ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine- 作:陽@曜花推し
どうして僕たちは・・・こんなところに来てしまったんだろう・・・
おはようございます、新堂陽哉です。
昨夜は小原家のシャイニーお嬢様のご厚意により、ホテルオハラの最高級スイートルームにお泊まりさせていただきました。
ええ、結果から申し上げますと、宣言通り一緒のベッドにインしましたよ。
それで、大人の階段を上ったのかって?
――上ってねーわ! 奇跡のチェリー卒業イベントなんか1ミリも起きなかったわ!!
が、しかーし……。
現在、俺は文字通り鞠莉姉の人間抱き枕にされております。これはこれで……大いにアリですな。密着しすぎて寝顔が見られないのだけは残念ですが、俺の顔面は現在、右のπと左の牌の間に完全に挟み込まれております。
このまま極上の柔らかさに包まれて窒息死しても本望かもしれない、と本気で思い始めた今日この頃。ああ、人生って本当に素晴らしい。
(って、大アホか俺は! そろそろ起きないと本気で学校に遅刻する!)
「……鞠莉姉、起きて。もう朝だよ。遅刻しちゃう」
顔を埋められたまま、くぐもった声で必死に呼びかける。すると、頭上からフフッ、と低くて楽しげな笑い声が降ってきた。
「あら、マリーはとっくに起きてたわよ?」
「……あれ、マジで?」
「陽の寝顔があんまりにも可愛かったから、ついギューって抱きしめちゃった♪ で、お姉ちゃんのおっぱいの寝心地はどうかしら?」
「……感無量です」
「素直でよろしい!」
朝から前世DTの心臓に悪いアホなやり取りを繰り広げつつ、なんとか起床。急いで身支度を整える。
あらかじめ用意されていた浦の星の予備の制服に身を包み、小原家専用の小型連絡船に乗り込んで淡島を出港。対岸の船着き場で降りた後は、これまた手配されていた小原家の高級お抱え車に乗り込んで我が家へ直行した。自分の部屋から大急ぎでスクールバッグを引っ掴み、ダッシュで学校へ。
教室のドアを開けると、すでに千歌と曜の二人は席に着いていた。
「あ、はー君! おはよう!」
「はー君、おっはヨーソロー!」
「おう、二人ともおはよう」
挨拶を返し、千歌の隣の席へと着席する。……いかんな、授業が始まるっていうのに、今朝のあの右πと左牌の感触がまだ生々しく顔に残ってやがる(笑)。
意識をガンプラの方に集中させて雑念を振り払わねえと。
「ねぇねぇ、はー君。今朝、一緒に学校に行こうと思ってはー君の家に行ったんだよ?」
「そうそう。そしたら先に行ったっておばさまから聞いてたのに、私たちより教室に来るのが遅かったよね。どこで油売ってたの?」
曜がジト目を向けながらストローを弄る。あー……それは確かに悪いことをした。しかし、まさか「昨日の夜、新理事長の鞠莉姉の部屋でお泊まりして、朝まで抱き枕にされてました」なんて口が裂けても言えるわけがない。言った瞬間に内浦に新たな血の雨が降る。ここは華麗にごまかしておくのが正解だ。
「ああ、悪い悪い。浦の星の坂を登る途中でさ、東京に住んでた友達から電話がかかってきちゃってさ。新学期の大会のことで長話してたら、遅くなっちまったんだよ」
「そうだったんだ! 大変だねぇ。じゃあ、明日からは一緒に行ける?」
「ああ、大丈夫だよ。明日は遅れずに家を出るから」
「やったぁ! あ、そうそう! 聞いて聞いてはー君! なんと、曜ちゃんがね、わたしのスクールアイドル部に入ってくれたんだよ!!」
「えへへ、千歌ちゃんと一緒なら楽しそうだし、一度全力でやってみたいなって!」
曜が嬉しそうに敬礼ポーズを決める。アニメ1期1話のあの名シーンが、俺の目の前で再現されていた。
「そっか。曜が入ってくれたなら心強いな。二人とも、頑張れよ」
笑顔でエールを送る。……だが、俺の直感が告げていた。
曜が入部したということは、この直後に千歌から「というわけで、次ははー君のマネージャー就任の番だよ!」という怒涛のセカンドアタックが飛んでくるはずだ。
(来る……! 頼む、誰かこのみかん娘の口を止めてくれ……!)
身構えたその瞬間、ガラララッ! と絶妙なタイミングで教室のドアが開き、担任の先生が教壇へと入ってきた。
「はーい、みんな席に着いてー。ホームルーム始めるわよ」
(先生ナイスイン!!! 助かった……!!)
九死に一生を得た思いで、俺は心の中で担任の先生にスタンディングオベーションを送ったのだった。
担任の先生が教壇に立って、パチパチと出席簿を叩き、クラスの全員を見回して出席を取り終えた、まさにその直後のことだった。
「――はい、じゃあ全員揃ってるわね。ホームルームを始める前に、今日は東京からこの
クラスへの転校生を紹介します。……どうぞ、入ってきて」
失礼します」
先生の呼び出しに応じて、静かに教室の引き戸が開いた。
現れたのは、長い漆黒の髪をなびかせた、清楚でどこか儚げな雰囲気をまとった美少女。昨日、駿河湾の桟橋から海へダイブしようとしていた――そして俺が身代わりとなって『水落オープン』を開催する羽目になった張本人、梨子ちゃんその人だった。
まあ、昨日海岸であれだけ濃厚な『奇跡だよ!』のくだりはすでに消化しているので、学校のイベントとしては何事もなくすんなりと授業に入れるだろう。教壇に立った彼女は、クラスの女子生徒たちの注目を浴びながら、少し緊張した面持ちで一礼した。
「東京の音ノ木坂学院という高校から転校してきました、桜内梨子です。不慣れな土地で分からないことも多いですが、これからよろしくお願いします」
彼女の丁寧な挨拶に、教室中から温かい拍手が送られる。千歌による例の「奇跡だよーーっ!」という大騒ぎの割り込みイベントも起こらず、ホームルームは極めて平和に終了し、そのまま午前中の授業へと入っていった。
――が、本当の問題は、この後に待っていた。
お昼休み、そして放課後。案の定、千歌による猛烈なスクールアイドル部への勧誘攻撃が本格的に始まったのだ。
「ねぇねぇ梨子ちゃん! さっきのμ'sの動画、本当に凄かったでしょ!? 私たちと一緒にスクールアイドル始めようよぉ!」
机を並べてグイグイと距離を詰めていく千歌。詰め寄られた梨子は、困惑した顔で完全にキャパシティオーバーを起こしかけている。ふと、梨子が俺のいる隣の席へと、まるで救いを求めるかのような、ひどく助けてほしそうな視線を送ってきた。
(……すまん、梨子。俺は、これっぽっちも巻き込まれたくないんだ。悪いけどそのまま千歌の相手をしていてくれ。ここで俺が下手に口を出したら、今度はその飛び火が確実に俺のマネージャー就任への弾幕に変わるからな……!)
