ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine- 作:陽@曜花推し
――沼津駅近く、ホビーショップ三丸のガンプラバトルスペース。
現在、バトルシステムのコンソールを挟んで、千歌、曜、梨子の3人と真正面から対峙している新堂陽哉です。
俺はこれから、この愛すべき、そして恐るべき女子高生3人組を相手に、ガチのガンプラバトルをしなければなりません。
どうして、こんなことになってしまったのか。
時計の針を、ことの始まりである『二日前』の朝へと巻き戻さなければならない。
――二日前の朝。
前夜、千歌と梨子が旅館の窓とベランダで感動的に手を掴み合うという、歴史的な名シーンを道路から静かに見守った、まさに次の日のことだ。
新しい白いブレザーに身を包み、いつも通り学校へ行こうと玄関のドアを開けたら、我が家の目の前に千歌、曜、梨子の3人がズラリと待ち構えていた。
「あ! はー君、おはよう! あのねあのね、梨子ちゃんがね、正式にスクールアイドル部に入ってくれたんだよ!」
「これでまた一歩前進、ヨーソローであります!」
千歌と曜が、朝の光の中でこれ以上ないほど嬉しそうに報告してくる。
「私もね……ちょっと恥ずかしいけれど、千歌ちゃんたちと一緒に頑張ってやってみようかなって」
梨子が少し照れくさそうに微笑んだ。そっか、よかったな梨子。お前が前を向けたなら、幼馴染としてこれほど嬉しいことはない。心の中で全力で応援してるぞ。
「これでメンバーが『4人』になったから、目標の5人まであとたったの1人だよ!」
ん? 4人? 千歌、曜、梨子で3人のはずなのに、いつの間に1人増えたんだ?
「そっか、3人じゃなくて4人になったのか。良かったじゃん」
「そうだよ! わたしと、曜ちゃんと、梨子ちゃんと、そしてマネージャーのはー君の4人だよ!」
「――この、バカ千歌がぁぁぁーーーっ!!」
俺は、前世で大好きだった『機動武闘伝Gガンダム』の東方不敗マスターアジア風に怒鳴りながら、千歌の頭へ軽くチョップを振り下ろした。
「痛っ!? なんでぇ!?」
「当たり前だろ! 何が当然のように4人目カウントだ! 俺を勝手に部員の頭数に入れるなっ!!」
まったく……我輩に拒否権という二文字は存在しないのかね。
「はー君……そんなにわたしたちと一緒にやるの、嫌なのかな……?」
それまでニコニコしていた曜が、シュンと耳を垂らした小犬のように悲しげに眉を下げた。
……あ、アカン。幼馴染として長期の休みにはいつも一緒に遊んでいたから普段は忘れてしまいがちだが、彼女は前世の俺の『最推し』である渡辺曜ちゃんだ。そんな曜ちゃんに、目の前でこんなに悲しい顔をされたら、前世DTの胸が締め付けられて爆発しそうになる……が、我輩の意思は鋼鉄のように甘くはない!
「いや、嫌とかそういう問題じゃなくてな……」
(俺が深く関わることで、公式のアニメストーリーが致命的に壊れちゃうんじゃないかっていう不安が……なんて口が裂けても言えない。ぶっちゃけ、ちかりこの海飛び込みを阻止したせいで『奇跡だよ』イベントが早く来ちゃったし、スカート捲りイベントも消滅したし、現時点で結構歴史が改変されちゃってるんだよ。そもそもビルドファイターズの世界とラブライブの世界がミックスされてる時点でヤバいよね。通りすがりの仮面ライダーだって『だいたい分かった』って言えずにびっくりするレベルの話だよ!)
「……私はね、陽君にマネージャーをやってほしい。昔から、東京にいた頃から、陽君と一緒に何か一つのことを始めてみたかったの。陽君が後ろで支えてくれたら、私、もっともっと頑張れる気がする。だから……お願い」
今度は梨子が、真っ直ぐな瞳で俺を見つめて懇願してきた。
おぅふ……。あのプライドの高い梨子にここまでストレートに言わせるとは、俺、もしかしてこの内浦の地で想像以上に必要とされているのだろうか?
俺が前世の理性を総動員して激しく頭を悩ませていると、千歌が不敵な笑みを浮かべて一歩前に出た。
「はー君、だったらさ……勝負しよ!」
「勝負? 唐突に何を言い出すんだよ」
「私たちが勝ったら、はー君は文句なしにスクールアイドル部のマネージャーになって、一緒に輝くこと! どう?」
ほう、勝負で俺の身柄を決めようってか。面白い。
「じゃあ、もし俺が勝ったら?」
「もう二度とはー君にマネージャーの話はしない! 勝手に名前を書いた申請書も、綺麗に破り捨ててあげる!」
「いいぜ、その勝負、受けた!」
ふむ……悪くはない条件だ。俺の実力なら、3人に負けるはずがない。こう見えても鍛えてるんでwwwいやぁ、ヌルゲーだわぁwww
――ん? 待てよ。「私たち」って言ったか?
「……まさか、俺が3人全員を相手に戦うのか?」
「そうだよっ!」
「陽君がどうしても首を縦に振らなかったら、3人がかりで力尽くで引きずり込もうって、最初から決めてたの」
梨子がクスッと悪魔的な笑みを浮かべた。最終手段のリンチを用意していたというわけか、恐ろしい女子高生どもめ。
「で、一体何で勝負するんだよ。スポーツか? それともテストの点数か?」
「ガンプラバトルだよ!」
千歌がビシッと、ホビーショップ三丸の方向を指差した。
ふーん……俺の最も得意とする、世界の頂点を目指しているフィールドで戦ってくれるってか。まったく、自ら「俺に勝ってください」と言っているようなもの――。
(……あ、あれ? 待て待て待て、千歌と、曜と、梨子……しまった! 曜と梨子もいるんだったァァァーーーッッ!!!)
一瞬で脳内に冷や汗が噴き出した。
千歌はガンプラバトルなんてやったことがない完全な素人だからどうとでもなる。だが、あとの二人は別だ!
曜はめちゃくちゃ強い。ビルダーとしての腕前は未知数だが、ファイターとしての天才的な操縦センスは本物だ。大好きな船乗りのパパがガンプラバトルをやっている影響で、曜も昔から英才教育並みにバトルを始めていたのだ。
そして梨子。こいつは東京時代、俺の影響でガンプラを始めて、その実力は一時期の俺に匹敵するレベルにまで急成長していた。一度、東京の模型屋で野良試合をしたことがあるのだが、こちらは工作精度の低い素組みのデスティニーだったとはいえ、梨子の猛攻によって損傷率89%まで追い詰められ、文字通り薄氷を踏む思いでギリギリで勝った苦い記憶がある。
曜の操縦センスと、梨子の高レベルな戦術。そこに千歌の不条理な無茶振りが加わった3人一組(チーム)――。
アカン、これ普通にヤバい。シグムントを使わなきゃ確実に足元をすくわれる。いや、シグムントを使ったとしても、3人がかりの連携に勝てるかどうか分からんぞ……!
俺の顔がみるみるうちに焦りで青ざめていくのを見て、すべてを察したらしい曜と梨子が、ニヤニヤと楽しげな意地悪顔でジリジリと近づいてきた。
「ねぇ陽君? もう勝負は『受ける』って、言っちゃったよね?」
「どうする、はー君? ……やめる?」
おいおいおい、その不敵な煽り台詞は、普段アニメで曜が千歌を煽るときに時に使っている必殺のセリフだろうが……!
ちっ……。相手の編成を何も確認せずに、条件だけ聞いてドヤ顔で受けちまったのは他ならぬこの俺だ。シン・アスカに似た容姿を持つ男として、ここで敵前逃亡するなんて選択肢はねえ!
