理事長に呼び出されてここに来たんだけど……どこにいるか知ってる? 挨拶しにいかなきゃいけないんだけど」
「うふふ、今あなたをギューってハグしてる、マリーがそうよ♪」
な、なんだってーーー!(渾身の棒読み)
「うふふ、驚いた? 小原家の浦の星への寄付額は相当なものなのよ?」
あえて言わせてもらおう。かな姉の分まで魂を込めて、せーのっ!
――これだから金持ちはッ!!!
「それにね、陽のご両親から『共学化のテスト生としてあの子を内浦の学校へ入れたい』って相談を受けて、パパが浦の星への編入を二つ返事で許可したのよ」
そういえば、うちの親父と鞠莉パパは学生時代からの親友だったって聞いてたっけ。ついでにお袋と鞠莉ママも昔から大の仲良しだ。本当にこの世界の親世代のネットワークは恐ろしすぎる。
「なるほどな……。じゃあ、小原のおじさんにもちゃんとお礼を言っとかないとな」
「お礼なら、時間がある時にいつでもいいわよ? それよりも……ねぇ、今から『しよ』?」
え……? もしかして……。
高級ホテルの最上階、夜のスイートルーム。そこに美少女と、二人きり。
(前略、父上、母上。あなたがたの息子は、今日、ついに一人前の男になれそうです……! よかった、この世界では30歳を過ぎて魔法使いにならずに済んだんだ……! さあ、ショータイムだッ!!w)
「ガンプラバトル、やろ?」
ですよねぇぇぇぇーーーーーーっっっ!!!(大爆笑)
何を受付終了直前の限界オタクみたいに期待してたんだ俺は! 草生えるわチクショウ!! 誰かこの俺の脳内の雑草をきれいに刈り取ってくれぃ!!
案内されたホテルオハラの一室には、当然のように最新型のガンプラバトルシステムが鎮座していた。そういえば、鞠莉パパも現役時代はかなりの凄腕ファイターだったっけ。
ふと壁に目をやると、一枚の写真が飾られていた。そこには、まだ若かりし頃の俺の親父と鞠莉パパが、自慢のガンプラを手に掲げて、満面の笑顔でピースサインを作っている姿があった。いいなぁ、こういう、生涯をかけて切磋琢磨し合える仲間がいるのって。
「私はもちろん、陽が昔作ってくれた『バエル』を使うわ!」
鞠莉姉がボックスから取り出したのは、実に懐かしい機体だった。
彼女のパーソナルカラーである鮮やかなバイオレットで美しく塗装された『ガンダムバエル』
両手に持つバエルソードの刀身は、ガンプラのプラスチックではなく、本物の金属から削り出したワンオフの特注品だ。当時、鞠莉姉からの莫大な資金提供(※お小遣い)がなけりゃ、中学生の俺の技術じゃ絶対に再現できなかった贅沢仕様である。
「んじゃ……俺は、こいつを使わせてもらおうかな。俺の新しい相棒、『デスティニーガンダムシグムント』」
「わぉ! デスティニーガンダムの改造機ね! しかも二刀流かぁ……マリーのバエルと似ていて、とっても面白そうじゃない! じゃあ、始めましょうか!」
「おう。手加減はしねえぞ、鞠莉姉!」
コントロールスフィアがせり上がり、プラフスキー粒子が二人の空間を満たしていく。
かつてチームを組み、そしてバラバラになってしまった3人のガンプラを作った俺が、今度は新理事長となった鞠莉姉と刃を交える。
波乱のスクールアイドル部の結成の裏で、もう一つの熱い『闘い』が、静かに幕を開けようとしていた――。
『GUNPLA BATTLE Combatmode startup. Mode damage level set to “C”』
さすがにダメージ設定は、大切な愛機を壊さないための安全な『C』モードだ。
『Please set your GP-Base』
『Beginning [Plavsky Particle] dispersal. Field 7, moon』
「……月面ステージか。面白そうじゃないか」
幻想的なプラフスキー粒子が空間を満たし、眼前に荒涼としたクレーターの世界が広がっていく。
月面といえば、前世の記憶にある『SEED DESTINY』で、シン・アスカとアスラン・ザラが最後に死闘を繰り広げた、あの因縁の場所だ。シンに似た容姿を持つ俺が、デスティニーの改造機で立つ舞台としては、これ以上ないほどお誂え向きのシチュエーションだと言える。
『Please set your GUNPLA』
「小原鞠莉、ガンダムバエル、行くわよ!」
「新堂陽哉、デスティニーガンダムシグムント、出るぞ!」
フラッシュと共に、月面の荒野に二機のガンダムが凛然と出現した。
それと同時に、鞠莉姉のバイオレットバエルは金色に輝くバエルソードを、俺のシグムントは二本対のレーヴァテインを引き抜き、刹那の間に中央で激しく切り結ぶ。
ガギィィィーーンッ!!!