俺は梨子の視線から静かに目を逸らし、教科書を片付けるフリをしてスッと席を立った。
その日はとにかく、千歌と梨子の二人に捕まってドタバタに巻き込まれるのが嫌だったので、授業が終わるチャイムが鳴った瞬間にダッシュで教室を抜け出し、どっかの物陰に逃げる、というステルス行動の繰り返しだった。
放課後? もちろん、ホームルームが終わった瞬間に音速で靴箱へと直行し、学校から一目散におさらばしたさ。それから次の日の朝まで、我が家の自室に引きこもってシグムントの調整に没頭する。これぞソロファイターのリスク管理能力である。
そして迎えた、次の日の朝。
千歌たちと合流して浦の星への坂道を登り、校門の前で梨子の姿を発見した千歌が「あ! 梨子ちゃーーん! おはよう!」と猛ダッシュで勧誘に向かった、まさにその一瞬の隙。俺は背後から気配を完全に消し、戦場からの離脱(逃亡)を敢行した。
(よし、今のうちに避難だ……。とはいえ、一時間目までどこで時間を潰すか。……そうだ、あそこなら静かだし千歌も滅多に来ないだろ)
そう思い立ち、俺はこの学校に編入してからは初めて、静まり返った『図書室』の重い木製のドアを開けた。
本特有のインクと紙の匂いが満ちる静かな空間。窓際の席へと向かおうとしたその時、本棚の陰から、おっとりとした聞き馴染みのある声が響いた。
「……あ。陽兄ちゃん、久しぶりずら」
そこでお盆を抱えるようにして本を整理していたのは、ショートカットの可愛らしい少女。俺の自慢の妹分の一人である、国木田花丸だった。
「おう。元気にしてたか、花」
「ビックリしたずらよ。入学式のとき、陽兄ちゃんがステージに上って『共学化テスト生』として挨拶してたから……。いつの間に、こっちの内浦に引っ越してきたずら?」
「ええと……だいたい、入学式の3日前くらい、かな?」
俺が頭を掻きながら答えると、花は持っていた本をそっと机に置き、ふくれたように両頬をほんの少しだけ膨らませて、上目遣いで俺をじっと見つめてきた。
「なんで……おらに真っ先に会いに来てくれなかったずら? おらと陽兄ちゃんは、そんなに薄い関係だったんだね……」
「わっ、ごめんごめん! 違うんだよ! いや、ほらさ、手続きとか浦の星からの説明会とか、色々あってバタバタしてたからさ。……これからは毎日、ちゃんと会いに来るからさ!」
焦って手を振りながら弁明すると、花はふっと表情を緩め、いつもの穏やかな笑顔に戻った。
「それなら、いいずらずら♪」
一安心、と思ったその瞬間。図書室のドアが静かに開き、俺たちの元へもう一人の小さな大天使が降臨した。
「花丸ちゃん、おはよう。……あ、陽兄ちゃん! おはようございますっ!」
「おはよう、ルビィ。今日も可愛いな」
「ルビィちゃん、おはようずら」
「ごめんなさい、今日は朝の提出物の準備で忙しくって、一緒に登校できなくて……。ルビィ、先に教室に行ってるね。陽兄ちゃんも、またあとでね!」
ルビィは顔をほんのり赤くして嬉しそうに手を振ると、パタパタと小走りで図書室を去っていった。
嵐のように去っていった可愛い妹分の後ろ姿を見送る。……と、背後から、なんだか言葉にできない凄まじい『プレッシャー』を感じた。
恐る恐る振り返ると、そこには、先ほどまでの仏のような笑顔を完全に消し去り、じとーーーっとした凍りつくような目で俺を見つめる花の姿があった。
「陽兄ちゃんとルビィちゃんが知り合いなのは、ルビィちゃんから聞いて知ってたずら。おらと陽兄ちゃんの思い出のことも、ルビィちゃんにちゃんと話したずらよ。……ねぇ、陽兄ちゃん。こないだ、ルビィちゃんのお家に行ったらしいずらね? おらには会わないで、ルビィちゃんには先に会ってたの?」
(あ、あれ……? 花丸さん、これ完全に怒って……おられますよね……!? 汗)
静かに微笑みながら詰め寄ってくる花の迫力に、前世35年DTの俺は思わず一歩後退する。このルートの幼馴染を怒らせると梨子ちゃん以上にマズい。俺は全脳のプロセッサーをフル回転させて、必死に言い訳(真実)を並べ立てた。
「あ、いや! 違うんだって! 実はさ、生徒会長のダイヤさんとは昔からの幼馴染だろ? その繋がりでルビィとも昔知り合ってたんだよ。で、こないだ学校の手続きに行った時にさ、生徒会室の書類仕事が山積みでダイヤさんが一人で困ってたから、ちょっと手伝ったんだ。そしたら『我が家でお茶でも』ってお誘いいただいて、そこでルビィと偶然再会しただけなんだよ! ほら、俺、前の学校でも生徒会で馬車馬のように鍛えられてたからさ!」
一気にまくし立てる。
花は俺の必死の形相をじっと見つめていたが、やがて、ふぅ……と小さくため息をついて肩の力を抜いた。
「……まぁ、そういう事情なら、わかったずら。でも……おらも、陽兄ちゃんに会えなくて、ずっと寂しかったずらよ?」
そんな寂しそうな顔で、服の袖をきゅっと掴まれて呟かれたら、男として陥落せざるを得ない。
「……分かった。これからは毎朝、ホームルームの前に必ずこの図書室に顔を出して、花に挨拶しに来るよ。約束する」
「約束、ずらね?」
花は嬉しそうに小指を立てて、ようやく満面のシャイニーな笑みを見せてくれた。
何とか花の機嫌を取り直すことに成功した俺は、背中にびっしょりと冷や汗をかきながら、自分の教室へと急ぐために図書室を後にしたのだった。
図書室から背中にびっしょりと冷や汗をかきながら教室へと戻り、自分の席へと腰を下ろす。
すると、通路を挟んだ向かい側の席から、じとーーーっとした、これまた尋常ではない視線を感じた。
「……。」
無言の圧力をかけてくるのは、東京からの転校生にして、我が幼馴染の桜内梨子さん。
完全に激おこな美少女がそこにいた。俺は慌てて視線を正面の黒板へと固定し、何事もなかったかのように着席する。
(ん……? スマホにメール?)