「――やめねーよ! 受けて立ったからには、全力で叩き潰してやる!!」
やるからには本気でやってやる。それよりもだ。
「……分かった。じゃあ、勝負の場所と時間は?」
「場所はホビーショップ三丸で!」
「時間は明後日の放課後。16時あたりでいいかしら、陽君?」
「了解だ。曜と梨子は自分のガンプラを持ってるだろうけど、千歌はどうすんだよ?」
「持ってないよ!」
ふんぞり返って堂々と言い放つ従姉妹。うん、だろうと思ったよ。
「なら、俺の部屋にあるやつを何か一機、くれてやるよ」
「ええっ、本当に!? いいの!?」
「まあ、こないだ片付けを手伝ってくれた時に、積みプラをあげるって約束してたしな(※第4話参照)」
「やったぁー!」
というわけで、内浦からのバスの時間まではまだ余裕があるので、3人を引き連れて我が家の自室へと移動した。俺は部屋の壁際にズラリと並んだアクリルケースを指差す。
「ここに飾ってある完成品の中から、好きなガンプラを貰っていっていいよ。千歌の直感で選んでみな」
ここにディスプレイされているのは、俺が前世の知識とビルダーとしての執念を注ぎ込み、とある事情で作製したこだわりのガンプラばかりだ。
公式でのキット化に恵まれなかったマイナー機。1/100サイズでは出ているのに1/144のHGサイズでは発売されていない機体。あるいは、過去に古いフォーマットで発売されたきり、今現在のバンダイの最新技術でリファインされていない機体たちを、俺が『仮想HGリバイヴ版』としてフルスクラッチや大改造を経て形にした一品物(ワンオフ)の山。
千歌は「うわぁ……どれもピカピカでカッコよくて迷っちゃうなぁ」と贅沢な悩みに頭を抱えていたが、やがて、ケースの特等席に鎮座する、ある一機の眩いガンダムの前で足を止め、それを両手でそっと手に取った。
「ねぇねぇ、はー君。このゴールドでキラキラした子は、なんて言うガンダムなの?」
「そいつを選んだか。そいつはな、ORB-01『アカツキガンダム』。機動戦士ガンダムSEED DESTINYに登場した、オーブ連合首長国のフラッグシップMSだ」
「アカツキガンダムかぁ……。名前も響きも、なんか夜明けっぽくてすっごく素敵!」
千歌が目を輝かせる後ろから、ケースを覗き込んでいた曜が「あ、待って」と驚きの声を上げた。
「はー君、これ、もしかして最新の『HGCE エールストライク』の関節とフレームをベースに大改造してない?」
「ああ、よく気づいたな。その通りだよ」
昔発売されたコレクションシリーズや旧HGのアカツキのパーツは一切使用せず、最新のHGCEストライクを芯にしてパーツを削り出し、プロポーションを完全に今風にアップデートした、俺のオリジナル『仮想リバイヴ版アカツキ』だ。原作の設定でもストライクの設計データを流用して作られたMSだからな。ミキシングの相性も抜群で行けるだろうと思ったわけよ。
「設定通りの美しいゴールド塗装ね。でも……流石にあの無敵の鏡面装甲『ヤタノカガミ』までは、再現していないわよね?」
梨子が試すような笑みを浮かべて尋ねてくる。
「ヤタノカガミ?」
「アカツキの特殊装甲のことだよ、千歌。自分に向かって飛んできた敵のビームを、そのまま相手に跳ね返すっていうとんでもないチート装甲さ」
「ええっ!? 何それすごい!! 絶対に無敵じゃん!」
「すごいだろ? 当然、俺もバトル用に完全再現しようとしたさ。……けど、コスパが悪すぎて途中でやめたんだよ。ヤタノカガミのビーム反射特性をこの世界で完全に再現するためには、ヤジマ商事が限定販売してる超高級な『プラフスキー特殊鏡面コーティング剤』が必要不可欠なんだけどな……。あれ、塗るだけで最新のMG(マスターグレード)の大型キットが何個も買えるくらい、バカみたいに高いんだよ」
「うへえ、コーティング剤ってそんなに高いんだ……」
「それだけじゃない。あのコーティング剤、バトルの衝撃やビームが直撃した箇所から少しずつ粒子が削れていく仕様なんだ。つまり、1回バトルをこなすごとに、装甲の塗り直しとメンテナンスが必要になってくる。コスパとメンテナンス性が極端に悪すぎるから、ソロファイターの俺の財布じゃ維持できないと思ってオミットしたのさ。まあ、元々はコレクションの展示用として作ったから、再現しなくてもいいかなってのもあったし」
「あはは、確かにヤジマ商事の特殊塗料系は、私たち学生のお小遣いじゃとても手が出ないよねぇ……」
曜がモデラー目線でしみじみと同意し、千歌も「ガンプラって、お金の面でも奥が深いんだね……」と感心したようにアカツキを見つめている。
ちなみに、俺の部屋のケースには、他にもSEED系の魔改造キットがこれでもかと並んでいた。
HGイージスをベースに巨体にフルスクラッチした『リジェネレイトガンダム』にHGドレッドノートをベースにした『火器運用試験型ゲイツ改』、HGエールストライクをベースに作った『ゲイルストライク』や『ライゴウガンダム』極めつけは、HGストライクノワールをベースにした『ソードストライクE』……。
(並べてみると、ほぼSEED外伝系ばっかりだなwww 転生前の趣味とはいえ、俺、どんだけコズミック・イラの世界観にドハマりして作り込んでるんだって話だわwww)
「よし、じゃあ千歌は明後日の勝負、そのアカツキガンダムで出撃だな。大事に使えよ?」
「うん! ありがとう、はー君! わたし、このゴールドのガンダムと一緒に、絶対に勝ってみせるからね!」
「了解した。じゃあ、ついでにそこのケースに別に保管してある『シラヌイ』と『オオワシ』も一緒に持っていけ」
「何それ? 」
クローゼットの引き出しから、丁寧に遮光保存していた二つの大型バックパックユニットを取り出して千歌に手渡す。
「アカツキはな、背中のバックパックを換装して戦うことができるMSなんだ。誘導型の遠隔機動兵器を複数搭載した宇宙戦用の『シラヌイ』と、大気圏内での圧倒的な飛行能力を持たせる空戦用の『オオワシ』な。まあオオワシは、別に設定を無視して宇宙空間で使っても機動性が上がるから問題ない」
正直、ガンプラ初心者の千歌にシラヌイのドラグーン操作なんて高度な芸芸当は120%無理だとは思う。だけど、本体のアカツキを譲り渡す以上、専用パックだけを俺の手元に残しておいても宝の持ち腐れだからな。
「あれれ……? はー君、あそこにある可愛いピンクのガンダムはなぁに?」
千歌の好奇心のアンテナが、ケースの端に飾られたもう一機の愛らしいカラーリングの機体をキャッチしてしまった。……おお、よりによってそこに目が向いてしまいましたか。
「そいつはストライクルージュ。さっきのアカツキのベースになった、いわば兄弟機みたいなもんだ。ルージュについてるのは、俺がフルスクラッチでフルビルドした『オオトリストライカー』な。大型対艦刀にビームランチャー、ミサイルランチャーまでてんこ盛りの贅沢仕様だ。工作の整合性を合わせるのに、マジで血の滲むような苦労をしたぜ」
「それって、もしかしてアカツキにもガシャンって使えるの?」
「ああ、ストライカーパックシステムだから互換性はある。使えるけど……千歌、悪いこと言わないからオオトリはやめとけ。オオトリは武装が多すぎて、初心者がバトルで使いこなすには絶対に向いてない」
「うーん……私は大丈夫だと思うよ、はー君」
それまで黙ってやり取りを見ていた曜が、人差し指を顎に当ててクスッと悪戯っぽく笑った。
「実はね、こないだ千歌ちゃんと東京に行ったとき、秋葉原の模型店で試しにちょっとだけ野良バトルをしてみたんだ。そのとき、千歌ちゃんに私のガンプラを貸して戦ってもらったんだけど……。私の機体、そのオオトリ並みに武装がいっぱいついてるんだよね。だから最初は大丈夫かなって心配したんだけど、操作方法をちょこっと教えたら、千歌ちゃん、すぐに全武装のショートカットを覚えて使いこなしてたよ?」
(……は? 何それ。我輩、そんな重要な話これっぽっちも聞いてないんですけど!?)
何その天賦の才っていうか、天才的な操縦センス。
完全にガンダムシリーズの主人公の王道あるある展開じゃん! 「たまたまコックピットに乗り込んだ普通の学生だったのに、触ってみたら一瞬でエースパイロット並みに動かせちゃいました」って、ビルダーとして努力を重ねてきた俺からすれば羨ましすぎて涙が出るわ!!
というか……これ、笑い事じゃないぞ。俺をハメるための強敵が、完全に『3人』に増えたってことじゃないか!
くっそぉ、曜のやつめ……! 俺が「千歌は未経験の素人だから何とでもなる」と高を括って甘く見ているのを見越して、俺が勝負を正式に受けるって言うまで、あえてその事実を黙って隠しやがったなぁ……っ!
恨みがましく視線を送ると、曜は俺の考えていることを全てお見通しだったらしく、ぺろっと可愛らしく舌を出した。
(てへぺろ☆w)
(うっ……! 曜ちゃんのてへぺろ……くっそ尊いやんけチクショウ……!!)
それでこの俺が許すと思ったか! ナメるな前世DTの理性を――うん、破壊的な可愛さだから一瞬で許す(笑)。
しかし、冷静に考えるとこれ、マジで我輩のピンチなのでは?
