ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine-   作:陽@曜花推し

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第8話:二人のキモチ(リメイク版)

「――しょーにんっ!!」

 

鼓膜を震わせる凄まじい勢いと共に、バカでかい承認印が木製のデスクへと叩きつけられた。内房の穏やかな海を見下ろす理事長室。そこに響き渡った衝撃音の主は、机に突っ伏してハァハァと息を荒くしている金髪の理事長、小原鞠莉だ。

 

新堂陽哉は、その大仰なハンコを冷ややかな目で見つめながら、前世の記憶を心の隅で引っ張り出していた。

 

(……あのハンコ、一体どこで特注したんだよ。『私、気になります!』って、どこぞの古典部女子ばりに叫びそうになるのを耐える俺の身にもなってほしいもんだ)

 

何はともあれ、ファーストライブは無事成功した。

 

鞠莉が提示した「お披露目ライブで満員にする」という無茶な条件をクリアしたことで、スクールアイドル部は正式に承認されたのだ。

だが、喜び勇んでメンバーに宛がわれた部室へと足を踏み込んだ瞬間、陽哉たちの足はピタリと止まった。

 

「散らかってるね……」

 

 

千歌が頬を引きつらせて呟いた。その言葉に偽りはない。アニメの記憶が確かならば、ここはかつて鞠莉たちが使用していた部室のはずだ。

 

放置された歳月の長さを物語るように、室内には埃と雑多な備品が散乱していた。

 

「全部片づけて使ってね……とは言われたけど……」

 

曜が制服の袖をまくり上げながら苦笑する。さすがにこの散らかし様は、引き渡しの準備としては怠慢が過ぎる。

 

「とりあえず片づけましょう? じゃないと使えないし」

 

梨子の常識的な提案に、陽哉も深く頷いた。

 

「よし、じゃあ始めるぞ。手を動かせ、手を」

 

マネージャー兼ファイターとして、無駄な時間を作るわけにはいかない。次週にはガンプラ選手権の予選トーナメントが控えているのだ。愛機デスティニーガンダムシグムントの最終調整の時間も確保しなければならない。

 

全員でゴミ袋を広げ、黙々と作業を進める。しばらくして、粗大ゴミを退けていた千歌が、古びたホワイトボードの前でピタリと動きを止めた。

 

「あれ? これ……」

 

消えかけてはいるが、そこには何かを書き殴ったような跡が残っていた。

 

文字の羅列――おそらくは、かつてここで活動していた「誰か」が遺した歌詞の断片だ。

 

千歌がその文字をなぞるように見つめ、切なげな表情を浮かべる。だが、陽哉はあえてその感傷に踏み込まなかった。今はまだ、彼女たちがそれを知る時期ではない。

 

「千歌、手を動かす。時間がないんだからな」

 

「はーい……」

 

少し膨れた顔をしながらも、千歌は雑巾を手に取って動き出す。

 

やれやれ、と息を吐きながら陽哉が窓の外へ視線を向けると、校舎の陰から少しだけはみ出している、特徴的な色の髪が目に入った。

 

(ルビィか……?)

 

声をかけようと外に出たが、すでにその姿はなかった。逃げられたか。人見知りの激しい彼女らしいと思いつつ、陽哉は首を振って部室へ戻った。

 

そして、一通りの掃除が終わった頃。陽哉の手には、部室の奥から発掘された、到底ス

クールアイドル部のものとは思えない分厚い書籍の山が残されていた。

 

「これ、どう考えても図書室の本だよな……」

 

冊数は十冊以上。歌詞の参考にするために当時のメンバーが借りて、そのまま返すのを忘れて放置していたのだろう。

 

(あの生真面目なダイヤ姉さんがいながら、何たる体たらくだ。これからこの部屋を使うのは俺たちなんだぞ。まったく、後で嫌みの一つでも言ってやらないと気が済まないな。当事者のうち二人は、今もこの学校にいるわけだしな)

 

「とりあえず、これ返しに行ってくるわ」

 

「そうね。借りたものは返さなきゃ」

 

梨子が同意し、千歌と曜もそれに続く。結局、確認の意味も含めて四人で図書室へ向かうことになった。

 

「失礼しまーす!」

 

千歌が元気よく図書室の扉を開ける。静謐な空気が満ちる室内のカウンターには、図書委員を務める幼馴染――国木田花丸が静かに座っていた。

 

「あ、花丸ちゃんと……ルビィちゃん!」

 

千歌が声を弾ませて指さした先には、大型の扇風機の陰に隠れるようにして小さくなっている黒澤ルビィの姿があった。本人は完璧に隠れているつもりなのだろうが、赤い髪と大きな瞳が盛大にはみ出している。

 

(……扇風機に隠れてバレてないと思っているところが、最高にルビィらしくて可愛いわ。っていうか、あの扇風機が良い仕事をしすぎている。大事な部分を絶妙にガードして、おパンツの鉄壁を守り抜いてやがるな。うん、健全で何よりだ)

 

陽哉は前世の限界オタクとしての脳内ツッコミを瞬時にシャットアウトし、手元に抱えた本をカウンターに置いた。

 

「よう、二人とも。これ、部室の奥にあったから持ってきたんだ。図書室の本だろ?」

 

花丸が目を丸くして本を確認し、すぐにパッと表情を輝かせた。

 

「うん、そうだよ。陽兄ちゃん、わざわざありがとう! 先輩方もありがとうございます!」

 