ポケットの中で端末が震えたのでコッソリ開いてみると、案の定、お隣の梨子からの愚痴メールだった。
『――昨日どこ行ってたの? 高海さんの勧誘がしつこくて、ずっと助けてほしかったのに……。――』
(おぅふ……すまんな、梨子……。俺の代わりにスケープゴート(身代わり)の大任を見事果たしてくれていたとは、本当に頭が下がる思いだよ、ククク……)
心の中で「あっはっは、これからも千歌の防波堤としてがんばってくれたまへwww」と極悪非道なエールを送りつつ、スマホを閉じてそのまま机に突っ伏し、得意の狸寝入りを始める我輩であった。
――それから二日後の、昼休み。
俺の席の周りに千歌と曜が集まり、お弁当を食べながらいつもの作戦会議(?)が繰り広げられていた。
「梨子ちゃん、またダメだったの?」
「うん……。でもね、手応えとしては後一歩、後一押しって感じかな!」
「いや……本当に大丈夫かよ、それ」
菓子パンを齧りながら、千歌のポジティブすぎる見立てに眉をひそめる。
「だって、最初は『絶対に無理、ごめんなさい!』だったのが、最近は『……うーん、ごめんなさい』になってきたし!」
「いや、言い方が優しくなっただけで、無茶苦茶嫌がられてるじゃねえか」
「えー、そんなことないよー!」
(何だこの子、メンタルが鋼鉄を通り越してプラフスキー粒子並みに強すぎないか? そんなこと大ありだよ。実際、俺のところに『何とかして!』って梨子から無茶苦茶文句のメールが届いてるんだからな。……何とかできないもん、あのみかん娘はさ……)
「まぁ、いざとなったら、最初の曲の作曲はわたしが何とかするし!」
「あはは……それはあんまり考えない方がいいかも、千歌ちゃん」
曜が苦笑交じりにストローを弄る。うん、曜の言う通りだ。音楽の素人である千歌にやらせたら、確実に提出期限に間に合わないか、とんでもない電波ソングが出来上がるね。
「それより曜ちゃんの方は? 衣装のデザイン、できた?」
「もちろん! ほら、これだよっ!」
曜が待ってましたとばかりに、カバンから一冊のスケッチブックを取り出して広げた。そこに描かれていたのは――。
(うん、どう見ても駅員さんです。本当にありがとうございました)
「どうかな、はー君?」
「うん。……絵が上手いね。それだけだよ。少なくとも、スクールアイドルの衣装ではないな」
ただ、この駅員姿のイラストを見て、前世のラブライバーとしての記憶が一瞬で呼び覚まされた。あぁ、これってまさに、あの名曲『HAPPY PARTY TRAIN』の衣装の原石じゃないか。いい曲だったよなぁ、ハピトレ。この世界でいつか、彼女たちの生歌であの曲を聞ける日が来るのだろうか?
「おぉ、凄いね曜ちゃん! ……でも、衣装というよりは格好いい『制服』だよね。もうちょっと、スカートがひらひらしたやつとかはないの?」
「あるよっ! はい、これ!」
曜がドヤ顔で次のページをめくる。
今度は、ミニスカ仕様の婦警さんです。いやー、こんな可愛い婦警さんが内浦の交番にいたら、俺は喜んでスピード違反で捕まりますわ。全財産が無くなるほど違反金を支払っても――って、よくないね、うん、モデラーとしてガンプラが買えなくなるから絶対にダメだ。
「もうちょっと可愛い、スクールアイドルっぽいのはないの?」
「ほいっ!」
「武器持っちゃったよ!?」
千歌が思わず身を乗り出して突っ込んだ。次のページは、完全なミリタリー衣装に身を包み、モデルガンを構えたイラストだった。
これはあれかな。前世のガ〇パン知識を活かして、ミリオタスクールアイドルとして新境地を開拓しに行く感じかな……うん、行けないかもね、浦の星じゃウケないわ。
「かわいいよね!」
「可愛くないよ! むしろちょっと怖いよ! もっとこう、スクールアイドルって感じの、キラキラしたやつはないの?」
(最初からそう聞いてあげようよ……という突っ込みは、幼馴染の情けとして心の中に留めておこう)
「ふふん、っと思って、本命のそれもちゃんと描いてみたよ!」
曜が悪戯っぽくウインクをして、自信満々にスケッチブックの次のページをパッと提示した。
そこに描かれていたのは、前の3つの趣味全開のデザインとは打って変わって、フリルとリボンがふんだんにあしらわれた、王道にして最高に可愛らしい衣装のイラストだった。
「すごい! キラキラしてる!」
「でしょ!」
「こんな衣装、曜ちゃん本当に作れるの?」
「もちろん! 手芸は得意だし、何とかなるよ!」
「本当!? よーし、作曲も衣装も、これでなんとかなりそう! わたし、いつまでも挫けてるわけにはいかないや!」
曜の本命のデザインを見て、千歌の瞳に再びメラメラと「輝きたい」の炎が灯る。
衣装の目処が立ち、俄然やる気を取り戻した千歌の勢いに圧倒されつつも、俺は静かにお茶を飲み干した。
だが、この衣装の完成度の高さが、結果的に千歌の「作曲担当(梨子)」への勧誘爆撃をさらに加速させる燃料になることを、この時の俺はまだ確信していなかった――。
衣装の目処が立って完全に勢いづいた千歌に引きずられる形で、俺たちは放課後の生徒会室へと移動していた。
……って、なんで関係のないはずの俺まで当然のように連行されてるんだよ。
「――お断りしますわ!」