曜の天才的戦闘センスに、梨子の精密な戦術、そしてガンダム主人公補正を覚醒させつつある千歌が、オオトリを装備したアカツキで3人がかりの連携(フォーメーション)を組んで襲いかかってくる。
一歩間違えれば、ちかようりこ無双が発動して、新堂陽哉がゴミクズのように敗北してマネージャーに強制就任させられる未来が確定してしまう。
「わたし、どうしてもそのオオトリってパックを使ってバトルしてみたいの。……お願い、はー君」
千歌がグッと顔を近づけ、上目遣いで手を合わせて拝み込んでくる。
うーん……仕方ない。千歌もなんだかんだ言って、身内贔屓を抜きにしても顔の造形が可愛いからな。親戚の兄貴分としての甘さが出てしまう。
「……分かったよ。オオトリも持ってけ。アカツキが無いのに持ってても意味ないから、シラヌイもオオワシも、パック一式全部まとめてお前にやるよ」
「わぁっ! はー君、本当にありがとう! 大好き!」
「いえいえ、どういたしまして……(白目)」
千歌の無邪気な感謝の言葉を背中で受け止めながら、俺は深く息を吐き出した。
ふ……まあ、いいさ。ピンチであればあるほど、勝てばいいだけの話だ。
対戦相手が強ければ強いほど、ビルダーとして、ファイターとしての俺の魂が熱く燃え上がるってね。
「明後日の16時、ホビーショップ三丸。……容赦なく、全員まとめて叩き潰してやるよ」
俺はクローゼットから、我が最高の相棒――『デスティニーガンダムシグムント』のキャリングケースを静かに掴み取った。
――そして、その日の放課後。
(ここからは千歌視点で)
今日のスクールアイドル部のダンス練習はちょっとだけお休みにして、わたしたちは十千万旅館のわたしの部屋に集まっていた。もちろん、明後日控えているはー君とのガンプラバトルに向けた、大切な作戦会議のためである。
「よし! 作戦会議を始めるよ! ……で、曜ちゃんは当日はどんなガンプラで戦うの?」
「私は、この『ガンダムアストレイ ヨーソロードラゴン』で行くであります!!」
曜ちゃんがカバンから、誇らしげにパッと掲げたプラモデル。
それは曜ちゃんのイメージカラーである、爽やかなライトブルーで隅々まで美しく塗装された、ものすごく格好いいガンプラだった。「あすとれい」っていう名前は、ガンダム初心者のわたしには正直よく分かんないや。
「すごい……! 細かいところまで丁寧に作られてる。これ、本当に曜ちゃんが一人で組み立てたの?」
「そうだよ! 基本のキットは船乗りのパパから貰ったんだ。そこから、色を塗ったり改造したりするのは、模型の本をたくさん買って一生懸命勉強したんだよ」
「じゃあ……この背中と両腕についている、すごく大きな3本の剣は? 」
「あ、それね! それははー君から貰ったんだ。『俺はもう使わないから、曜にやるよ』って」
「……ちょっと待って。陽君、これを『3つ』も持ってたっていうの?」
「うん、そうだけど……。さぁ? なんで3つも持ってたんだろ?」
「カレトヴルッフって、そんなに珍しいものなの、梨子ちゃん?」
梨子ちゃんが「はー君が3つも持ってたなんて……」と絶句して頭を抱えているのを見て、わたしは不思議に思って尋ねてみた。ていうか梨子ちゃん、なんで曜ちゃんのガンプラを見ただけで、それが3つもあるって一瞬で分かったんだろう?
「これはね、千歌ちゃん。昔、模型雑誌の付録として限定で付いてきた、すごくレアな改造パーツなのよ。しかも、雑誌1冊につき剣が1つしか付いてこないの。それなのに、曜ちゃんのアストレイには合計で3つも装備されているでしょう?」
「なるほど、そういうことか! はー君、そのパーツが欲しくて同じ雑誌を3冊もまとめ買いしたんだね……どんだけオタクなの!」
「あはは、3つ装備させるのは一応、公式な設定でも用意されてるから、私の完全なオリジナルってわけでもないんだけどね?」
曜ちゃんがスマホを操作して、そのアストレイっていうロボットの元々の画像を見せてくれた。
「あれれ……? なんか、この公式の画像と、曜ちゃんのヨーソロードラゴン……ちょっと形が違くない?」
「ふふ、気づいた? 千歌ちゃん、よく見てるね! 頭部以外の本体フレームをね、普通のレッドフレームじゃなくて、『ブルーフレームセカンド』っていう別の青いロボットのパーツに丸ごとミキシングして変えてあるんだよ!」
今度はブルーフレームセカンド? 曜ちゃんが嬉しそうに次々と別のガンダムの画像を画面に出して見せてくれる。
「これ……何か戦術的な理由があるの、曜ちゃん?」
「かっこいいから! ……っていうのもあるけれど、一番の理由はこれ! この青いアストレイってね、足の裏に『ナイフ』が内蔵されてるの。はー君のシグムントと超至近距離で殴り合う格闘戦になったとき、不意打ちの隠し武器として使えるかなって思って。キットのギミックも、ちゃんと本物通りに再現してあるよ!」
「おおお、さすが曜ちゃん! 運動神経抜群なだけあって、戦い方のことまで考えて改造してるんだね!」
「えへへ、ありがと! ……で、梨子ちゃんのガンプラは?」
「私は……これ。陽君には内緒だよ?」
梨子ちゃんが少し恥ずかしそうにケースから取り出したのは、これまたわたしたちの衣装にぴったりな、鮮やかなサクラピンクで綺麗に塗装されたスタイリッシュなガンプラだった。
「これって……もしかして『インフィニットジャスティス』!?」
「うん。最新の、すっごくパーツが細かくて難しい『RG(リアルグレード)』のジャスティスをベースにして、色々改造したの。……と言っても、東京にいた頃に陽君にほとんど手伝ってもらったんだけどね。外装の細かい削り込みや、背中についている大きな飛行ユニット(リフター)のバランス調整はほとんど陽君がやってくれたから……私は本当に、自分の好きなピンクに色を塗っただけかな」
「ううん、色を塗るだけでも絶対にすごいよ! だって、ムラが全然なくて、ものすごくキレイなんだもん!」
サクラピンクのジャスティスを両手で包み、満面の笑みを浮かべる梨子ちゃん。
まさか、はー君が東京時代に梨子ちゃんのガンプラをそこまでガッツリ手伝っていたなんて初耳だ。なんだかんだ言って、はー君ってば梨子ちゃんのこと大好きだったんじゃん!
「さて、次は千歌ちゃんの機体の調整なんだけど……」
「うん、はー君特製の仮想リバイヴ版ガンプラなんだから、基本性能は特に手を加えなくても十分すぎるくらい高いと思うんだ。あとは……せっかくだから、千歌ちゃん専用カラーに塗り替えるだけかな?」
わたし専用の色?
そんなの、決まってる。もちろん、大好きな内浦の、わたしを象徴する『みかん色』の一択だよ!!
「わたし、みかん色に塗りたい! キラキラのゴールドもかっこいいけど、せっかくだからオレンジ色にしたいな!」
「ふふ、いいわね。パーツの洗浄からマスキング、サフ吹きまで、明後日の放課後までには私が責任を持って間に合わせるから」
梨子ちゃんがそう言って優しく微笑んでくれた。東京で本格的にガンプラを作っていた梨子ちゃんが塗装をやってくれるなら、絶対に綺麗に仕上がるに違いない。
そう思ったけれど……。
――ううん。やっぱり、人任せにするのは嫌だ。
「わたしも塗装、やってみたい! だって、これは明後日はー君と戦う、わたしの大切な相棒なんだもん。自分の手で、わたしの色に染めてあげたいの!」
「千歌ちゃん……」
「……そうね。分かったわ、千歌ちゃん。だったら、みんなで一緒にやりましょ? ちょうど私の家に、本格的な塗装ブースを完備した製作部屋があるの。両親は今日、泊まりがけの用事で留守にしてるから、音や匂いを気にせず作業するには絶好のタイミングよ」
「梨子ちゃん、ありがとう!」
「私も、門限までの1時間だけなら全力でお手伝いできるよ! それ以上遅くなると、さすがにお母さんに怒られちゃうから」
「それでもすっごく嬉しいよ、曜ちゃん! よーし、明後日の決戦に向けて、みかん色のアカツキ完成に向けて……がんばるぞー!」
わたしたちは大急ぎで荷物をまとめると、お隣にある梨子ちゃんの家へと大移動した。
通された梨子ちゃんの部屋の奥には、専用の排気ダクトやエアブラシのコンプレッサーが並ぶ、本格的なガンプラ工房のようなスペースが広がっていた。
さっそく3人で腕まくりをして、はー君のアカツキの塗装作業を開始した。
だけど、これが思った以上に大苦戦だった。
普通の市販のガンプラなら説明書通りにパーツをパチパチと分解できるはずなのに、はー君が作ったこのアカツキは、パーツ同士の噛み合わせや隙間が極限までキチキチに摺り合わされていて、工作精度が高すぎるせいで「パーツの分解」がめちゃくちゃ難しかったのだ。はー君、どんだけ丁寧な仕事をしてるの……!