プラフスキー粒子が火花となって激しく飛び散り、重低音の金属音が月面に響いた。
鞠莉「ふふ、流石にやるわね、陽!」
「そっちこそ! だけど、こいつはどうだ!」
俺はコントロールスフィアを叩き込み、両腕の複合兵装防盾システム〈スヴェル〉から有線兵装を解き放つ。
「行きな、プリスティス!」
二基のプリスティスがシグムントの手の甲から離脱し、月面の低重力空間を鋭くカッティングするように飛び回る。内蔵されたビームガンで容赦ない牽制の十字砲火を浴びせつつ、その隙を突いて俺自身もレーヴァテインを構えて肉薄した。
「へぇ……ドラグーンね。しかもそれを完全にマニュアルで操作するなんて、本当に成長したわね、陽! ……でもね!」
鞠莉姉は驚きつつも、一切の動揺を見せなかった。
シグムントの放った鋭い斬撃を、バエル特有の驚異的なスラスター推力によるバックステップで紙一重で回避。それと同時に、バエル背部のウイングから放たれた電磁砲(レールガン)の精密な射撃が、死角から迫っていたプリスティスの一基を正面から完璧に弾き飛ばした。
「マジかよ、反応速度がバケモノか……!」
「まだまだよ!」
さらに鞠莉姉は、残るもう一基のプリスティスの突撃に対し、金属削り出しのバエルソードを電光石火の速度で一閃。プラスチックを両断する硬質な音が響き、プリスティスが容赦なく叩き切られた。
「んなっ!? クソ、戻れっ!」
世界レベルのファイターを相手に、これ以上の遠隔操作は命取りだ。俺は慌てて残ったプリスティスをスヴェルのマウントへと強制帰還させる。
「機体を近接戦闘に特化させたのね。排除したビームブーメランの代わりに、あの有線ドラグーンを仕込んだの?」
「ご明察。……やっぱり鞠莉姉には、一瞬で見抜かれちゃうか」
苦笑交じりに言う。かつて中学時代、彼女たちのチーム機体をビルドしていたのは俺だ。お互いの手の内も、癖も、ガンプラの設計思想も知り尽くしている。
「ええ、陽のことなら何でもわかるわ。……さあ、最高の続きを楽しみましょ?」
「ああ、望むところだ!」
流石は鞠莉姉、一筋縄ではいかない強さだ。俺が放つ超高速の二刀流の斬撃が、バエルの流麗なステップによってことごとく見切られ、空間を虚しく切り裂いていく。
だが、世界の頂点を目指す俺にだって意地がある。大人たちに揉まれてボコボコにされながら磨き上げた操縦技術は伊達じゃない。鞠莉姉の鋭いカウンターの剣筋を、俺もまた意地で躱し続ける。
「そこだっ!」
激しいブレードの応酬の最中、俺はシグムントの機動力を爆発させ、バエルの完全な背後へと回り込んだ。そのまま鋭いキックを叩き込み、バイオレットの機体を前方へと力強く蹴り飛ばす。
「おっとっと……!」
だが、鞠莉姉は姿勢制御スラスターを吹かして一瞬で体勢を立て直すと、その勢いのまま恐るべき加速力で急接近。鋭い突きを放ってきた。
引き付け、首を一皮分だけ傾けてギリギリで躱す。だが、その刹那の交差の瞬間、バエルの剣先がシグムントの胸部装甲を浅く切り裂き、白いプラスチックに一本の鋭い傷跡が刻まれた。