生徒会室の重厚なデスクの後ろで、書類を一瞥したダイヤ姉さんが、ぴしゃりと冷酷な声を響かせた。
「ええっ!? こっちもダメなの!?」
「部活動の設立には最低でも5人の部員が必要だと、最初にお伝えしたはずです。ですがこの申請書を見る限り、まだ『3人』しか揃っていませんでしょう?」
3人? 千歌と曜で2人のはずなのに、何故だかダイヤ姉さんの切れ長の瞳が、部屋の隅にいる俺のことをギロリと鋭く睨みつけている。
……待て。背筋に嫌な汗が流れた。
「……ダイヤ姉さん、ごめん。その部活設立申請書、ちょっと見せて」
脳内で全力の危険信号が鳴り響く中、ダイヤ姉さんから申請書をひったくるようにして目を通す。
部員欄。そこには『高海千歌』『渡辺曜』の名前のすぐ下に、見覚えのありすぎる文字が堂々と並んでいた。
――『新堂陽哉(マネージャー候補)』
「千歌……お前、勝手に俺の名前をここに書きやがったな……っ!」
「だってぇ! はー君、こないだ『前向きに善処する』って言ってくれたじゃん! やってくれるんでしょ?」
「俺は『考えておく』と言っただけで、やるとは一言も言ってない!!」
ブラック企業の常套句を真に受けやがって! 俺は完全なる無実だ、冤罪だ。そんな必死の想いを込めて、ダイヤ姉さんへと助けを求める視線を送る。
だが、ダイヤ姉さんは冷徹な声を崩さない。
「陽の『処理』は後でじっくりするとして……。それ以前に高海さん、肝心の『作曲担当』はどうなったのです?」
え、処理って……ちょ、ダイヤ姉さん!? 後で何されるの俺!?
「それは……多分、いずれ、きっと! 可能性は無限大です! そ、それに、最初は三人しかいなくて大変だったんですよね、ユーズも! ダイヤさんは知りませんか? 第二回ラブライブで優勝した、あの音ノ木坂学院の伝説のスクールアイドル……『ユーズ』!!」
(ば、バカっ……! 千歌、お前それは……!)
千歌の口から飛び出したあまりにも不名誉な呼び方に、俺の頭が真っ白になった。
それはこの世界において、いや、黒澤ダイヤという熱狂的なラブライバーの前において、最も踏んではいけない核地雷だ。止めればよかった、千歌の口を物理的に塞いででも止めればよかった……!
「……それはもしかして、μ's(ミューズ)のことを言っているのではありませんわよね?」
ダイヤ姉さんの声のトーンが、一瞬で地を這うような低さへと変わる。
「あれ……? もしかして、ミューズって読むの?」
その通りですよ、千歌ちゃん。君は今、アクシズを地球に落とすレベルの特大のタブーを犯したんだ。
目の前で、ダイヤ姉さんの額に青筋がバキバキと浮かび上がっていくのがリアルに見える。
「お黙らっしゃァァァァァァァァァいっ!!!」
おおぅ……ッ!
アニメの画面越しでも凄かったが、生で喰らう生徒会長の鼓膜を震わす一喝はまた格別だ。あまりの音圧に、部屋の空気がビリビリと振動して頭頭にガツンと響く。
「言うに事欠いて、あの偉大なるお方の名前を間違えるですって!? あぁん!?」
(あぁん!? って……おい、ダイヤ姉さん、さっきまでの気品溢れる大和撫子は一体どこへ消え去ったんだよwww)
前世の記憶通り、μ'sのことになると完全に我を忘れてスケバンばりにキレ散らかすダイヤ姉さん。
その凄まじい剣幕に、千歌と曜は抱き合ってガタガタと震え上がり、巻き添えを喰らった俺もまた、壁際で小さくなって嵐が過ぎ去るのをただ祈るしかなかったのだった。
「μ'sはスクールアイドルたちにとっての伝説! 聖域! 聖典! 宇宙にも等しき生命の源ですわよ!! その偉大なるお名前を間違えるとは……片腹痛いですわ!!」
ダイヤ姉さんのテンションが完全に限界突破した。
詰め寄られた千歌がたじろぎ、後ろにあった校内放送用のミキサー機材のデスクへとドサリと押しやられる。
――あ、これ、アニメの通りなら、千歌の身体がスイッチに触れて「ダイヤ様はガチのラブライバー」という衝撃の事実が校内全域に垂れ流しになってしまう大惨事のやつだ。
(さすがに可哀想だしな……)
親切で優しい我輩は、背後で激論を交わす二人に気づかれないよう、スッと手を伸ばして放送システムの主電源をそっと切っておいた。幸いにも、ダイヤ姉さんは怒りのあまり千歌のことしか目に入っていない。セーフ。内浦の平和は守られた。
「ふん! その浅い知識を見るに、どこかで偶然見つけたから軽い気持ちで真似をしてみようか、と思ったのですね!?」
「そんなことはないもん!」
「では問題ですわ! μ'sが最初に9人で歌った曲、答えられますか?」
(簡単すぎる。ボラララ――『僕らのLIVE 君とのLIFE』だよ。前世の知識はもちろん、今世でも海未姉さんたちに直接誘われて、あのガランとした講堂にライブを見に行ったんだから忘れるわけがない)
「ぶっぶーですわ!! これくらい初歩中の初歩の問題ですわよ! 『僕らのLIVE 君とのLIFE』、通称ボラララですわ! 次行きますわよ! 第二回ラブライブ予選で、μ'sがA-RISEと一緒にステージに選んだ場所は!?」
(はい、秋葉原UTX学院の屋上ですね。さすがに当日はUTXの敷地内に入れなかったから、俺はネット配信で雪穂さんと亜里沙さんの二人と一緒に画面にかじりついて見てたんだからな)