梨子ちゃんの的確な指示のもと、パーツが破損しないように慎重に分解し、ワニ口クリップの持ち手にパーツを固定して、担当を分担してエアブラシのトリガーを引いていく。
開始から1時間が経った頃、「ごめんね、時間になっちゃった! 残りは任せたよ、ヨーソロー!」と曜ちゃんが惜しまれつつも帰宅。そこからはわたしと梨子ちゃんの二人三脚での泥沼作業に突入した。
途中で一度、お互いの家に戻って晩ご飯を食べたりお風呂に入ったりしたけれど、夜には再び梨子ちゃんの家にパジャマ姿でお泊まりして、夜通し作業を続けた。
シュウウウ……と静まり返った部屋に響くエアブラシの音。シンナーの匂い。
それでも終わらなかった細かい武装やストライカーパックのパーツは、次の日に学校が終わった後、曜ちゃんがまた合流してくれて3人で手伝ってくれた。
眠くて目はシパシパしたし、指先はオレンジ色の塗料で汚れちゃったけれど――なんだか、もの凄く、心の底から楽しかった。みんなで一つのガンプラを、想いを込めて作り上げていくこの時間が。
そうして完成した、世界に一機だけのわたしたちの結晶。
みかん色に美しく染まったアカツキガンダムをケースに収め、わたしたちはついに、はー君との運命のバトルの日を迎えたのだった。
(千歌視点・終了)
はい、皆様お疲れ様でした。ここでカメラは完全に、最初のホビーショップ三丸のバトルスペースへと戻りまーす。
ついに……ついに我輩の、運命の公開処刑(?)の日がやってまいりました(笑)。
公式戦前だというのに、静岡の注目ソロファイターである俺が3対1の変則マッチをやるという噂を聞きつけて、店内のギャラリーはみるみるうちに膨れ上がっている。
だが、集まった野次馬たちの中に、明らかに異質な、全身から凄まじい覇気を放つ「とある人物」の姿を見つけた瞬間、俺の顔は盛大に引きつった。
「たまたま仕事の合間に立ち寄ったこの店に、まさか君がいるとは思わなかったよ、陽哉。……彼女たちが、今日の君の対戦相手かい?」
トレードマークの真っ黒なサングラスの奥から、ニヤリと不敵な笑みを覗かせて声をかけてきた男。
(……いや、なんであんたが沼津のこんなローカルショップにいるんだよ、メイジンさんよぉ! その怪しいグラサン、一体どこで売ってんだよ!)
心の中で激しくツッコミを入れる。
この男は、何を隠そうガンプラバトル世界選手権3連覇という前人未到の偉業を成し遂げ、殿堂入りを果たした世界最強の男――三代目メイジン・カワグチ。
親父の古い仕事の絡みで昔から知り合いであり、これまでに何度も手合わせ(ボコボコに)してもらった、俺にとってはいつか超えなければならない高すぎる壁の一人だった。
「ええ、まあ。3人とも俺の幼馴染でしてね。新しく浦の星でスクールアイドルを始めたんですけど……。今回のバトルで彼女たちが勝ったら、俺がその部のマネージャーをやるっていう、理不尽な賭けの勝負なんですよ」
「なるほど、そういうことか。だが、可愛い幼馴染たちからの一世一代のお願いなのだろう? 何故素直に引き受けてあげないんだい?」
「色々と複雑な事情があるんすよ。前世のDTとしての尊厳とか、公式ストーリーの改変への恐怖とか……とにかく察してください、タ……メイジン」
「ふむ。事情はよく分からないが、面白い。ならば、このバトルの厳正なる立会人は、私、三代目メイジン・カワグチが引き受けよう!」
「はい! メイジンさん、よろしくお願いします!」
千歌がいつもの調子で元気よくお辞儀をする。だが、その隣にいた曜と梨子は、目の前の男の正体に気づいた瞬間、幽霊でも見たかのように顔面を真っ青にしてガタガタと震え出した。
「り、梨子ちゃん……! 目の前にいるの、本物の三代目メイジン・カワグチだよ……!? 世界チャンピオンだよ……!?」
「曜ちゃん、お、お、落ち着いて……っ! 私たち、とんでもない人の前でバトルすることになっちゃったんじゃないかしら……っ!?」
(いや、梨子、お前が一番落ち着け。持ってるジャスティスの箱を落としそうになってるぞ)
腰を抜かしかけている二人を見て、千歌が「え? このサングラスの人、そんなに凄い人なの?」と不思議そうに首を傾げた。
「千歌ちゃん、凄いなんてレベルじゃないんだよ!!」
「世界中のファイターにとって、神様みたいな人なのよ!?」
二人が声を揃えて叫ぶ。
そう、この人はまさにガンプラ界の生ける伝説。世界最強。
俺は苦笑しながら、冷や汗を拭ってメイジンへと頭を下げた。
「すいませんね、メイジン。千歌は最近ガンプラバトルに興味を持ち始めたばかりの超初心者でして。あなたの偉大さを、まだよく分かっていないんですよ」
あぶねぇ……いつものプライベートの癖で、本名の『ユウキ・タツヤ』で呼びそうになっちまった。ギャラリーの多いこの場で世界チャンプの本名を叫んだら、それこそ大騒ぎになるところだった。
「気にする必要はないさ。それよりも、こうして若い彼女たちが新しくガンプラバトルに興味を持って、真剣に挑んでくれること自体が、私にとっては最高の喜びだからね」
サングラスの奥の目を優しく細めるメイジン。相変わらずガンプラへの愛が深すぎる人だ。
「さて……そろそろ時間も惜しいですし、始めましょうか」
何しろ、バスの時間が迫っているからな。俺は最悪バイク(CBR)で帰れるからいいけれど、千歌と梨子は内浦への終バスを逃したら、今度こそ高海家のプリン戦争以上の大目玉を美渡姉から喰らうことになる。さっさと済ませてやろう。
「うん、はー君! わたしたち、昨日まで3人で一生懸命作ったんだもん。絶対に負けないよ!」
「ふむ、いい目だ。――では、これより新堂陽哉対、浦の星女学院2年生チームによる特別変則バトルを行う! 双方、デバイスをコンソールへ。バトルの準備を!」
メイジンの厳格な宣言が、ショップのバトルスペースに響き渡った。
ギャラリーの熱気が最高潮に達する中、俺たちはそれぞれの愛機を手に、システムの前に並び立つ。
みかん色のアカツキ、青きアストレイ、桜色のジャスティス。
対するは、不敗の白き悪魔――デスティニーガンダムシグムント。
世界最強の立会人のもと、俺のマネージャー回避を懸けた、運命のドッグファイトがいよいよ幕を開ける!
『GUNPLA BATTLE Combatmode startup. Mode damage level set to “C”』
『Please set your GP-Base』
『Beginning [Plavsky Particle] dispersal. Field 37, orb』
システムが冷徹な電子音を響かせ、バトルスペースがまばゆいホログラムに包まれていく。
展開されたのは――まさかの『オーブ連合首長国』の対空防衛圏ステージだった。
(なんともまぁ……。ステージはオーブですか。全員のガンプラがSEED系だからシステムが忖度したのか? しかもこれ、完全に『ザフト対オーブ』のオペレーション・フューリーの構図になっとるやんけ!)
領海外の海上に実体化する俺のシグムント。対するオーブのオノゴロ島には、3機のガンダムが凛然と並び立つ。
「まあいいさ。やってやるよ! 新堂陽哉、デスティニーガンダムシグムント、出るぞ!!」
「高海千歌、オオトリアカツキガンダム『光輝(こうき)』、行きます!」
「渡辺曜、ガンダムアストレイ ヨーソロードラゴン……全速前進、ヨーソロー!」
「桜内梨子、インフィニットジャスティスガンダム『フォルティッシモ』、出撃します!」
(おいおいおい、俺は原作アニメ通り、領海外からたった一機で攻め込むシンの立ち位置なのかよ。アニメ通りなら作戦失敗でザフト撤退だけど……このバトルで我輩が不名誉な撤退(敗北)をしてマネージャーにされるなんておバカな結末、絶対にゴメンだ。当然、勝ちに行くに決まってるだろ!)