ちょこんと頭を下げる花丸。その礼儀正しさに、陽哉は(いい子に育ってくれて俺は嬉しいよ)と心の中で静かに感動を噛み締める。

だが、その感動の余韻に浸る暇もなく、背後から突進してきた千歌に思い切り横へ押し退けられた。

 

「ねぇ! 花丸ちゃんもルビィちゃんも、スクールアイドルやってみない!?」

 

「「ふえっ!?」」

 

千歌の猪突猛進な勧誘が始まった。驚きのあまり、ルビィが小動物のように肩を震わせる。

 

「二人が歌ったら、絶対にキラキラする! 間違いないよ!」

 

距離を詰めて迫る千歌に、二人は完全に圧倒されて戸惑っている。特にルビィは、男性恐

怖症とはまた違う、何か怯えるような視線を泳がせていた。

 

「おい、とりあえず落ち着け」

 

陽哉は千歌の頭に軽くチョップを落とした。

 

「いたっ! なんで叩くの、はー君!」

 

「強引に迫ったらダメに決まっているでしょう」

 

梨子がすかさず千歌の制服を引っ張って距離を取らせる。

 

「二人とも、驚かせて悪かったな。――そうだ、俺はこの後、理事長室に行く用事ができたから。千歌、お前たちは先に部室に戻っててくれ」

 

 

ここから先は、少し大人の、あるいは重い話になる。それに、ポンコツ生徒会長とシャイニーお嬢様に、備品管理の杜撰さについて文句を言わなければならない。

 

「理事長室に?」

 

曜が不思議そうに小首を傾げる。

 

「ああ。マネージャーとして部室が使えるようになった報告と……図書室の本を二年間も放置していた不届きな先輩がいましたよって、チクリにな。報告は俺一人でいい。三人は練習を優先してくれ。俺も後で必ず合流するから」

 

「わかった!」

 

「じゃあ、また後でね、陽くん」

 

千歌たちは素直に頷き、賑やかに図書室を後にした。パタパタと足音が遠ざかり、再び図書室に静寂が戻る。陽哉はゆっくりと振り返り、まだ緊張の解けない二人の少女へと視線を向けた。

 

 

 

千歌たちの賑やかな気配が完全に遠ざかったのを見計らい、陽哉は静かに息を吐いた。カウンターの向こうで身を縮めているルビィと、それを庇うように立つ花丸へと、歩調を緩めて歩み寄る。

 

「さてと……ルビィ。本当はスクールアイドル、やりたいんじゃないのか? 好きなんだろ?」

 

直球の問いかけに、ルビィの大きな瞳が微かに揺れた。きゅっと制服のスカートを握りしめ、消え入りそうな声で呟く。

 

「うん……でもね……お姉ちゃんが……」

 

「ダイヤ姉さんと何かあったのか?」

 

陽哉の言葉に、ルビィは俯いたまま、ぽつりぽつりと胸の内を明かし始めた。

 

「昔はお姉ちゃんも、ルビィと一緒にスクールアイドルのこと、大好きだったんだけど……」

 

(いや、昔どころか現在進行形でμ'sの大ファンだけどな)という前世の突っ込みは、陽哉はグッと喉の奥に押しとどめた。

今は彼女の傷ついた心に寄り添うことが最優先だ。

 

「高校に入ってしばらく経った頃……ルビィが部屋でスクールアイドルの雑誌を読んでたら、『片づけて。それ、もう見たくないの』って、すっごく冷たい声で言われて……」

 

高校に入ってしばらく。そのキーワードで、陽哉の脳裏にある記憶が繋がった。

 

(なるほどな……。二年前の『TOKYO SCHOOL IDOL WORLD』で、あの挫折を味わった直後か。そりゃダイヤ姉さんにとっても、見るのが辛い時期だったわけだ)

 

「だから……本当はね、ルビィもスクールアイドルを嫌いにならなきゃいけないの……」

 

自分を縛り付けるような健気な言葉。あまりにも切ない妹の誤解に、陽哉の胸がズキリと痛む。そこまで姉を想うからこそ、自分の本心を押し殺しているのだ。陽哉は視線を、静かに隣で佇んでいる幼馴染へと移した。

 

「花は? 花はどうなんだ?」

 

「それは……オラとかズラとか言っちゃうし……」

 

気まずそうに目を泳がせる花丸。

 

(いやいや、それはそれで最高に可愛いだろ。方言女子、最高オブ最高!! 俺は声を大にして言いたい!!)

 

前世の限界オタクとしての魂が激しく肯定を叫んだが、表の顔はシン・アスカ似のクールな男子高校生だ。陽哉は表情を崩さず、まずはルビィの問題を解決すべく、真剣な眼差しを二人へと向けた。

 

「ルビィ、スクールアイドルが好きなんだろ? だったら我慢しちゃダメだ。せっかくの高校生活なんだから、やりたいことをやらなきゃ。ダイヤ姉さんが大好きなのはわかるけど、だからってルビィまで無理に嫌いになる必要なんてないんだよ」

 

「でも……お姉ちゃんに怒られちゃうもん……」

 

頑なに一歩を恐れるルビィ。このまま言葉を重ねても、ダイヤへの恐怖と遠慮は拭えないだろう。ならば、外圧として自分が泥をかぶるまでだ。ビルダーとして、ファイターとして、目の前にある「輝くべき原石」が埋もれていくのを黙って見ているわけにはいかない。