「ぶっぶーですわ!! 秋葉原UTX学院屋上! あの伝説と言われるA-RISEとの決戦の予選ですわ! 次っ! ラブライブ第二回決勝大会、μ'sがアンコールで歌った曲は――」
「知ってる! 『僕らは今のなかで』!!」
千歌がここぞとばかりに大声を上げて食いついた。だが、ダイヤ姉さんの瞳が妖しくギラリと光る。
「……ですが、その曲の冒頭部分、満面の笑みでスキップをしている四名は誰!? 答えなさい!」
(おっと、引っ掛け問題が来たか)
千歌が「えっ、スキップ……!? 4人……!?」と完全に言葉を詰まらせる。アニメの動画をなんとなく見ていただけの千歌には、衣装やフォーメーションのそんな細かいディテールまで答えられるはずがない。
仕方あるまい、これ以上ダイヤ姉さんの血圧が上がってもマズいし、ここは一発、場を収めさせてもらおう。
「――絢瀬絵里、東條希、星空凛、西木野真姫の4人だよ」
静かに、正確無比なトーンで答えを口にする。
その瞬間、生徒会室の空気がピキィィィンと完全に凍りついた。
千歌、曜、そしてダイヤ姉さん。室内にいた全員の視線が、驚愕の色を帯びて部屋の隅の俺へと一斉に突き刺さる。
はっはっは。当然だ、俺はあの歴史的なラブライブ決勝大会を、現地の客席で最初から最後までこの両目で見届けているのだよ。これくらいのクイズ、余裕中の余裕だ。
……あ、やべ、まずい。さすがに「μ'sのメンバー全員と知り合いなので知ってます」とは口が裂けても言えない。俺は慌てて、首を傾げてトボけた表情を作った。
「に、にしても、μ'sのこと随分と詳しそうだね。ダイヤ姉さん、もしかして……大ファンなの?」
「ち、違いますわよっ!? そ、これは……そう、一般教養! 学生としての、最低限の一般教養ですわ!!」
(そうそう一般教養だよ……って、そんなわけねーだろ!!)
顔を真っ赤にして全力でしらを切るダイヤ姉さんに、俺は心の中で激しく突っ込んでおく。
「と、とにかくっ! スクールアイドル部は認めません! 本日の話はここまでですわ!」
完全に気圧された千歌は、しょんぼりと肩を落として曜と一緒に生徒会室を後にした。
――そして。ついに申請書を勝手に書いた俺の『処理』の時間がやってまいりました。パタン、と静かに閉まるドアの音が恐怖を誘う。
「陽……。あなた、先ほどの問題の答えを、随分と正確に、淀みなく答えていましたわね?」
「……あー、いや。そりゃあ、なんというか……」
「『絢瀬絵里、東條希、星空凛、西木野真姫』……あの伝説の衣装で、最初にステージを跳ねていた4人の名前。……まさかあなた、行ったのですか? ラブライブの決勝を。μ'sが、あの輝きの頂点である栄冠を掴む、その奇跡の瞬間に……現地で立ち会っていたというのですか!?」
ダイヤ姉さんが見たこともないほどの驚愕と、そして隠しきれない熱狂の色の混ざった瞳で、俺の胸ぐらを掴まんばかりに顔を近づけてくる。
あ、いかん。ごまかすつもりが、クイズの難易度が高すぎて、つい現地組としての本能で本当のことを答えてしまった……!
「あ、いや、ダイヤ姉さん、落ち着いて……っ!」
「落ち着いてなどいられませんわ! 陽、そこへ直りなさい! あなたがその目で見た伝説のステージの全貌、空気、熱量、演出の細部まで……生徒会長として、じっくりと詳細に報告することを命じますわ!!」
「ひえええええっ!?」
結局、俺はその後、激おこならぬ『激熱モード』に変貌したダイヤ姉さんによって生徒会室に完全拘束され、前世のオタク知識と今世の現地記憶をフル稼働させながら、μ'sの決勝ライブの模様を詳細に語らされるという、過酷な「処理(尋常)」を受ける羽目になったのだった。
さすがに「海未姉さんに可愛がられててメンバー全員と知り合いです」なんて言ったらそのまま淡島に幽閉されかねないので、そこだけは死守したけれど……。
(やっぱり、内浦の幼馴染の包囲網……どこに行っても油断できねえ……っ!)
――夕方。
μ'sの栄冠の瞬間について一挙手一投足まで詳細に白状させられ、魂が抜けかけるほどの尋常(処理)を終えた俺は、疲労困憊の体を引きずってようやく帰宅の途についた。
十千万旅館の前に差し掛かると、そこにはアニメの記憶にあったような「梨子のスカートを突然捲り上げる千歌」の奇行はなく、どこか静かに語り合っている二人の姿があった。
まあ、我輩が尊い犠牲となったおかげで、梨子のキャストオフ(水着姿での海飛び込み)が阻止されたわけだからな。あのスカート捲りイベントが消滅したのも必然と言える。
「……よぅ、二人とも」
「あ、はー君! おかえりー! あのね、今度の日曜日に、梨子ちゃんと一緒に果南ちゃんの家のダイビングショップに行くことになったんだよ!」
「うん。千歌ちゃんに誘われて……海の音を、もう一度聞きに行こうって。よく分からないけれど、とりあえず行ってみようかなって思って」
梨子が少し照れくさそうに微笑む。
「そうか。そりゃいいな、いってらっしゃい」
「もちろん、はー君も一緒に行くよね?」
「嫌どす」
「なんでぇぇぇぇーーーっ!?」
俺は行かない。絶対に断る。
日曜日? 日曜日の俺はめちゃくちゃ忙しいんだよ。我輩は自室のベッドで丸一日『寝る』ので忙しいの!!