コントロールスフィアを握りしめ、スロットルを押し込む。
シグムントが海面を滑るように急加速した瞬間、コンソールのレーダーに鋭い警告音が鳴り響いた。
最初に見えたのは、内浦の夕日のような美しいサクラピンクに塗装された∞ジャスティス――梨子の『フォルティッシモ』だ。懐かしいな。東京時代、あの複雑なRGキットの外装とファトゥム(リフター)の摺り合わせ、ほとんど俺が夜なべして作ってあげたんだっけ。
続いて迫る、綺麗なライトブルーのフレームを輝かせるアストレイ――曜の『ヨーソロードラゴン』。カレトヴルッフを3基も背負ったレッドドラゴン形態。しかも本体フレームは脚部ナイフ内蔵のブルーフレームセカンドリバイ仕様。
……っていうかあのカレトヴルッフ、間違いなく俺があげたやつだよね。ヤジマ商事の倉庫で余ってたやつを俺が貰ったんだ。元々は前大会の主催だったPPSE社が保有してた限定パーツなんだけど、ヤジマ商事と合併しただろ? で、PPSE部門の在庫整理とシステム改修をちょっとだけお手伝いしたお礼に、あのニルス・ニールセンさんから直々に「君の好きに使っていいよ」って貰ったやつなんだよな。
俺自身は使う予定がなかったから曜にプレゼントしたんだけど、まさか回り回って、今日この場で俺自身を苦しめる最大の凶器として牙を剥くことになるとはね、因果応報が過ぎるわ!
そして、最後方に控える千歌の『アカツキ光輝』。なるほどな、本当に塗装を変えてきやがった。昨日、梨子の家で一生懸命お泊まりして塗ったという、鮮やかで温かい『みかん色』
……チッ、千歌らしくて、最高に似合ってんじゃねえか。
「――なんて、感傷に浸ってる場合じゃねぇなッ!」
アラートがけたたましく脳内に警報を鳴らす。
「いくよーーーっ!!」
大気圏内での圧倒的な3次元機動を誇る曜のアストレイが、直線的な軌道で馬鹿正直に、だが電光石火のスピードで突っ込んできやがった!
手にしたカレトヴルッフの巨大な刀身が、シグムントの脳天目掛けて容赦なく振り下ろされる。俺はコントロールスフィアをミリ単位で弾き、その一撃をサイドステップで紙一重で回避。
そのまま至近距離で両腕のビームライフルを叩き込んでやろうかと思ったが、その射線を遮るように、死角からピンクの光の輪――ジャスティスのビームブーメランが猛烈な回転を上げて飛んできたため、さらにバックステップでの緊急回避を余儀なくされる。
「千歌ちゃん、今よっ!!」
「まかせてーーーっ!!」
連続回避によって俺の機動が一瞬だけ硬直した、その絶妙なスキ。
オオトリの推進力を爆発させた千歌の『アカツキ光輝』が、大型対艦刀(斬艦刀)を両手で構え、上空から彗星のような勢いで斬りかかってきた!
初心者の千歌とは思えない、曜と梨子の完璧なお膳立てによる波状攻撃。こればかりはもう、物理的に回避するスペースがない。
「くそっ、舐めるな!」
俺はとっさに両腕の複合兵装防盾システム〈スヴェル〉を前方で交差し、強固な三角形のビームシールドを展開してその大剣を受け止めた。
ガギィィィィィンッッ!!!
凄まじい衝撃がコントロールスフィアを通じて俺の両腕に伝わる。
だが、さすがにガンプラ初心者である千歌の一撃だ。機体のパワーを乗せきれていない。これなら、このまま押し切れる!
当然、両サイドから回り込もうとしている曜と梨子が、この硬直を見逃すはずがない。二機がハサミ型に俺を挟み撃ちせんと迫ってくる。
「シグムントの出力を舐めるなよ……! このまま地上に叩きつけてやる!!」
千歌のアカツキを受け止めたまま、俺はメインスラスターを全開。急降下して千歌の機体をそのままオーブの地表へと激突させ、一気に戦闘不能に追い込む作戦に出た。
俺のシグムントは細部まで徹底的に作り込んでいるんだ。パワーの段違いさを見せつけてやる――って、あれ?
(……え? 千歌のアカツキが、ビクともしない……!?)
俺の意図を完璧に察知したのか、千歌もオオトリの全スラスターをマキシマムで吹かして抵抗している。
バカな、初心者の組み立てたガンプラが、俺の相棒の出力と同等に押し合えるはずが――。
そこで、俺はあまりにも致命的な、マヌケすぎる事実に気がついた。
(あ……あのゴールド……いや、みかん色のアカツキ。ベースのフレームから外装のバランスまで、『俺自身が徹底的に作り込んだ最高傑作』だったわ……!!!)
自分で自分の首を完璧に絞めることになろうとは、この新堂陽哉、一生の不覚である!
俺がビルドした無敵のアカツキの剛性が、俺自身のデスティニーのパワーを完全に相殺している。このまま硬直していれば、左右から曜と梨子の刃が俺の胴体を真っ二つにする未来が確定だ。
「だが……ここで終わって、たまるかよぉぉぉ!!」
「――ヴォワチュール・リュミエール……最大稼働っ!!!」
こんな序盤から、俺の切り札を使わされることになるなんて完全に想定外だ。
だが、ここで使わなきゃ本当にやられる!
シグムントの背部ウイングが美しく跳ね上がり、高密度のプラフスキー粒子による光の翼が爆発的に吹き荒れた。超高圧の推進力で千歌のアカツキを強引に前方に蹴り飛ばすと、そのまま異次元の加速力で上空へと垂直に跳ね上がる。
直後、俺がいた空間を、曜のアストレイと梨子のジャスティスが猛烈なスピードで交差した。
突進の勢いがつきすぎていたのか、危うく2人揃って正面衝突しそうになっていたが、そこは流石に操縦センスのある2人だ。ギリギリのところでスラスターを吹かして、お互いにぶつからずにすれ違って体勢を立て直した。
キィィィィン……と、上空で光の翼を羽ばたかせながら、俺は冷や汗を流して下方の3機を見下ろす。
「ハァ……ハァ……。おいおい、初心者の連携じゃねえぞ、これ……っ!」
オーブの青い空の下。
みかん色、ライトブルー、サクラピンクの3機のガンダムが、獲物を仕留め損ねたハンターのような鋭い目で、再び俺を見上げていた。
「――まずは、一番面倒な梨子から落とすッ!!」
上空で光の翼を羽ばたかせながら、俺は即座に次の一手を組み立てた。
このチームで最も厄介なのは、間違いなく東京時代から俺の戦術を見てきた梨子だ。工作精度の高いジャスティスを縦横無尽に操る彼女を最初に戦線離脱させなければ、こちらの勝ち目は万に一つもない。
「行きな、プリスティス!」
俺は両腕の複合兵装防盾システム〈スヴェル〉から2基のプリスティスを離脱させ、アストレイとアカツキの足止めとして1基ずつ差し向けた。
「悪いな、梨子。まずは梨子からだ!」
「残念だけど陽君、そう簡単には落とされないわよ!」
ヴォワチュール・リュミエールを全開にして光の尾を引きながら、右手のレーヴァテインを構えてジャスティスへと最短直線軌道で斬りかかる。
だが、梨子は信じられない反応速度でその一撃をサイドステップで回避。それと同時に、彼女のインフィニットジャスティスの背部から、巨大なサブフライトリフター『ファトゥム』がガシャンと分離し、凄まじいプラフスキー粒子の噴射音を立てて俺を幾重にも錯乱し始めた。
「チッ、その程度のかく乱で……ん? 待て、この不条理な変則機動、まさか……!」
「気づいた? 陽君が国内外の大会に出ていた2年の間に、私もファトゥムを『マニュアル操作』できるように練習したのよ!」
(なんてこった……最悪の想定外だ……!!)
ファトゥムの機関砲から放たれる射撃を必死のステップで回避するが、その回避の先を完全に読んだ梨子本体からのビームが容赦なく襲いかかる。
やべぇ、キツすぎる! プリスティスに翻弄されている千歌と曜はまだこちらに来られないが、ジャスティス本体とファトゥムの変則的な同時波状攻撃を躱しながら、こっちのプリスティスをマニュアルで維持し続けるのは、脳のプロセッサーの処理が完全に限界突破しそうだ。
「そこよ、陽君!」
「させるかよっ!」
ジャスティスの放ったライフル射撃を、コントロールスフィアをミリ単位で弾いて紙一重で回避する。ここまではいい、ここまでは完璧だった。
だが、回避した直後、死角である下層から猛烈なスピードで突き上げてくるファトゥムの急接近に、気づくのがコンマ数秒遅れた。ファトゥムの機首から展開された高出力のビームサーベルが、シグムントの右手の刃と激突する。
ギギギギギギ、ドゴォォォンッ!!!