 

「よし……じゃあ、俺に提案がある。ルビィ、花。ひとまず『体験入部』をしてみろ」

 

「たいけん、にゅうぶ……?」

 

ルビィが丸い目をさらに大きくして、小首を傾げた。

 

「そう、お試し期間だ。実際にやってみて、やっぱり無理そうだと思ったら諦めればいい。その時は、千歌たちには俺から話して、勧誘をスパッと辞めさせるからさ」

陽哉の現実的な提案に、先に反応したのは花丸だった。

 

「……そうずらね。陽兄ちゃんがマネージャーとしてついててくれるなら安心ずら。ルビィちゃん、一度だけやってみない? オラも一緒に付き合うから」

 

ルビィを誰よりも気遣う花丸が、優しくその背中を押す。だが、陽哉の鋭い観察眼は、花丸の瞳の奥に宿る「私なんてどうせ主役の引き立て役ずら」という、静かで深いコンプレックスの芽を見逃さなかった。

 

(花、お前はルビィのために自分を盾にするつもりだな。だが、お前自身の輝きも、俺はちゃんと知ってるからな)

 

「うん……でも、やっぱりお姉ちゃんが何て言うか……」

 

「心配するな。俺に無理やり入部させられたってことにすればいい」

悪びれずに言ってのける陽哉に、ルビィが息を呑んだ。

 

「でも、そんなことしたら陽兄ちゃんが怒られちゃうよ……?」

 

「ルビィを守るためなら、ダイヤ姉さんにどれだけ説教されたって痛くも痒くもないさ」

 

陽哉はそう言って、ルビィの柔らかい髪を大きな手でぽんぽんと撫でてやった。人見知りで男性恐怖症のルビィが、不思議と陽哉にだけはビクリともせず、むしろ嬉しそうに目を細める。

 

「心配すんな。俺のことはいいから、ルビィは自分のやりたいことに素直になりな。それに、ダイヤ姉さんには、自分の気持ちをちゃんと伝えること。逃げてちゃ何も始まらないぞ」

 

「お姉ちゃんに、気持ちを……」

 

「ダイヤ姉さんだって、そこまで頭の固い人間じゃない。本気の気持ちをぶつければ、絶対にわかってくれるさ。もし怖いなら、その時は俺も一緒にいてやるから」

 

陽哉の力強い言葉に、ルビィの瞳から不安の曇りが消え、小さな決意の光が宿った。

 

「ありがとう、陽兄ちゃん! ルビィ、頑張ってみる!」

 

「よし、いい返事だ。ひとまず明日、部室に顔を出してくれ。あ、練習着を持参するのを忘れるなよ」

 

二人にそう告げて、陽哉は図書室を後にした。廊下に出た瞬間、陽哉の目がファイターとしての鋭い光を帯びる。

 

(さぁて……ルビィの決意は引き出せた。こっから先は、俺が鬼になって、あの二人の怠慢を締め上げに行きますかね)

 

 

 

重厚な木製の扉を叩き、いざ理事長室へ。

 

室内には、先ほどの鞠莉だけでなく、偶然にも生徒会長であるダイヤの姿もあった。ちょうどいい、と陽哉は内心でほくそ笑みながら、部室の片づけが終了して使用可能になった旨を淡々と報告した。

 

「ご苦労様。これで無事にスタートね」

 

「いえいえ。――ああ、そうだ。少し個人的にお聞きしたい話があるのですが……Aqoursの黒澤ダイヤさんと、小原鞠莉さん?」

 

あえてフルネームで、かつてと同じ「Aqours」のメンバーとしての名前を呼んだ瞬間、二人の顔が目に見えて強張った。陽哉の纏う空気が、一瞬にして凄腕ガンプラファイターとしての鋭いものへと切り替わったからだ。

 

「ごめんね。二年前の『TOKYO SCHOOL IDOL WORLD』なんだけど――実は俺も、現地に見に行ってたんだよ」

 

今世での大切な記憶。μ'sの花陽姉や凛姉にチケットを融通してもらい、その輝きを目に焼き付けた日のことだ。

 

「……まぁ、あのときステージで何が起こったのか、その後Aqoursがどうなったのかは、今はあえて聞かないでおくよ。これは当事者である姉さんたちが、自分自身でケリを付けるべき問題だ。外野の俺があーだこーだ言っても、根本的な解決にはならないからな」

 

陽哉の静かな、しかし確信に満ちた言葉に、二人は息を呑みながらも、余計な追及をされなかったことに少しだけ安堵の表情を浮かべた。だが、陽哉の「本番」はここからだった。

 

「――で、話はこっからだ」

 

「な、何かしら……?」

 

「鞠莉姉、俺たちに宛がった部室なんだけど……二年前に姉さんが使ってた部屋だよな?」

 

「ええ、そうよ。それがどうかしましたの?」

 

ダイヤが怪訝そうに眉をひそめる。「どうかしましたか」と、よくもまあそんな澄ました顔で言えたものだ。

 

「いやね……部室の奥を片づけたら、図書室の本が十冊以上も返却されずに放置されとりましてねぇ。一体どこのどいつだ、と。不審に思ってホワイトボードを見たら、消えかけた歌詞の断片が残っていた。二年前に浦の星にスクールアイドルが存在していたという事実。この情報から、名探偵ばりに推理を組み立てれば、答えは一つしか残らないんですよ」