「……へぇ。陽君、来てくれないんだ。ふーん……」
(おぅふ、梨子さん……? なんでそんな、全てを見透かしたような冷ややかな目で俺を睨むのかな? 昨日、君をスケープゴートにしたこと、まだ根に持って怒ってらっしゃるのかな? 汗)
「せっかく……こっちの内浦でも、一緒に過ごせると思ってたのに……」
梨子がわざとらしく寂しげに俯くと、すかさず隣から千歌が「はー君、梨子ちゃんを悲しませるなんて最低だよ!」と言わんばかりの猛烈なギガ粒子砲並みの視線で俺を睨みつけてくる。
あれ……? これ、完全に俺が悪者になってる流れだよね?
はぁ……分かったよ、分かった。この二人の包囲網から逃げ切れるはずがなかったんだ。
「行きます……。日曜日、喜んでご一緒させていただきます」
「よろしい」
「やったぁ! 約束だからね、はー君!」
梨子の満足そうな微笑みと、千歌のはじけるような笑顔。
こうして俺の日曜日の安眠計画は、跡形もなく粉砕されたのだった。
――そして迎えた、日曜日。
よく晴れた青空の下、千歌、曜、梨子、そして我輩の4人で、淡島にある果南姉のダイビングショップへとやってきた。
「よろしくね、桜内梨子ちゃん。私は松浦果南。気軽に果南って呼んでね」
「よろしくお願いします、果南さん」
かな姉と梨子が簡単な自己紹介を終え、その流れで、俺とかな姉が幼馴染の関係なのだと知った、まさにその瞬間だった。
「……陽君、果南さんとも、そんなに仲が良いのね?」
(ひえっ……!?)
梨子の瞳の奥のハイライトが一瞬で消え去り、凄まじい絶対零度の視線が俺を真っ正面から射抜いてきた。
何故だ!? なんで梨子がそんな目で俺を見てくるんだ!?
理由を聞こうとしたが、タイミングよく千歌と曜が「じゃあ、梨子ちゃん着替えに行こ!」と彼女を両脇から抱えて更衣室へと連れて行ってくれたため、睨まれた理由は分からないままだった。
「陽は、今日は海に潜る?」
「いや……俺はただついてきただけだから、今日はいいや。念のため、みんなの付き添いで船には乗るけどさ」
「そっかぁ、残念。じゃあ、また今度二人で一緒に潜ろ?」
かな姉はクスッと笑うと、ウェットスーツの潮の香りをまとわせたまま、当然のように俺の身体を正面からギューッと抱きしめて(ハグして)きた。
「お、おう……。嬉しいけどさ、かな姉。なんで今、当然のようにハグされてるのかな俺?」
「ふふ、こないだ陽が淡島に挨拶に来てくれたときは、ハグできなかったからね。そのぶん!」
(あー、なるほど。そういやあの時はテラス席で大人しく喋っただけだったね。……って、これだから内浦の幼馴染(3年生)は距離感がバグってて最高に心臓に悪いわ!)
幸いにも、千歌たち3人がウェットスーツに着替え終わって更衣室から出てくる直前には、かな姉も満足したように腕を離してくれた。前世DTの理性がまたしてもすれすれで保たれる。
その後、果南姉の運転する小舟に乗り込み、内浦の美しい海を滑るようにしてダイビングのポイントへと移動した。
船べりに腰掛け、ボンベを背負った梨子に対し、かな姉が優しく、だけどダイバーとしての真剣な眼差しでアドバイスを送る。
「そうそう。梨子ちゃん、水中では人間の耳には音は届きにくいからね。だけど、海の景色はここ(陸の上)とは大違い! 水の中に広がる世界を見て、そこからイメージを膨らませることはできると思うよ」
「見えているものから、想像力を働かせる……ってことですか?」
「ま、そういうことね。できる?」
「……やってみます!」
かな姉の心強い言葉に、梨子は力強く頷いた。
そして千歌と曜に支えられながら、3人は駿河湾の青く澄んだ海の中へと、ゆっくりと潜っていった――。
1度目は上手くいかなかったらしい。だけど、2度目の潜水で――彼女にははっきりと聞こえたらしい。内浦の、この深い海の底に響く、本物の『海の音』が。
海面へとバシャッと顔を出して、ウェットスーツ姿で眩しく笑いあう千歌、曜、梨子の3人。
うーん、これぞ青春だねぇ。ただ船の上でバスタオルを羽織って見守るだけの我輩の目にも、彼女たちの輝きの原石が眩しく映ったよ。
そして次の日、梨子はスクールアイドル部へと正式に入部……ではなく、まずは作曲担当として曲作りを手伝う形になった。うん、アニメの公式ストーリーと完全に一緒だ。
「じゃあ千歌ちゃん、まずは詞を頂戴?」
「し……? しってなぁに〜?」
「あはは、歌の『歌詞』のことだと思うよ、千歌ちゃん」
というわけで、まずは最初の第一歩として作詞活動を始めることになり、放課後は千歌の家へと集まることになった。……はい、当然のように我輩もセットで連行されました。
「あれ? ここ、旅館でしょ?」
「そうだよ! ここが千歌ちゃんの家『十千万(とちまん)旅館』だよ! ここなら親の目もないし、時間を気にせずに朝までたっぷり考えられるからね。バス停も近いし、帰りも楽ちんだよ!」
(おいヨーソロー娘、その言葉を信じて油断して、お前はアニメ通り確実に終バスを逃すんだろ? 今日のタイムスケジュールだと確実に詰みそうだからな……)
時計を見てリスクを察知した俺は、カバンを肩にかけ直して隣を歩く幼馴染に声をかけた。
「なぁ曜。今日は帰りが遅くなったら俺のバイクで送ってやるからさ、あらかじめ遅くなるっておばちゃんに連絡入れとけよ。お前のことだ、作詞に夢中になって確実に終バス逃すだろうからな」
「えっ、本当!? はー君が送ってくれるの? わかった、今すぐお母さんに電話しとく!」
嬉しそうに目を輝かせ、その場ですぐにスマホでんわをかけ始める曜。それを見ていた梨子が、不思議そうな顔で俺の袖を引いた。