(危ねぇ……! ガンプラ学園の連中とやってる気分だぜ)
バックステップで大きく距離を取りつつ、俺はスヴェルにマウントした状態のままのプリスティスを前方へ向け、大出力のビームを連射する。
「あら……っ!? さっきのドラグーンの時より、明らかにビームの威力が上がってる!?」
画面の向こうで、鞠莉姉が驚きに目を見開くのが分かった。
当然だ。スヴェル接続時のプリスティスは、本体のジェネレーターから直接パワーが供給されるため、無線操作時よりも遥かに高い火力のビームライフルとして機能するのさ。
「陽、本当にあれから凄く成長したみたいね。……でも、マリーのこれには付いてこれるかしら?」
「ん……?」
次の瞬間、俺はコンソールに映し出されたバエルの姿を見て、思わず目を見張った。
バエルの両手に握られた金属削り出しの特注ソードの刀身が――パチパチとプラフスキー粒子を巻き込みながら、見たこともない禍々しい光を放ち始めたのだ。
(おいおいおい、待て。鞠莉姉のバエルをビルドしたのはこの俺だぞ。あんなシステム、設計段階でも製作段階でも、絶対に組み込んでないはずだ……!)
俺の知らない、バイオレットバエルの謎の機能。
2年の空白の間に、彼女が自ら施したカスタムなのか、それとも――。
「マリー……シャイニング・ブレードッ!!」
画面の向こうで鞠莉姉が叫び、バイオレットバエルが金色に輝く実体剣を鋭く一閃した。
刹那、刀身からプラフスキー粒子の高密度な光の刃――文字通りの『斬撃波』が、月面の空間を切り裂いてこちらへ飛んできやがった!
「マジかよ、そんなのアリかッ!?」
あまりの弾速に回避は不可能。俺はとっさに左腕の複合兵装防盾システム〈スヴェル〉を前方へ突き出し、強固な三角形のビームシールドを展開して防御姿勢を取る。
――ズガァァァーーンッ!!!
「ちっ……! スヴェルが真っ二つかよ……!」
凄まじい衝撃波と共に、俺の絶対の盾だったスヴェルのビームシールドが強引に叩き割られ、ユニットごと爆発四散した。
プラフスキー粒子の応用か。粒子を纏わせた金属製のバエルソードから放たれた斬撃は、こちらのシールドを遥かに上回る粒子濃度を誇っていた。だから、出力負けして一撃で破られたんだ。
だが、シグムント本体の左腕切断まで行かなかったのは不幸中の幸い。盾1個の損失で済んだと思えば、安いものだ。
「うふふ、驚いた? あれからバエルソードの刀身に、プラフスキー粒子に過剰反応する特殊なコーティングを独自に施したのよ!」
(なるへそ……そういうことか。ま、親愛なる我が相棒をプレゼントした以上、あのバエルはもう鞠莉姉の機体だ。どう改造しようが彼女の自由だしな。……だけど!)
(あのプラフスキー粒子に過剰反応する特殊コーティング剤って……めちゃくちゃ高かったよな!? 確か、最新のMG(マスターグレード)のキットが余裕で2個は買えるくらいの超高級塗料じゃねえか!! それを剣のパーツだけにサラッと使いやがって……! これだから金持ちはよぉぉぉぉ!!!)