プラスチックが焼き切れる乾いた衝撃音。俺の主武器であるレーヴァテインの1本が、根元から無惨に破壊されて光の粒子へと変わった。
「くっ……レーヴァテインだけ……!?」
悔しげに声を漏らす梨子。いやいや、俺の自信作を一撃で叩き折るなんて、それだけでも初心者を遥か昔に卒業した大した腕前だよチクショウ!
「いっけぇぇぇーーーっ!!」
突然、コックピットのコンソールに真っ赤な警告アラートが狂ったように鳴り響いた。
何事かと思ってメインモニターを睨みつければ、遥か後方から、オオトリストライカーの全砲門を開いた千歌の『アカツキ光輝』が迫っていた。ビームランチャー、レールガン、さらには対艦ミサイルランチャーまで、文字通りの全弾一斉射撃(フルバースト)が、オーブの空を埋め尽くすほどの閃光となって俺の視界を真っ白に染め上げる。
「待て! 千歌に向かわせたプリスティスは……!」
「あはは、やっと破壊できたよ、はー君!」
(マジかよ……初心者のくせに、俺のマニュアルドラグーンを力任せに撃ち落としやがった……!)
レーヴァテインに続き、プリスティスまで1基損失。実体剣と遠隔兵装を同時に失うこのダメージは、ダメージレベル最低設定『C』とはいえファイターとして致命的すぎる。
俺は慌てて、残された最後のプリスティスを左腕のスヴェルへと強制帰還させた。これで手元の武器はビームライフルと、左腕のシールド接続時の武装だけだ。
ここからの展開は、まさに地獄だった。
3人の完璧な連携射撃の前に、俺のシグムントは防戦一方に追い込まれていく。千歌の豪快な弾幕を間一髪で避ければ、その退路を塞ぐように梨子の精密なビームが奔る。それを必死にステップでいなせば、今度は上空から曜のアストレイによる鋭いカレトヴルッフの斬撃が襲いかかる。なんとかそれらを全て躱しきったとしても、いつの間にか死角に回り込んでいた梨子のジャスティスが格闘戦を仕掛けてくる――。
「ほう。あの三人、なかなか見事な連携が取れているな。選手権の地方予選でも、これならかなり良い戦いを見せてくれるかもしれん」
(おいメイジン、外から呑気に解説してんじゃねえよ! うるさい!)
心の中で叫ぶが、本当に全く攻撃に転じる隙がない。何より、さっき使ったばかりのヴォワチュール・リュミエールは、一度プラフスキー粒子を爆発的に燃焼させるため、再チャージまでにどうしても時間がかかってしまうのだ。
「1対3の変則マッチだ、苦戦するのは当然の理。……だが陽哉、もし君が本当に世界大会の舞台を目指すつもりならば、この圧倒的な戦況すら一人で覆すだけの『個の力』を示せなければ、予選突破など夢のまた夢だぞ。世界大会の初日に行われる大規模なバトルロワイヤルでは、このような徒党を組んだ集中攻撃など頻繁に発生するからな」
(……分かってるよ! 数の暴力をカサに着て1人を集中砲火するなんて、毎年世界大会を画面越しに見ていた俺には、言われなくても分かりきってるさ!!)
「そこだっ!!」
頭上から猛烈なスピードで斬りかかってきた曜のアストレイ。
俺はコントロールスフィアを極限まで引き付け、紙一重の神速の回避と同時に、残された左腕のスヴェルから高出力のビームサーベルを展開。すれ違いざまの一閃で、アストレイの右腕を肩口から豪快に斬り飛ばしてやった!
「うそっ!? あんな体勢から……!?」
「曜ちゃん、危ない! いったん下がって!!」
「りょ、了解でありますっ……!」
(逃がすかよ! ここで1人でも確実に数を減らしておかないと、俺がマネージャーにされる未来が――)
曜に追撃を叩き込もうとスロットルを捻った瞬間、俺の視界の下方から、梨子のファトゥムがもの凄いハイパワーで突き上げて進路を強引に塞いできた。さらに、シグムントの完全な背後からは、ジャスティスを駆る梨子自身が実体剣を構えて突撃してくる。
「はぁぁぁぁぁーーーっ!!」
「ちっ……!」
前後からの完璧な時間差挟み撃ち。右腕のレーヴァテインを失っていたせいでのコンマ数秒の回避の遅れが、致命傷となった。
ザシュゥゥゥッ!! と硬質な音が響き、シグムントの右脚が膝上から綺麗に切断され、オーブの海へと虚しく落下していった。
「くそっ……! たかが……右脚の一本くらい……っ!」
姿勢制御バーニアを吹かして強引に空中でのバランスを保つ。だが、片脚を失って機動性が著しく低下した俺の正面に、黄金――いや、鮮やかなみかん色に輝くアカツキが、オオトリの推進力を爆発させて急速接近してきた。
「いっけぇぇぇぇぇーーーーーっ!!!」
千歌の叫びと共に、アカツキの巨躯から振り下ろされる、あの巨大な大型対艦刀(斬艦刀)の鋭い刃が、シグムントの脳天目掛けて一直線に迫る――。
「――ところがぎっちょんッッ!!!」
絶体絶命と思われたその瞬間、俺はコントロールスフィアを限界までねじ込み、前世の記憶にあるキラ・ヤマトの『不殺の白羽取り』とまったく同じ要領で左腕のビームシールドを展開した。
ガギィィィィィン! と火花を散らし、アカツキの放った大型対艦刀(斬艦刀)の刀身をエネルギーの盾でガッチリと挟み込む。そのまま機体のパワーを強引に上乗せしてねじ切り、千歌の手から斬艦刀を奪い取ると、残された左腕のスヴェルの剛性で容赦なくバキィィィン!! と叩き折ってやった。
「ああっ!? しまった、わたしの剣が……!」
最大の武器を破壊され、千歌の『アカツキ光輝』が目に見えて動揺して後退する。ここが最大のチャンスだ、一気に勝負を決める!
「やらせないわよ、陽君!」
俺が追撃に移ろうとした刹那、梨子のジャスティスが俺と千歌の間に強引に割って入り、ビームシールドを構えて俺の左腕のブレードを受け止めた。
「千歌ちゃん、梨子ちゃん! 離れて、準備できたよ!!」
曜の鋭い叫び声が響いた。
刹那、梨子のジャスティスがフロントキックをシグムントの胴体に叩き込み、その反動を利用して強引に距離を離す。千歌のアカツキも、いつの間にか遥か後方へと退避していた。
しまっ――油断した! 梨子に蹴り飛ばされて、片脚を失っているシグムントの体勢が大きく崩れる。
前方を見据えれば、遥か彼方で曜のアストレイが、背部にマウントしたカレトヴルッフの砲口をこちらへ真っ直ぐに向けていた。
「全速前進、ヨーソローーーッ!!!」
ドォォォォォォォォンッッ!!!
カレトヴルッフのバレルから放たれたのは、モビルスーツ一機を完全に消滅させかねないほどの、極太のハチミツ色のビームの奔流だった。千歌たちの弾幕の裏で、曜は最初からこの一撃のためにエネルギーを限界までチャージし続けてやがったのだ。
回避不能、防御も不可能。ビームの濁流が、シグムントがいた空間を完全に飲み込み、オーブの海水を一瞬で蒸発させて白い爆煙を爆発的に巻き上げる。
「……やったの!?」
ビームの輝きが徐々に収束し、激しい爆煙だけが残る。だが、そこにはシグムントのちぎれたパーツすら、どこにも存在していなかった。
「勝った……の? はー君、どこ……?」
「いいえ、まだよ! センサーの反応が消えてない……シグムントは、まだ動いてるわ!」
梨子の叫び声と共に、2機が慌ててカメラを上空へと向けた。
爆煙の遥か上空、雲を突き抜けた高度に――欠損した右脚からプラフスキー粒子の火花を散らしながら、シグムントは悠然と浮遊していた。
(……なんだ、この感覚は?)
ドクン、ドクン、と心臓の鼓動が激しく高鳴り、全身の血液が沸騰するような熱さに包まれる。
なのに、頭の中は信じられないほど冷徹に冴え渡っていた。視界が極限まで広がり、操縦しているシグムントが、まるで自分の本物の肉体になったかのように軽い。レバーのミリ単位の重さすら、神経細胞を通じて直接脳に流れ込んでくる。
(行ける……! 今の俺なら、どんな動きだってやってのけられる!)