 

前世で見た黒ずくめの組織に体を小さくされた名探偵のポーズを脳内で決めながら、陽哉は冷徹に言葉を紡ぐ。

 

「当事者のうち二人が、今まさにこの部屋にいるわけだ。借りたものは返さなきゃ。これからあの部屋を綺麗に使おうって時に、二年前の不始末の後始末をさせられた俺たちの身にもなってほしいもんだ。あの量の分厚い本をカウンターまで運ぶの、本当に大変だったんだからな?」

 

じわじわと理詰めで追い詰められ、ダイヤと鞠莉の顔が綺麗に引きつっていく。

 

「ま、鞠莉さん……! 一体どういうことですの!? 本の返却はあなたに任せていたはずですわ!」

 

「ちょっ、ちょっとダイヤ! あなたが代わりに返してくれてたんじゃなかったの!?」

 

見苦しい責任の擦り付け合いを始めた二人の前に、陽哉はすっと影を落とし、腹の底から声を響かせた。

 

「――お黙らっしゃーーーいっっっ!!!」

 

「ぴ、ぴぎゃあああっっ!?」

 

「陽、お、落ち着いてぇっ!」

 

妹そっくりの情けない悲鳴を上げた生徒会長と、必死に手を振って宥めようとする理事長。

 

その後、部室の片づけで溜まっていた地味なストレスを憂さ晴らしするかのように、陽哉は二人をたっぷりと正座でお説教したのだった。

 

 

 

 

放課後、スクールアイドル部の軽い練習に顔を出した後、陽哉は愛車であるパールのCBR250RRを走らせ、本を買うために沼津の街へと向かった。

 

お目当ての大型書店に入り、専門書コーナーへ向かおうとした時、ふと見覚えのある長い茶髪が視界に入った。国木田花丸だ。彼女は周囲の喧騒から切り離されたように、一冊の雑誌を熱心に立ち読みしていた。

 

そっと背後から覗き込むと、彼女が見つめていたのはスクールアイドルの専門誌。しかも、あのウェディングドレス衣装を纏った「星空凛」がでかでかと特集されているページだった。今月はμ'sの特別特集号らしい。

 

「おーい、花」

 

「えっ、陽兄ちゃん!? なんでここに……!?」

 

心底びっくりした様子で、花丸がバッと振り返る。

 

「それ、スクールアイドルの雑誌だろ?」

 

「う、うん……。明日からスクールアイドル部に体験入部するから、ちょっとは勉強しとこうかなって思ったズラ……」

 

少し恥ずかしそうに雑誌を胸に抱え込む花丸。その健気な姿に、陽哉のビルダーとしての感性が刺激される。自分のためではなく、常に他人のために動こうとする少女。

 

(……なるほどな。そういうことなら、ここは男の魅せ所だろ)

 

「ちょっと待ってな」

 

陽哉は自分の目的だった本を棚から取ると、花丸の元へ戻り、彼女の手からスクールアイドル雑誌をひょいと受け取った。

 

「え? 陽兄ちゃん?」

 

「いいから着いてきな」

 

そのまま二冊まとめてレジへと運び、まとめて会計を済ませる。そして店を出たところで、リボン付きの袋を花丸の手へと手渡した。

 

「ほい、プレゼント」

 

「えっ!? でも、これ高かったんじゃ……お小遣い、いいの?」

 

「たまには格好つけさせろよ。可愛い幼馴染のためなら、これくらい安いもんだ。ビルダーとしても、美の勉強への投資は惜しまない主義だからな」

 

陽哉の言葉に、花丸はパァッと顔を輝かせ、胸元で大事そうに袋を抱きしめた。

 

「ありがとう、陽兄ちゃん!」

 

「よし、ついでだから家まで送ってってやるよ。乗れよ」

 

バイクのシートを叩く。念のために予備のヘルメットを持ってきておいて正解だった。

花丸がなぜこんな時間に沼津にいたのかを聞けば、入学式直後から不登校になっている同級生に、ノートを届けに来たのだという。

 

(あぁ、津島善子――ヨハネのことか。まあ、あの堕天使の捕獲はまた後日だな)

 

そんなことを考えながら、陽哉は夕暮れの内浦へと愛車を滑らせた。

 

 

 

そして翌日、スクールアイドル部の部室に、約束通りルビィと花丸の二人がやってきた。練習着の入ったバッグを大事そうに抱える二人を見て、千歌が文字通り飛び上がって喜ぶ。

 

「やったぁ! これでメンバーが五人! ラブライブ優勝だよっ!」

 

「千歌ちゃん、もう勝った気でいらっしゃるの? 落ち着きなさい」

 

「そうだよ千歌ちゃん。あくまで今回は体験入部、お試しなんだからね」

 

梨子と曜の冷静なツッコミに、千歌はあからさまにガッカリした顔をしたが、陽哉はすかさず手を叩いて全員の視線を集めた。

 

「よし、挨拶はそれくらいにして、今日は練習場所を変えるぞ。正式に部活として認められたんだから、校内の施設を堂々と使える権利がある」

 

陽哉の言葉に、メンバーたちが顔を見合わせる。

 

「練習場所って、どこに行くの、陽ちゃん?」

 

「屋上だ。あそこなら広さも十分だし、誰にも邪魔されない。――何より、かつてあのμ'sも屋上で汗を流していたからな」

 