「なら……こっちも、とっておきを出すしかねえな!」
これ以上の出し惜しみは敗北を意味する。
俺はコントロールスフィアを極限まで押し込み、シグムントの最大出力推進システム――『ヴォワチュール・リュミエール』を完全に機動させた。
背部ウイングから溢れ出た光の翼が爆発的な輝きを放ち、月面の低重力空間を異次元の超加速でカッティングしていく。
「させないわよ!」
鞠莉姉はバエルのウイング電磁砲を連射して俺の接近を阻もうとする。だが、光の翼によって極限まで高まった機動性能の前に、シグムントの『分身(光の残像)』が月面を埋め尽くし、すべての砲火を虚しくスカらせた。
「はぁぁぁぁぁーーーッ!!」
一瞬でバエルの懐へと肉薄。レーヴァテインの鋭い二連斬りが閃く。
一撃目でバエルの右脚を、二撃目で左腕を容赦なく斬り飛ばす! だが、流石は世界のバケモノたちと渡り合ってきた小原鞠莉だ。ダルマにされかけながらも、狂気的な執念の反撃で、シグムントの左腕を相打ちの形で綺麗に切断してみせた。
それでも、俺のビルダーとしての、ファイターとしての前進は止まらない。
残された右腕のレーヴァテインを、全体重を乗せて脳天から振り下ろす。
対する鞠莉姉も、残った右腕のバエルソードでシグムントのコクピットブロックを突き刺そうと肉薄してくる。
――コンマ数秒の、命の削り合い。だが、俺の方が、ほんの少しだけ早かった。
ザシュゥゥゥッッ!!!
火花が散る。シグムントのレーヴァテインの鋭い刃が、バエルのコックピットブロックへと正確に深く、食い込んでいた。
直後、システムが静かに勝者を告げる。
『BATTLE ENDED』
「ふぅ……。俺の勝ちか……。マジで危なかったぜ」
コックピットハッチが開き、ホログラムが消えていく部屋の中で、俺は座布団の上にドサリと座り込んで大汗を拭った。
「あ〜ん、悔しい! やっぱり陽のデスティニーは最高にクールね! でも、とっても楽しかったわ! またすぐにやりましょ?」
「ああ、喜んで。」
お互いの健闘を称え合い、ニッコリと笑い合う。
心地よい疲労感に包まれながら、俺はふと時計に目をやり――そこで、とんでもなく重要な事実に気がついてしまった。
「あ……おい待て、鞠莉姉。いま何時だ?」
「ん? もう夜の8時を回ったところよ?」
「……終わった。淡島からの帰りの連絡船、もう今日の営業終わってんじゃん……」
そう、俺が淡島に渡る時に乗ってきた船が、事実上の最終便だったのだ。完全にバトルの熱量で忘れていた。
「うふふ、ノープロブレムよ! 今日はここに泊まっていきなさい。マリー特製のスペシャルディナーも用意してあるし、浦の星の制服の予備(メンズ用)も、実はパパがここに用意してあるの。だから明日はここから一緒に登校しましょ♪」
「いや、泊まらせてもらえるのはめちゃくちゃ有り難いんだけどさ。部屋は? こんな高級ホテルだし、急に一室用意してもらうのも悪いだろ……」
恐縮する俺に対し、鞠莉姉は人差し指を唇に当てて、これ以上ないほど妖艶で、悪戯っぽい『シャイニー』な笑みを浮かべた。
「なーに言ってるの? お部屋なら、このマリーの私室(スイートルーム)があるじゃない。今夜はベッドで、一緒の布団で寝ましょ?w」
(な、な、なんだってーーーーーーーッッ!!!w)
やはり! やはり俺は、今日という日に、前世35年のチェリーな人生を卒業して大人の階段を上ることになってしまうのか……!?(ゴクリ)
背後に広がるキングサイズのふかふかベッドと、ええ匂いのする金髪美女。
新堂陽哉、浦の星女学院への入学早々、ガンプラバトル以上の人生最大の『危機(至福)』が、夜の淡島で静かに幕を開けようとしていた――。
続く!!!!