「ねぇ、送るってどうやって? 歩きじゃないの?」
「ん? 俺、普通二輪の免許持ってるからさ。愛車のCBR250RRが車庫にあるんだよ。……
そういえば言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ、そんなの! ……もう、だったら今度、私のお出かけの時も後ろに乗せてよね?」
「あ、ああ……。別に構わないけど」
(梨子さんからのまさかのタンデムおねだり! 前世DTの理性がまた揺らぐ中、足元から不穏な足音が――)
「わん、わんっ!」
「ひっ……! 嫌ぁぁぁっ!」
現れたのは、高海家の愛犬にして、梨子の天敵である大型犬のしいたけだった。
「おーよしよしよし! しいたけ、今日も良い子だねぇ!」
梨子が恐怖で俺の後ろに隠れてガタガタ震え出すのを尻目に、俺はしゃがみ込んでそのフサフサな「わがままボディ」をもふもふと堪能しにかかる。くっそ可愛い、癒やされるわぁ。だが、背後の梨子は今にも泣き出しそうだ。仕方ない、幼馴染の義務として助け舟を出してやるか。
「とりあえず……俺がこのわがままボディをホールドしてもふってる間に、早く旅館の中に入れ、梨子!」
「う、うん……! ありがと、陽君……っ!」
梨子は涙目で頷くと、ダッシュで玄関の中へと滑り込んでいった。
よーしよし、しいたけさんよぉ、思う存分その極上の毛並みを堪能させて――。
「――はい、はー君。油売ってないで、行くよ!」
「ぶふぇっ!?」
背後から容赦なく曜に制服の首根っこをガシッと掴まれ、そのまま千歌の部屋へと引きずられて拉致されましたとさ。理不尽なり。
千歌の部屋に到着するなり、当の千歌はリビングで美渡姉にプリンを食べられたとかで、激おこぷんぷん丸モード全開で荒れ狂っていた。
「酷すぎるよ! 志満姉が東京でわざわざ買ってきてくれた、超限定の高級プリンだったのに! ねぇ、はー君もそう思うでしょ!?」
「だったら最初から名前でも書いとくか、美渡姉に釘を刺しておきなさいな……」
(釘と言えば、アニメだとCVがくぎみー(釘宮理恵)な千歌ママは今東京だっけ。そういえば、あの人ってうちの母ちゃんの『姉』なんだよな……。どう考えても家のお袋の方が年上に見える気がするんだが……ま、小原家の権力と同じでこの世界の謎ってことで、いっか)
「え、それより、あの……作詞を……えっ!?」
梨子が書類を広げようとした瞬間、廊下から美渡姉ののんきな声が響いた。
「いつまでも冷蔵庫にとっとく方が悪いんですーーーだ!」
「うるさいっ!!」
「甘いわ! とりゃっ!!」
「よろしい、ならば戦争だ」と言わんばかりに、高海姉妹による熾烈なぬいぐるみ&浮き輪の投擲合戦が勃発した。
「
あちゃー……やっちまったな……」
部屋の隅で傍観していた俺の視界に、千歌が投げた巨大な『伊勢海老のぬいぐるみ』と、美渡姉が投げ返した『ビニール浮き輪』が迫る。
バシィィィッ!! ドゴォッ!!
(……痛っ。伊達に大人たちに揉まれてない我輩の超絶回避術をもってしても、この姉妹の不条理な軌道は読めなかった……。伊勢海老が顔面に直撃、浮き輪が首に見事なジャストフィットであるwww)
ふ、アニメでは梨子が被害あったが、この世界では我輩かwww
「……失礼します」
ピキ、と完全に静かにキレた梨子が、冷徹な手つきで襖をガラガラと閉めた。あの脳筋な美渡姉すら一瞬で恐怖に震え上がるほどの圧倒的なオーラ。自業自得である。
「あ、そういえば曜ちゃん、もしかしてスマホ変えた?」
「うん! 進級祝いに買ってもらったんだー!」
(いやいやお前ら、そんな最新ガジェットの会話で盛り上がってる場合ちゃうで。作詞や、作詞。歌詞を書きに来たんやろ、ここは)
「は・じ・め・る・わ・よ……?」
「「はい……」」
梨子の絶対零度の重低音ボイスに、千歌と曜が揃って直立不動で震え上がる。
よし、これで部屋は静かになった。
(んじゃ……二人が頭を悩ませている間に、我輩はスマホの音を消して、今日から始まった『Gジェネ エターナル』のイベントでもやろうかね!)
何を隠そう、今日からアプリ内で『デスティニーガンダム[UR]』の期間限定ピックアップガチャが開催されているのだ!! この日のために、前世から培ったガチャ禁の精神で、血を吐く思いで無課金石を天井分まで貯め込んできたんだよ!
俺はデスティニーを引くんだ! 今日、この内浦の地で、最高の神引きをして見せるぜ――!!
そう息巻いて、画面の「10連を引く」のボタンに指をかけた、まさにその瞬間だった。
すう、と俺の机の上に、影が落ちた。
恐る恐る顔を上げると、そこには、ノートを片手に般若のような笑顔を浮かべた梨子さんが、至近距離で俺の顔を覗き込んでいた。
「……陽君? 当然、あなたも一緒に作詞をやるのよね?」
「イエス、マム!!(直立不動)」
デスティニーURのガチャボタンから、俺の指は悲しく離れていった。
内浦の幼馴染包囲網、スクールアイドル部の結成の裏で、俺のプライベートなガンプラ時間は今日も容赦なく削り取られていくのだった。
――そして、梨子に捕獲されて大人しく机に向かい、作詞を始めてから少し時間が経った頃。
「うーん……難しいっ! 全然言葉が浮かばないよぉ……」
「やっぱり、いきなり恋の歌なんて無理なんじゃないかしら?」
「いやっ! わたしは絶対にμ'sの『Snow halation』みたいな、胸がキュンとするような
最高の曲を作りたいの!」
(いやいやいや、ちょっと待て千歌。ファンの間で、そしてスクールアイドル界で伝説の神曲と名高いあのスノハレみたいな曲を、作詞初心者のお前がゼロから作りたいだと!? 無理やろ……!)