その言葉を聞いた瞬間、千歌とルビィの目が文字通り星のようにキラキラと輝き出した。μ'sと同じシチュエーションというだけで、彼女たちにとっては最高のモチベーションになる。

 

いつの間に屋上の使用許可を取り付けたのかと梨子が感心していたが、それは今朝一番で生徒会室へ突撃した成果だった。部活の練習場所を管理しているのは生徒会だ。その際、陽哉はダイヤと一対一で対峙していた。

 

 

 

(――回想――)

 

「ルビィがスクールアイドル部に体験入部……!? 陽、一体どういうことですの!」

 

「文字通りの意味だよ、ダイヤ姉さん。俺が提案したんだ」

案の定、ダイヤの鋭い視線が陽哉を射抜く。「余計なことをしてくれたわね」と言わんばかりの剣幕だ。だが、陽哉は怯むことなく、その瞳を真っ直ぐに見据え返した。

 

「ルビィが言ってたぜ。お姉ちゃんがスクールアイドルを嫌いになったから、自分も嫌いにならなきゃいけないって。自分の本心を殺して、あんたの顔色を窺って、ずっと泣きそうな顔をしてたんだ」

 

「ルビィが……そんなことを……」

 

ダイヤの表情が、目に見えて動揺に染まる。最愛の妹を縛り付けていたのが、他ならぬ自分自身の過去の呪縛だったと突きつけられたのだ。

 

「なぁ、ダイヤ姉さん。あいつの、ルビィの本当の気持ちを、一度だけでいいから真っ正面から聞いてやってくれないか? 否定から入るんじゃなくてさ」

 

ダイヤはしばらく沈黙し、やがて深く、諦めたように息を吐き出した。その瞳には、先ほどの鋭さはなく、ただ妹を案じる一人の姉の優しさだけが残されていた。

 

「……そんなの、言われなくとも分かっていますわ。陽……あの子のことを、よろしくお願いしますね」

 

(――回想終了――)

 

 

 

まったく、つくづく不器用で世話の焼ける姉妹だ。

 

屋上へ向かおうと廊下に出ると、そこには生徒会室へ向かう途中のダイヤが、静かに佇んで待っていた。

 

「千歌、お前たちは先に屋上へ行っててくれ」

 

「え? 別にいいけど……」

 

不思議そうにする千歌の耳元に、陽哉はそっと顔を近づけて囁いた。

 

「ルビィが正式に部員になるかどうかの、大事な瀬戸際なんだ。ここは俺に任せてくれ」

 

「――っ! うん、分かった!」

 

千歌は瞬時に察して力強く頷くと、曜と梨子を引っ張って先に階段を駆け上がっていった。廊下には、陽哉とルビィ、そしてダイヤの三人だけが取り残される。

 

「ルビィ、大丈夫か?」

 

陽哉が優しく声をかけると、ルビィは小さく拳を握りしめ、顔を上げた。

 

「うん……大丈夫!」

 

覚悟を決めた足取りで、ルビィはダイヤの正面へと進み出る。その小さな身体から、絞り

出すような、しかし決して折れない確かな本音が響いた。

 

「お姉ちゃん……ルビィね……やっぱりスクールアイドルがやりたい! 陽兄ちゃんや千歌ちゃんたちと一緒に、全力で頑張ってみたいの!」

 

ダイヤは妹の言葉を静かに受け止めた。本当は、最初から気づいていたのだろう。あの子がどれほどスクールアイドルを愛しているかを。

 

「……分かりましたわ。ですが、あまり破廉恥な真似はしないこと。そして、絶対に途中で投げ出さないこと。いいですわね?」

 

「お姉ちゃん……っ、うん! ありがとう!」

 

弾けたような笑顔で喜ぶルビィ。その姿を見届け、ダイヤは陽哉へと視線を向けた。

 

「陽。先ほども言いましたが、ルビィのことをお願いしますわよ」

 

「了解。マネージャーの仕事にかけて、絶対に泣かせやしないさ」

 

ダイヤは満足そうに微かに微笑むと、そのまま静かに生徒会室へと戻っていった。これでルビィのハードルは完全にクリアだ。ならば、残る問題は――。

 

「よかったな、ルビィ」

 

「うん! 陽兄ちゃんのおかげだよ。陽兄ちゃんがいてくれなかったら、ルビィ、お姉ちゃんに気持ちを伝えられなかったもん」

 

「そんなことないさ。ルビィ自身の勇気があったから届いたんだよ。よく頑張ったな」

陽哉が頭を撫でてやると、ルビィは本当に幸せそうに目を細めた。

 

(……うわぁ、破壊力抜群のいい笑顔。これだけで前世の記憶も含めて白米十杯はいけるわ。ごちそうさまでした、ってバカ!)