「陽哉の動きが変わった……。まさか、あの短期間のバトルの中で、あれを発動させたというのか……!」
(外野のメイジンがまた色々とブツブツうるさいな。まあいい、ここからは俺のターンだ。反撃を始めさせてもらうぜ!)
「――ヴォワチュール・リュミエール、最大稼働っ!!」
チャージの完了した光の翼が、さっきとは次元の違う濃密なエネルギーとなって背後から爆発した。
ドムッ!! と空間そのものを踏みつけるような超高速移動。あまりの神速に、下空にいた曜と梨子は俺の機影を見失う。
「梨子ちゃん、さっきと動きのキレが全然違うよっ!?」
「ええ、気をつけて……きゃあぁぁっ!?」
警告を発した瞬間の梨子の視界を、シグムントの純白の機影がかすめた。
アシムレイトによって限界を超えた機動を見せるシグムントが、ジャスティスの懐へ一瞬で潜り込み、強烈な一撃を叩き込んで梨子の機体を遥か彼方へと蹴り飛ばしたのだ。
「梨子ちゃん! ――ええい、よくもっ!!」
曜が激昂し、カレトヴルッフを大上段に構えてアストレイで斬りかかってくる。
だが、今の俺の目には、曜のあの天才的と言われたはずのスピードすら、まるで止まっているかのように遅く見えていた。
スッと最小限の挙動で刃を躱し、流れるようなステップでアストレイの完全な背後へと回り込む。返す刀で、アストレイのバックパックユニットを根本から正確に一刀両断した。メインスラスターを失った曜の機体が、バランスを崩して悲鳴を上げながら地上へと墜落し始める。
そのまま確実に撃破の追撃を叩き込もうとしたが――。
「やらせないって、言ってるでしょう!!」
墜落していく曜を庇うように、梨子が遠隔操作するジャスティスのファトゥムが、再び執念の突撃で俺の視界を遮ってきた。
「いい加減に……しつこいんだよ、お前らはッ!!」
俺は左腕のスヴェルのビームサーベルを荒々しく一閃。迫りくるファトゥムを正面から綺麗に両断し、爆発四散させる。これで曜のアストレイはオーブの地上へと完全に落下し、戦闘不能(リタイア)となった。
「よし、まずは最大の障壁である梨子を――」
そう思ってジャスティスへとカメラを向けた瞬間、上空から猛烈なビームの雨が降り注いできた。
「千歌か……!!」
「梨子ちゃんには、絶対に指一本触れさせないよっ!!」
残された全砲門を開き、オオトリの火力を限界まで絞り出して突撃してくる千歌の『アカツキ光輝』。
「なら、まずは千歌から叩き潰してやる!」
シグムントが光の翼をはためかせ、アカツキへと急速接近。すれ違いざまの電光石火のブレード捌きで、アカツキの左腕を肩口から豪快に斬り飛ばした。さらに、残された唯一のレーヴァテインを逆手に構え、トドメのコックピットブロックへの突きを放とうとした、まさにその時――。
「終われない……! わたしたちの夢は、まだ始まったばかりなんだから! ここで終われないよぉぉぉ!!」
千歌の悲痛な、だけど魂の底からの叫びが響き渡った。
「勝って……勝って、はー君と一緒に、絶対にラブライブを目指すんだからぁぁぁーーーーーっっ!!!」
ザシュゥッ!!
俺が確実に手応えを確信して振り下ろしたはずのレーヴァテインの刃が、虚しくオーブの空気を切り裂いた。
――消えた? 目の前にいたはずのみかん色のアカツキが、残像すら残さずに俺の視界から完全に消失したのだ。
気づいたときには、アカツキは遥か離れた上空のポジションへと、驚異的なステップで退避していた。
「ま、まさか……。あの超絶的な挙動、彼女も……アシムレイト(同調)しているというのか……!?」
ギャラリーの特等席で、三代目メイジン・カワグチが驚愕のあまり完全に我を忘れて叫んでいた。
「な、なんなの今の動き……。アカツキが、信じられないスピードで陽君の攻撃をかわしちゃった……」
「千歌ちゃん、すごい……! 物凄いスピードで、はー君の攻撃を完全に先読みしてたよ……!」
梨子と、地上からモニターを見上げる曜が息を呑む。
当の千歌自身も、自分の手の平を見つめながら、ハァハァと荒い息を吐いて不思議そうな顔をしていた。だけど、その橙色の瞳には、陽哉くんのそれとまったく同じ、空間の粒子を全て見通すような『覚醒』の光がギラギラと宿っていた。
「なんだろう……この感覚。身体がすっごく熱くて、はー君の動きが全部、光の線になって見えるみたい……。……でも、今のわたしなら、行ける気がする! 行くよ、はー君!!」
千歌の『アカツキ光輝』の全身から、まるで彼女たちのこれからの輝きを予感させるような、濃密で凄まじいプラフスキー粒子がオーラとなって溢れ出す。
「へっ……面白い。いいぜ、千歌……! 最高のガンプラをくれてやった甲斐があったって一歩。そろそろ、決着(ケリ)をつけてやるよ!!」
アシムレイトを発動させた2人のファイター。
右脚を失った不敗のデスティニーと、左腕を失ったみかん色のアカツキ。
2機のガンダムは、オーブの青い空を焦がすほどのスラスターの爆音を響かせ、お互いのすべてを賭けて、真っ正面から一騎打ちの超高速突進(ドッグファイト)へと身を投じた――。
オーブの青い空。プラフスキー粒子の暴風が吹き荒れる中、右脚のないシグムントと、左腕のないアカツキが、残された全ての推力を爆発させて正面から激突した。
俺は残された右腕のレーヴァテインを、千歌はアカツキのビームサーベルを逆手に構え、限界を超えた超高速の世界で刃を切り結ぶ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっっ!!!」
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっっ!!!」
お互いの魂の咆哮が交錯する。
閃光が爆発し、コンマ数秒の間に二機のガンダムがすれ違った。
ガギィィィィィンッッ!!!
一瞬の後、俺の振り下ろしたレーヴァテインの赤い刃が、千歌のアカツキの頭部を完璧に叩き割り、プラスチックの破片へと変えてみせた。
「嘘……届かなかった……っ」
画面の向こうで、千歌が悔しげに顔を伏せて声を漏らす。
だが――俺はコントロールスフィアから静かに両手を離し、ふっと短く息を吐いた。
「いや……届いてたよ。俺の、完全な負けだ」
パチパチと粒子が火花を散らす、シグムントのメインモニター。
見れば、千歌のアカツキが放った渾身のビームサーベルの光刃が、俺のデスティニーのコックピットブロックを真っ正面から深々と、綺麗に貫いていた。
直後、シグムントの機体は限界を迎え、ホログラムの空間で盛大に爆散した。
『BATTLE ENDED』
「あー……負けた負けた。いやぁ、完敗だわ」
ホログラムが消え去り、元の模型店のバトルスペースへと戻る。
コンソールの前で呆然と立ち尽くしていた千歌の元へ歩み寄り、俺はそのみかん色の髪の頭をぽんぽんと優しく撫でてやった。
「はー君……」
「やるじゃん、千歌。最高のバトルだったよ」
「……えへへっ!」
千歌は顔をパッと輝かせ、嬉しそうに胸を撫で下ろした。
つーか……バトルの最後、どこかで見たことある展開だなと思ったら、前世の記憶にある『コードギアス』のアルビオン対紅蓮聖天八極式のあの壮絶なラストバトル(頭部破壊とコックピット直撃の相打ち)とまったく同じ構図じゃねえか。確かにシグムントのビルドコンセプトは『デスティニーにランスロットの要素を加えたら』だけどよ……そこまで前世のシナリオがシンクロしなくていいんだわ。まあ、綺麗に決まったからいいや。
「いや、千歌だけじゃないな。曜と梨子の連携も、マジで容赦なくて強かったよ。一時は本気で詰んだと思った」
「ふふ、ありがと。陽君は前よりずっと強くなってたわ。……でも、一つ教えて? バトルの最後、陽君の動きが急に信じられないくらいキレキレになったけれど、あれって一体何なの?」
「うん、私もすっごく気になった! ていうか、最後の千歌ちゃんも、はー君と同じようなすごいオーラを出して動いてたよね?」
曜と梨子にグイッと詰め寄られる。うーん……何と言われましても、当事者の俺としては感覚で動いてただけだしな。
「わたしも……なんだか無我夢中だったから、よく分かんないや」
「そうだよなぁ。俺も説明しろって言われても困るし――」
「それについては、私が答えよう」
「うわっ!? びっくりした、まだいたんすか、メイジン」