「そうは言っても千歌ちゃん、恋愛経験なんて無いでしょ?」
「な、なんでそこで決めつけるのっ!?」
(え……。おい、その過剰なリアクション、まさかあのみかん娘に前世の俺すら知らない隠されたロマンスが……!?)
「……あるの?」
「ないけど……」
「やっぱり。それじゃあ、想像だけで書くのは無理よ」
(いやいや、梨子さん。実はあのスノハレの歌詞を書いた張本人である園田海未さんも、恋愛経験なんて皆無のガチガチの堅物でしたよ、と心の中でこっそり突っ込んでおく)
「μ'sの誰かがこの曲を作ってた時、本当に恋愛してたのかなぁ? よーし、ちょっとネットで調べてみる!」
(だからね、海未姉さんに恋愛経験は皆無なんだってば。調べても出てこないぞ)
「ちょっと、なんでそんな話になってるの? 今やるべきなのは作詞でしょ?」
「でも気になるんだもん!」
「あはは、千歌ちゃん、今はスクールアイドルそのものに恋してるからね」
「――曜、それだよ」
「え? はー君、なにが?」
「今、千歌はスクールアイドルっていう存在に、本気で恋をしてるんだ。……千歌だったらその気持ちをそのままノートに書けばいいんじゃないか? お前の今の胸のときめきなら、いくらでも書けるだろ」
「……っ! うん、書ける! それなら、わたし、いくらでも書けるよ!」
千歌の瞳にバッと光が戻り、猛烈な勢いでシャープペンシルを走らせてノートに何かを書き始めた。
「はい! これ!」
「もうできたの!?」
「参考だよ! わたし、本当にこの曲みたいな、みんなの心に届く曲を作りたいんだ!」
千歌が差し出してきた端末の画面に映っていたのは、μ'sの『ユメノトビラ』。
第二回ラブライブ予選、あの秋葉原UTX学院の屋上で彼女たちが披露した、奇跡の楽曲だ。
画面の中で歌い踊る9人の姿は、本当に綺麗だった。すごく、良い曲だった。前世の記憶だけでなく、今世でそれを見た時も、俺の目から感動で涙が溢れ出たのを今でもはっきりと覚えている。そうか……やっぱり、この曲が千歌の心を本気で動かしたんだな。
「私ね、これを聞いて、画面の前で本当に衝撃を受けて……スクールアイドルをやりたいって、μ'sみたいになりたいって、本気で思ったの!」
「μ'sみたいに……?」
「うん! 一生懸命頑張って努力して、みんなで力を合わせて、奇跡を起こしていく。……そんな風に頑張れば、私でも出来るんじゃないかって、今の何もない普通の私から変われるんじゃないかって……そう思ったの!」
「そうだよ、千歌。μ'sだって、最初はどこにでもいるただの普通の女の子たちだった。けれど、学校を救いたいっていうその強い一心だけで死に物狂いで努力して、あの伝説を作ったんだ。だから、千歌にだって絶対にできるさ。今の本気のお前だったら。……だからさ、今度は途中でやめたりしないよな?」
「やめないよ。絶対に、最後までやり遂げる!」
「そっか。なら、大丈夫だな」
千歌の真っ直ぐな宣言に、俺は小さく微笑んだ。すると、隣にいた曜が、不思議そうに首を傾げてこちらを覗き込んできた。
「でもさ、はー君。こないだの生徒会長の激ムズクイズにあっさり答えられたことと言い、今の話と言い……はー君って、実はものすごいμ'sのファンなの?」
(言えない……。実はファンどころか、メンバーの海未姉さんに弟みたいに可愛がられてるガチの知り合いだなんて絶対に言えない……! 言ったら間違いなく面倒くさいことに巻き込まれる……!)
「ま、まあな、俺の前の学校は地元が音ノ木坂のすぐ近くだったしな。それなりに詳しいだけだよ。……あ、それより曜、そろそろ帰る時間だぞ」
慌てて話題を切り替え、壁の時計を指差す。うん、時計の針を見たら、本当にやばい時間帯に突入していた。そろそろ出ないと、曜の家の門限に遅れちまう。
「え、あ、本当だ! 大変、千歌ちゃん、梨子ちゃん、また明日ね!」
曜は慌ててカバンを引ったくると、俺の後を追って部屋を飛び出した。
車庫からピカピカの愛車、CBR250RRを引っ張り出し、ヘルメットを曜に被せる。
夜の内浦の涼しい風を切り裂きながら、曜の柔らかい温もりを背中に感じつつ、愛車を滑らせて渡辺家へと向かった。
曜の家に到着した後、久しぶりに曜のお母さんと再会し、「陽君、曜をよろしくね」なんて少し駄話をしてから、俺は再びニダボのエンジンをかけて我が家への家路についた。
トコトコと夜道を走り、ちょうど十千万旅館の真ん前の道路に差し掛かった、まさにその時だった。
「――え?」
思わず、CBRのブレーキを握ってバイクを止める。
見上げた旅館の建物の間。梨子の部屋のベランダから、そして千歌の部屋の窓から、二人が危なっかしいほど激しく身を乗り出して、夜空の下でお互いの手をギュッと、力強く掴み合っていた。
遠くからでも、二人が通じ合い、一つの大きな一歩を踏み出した瞬間なのがハッキリと分かった。
「やれやれ……。これで、Aqoursが正式に3人になったな」
ヘルメットのシールド越しに、俺はフッと静かな笑みを漏らした。
これでアニメのストーリーは無事に、そして綺麗に回り始めた。俺は公式の歴史を壊すことなく、彼女たちの第一歩を見届けることができたんだ。
心地よい満足感に包まれながら、俺はバイクのギアをローに入れ、静かに自宅のガレージへと滑り込んだ。
――だが、安堵していたのはここまでだった。
翌日、この内浦の地で、俺のファイターとしての人生を揺るがす『最大の問題』が発生してしまうなんて、この時の俺はまだ、これっぽっちも予想していなかったのだ――。
続く!!