 

理性で限界オタクの魂を殴り飛ばし、陽哉は真剣な表情でルビィを見つめた。

 

「入部のことは、今日の練習が終わるまで千歌たちには内緒だ。今言うと、調子に乗って大騒ぎする奴がいるからな。……それよりルビィ。ルビィは、花と一緒にスクールアイドルをやりたいか?」

 

「ルビィね……花丸ちゃんと一緒にやりたい! ずっとずっと、そう思ってたの。だって、花丸ちゃんはルビィの、世界で一番の大親友なんだもん!」

 

「そうだよな。なら、次は花の心を救いに行こう。ルビィ、協力してくれるか?」

 

「うんっ!」

 

力強い味方を得た陽哉は、屋上で軽く身体を動かした後、メンバー全員を連れて内浦の対岸――淡島へと移動した。

 

目指すは淡島神社の頂上。メンバーの基礎体力を引き上げるための、過酷な階段ダッシュを敢行するためだ。

 

だが、陽哉もそこまで鬼ではない。翌週の選手権を見据えた自身のトレーニングも兼ねつつ、一歩一歩の足取りを計算しながら、メンバーの様子をコントロールしていく。

 

アニメの展開とは少しずつ変わってきている。だが、陽哉の心に迷いはなかった。

 

(アニメはアニメ、この世界はこの世界だ。俺はビルダーとして、ファイターとして、目の前の仲間を最高の形で輝かせる。それだけだ)

 

 

 

淡島神社の過酷な石段を登り始めて二十分が経過した頃。

 

上から軽やかな足取りで下りてくる人影があった。トレーニングウェアに身を包んだ幼馴染――松浦果南だ。

 

「かな姉」

 

「あれ、陽哉? どうしたの、こんなところで」

 

「今、スクールアイドル部の練習中だよ。千歌たち二年生が登ってくるのをここで待ってるところ」

 

果南は『スクールアイドル』という言葉を聞いても、特に動揺した様子は見せなかった。それどころか、これだけの石段を往復しているはずなのに、息一つ切らしていない。

 

(……相変わらず凄まじい身体能力だな。これなら生身でガンプラバトルしても勝てそうにないわ)

 

「そっか。――あ、そういえばこの前のガンプラ予選、動画で見たよ。無傷で四十一機撃墜なんて、本当に凄いね。次からのトーナメントも頑張って」

 

 

「おう、任せとけ。シグムントの調整は万全だからな」

 

果南は眩しそうに微笑むと、そのまま再び軽快に階段を下りていった。かつてスクールアイドルとして挫折した彼女だが、今は別のフィールドで世界の頂点を目指す幼馴染の陽哉に、静かで深いエールを送ってくれたのだ。

 

全員が合流するのを待つ間、陽哉のポケットでスマホが微かに震えた。画面を見ると、ヤ

ジマ商事の大会実行委員会からの公式通知メールだった。

 

(俺は……予選Aブロックの第一試合か)

 

今週末から始まる運命の予選トーナメント。その文字通り最初の幕開けを、自分が飾ることになるらしい。対戦相手のプロファイルを確認しようとしたところで、大きく遅れて1年生組が、そして息を切らせた2年生組が揃ったため、陽哉はスマホをポケットへと滑り込ませた。心臓の奥で、ファイターとしての熱い闘志が静かに燃え上がるのを感じる。

 

「よし、全員ここで五分休憩な。そのあとは、二年生組だけ先に行って待っててくれ。花丸とルビィは、俺と一緒に後ろからゆっくりついていくから」

陽哉はルビィへと視線を送った。そろそろ、花丸の心を救い出す作戦を開始するぞ、という合図だ。

 

「なんで別々なの?」

 

「一緒に行った方が楽しいじゃん、はー君」

 

梨子と曜が不思議そうに首を傾げる。

 

「二年生は普段から動いてるから体力があるけど、一年生の二人は今日が初めての本格的な練習だぞ。ただでさえ疲れ気味なのに、お前たちのハードなペースに巻き込んだら、このまま体験入部だけで辞めちまうかもしれないだろ?」

 

陽哉の極めて合理的、かつマネージャーらしい配慮に、梨子が納得したように頷いた。

 

「それもそうね。千歌ちゃん、私たちは先に行きましょう」

 

「はーい! じゃあ私達、先に行って頂上で待ってるからね!」

 

千歌たち三人の足音が上へと遠ざかっていくのを見送り、陽哉は隣で肩を上下させている花丸へと向き直った。

「花。ルビィな、正式にスクールアイドル部に入るってさ」

 

「そっか……それはよかったズラ。でも、生徒会長は……? ルビィちゃんがスクールアイドルやるの、すっごく反対するんじゃ……」

 

「それに関しては心配いらない。ダイヤ姉さんの許可なら、さっき俺が直接もらってきたからな」

 

「それなら、本当に問題ないズラね……」

 

ルビィの夢が叶ったことを、まるで自分のことのように心から喜ぶ花丸。だが、その瞳にはどこか「自分はここまで」という、寂しげな一線の引き方が見て取れた。

 

「――で、花。お前はどうなんだ? スクールアイドル、やってみる気はないか?」

 

花丸はハッとしたように顔を上げ、すぐに気まずそうに視線を床へと落とした。

 

「オラには無理だよ……」

 

「なぁ、花。花が俺の『体験入部してみろ』っていう突飛な提案に、あんなに素直に乗ったのって……全部、ルビィのためだろ? ルビィをスクールアイドル部に入れるために、あいつの背中を押して、自分も一緒に行けばルビィが最初の一歩を踏み出しやすいだろうって……そう思ったからだろ?」

 

花丸の肩がビクリと跳ねる。沈黙は肯定の証拠だ。

 

「ったく……お前って奴は……」

 

どこまでも自分を「引き立て役」だと定義し、他人のためにしか輝こうとしない幼馴染。その歪な優しさを解きほぐすため、陽哉はルビィの肩を優しくポンと叩いた。今度は、親友であるルビィの言葉が必要だ。