背後からぬっと現れた真っ黒なサングラスの男に、俺は思わず飛び上がった。世界最強のチャンプ、気配の消し方が完全にアサシンである。
「君たちが先ほどのバトルの極限状態で発動させた現象……それこそが『アシムレイト(同調)』だ」
(え……マジで? 俺と千歌、二人ともアシムレイト持ちっすか。我輩、そんな危険なチート設定を貰っていたとは知らなんだ……)
「アシムレイト……聞いたことがあるような気がするであります」
「アシムレイトって、なぁに?」
曜の呟きに、千歌が不思議そうに首を傾げる。すかさず、横からガチ勢の梨子が、少し硬い表情でそのシステムの詳細を口にした。
「ファイターのガンプラに対する強い思い込みによって引き起こされる、一種のプラシーボ効果のことよ。五感とガンプラを完全に一体化させることで、機体の戦闘能力を通常時の3倍以上にまで高めることができる状態を指すの」
「その通り。……そして、この力には強大なデメリットも存在する。ノーシーボ効果により、ガンプラが受けたダメージがそのままファイターの肉体精神にも反映されてしまうのだ。例えば、ガンプラの腕を切り落とされれば、ファイター自身も本当に腕を切り落とされたかのような激痛を味わうことになる」
メイジンの厳格な解説に、生徒会室でのダイヤ姉さんばりの説得力がある。
……あ。それを聞いて、俺は妙に納得した。道理でバトルの途中から、なんだかずっと下腹部のあたりがキリキリと地味に痛てぇなぁと思ってたんだよ。腕や脚の切断じゃなくて、腹部にちょっと傷をつけられただけで済んで本当によかったわ。
ふと視線を感じて前を向くと、千歌、曜、梨子の3人が、一斉に俺の腹部を「大丈夫……!?」と本気で心配そうな目で見つめていた。
「ああ、心配すんなってお前ら。バトル直後はちょっと痛かったけど、今はもうすっかり収まってるから。なんだよ、ただのアシムレイトのデメリットだったか。安心したわ。俺はてっきり、昨日食った『ポテチ』のせいで絶賛腹痛が始まったのかと思って焦ってたんだよ。賞味期限切れ当日で安売りされてたのを買ったのを忘れてて、3日間部屋に放置してたやつを、昨日思い出して一気に食ったからさ」
「……いや、はー君。それはさすがに賞味期限とか関係なく捨てようよ」
曜が至極もっともなジト目で、鋭いツッコミを俺に飛ばした。
いや、3日過ぎただけだからさ……。これくらいならモデラーの強靭な胃袋なら行けると思ったんだよ……。
「それはともかく、実に素晴らしい、見事な戦いだったよ。……さて、そろそろ私は行くとするよ」
「てかメイジン、ぶっちゃけあんた何しにここに来たんすか?」
「ふふ、今、私は日本各地のショップを視察して回っていてね。今日はたまたまこちらの沼津へ立ち寄ったのさ。さあ、私には次に行くべき場所があるのでね。では失礼するよ、陽哉、そして浦の星のスクールアイドルファイター諸君。良きガンプラライフを!」
そう言って、風のように爽やかにショップを去っていったメイジン。
前世の記憶にある彼の性格からすれば、俺たちの激熱なバトルを特等席で見て、自分も我慢できなくなって『乱入(バトルイン)』してくる王道パターンかと思ったが……。多分、初めてアシムレイトを発動させて限界まで脳を消耗した俺と千歌の身体のことを考えて、あえて大人の対応で我慢してくれたのだろう。やっぱり、根は最高に優しい良き先輩だ。
(にしても……俺と千歌が、揃ってアシムレイト持ちねぇ。ま、修復技術のある俺はともかく、千歌には今後、あの力をあまり使わせないようにセーブさせなきゃな。ラブライブのアイドル活動のダンスや歌に影響が出たら大変だ)
そんなことを考えながら、俺は改めてコンソールの前に立ち、正面の3人を見つめた。
「――と、いうわけで。俺の完全な負けだな。約束通り、今日から俺がスクールアイドル部のマネージャーを引き受けるよ」
俺がそう告げた、まさにその瞬間だった。
「「「やったぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!!(ドサッ)」」」
「おいおいおいおい、待て待て待てっ! お前ら、落ち着けって!!」
歓喜の声を上げた千歌、曜、梨子の3人が、遠慮なんて言葉を異次元に蹴り飛ばした勢いで、正面から俺の身体に一斉に抱き着いて(ハグして)きたのだ。
右から、左から、そして正面から。
……待て、これは本当にアカン。本日最大火力かつ3倍の密度で押し寄せてくる、女の子たちの柔らかい感触と甘いええ匂いの波。健全な17歳の男子高校生(中身は35年チェリー社畜)の理性にとって、この状況はガンプラバトルロワイヤル以上にヤバすぎる!
「だって、すっごく嬉しいんだもん!」
「はー君! これから毎日、ずーっとよろしくね!」
「陽君、これから一緒に、全力で頑張ろうね!」
「分かった、分かったから! とりあえずいったん離れていただく!!」
顔を真っ赤にしながら、俺は必死に3人の美少女たちを優しく引き離し、自分の頭をガシガシと掻いた。
「……まぁ、なんつーかさ。ぶっちゃけ言うと、俺、この勝負に勝っても負けても、最初からお前らのマネージャーをやるつもりだったんだよ」
「えっ、本当に? じゃあ、なんで今までそんなに頑なに断ってたの、はー君?」
曜が、不思議そうに尋ねてくる。
「うーん……何ていうかさ。ちょっとだけ、不安だったんだよ。女の子だけの世界(女子高)に俺が深く関わっていいのかな、とか。俺なんかがマネージャーをやって、本当にみんなの力になれるのかな、とかさ」
(本当は、俺が余計な干渉をして、大好きなラブライブのアニメストーリーを致命的にブッ壊しちゃうのが怖かった……なんて本音は、絶対に言えないけれどな)
「そんなの、関係ないよ! 千歌はね……他の誰でもない、はー君がいいの! はー君じゃなきゃダメなんだもん! だから、一緒に頑張ろう、はー君!」
千歌が真っ直ぐに俺の目を見つめ、満面の笑みで右手を差し出してきた。
「ふふ、そうね。マネージャーを引き受けてくれた以上、これからやってもらう仕事は山ほどいっぱいあるわよ? 作詞や作曲の手伝い、毎日の練習のサポートプランの作成、あとは生徒会へ提出する予算申請や部活動の書類一式の作成とか……♪」
梨子がどこかサディスティックで楽しげな笑みを浮かべて、指を折りながら事務量を宣告してくる。
「うへぇ……。聞くだけで、めちゃくちゃめんどくさそう……」
思わず白目を剥きそうになるけれど、それでも、あのみかん娘(千歌)がここまで本気でやる気になって目を輝かせているんだ。前世で彼女たちの輝きに救われたラブライバーとして、そして今世の従兄弟の兄貴分として、俺も腹を括って付き合ってやろうじゃないか。
「ただし! 俺も今年開幕する全日本ガンプラバトル選手権に出場しなきゃならないからな。まあ、地区予選に出撃する当日とか、どうしても時間が取れない時だけはマネージャー業を休ませてもらうけど、それ以外の日常のサポートなら、いくらでもやってやるよ」
「了解であります、マネージャー殿!」
「うん! じゃあ、明日から早速、放課後の練習を本格的に始めるよ!」
「「おーーーっ!!」」
千歌の掛け声に、曜と梨子が元気よく拳を突き上げる。
これから先、俺という異分子が加わったことで、アニメの公式ストーリーとは全く違う展開が巻き起こるかもしれない。いや、もしかしたら、大筋は変わらないかもしれないけれど……。
(もし歴史が変わるその時が来たら、俺はあえて、その全ての運命を正面から受け入れよう。ラブライブサンシャインという世界に、新堂陽哉という存在と、ビルドファイターズの世界観がミックスされた時点で、この世界はもう『俺たちだけの新しい物語』なんだからな)
原作の改変なんて、今さら気にすることじゃなかったんだ。
こんなのどかな内浦の町で、みんながこれほどまでに、俺のことを必要としてくれている。だったら俺は――ビルダーとして、ファイターとして、そしてAqoursのマネージャーとして、彼女たちの真っ直ぐな想いに、全力の『輝き』で応えてみせるさ。
「さてと……。マネージャー業の第一弾として、そろそろあのファーストライブのイベントがやってくるな。がんばりますか!」
俺はバッグの中のシグムントにそっと触れ、これから始まる波乱万丈なスクールアイドルの未来に向けて、静かに闘志を燃やすのだった。
続く!!