 

陽哉の意図を完璧に汲み取ったルビィが、一歩前へ出て、花丸の手をぎゅっと握りしめた。

 

「ルビィね……ずっと心配してたの。花丸ちゃんが、ルビィに合わせて無理をしてるんじゃないかって。でもね、今日の練習中、花丸ちゃんのこと見てたら……すっごく楽しそうだった! だから、花丸ちゃんも本当は、スクールアイドルのこと好きなんだって思ったの!」

 

「……オラもね、ルビィちゃんからスクールアイドルの話を聞くたびに、楽しそうだな、やってみたいなって思ったズラ。でも……オラ、言葉遣いも変だし、体力もないし、本ばかり読んでる地味な人間だし……こんなオラがスクールアイドルをやったって、そんな資格なんてないよ……」

 

ぽろぽろと涙を零しながら、胸の奥に溜め込んでいた劣等感を吐き出す花丸。

 

(そんなこと思ってたのか……。資格なんて、そんなもの最初からいらねぇんだよ。誰だってスクールアイドルになれるって、あの人たちだって言ってたはずだ)

 

「なぁ、花。こないだ俺が買ってやった雑誌。本屋で立ち読みしてた時、あるページをずーーーっとじっくり見てただろ。星空凛のページだ」

 

「……っ、うん。見てたズラ。凄くキラキラしてて、可愛くて……」

 

「そっか。なら一つ、良い話をしてやるよ。――俺さ、一度だけ凛姉さんに直接聞いたことがあるんだ」

 

陽哉の言葉に、花丸が涙目のまま瞬きをした。

 

「凛姉さんはな、小学生のころに一度だけスカートを穿いて登校したことがあったんだ。だけどそれを男子に『お前にスカートなんて似合わねぇ』って大バカにされてさ。それ以来、自分には女の子らしい格好は絶対に似合わないって、ずっと思い込むようになっちゃったんだよ」

 

今思えば、本当にひどい話だ。あんなに可愛くて、誰よりも女の子らしい人なのに。

 

「だから、μ'sのメンバーに誘われても、自分はスクールアイドルになんて向いてないって、ずっと頑なに拒んでたんだ。あの雑誌のウェディングドレスの衣装だって、ファッションショーのステージの時なんだけど、最初は『自分には似合わない、他のメンバーが着るべきだ』って泣いて嫌がってたんだよ。――だけどな、周りの仲間たちは、ちゃんと見てくれてたんだ。その衣装が世界で一番似合うのは、誰よりも女の子らしくて可愛い星空凛だってことをさ。信頼できる仲間に背中を押されて、凛姉さんは一歩を踏み出せたんだよ」

 

語りながら、陽哉の脳裏に今世の子供時代の記憶が鮮明に蘇る。

 

(……あ、思い出した。俺も当時、泣いてる凛姉さんを見て『凛ねーちゃんのことをバカにする奴は、俺が全員ぶっ飛ばしてやる!!』って息巻いてたっけ。今思い出しても死ぬほど恥ずかしいな……。あの時、『はー君、ありがとね』って涙を拭って笑顔で頭を撫でられたっけな……。って、今はその思い出はどうでもいい!)

 

陽哉は咳払いを一つ挟み、前世のオタク知識と現世のリアルなバックボーンを乗せて、最高に真剣な声を幼馴染へと届けた。

 

「花。スクールアイドルを始めるのに、資格なんてこれっぽっちもいらねぇんだよ。『スクールアイドルが好き、だからやってみたい』。理由はそれだけで十分だ。もし一人で一歩を踏み出すのが怖いなら、花にはもう、最高の仲間がいるだろ。な、ルビィ」

 

「うん……! 花丸ちゃん、ルビィね……花丸ちゃんと一緒にスクールアイドルがやりたい!! 花丸ちゃんと一緒じゃなきゃ、絶対に嫌!!」

 

ルビィが泣きながら、花丸の身体に思い切り抱きついた。

 

(……あぁ、これだ。これぞ最高に尊いド定番の名シーン。天使が天使に触れて、二つの原石が共鳴し合っていやがる。眼福眼福……って、俺はアホか!)

 

心の中でセルフツッコミを入れつつ、陽哉は二人の頭をまとめて優しく撫でてやった。

 

「出来るかどうかなんて関係ねぇよ。一番大切なのは、お前自身が『やりたいか、やりたくないか』だ。ビルダーとしての俺の目に狂いはない。お前は最高に輝ける素材(原石)だよ、花」

 

花丸はルビィを抱きしめ返し、涙を拭って、力強く陽哉を見つめた。

 

「ルビィちゃん、陽兄ちゃん……。――うん、オラ、精一杯頑張ってみるズラ!」

 

こうして、ルビィと花丸の二人がスクールアイドル部に、そして『Aqours』に加入することが正式に決まった。

 

最高のハッピーエンド。そう確信し、陽哉が満足感に浸りながら二年生たちの待つ頂上へと歩き始めた、その時だった。陽哉は、自分が興奮のあまり「重大なミス」を犯していたことに気づかされる。

 

「ねぇねぇ、陽兄ちゃん?」

 

隣を歩くルビィが、すっごく無邪気な、しかし好奇心に満ち溢れた目で覗き込んできた。

「ん? なんだ?」

 

「さっき……『凛姉さんに直接聞いた』って言ったよね? 凛姉さんって……あのμ'sの、星空凛さんのこと……だよね?」

 

「――あ」

 

脳裏を走る、凄まじいまでの冷や汗。

 

(やべぇ、やっちまった……! 花のコンプレックスを解きほぐすことに集中しすぎて、一番隠しておかなきゃいけない自分のリアルな交友関係のカードをうっかり切っちまった……!)

 

「ハ、ハイ……ソウデスガ……」

 

完全にカタコトになる陽哉を、今度は花丸がじと目で凝視してくる。

 

「『凛姉さん』と呼ぶからには、ずいぶんと親しい間柄のようずらねぇ?」

 

これは、ガンプラバトルのどんな戦術を使っても誤魔化せない。

 

「陽兄ちゃん! 凛さんと知り合いなのっ!? もしかして、μ'sの皆さんとお友達なのっ!?」

 

ルビィの目が、これまでに見たことがないほどのハイパーキラキラモードで輝いている。凄腕ファイターの新堂陽哉、一年生女子二人の凄まじいプレッシャーの前に、完全敗北を喫した瞬間だった。

 

結局、観念した陽哉は、子供の頃からのμ'sとの繋がりを包み隠さず話す羽目になった。さすがにこの二人には嘘はつけない。

 

ルビィの真の推しが「小泉花陽」だと知っていた陽哉が、「今度、花陽姉さんに直接電話してやろうか?」と提案すると、ルビィは「心の準備がぁぁっ!」と本気で気絶しそうになっていた。代わりに今度サインを貰ってきてやるという約束を交わすことで、なんとか場を収める。

 

「ただし、条件がある。ダイヤ姉さんと千歌には、俺とμ'sの関係は絶対に内緒にしてくれ。いいな?」

 

「うん、分かった! お姉ちゃんに今そんなこと言ったら、別の意味で浦の星が爆発しちゃうもんね」

 

ルビィと花丸はすんなりと約束を受け入れてくれた。こうして、日常の大きな課題をクリアすると同時に、陽哉と一年生組の間には「三人だけの特別な秘密」という、深い絆が形成されたのだった。

 

そして、千歌たちの待つ頂上へと辿り着く。

 

「さ、二人とも」

 

陽哉に優しく背中を押され、ルビィと花丸が千歌たちの前に一歩踏み出した。二人は声を揃えて、元気よく、しかし真っ直ぐな声を響かせる。

 

「「スクールアイドル部に入部させてください!」」

 

「うんっ! もちろんだよ! よろしくね、二人ともーっ!」

 

千歌が弾けたような笑顔で二人を迎え入れる。これでメンバーは五人。

 

(さぁ、これでアニメ四話のノルマは達成だ。あとは……まずはあの、沼津の不登校の堕天使(ヨハネ)から捕獲していくとするか)

 

「ねぇ、陽くん?」

 

ふと横を見ると、梨子が信じられないほど冷ややかで、般若のような怖い笑みを浮かべて陽哉を睨みつけていた。

 

「私たちが上で待っている短い間に……一体、どんな魔法(手)を使ったのかしら?」

 

「いや、ちょっと背中を押してやっただけさ。――それより入部届の提出はまた明日だ。そろそろ下りないと、島からの最終の連絡船に間に合わなくなるぞ」

 

陽哉が話を逸らそうとすると、千歌がすかさず階段の先を指さして叫んだ。

 

「よーしっ! 一番ビリだった人が、全員にジュースおごりね! よーい、スタート!」

 

「はぁ!? おい、どこぞの金髪ポンコツ生徒会長みたいな理不尽なルールを作るんじゃねぇ! って、お前ら早っ!!」

 

選手権の午前予選をトップ通過したはずの凄腕ファイター新堂陽哉だったが、女の子たちの瞬発力には一歩及ばず、完全に出遅れた。

 

結局、圧倒的なビリを更新した陽哉が、全員分のジュースと、さらにお菓子まで盛大に奢らされる羽目になったのだった。理不尽すぎる。

 

 

 

 

同時刻――熱海市。

夕暮れの熱海駅前、潮風が吹き抜けるロータリーに、一人の少女が凛と佇んでいた。

手元のスマートフォンが短くバイブレーションを鳴らす。画面に表示されたのは、ヤジマ商事の大会実行委員会からの公式メール。

 

「……大会実行委員会からの、トーナメント組み合わせ通知?」

 

メールの本文を確認した瞬間、少女の唇が不敵に、美しく釣り上がった。

 

「へぇ……初っ端から、これなんだ」

 

液晶画面に映し出された、静岡予選Aブロック・第一試合の対戦カード。そこには『新堂陽哉』の名前が刻まれている。

 

「見せてもらいましょうか。あのキジマ・ウィルフリッドや、ルーカス・ネメシスを破ったっていう、噂の天才の実力ってやつを。――まぁ、最後に勝つのは、この神代恵里菜(かみしろ えりな)と、あたしの『アドヴァンスド・バーザム』なんですけどね」

 

 

 

 

第14回全日本ガンプラバトル選手権・中高生の部 個人戦

静岡予選Aブロック、第一試合

新堂陽哉 VS 神代恵里菜

 

 

 

 

「見てなさい。この勝負、あたしが絶対に勝つんだから!」

 

迫り来る運命のゴングを前に、少女は夕闇に染まる熱海の街を見下ろし、静かに闘志の炎を燃え上がらせていた。

 

 

 

続く!!

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